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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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今朝起きて、石川さんのブログを見て、思わずにっこり。「スマイル」をさらにつなげていただきました。石川さんが作られたCDの中に収められているもので僕の知らなかったものをYouTubeなどでいろいろ聴いていたのですが、リッキー・リー・ジョーンズのものがすごく気に入りました。彼女のアルバムはいくつも持っているのですが、この「Smile」が収められたアルバムは持っていませんでした。

さて、その石川さんのブログで昨日紹介されていた(といっても、石川さんのブログは一日限りのものですから、もう読むことはできません。とても素敵な文章でしたので、もったいないです)、ちくま文庫から出た平川克美さんの『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』、僕も一昨日買ってきて、昨日一気に読みました。いろいろ書きたいことは多いのですが、今日は例によって「つながり」の話を。

a0285828_1127591.jpg実は平川さんの『移行期的混乱』と同時に買った本がありました。川本三郎さんの『そして、人生はつづく』という本です。こちらも新刊で、発行日でいえば『移行期的混乱』の1日前。

川本三郎さんの『そして、人生はつづく』は『東京人』で連載したものを中心にまとめたもの。なんと、いきなり最初のエッセイから大瀧詠一さんの話が出てきます。ぱらぱらとめくっていたら他にもいくつか大瀧さんのことが書かれたエッセイがある。それだけでうれしくなてしまいます。どれも読んで思わずにっこりしてしまいます。「スマイル」ですね。その川本さんの『そして、人生はつづく』と平川さんの『移行期的混乱』に、同じ本のことが書かれていたんです。参考文献といったものではなく、いずれもたまたまの話の中で触れられているだけ。気がついたときにはびっくりというよりも、おかしくって仕方がなかったですね。ですから、実際はそれぞれの本を読んでご自身で発見してもらったほうがいいと思いますので、ここから先は読まれないほうがいいかと思います。個人的にはもう少し、ちょっとびっくりするつながりもあったのですが。

平川さんはもちろん川本さんのことが大好きで、川本さんの本をいくつも読まれています。『移行期的混乱』でも、川本さんの『大正幻影』と『向田邦子と昭和の東京』からの引用があったように思います。お二人とも消えていってしまった(まだわずかながらには残っている)昭和三十年代の東京の風景をこよなく愛されているんですね。川本さんの嫌いな表現をあえて使わせていただけば、「単なるノスタルジーではなく」。

平川さんの『移行期的混乱』は、経済について書かれたもの(ジュンク堂のジャンルでいえば「経済評論」)ではあるのですが、個人的には平川さんの本はどれも「物語」として読んでいます。もちろん僕が言う「物語」は単なる「おはなし」という意味ではなく、もう少し深い意味を持っています。このことについて語りだすと長くなってしまうのですが、簡単に言えば、そこに数字以外の仮に個人的な空想が入っていても、納得できるかどうか、ということでしょうか。『移行期的混乱』にも、いくつかの数字、データが載っていますが、その一方でその本の中では、人が実際に動いいている姿が見えます。人が実際に働いている姿が見えます。平川さんの言葉を使えば「言葉をもたないひとびと」の言葉を平川さんは耳をすませて聴き取ろうとされています。

あまり、というか全然読まないのに批判してもしょうがないのですが、テレビなんかによく出てくる、で、ときには首相のブレーンにまでなる人の話なんかを聞いていると、僕から言えば(というか河合隼雄先生がよく口にされていた言葉でもあるのですが)「おはなしにもならない」と思ってしまいます。自分に都合のいい数字だけを並べる。市井に暮らす人々の姿はこれっぽっちも見ていない。もちろん最も耳を傾けるべき「言葉をもたないひとびと」の声を聴きとろうなんてするわけがない。

なんてことを書き出すと「スマイル」な気分が減ってしまうのでやめておきます。あとがきなどを読むと平川さんの本を読んで怒り出す人もいるみたいですが、僕なんかは平川さんに優しく支えられた気がして、小さな微笑みを浮かべてしまいます。向こうの方で平川さんがいたずらっぽい笑いを浮かべて「ピース」とやっている姿が見えるようで。そう、素敵な「スマイル」というお金では換えられない「贈与」をいただいた気分になります。

