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by hinaseno
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大瀧さんの話が続いていますが、ちょっと寄り道。

今日、武蔵小山のペットサウンズ・レコードから寺尾紗穂さんの『君は私の友達』というCDが届きました。2019年2月韓国ライヴ会場で販売された自主制作盤で、一般流通はしていないのでAmazonとかで買うことはできません。

楽しみにしていたのは1曲目に収録された「楕円の夢」。なんと紗穂さんの一人多重コーラスを聴くことができるんですね。で、聴いてみたら、これがとにかく素晴らしい。

1番はアカペラで途中から紗穂さんの歌に一人分のコーラスが絡んでくる。

で、2番からピアノの演奏が入り、紗穂さんの多重コーラスが聴こえてきます。聖歌のような美しさ。祈りにあふれています。

たまらないですね。オリジナルのバージョン、ライブ・バージョン、そしてこの一人多重コーラスバージョンを聴きましたが、これが一番好きかもしれません。

というわけでこのCD、全部で6曲入っているんですが、ずっと「楕円の夢」をリピート中。


ところでペットサウンズからはいつもCDといっしょにいろんなものを贈っていただくんですが、今回特に嬉しかったのは細野さんが東京新聞で連載していた「私の東京物語」のコピーが入っていたこと。いくつかはネットに上がっていたので読んでいましたが、まとめて全部読めるとは。

で、東京新聞といえば紗穂さんが東京新聞に連載している「愛し、読書」のコピーも今回また贈っていただきました。至れり尽くせりです。

それにしても東京新聞って、最高ですね。望月さん、応援しています(これはまた別の話だ)。


と、これを書きながら、CDを最後まで聴いていたら聴き覚えのある曲が。それは5曲目に収録されている「安里屋ユンタ」という沖縄民謡。加古川でのライブで歌われていい曲だなと思って曲の最後の方だけ録画して、あとで調べたけどわからなかった曲が収録されていました。”マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ”ってところが印象に残っていて、あの曲、ぜひもう一度聴きたいなと思っていたので、これはうれしいな。

そういえば、と調べたら「安里屋ユンタ」、細野さんが『はらいそ』でカバーしていましたね。紗穂さんと雰囲気が全然ちがう。

沖縄も心から応援しています(これもまた別の話だ)。

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by hinaseno | 2019-02-28 16:49 | 音楽 | Comments(0)

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毎回何が放送されるのかとわくわくさせられている「ゴーゴーナイアガラ・ベストセレクション」、先日放送されたのは67~69年頃のさわやかサウンド特集。このブログ的にはグッド・タイミング。

クリス・モンテスの「The More I See You」(作曲はハリー・ウォーレン)から始まるこの日の特集は大好きな曲が次から次にかかるんですね。ハーパース・ビザールの「Come To The Sunshine」(曲を書いたのはヴァン・ダイク・パークス)、アソシエイションの「Never My Love」、クリッターズの「Mr. Dieingly Sad」、パレードの「I Can See Love」。極め付けはサークルの「The Visit」。




いや~、最高。

ちなみに僕がこのあたりの、のちにソフトロックと呼ばれるようになった音楽と出会ったのは1990年代のこと。


「水彩画の町」を聴きながら考えていたのはまさに1967~69年頃の大瀧さんのことでした。

1967年といえば大瀧さんが上京した年。上京して間もなく出会ったのが布谷文夫さん。ミュージシャンとしては敬意を払っていた布谷さんですが、音楽的にはかなり違いがある。その布谷さんから大瀧さんに「ぴったりの音楽性を持ってるやつがいる」と紹介されたのが中田佳彦さんでした。中田喜直の甥にあたる人ですね。

大瀧さんが中田さんと出会ったのは1967年の暮れ頃のことだそうですが、中田さんとの出会いがおそらく大瀧さんのソフトロック(さわやかサウンドの曲)との出会いだったはず。出会った時にアソシエイションみたいなことをやりたいねと盛り上がったと。すでに中田さんはそういった感じのオリジナルをいくつも作っていたそうで、大瀧さんにとって中田さんの影響は相当に大きかったようです。特にさわやか系の曲に関しては。

もともとはドゥーワップをイメージして作った「おもい」という曲にドゥーワップとは違うコーラスをつけてさわやかな曲にしたのも中田さんですね(大瀧さんの一人多重コーラスになったから、よりさわやかになったんだろうと思いますが)。


