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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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三寒四温という感じで、だんだんと暖かい日が増えてきました。で、暖かい日が増えてくると、しばらく聴いていなかったさわやかな音楽を聴きたくなってきます。何年か前に作ったさわやかサウンドの曲を集めたCDも調べたら2月に作っていました。2015年2月25日のブログにそのCDのことを書いています。前日、つまり2月24日に作ったと。ちょうど3年前の今日。


今年も数日前にそのCDにも収められている曲が唐突に僕の心の中に舞い降りてきたんですね。スパンキー&アワ・ギャングの「Like To Get To Know You」。




この曲と出会ったときの話はすでに書いてますね。1989年の新春放談で初めて聴いて、それから間もなく神戸の三宮近くにあったCDショップでこの曲の収録されたCDを手に入れました。

ただ、それ以降、いわゆるソフト・ロックというのがブームになっていろんなものを聴いているうちにやや忘れかけた存在になっていたんですが、あることがきっかけでこの曲の素晴らしさに改めて知り、今では死ぬほど好きな曲の一つになっています。


きっかけは、やはり「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でした。4年前の3月の初めに1976年2月10日に放送された「御葉書」特集を聴きながら姫路駅の南のあたり(南畝町です)を散歩していたらこの曲がかかったんですね。

この特集を聴いたのはその時が初めて。御葉書の特集となっていますが、かかった曲はどれもさわやかサウンドの曲ばかり。やっぱり大瀧さんも2月になって少し暖かくなってきた頃にこんな曲を聴きたくなるみたいです。


ところで不思議なもので「Like To Get To Know You」が流れ始めたときに歩いていた場所をいまだに覚えているんですね。ときどきありますね。曲を聴いた場所を鮮明に覚えているということが。

今、ちょっと調べたら、あの「南畝町288」からほんの200mほど離れたあたり。本当によく歩いたな、あのあたり。

せっかくなのでGoogleマップのストリートビューを使ってヴァーチャルウォークしました。

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赤い矢印が歩いていたところ。右上の水色の丸したところが「南畝町288」。姫路に縁のない人にとっては(縁のある人でも)なんのこっちゃですね。


で、久しぶりに昨日1976年2月10日放送の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴きました。すると面白いことに太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の話が出てきてたんですね。「木綿のハンカチーフ」のことをいろいろ書いていたときに、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のどこかで「木綿のハンカチーフ」の話が出てたはずだったなあと思っていたんですが、この回だったんですね。

葉書を書いてきたリスナーはおそらくはっぴいえんどのファン。「木綿のハンカチーフ」は前年1975年の暮れに発売されているので、発売されて間もない時期に大瀧さんの番組に葉書を書いたようです。こんな葉書。


松本さん作詞の「木綿のハンカチーフ」を1位にする会を作って、『歌謡なんとか』の番組に必死になってリクエストしているのです。今度の歌は詞の中に松本さんの顔がちらついてちょっといいんじゃないかな。

で、大瀧さんの言葉。


いいですね。今度の太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、僕も非常に好きでね。♫君のはららほにゃらは~♫ってのがいいですね~。あ~、ぎゃんぎゃんリクエストしてください。

面白いのはこのとき大瀧さんが「木綿のハンカチーフ」の一節を♫君のはららほにゃらは~♫って歌ってるんですが、まだそれほど聴いていなかったのかメロディもうろ覚え、歌詞もはっきりしなくてどこを歌っているのかわからないんですね。


このリスナーが葉書を書いた時には「木綿のハンカチーフ」はまだ知る人ぞ知る曲という感じだったようです。こうしたリスナーが歌謡番組に何枚もリクエスト葉書を送り続けた結果、曲が多くの人の耳に届いて大ヒットにつながったんでしょうね。


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# by hinaseno | 2018-02-24 15:23 | 音楽 | Comments(0)

尾道のことを書きながら、尾道と同じくらいに大好きな海街のことを考えていました。


牛窓、そして塩屋。


牛窓といえば、僕が2年前の春に何十年ぶりかで尾道を訪れてみようと思ったきっかけはミルクという名の白い猫に会うためでした。正しくいえば牛窓を舞台にした想田和弘監督の映画『牡蠣工場』を尾道の映画館で観るという目的。『牡蠣工場』の主人公(?)が「ミルク」だったんですね。

