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by hinaseno
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しばらくの間


書きたいこと、いっぱいたまっていますが、
しばらくの間、このブログをお休みさせていただきます。

by hinaseno | 2019-05-27 07:25 | 雑記 | Comments(2)

ハワイ(イ)な日々


あいかわらずハワイ(イ)な日々を送っています。

村上春樹原作の映画『ハナレイ・ベイ』を観たり(とてもいい映画でした。吉田羊さんが本当にピアノを弾いているとは思わなかった。メイキングには本作ではカットされた吉田羊さんの弾く「What A Wonderful World」が入っていて、これがすばらしかった。カウアイの風景がいっぱい映っていたのもうれしかった)、未読だった池澤夏樹の『カイマナヒラの家』を読んだり(池澤さんはやはり「ハワイ」ではなく「ハワイイ」と表記。芝田満之の写真も素晴らしい)、オータサンのCDを聴いたり(『Where Is My Love Tonight』)、ああ、それから久しぶりにウクレレを取り出してポロンポロンとつま弾いたり(チューニングがめちゃくちゃになっていた)。

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で、昨日ふと、自分のパソコンの中に入っているハワイ関係の曲を集めたプレイリストを作ってみようと思ってやりだしたら、これが結構楽しくって、さらに思わぬ発見もあって、結局、一日つぶれてしまいました。まあ、よくあることだけど。

ハワイ関係の曲でパッと思いついたもの、まずはビーチ・ボーイズの「Hawaii」「Diamond Head」、ジャン&ディーンの「Honolulu Lulu」、ヴェンチャーズの「Hawaii Five-O」、それからエルヴィスの『ブルー・ハワイ』『ハワイアン・パラダイス』のサントラ。

次はHawaii、Honolulu、Waikikiなどのキーワードで検索。ライル・リッツの『50th STATE JAZZ』というアルバムが何曲かヒット。考えてみたらアルバムタイトルの”50th STATE”ってハワイのことでした。

その後も思い当たる地名とか、いくつかのハワイ語で検索。ハワイ語といえばサーフィン関係の言葉にもハワイ語があったなと思って調べたらKahunaという語が太陽と砂と波の神様ということがわかって、で、検索してみたら「Kahuna Sunset」という曲が見つかりました。なんとバッファロー・スプリングフィールドの曲。ライノから出たボックスに収録されていました。




曲を書いたのはスティーヴン・スティルスとニール・ヤング。パーカッションがサイラス・ファーラーでした。なるほど。

ってなことをやっているだけでもかなりの時間をとってしまったんですが、昨日のメインは実はその後。

もしかしたら僕が作ったプレイリストのような曲を集めたCDがあるんじゃないかなと調べたんですね。検索キーワードにはbeach boys、hawaii、ventures、Hawaii Five-Oとかelvisとかhonoluluとかを入れて、例によって画像検索。すると思いもよらぬ画像が下の方に出てきたんですね。

先日亡くなったドリス・デイの画像。

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検索キーワードにはdoris dayなんか入れてなかったのに、なぜ? ですね。こんなCDがあるのかなと思ったんですが、どうもちがう。でも、ブルーを基調にしたジャケットらしき写真のセンスはとても素晴らしい。ちょっと気になったのでそのサイトにアクセス。

それがこの「Buddies Lounge」というサイト。どうやらロサンゼルスのハリウッドにスタジオがあるラジオ局のようなんですが、おっと思ったのはこの言葉。


Originally aired on 1420am The Breeze Radio


1420amって「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のラジオ関東と同じですね。しかも番組の名前がThe Breezeって。なんともはや。


試しにドリス・デイの回をダウンロードして聴いたらこれがなかなかいいんですね。で、もしやと思って過去の放送を調べたら、ありました。Show 336の回。タイトルは 「Aloha….from Hawaii」。昨年の3月24日にハワイから放送されたようです。これが、その日かかった曲のリスト。


