その瞬間が訪れたのは5月7日の午後6時半ごろ。場所は石川さんがスキップをしながら階段を駆け下りた岩本町駅からほど近いジャズのライブハウスTokyo TUC(トーキョー・タック)。僕がこの日東京にやってきたのは、そこで起こったその瞬間を見るためでした。
ただ、その瞬間の話をする前に、ちょっと前置きが長くなりますが、僕が東京で見たものを時系列的に書き記しておこうと思います。この機会に行っておきたい場所、お会いしたい人がたくさんあったので。思わぬ人にも出会うことになりました。
品川に着いてまず最初に向かったのが五反田。もちろんあの池上線に乗るため。ただ、前回東京に行ったときには駅で乗り換えただけだったので、今回は五反田駅で降りて、池上線の次の駅である大崎広小路駅まで歩くことにしました。そこはまさに小津の『早春』と『東京暮色』の舞台だったので。先に言っておくと『早春』の次作である『東京暮色』はロケ地がかなり『早春』と重なっているんですね。特に五反田と蒲田あたりは『早春』でロケハンした場所をそのまま『東京暮色』で使ったはず。
その証拠と言ってもいいのがこの写真の風景。
これは『松竹編 小津安二郎新発見』に収録された川本三郎さんのエッセイに添えられた写真。写真の下には「『早春』のロケ・ハンより。1955年頃の東京の風景」と書かれていますが、川本さんの文章とは関係のない風景。ここはいったいどこなんだろうとずっと思っていました。で、先日、東京に行く前に『東京暮色』を見ていたらこんなカットが。
笠原醫院というのは主演の有馬稲子さんが子供を堕ろすために行った病院。ただし笠原醫院と書かれた扉はおそらくセット。ポイントはその向こうに見える風景。角度は違いますが、上に紹介した写真でとらえられた風景と同じなんですね。
そしてこの前のカットがこれ。
一番目立つ笠原醫院の看板はやはり映画用に立てたもの。問題はこの向こう側に見える駅の風景。実は『早春』にこんな風景が出てきます。
ほぼ同じ場所から撮っていることがわかります。場所は蒲田駅。左に見えるのは池上線と目蒲線のホーム。人々はここから東海道本線に乗り換えて都心に向かうわけです。
そういえば先日、武蔵新田駅で目黒行きの電車に乗られた石川さんと別れて僕と高橋さんは反対側のホームに行って一緒に電車に乗りました。向かった先はまさにその蒲田駅。乗ったのは”元”目蒲線の電車。わが愛する目蒲線に、高橋さんと一緒に乗れたなんて夢のよう。ほんの数分でしたがとても楽しい時間でした。ティールグリーンで展示会をされたきっかけが「たまたま」だったという話にはびっくり。その「たまたま」がきっけで僕が武蔵新田という東京郊外の小さな町に関心を持つことになり、ついにはそこに行ったわけですから、人生というのはからくりに満ちています(by 星野道夫)。
あっという間に蒲田駅に到着して、現在は『早春』や『東京暮色』の頃とは違って外ではなく一つの大きな建物の中を歩いて僕は品川行きの東海道線に乗り換えてそこの改札で高橋さんとお別れしました。手を振ってくれる高橋さんを見てると胸がじーんと...。
時系列的にと言いながら最後の場面の話になりましたね。
時系列的な話の始まりはその蒲田駅から池上線に乗った終点の駅、五反田でした。次回はそこから。