話がそれてしまいました。『移行期的混乱』で、平川さんが子ども時代を過ごした昭和30年代の話が出てきます。ちょっと長いですが引用します。

わたしは大田区の南の外れの町工場の町で生まれたが、家の前の道路はまだ未舗装であった。付近には草深い空き地があちこちに散在しており、まだ防空壕が残っていた。戦時の名残りである防空壕は、悪ガキ連中にとっては興味津々の洞窟であり格好の遊び場であった。『少年』という漫画雑誌には、手塚治虫の『鉄腕アトム』や江戸川乱歩原作の『少年探偵団』が連載されていたが、わたしは近未来ロボットのアトムよりは、自分たちの兄貴分のような小林少年に強烈なシンパシーを感じ、雑誌に申し込んで黒表紙の「少年探偵手帳」を手に入れた。そこには、洞窟で迷わないための歩き方などが指南されていた。わたしたちは、自分たちにも一朝事あらば事件解決の出動要請がくるかもしれないという空想に胸を躍らせていたのである。


平川さんという人を知る最大のポイントは、ここに書かれている「近未来ロボットのアトムよりは、自分たちの兄貴分のような小林少年に強烈なシンパシーを感じ」た、という部分に凝縮されているのではないかと思ってしまいます。

さて、川本三郎さんの『そして、人生はつづく』には、先程も書いたようにいくつかの章で大瀧さんの話が出てきます。なかでも最高に笑えてしまったのが「風景が、町が語る。」と題されたエッセイ。「東京人」の2010年12月号に掲載されたもの。

大瀧詠一さんとの縁を取り持ってくれた日活の方から、「大瀧さんからです」と「築地川倶楽部」なる”秘密結社”のバッジを送ってもらう。
『銀座化粧』も『秋立ちぬ』も築地川界隈でロケされている。それでこの二本の映画とそこで描かれた築地川界隈を愛する人間たちの精神的なつながりを「築地川倶楽部」と呼ぶことになったようだ。
バッジは江戸川乱歩『少年探偵団』の「BDバッジ」を思い出させる。小生はうれしいことに「名誉会長」とある。気分は明智小五郎。有難い。


そう、平川さんの『移行期的混乱』と川本さんの『そして、人生はつづく』に共通して出てくるのは江戸川乱歩『少年探偵団』。キーパーソンは大瀧さんですね。先日、平川さんは大瀧さんの秘密基地に行かれてきたわけですが。

さて、ここに出てくる黒表紙の「少年探偵手帳」や「BDバッジ」のことは知りませんでしたのでネットでチェックしたらありました。これです。ここにある目次には「洞窟で迷わないための歩き方」はないみたいですけど、面白いですね。
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a0285828_15101224.jpg川本三郎さんの『そして、人生はつづく』の「風景が、町が語る。」は、本を買ってすぐに大瀧さんに関する話のところまで読んでいたのですが、昨夜、平川さんの『移行期的混乱』を読み終えて、そのエッセイの後に書かれている部分を読み進めてみたら、先日来このブログで何度か触れた佐藤泰志の『海炭市叙景』の話が出てきてびっくり。北原慶昭さんがブログで書かれていた映画の話も出てきます。映画、見なくっちゃ。
その佐藤さんは川本さんも書かれているのですが村上春樹と同じ1949年生まれ。一時期、中央線の沿線に住んでいたとのこと。つながってますね。

a0285828_11252152.jpgところで、その「風景が、町が語る。」では、川本さんの『銀幕の東京』が増刷された話が出てきます。大瀧さんがロケ地巡りを始められたきっかけとなった本で、僕の「早春」研究のきっかけになった本でもあります。この増刷された本の帯に大瀧さんの推薦の言葉があって、最後のあとがきに川本さんの大瀧さんへの感謝の言葉が載っていることを先日の平川さんのツイートで知ってびっくり、あわてて注文しました。ちなみに平川さんがそれを知ったきっかけは『銀幕の東京』を失くされたため。失くしたのは二度目ということです。「あの本が見当たらない」と書かれていたとき、きっと『銀幕の東京』のことだろうと思っていました。僕も何度も見当たらなくなって探しましたから。