Hawaii Five-O - Mort Stevens and His Orchestra
Hawaiian Eye - Warren Barker
Gidget Goes Hawaiian - James Darren
Sweet Leilani - Werner Muller
Hapa Haole Hula Girl - Hawaii Calls
Pearly Shells - Martin Denny
Suck 'Um Up - Don Ho
E Lei Ka Lei Lei (Beach Party Song) - Don Ho
Tiny Bubbles - Don Ho
Hawaiian Drums - Billy Mure
Hawaii - The Beach Boys
Blue Hawaii - Frank Sinatra
On The Beach At Waikiki - Al Caiola
My Hawaiian Song of Love - The Aliis
Hawaii Beach Party - Waikikis
Paradise Hawaiian Style - Elvis Presley
Island Of Love - Elvis Presley
Hawaiian Wedding Song - Elvis Presley
Rock-A-Hula Baby - Elvis Presley
Pineapple Princess - Annette Funicello
King Kamehameha - Diamond Head Beach Boys
My Little Grass Shack - Hi Los
The Hukilau Song - 50 Guitars Of Tommy Garrett
Behave, Hula Gir - Billy Ward
Moon Mist - Out-Islanders
Ukelele Lady - Bing Crosby
Keep Your Eyes On the Hands - Herb Ohta, Jr.
Hula Love - Buddy Knox
Maui Girl - E. Tevares
You Can Count On Me (Hawaii 5-0) - Sammy Davis Jr.
Pagan Love Song - Ray Martin and His Orchestra
Princess Poo-Poo-ly Has Plenty Papaya - The Four Preps
Mai Tai - Les Baxter
Honolulu Baby - Ty Parvis
Mauna Kea Breeze - Hawaiian Spotlighters
Hawaiian War Chant - Ella Fitzgerald
Hawaiian War Chant - Twist - Elgart
Hawaiian War Chant - Ray Charles Singers
Pearly Shells - Tennessee Ernie Ford


僕の検索キーワードがここにヒットしたんですね。知ってる曲もありますが知らない曲もいっぱい。でも、素晴らしい選曲でびっくりでした。オータサンの息子さんも入っています。

この中で初めて聴いてすごくびっくりした曲というかアーティストがいるんですが、それはまた改めて書くことにしましょう。キーワードはクリス・モンテス。


この放送局、毎週聴きたくなりました。


by hinaseno | 2019-05-26 12:36 | 音楽 | Comments(0)

昨日の話のつづきを少し。

昨日紹介した荻原魚雷さんのブログに、魚雷さんを車で岡山を案内した「写真家の藤井豊」さんというのが出てきて、どこかで見たことがある名前だなと思って調べてみたら、ああ、あの写真集を出していた人だったんだと。

魚雷さんの過去のブログを見ると藤井豊さんは何度も登場しています。現在は岡山の浅口市にお住まいとのこと。魚雷さんが2011年に木山捷平の生家を訪ねたときに魚雷さんを案内したのも藤井豊さん。ちなみにこのとき魚雷さんは”わざわざ”赤穂線経由で岡山から京都に行かれています。


さて、その藤井さんが2013年6月に出したのが『僕、馬 I am a HORSE』という写真集。

これ、当時、古書五車堂さんに置かれていて、手に取った覚えがありました。結局は買わなかったんですが、とてもいい写真集だったんですね。今調べたら魚雷さんが寄稿していることがわかりました。

藤井さんは岡山のあちこちで個展を開いているんですが2018年5月に笠岡で開いていたのが「清音 KIYONE」。

清音って、総社の清音?

矢掛から小田川沿いに東に向かえば旭川に至ります。そこを渡れば総社なんですが、旭川を渡ってすぐの場所にあるのが清音。僕はこの清音駅から井原鉄道に乗って矢掛の方に行ったんですね。その前に総社をかなり歩いて走って、そのあと小田川に沿ってかなりの距離を歩いたので足をかなり痛めてしまって、で、予定を変更しておひさまゆうびん舎で開かれていた小山清展の最終日に行ったら、そこで初めて世田谷ピンポンズさんに初めて出会って、姫路の木山捷平の話をして…。


ということで魚雷さんとともに藤井さんにも縁を感じてしまいました。あの写真集、蟲文庫さんに行けばあるのかな。あっ蟲文庫さん、店主の田中さんのケガでまだ休業中だな。


by hinaseno | 2019-05-24 15:03 | 文学 | Comments(0)

