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by hinaseno
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京橋を離れ、再び舞台は岡山駅周辺に。

平川さんが泊まった元岡山会館のビルにはビックカメラが入っていて、ビルの上には「ビックカメラ」の大きな看板がある。で、その隣は現在改装中で、まもなくICOTNICOT(イコットニコット)としてリニューアルオープンする。実はそのビル、以前は「ドレミの街」という名がついていた。「イコットニコット」に比べて100倍くらい素敵な名前。


岡山駅前はめったに行かない。車でも極力通ることは避けている。でも、たま~にあのあたりを通ると必ず口をついて出てくるフレーズがある。


♫ビッグカメラ どれみの街 ビッグカメラ どれみの街 何処の街でも同じさ♫

世田谷ピンポンズさんの名盤『赤い花』(初めて買ったピンポンズさんのCD)に収められた「どれみの街」という曲のサビ。岡山駅前の風景を歌った歌だとわかったときはかなりびっくりだった。

曲を書いたとき、まだイオンモールはない。イオンモールができてさらに「何処の街でも同じさ」って感じの風景になってしまった。唯一の救いといえばそこに路面電車が走っていること。でも、あのあたりを走る路面電車はちっとも絵にならない。


レンガ色をしていたドレミの街はどこか懐かしさがあって好きだったので、ピンポンズさんのフォークソングにぴったりだった。懐かしさの理由は、昔、よく買い物をしたダイエーが入っていたビルをそのまま使っていたから。中に入るとすぐ正面に昔のままの幅の狭いエスカレーター。そのエスカレーターから両側に売り場のほぼ全体が見渡せる。

ちょうどいい街。

ビルの中にもいい街もあればそうでない街もある。

ドレミの街には本の森セルバという書店も感じのいい店があった。何度か話をした店員もみんないい人たちだった。発売直後にいくつかの店を回ってどこにもなかった大貫妙子さんの『私の暮らしかた』を見つけて買ったのがいちばんの思い出。それから店内に古本のコーナーがあって川本三郎さんのエッセイが載った雑誌『サライ』がどさっとあったのもうれしかった。

でも、2年前にドレミの街は閉店。やっぱりイオンモールの影響。

で、来月12月7日リニューアルオープンするイコットニコット、真っ白い外壁になって、中にはツタヤが入るとのこと。ますます「何処の街でも同じさ」感を増しそう。きっと一度も行かないだろうな。岡山を訪れた人にとって、旅情も感じられない。♫ビッグカメラ イコットニコット♫って歌えないし。


そんな岡山駅前に対して僕が愛しているのが岡山駅の西口。こちらは駅前にも関わらず、昔ながらの街並みがあちこちに残っている。中でもいちばんのお気に入りが西口から歩いてすぐのところにある奉還町商店街。石川さんが宿泊されたのは、まさにその奉還町商店街の通りのはずれのホテル。石川さんをホテルの前で下ろして振り返ったら向こうに奉還町商店街のアーケードが見えてびっくり。たまたま予約されたはずだけど、さすが石川さん! って言いたくなった。


車を近くの駐車場に止め、石川さんがチェックアウトをすませ、平川さんが西口まで来られる間、石川さんの泊まったホテルからアーケードの手前までを散策。アーケードのある場所は何度も歩いたけど、アーケードのない東側の商店街は歩いたことがなかった。

いろいろと面白そうな店が並ぶ中、いい感じのアンティークショップが見つかったので中に入る。品数が多くてびっくり。また今度行ってみよう。


石川さん、平川さんと奉還町入り口のあたりで合流し、いっしょに奉還町商店街を散策。これもお二人とぜひやってみたかったことのひとつ。

途中で平川さんがカフェを見つけたのでそこでコーヒーを飲むことにする。実はそこはドレミの街にあった本の森セルバで買った『サライ』を持って奉還町商店街を歩いていたときに見つけたONSAYACOFFEEという

カフェ。そのときのことを書いているのがこの日のブログ。3年前の11月だったんだ。そのカフェで撮ったこんな写真も貼ってた。

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結局そのカフェで夕食までの時間を潰すことに。平川さんはそこで翌日の講演の準備。


奉還町商店街のことを言えば、このカフェからもう少し奥に行ったところにいろいろと面白い店がある。豆腐屋、帽子屋、日用雑貨の店などの庶民的な店から古本屋や映画関係のものを売っているマニアックな店もある。石川さんは翌日の朝、その辺りを歩かれたようで映画関係のものを売っている店へも行かれたとのこと。ただ、その時間はまだ開店前。

ONSAYACOFFEEの隣には「HAHU 本と手しごと。」という名の小さな書店がある。新刊と古本がいっしょに置かれているセレクトショップで、なかなか興味深い本が並んでいる。鷲田清一先生の本がいくつもあって、そのそばには寺尾紗穂さんの『あのころのパラオをさがして』があったりと、何度もおっ! おっ! となる。大竹英洋さんの『そして、ぼくは旅に出た。』があったのもびっくりだった。この本のことを知って、いくつか書店を回ったけど見つからず、仕方なくアマゾンで買った翌日に店に行ったら、ここに置かれていた。


さて、カフェでコーヒーを飲んでいたときに、ある方から電話。その日の夜にスロウな本屋さんで開かれる平川さんと松村圭一郎さんのトークイベントのシークレットゲスト。と言っても平川さんにはすでにその方のことは言ってたけど。

それはタルマーリーの渡邉格さん。

その渡邉さんと平川さん、石川さん、さらに松村圭一郎さんといっしょに夕食をとるというこれまた夢のような時間を過ごすことに。


by hinaseno | 2018-11-30 15:37 | 雑記 | Comments(0)

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岡山で広瀬すずさん主演の映画『先生!、、、好きになってもいいですか?』のロケをしたのはちょうど2年前の2016年11月下旬の10日間。で、まさに2年前の今日、11月28日に京橋で撮影が行われたようです。

特典ディスクには広瀬すずさんへのインタビューがいくつか収録されているんですが、岡山でのロケでいちばんの思い出はと訊かれて、すずさん、こう答えていました。


やっぱり橋の上がすごく綺麗なロケーションで。路面電車とか、なかなか東京にないから素敵だなって印象が残ってます。

なんだかうれしいですね。広瀬すずさんがあの風景を心に留めてくれていて。まあ、それくらいこの映画では京橋の風景と橋の上や橋の近くを走る路面電車がこれでもかというくらいに写されています。いくつか紹介。