想田さんが牛窓を撮っていたことはリアルタイムで知っていたので、それが作品となって公開されるのを心待ちにしていたんですが、ところがいろんな事情から岡山での上映が先延ばしになっていたんですね。これ以上待てないってことで、土曜日に観に行ったら上映は前日の金曜日が最終日だったと。


その『牡蠣工場』が公開される前、ミシマ社から出版された想田さんの『観察する男』を読んでいたら興味深いことが書かれていたんですね。牛窓で撮影したものがあまりにも多くて、とても一つの作品には収まりそうもないので、『牡蠣工場』とは別にもう一つ作品が作れると。

その「もう一つの作品」(正直に言えばそちらの方を)を『牡蠣工場』を観る前から待ち望んでいたんですが、それがようやく完成したんですね。タイトルは『港町』。


こちらはその『港町』の公式サイト。予告編の映像を観ても僕のよく知っている風景ばかり。このシーンに映っている猫は、昨年の6月にようやく出会うことができた「ミルク」ですね。

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それから一瞬映るこのシーン。

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『東京物語』の福善寺で撮られたこのシーンとそっくり(この墓を見つけるのは大変でした)。

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このサイト、下の方に並んでいるコメントを見たら平川克美さんと内田樹先生の名が。これもうれしいですね。お二人らしい語り口でたまらないです。

一応それぞれのコメントを。まずは平川さん。


ここでは、ひとは海からの贈与で生活し、猫は人からの贈与で生きている。過疎と老いが忍び寄る港町で、ひとびとは黙々と働き、墓参し、ときに笑う。水上で、路上で、山間で、彼らが語り始めたとき、わたしは、人生の深淵を覗きこんでいるような気持ちになった。

それから内田先生のコメント。


出て来る人たちはみんなカメラに向かってよく話す。多くが笑顔で、同意を求めて、感情をこめて話す。無言の時さえ表情は饒舌だ。でも、その笑顔の下にはどこかしら「私の思いが伝わるはずがない」という絶望に似たものが感じられる。私自身でさえ自分が何を考えているのかわからないのに、あなたにわかるはずがない。人間はみなその孤独に耐えて生きているのだとあらためて知らされた。

この映画、岡山でも上映が決まっているみたいですが、前回のリベンジというわけではなけれど尾道の映画館で観てみたいと思っています。


さて、塩屋のこと。僕の住んでいるところからは尾道とほぼ同じくらいで、真反対の方角にある海街です。

余白珈琲さん、塩屋に住む場所が見つかって、来月引越しをすることが決まったんですね。懸案だった煙問題も一石二鳥というような感じで解決できたみたいです。いや、彼らに「一石二鳥」って言葉はふさわしくないか。たまたま縁があった、というか縁の尻尾をつかんだだけという感じです。

場所はかなり急な坂を上ったところにあるようです。彼らが落ち着いた頃に訪ねることができたらと思っています。ちなみに焙煎の部屋からは海が見えるとのこと。いいですねえ。潜水艦の暖簾と合いそうです。


ところで僕は余白珈琲さんから毎月20日に焙煎した珈琲豆を送って(贈って)もらっているんですが、一昨日届いた豆の焙煎日である2月20日は彼らが引っ越すことになった家が建てられた日だそうです。いや、これも縁ですね。

ちなみに建てられたのは1969年。

1969年の2月というと、はっぴいえんどの人たち、とりわけ大瀧さんと細野さんが不思議な縁でつながり始めた頃。面白いものですね。


そういえば次回珈琲豆が送られてくるのは3月21日ということになりそうですが、その日はもちろんナイアガラ・デイ。

僕はたぶん前日に届くかもしれないシリア・ポールの『夢で逢えたらVOX』の、とりわけ「香り’77」をなんどもリピートしているだろうと思います。


「香り」といえば、一昨日、余白珈琲さんの包みを届けてくれた郵便配達の人が「コーヒー豆のいい匂いがしますね」と言ってくれたんですね。マスクをしていたのにもかかわらず、いい香りが届いたんですね。

「とても美味しいんですよ。よかったら注文してみてください」と言ったらにっこり。ちょっとだけ楕円が膨らんだ感じがしました。


楕円といえば、平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』の重版が決まったそうです。おめでとうございます。でも、もっともっといろんな人に届いてほしいです。