その「おもい」と同じ1972年6月20日に録音されたのが「水彩画の町」。この曲も言ってみればさわやか系の曲ですね。コーラスはアレンジも大瀧さん自身がしているようですが、でもやはり中田さんの影響はあっただろうと思います。もしかしたらアドバイスくらいはもらったかもしれません。


ということで、「水彩画の町」はまさに67~69年頃のさわやかサウンドの曲の何かを下敷きにして作られたと考えることができそうです。

そういえばその中田さんを通して、1968年の4月に出会ったのが細野晴臣さんでした。当時細野さんが熱心に聴いていたのはフォーク。「水彩画の町」には細野さんがその時期に聴いていたフォーク系の音楽の影響も入っていたかもしれません。


by hinaseno | 2019-02-27 11:49 | ナイアガラ | Comments(0)

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そういえば先日キングトーンズのリード・シンガーの内田正人さんが亡くなられました。キングトーンズはたぶん日本初の本格的なドゥーワップ・グループということもあって大瀧さんといろんな繋がりを持っていました。

最初は『NIAGARA MOON』に収録された「いつも夢中」でしょうか。この曲でバックコーラスをしたのがキングトーンズ。それから達郎さんなんかも曲を書いてアルバムを作るという計画もあったはず。


大瀧さんとキングトーンズのつながりで何と言っても大笑いなのが『ロンバケ』を出した81年に大瀧さんがプロデュースしたこの「ラストダンスはヘイ・ジュード」。




ドリフターズの「ラストダンスは私に」とビートルズの「ヘイ・ジュード」をくっつけた曲。ポール・マッカートニーさんが「ヘイ・ジュード」は「ラストダンスは私に」を下敷きにしたんだって言ってたので、それではってことで二つの曲を重ねて歌わせたという。「よくやるよ」ですね。


キングトーンズといえば僕にとってはもっと重要なことがあります。キングトーンズというグループ名が大瀧さんの一人多重コーラスのグループ名のもとになっているんですね。そうJack Tones(ジャック・トーンズ)。King→Queen→Jackです。

大瀧さんはファースト・アルバムから一人多重コーラスをしてるんですが、Jack Tonesの名前を使い出したのは『NIAGARA MOON』の次の『GO! GO! NIAGARA』から。『NIAGARA MOON』でのキングトーンズとの出会いがきっかけになっていたんですね。


ところで「水彩画の町」もコーラスが入っていて、おそらくは大瀧さんの一人多重コーラスのはず。確認のためにクレジットを見たら、そこにはこう書かれていました。


上星川コーラス同好会

上星川?

誰かの名前の頭文字を並べたのかなと思いながら調べてみたら横浜に上星川という地名がありました。

いったい大瀧さんと横浜の上星川とどんな関係があるんだろう。ってことで例によって暇なのでもう少し調べてみました。すると、これかな? っていうのを発見。

それは長門芳郎さんといっしょのラジオ番組をもっている土橋一夫さんが書かれた『夢街POP DAYS ~ 音楽とショップのカタチ』という本の中に掲載された元すみや渋谷店店長の井上修一さんのインタビューの中にあったんですね。

すみやの横浜店ができたのは1972年3月なんですが、そこに大瀧さんが何度か通われていたという話。1972年3月といえばまさに大瀧さんのファーストアルバムの制作を始めた頃。大瀧さんが輸入盤をごっそりと手に入れたといえば例の晴海埠頭での10円セールですが、それはもう少し後の1972年7月29日のこと。


井上さんのインタビューによればすみやの横浜店では定期的に輸入盤のセールをやっていたそうで、大瀧さんはセールのときには並んでいたようです。井上さんとも親しくなっていたようで、セールがあるときは井上さんの方から大瀧さんに声をかけられていたとか。『レコードの本』という雑誌の例の「ぼくの愛聴盤10」に選んでいたクリスタルズの『He’s A Rebel』はそのすみやの横浜店で買ったようですね。


その井上さんがこんな発言をしていました。


一番最初に大瀧さんが横浜店に来られたのは、まだ上星川に住んでいた頃だった。

おっ、ですね。ということはこの井上さん、あるいは井上さんの知り合い関係の人たちがコーラスを?...、ってことであればきっと井上さんはインタビューでその話をされたはずなのでそれはなさそう。