いつの日か、川本さんと大瀧さんと平川さんの鼎談が実現すればと願っています。これ以上ない夢なのですが。
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# by hinaseno | 2013-01-14 11:32 | 文学 | Comments(3)

今年に入って「スマイル」がつながっています。

最初は元日の夜。
その日、NHKラジオである特番が放送されました。「坂本龍一 ニューイヤースペシャル」。出演は坂本龍一さん、坂本さんと同じYMOのメンバーで、その前には大瀧さんとはっぴいえんどを組んでいた細野晴臣さん、元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾さん、それからU-zhaanさん。そして紅一点の青葉市子さん。この特番、実家で聴いたのですが、録音しておきたかった。それくらい素晴らしいライブ&トークでした。
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このライブ、中心は紅一点、まだ22歳の青葉市子さん。ほかのメンバーは彼女の歌う曲をサポートするという形のものでした。

実は青葉市子さん、僕は彼女の大ファンなんです。古い音楽ばかり聴いているわけではありません。彼女の曲を初めて聴いたのは3年前の夏。小西康陽さんのラジオ番組「これからの人生」で、彼女の曲がかかったんです。曲のタイトルは「光蜥蜴(ひかりとかげ)」。本当にびっくりしました。何年かに一度しか起こらない「ぶっとんだ」状態になりました。すぐにその曲を収めたCD『剃刀乙女』(すごいタイトルですね)を買いました。それが彼女のデビュー・アルバム。なんと19歳で作ったアルバム。そしてギターをはじめたのは17歳。信じられないことばかり。

それから彼女のセカンド、そしてサードと出るたびにすぐに買いました。素晴らしすぎて言葉が出ない。僕が最初にラジオで聴いたときには知る人ぞ知るという存在だったようですが(もしかしたら今でもそうなのかもしれません)、当然というべきか、細野さんや坂本さんをはじめとして日本を代表する音楽家に認められていきます。

ここに昨年のはじめに青葉さんが細野さんの番組に出た時の音源があります。これを聴けば、きっと青葉さんの音楽的な才能だけでなくいろんな魅力を理解してもらえるのではないかと思います。特に、本番前のトイレで覚えたという細野さんの『HoSoNoVa』というアルバムに収められた「悲しみのラッキースター」の素晴らしさといったら。

実はその青葉さん、昨年の4月、姫路に来てくれてライブを行ったんです。ライブ会場は、まるで僕の心の声が届いたみたいに、自宅から歩いて行けるような場所に。もう夢のようでした。ライブ後にちゃっかりサインと握手をしてもらいました。よくこんな手であんなギター演奏をできるものだと驚いてしまうような小さな手でした。

さて、元日の「坂本龍一 ニューイヤースペシャル」では、期待通り「悲しみのラッキースター」が、青葉さんと細野さんのデュエットで歌われました。うれしかったですね。で、あ〜録音しておけばよかったなと思ったのですが、ありがたいことにこの音源YouTubeにアップでしてくれた人がいました。心から感謝です。


で、青葉さんと細野さんはもう1曲デュエットしました。それが「スマイル」。チャップリンが作った名曲ですね。「悲しみのラッキースター」と同じく『HoSoNoVa』に収められています。これがまたよかったんですね。うれしいことにこれもYouTubeにアップされていました。


もともと「スマイル」は大好きな曲で、ナット・キング・コールの歌ったものは昔から愛聴してきたので、自宅に戻ってきてからナット・キング・コールの歌うものや細野さんの歌ったものをずっと聴いていました。確かこのYouTubeの音源も戻ってきたその日にアップされました。で、いろんな「スマイル」を聴いていたら、その次の日の石川さんのブログに「スマイル」が貼られていてびっくり。現在、石川さんが愛聴されているジェフ・リンの最新のアルバムからジェフ・リンの歌ったものを紹介していたんですね。「スマイル」がつながったなと、ひとりで微笑んでいました。