まずは最初に京橋が写る夜の風景。「京橋」の文字もはっきりと。

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こんなふうに遠くから京橋を渡る路面電車をとらえたカットも何度も。

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ラストシーンもやはり京橋。京橋の真ん中あたりで立ち止まっているすずさんのところに先生役の人(生田斗真さん、ってよく知らないんだけど)が駆け寄る。向こうから東山線の路面電車が近づいてきます。映画では岡山という言葉は一切出てこないんですが、路面電車の正面には「岡山駅前」という文字が読み取れます。

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これは京橋の上で抱き合う二人。向こうにはかつて遊郭のあった西中島が見える。

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で、そのあとこんなシーン。夕日の中の京橋とそこを走る路面電車。いいシーンです。

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映画では何度かすずさんが路面電車に乗るシーンもあります。例えばこのシーン。

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最初は、京橋の手前の西大寺町駅かと思ったんですが、あとでよく調べたら終点の東山駅。

それからすずさんが自転車に乗って先生に会いに行くシーン。そばに路面電車が走っています。

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そのすぐ後に写るのがこのシーン。路面電車の横には「大手まんじゅう」という広告が入っていますね。

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このシーンが撮影されたのはどこだろうかと調べたら、先日、平川さん、石川さんと京橋を歩いて渡ったときに下りた小橋駅の少し向こうの道でした。赤の矢印がすずさんが自転車で走ったところ。

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路面電車が100mくらいで右に左に曲がるところがあるんですね。なかなかいい風景。また、終点の東山まで路面電車で行って、このあたりを歩いてみよう。

一応、ストリートビューで撮った写真を貼っておきます。

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さて、映画を見ながら気になっていたのは広瀬すずさんが通っている高校。映画では「県立南高校」となっています。

今回の映画を地理的にたどれば、路面電車の東山線の終点の東山、あるいは京橋あたりまで歩いていける高校となりますが、そこにある県立の高校として考えられるのは2つ。一つは古くは内田百間、それから身近なところでは小川洋子さんが通っていた岡山県トップの進学校である朝日高校。で、もうひとつが岡山東商業。

ただ、何度か写る校舎とかを見たときにはピンとくるものがなくて、背景の山の感じもそのあたりの風景とは違っているように思ったので、きっと東京近辺のどこかの高校で撮影したんだろうと思っていたら、最後のエンドロールでびっくりするような高校の名前が出てきたんですね。

岡山学芸館高校と西大寺高校。

いずれも京橋からはかなり離れた西大寺(京橋近くの西大寺町ではない)にある高校。

すぐ近くじゃん。

西大寺、広瀬すずさんが来たり松本穂香さんが来たり、すごいですね。


どうやら学校内のシーンはほとんど学芸館高校で、それから入学式や卒業式の時に写る校門付近のシーンは西大寺高校で撮影しているようです。特典ディスクには学芸館高校の体育館で全校生徒を前に主演の生田さんと広瀬すずさんがサプライズで登場するという映像もありました。

びっくり。全然知らなかった。


ところで広瀬すずさん、出演している映画の数が思ったほどには多くなく、ちょっと意外な感じがしました。たぶん出演する映画を選んでいて、さらに出演する映画の役作りに時間をかけて、一つの映画にじっくりと取り組むようにしているんでしょうね。


その広瀬さんが出演することが決まっているのが、僕がいちばん好きな映画監督である岩井俊二の新作『Last Letter』。タイトルからピンとくるように、これはかの名作『Love Letter』のアンサー作品になっているようです。

僕が岩井作品にはまったきっかけはまさにその『Love Letter』。『Love Letter』では中山美穂さんが一人二役を演じていたんですが、『Last Letter』では広瀬すずさんが一人二役を演じることになっています。楽しみすぎますね。公開されたらイオンシネマに観に行くことになりそうです。


by hinaseno | 2018-11-28 14:13 | 映画 | Comments(0)

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広瀬すずという女優と出会うきっかけを与えてくれたのも、京橋あたりを路面電車が走る風景のすばらしさに気づかせてくれたのも川本三郎さんでした。その広瀬すずさんが、まさにその路面電車が走る京橋の風景を作品の中の最も重要な場所にした映画に主演していた。僕としてはすごすぎる話。

その映画『先生!、、、好きになってもいいですか?』を観たら、びっくりすることの連続でした(書けないこともある)。ってことで、ちょっと「Tokyo Fighting Kids in Okayama」からそれてしまうけど、そちらの話を。でも、考えてみたら、あの京橋あたりを平川さん、石川さんと一緒に路面電車に乗ったり、歩いたりしていなければ(歩くのはかなり久しぶり)、たぶん川本さんの小説のことも広瀬すずさんがあそこでロケした映画のことも思い出せなかったはず。


何度も書いてきたように『海街diary』を知ったきっかけは川本三郎さんのエッセイでした。川本さんは吉田秋生の『海街diary』という漫画が大好きで、いろんなエッセイでそれを取り上げていました。例えば、亡くなられた奥さんのことを綴られた『いまも、君を想う』(2010年5月)にも何度か『海街diary』の話が出てきます。いずれも死にまつわる話ですが、『海街diary』を熱心に読んでいた頃に奥さんが亡くなられたこともあるのかもしれません。映画を見た人であればご存知の通り、『海街diary』には死にまつわる話がいくつも出てきます。

川本さんが『海街diary』について触れられた話でとりわけ印象的だったのは『小説を、映画を、鉄道が走る』(2011年10月)の最後の章に書かれた者でした。章のタイトルは「汽車の出発、駅の別れ」。その最後の最後に『海街diary』が紹介されています。かなり長いけど引用。