また、先日の世田谷ピンポンズさんのライブの話に戻ります。ちょっと素敵な情報をいただいたので。それは荻原魚雷さんのこの「文壇高円寺」というブログのこと。


実は開演前、ある方から会場に荻原魚雷さんが来ているんですよと教えてもらってたんですね。

魚雷さんは古本関係の本でエッセイなどをいくつも読んでいましたが、お顔を拝見するのは初めて。写真も見たことがなかったので、ああ、あの人が魚雷さんなんだと遠目に眺めていました。


魚雷さんがピンポンズさんと親交があることは知っていました。でも、わざわざ東京の方から姫路に見に来てくれるってすごいなと思っていたんですが、魚雷さんが更新されたブログを読んで、ピンポンズさんのライブには旅の一環として来られていたことがわかりました。その旅が、おっ、おっ、というものだったんですね。


魚雷さんは先週の土日、一泊二日で広島岡山と旅されて、その帰りに姫路に立ち寄られたそうです。

広島で行ったのは福山。岡山で行ったのは矢掛。これだけでぴんとくるものがありますね。ブログで書かれている通り福山は井伏鱒二、矢掛は木山捷平の郷里。矢掛の町を訪ねたあと豪雨被害の地域も見てまわられたと。「小田川はずっと見ていたい川だった」という言葉がいいですね。小田川は昨年の豪雨で氾濫して、あの地域に甚大な被害をもたらした川ですが、普段は本当に穏やかでまさに「ずっと見ていたい川」なんです。


魚雷さんの過去のブログをチェックしたら、木山捷平のことをかなりたくさん書いていることがわかりました。

ブログを始めた最初の頃の2006年10月10日の記事にこんな言葉を発見。


 二十代の終わりごろ、読書の趣味も変わった。「淡々とした」とか「飄々とした」とか形容されるような作風を好むようになった。
 尾崎一雄にはじまり、木山捷平や小沼丹を経て、梅崎春生を読み、そのあたりで足が止まった。気がつくと再読ばかりしている。

木山捷平、小沼丹、僕といっしょですね。「二十代の終わりごろ」じゃなかったけど。別の日のブログで何年か前に木山捷平の生家に来られていることもわかりました。

そういえば2006年10月10日のブログには音楽の話も書かれていました。


ほぼ毎日、古本屋か中古レコード屋をまわる。本ばかり買う時期、レコードばかり買う時期が、交互にやってくる。

いっしょだ。「たまにロックのCDも買うが、いわゆるソフトロックとよばれるジャンルに偏っている」というのも同じ。魚雷さんの本、読んでみたくなりました。


で、姫路に来られたときのこと。


 姫路文学館の望景亭で世田谷ピンポンズの「文学とフォーク」のライブ。姫路のおひさまゆうびん舎が主催。
 木山捷平の「船場川」をもとにした曲が聴けた。木山捷平は姫路師範学校(現・神戸大学)を卒業し、小学校の先生をしていたこともある。姫路と縁がある。

木山捷平と姫路との縁もご存知。縁のある場所、案内してあげたかったな。

ライブの後、ピンポンズさんの歌にもなった茶房大陸に立ち寄られたとのこと。


さらに驚いたのは最後に書かれていたこと。


岡山から姫路に行くあいだの三石という宿場町にも寄りたかった。姫新線にも乗りたかった。こういう心残りはわるくない。また行けばいいのだ。
近いうちに岡山~兵庫の県境付近もゆっくり歩きたい。

なんと「三石」に立ち寄りたかったと。

三石に立ち寄りたいと思う人なんてそんなにはいない。


三石といえば、なんと川本三郎さんが今年の早春に三石に立ち寄られていることがわかりました。これがその写真。

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写真が載っているのは雑誌『サライ』の5月号。「「駅弁」を旅する」という特集で、川本さんはJR山陽本線の神戸から下関まで駅弁を食べる旅をされていたんですね。三石には駅弁もなければ駅員もいないんですが、でも、川本さんは立ち寄られたんですね。もちろんそこが小津安二郎の映画『早春』のロケ地だから。

魚雷さんは『早春』のこと、知ってたんでしょうか。


by hinaseno | 2019-05-23 14:25 | 文学 | Comments(0)