その平川さんの本の発売記念イベントが2月26日にアゲインで行われるんですね。行きたいなあ、と思っていたらなんと、翌月の20日と21日に平川さんと松村圭一郎さんのトークイベントの告知が。

隣町珈琲で対談が行われるのはナイアガラ・デイの3月21日。これ、たまたまなんでしょうか。ああ、行きたい。


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# by hinaseno | 2018-02-23 14:57 | 雑記 | Comments(0)

浄土寺の手前の信号を右折して国道を東に進むトラックを手を振りながら追いかける一美。でも、どうも風景が違う。どうやらこのシーンは違う道路で撮影されていることがわかりました。

どこかということですが、手がかりはたくさんありました。それは道路沿いに立ち並ぶビルや電柱に取り付けられた看板。現在も残っているものが多いんですね。わかりやすいものでいえば仁井時計店。あるいは大村石材店。そう、そこは市役所のある通り。

地図で確認するとこうなります。

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青い線がトラックの走った方向。で、赤い線がトラックを追いかけて一美の走った道。なんと実際には出発した一夫の家に戻っている形になっているんですね。この道には『東京物語』の撮影の時に小津や俳優たちが泊まった竹村家(竹村旅館)もあります。

ちなみにその竹野屋で撮影された『東京物語』のこのカット。


東山千栄子の葬儀の後にみんなが集まって食事をする場所ということになっています。実際の食事のシーンはもちろんセット。『転校生』の冒頭、一夫の家から見える海の風景が見えるシーンが出てきます。

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この窓の外に見える風景は『東京物語』の竹村屋からの風景と似てるんですね。

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ということなので最初は一夫の家は竹村屋なのかと思っていました。


さて、改めて一美が走っているこの場面を。

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彼女が走っていているのは市役所が入っている市民会館の前の道。映画を撮影した時にはこの市民会館のビルを建設中だったようですね。

この場所、例によってストリートビューで確認してみます。

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実は世田谷ピンポンズさんのライブの日の夕方、僕はここの場所の写真を撮っていました。

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なぜかといえば、ここはまさに『東京物語』の冒頭のこのシーンが撮られた場所だとわかったから。大林さんはまさにこのシーンが撮られた場所から一美を走らせたんですね。

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前にも書いたように『転校生』の冒頭で、『東京物語』のラストシーンの汽車が走り去って行くのを撮ったのとほぼ同じアングルで電車がやってくるシーンを撮っているんですが、『転校生』のラストでは逆に『東京物語』の冒頭の子供たちが学校に通うシーンを撮った同じ場所で一美がトラックを追いかけるシーンを撮っていたんですね。まさにシンメトリックな構造になっていたわけです。


ところで、この市役所前の道を走るシーンをDVDでコマ送りしながら、ストリートビューの現在の風景と見比べていたんですが、そこで驚くようなものを発見したんですね。

それは一美が走るのをやめる寸前にとらえられたトラックが走っていくシーン。最後の最後ですね。

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このときトラックの向こうの右手に見えている瓦屋根の大きな家が竹村家。左の電柱には「竹村屋」と書かれた看板も見えます。

驚いたのは右のトラックの停まっている建物に取り付けられた看板の文字。


「栗吉木材店」!


栗吉木材店というのは『東京物語』の冒頭の、小学生たちが登校するシーンで見えていた看板に書かれていた会社と同じ名前(『東京物語』のほうでは「栗吉材木店」となっています。どうやら『東京物語』で唯一といってもいい本物の看板が映っている「栗吉材木店」は竹野屋の近くに移転していたようです(現在は栗吉木材店はありません)。

それにしても、これが『転校生』の最後の最後に映されいるというのは偶然にしてはできすぎていますね。


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# by hinaseno | 2018-02-20 15:11 | 映画 | Comments(0)

映画後半、再び御袖天満宮を訪れた一夫と一美はもう一度いっしょに階段を転げ落ちてもとの体に戻ります。ここから感動的な場面が続くんですね。何回見ても泣けます。

これは一夫の家族がトラックで横浜に引っ越す場面。

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それまでのいくつかのシーンで一夫の家が海沿いにあることはわかっていたんですが、このシーンでようやく場所を特定することができました。浄土寺の真下。浄土寺の門のすぐそばから撮影してるんですね。浄土寺に行けば見慣れた風景。