 近年の、子供の駅の別れといえば、これはもう本書で何度か紹介した吉田秋生の傑作漫画シリーズ『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』が随一だろう。
鎌倉に住む三姉妹は、十年以上も前に自分たちと母親を捨て、他の女性と一緒になるために家を出た父親が、山形県の小さな町で癌で死んだと知らされる。父親は一緒になった女性と死別したあと、また子連れの女性と結婚し、山間の温泉場で暮していた。
 三姉妹は、それぞれ複雑な思いを抱きながら山形県の小さな町で行なわれる父親の葬儀に出る。そこではじめて「すず」という腹違いの妹に会う。中学生だがしっかりしている。父親の再再婚相手である女性が夫の死を前にただおろおろしているだけなのに対し、中学生のこの女の子だけがけなげにも涙を見せず、参会者にきちんと挨拶する。三姉妹はその姿に打たれる。
 葬儀を終えた三姉妹は東京に帰るため、ローカル線の駅に行く。駅前に商店ひとつない小さな駅。おそらく無人駅だろう。駅に向かう三姉妹を追って妹の「すず」が来る。その時、長女は分る。父親の最期をきちんと看取ったのは、あのめそめそした再再婚相手の女性ではなく、このけなげな妹であることを。
 そして駅にやって来た列車(ディーゼル)に乗り込んだ長女は、小さなホームで三人の腹違いの姉たちを見送る妹に突然、声を掛ける。「すずちゃん」「鎌倉にこない?」
 自分たちがこの妹と別れたら、彼女は血のつながりのない父親の再再婚相手と暮さざるを得ない。そうなれば決して幸せなことにならないだろう。だから、しっかり者の長女はとっさに「鎌倉に来ない?」と誘った。
 無論、突然の決断だから「ちょっと考えてみてね」と言った。しかし、中学生の妹はためらうことなく「行きます!」と答えた。子供の切実な直感で、自分を守ってくれるのはこの人たちだと分ったのだろう。
 三姉妹を乗せた列車(ディーゼルなので汽車とは書きにくい)が駅を去ってゆく。その列車を、中学生の小さな妹がホームの端まで追ってゆく。「キクとイサム」以来、これほど感動的な子供の駅の別れは他に知らない。

書き写しただけでも涙ぐんでしまいますね。これを読んですぐに吉田秋生の『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』を買ったのは言うまでもありません。そして、そのシーンを漫画で読んでどれだけ感動したか。


数年後、この漫画を大好きな監督である是枝裕和さんが映画にすることがわかり興奮しました。で、映画に関するいろんなことがわかってきた中で、なによりも驚き、そして心ときめいたのは、漫画の「すず」をまさに「すず」という名前の女優が演じると知ったときでした。それが広瀬すずさんとの出会い。別にこの映画のためにそういう芸名をつけたわけではありません。彼女の本名は大石鈴華、とのこと。「すず、か」さんですね。ついでに誕生日を調べたら僕と2日違いでした。ブライアン・ウィルソンとポール・マッカートニーの誕生日の間。ちなみに僕の誕生日は川本三郎さんの奥さんの命日。


映画は3年前の2015年6月にようやく公開。岡山で上映されたのがイオンモールにあるイオンシネマ岡山。

映画で一番観たかったのは、川本さんが紹介されていた例の駅の別れのシーン。「すず」役の広瀬すずさんが「行きます!」と言ったときには嗚咽しそうになりました。


ところで昨夜、久しぶりに川本三郎さんの『小説を、映画を、鉄道が走る』の最後の章「汽車の出発、駅の別れ」を読み返したら、次から次へと驚くことが。その章を全部読み返したのは本を買って読んで以来。

まず、出てくるのは小津安二郎の映画のこと。小津の多くの作品で汽車の別れを描いているという話で『早春』の三石のことが出てきて、いきなり、おっと。そこで内田百閒のこともちらっと触れています。

驚いたのはその後。なんと木山捷平の「おしのを呑んだ神戸」という詩が紹介されていたんですね。僕が木山捷平を強く意識するようになったのは2012年7月に出た村上春樹の『さらだ好きのライオン』収録の「秋をけりけり」ですが(その少し前におひさまゆうびん舎で出会った吉田さんに木山捷平のことを教えてもらっていた)、その半年以上前に、すでに木山捷平の詩に触れていたとは。

しかもその詩は昭和3年、木山さんが姫路の荒川小学校(あるいは姫路の北の菅生小学校かもしれない)に勤めていたときに書いたもの。

川本さんは詩を紹介した後で「飄々とした作風の木山捷平にしては珍しく怒りが激しくて驚かされる」と書かれているけど、姫路に木山さんがいたときは書いた詩は怒りに満ちたものか寂しさに震えている詩ばかり。

それにしても、この章の中で小津の『早春』と三石、木山捷平が姫路で書いた詩、そして『海街diary』がつながっていたというのは驚きでした。


ところで僕は『海街diary』が公開された頃、久しぶりに漫画を読み返そうと思ったら、どこを探しても見当たらない。引越しの時にかなりまとめて本を手放したけど、でも、あの本、売るわけがないと思ってようやくその理由を思い出しました。

漫画家(or イラストレーター)になることをめざしていた中学生の女の子にあげたんでした。ちなみにその子が通っていた小学校は木山さんが昭和2年から3年にかけて勤めていた荒川小学校。

この話、作ってないです。


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by hinaseno | 2018-11-27 14:56 | 雑記 | Comments(0)

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平川さんを駅前のホテルに送り、石川さんが泊まられるホテルのある岡山駅西口へ。車だとかなり遠回り。ホテルに到着したら、そこはそれぞれがチェックインされたあとに案内しようと思っていた奉還町商店街の東の外れにあることがわかる。この奉還町商店街こそ岡山で一番好きな商店街。

その奉還町商店街散歩の話をする前に、ちょっと寄り道。

それは先日ラジオデイズで配信されたこちらの平田オリザさんの「ちょうどいい街を作る」のこと。これは9月に平川さんの隣町珈琲で行われた平田オリザさんの講演を収録したものなのですが、4日前に配信されたので聴いたら興味深い話の連続。岡山の話もかなり(姫路の話も興味深かった)。実は平川さんから平田オリザさんの講演の中で岡山の話が出てきたことを聞いていたので気になってました。で、一昨日、ブログに天満屋のある表町商店街の話を書いたあと、それを聴いたらまさにその天満屋の話が出たんですね。10年で退店しても採算がとれるような店に比べて、その地域で100年、150年商売するとしたら頑丈な建物を作るんだという、その一つの例としてオリザさんが紹介したのが天満屋。よく知ってるんですね、オリザさん。

きっと岡山空襲直後のこんな写真(『岡山の戦災』岡山文庫)を見られたはず。

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周りが焼け野原になっているのに、天満屋だけが空襲前の形そのまま残っている。初めてこの写真を見たときは天満屋すごいなと思ったものでした。

あるいはこの写真(『岡山の戦災』より)。これは平川さん、石川さんと歩いた表町商店街の入り口あたりから撮ったもの。真ん中正面に見えるのが天満屋。他に残っているのは銀号や病院。