井上さんがらみで井上さんの住んでいた上星川を知り、それを自分の一人多重コーラスのグループ名に使ったということでしょうか。もしかしたらすみやの横浜店で手に入れたレコードが「水彩画の町」につながっているのかな。

ということで『He’s A Rebel』をチェックしたら、ジャック・ケラー作曲のこの「What A Nice Way To Turn 17」に「Maybe」のあのピアノのフレーズが使われていることに気づきました。




スペクターさん、これでもかってやってますね。


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by hinaseno | 2019-02-24 15:26 | ナイアガラ | Comments(0)

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昨日、「水彩画の町」の歌詞のことを考えて、すっと口ずさんだのはこんな歌詞でした。


水彩画の部屋に 花あんずが匂うと

で、「花あんず」の表記を確認するために歌詞カードを見たら…

違ってたんですね、歌詞が。


水彩画の町に 花あんずが匂うと

ちなみに2番は


水彩画の部屋に 花あんずがいちりん

どうやら2番の歌詞とごっちゃになっていたんだな…。

と思っていたら…。


大瀧ファンであればご存知の通り「水彩画の町」には2つのバージョンが存在します。1つは1972年に出たファースト・アルバム『大瀧詠一』に収録されたバージョン。で、もう1つは1978年に発売された『DEBUT』に収録されたバージョン。そちらは「水彩画の町 ’78」というタイトルが付けられています。

で、今朝、久しぶりにそちらの「水彩画の町 ’78」を聴いたら、なんと歌い出しが、


水彩画の部屋に 花あんずが匂うと

歌詞を変えて歌ってたんですね。でも、ちょっと確認のために『DEBUT』の歌詞カードを見たら、


水彩画の町に 花あんずが匂うと

ファースト・アルバムと同じ。大瀧さん、間違って歌ったんでしょうか。「町」より「部屋」と歌う方が気持ちよかったのかもしれません。まあ、でも歌詞カードくらい直せばいいのにね。


ところで、僕が「水彩画の町」という曲を知ったのはこちらの「水彩画の町 ’78」のバージョン。1984年に出た『NIAGARA BLACK VOX』に『DEBUT』が入っていてそれを何度も聴いていたんですね。ってことでそちらの「水彩画の部屋に 花あんずが匂うと」という歌詞が耳に染み付いていたようです。

ちなみに「水彩画の町 ’78」にはきらびやかなストリングスが入っているので(ストリングス・アレンジは山下達郎)、ファースト・アルバムのバージョンを初めて聴いた時にはなんだか物足りないような気がしたんですが、今はファースト・アルバムのバージョンの方がはるかにいいなと思います。大瀧さんのギターがとにかく素晴らしいんですね。


ところで今日、この2つのバージョンを聞き比べしていて気が付いたんですが、ストリングスが入っていることでなんとなく「水彩画の町 ’78」のほうは大作というイメージがあって、大瀧さんもゆったりと歌っているように感じられたので、ファースト・アルバムのバージョンよりも「水彩画の町 ’78」のほうが1分くらい時間が長いんじゃないかと思っていたら、なんと時間はほぼ同じ。これには驚いてしまいました。同時に流して聴いてみたら、部分部分でテンポ感が違っているところがあるものの、曲はほとんど同時に終了。

なんともすごい大瀧マジック。


by hinaseno | 2019-02-23 15:12 | ナイアガラ | Comments(0)

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今朝はめずらしく夜明け前に起床しました。カーテンを開けたら橙色に赤らんだ空。それを眺めながらで、昨日届いた余白珈琲さんの珈琲豆を挽いたコーヒーを一杯。気分はもちろんウララカ。天気予報ではあまりいい天気ではなかったのに、だんだんと晴れ間が出てきて昼頃にはウララカな陽気になりました。


さて、ファースト・アルバム『大瀧詠一』の話。「おもい」の次は何にしようかと考えて選んだのは「水彩画の町」。以前、「大瀧詠一 ベスト・ソングズ25」というのを選んだときに、ファースト・アルバムから入れていたのは「朝寝坊」と「おもい」だけでしたが、もし今選んだら「水彩画の町」をきっと入れるだろうと思います。