最初にうれしい話を二つ。実はびっくりするようなすごい方から過去のブログに関するコメントをいただいたんですね。ブログやっててよかったなあと心から思いました。たいしたブログではないんですが、時々そんな奇跡のようなことが起こります。

それから山本善行さんと清水裕也さんの『漱石全集を買った日』の増刷が決まったそうです。こちらもとてもうれしいニュース。一人でも多くの人にあの本が届いてほしいです。


さて、ころっと変わって、こんな歌から。


朝起きてラジオのスイッチを入れて
波の状態をチェック
サーフィンに行けるかどうかを知るために
するとDJが今日はサーフィンをするにはもってこいの日だと教えてくれる
彼女と僕が今日もいい1日を過ごせるってこと
さあ、サーフィンに出かけよう

これはビーチ・ボーイズの1961年のデビュー・シングル「サーフィン」の歌詞。

ハワイを舞台にした村上春樹原作の映画『ハナレイ・ベイ』を見ていたら、その日の波の状態をDJが語っているシーンが出てきて、この「サーフィン」の歌詞のことを思い出しました。

いいですよね、朝、ラジオをつけてその日1日の過ごし方が決まるという生活。サーファーになろうかな。


ところで今、僕がいちばん好きなDJはというと、実は村上RADIOでアシスタントをされている坂本美雨さん。坂本龍一、矢野顕子さんの娘さんですね。美雨さん、聞けば聞くほど好きになりました。最近は昼前に放送されている「ディア・フレンズ」をときどきエアチェックしてます。


さて、DJといえば、やはりラジオの深夜放送のDJですね。

これは『東京人』という雑誌の2011年3月号の表紙。特集は「青春のラジオ深夜放送」。

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4人の人気DJの写真が並んでいますが、全員わかります?

僕は左上の野沢那智さんの顔を知りませんでした。右上が谷村新司。右下が愛川欽也。

で、左下。

マイクの前でドーナツ盤をくわえているあまりにも有名な写真。これは1967年の写真とのことですが、この人こそ、この写真の10年後の1977年に大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」にゲストで登場した”ハワイ”出身のチブ・メーカーさんなんですね。

『東京人』のこの号にはもうひとつ、同じ時期のチブ・メーカーさんの写真がありました。この写真も最高ですね。

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チブ・メーカー。正式な名前は亀渕昭信さん。チブ・メーカーって、亀渕(かめぶち)を逆から読んだだけのこと。ハワイ出身っていうのも、たぶんカメハメハ大王と「カメ」つながりというイージーな理由のはず。

まあでも、ハワイのK-poiという放送局が出したレコードの話をしていたので、亀渕さんの話に行くにはいい流れだなと。

そういえばいちばん驚いた「たまたま」の話といえば、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」に亀渕さんがゲストに来た時、どれだけオールディーズに詳しいかを試すために大瀧さんが亀渕さんにぶつけたのが1959年6月のヒットチャートだったこと。K-poiができたのが1959年の5月だったので。


ところで『東京人』のこの号に載っている亀渕さんと秋本治さんの対談、亀渕さんラジオ愛にあふれているんですが、この中で亀渕さん、こんなことを言ってるんですね。


たとえば、どこにでもあるチェーン店のカフェもいいけれど、小さくて、あまり客は入らないけれど昔からの客がいて、その親父が息子を連れてきたり、その息子がまた成長して子供を連れてくるような町の喫茶店があるとしたら、ラジオはどちらかというと、後者を求めている。テレビや新聞と差別化するには、間口を狭く、深くしなければいけない。だから、昔も今も人気のある番組は、コアファンがいるし、とてもマニアック。


そうそうと言いたくなるところですが、この対談からすでに8年の歳月が流れて、ラジオ、とりわけ亀渕さんがずっと関わってきたAMのラジオの置かれている状況はさらに大きく変わっています。町の喫茶店が置かれている状況と同じく、かなり厳しい状況になっているんですね。そんな中で開かれたのがアゲインで行われた伊藤銀次さんと亀渕さんとのトークイベントでした。


by hinaseno | 2019-05-22 15:18 | 音楽 | Comments(3)