面白いことに、その「スマイル」はもう少しつながっていきました。

一昨日、再開された坂本龍一の『スコラ』という番組のエンディングでなんと坂本さんが「スマイル」を演奏したんですね。映画音楽特集ではあったんですけれど、でも、おって思いました。

a0285828_14272768.jpg昨日、平川克美さんが朝日新聞の土曜日版の「be」で連載されている「路地裏人生論」で、大好きなビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンのことを書かれているのを知っていたので、お昼の休憩時間に売店に行って新聞を買ってきて開いたら、タイトルが「スマイルまでの長い道」。ちょっと笑ってしまいました。ただしこの「スマイル」はチャップリンの作ったものではなくビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)が作った幻のアルバムのタイトルのことなのですが。

このスマイルつながりの話にはもうひとつだけオチが。
休憩後、最初にやってきた女の子の着ていたトレーナーの背中にはなんと「SMILE」と書かれていました。

昨日の「路地裏人生論」で平川さんはこんなふうに書かれています。

「長期的なデフレと、不景気が続けば、ひとはなかなか笑えない。仏頂面がデフォルトになる。そうなると状況はさらに悪化するのが世の常である。笑いはどこに行ってしまったのか」

そうですよね。スマイルの輪を広げていかなくちゃ、ですね。タイトルの横の平川さんの写真もとても素敵なスマイルです。

最後に、再び青葉市子さんの話に。
3枚のアルバム、一枚一枚にサインをしてもらったあとで、最後に彼女はアルバムを三つ重ねて、その背の部分に黒い点を打ったんですね。「・」「・・」「・・・」って。この数がいくつもいくつも増えていくことを願っています。そして「スマイル」の数も、ひとつふたつと増えていくことを。
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# by hinaseno | 2013-01-13 11:10 | 音楽 | Comments(3)

昨日触れた「the catcher in the Liverary」。今朝、今村さんが書かれていたものを読んだらオフ・コマーシャルの新たな動きがあるとのこと。これからも陰ながら応援します。

さて、その「the catcher in the Liverary」で、ペットサウンズの森さんにインタビューされていたのが北原慶昭さんという方。この方の書かれている文章が本当に素晴らしいんですね。いろんなテーマで書かれているんですが、どれも強く引き付けられるものばかり。「話の音」というタイトルもいいですね。現実の風景を描いているのか、夢の中で見た風景を描いたものなのか、その境界線がよくわからなくて、で、ある種の痛みのようなものを感じつつも、たまらないほどになつかしさを覚えてしまう文章。しんとした気持ちにしてくれる文章。僕の最も好む文章。

あまりにも素晴らしくて、きっと何か本を出されている作家にちがいないと思ったのですが、調べても出されている本は見当たらない。

というわけで、時々更新される(北原さんの「話の音」が更新されるのを心待ちにしながら かなり間が空くこともしばしばで、もう書かれないのかと思ったことも何度か)、毎日「the catcher in the Liverary」を見ていました。もちろん、今村さんをはじめ、ほかの方の文章も、彼らの作られるCMと同じような共感の持てるものばかりでした。

で、先日の出来事になるのですが、アゲインの石川さんのブログで北原さんの名前があってびっくりして石川さんに連絡したら、北原さんは石川さんの店に何度も来られていて、しかも武蔵小山にお住まいだということを聞いてさらにびっくり。そして石川さんが北原さんに連絡されたみたいで、その日の夜、北原さんからメールが来たんです。北原さんの文章の大ファンでしたからうれしいやらびっくりやらで舞い上がりました。

