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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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大林さんが『転校生』を撮るときに、小津の『東京物語』をどれだけ意識していたかという問いはたぶん無意味。尾道で映画を撮る人間が『東京物語』を意識しないはずがないですね。

『転校生』でも明らかに『東京物語』を意識したシーンもあれば、たまたまかなというものもあったり。大瀧さんが音楽制作でやっているように誰か気づける人がいるかなと思ってそっと取り入れているのもあるのかもしれません。とりあえず発見できた限りのものを紹介しておきます。

まずは冒頭の8ミリでとらえられたこのカット。線路脇から電車がやってくるのをとらえています。

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『東京物語』を見慣れた人間にとっては、いきなり、おっとなります。『東京物語』のラストシーンで尾道から東京に戻る原節子を乗せた汽車が尾道を離れていくこのシーンと対照になってるんですね。大瀧さんに言わせればシンメトリック。背後に映ってる山は同じです。

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ウィキペディアによると『転校生』のあのシーンを撮ったのは大林さんではなく当時17歳だった娘さんの千茱萸さんとのこと。彼女にフィルムを渡して「尾道の風景を撮って来て」と撮影に行かせたものだそうです。彼女が撮ったたくさんの尾道の風景の中から大林さんがこれはと思うものを選んだはずで、電車がやってくるシーンを選んだときには『東京物語』のラストシーンのことを考えないはずはなかっただろうと思います。


映画を観ていて一番驚いたのは、一美の祖母の法事が行われたこのお寺が映ったとき。

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なんと場所があの福善寺。

そう、『東京物語』で東山千栄子の葬儀が行われたのと同じ寺。一美の祖母の墓もこのお寺の背後の墓地にあるんですね。「とみ」と、そして「しょうじ」の墓の近くに眠らせていたとは。

ちなみに『転校生』の一美の祖母の墓は本堂のすぐ側の場所。

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『東京物語』に映るこのカットの赤丸をしたあたりに一美の祖母の墓があることになっています。

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これは『東京物語』の別のカット。このカットの手前に映っている墓の近くということになります。

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これは世田谷ピンポンズさんのライブの日に撮った写真。左端に『東京物語』に映っている墓が並んでいます。で、一美の祖母の墓は赤の矢印をしたあたり。

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通りが一つ違っていますが、撮影したカメラマンが立った位置はたぶん墓一つ挟んでいるくらいの場所。もしかしたら同じ場所なのかもしれない。

大林さんはきっと小津がこのあたりでロケをしていたのを見てたんでしょうね。


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# by hinaseno | 2018-02-17 12:53 | 映画 | Comments(0)

小津安二郎の『東京物語』が公開されたのは1953年(昭和28年)11月。そして大林宣彦の『転校生』が公開されたのは1982年(昭和57年)4月。

『転校生』が公開された1982年の4月といえば、まさにこの頃にレンタル・レコード屋ができ始めて、その店の1つで「大滝詠一」と書かれた仕切りの札を見つけて、出たばかりの『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』を借りた頃。で、おそらく5月のゴールデンウィークくらいに大学のゼミの旅行で尾道に行ったんですね。きっかけはたぶん『転校生』だったはず。僕は映画を観てなかったけど尾道に行ったかなりの人が映画を観ていたようで、街を歩きながら「この坂は『転校生』に映っていた場所だ」とか話しているのを聞いていました(今から考えるとちょっとあやしいけど)。

ちなみに僕が尾道に行ったのはそのときがたぶん2度目。その2年前くらいに友人2人と尾道の”塔”めぐりをしていました。浄土寺、西国寺、天寧寺。

『転校生』はテレビで放送されたのを観たけど、ふ~んっという感じ。天寧寺の三重塔は映ったけど一番好きな浄土寺の多宝塔が映らなかったことに不満を持ったような気がします。『東京物語』を初めて観たときには、なにはともあれ浄土寺の多宝塔が映ったことに興奮しました。


ところで前回紹介した『大林宣彦のa movie book尾道』(2001年発行)、図書館で借りてきましたが、期待していたほどのことは書かれていませんでした。とりわけ気になっているのはあの男の子と女の子が入れ替わるシーンが撮られた御袖天満宮のこと。

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大林さんが『転校生』の最も重要なシーンの撮影場所として御袖天満宮を選んだ理由が一番知りたいことなんですが、残念ながらこの本で確認することはできませんでした。何かで語られているんでしょうか。

結局この本で大林さんが『東京物語』について語っていたのは1つだけでした。大林宣彦公認ファンクラブであるOBsクラブの質問に答えたもの。こんな質問です。


昭和二十八年八月にあの小津安二郎が『東京物語』を尾道で撮影していたとき、監督は何をしていましたか? もしかして撮影現場を見ていたのでしょうか? また監督は小津映画に関してどういう意見を持っておられますか?