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ところで平田オリザさんの講義で天満屋の話の前に出てきていたのがイオンのこと。そのイオンモールが岡山駅前にどかんとあるんですが、平川さん、ホテルから見られたでしょうか。

岡山駅前にイオンモールができたのが4年前。このイオンができて打撃を受けたのが商店街。去年だったか地元の山陽新聞に商店街を歩く人が減少したかの記事が載っていたけど、とりわけ減少していたのが西口すぐの奉還町商店街だった。今はどうなんだろう。ちょっとずつ増えているような気がする。シャッターが降りている店も少なく、昔からの店がある一方で若い世代の人が昔の建物を開いて魅力的な店を作っている。活気、というほどではないけど、それなりに人通りはある(イオンモールができたおかげで岡山駅近くに人が集まるようになって商店街にも人が行くようになったという解釈をしているところもあるみたいだけど)。


ところで僕がイオンモールに行ったのはたったの2度。最初に行った時の目的は映画。で、2度目はそこにテナントとして入っているある店で買い物をしようと思ったけど、あまりにもしょぼくて何も買わずそそくさと退散。僕が”ちょうどいい”といいと思うサイズからかけはなれたフロアの広さ、その割に入っている店のしょぼさ。

しかも通路が変ですぐに方向感覚を失う。方向感覚を失うことほど嫌なことはない。高齢者はきっと大変だと思う、というか高齢者のことなんてちっとも考えてないような作り。高齢者は一度は行っても二度と行かないんじゃないかな。で、商店街の良さを逆に見直す。表町商店街も一時に比べて人が増えているはず。


さて、僕がイオンモールにある映画館でただ一度だけ観た映画というのが是枝裕和監督の『海街diary』。その主演が広瀬すずさん。『海街diary』の公開翌年に彼女が岡山の京橋あたりで映画のロケをしているという情報が入ってきて、ずっと気になっていたものの、いつの間にかすっかり忘れていた映画を昨日ようやく観ました。いや、驚いた。これはやっぱり紹介しておかないと。


by hinaseno | 2018-11-26 12:37 | 雑記 | Comments(0)

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西大寺商店街から表町商店街を歩く。アーケードの長さが東京一とか日本一とか言われる武蔵小山商店街を何度も歩かれているお二人でもその長さに驚かれる。「武蔵小山商店街よりこっちのほうが絶対に長い」と石川さんが言われていたのであとで調べたら武蔵小山商店街は800m、こちらは1km。石川さんの言われた通りだった。

この商店街、休みの日ならところどころ出店が並んでいるけど、この日は何かのイベントがあったようであちこちで催し物のようなものをやっている。で、お二人が足を止めて楽しそうに眺められたのがこちら。

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噺家さんが切り絵でお客さんの似顔絵をつくっているところ。お二人はそういうのを何度か見られているようで、紙とはさみの動かし方の違いについて話していました。


それからこの、手持ちの猫の顔ハメパネル。

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これ、たぶんそれぞれがあんまり何も考えずにぱっと取ってはめたんですが、見事なほどにそれぞれの雰囲気にマッチしてびっくり。この写真は何度見ても笑える。


この商店街を歩きながら僕の知っている店をいくつか紹介。何といっても有名なのは中心にある天満屋。天満屋なくして表町商店街の発展は語れないけど、正直、天満屋あたりはあまり好きではない。

でも、そういえば天満屋の近くを通るときにヒバリ照ラスが目に入ったのでそこを紹介。昨年オープンしたそうですが、ちょっとしたスキマのような興味深いスペース。いろんなイベントをやっていて、あの松村さんもここで定期的にトークイベントをやられている。僕も最初の回だけ運よく見ることができた。

「松村さん、岡山のいろんなところに顔を出してるね」と平川さん。「岡山のあっちこっちでひっぱりだこですよ」と答える。


表町商店街散歩の終わり、実際には表町商店街の入り口付近にある僕がよく足を運んでいるGroovinという中古レコード屋を紹介。石川さんが中に入って興味深そうに物色。でも荷物になるからと何も買わずに外へ。

駐車場に戻り、それぞれの泊まるホテルに向かいかけて、このあたりでもう一つお連れしたいところを思い出す。そこは荷風が滞在した松月という旅館のあった場所。さらにそれからそこから数十メートル離れた場所にある、この池を見てもらう。

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楕円、ではなく半円形の池。入り口には「岡山藩校泮池」と書かれた石でできた案内板がある。

「猫が一体化しているよ」と平川さんが言ったので見たら、案内板の下に猫がここの主のような顔をしてこっちを見ている。気づかなかった。ちなみに僕のアルバムではこの猫の写真と商店街で撮った猫の顔ハメをやってもらった写真が並んでいて、この猫、なんか平川さんの猫とかぶるような気が…。

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それはさておき、かつて岡山藩校があったこの場所に荷風が立ち寄り、半円形の池を見ているんですね。空襲でこのあたりのほとんどの建物が焼失した中、この池だけ現在も残っている。見つけたときには感動したな。

ということで昭和20年6月23日の『断腸亭日乗』を。


朝微雨、正午に歇む、菅原君に案内せられて旧藩校の堂宇を見る、堂は県立師範学校女子部の構内に在り、路傍の長屋門より堂を望む光景おのづから人をして敬虔の心を起さしむ、堂の前に一樹の古松偉大なる其幹を斜にしたるあり、半円形の小池ありて石橋を架す、橋をわたれば左右に堂の前房あり…

荷風がやってきたときは藩校は女子師範学校になっていて、荷風はそこに入っていって女生徒が軍歌を歌う様子を見て驚き呆れている。


ところで現在、この藩校、女子師範学校があった場所には岡山中央中学校がある。実はこの日の一週間ほど前に内田樹先生がそこで講義をされていたというのもすごい偶然。


さて、ここからまず平川さんが泊まられるホテルへ。あとで思い出したけど、岡山駅のすぐそばにあるそのホテルのあるビルはかつて岡山会館とよばれる建物だった。幼い頃、たまに市内に来ることがあると、天満屋か岡山会館に連れていってもらうのがいちばんの楽しみだった。

そういえば小学校に入る前、この岡山会館の屋上で迷子になったことがある。迷子になった唯一の記憶。あのときの不安な気持ちは今も鮮明に覚えている。


by hinaseno | 2018-11-24 16:04 | 雑記 | Comments(0)