驚いたことはもう少しありました。その北原さんのメールで紹介されていた最近のCMを見たら、おおっと言葉を失いました。 このCMです。


何とCMで使われている大竹しのぶの歌っている曲の作曲者が、昨年僕が一時期書き続けていた平井夏美(=川原伸司)さんなんですね。このCMは昨年作られているとのこと。見えないところでの確かなつながりを感じずにはいられませんでした。僕は震災以降すっかりテレビを見なくなってしまったので、このCMはたぶん一度も見たことがありませんでした。でも、とってもいいCMですね。どこか懐かしい気持ちになれる、人のことを大好きになれるCMです。

震災が起きてから一時期CMが一斉に流れなくなった時期があって、今村さんたちもきっとつらい思いをされていただろうと思っていましたが、でもあの時期だからこそ今村さんたちのCMは流されてもよかったように今でも思っています。音響的にも、語られる言葉としても気持ちが悪くて仕方のないものが多かったACのコマーシャルを繰り返し流すよりかは、と思っていました。

そういえば、久しぶりに北原さんの書かれている文章を読み返していたら「映画雑記帳」の方に、つい最近ブログで読んでいると書いた佐藤泰志の『海炭市叙景』の映画化されたものの感想が書かれていてびっくりしました。映画化されていたのは知っていましたが、小説のよさを映画で表現するのは無理だろうと思って見ないでおこうと思っていたのですが、北原さんの文章を読んで、見てみたくなりました。

a0285828_11431349.jpgところで、北原さんが「話の音」で書かれた文章で最も驚いたのは「西大寺駅」と題されたものでした。内田百閒の『続 百鬼園随筆』に収められた同名のエッセイに触れた話。2008年の2月18日に書かれています。ちょうど僕が百閒に興味をもって、いろいろ読み始めた時期だったので、まだ読んでいなかったこの本を買って読んだらびっくりしました。実家のある町が出てくるんですね。でも、西大寺駅の場所がどうもおかしい。調べてみたら、現在の東岡山駅の昔の名前が西大寺駅だったんですね。ここからあの裸祭りの行なわれる西大寺までは遠すぎるのに一時期そういう名前がついていたんですね。ちなみに西大寺駅になる前は長岡駅。東岡山駅のある場所の地名が長岡。というわけで百閒の「西大寺駅」は「長岡まで帰ったら」という言葉ではじまります。

でも、たまたま知って読むようになったブログを書いていた、岡山とは何のゆかりもないはずの人が、僕の実家のすぐそばの場所を題材にして書いた、(たまたま興味を持ち始めていた)内田百閒の中ではそんなに有名ではないはずの「西大寺駅」を取りあげた文章を書かれているのを見たときには、びっくりどころではありませんでした。そしてその方が石川さんと知り合いだったなんて。

北原さんの「話の音」は昨年、立て続けに書かれたもので終わりにされたとのことでした。最後に書かれていた一連のエッセイのタイトル、そして最後に添えられた「了」という文字で(でも、「了」は一連のシリーズが終われば書かれていたのですが)、なんとなく感じとってはいましたが、すごく残念です。「話の音」の話は終ったとしても、また、新たなタイトルで是非はじめてもらいたいと思っています。

それから僕の願いは「話の音」が一冊の本になってくれたらなということです。読まれるべき多くの言葉をもった文章ばかりです。震災が起きてまだ2年も経たないのに、ちまたで聴こえてくるのはうつろな人たちのうつらな言葉ばかり。そんな中で北原さんの、しんとした気持ちにさせてくれる「話の音」を、心をすまして聴いていた人は僕に限らず、いたるところにいるはず。これからもきっと。今村さんも何度か北原さんの文章を本にしたいと書かれていたように思いますので、ぜひ実現してもらえたらと思っています。

本当は1回で書いておくべきことだったのですが3回に分けて書くことになり、何かもったいぶったような形になってしまいました。意図的にしたものではありませんので、ご理解いただけたらと思います。
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# by hinaseno | 2013-01-11 11:48 | 雑記 | Comments(0)

木山捷平を知って、木山さんのいろんな本やら、その周辺のことをいろいろ調べているうちに、すっかり読むのが中断してしまった作家のひとりが内田百閒です。木山さんと同じ岡山出身の作家。