ビッグフラ~イ、オータニサン。


先日、久しぶりにこのフレーズを聞くことができました。エンジェルスの大谷くんがホームランを打ったとき、現地の実況のアナウンサーが叫ぶお決まりの文句ですね。今年は二刀流ではなく一刀流の大谷くんですが、やっぱりわくわくさせてくれます。


さてオータニサンといえばオータサン。

オータサンというのはハワイのウクレレ奏者。ハーブ・オータ(Herb Ohta)というのがたぶん正式なアーティスト名のはずですが、日系ということもあるのかオータサン(Ohta-San)という名前の方が一般的になっているようです。オータサンという、ゆるい感じの名前の方がウクレレという楽器にあっていますね。

オータサンというウクレレ奏者のことを知ったのはこのブログで何度も取り上げているライル・リッツ経由、かな。オータサンはライル・リッツといっしょに何枚かアルバムを出しているんですね。ほしいなあ、と思いながらまだ手に入れていません。

村上春樹もウクレレという楽器が好きみたいで、で、ウクレレ奏者ではオータサンがお気に入りのようです。エッセイだったかで、何度かオータサンのことに触れていました。

で、そのオータサン、例の村上RADIOの「今夜はアナログ・ナイト!」でかかったんですね。「Sunset」という曲。『The Cool Touch Of Ohta-San』というLPに収録されているんですが、実は『K-Poi Oldies But Goodies』とともに探していたのがこのオータサンの『The Cool Touch Of Ohta-San』。出しているのはSurfside Recordsというレーベル。おそらくハワイのマイナー・レーベルみたいなので、あまり数は出していないようで、いまだにお目にかかれていません。


村上RADIOといえば、昨日、更新されているのがわかって、見たらこんなモノクロの写真が貼られていたんですね。おおっ! でした。

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ちらっと見えているジャケットの端の方には「K-Poi」。そうです、村上さんが持っているはずの『K-Poi Oldies But Goodies』のレコード。プレーヤーにレコードも載っていますね。ずっとこのレコードの話をしていたので、なんかうれしいです。

で、せっかくなんで、似たような写真を撮ってみました。ひまだね〜。

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さて、入りかけては止まっているハワイのチブ・メイカーさんのこと。チブ・メーカーさんも日系人のようでかなり怪しい日本語を使っています。妙な発音で「オータキサン」と。

オールディーズに詳しいチブ・メーカーさんはオータキサンに「オールディーズ」の正しい発音(実はウソ)を教えていました。

さて、そろそろそっちの話に入らないといけないですね。


せっかくなのでオータサンの演奏した曲を1曲。大好きな「Fools Rush In」を。





by hinaseno | 2019-05-21 15:00 | 音楽 | Comments(0)

昨日、姫路文学館の望景亭で開かれた世田谷ピンポンズさんのライブのこと。いつものことですが僕は体験したことをすぐに文章にできる人間ではないので、また間を置いてから改めて書こうと思います。今日は少しだけ。

ライブの会場となったのは望景亭の長くて曲がりくねった廊下(迷わないように廊下の途中に立って案内をしていたのがNくん。結婚おめでとう、って言うの忘れた。「文学とフォーク」と書かれた白いTシャツが似合っていたよ)を奥に行ったところにある大広間。2つの部屋を襖を取り払って一つにしていて、どうやら全部で40畳あったようです。

で、この部屋に座椅子がぎっしりと並べられて、それが満席になったんですね。素晴らしい。

僕はピンポンズさんがよく見えるようにと、かなり前の方に座ったんですが、写真を撮ろうとカメラのファインダーをのぞいたときに失敗したと思ったんですね。今回は最後尾辺りに座って、一番後ろから満席の客を前にして歌っているピンポンズさんの写真を撮りたかったなと。

何度か立ち上がろうかと思ったんですが、勇気がありませんでした。


ライブの後、今回のライブを企画、実行したおひさまゆうびん舎の窪田さんが撮った写真がSNSにアップされているのを見たんですが、正直泣けそうになりました。これですね。

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この写真を撮った窪田さん、きっと写真を撮りながら涙が止まらなかっただろうなと。