もちろん「水彩画の町」は前から好きな曲ではありましたが、レコードで何度も聴いてB面2曲目からの「朝寝坊」「水彩画の町」「乱れ髪」の名曲の並びはすごいなと。とりわけB3の「水彩画の町」という曲の魅力にどっぷりとはまってしまいました。

B3は『A LONG VACATION』では「恋するカレン」、『EACH TIME』では「ペパーミント・ブルー」が収録されている場所。アルバムを代表する大作というべき曲が収められているんですね。でも、「水彩画の町」はどちらかといえば小品。時間も2:20ほど。そんなに目立つ曲ではありません。でも、いい曲なんだ、ほんとに。

ってことでとりあえずこれの17:00からの「朝寝坊」から「水彩画の町」、そして「乱れ髪」を続けて聴いてみてください。




作詞は松本隆さん。松本さんは太田裕美さんに「水彩画の日々」という曲を、そして大瀧さんにも「Water Color」という曲を書いています。水彩画が好きなんですね。水彩画という言葉が入っていなくても松本さんが書いた詞の風景は油絵ではなく水彩画ですね(クレヨンもあるけど)。

その水彩画の風景に描かれているのが「花あんず」。

花あんずって杏の花ってこと? もう間もなく咲く花のようですが、写真を見たら桃と区別がつかないような。

とりあえず花あんず探しから始めよう。

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by hinaseno | 2019-02-22 14:36 | ナイアガラ | Comments(0)

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毎月20日といえば、余白珈琲さんに豆を焼いてもらう日。

実は、昨日のブログ、アップしたものよりもう少し長い話を書こうとしていたんですね。そこに書いていたのは「ウララカ」に触れた話。でも、長くなりすぎたのでそこはカットしてアップしたら、その直後に余白珈琲さんからメール。そこに書かれていたのはこんな言葉。


それにしても、あたたかい日ですね。
大瀧さんのウララカを口ずさみながら焙煎しました。

こういうのってうれしいですね。

焙煎をしながら、彼が生まれる20年近く前の曲を口ずさんでくれている。きっとごきげんなウララカ・コーヒーになっているはず。飲むのがたのしみ。

考えてみれば僕がファースト・アルバム『大瀧詠一』に収録されている曲で初めて聴いたのは「ウララカ」でした(アルバムは持っていなかったけど、どういうきっかけで聴いたんだろう)。すごく気に入ってやはり当時はよく口ずさんでいたものです。


♫表通りはに人垣 ウララララウラ~


では、昨日書いてカットした部分からの話を。


ファースト・アルバムをフィル・スペクターに捧げるものにしようと考えた大瀧さんがまずレコーディングしたのは、クリスタルズの「Da Doo Ron Ron」を下敷きにして作った「ウララカ」。大瀧さんがスペクター・サウンドに惹かれたきっかけは「Da Doo Ron Ron」でした。以来ずっと大瀧さんがスペクター関係で一番好きな曲は「Da Doo Ron Ron」なんですね。「君は天然色」も「冬の妖精」も「うれしい予感」もすべて「Da Doo Ron Ron」が基本になって作られています。


アルバムのための曲作りをしていた大瀧さん、もう1曲くらいはスペクターに捧げる曲を入れようとしたはず。ありがちなのは「Be My Baby」となりそうですが、大瀧さんが目をつけたのは「始まり」の曲。つまり、クリスタルズのデビュー・シングルでフィレス・レコードの最初のシングルでもあった「There's No Other (Like My Baby)」。この曲についてはビーチ・ボーイズのカバーの方を先に知っていたかもしれません。何度かクリスタルズの「There's No Other (Like My Baby)」を聴いているうちに、シャンテルズの「Maybe」のイントロのピアノのフレーズが使われていることに気づきます。

はっぴいえんどではできなかったアメリカン・ポップスを自身のアルバムでやろうと考えていた大瀧さんにとってシャンテルズはガール・シンガーの元祖というべき存在。それがスペクターにつながり、さらにビーチ・ボーイズにつながっている。この敬意と愛着の連鎖こそ大瀧さんの愛するアメリカン・ポップスのもっとも魅力的な部分だったので、このつながりに位置する曲を作ることがフィル・スペクターへの敬意を示す最高のやり方だろうと考えて、で、作ったのが「おもい」。