百閒に関心を持つようになったきっかけは、一時期集中的に読んでいた川上弘美さんと小川洋子さんという2人の女性作家の影響ではないかと思います。2人とも百閒の大ファンで、エッセイなどで百閒の話をいくつもしていたんですね。

a0285828_10304212.jpg僕が関心を持ち始めた頃、別冊太陽が内田百閒の特集号を出したり、一條裕子さんが漫画版の『阿房列車』を出したりしてたので、何らかの形で百閒ブームが起こっていたのでしょうか。

そういえば昨日、縁起のいい駅名行きの切符ブームが起こったことを書きましたが、実家のある町には「万富(まんとみ)」という駅があって、そこの駅行きの切符がかなり売れていたと言うことを耳にしたことがあります。僕はもちろん買いませんでしたが。

その万富駅からそんなに遠くないところに「三谷の金剛様」があります。僕が行ったのは、たぶん1度きり。小学校1、2年のときに遠足で行ったように思います。そこは公園になっていて芝生が広がっていたので、その芝生の上で友達と鬼ごっこなんかをした記憶が残っています。

さて、百閒のエッセイには「三谷の金剛様」の話がいくつも出てきます。「三谷の金剛様」という、そのままのタイトルのエッセイもあります。百閒の大好きな祖母(母よりも父よりも一番大好きだったそうです)がその近くに住んでいて、百閒は明治30年の暮れに万富駅ができてから何度も祖母の家にやって来ては祖母といっしょに「三谷の金剛様」へ行ってたんですね。

百閒が祖母の家に行くようになったのは明治31年、百閒が尋常小学校4年生の年だそうです。僕の実家のある町が百閒の子どもの頃の最も幸せな風景の一つになっているというのはとってもうれしいことです。

a0285828_103178.jpg「三谷の金剛様」はちくま文庫(一番好きな文庫です)から出ている内田百閒集成の『たらちお日記』に収められています。岡山に関する風景を描いたエッセイが中心で、解説は同じ岡山出身の小川洋子さんが書いています。



さて、昨日の話に戻ります。昨日の話は百閒の話にもつながっていることでもあるんです。

僕がずっと読み続けているサイトの一つに「the catcher in the Liverary」というものがあります。副題に「今村直樹となかまたちのブログ」と書かれています。CMを制作する仕事に関わっている人たちのブログですね。そのサイトのことを知ったのは、たぶん「ペットサウンズ」(アゲインの上にあるお店ですね)経由だったんだと思います。「ペットサウンズ」の森勉さんのインタビューが載っていたんですね。今調べたら2006年の12月。で、それをきっかけにその前後に書かれている文章やら、今村さんたちが作っているCMをチェックしているうちにとても共感を覚えたので、それ以来ずっとお気に入りにして毎日見ていました(SafariでTop Sitesができてからはその12のTop Sitesの一つに入れ続けてきました)。サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)」をもじったサイト名も素晴らしいですね。前に使っていたパソコンが何度か突然壊れるということが起こっても、ブログ名を覚えていたので辿り着くことができました。

さて、その「the catcher in the Liverary」に文章を書かれているある方の話になるのですが、それはまた明日に。

ところで今村さんたちが作られているCMは、どれも本当に素晴らしいものばかりで、ありがちなCMとは全然テイストが違います。映像も、音楽も、語られる言葉も。特にテレビでON AIRはされないのに作ったオフ・コマーシャルは深い共感を覚えました。このサイトの右上の「シャボン玉石けん」のオフ・コマーシャルを見たときには心から感動しました。こういうのを作る人たちがいるんだなと。

「ラジオデイズ」で、この今村さんとの対談を平川さんにしていただけたらと思います。きっと平川さんも共感を持たれるはず。

そういえば、その平川さんの『移行期的混乱』が、大好きなちくま文庫から間もなく出ます。あっと驚くような人たちが解説を書かれているとのこと。とっても楽しみです。発売日は昨日でしたがまだ書店にはありませんでした。おそらくは今日、明日中に書店に並ぶんだと思います。『移行期的混乱』のことも、改めて書きたいと思っています。