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三浦友和とオダギリジョー、ではなく平川さんと石川さんの後について行って歩いた西大寺商店街、表町商店街の話をしようと思ったけど、もう少しこの辺りの話を(写真はストリートビューから)。

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場所は西大寺商店街に入る手前の交差点。ここで路面電車は大きく左に曲がって旭川にかかる京橋の方に向かう。

この交差点のところで平川さんに「この辺りを舞台にした小説があるんですよ」と説明。「なんと川本三郎さんなんです」と。

作品の名は「事務所開き」。『青いお皿の特別料理』という連作短編集に収録。こんな言葉から始まる。


三階の窓から下を見ると、路面電車が交差点を大きく曲がって、旭川のほうに走ってゆく。それと入れ違うように、岡山駅に向かう電車が旭川を渡ってこちらに近づいてくる。
五階建ての共同ビルは交差点に近い。十代のころ、この「おかでん」と呼ばれる路面電車に乗って学校に通っていた彼には、電車の通る道の近くに事務所を借りることが出来たのはうれしいことだった。高校時代に戻ってもう一度、新しい人生を始めるような元気が出てくる。

川本三郎さんは岡山の荷風と内田百間ゆかりの地を訪ねて、1999年ごろにこの場所を歩かれている。そしてそこを舞台にした小説を書かれていた。川本さんの唯一の小説集である本で、この作品を読んだときには本当に驚いた。

ところで昨日紹介しそびれたけど、実はこの京橋から西大寺町のあたりを明治維新直後の明治2年の秋に歩いている人がいる。そして現在とは少し違う場所にあった大手饅頭の店も見ている。

その人の名は成島柳北。荷風が最も尊敬する元幕府の役人。

彼の『航薇日記』にその時のことが描かれている。成島柳北は明治2年の秋、岡山への旅にやってくる。彼がやってきたのは岡山市の西の外れの妹尾。柳北が岡山に来たきっかけはやはりたまたま。

荷風が最も尊敬する人物が岡山に来ていたというのもすごいけど、荷風も思いもよらない運命で岡山にやってくることになって、たまたま歩いた場所がまさに柳北が歩いていた場所だったという。

それに荷風が気がつくのは空襲後のこと。やはりたまたま泊まることになった松月という旅館が空襲で焼け、その旅館の主人が住んでいる場所がわかり、宿泊代を支払いにそこまで歩いて行ったらそこが妹尾。その主人の果樹園のある丘から見える風景を眺めたときに、やはりたまたま前年の秋に読み、書き写したばかりだった『航薇日記』を思い出す。

さらにたまたまは続く。岡山を去り、東京に戻ろうとしたけど住むところがなく仕方なく熱海の知人の家に泊まったとき、たまたまそこに『柳北全集』が置かれているのを発見。そこで『航薇日記』を読み返し、自分が歩いた場所が柳北の歩いた場所と重なっていることを知り狂喜する。


岡山空襲の一週間前、京橋のあたりを歩いたとき、荷風にはおそらくいくつかの地名とともにその風景に既視感があったはず。まさにそこは『航薇日記』に描かれていた場所の一つだったので。

ということで柳北が京橋あたりを歩いた明治2年10月27日の日記を。柳北は2日前の10月25日に妹尾に到着していて、すぐに京橋にやってきている。そこは当時、岡山に来たならば絶対に足を運ぶべき場所だったということ。


けふは備前岡山の城下に遊ばんとて、猿三といふ侍童を借てともに出立ちぬ、大福の里を過ぎ、大隅川を渡り備前に入る、日森野田より大工(大供)といふ所を経て岡山にいたる、妹尾より坦途二里なり、岡山は繁華の地にて、市井もいと富饒なり、茲に蓮昌寺といふ、日蓮宗の大刹あり、三重の塔頗る荘大なり、兵士この寺に屯集せり、各所に兵団の屯所を設け、西洋兵術を盛んに練習すと見えたり、西大寺町にて石田屋嘉六といふ洋物舗にたちより、横湾の事など物語りす、岡山の城池は山の麓に據て築き、壮麗観るに足れり、しかれども険要の城郭には非ず、城内に藩士の邸舎盛んに森列す、
(漢詩は省略)
京橋中橋小橋の三橋あり、此ほとりは皆熱鬧なり、京橋の傍なる柏屋といふ割烹店に一酌す、この店は此地に最も名ある酒楼なり、大鰻を食ふ、味硬けれど美なり、棘鬣のちりを食らふやと問ふ、其調理を問へば、鯛の肉を水にて煮上げ、橙汁を点して供す、一種の風味あり、此地は楮幣金一両に銀百四匁を換ふ、一匁十匁の楮札あり、表に大黒天を描き、背に龍をえがけり、この市街に金華糖といふ点心を売る、又大手饅頭白羊羹等の名産あり…


というわけで成島柳北の歩いた場所を幾らかの既視感の中で歩いた荷風と内田百間ゆかりの場所をたどって川本三郎さんが歩いた場所を僕は探し歩いたと。そんなことばっかりやっているわけだけど、たぶんそんなふうにしてできあがっているのが”自分のふるさと”で、今回そこを平川さんと石川さんに見てもらいたかったんですね。というか一緒に歩きたかった。


ところで話は川本三郎さんの「事務所開き」という小説のこと。

果たしてこの作品で川本さんが事務所として想定したビルはどこか。僕はずっと西大寺商店街のアーケードの入り口の右隣の「壱番」という字が見える建物だと考えていたけど、昨日久しぶりに「事務所開き」を読んだら、最後にこんな言葉が。それは事務所の窓から見た風景。


窓から町を見下ろすと、新井くんと増田さんが商店街を歩いている。増田さんのほうが早くも先に立ち、新井くんを引きつれるようにしている。彼らが戻ってくるまでにテーブルの上を片づけておこう。

「壱番」という字が見える建物だと商店街を見るのはちょっと無理。そこを見るには通りの反対側。しかも冒頭のような風景を確認できるとすれば、上に貼った写真の真ん中あたりに見える3階建てのビルしかなさそう。


そのビルはちょっと古くて、川本さんが来たときにもあったことは間違いない。

実はそのビルの2階で、平川さんと石川さんとお別れした日の夜、ある女性アーティストのライブがあったんですね。これがライブ直前に西大寺商店街を出たところで写したそのビルの写真。