曲が完成してコーラスアレンジを中田さんに頼んだ時、『ビーチ・ボーイズ・パーティ』に収録された「There's No Other (Like My Baby)」のようなものをイメージしていたかもしれませんが、ビーチ・ボーイズ的なコード進行にしたこともあってもう少し新しいシャレた感じのコーラスになったので、結局一人多重コーラスにします。


そういえば歌詞に関して「これは詞と一緒に作っているんですが」という問いに対して大瀧さんは「ほぼ同時。メロディから詞ではないし、詞からメロディでもない。想定したことは最初に下書きで作っておいて、歌ってみて出たとこ勝負で一筆書きでやったらこうなった」と答えています。


ファーストアルバムに収録された曲で一番最初にレコーディングされたのは松本隆さん作詞の「それはぼくぢゃないよ」。この曲が「おもい」の次のA面2曲目に収録されているんですが、大瀧さんが書いた「おもい」の歌詞は「それはぼくぢゃないよ」の歌詞につながっているんですね。特に面白いのはそれぞれの歌詞の最初。「それはぼくぢゃないよ」は「茜色の朝焼け雲」で始まり、「おもい」は「橙いろ 空の光」で始まっているんですね。

ファースト・アルバムのジャケットは、この「おもい」と「それはぼくぢゃないよ」の歌詞を受けて、明け方の赤く染まりかけた街の風景を描いているんですね。

その赤系の色の中から大瀧さんが選んだのが「橙色(だいだいいろ)」。「あ」の段の言葉で始めることはあらかじめ考えていたはず。で、クリスタルズ、シャンテルズつながりで「Maybe」を思い浮かべる。歌い出しは♫メイエイビ~♫。新しく作った曲の最初に入れて歌ってみる。

♫メイエイビ~、メイエイビ~、ダイダイイ~ロ♫

おお、橙色!

もちろんこじつけ。


こんなことを書いているうちに余白珈琲さんからのウララカコーヒーが届きました。春はもうすぐです。


by hinaseno | 2019-02-21 14:59 | ナイアガラ | Comments(0)

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昨日の最後に引用した大瀧さんの言葉を改めて。


「おもい」はアカペラをやろうということだったんだけど、ドゥーワップそのままという発想はなくて、どちらかというとウェストコースト的な、ビーチ・ボーイズ的なアカペラをやろうということで。

この言葉からわかるのは、「おもい」は本来はドゥーワップのアカペラのような曲をまず考えたんだろうなということ。ただ、たぶん時代的なことを考えてビーチ・ボーイズ的な曲にしようとしたのかなと。

ここでちょっとコード進行を。

ドゥーワップといえばほとんどの曲のコード進行はC→Am→F(or Dm)→G(or G7)の循環コード。シャンテルズの「Maybe」も、それからクリスタルズの「There’s No Other (Like My Baby)」もこのコード進行が使われています。


では、大瀧さんの「おもい」のコード進行は。

ネットに上がっているコード譜を見ると、やはり循環コードを使っていますがC→C#dim→Dm→G7となっていました。ディミニッシュ・コード! と、ちょっと驚いたんですが、大瀧さんが当時ディミニッシュ・コードを使ったとは思えない(ディミニッシュコードを知らなかったというわけではなく)ので自分のギターで確認しました。

チェックしたのは1995年盤CDに収録に収録された「おもい [UNDUBBED VERSION: TAKE1&2]」。こちらのほうがギターの音がもう少し大きく聴こえるんですね。で、確認したらC#dimではなくおそらくA7。

さて、C→A7→Dm→G7というコード進行はたぶんあまりドゥーワップには使われていないはずですが、ビーチ・ボーイズにこのコード進行を使った曲がいくつか見当たりました。

まずは「I Get Around」。




それから「カナリア諸島にて」の元歌の一つとしてあげられる「Please Let Me Wonder」のあのサビの部分にも使われていました。




(ちなみに「カナリア諸島にて」と「Please Let Me Wonder」は、それぞれのサビのメロディがとてもよく似ている感じがするんですが、コード進行は全然違っています)。


さて、長々と書いてきた「おもい」の話ですが、この曲が何かの曲を下敷きにしているということを指摘するつもりはありませんでした。あえていうならばこの「おもい」という曲に込めた大瀧さんの”想い”のようなものを、あのドゥーワップバージョンを手掛かりに考えてみたと。まあ、でも一応結論のようなものを次回に書いておくことにします。


by hinaseno | 2019-02-20 15:43 | ナイアガラ | Comments(0)