これに対する大林さんの答え。


『東京物語』の撮影現場にいました。小津安二郎監督とその映画とは、ぼくにとって最も尊敬する映画作家であり、映画のひとつです。『東京物語』が尾道で撮影されたことは、ぼくの古里自慢、映画人としての大いなる誇りです。

小津安二郎が『東京物語』を撮影したとき大林さんは15歳。たぶん高1のはず。映画好きだった大林少年であれば小津が尾道でロケした8月14日から19日の6日間、夏休みということもあって、きっとロケの様子をずっと見て回っていたんじゃないかと思います。


気になるのはそのふた月前の6月に小津たちがロケハンに来たときに大林さんはどうしていたかということ。もっといえば結局は映画では使わなかったけれど、6月30日に小津たちが御袖天満宮でロケハンをしていたことを大林さんは知っていたのかなと。

改めて考えてみれば、『東京人』の1997年9月号に掲載された1953年6月から7月にかけての厚田さんの「撮影日程表」の6月30日のところに記載された「天満宮」がいったいどこにあるんだろうと調べていて、その前後にかなり乱雑な字で書かれている「練瓦坂」「福善寺」という言葉を手がかりに御袖天満宮をつきとめたら、そこがまさに『転校生』のあのシーンが撮られた場所だと知ってびっくりしたわけですね。

この日のブログで書いているように、小津はこのシーンを撮影する場所の候補の一つとしてこの御袖天満宮をおそらく地元の人の案内で訪れたはず。

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でも、結局、御袖天満宮ではなく浄土寺の境内を使ったわけですが、小津が『東京物語』のあの神々しいラストシーンを撮影する候補として考えたはずの御袖天満宮の境内で、大林さんは『転校生』のラストシーンで女の子の体になってしまった男の子に立小便をさせているのがなんとも笑ってしまいました。


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# by hinaseno | 2018-02-16 15:06 | 映画 | Comments(0)

2016年9月10日に尾道に行って、『東京物語』の「とみ」(東山千栄子)の葬儀の行われた寺、つまり物語的には「とみ」と、原節子の夫である「しょうじ」が眠ることになったはずの墓がある福善寺を見つけた後で、僕は世田谷ピンポンズさんのライブを弐拾dBで見たわけですが、そこでピンポンズさんが披露してくれたのが「さびしんぼう」という曲でした。何か尾道に関係のあるという曲で、昔、尾道を舞台にした大林宣彦監督の映画『さびしんぼう』にインスパイアされて作ったということでした。


『さびしんぼう』は『転校生』、『時をかける少女』とともに尾道三部作と呼ばれているものの一つですが、実はこんな作品があったこと知らなかったんですね。この中で見たことがあるのは『転校生』だけ。それも遠い昔のこと。『時をかける少女』はユーミンが作った主題歌だけはよく聴きました。


ピンポンズさんの曲を聴いて以来、一度きちんとこの尾道三部作を観ておきたいと思いながら、なかなか機会がないまま時が過ぎ、すっかり忘れかけていた頃、日本映画専門チャンネルで放送されたんですね。

『さびしんぼう』もとてもいい映画でしたが、何よりも驚かされたのは尾道三部作の第1作である『転校生』でした。

何が驚いたかといえば、映画の中にいっぱい『東京物語』の風景が登場したこと。「おおっ」から「おおおおおおおおおおっ」まで、驚きの連続。

このブログでも紹介したように『東京物語』の尾道のロケ地(結果的には映画に使われなかった場所も含めて)をかなり細かく調べ上げていたので、普通であれば気づかないことまで気づくことができました。