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その日ここでライブをしたのが青葉市子さん。ライブのことについては改めて書くことにするけど、それにしてもこの場所でライブをするというのがすごいですね。彼女には目に見えない何かに惹きつけられる能力があるとは思っているけど。


「ここで明後日、青葉市子さんのライブがあるんです」と言ったら、石川さん、やはり職業柄、興味深そうに建物を覗き込んでいました。


by hinaseno | 2018-11-23 10:45 | 雑記 | Comments(0)

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京橋を渡り、向かったのは表町商店街。正確にいえば入り口には少し西大寺商店街が伸びている(こんなところに西大寺の地名があるのがちょっとややこしい)。

商店街に入る手前で、ちょっと寄り道。立ち寄ったのは大手饅頭の京橋本店。ここで甘いもの好きの石川さんがお買い物。

岡山の銘菓といえば吉備団子の方が有名。でも、僕が勧めるのは何といっても大手饅頭。その大手饅頭をこよなく愛していたのがこの京橋からそんなに遠くない古京町で生まれ育った内田百間。彼のいくつもの随筆に大手饅頭が登場する。中でもいいのが戦後すぐの昭和21年4月に書いた「古里を思う」という随筆の「京橋の霜」。空襲で焼けてしまった岡山のことを記憶を辿りながら素晴らしい随筆。僕たちが立ち寄った大手饅頭の店も出てくる。


私は川東の古京町の生れなので賑やかな町の真中へ出て行くには先ずつち橋を渡り、それから小橋中橋を通って京橋を渡る。京橋は蒲鉾の背中の様なそり橋であって、真中の一番高い所に立つと橋本町西大寺町から新西大寺町の通が一目に見渡せた。誓文払の売出しの提灯のともった晩などは、橋の上から眺めてこんな繁華な町が日本中にあるだろうかと思ったりした。
そり橋の京橋は木橋であって、左右両側に敷いた板のつぎ目の真中の筋に、西中島の袂から橋本町へかけて三寸幅ぐらいの鉄の板が真直ぐに通っていた。寒い夜はその上に霜がおりてつるつる滑った。月の良い晩はそこだけが銀の帯の様に光った。
京橋を渡って橋本町にかかると左側の川沿いの一段高くなった所に交番がある。その前の、船着町の方へ行く道を隔てた角に四階楼が聳えていた。料理屋なのか饂飩屋なのか、上がった事がないからよく知らない。
私は今でも大手饅頭の夢を見る。ついこないだの晩も同じ夢を見たばかりである。東京で年を取った半生の内に何十遍大手饅頭の夢を見たか解らない。饅頭を食べるだけの夢でなく大手饅頭の店が気になるのである。店の土間の左側の奥に釜があって蒸籠からぷうぷう湯気を吹いている。右寄りの畳の上でほかほかの饅頭をもろぶたに列べている。記憶の底の一番古い値段は普通のが一つ二文で新式に云うと二厘であった。大きいのは五厘で、一銭のは飛んでもなく大きく皮が厚いから白い色をしている。それは多分葬式饅頭であったと思う。
四階楼から向うへ行くと同じ側にその気に掛かる大手饅頭の店がある。昔からじきに売り切れて早仕舞をしていたから、表が暗くなってから通ると大概店は閉まっていた。

さて、お店で大手饅頭を買った石川さん、すぐにひとつを頬張る。「うまい」と一言。平川さんが「俺にも一個」ってことで、おしそうに食べられる。

そういえば西大寺商店街に向かいながら、平川さんが東京散歩の映画の話をいくつかされる。どれも知らない映画ばかり。とりわけ『転々』がいいよと。

ってことで家に戻って、すぐにアマゾンで『転々』を注文。あとで見たけど散歩好きにはたまらない映画。小泉今日子さんが出ているのもうれしかった。

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この写真のように、二人の後ろ姿を追って岡山の秋の風景の中を歩く。どっちがオダギリジョーでどっちが三浦友和かはわからないけど。


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by hinaseno | 2018-11-22 13:34 | 雑記 | Comments(0)

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禁酒会館を出て向かったのは京橋。ここに蒸気船の発着場があったので、かつては岡山市の繁華街の中心をなしていた場所。その後、汽車や電車が走るようになり繁華街の中心は別の場所へと移動したため、ここは次第に外れの場所に。でも、今もあちこちにいい雰囲気が残っていて、好きな場所の一つ。何よりここを路面電車が走っているのがいい。

以前撮った、こんな風景。

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あるいはこんな風景。

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ここにぜひお二人と一緒に路面電車に乗って行きたかったんですね。


でも、禁酒会館を出て城下駅に戻るのはやや無駄足になるので、京橋方向へ3人一緒に歩き出す。すぐに平川さんが小さな映画館を見つける。

シネマ・クレール丸の内。

今年、想田和弘さんの映画『港町』を上映していた場所。それから日本銀行、中国銀行の前を通り過ぎたあたりで、後々のことも考え県庁通り駅で路面電車に乗ることにする。実は岡山市内の路面電車に乗るなんて超久しぶり。乗り方、というか料金の支払い方もすっかり忘れていて少しあたふた。でもやっぱり路面電車っていいですね。

ところで東京にもかつては都電があちこちに走っていて、僕は都電の写真集も持っているくらい都電のファン。僕のような人間が都電でぱっと浮かべるのははっぴいえんどの『風街ろまん』のアルバムに描かれている絵、そして「風をあつめて」の歌詞。

ちなみに都電といえば実は石川さんお父さんは都電で働かれていたとのこと。これもびっくりでした。


さて、京橋。橋の下に東中島と西中島という2つの中州がある。かつてそこには遊郭のあって、とりわけ平川さんに見てもらいたかったんですね。ということで京橋を渡ってすぐの小橋駅で下車。そこから京橋を戻りながら中島を見てもらいました。永井荷風もかつてここに来たんですよという話をしながら。


荷風がこの京橋を渡ったのは昭和20年の6月20日。岡山空襲の1週間ほど前のこと。荷風はたぶん城下駅あたりで乗車。城下駅があるのはこのあたり。左手に禁酒会館が見えます。荷風も目に入れたはず。