百閒が「三谷の金剛様」を書いたのは昭和34年、百閒が70歳のとき。「三谷の金剛様」は短井話ですが、「上」と「下」に分かれていて「上」は子どもの頃の、つまりは10歳頃の思い出、「下」は70歳当時のことが書かれています。百閒の奥さんが病気になって入院しているときに何度も「三谷の金剛様」の夢を見たとのこと。最後にこんな言葉が書かれています。

「初めはなぜ思い出すのかと、不思議に思ったけど、ひとりでに何べんでも繰り返す内に、心配で堪らなくなったり、淋しくて仕様がなかったりする時は、自分から三谷の金剛様の参詣道を心に思い浮かべるようになった」


奥さんはそのあと無事恢復されたようです。
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# by hinaseno | 2013-01-10 10:59 | 雑記 | Comments(0)

  福が生まれる場所


昨日もまたびっくりするようなことがありました。
素敵な「福」が届いたきっかけを作っていただいたのは、やはりいつものように石川さんです。そしてそこからまた驚くようなつながりが。一体世の中はどうなっているんでしょうか、石川さん!

で、そのうれしい驚きの出来事は明日にでも。
実はその石川さんから年賀状をいただきました。本当に光栄です。
これがそのいただいた年賀状です。切符が印刷されています。何か気づくでしょうか。
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昨年暮れ、石川さんは大瀧さんの住まわれている(スタジオのある)福生に行かれています。で、大瀧さんの家に行かれる前に石川さんは福生の駅に行かれて切符を買われています。そのエピソードは「大瀧詠一的」の中でも語られていました。で、それをそのままコピーして貼り付けたもの、とばかり思っていたのですが、今朝、この年賀状のことを書こうと思ったら、あることに気がついたんです。切符を一部いじられているんですね。

三角印が逆になっているんです。
福生の駅で買われているので三角印は本当は逆向きなんです。でも、石川さんは「福生からの切符」を「福生行きの切符」に変えられていたんですね。
もちろん大瀧さんのこの「福生ストラット」という曲にこんな詩が出てくるからです。


「福生行きの切符買って お守りに 福が生まれる町 すぐに生まれる町」


昔の切符には出発駅と行き先が書かれた切符がて、縁起のいい地名行きの切符がブームになったときがありました。一番有名なのは「愛国」から「幸福」でしたね。それで全国で縁起のいい駅の行き先を印刷した切符が売れたんですね。で、おそらく「福生」行きの切符も売れたのだと思います。
今調べたら、その切符ブームが起きたのが1974年頃。まさに「福生ストラット」を録音した年。

でも、今はもう行き先を書いた切符は存在しません。つまり「福生行きの切符」なんてないんです(たぶん)。福生という字が印刷された切符は福生で買った「福生からの切符」しかない。それを石川さんは買われて矢印の向きを逆にして今は存在しない「福生行きの切符」を作られたと言うこと。電車に日頃乗っている人であれば、その不自然さにすぐに気づかれたかもしれませんが、僕はめったにのらないので今日まで気づきませんでした。

で、今朝、これに気がついて石川さんに連絡したら、なんともう一カ所いじられていたとのこと。切符の番号が「1728」だったのを「0728」に変えられたそうです。728とはもちろん大瀧さんの誕生日7月28日です。そこまでは気がつきませんでした。悔しい。でも、こういう遊び心(いたずら心)っていいですね。

ただ、もともと買われた切符の番号が「1728」だったというのもすごいですね。確か5枚買われたとおっしゃられていたのですが、それでもすごい確率ですね。石川さんのところには本当に福が次々に舞い降りてきています。

そう、石川さんの武蔵小山のアゲインが、今、まさに「福が生まれる」場所になっているんですね。そして昨夜その武蔵小山から僕に驚くような「福」が届けられました。
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# by hinaseno | 2013-01-09 11:33 | 雑記 | Comments(1)