ところで一夫の家で興味深いのは玄関のすぐそばの壁に貼られてたポスター。

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なんとジョン・ウェイン主演の西部劇『駅馬車』。監督はもちろんジョン・フォード。西部劇好きにとってはにっこり。

ただ、これはもちろん映画のために取り付けたもの。ポスターの上には「上映中」との文字がありますが『駅馬車』の日本公開は1940年(昭和15年)。リバイバル上映ってことになるんでしょうね。


さて、浄土寺といえば『東京物語』のいくつものシーンが撮られた場所ですが、『転校生』では主人公の家を浄土寺の真下に設定したにもかかわらず、お寺が映ることは一度もありません。多宝塔くらいちらっと映ってもいいのに。でも、おそらく”あえて”入れないようにしたんでしょうね。

でも、映画を見終えてから、ふとあることに気がつきました。気づいたことに我ながら感心。


これは何度も紹介している『東京物語』の浄土寺のシーン。

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上に貼った引越しのシーンとは浄土寺の境内の内側と外側ということもあってか風景的には一見なんのつながりもなさそうに見えます。

でも、この2つの風景、かなり近い場所からほぼ同じ方向をとらえていたんですね。

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この写真の水色の丸で示したのが『東京物語』のカメラが置かれていたあたり。矢印が上のシーンを撮影した方向。

それから赤色の丸で示したのが『転校生』の引越しのシーンを写した場所。矢印は撮影した方向。


カメラが置かれていた位置は距離にして20mちょっと。写した方向もほぼ同じだったんですね。

これはきっと大林さんなりの『東京物語』、あるいは小津への敬意の形なんでしょうね。あるいは畏敬の念と言ってもいいかもしれません。


さて、このあと引越しのトラックは線路沿いの国道を曲がって東に進みます。

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そして一美は「さよなら、わたし」と叫びながらトラックを追いかけます。



でも彼女が走った道は、浄土寺前の国道ではなかったんですね。なんと走っていたのは『東京物語』でロケされた道でした。

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# by hinaseno | 2018-02-19 12:41 | 映画 | Comments(0)

映画の後半、男の子になった一美は家出を決意。女の子になった一夫は彼女(彼?)を追いかけます。二人が向かうのは船着場。

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ここからは、おっ!おっ!おっ!の連続でした。

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二人が船で行ったのは瀬戸田(生口島)。

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そういえば『東京物語』でも東山千栄子の葬儀の後、海の見える料亭で久しぶりに集まった家族で食事をしていたときに、確か生口島に行った思い出話をしていたなと。


生口島から戻ってきた二人は再び船着場を歩きます。そして、このシーン。

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これぞまさに『東京物語』のこのカットと同じ場所。

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と思ったら違ってたんですね、船着場の場所が。

背景が少し違っていたのもありますが、おやっと思ったのは一番上に貼った写真。もし中央桟橋であれば桟橋の手前の右側に『東京物語』で一番最初に映るこの住吉神社の大灯籠(右手に見えるのが中央桟橋)が見えないとおかしいんですね。

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いろんな角度から見える背景の山や島も中央桟橋から見たものとはちがう。

で、調べてみたら『転校生』で二人が船に乗った船着場は中央桟橋ではなく尾道駅の真正面にある駅前桟橋でした。


実は今の駅前桟橋はかなりしゃれた感じになっているんですが、ちょっと古い写真を探してみたら駅前桟橋は中央桟橋とほぼ同じ造りをしていたことがわかりました。桟橋部分だけを見たら区別がつかないですね。

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まあ、結局勘違いではありましたが、でも二人が桟橋を歩くシーンを撮るときに大林さんが『東京物語』のあのカットを意識しなかったはずがありません(大林さんは中央桟橋と駅前桟橋の区別がついていたのかな)。


勘違いといえば、『東京物語』で家族が船で行ったというのは生口島ではなくそのとなりの大三島。瀬戸田へ行ったのは『東京物語』には出ていなかったけど、小津の映画にいくつも出ている佐田啓二と岡田茉莉子が主演した『集金旅行』(原作は井伏鱒二)のほうでした。


あわてて書かなくてよかった。


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# by hinaseno | 2018-02-18 15:43 | 映画 | Comments(0)