この日のセットリストをあげておきます。


早春
ピース
机の傷を髪の毛と間違えて
緑色の笛
かぜのたより
大陸
回転展望台
名画座
ワールドワイドラブ
五月
春のくれ
紅い花
船場川
私のワルツ
スロウトレインカミング
グッドバイ
ミスファニープライス
わが町

このうち新曲として披露されたのが「春のくれ」という曲。僕は一応「春の暮れ」とメモしていたんですが、ピンポンズさんがこちらの表記でツイートされていたのでそれに倣っておきます。以前、この日のブログでささやかにリクエストしていた「晩春」ではありませんでしたが、「晩春」をテーマにした歌を作ってくれていました。

木山捷平の詩に曲をつけた「船場川」、もちろん例のお決まりのMCとともに披露してくれました。船場川にかかる橋にある交差点でこの曲が流れる日は近いかも、です。


ピンポンズさんはこのセットリストを紹介した後で、こんなコメントをしていました。


「春から始まり、また来る次の春に想いを馳せるラストにしました」

先日紹介したゆずぽんさんの「古本屋にて、」に重なるものがありますね。

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by hinaseno | 2019-05-20 14:06 | 音楽と文学 | Comments(0)

今日は、ずっと待ちわびていた世田谷ピンポンズさんのライブ@望景亭の日。

楽しみすぎますね。

姫路の文学館でピンポンズさんのライブが聴ける日が来るなんて本当に夢のよう。いったいどんな曲が聴けるんだろう。どんなパフォーマンスが見れるんだろう。どんな話が聴けるんだろう。

ライブ会場ではwacaさんが作られたいろんなグッズが売られているようで、そちらも楽しみ。そしてもちろんピンポンズさんファンのいろんな人に会えるのも。

わくわくどきどきニコニコ。


ってことで今からトコトコと姫路に向かいます。

この写真、ピンポンズさんのSNSからお借りしました。いい写真です。

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by hinaseno | 2019-05-19 09:32 | 音楽と文学 | Comments(0)

Oldies But Goodies


ここ最近、心はまっすぐにハワイに飛んでいます。

ゴー・ストレイト・トゥ・ハワ~イ(イ)、ですね。


K-poiのことをあれこれと調べながら、久しぶりに池澤夏樹の『ハワイイ紀行』を取り出してパラパラと読み返したり(名作だ)、ハワイ関係のレコードを聴いたり(マーティン・デニーやアーサー・ライマン)する日々。

そういえば先日読み返した村上春樹の『東京奇譚集』の中でもとりわけ好きな「ハナレイ・ベイ」が昨年映画化されたことを知りながら観ていなかったのでこれを機会に観てみようと思います。


ハワイには一度行ったことがあります。1986年か87年かそのあたり。ロサンゼルスからの帰りに立ち寄りました。

ハワイの空港に着いて、ハワイの地に足を下ろした時に、ウォークマンのスイッチを入れました。用意していたカセットテープから流れてきたのはもちろんこの曲。




このときの旅に用意していたカセットは大瀧さんの『A LONG VACATION』『EACH TIME』、達郎さんの『For You』『BIG WAVE』『ON THE STREET CORNER』、それから自分で作ったビーチ・ボーイズとジャン&ディーンのコンピレーション。


さてさて、今日あたりから『K-Poi Oldies But Goodies』のレコードの話を離れて、次の話に行こうと考えていたんですが、もう少しだけ。

まずK-poiというラジオ局がハワイのホノルルにできた1959年という年のこと。この1959年にハワイはアメリカ合衆国の50番目の州になったんですね。州になった正式な日は1959年8月21日ということなので、K-poiの開局の方が少し早い。


それから気になったのは『K-Poi Oldies But Goodies』のタイトルのこと。よく考えたら、かなり、へえ~、なんですね。

まず”Oldies But Goodies”という言葉について。オールディーズ好きの人間にとってはこの”Oldies But Goodies(オールディーズ・バット・グッディーズ)”という言葉はよく知った言葉だと思いますが、この言葉を1960年の段階で使っていたということに驚きました。

オールディーズという言葉には諸説ありますが、基本的には1955年頃から1963年あたりまでの音楽をさしていて、1964年に登場したビートルズはそこには入りません。