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昭和20年6月20日の『断腸亭日乗』。


晴、午後暑さ甚しからざる中菅原君と共に市中を散歩す、まづ電車にて京橋に至る、欄に倚りて眺るに右岸には数丁にわたりて石段あり、帆船自動船輻湊す、瀬戸内の諸港に通ふ汽船の桟橋あり、往年見たりし仏国ソーン河畔の光景を想ひ起さしむ、絵の道知りたらば写生したき心地もせらるゝ景色なり、水を隔てゝ左岸には娼楼立ちつゞきたり、中島町と称へて楼の前後皆水流なり、娼家の間を歩み小橋をわたりて対岸の塘に至る、河原はいづこも皆耕されて菜園となり老柳路傍に鬱蒼たり、河の上流を望めば松林高く人家の屋上に聳ゆるあたり岡山城の櫓を見る、堤上を歩み行くに亦橋ありて其工事半既に成る、貸船屋あり、児童舟を泛べて遊泳す、仮橋を渡れば道おのづから城内に入る、処処に札を立てゝ旧跡の由来を掲示す、人家の門墻中今猶維新前武家長屋の面影を残せしものなしとせず、荒廃の状人をして時代変遷の是非なきを知らしむ、況や刻下戦乱の世の情勢を思ふや、諸行無常の感一層切なるを覚ゆ、城郭、断礎の間の道を歩みて再び堤上に登れば、水を隔てゝ後楽園の松樹竹林粛然として其影を清流に投ず、人世の流離転変を知らざるものゝ如し、客舎にかへれば日影亭午に近し

で、翌6月21日の『断腸亭日乗』。トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んだ後、再び電車に乗って京橋に。前日は通り過ぎただけの遊郭に足を運ぶ。


午後東京より携来りし仏蘭西訳トルストイのアンナカレニンを繙読す、夕日二階にさし込み来りて暑ければ出でゝ門口に立つ、軒裏に燕の巣ありて親鳥絶間なく飛去り飛来りて雛に餌を与ふ、この雛やがて生立ち秋風立つころには親鳥諸共故郷にかへるべきを思へば、余の再び東京に至るを得るは果して何時の日ならんと、流寓の身を顧み涙なきを得ず、晩飯を喫して後月よければ菅原氏と共に電車にて京橋に至り、船着場黄昏の風景を賞す、暮靄蒼然、広重の風景版画に似たり、橋下に小舟を泛べ篝火を焚き大なる四手網をおろして魚を漁るものあり、橋をわたりて色町を歩む、娼家の戸口にはいづこも二級飲食店の木札を出し燈火はほの暗き暖簾のかげに女の仲居二三人立ちて人を呼び留む、されど登楼の客殆無きが如く街路寂然たり、店口に写真を掲るものと然らざるものとあり、掲るものは小店なるが如し、たまたま門口に立出る娼婦を見るに紅染の浴衣にしごきを巾びろに締め髪を縮したるさま、玉の井の女に異らず、青楼の間に寺また淫祠あり、道暗くして何の神なるを知らねど情景頗画趣あり、歩みて再び表道に出で電車の来るを待ちしが、附近に映画館ありて今しも閉場せしとおぼしく、屐聲俄に騒しく人影陸続たり、電車来るも容易に乗りがたきを思ひ月を踏んで客舎にかへる

ついでということもないけど、あの木山捷平も中島に行ってます。実家の笠岡に帰省していて、東京に戻ろうとした日のことですが、これがなんとも笑える。昭和11年4月4日の日記。


終列車井笠線にのり上京の途につく。あとに残し母があわれで、言いにくかったが、出発の一時間前に言い出しあたふたと汽車にのった。夜はまだ寒い。母が尾坂川の途中まで送ってくれた。早朝岡山駅で予定の特急にのれず。満員のため次の普通急行までのばした。十五年前新調の人力車にのり、岡山の深夜をさぐる。車夫のつれて行った家は中島の廊、ひっぱり上げられ、逃げられぬ体となる。酒をのみ三味をひく約束で金は渡したが、金を渡したら三味は明朝ひくという。やむなく一時間ばかり無為にすごし急行にのる。余はピューリタンなり。

最後の言葉がたまらないですね。

ちなみに中島にあった遊郭でロケされているのが渥美清主演の映画『拝啓天皇陛下様』。撮影はあの川又昂。

そういえばこれを書いていたら、京橋のあたりで広瀬すずさん主演の映画のロケをしていたことを思い出した。調べたら『先生! 、、、好きになってもいいですか?』という映画。これにも結構あの辺りの風景、映ってます。




この映画、もうDVDになってますね。どうしよっかな。


by hinaseno | 2018-11-21 15:28 | 雑記 | Comments(0)

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スロウな本屋さんを出て岡山市内めぐりをスタート。少しは散歩してもらってもいいかなと思いながら、お二人の体調を考えて臨機応変に。

とりあえず最初に向かったのは岡山シンフォニービルがどんと建っている城下交差点。せっかくなので僕の好きな町並みを見てもらおうと古い家屋が建ち並ぶ出石町を通ることに。それから昭和20年に荷風が歩いた鶴見橋、蓬莱橋を車で渡って、かつて西大寺までつながっていた軽便鉄道の始発駅のあった現在の夢二郷土美術館まで行って引き返す。

鶴見橋を渡ったあたりのこの風景は何度見てもいい(写真は別の日に撮ったもの)。

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この写真の右手奥の、交差点の手前に見えているビル。このあたりでもとりわけ感じのいいビルだけど、その中にあるpieni..ecole+cafeというカフェで松村圭一郎さんが定期的に勉強会のようなものを開いていたんですね。「よそ者人類学者の新岡山論」というもの。参加したかったんだけど、曜日と時間の関係で一度も行けなかった。とりわけ「塩と鉄とトラクターと」の回は、たぶん桃太郎伝説につながる話だったと思うのですごく聞きたかった。ミシマ社から出ている『ちゃぶ台』に「縁食論」という、「縁」のことをずっと考えている身としては惹かれるタイトルの連載をしている藤原辰史さんの本の話も出たかもしれない。ああ聞きたかった。


ここを通り過ぎて城下の交差点近くに車を止める。路面電車の城下駅から電車に乗ってもらおうと思っていたら平川さんがどこかでコーヒーを飲みたいと。

このあたりでコーヒーを飲んでもらうとしたらあそこしかないなとお連れしたのがこの禁酒会館。この1階にあるラヴィアン カフヱという珈琲屋があるんですね、

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この禁酒会館のことも何度もブログで紹介したはず。大正時代に建てられたものですが、この建物のあるほんの一角だけ空襲を免れて今も残っているという。奇跡的としかいいようがない。