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自身のレーベル、フィレス・レコード(Philles Records)を始めたばかりのフィル・スペクターはその最初のシングルを出すアーティストを探していました。候補となったのは3組のグループ。結局スペクターが選んだのはブルックリン出身の黒人の少女5人からなるグループ、クリスタルズでした。

彼女たちがオーディションのために用意していたのはリロイ・ベイツという人が書いた「There's No Other (Like My Baby)」というアップテンポの曲。オーディション・ルームでその曲を聴いていたスペクターは別のコンセプトを思いつきます。

「もっとテンポを落として歌うように」と。

さらにスペクターは部屋の明かりを消して歌わせることにしました。その時にスペクターがイメージしていたのがシャンテルズの「Maybe」。


この頃クリスタルズはあちこちでオーディションを受けていたのでスペクター以外にもクリスタルズを狙っていた人はいましたが、スペクターは最初に彼女たちと契約することに成功します。

そしてレコーディング。用意していたのは3曲。アレンジをしたのはスペクター自身。で、フィレスの最初のシングルのA面となったのがこの「There's No Other (Like My Baby)」。作曲者のクレジットにはリロイ・ベイツのあとに自分の名も連ねていました。




曲はまず最初のヴァースをリード・シンガーのバーバラ・アルストンがソロで歌います。


There's a story
I want you to know
'Bout my baby
How I love him so

このあと、あの「Maybe」の最初に聞かれるピアノのフレーズが出てきます。曲が「Maybe」に捧げたものであることの一つの証ですね。で、メンバー全員によるコーラスで歌が始まる。


There's no other like my baby
No, no, no, no
I wanna tell you now
There's no other, don't mean maybe
No, no, no, no

タイトルにもなっている「There's no other like my baby」の最後の「baby」と韻をふむ形で「maybe」という単語が使われています。リロイ・ベイツが曲を書いた時からそうだったのか、あるいはスペクターがプロデュースした際に、歌詞を「maybe」で終わる形に変えたのか。

興味深いのは同じ日にレコーディングされてB面に収録された曲。曲はスペクターとハンク・ハンターが書いたものですが、タイトルがなんと「Oh Yeah, Maybe Baby」。まるで種明かしをしているような感じですね。

シングルは1961年10月にリリース。ポップ20位、R&B5位の大ヒット。


で、この「There's No Other (Like My Baby)」を数年後にあるグループがカバーします。それがビーチ・ボーイズでした。




収録されているのは1965年暮れにリリースされた『ビーチ・ボーイズ・パーティ』。さらに「There's No Other (Like My Baby)」は「The Little Girl I Once Knew」のB面としてアルバムとほぼ同じ時期にリリースされています。こちらも20位まで上がっています。


というようなことを踏まえて、『KAWADE 夢ムック 大瀧詠一』に載った大瀧さんのインタビュー(「『大瀧詠一』ができるまで」聞き手 湯浅学)を読むと、とても興味深いものがあります。


「おもい」はアカペラをやろうということだったんだけど、ドゥーワップそのままという発想はなくて、どちらかというとウェストコースト的な、ビーチ・ボーイズ的なアカペラをやろうということで。曲を作った時に、中田(佳彦)くんにコーラス・アレンジをしてもらったんだけど、手帳を見てたらすごいことが書いてあった。中田くんともう一人が「おもい」のコーラスをしにきている。手帳を見て、何十年ぶりに思い出したんだけど、竹脇という中田くんの友達ーー竹脇無我の縁者だったらしい。つまり、最初は僕のソロで彼ら二人がコーラスという、『ビーチ・ボーイズ・パーティ』的な想定だったみたい。だから中田くんにアレンジしてもらったんだね。結果的に一人多重録音でやることにしたけれど。


by hinaseno | 2019-02-19 15:22 | ナイアガラ | Comments(2)

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イントロでリチャード・バレットの印象的なピアノのフレーズが聴かれるシャンテルズの「Maybe」は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」ではかかっていませんが、2013年8月に放送されたアメリカン・ポップス伝Part4の第4夜でかかっています。