ちなみにオールディーズ(oldies)というのはsが着いているように複数形。単数形は”oldie”ですね。

”oldie”といえばパッと思い出すのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこのシーン。




1985年から1955年の世界にやってきたマーティが1958年にヒットしたチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」を歌うんですが、曲を紹介するときにぽろっと”an oldie”って言っちゃうんですね。そのあとに”but a..”て言いかけてやめる。たぶん”an oldie but a goodie”という決まり言葉を言おうとしたんだと思います。でも、これから自分が歌う歌は目の前にいる1955年の若者たちにとってはちっとも”oldie”じゃないことに気づいて言い直す。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にはこんな小さなギャグがあちこちちりばめられているんですね。


”Oldies But Goodies”というのは「古くてもいい曲」っていう意味なんですが、前々回のブログで紹介したように『K-Poi Oldies But Goodies』に収録された曲は古いものでも1954年で、新しいものは1959年。ジャケットに書いているようにほぼ5年前までの曲ばかりなんですね。ちっとも古くない。でも、すでにこの頃、この表現を使っていることに驚きました。


そういえば『K-Poi Oldies But Goodies』を海外のサイトで検索していた頃、タイトルにマッチした作品はないけど、似たタイトルの作品はありますってことで、ずらっと『Oldies But Goodies』というタイトルのレコードやらCDやらが表示されていたんですね。すごい数。Volume 10をこえるシリーズもある。で、ちょっとこのタイトルのアルバムを調べたら興味深いことがわかりました。一番最初に『Oldies But Goodies』というタイトルのレコードが出たのがなんと1959年。それがこれ。

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全12曲で収録されているのは1954年から1958年の曲。『K-Poi Oldies But Goodies』ではB面の1曲目と2曲目に入っているファイヴ・サテンズの「In The Still Of The Night」とペンギンズの「Earth Angel」がA面の1曲目と2曲目に。

どうやらK-poiはこのアルバムのアイデアをいただいたようです。でも、ジャケットも収録曲もK-poiが出した方がはるかにイカしています。


ところでbeach boys、HawaiiでYouTubeを検索していたらこんなライブ映像がアップされているのに気づきました。




ビーチ・ボーイズのデビュー25周年を記念してホノルルのワイキキビーチで開かれたライブ。

なんと1986年。

もしかしたら僕がハワイに行った年かもしれない。ゲストにはエヴァリー・ブラザーズも。

1986年といえばブライアンがファースト・ソロ・アルバムを出す2年前。まだブライアンはリハビリ中で声はあまり出ない。もちろん1960年代初め頃に出ていた天使の声はもうない。というわけで彼がリードボーカルをとる曲がほとんどないままライブは終盤へ。

すると最後、それまではイントロからすぐに曲がわかる”oldies”ばかりだったのに、ブライアンがマイクを持って”新しい”曲を歌い始める。よく知った”oldies”を期待していたファンはちょっと戸惑った表情を見せる。

ブライアンが歌ったのは「Spirit Of Rock 'n' Roll」。

びっくり。これは結果的にはボツになって日の目を見ないままでいる彼のセカンドアルバム『Sweet Insanity』に収録されていた曲。でも、こんな早い段階で曲が作られていてしかも多くの観客の前で披露されていたとは。個人的にはどんな”oldies”よりもこれが一番良かった。ビーチ・ボーイズ時代のロマンチックな”oldies”を歌えなくなったブライアンの”現在”の声によくあっている。天使の声は失ってしまったけれど、ロックンロールの精神だけは失っていない。

調べたらこの音源、手元にある『Project Wilson』というブートに収録されていました。CDには何の説明もなかったので、いったいいつ、どこで歌われたのか全然わからなかったのですが、1986年のハワイで歌われていたものだったとは。


さて、そのほぼ10年前の1977年にハワイからある人物が大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」にゲストとしてやってきます。名前はチブ・メーカー。この話、以前、一度書いたけど。


by hinaseno | 2019-05-18 14:16 | 音楽 | Comments(0)

K-poiというハワイのラジオ局が、たぶん1960年に出したレコード『K-Poi Oldies But Goodies』のB面3曲目に収録されていたのは、この「Won't You Give Me A Chance」という曲でした。