『東京物語』や『転校生』については素人も含めてくまなくロケ地を調べ上げられているとは思いつつ、例の大滝詠一的手法を使ったら、びっくりするようなものを発見することができました。きっと誰も気づいてないはずのこと。


それにしても大林さん、小津の『東京物語』をどこまで意識して映画を作られたんだろう。「たまたま」というのもあるのかもしれないけど(『大林宣彦のa movie book尾道』という本に『東京物語』に触れた部分があるようですが、まだ入手できていません)、偶然にしてはできすぎているところも。

ってことで、今日はあくまで予告編ということで話は次回から。

それはさておき『転校生』っていい映画ですね。ラストシーンは何度見ても泣けます。

そう、そのラストシーンを静止画像にして辿っていた時に「おおおおおおおおおおっ」ていうのを発見したんです。


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# by hinaseno | 2018-02-13 16:18 | 映画 | Comments(0)

もうひと月近く前になりますが、東京のペットサウンズから注文していた1枚のCDが届きました。レターパックや中に書かれた手書きの字を見てにっこり。これは♪ミソラ♪ちゃんの字に違いないと。

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尾道つながりということで、ひと月ほど前に書こうとして予告までしていたのに先延ばしになっていた話を書くことにします。なんで尾道つながりなのに東京のペットサウンズから届いたものと関係があるのかってことですが。


2年前、尾道に行って弐拾dBさんで世田谷ピンポンズさんのライブを見た日と同じ2016年9月10日に、東京のアゲインであるイベントが行われていたんですね。それは大好きなマイクロスターのトークイベント。新作『She Got The Blues』についての話でした。司会はペットサウンズの森陽馬さん。

このときほど体が2つあればと思ったことはなく、ピンポンズさんの素敵なライブを堪能しながらも、心のどこかで東京の空の下のことを考えていました。そう、その日、僕の魂は尾道とアゲインを焦点とした楕円の中をぐるぐると飛び回っていたわけです。


数日後、ありがたいことにアゲインの石川さんからそのイベントを録画したものを送っていただいたんですね。

曲ごとに、曲にまつわるエピソードや下敷きにした曲が紹介される中、一番驚いたのが『She Got The Blues』の中でもとりわけ好きな「My Baby」に関する話でした。


僕はこの曲のサビの部分の下敷きにしたのはロジャー・ニコルスが作曲した「The Drifter」(パイザノ&ラフのバージョン)に違いないと思っていたのですが、マイクロスターの佐藤さんから驚きのエピソードが紹介されたんですね。この時の話はこの日のブログで書いているので詳しくは繰り返しませんが、ポイントは、そう♪ミソラ♪の話。


マイクロスターご夫妻の最初のお子さん(女の子)が生まれたのが2003年。いくつかの名前を考えていたときに有力な候補となったのが「みそら」。で、佐藤さんはあることを思いついたんですね。「みそら」なら「ミ・ソ・ラ」で曲ができるなと。そうやって作られたのが「My Baby」のあのサビの部分でした。でも、結局娘さんの名前は別の名前にされたそうですが。


さて、話は先月の中頃のこと。マイクロスターの飯泉裕子さんが、武蔵小山のペットサウンズで娘さんが店員をするというツイートをされているのを発見。そう、中学生対象の職場体験。年齢的なことを考えるとこれは絶対に♪ミソラ♪ちゃんにちがいないと。


ということで速攻でペットサウンズにCDを注文。届けられたのが上の写真のものでした。

本当だったらレターパックの入れ物とかはすぐに捨てちゃうんですが、これは大切にとっておきます。いい記念になりました。

この場を借りて、♪ミソラ♪ちゃん、どうもありがとう。そしていろんなこと、がんばってね。


そういえば『She Got The Blues』のLPは昨年出たけど、シングル・ボックス(個人的にはこっちを強く希望しているので)はまだでしょうか。気長に待っています。


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# by hinaseno | 2018-02-11 14:15 | 音楽 | Comments(0)

一杯の珈琲の物語@尾道


前々回、時宗の話になったので、時宗つながりで。

時宗といえば、この常称寺という寺。

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場所は尾道。この寺の写真、以前貼っていたような気がしたんですが、調べたら貼っていなかったですね。