この日の放送は1950年代後半の、ホワイト・ドゥーワップの隆盛からガール・グループの曙までを特集。好きな曲のオンパレードでした。

この日の特集の最後にかかったのがシュレルズの「Will You Love Me Tomorrow」。キャロル・キング作曲のこの曲は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の記念すべき第1回目に放送されたキャロル・キング特集の最初にかかった曲でもありました。

アメリカン・ポップス伝Part4の第4夜では、そのシュレルズの曲が4曲続けてかかって終わるのですが、その前にかかったのがシャンテルズの「Maybe」でした。

曲をかける前、大瀧さんはこんなコメントをしています。


「サウンドとして60年代ガール・グループの元祖はこのグループです」

そして曲をかけた後のコメントがこうでした。


「58年Pop15位、R&B2位の『Maybe』でした。全員がブロンクス出身です。シックスティーズ・ポップスのガール・グループという意味ではこれが元祖ですね。スペクター・サウンドに与えた影響は大きいと思います。ポートレイトを見ますと、クリスタルズによく似ています」

ポイントは「スペクター・サウンドに与えた影響は大きい」という言葉。そのスペクターが設立したフィレス・レコードで最初に手がけたのがクリスタルズでした。

ちなみにこれがシャンテルズ。

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そしてこれがクリスタルズ。クリスタルズの方が少し洗練した感じがあるでしょうか。

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さて、もしやと思ってクリスタルズの曲をいろいろときいていたら…、ありました。この「Look In My Eyes」。




イントロでシャンテルズの「Maybe」と同じピアノのフレーズが使われていますね。実は「Look In My Eyes」はシャンテルズの曲のカバー。曲を書いたのはやはりリチャード・バレット。ストリングスなどはかなり忠実にカバーしていますが、でも、オリジナルの方にはあのピアノのフレーズはありません。一応、シャンテルズの「Look In My Eyes」を。




スペクターはあえて「Maybe」のフレーズを入れたんですね。

クリスタルズの「Look In My Eyes」はシングルでは発表されず、サード・アルバム『Crystals Sing the Greatest Hits, Volume 1』のラストに収録。

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「Look In My Eyes」が録音されたのは1962年の4月ということで、まだジャック・ニッチェが登場する前。ってことでアレンジはスペクターとアーノルド・ゴーランド。


ところで『Crystals Sing the Greatest Hits, Volume 1』の1曲目に収録されているのがこの「Da Doo Ron Ron」。こちらのアレンジはジャック・ニッチェです。




この曲を下敷きにして大瀧さんが作ったのがファースト・アルバム『大瀧詠一』に収録された「ウララカ」。LPを手に入れて初めてそれがA面のラストに収録されていることがわかりました。大瀧さん手書きのブックレットの「ウララカ」のクレジットの最後にはこう記載されています。


This song is Bassed on “Da-doo Ron-Ron” and dedicated To Phil Spector, Jack “specs” Nitche, and Crystals.

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(細かいことを言うとジャック・ニッチェのニッチェの綴りが間違っていますね。正しくは”Nitzsche”)

それからこのブックレットの最後のページには「PRODUCED BY 大瀧詠一」の下にこんな言葉が書かれています。


Dedicated To “P”

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この”P”はもちろんフィル・スペクター(Phil Spector)のこと。ちなみに『ナイアガラ・カレンダー』に収録された「青空のように」にも「Didecation」のところに「P」が記されています。

というわけでファースト・アルバム『大瀧詠一』はフィル・スペクターへ捧げられているわけですが、でも、実際にはスペクターを意識した曲は「ウララカ」だけだなと思っていたんですが、どうやら「おもい」にもスペクターが入り込んでいたようです。


「おもい」の曲を分析する前に、もう1曲、スペクターがプロデュースしたクリスタルズの曲に「Maybe」のあのフレーズを取り入れていることを指摘しておかなければなりません。「Look In My Eyes」よりもはるかに重要な曲。スペクターはあのフレーズがよっぽど好きだったんですね。それを知っていたからこそ、大瀧さんは「おもい」のドゥーワップ・バージョンにあえてあのフレーズを取り入れたわけです。


by hinaseno | 2019-02-17 14:17 | ナイアガラ | Comments(0)

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昨日はヴァレンタイン・デイ。ということで今日はヴァレンタインに関する話を。前回までの話から外れてしまうようですが最終的にはつながります。