歌っているのは3人組のグループ、スリー・チャックルズ(The Three Chuckles)。

スリー・チャックルズなんてクループを知っている人なんてそんなにいないはず。僕がスリー・チャックルズというグループを知ったのは、そこに若きテディ・ランダッツォがいたから。


テディ・ランダッツォのことはこのブログでも何度も取り上げています。例によって大瀧さんきっかけの話が多いですが、僕がテディ・ランダッツォの名前を初めて目にして彼を意識するようになったのは達郎さんの『ON THE STREET CORNER 2』でした。達郎さんがカバーした「Make It Easy On Yourself」の作曲者がテディ・ランダッツォだったんですね。曲解説で達郎さんが「僕の大好きなTeddy Randazzo」と。このときからソングライター、テディ・ランダッツォを追い求める日々が続きました。


で、あるとき、彼がソングライターとして活躍する前にシンガーとして活動していたことを知ったんですね。彼のキャリアの最初がスリー・チャックルズ。元々いたメンバーが1953年に一人やめて、代わりに入ったのがテディ・ランダッツォ。ヴォーカルとアコーディオンを担当。当時15歳。音楽の才能は並外れたものがあったんでしょうね。

ちなみにテディ・ランダッツォのCDはいまだにまともなものが出ていないんですが、スリー・チャックルズのCDは1997年にCollectablesから出でいます。一番右の赤い服を着ているのがテディ・ランダッツォ。

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ただ、Collectablesはご存知のように(?)いつもたいてい中途半端。曲数も少なく、「Won’t You Give Me A Chance」は収録されていないんですね。

ってことで、「Won't You Give Me A Chance」は初めて聴いた、って思っていたらそうではありませんでした。

上のジャケットの写真を見ればわかるようにテディ・ランダッツォはかなりの男前だったので俳優としていくつか映画にも出ていたようです。で、あるとき、彼が1956年のこの『Rock! Rock! Rock!』という映画に出ていることを知り(主役の一人)、輸入盤ですがすぐにDVDを手に入れました。

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目的は動くテディ・ランダッツォを見るため。で、YouTubeに上がっている映像を見たら、なんと「Won’t You Give Me A Chance」を歌っているんですね。もちろんスリー・チャックルズで。




ちなみにこの「Won't You Give Me A Chance」はやはりB面の曲で、A面はアップテンポのロックンロール「We're Gonna Rock Tonight」。こちらも映画で歌われています。スリー・チャックルズの代表曲です。




でも、やっぱりB面のバラードの方がずっといいですね。地味な曲ですが、こういう曲がハワイで大ヒットしていたとはすごいな。そして、こういうのを収録するセンスが素晴らしいです、K-poi。


さて、ずっとレコード番号K-poi 1380の『K-Poi Oldies But Goodies』というレコードの話をしてきましたが、ひょっとしてK-poi 1381のレコード番号がついたレコードが出ているのかなと思って調べたらありました。K-poi 1382以降はなくて出ているのはそのK-poi 1381だけ。

それはなんとテディ・ランダッツォのアルバム。タイトルは『Teddy Randazzo Million Dollar Party』。

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ネットに上がっているデータを見るとリリースは1960年(ただしそのサイトは『K-Poi Oldies But Goodies』のリリースを1970年としていたところだけど)。収録曲を見たらスリー・チャックルズ時代の曲が1曲であとはソロになってからのもの。1961年や1962年にシングル発売された曲もありますが、発表はこちらのアルバムが先だったのかもしれません。

収録されている曲の中で一番好きなのはこの「Cherie」。作曲はテディ・ランダッツォ、作詞はシンシア・ワイル。




このアルバムもたぶん何かの記念で出したようなので、手に入れるのは不可能に近そう。村上さんみたいにハワイの中古レコード屋に行けたら、もしかしたら見つかるかもしれないけど。

それにしてもK-poiには驚かされます。数あるアーティストの中からテディ・ランダッツォを選んでるんですからね。1959年~60年頃のハワイに行ってみたくなりました。


by hinaseno | 2019-05-17 15:23 | 音楽 | Comments(0)