平川さん、石川さん、お二人ともすごく気に入った様子。建物の前で平川さんをパチリ。

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ここに入るのは3度目。中に入ると真ん中あたりのテーブルにいつもいるおばあさんが、いつものように編み物をしている。最初は常連の客かと思っていたら、おもむろに立ち上がって水を持ってきてメニューを訊く。なんだ店の人だったんだと。で、コーヒーを運んできてくれたら再び同じテーブルの椅子に腰掛けて編み物を始める。

平川さんはそういう感じも気に入ったようでおばあさんにいろいろと話しかける。初対面の人と、すっと和やかに話をする姿に感心。隣町探偵団に加わったような気分になって(一応、昔、探偵団のバッジはもらったんだ)うれしくなる。

僕もついでにいろいろと訊いてみる。かつてこの禁酒会館にクラシックレコードの専門店がありましたねと。すると「アンダンテ」という店があったことを覚えている。そうだ、アンダンテだった。大学時代に何度か通ったアンダンテは現在、キリスト教関係の本を売っている隣の店のところにあったと思っていたら、そうではなくまさにラヴィアン カフヱのあったスペースでやっていたと。ちょっと感動。

お手洗いをお借りしようと外に出たら目の前に岡山城の櫓が見えてびっくり。

岡山城西丸西手櫓。空襲で大半が消失した岡山城の中で数少ない現存の建物。こんなに近かったとは。ちなみにその西丸西手櫓の向こうにあるのが僕が初めて松村さんとお会いした旧内山下小学校。こちらの校舎も戦前に建てられたもの。この校舎も素晴らしいんだ。

禁酒会館から内山下小学校にかけてのあたりは、松村さんの言葉を借りれば、まさしくスキマのような場所。


ちなみに僕の大好きなアーティストである青葉市子さんは禁酒会館や旧内山下小学校でライブをやったことがある。どちらも行けなかったけど、また禁酒会館でやってくれないかな。


by hinaseno | 2018-11-20 13:13 | 雑記 | Comments(0)

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気持ち良く晴れわたった11月の朝、車で岡山空港に向かう。実は岡山空港に行くのは初めて。飛行機には全くといっていいほど縁がない。岡山空港が岡山桃太郎空港という名称になっていることもこの日初めて知る。何でもかんでも桃太郎。大好きな吉備線に桃太郎線という愛称が付けられたときには、さすがに唖然としたけど。


空港へは家から30分ほどで到着。到着したのは12時前。空港が山の上にあるせいか、到着した時には雲がかなり広がっている。

飛行機の到着予定は12時10分。着陸する様子を見ようとすぐに3階の送迎デッキに上がる。すると羽田発12時10分到着予定の飛行機の出発が遅れたとのアナウンスが流れてくる。理由はわからないけど大丈夫なのかなと少しだけ心配になる。到着が15分ほど遅れるということなので、空港内の施設を見て回ることに。当到着したらすぐに市街地まで行って昼食をとる予定にしていたけど、空港内で簡単な食事を取ってもらうことに変更。いい店はあるかなといろいろと見ているうちに到着時間になっていることがわかってあわてて3階のデッキに戻る。ちょうど着陸したところだった。着陸の瞬間を見れなかったのが残念。

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昇降口に飛行機が止まったところで1階に降りる。

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そういえばこの写真にも写っている雲のこと。石川さんは岡山に到着した時から、雲を見てびっくりしたと何度も言われていました。日頃見慣れている雲とは違って雲が低いと。


1階の国内線到着口の前に立っていたら、まもなく懐かしいお二人の姿が見える。すぐに気づいてもらえる。お二人にお会いするのは昨年の5月以来。お元気そうで安心する。とりあえずここで軽く食事をということで九州筑豊ラーメン「山小屋」という店に入り3人同じラーメンを注文。

ラーメンを食べながらいろんな話。平川さんはせっかく岡山に来たので、帰りにどこかへ立ち寄ろうと考えられていたようで、いろんな場所を言われたのに知らないところばかり。僕が岡山のことをあまり知らないことに驚かれる。

平川さんに言われて知らなかった場所の一つが「ベンガラの里」。調べたら高梁市にある町のよう。でも高梁駅からさらに車で1時間くらい離れた場所にあると。高梁といえば『男はつらいよ』の「寅次郎恋歌」や「口笛を吹く寅次郎」が撮影されているので調べてみたら、寅さん、そこまでは行っていなかった。


食事を終えて(お二人の食事のスピードが速いことに驚く)、車で岡山市街地に。駐車場で平川さんが僕の車を見て「いい色だね」と言ってくれてうれしくなる。石川さんはここでも空を見て「雲がすごい」を連発。

空港から岡山の市街地まではわかりやすいはずだと思ったら、意外にあちこちで道が枝分かれして何度か迷いかけてしまう。きっと平川さんに大丈夫か?って思わせたはず。ナビが嫌いでつけていなかったけど、やっぱりナビがあったほうがいいかなと思う。


市街地に入って最初に向かったのはスロウな本屋さん。夜に松村さんと、もうひとりシークレットゲストのトークをすることになっていたけど、明るいうちにスロウな本屋さんの建物や周辺の町並みを見てもらいたいと思って。

到着してスロウな本屋の小倉さんと顔合わせ。それぞれの紹介をしていたら、平川さんが「店主、女性だったんだ」と驚かれる。ずっと店主は男性だと思っていたそうです。

平川さん、石川さん、お二人とも興味深そうに店を眺めていました。スロウな本屋さんの建物でもとりわけいいのがやはり縁側。そこに立たれて外を眺めている写真を撮れなかったのが残念。

外に出られても古い民家を利用した建物に興味津々のご様子。

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そして平川さんが目を止められたのがこの写真の向こうに見える廃工場(廃倉庫)の建物。

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僕も初めてスロウな本屋さんに来た時、やはりあの工場に目を止め、写真を何枚か撮った。そのうちの1枚。

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別の日、別の角度から撮ったもの。

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平川さんに「ここで写真を撮って」と言われたのでパチリ。

最初、手をつないでいるかと思ったら、扉の取っ手をそれぞれがつかんでいたと。

お二人、絵になります。

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by hinaseno | 2018-11-19 13:03 | 雑記 | Comments(0)