ヴァレンタイン・デイといえばなんと言っても大瀧さんの「Blue Valentine's Day」。先週のサンソンでもかかりましたが、昨日もどっかのラジオでたぶんかかったでしょうね。本当に綺麗なバラードで、詞もロマンティック(作詞は大瀧さん)。『ロンバケ』より前の大瀧さんの作品の中で最も愛されている曲ではないでしょうか。僕も『風立ちぬ』『ロンバケ』で大瀧さんを知って、後追いを始めた時に、この作品に出会ってほっとした(笑)覚えがあります。


さて、ヴァレンタインといえばヴァレンタインズ(The Valentines)というドゥーワップのグループがあります。でも、あまり有名なグループではありません。Vol.3まで出ているライノの『ドゥーワップ・ボックス』全300曲でヴァレンタインズの曲はたったの2曲。達郎さんもあまり評価していないようで、何度かやっているドゥーワップ特集では1曲もヴァレンタインズの曲をかけていません。

僕がヴァレンタインズというグループを意識するようになったきっかけはやはり大瀧さんでした。1977年10月に放送された『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のドゥーワップのバラード特集でヴァレンタインズの曲が2曲もかかったんですね。他のグループは全て知っていたけどヴァレンタインズだけは知らない。しかもこの日の特集でかかった「Tonight Kathleen」はいくつも持っているドゥーワップのどのCDにも収録されていなかったんですね(もう1曲かかった「Don't Say Goodnight」は『ドゥーワップ・ボックス』Vol.3に収録)。ってことで、俄然ヴァレンタインズのことを意識するようになりました。




ところでそのヴァレンタインズの2曲がかかったバラード特集で昨日の話に出てきたシャンテルズの曲がかかっているんですね。この「Every Night (I Pray)」という曲。




レーベルにはGeorge Goldnerとクレジットされていますが、この曲を書いたのは実はリチャード・バレット(Richard Barrett)という人。リチャード・バレットはヴァレンタインズのリードシンガーでヴァレンタインズのほとんどの曲を書いているんですね。シャンテルズを見出したのも彼で、シャンテルズのほとんどの曲を書き、さらにマネージメントもしていました。


さて、ここで昨日紹介したシャンテルズの「Maybe」を改めて。レコードレーベルが写っている音源を貼っておきます。




レーベルのクレジットには「Casey, Goldner」との文字。でも、曲を書いているのはやはりリチャード・バレット。Goldnerというのはアメリカン・ポップス伝パート4第一夜に登場したジョージ・ゴールドナー。レーベルの偉い人が曲も書いてもいないのにレコードに自分の名前を入れるというのはよくあること(印税が入ってくるんですね)。大瀧さんはジョージ・ゴールドナーのことを「ギャンブル好きで有名な」と紹介していましたが、ま、お金のことばっかり考えていた人みたいですが、RamaあるいはGeeなどドゥーワップ関係のレコード会社をいくつも作ってるんですね。そのジョージ・ゴールドナーの片腕となって働いていたのがリチャード・バレットでした。リチャード・バレットは才能のあるドゥーワップ・グループを発見しては、ゴールドナーに紹介していました(フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズやリトル・アンソニー&インペリアルズなどなど)。

そんなリチャード・バレット、知る人ぞ知るって感じの人かもしれませんが、3年前にこんなCDが出たのはびっくりでした。

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リチャード・バレットは「Maybe」の曲を書いただけでなく楽器も演奏していたんですね。で、大瀧さんが「おもい」のドゥーワップ・バージョンのイントロで使ったあのピアノを弾いていたのもリチャード・バレットでした。

ちなみにシャンテルズの「Every Night (I Pray)」とヴァレンタインズの「Tonight Kathleen」と「Don't Say Goodnight」がかかった『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のバラード特集では、その3曲の作曲者であるリチャード・バレットの話は一切なし。そのときの特集は「night」つながりで曲をかけていたんですね。でも、これらの曲がリチャード・バレットでつながっていることは大瀧さんもよく知っていたはず。


さて、そのリチャード・バレットが考えて自らピアノで弾いた「Maybe」のあのフレーズ、実は他にも使っている曲があったんですね。アーティストの名前はクリスタルズ。そしてプロデューサーはフィル・スペクター。


by hinaseno | 2019-02-15 15:33 | ナイアガラ | Comments(0)