ここを訪れたのは2年前の2016年9月10日。

その日、僕は日が暮れるまで『東京物語』のロケ地(探していたのは「とみ」と「しょうじ」の墓でした)を歩いて、で、夕方から始める世田谷ピンポンズさんのライブが始まるまでどこかで時間潰しをしようとライブ会場である弐拾dBという古本屋さんの近くをぶらぶらしていたらいい感じの寺が見つかったので、そこで腹ごしらえをすることにしたんですね。小さな境内の観音堂の廊下に座っておにぎりを食べながら本堂を眺めていたら「時宗」というのが目に入ったわけです。

あっ、時宗だと。


一遍、時宗、踊念仏好きで、お寺巡りをするのも好きだったんですが、時宗の寺を訪れたのはたぶん初めて。しかも例によって”たまたま”。

家に戻って調べたら尾道には時宗の寺がたくさんあることがわかって、なかでも『東京物語』の中で香川京子さんが歩くシーンとして使われた場所のすぐそばに西郷寺というあまりにも素晴らしい時宗の寺があることがわかって、どうしても見たくなってひと月後に訪ねたんですね。その時のことはこの日のブログに書いています。あいかわらず「縁」って言葉を使っています。

僕にとってはいろいろと縁がありすぎる大好きな海街、尾道で、「無縁」の原理を身につけている時宗の寺に出会ったというのもなんとも楕円的というか楕縁的な話。


楕縁的な話といえば、余白珈琲さんたちは備前の福岡にある長船駅で別れた2日後、旅の最後に尾道に立ち寄ったようです。そのときのことが少しInstagramに書かれていましたが、これがとびっきり素敵な話だったんですね。


もともと余白珈琲さんたち2人は岡山で一泊、今治で一泊して大阪に戻る予定だったらしいんですが、ふと思いついて予定を変更して尾道に一泊することにしたようです。もしかしたら立ち寄るかもしれませんとは言っていたけど。

そう、彼らは尾道の弐拾dBに行ったんですね。ただその日は平日。弐拾dBさんの平日の営業時間は深夜の23:00から27:00。ということで余白珈琲さんたちが弐拾dBに行ったのは深夜。

確かその日はすごい寒波が日本を襲ってきていて、元病院をそのまま使っている弐拾dBさんは普通でも冬は寒そうだけど、その日はとんでもなく寒かったはず。でも、だからこその暖かい物語というのが生まれたようです。


店内にいたのは弐拾dBの店長さんと余白珈琲さん2人とたぶん数人の客。みんなでストーブを囲んで小さな声で話をする。それぞれの現在のこと、将来のこと。もしかしたら世田谷ピンポンズさんの話も出たのかもしれません。

ふと、大石くんはカバンの中にほんの少しだけ珈琲豆が残っていることを思い出します。たぶん旅に出る前にはきっとカバン一杯に珈琲豆を入れていたはずですが、あちこちでいろんな形で”贈与”したり(僕もいただきました)、ときには自分たちで飲んでいるうちにほとんどなくなってしまったんですね。でも、ちょうど一杯分だけ残っていた。残していたのか、たまたま残っていたのかはわからないけど。

その一杯分の珈琲豆を挽いて、ストーブの上のやかんの湯を注いで一杯の珈琲を入れて、ストーブを囲んだ人たちみんなで回し飲み。そしてまたそれぞれの”答えのない”話を続ける。


いや、うらやましくなるような物語です。

いくつもの「たまたま」や、ふとした思いつきのようなことで生まれた物語だとは思いますが、こういう素敵な時を作れるというのもやっぱり「縁」なんでしょうね。

そういえば弐拾dBさんがこのときの写真をツイートしていたのでちょっとお借りします。

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よく見ると大石くんの着ているのはビートルズのトレーナー。

ドリッパーもテーブルも真円ですが、なんとも楕縁的な風景。一遍さんもきっとニコニコしていることでしょう。


楕円的というか楕縁的といえば、昨日、松村圭一郎さんがミシマ社の三島さんと対談されたそうなんですが、場所がなんと福岡だったんですね。岡山(備前)の福岡ではなく九州の福岡。

タモリさんもブラタモリで言っていたように九州の福岡の地名の由来は備前福岡。松村さん、岡山の福岡のこと、話されたでしょうか。


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# by hinaseno | 2018-02-10 13:18 | 雑記 | Comments(0)