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by hinaseno
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塩屋の旧グッゲンハイム邸のイベントカレンダーに載っている佐川満男さんが、「Walk With Me」をニール・セダカからプレゼントされて「二人の並木径」というタイトルで歌った佐川ミツオだと気がついたのは、萩原健太さんによって”書き直し”がなされたライナーノーツのおかげでした。

ちょっとその部分を。

これが大瀧さんが書いた「We Love Celia」の解説。


丁度この頃、セダカは来日していて、この曲を(同じビクターということで)佐川ミツオにプレゼントしています。(このエピソードは『ミュージック・ライフ』で知りました。当時はワタシは中学2年)

で、『夢で逢えたらVOX』の萩原健太さんによってちょっと手が加えられた大瀧さんのライナーノーツはこうなっています。


ちょうどそのころ、セダカは来日していて、同じビクター・レコード所属ということでこの曲を佐川ミツオ(のちに満夫)にプレゼントしています。このエピソードは『ミュージック・ライフ』で知りました。当時はワタシは中学2年でした。

表記も含めて丁寧にわかりやすくなっていますが、かなり言葉が変えられていますね。この部分に限らず、言葉の変更がどれだけなされているかを細かく見比べながら読んでいました。で、佐川ミツオの部分に括弧でくくられた言葉を見つけたんですね。


(のちに満夫)。

そうか佐川ミツオさんは芸名をカタカナから漢字にして活動を続けられたんだなと。で、ちょっとネットで「佐川満夫」という名で検索したら「佐川満夫」では一件もヒットせず、最初に出てきたのが「佐川満男」のウィキペディアでした。それを見ると「1960年、「二人の並木径」でビクターレコードから佐川ミツオとして歌手デビューした」と書いてあるのを見つけて、健太さん、間違えたんだなと。


その時にはそれ以上佐川満男さんについて調べることはしませんでしたが、こういういきさつがあったから旧グッゲンハイム邸のイベント・カレンダーで「佐川満男」という名前が目に入ったんですね。

おっと思って、そのイベントをクリックしたらそこには佐川満男さんのプロフィールが書かれていました。で、その最初に「1960年「二人の並木径」でビクターレコードから歌手デビュー」との言葉。間違いない。「このまちにうまれて」というライブのタイトルからもわかるように、佐川さんの実家は塩屋にあって、そうやら今も塩屋(近辺)に住んでいるようです。


いやあ、これも縁、ですね。

先日、健太さんが手を加えた大瀧さんのライナーをちょっと批判的に書いていたけど、そのおかげで気づくことができたわけですから、世の中わからないものです。


ところで、そのプロフィールにはいろいろと興味深いことが書かれていて、何度も「へえ~」となってしまったんですが、それは後で書くことにして、その前に改めて「Walk With Me」という曲のことをおさらいしておこうと思います。


Bear Familyから出ているNeil Sedakaの『Oh Carol - The Complete Recordings 1956-1966』というボックスのブックレットに載っているデータによると、「Walk With Me」が録音されたのは1960年2月8日。作詞はハワード・グリーンフィールド、作曲はニール・セダカ。アレンジはスタン・アップルバウム。


大瀧さんの解説で「因みにこれはサム・クックの「You Send Me」を下敷きにした曲です」と指摘しているのにはびっくりでした。これは大瀧さんの耳で発見したんでしょうね。確かにそっくり。ほぼそのままのメロディを使っているところまであります。考えたらタイトルもつながりがありますね(いずれも「Me」で終わる3つの単語)。「何も“下敷き”は日本人の専売特許ではない」というのがちょっと笑えます。


ところでBear Familyのボックスによると1960年2月8日は「Walk With Me」のほかに3曲録音しています。「You Mean Everything To Me」「I Must Be Dreaming」そしてバリー・マン作曲の「Forty Winks Away」。

このうち「Forty Winks Away」は「Stairway To Heaven(星へのきざはし)」のB面として翌月にリリース。かなりマイナーな感じの「You Mean Everything To Me」も同年8月に両A面の1曲としてリリース。

曲としてははるかにいいはずの「I Must Be Dreaming」と「Walk With Me」はシングルとして発売される予定がない状態に置かれていたようです。

(ちなみに「I Must Be Dreaming」はようやく翌年1961年の5月に「Little Devil(小さい悪魔)」のB面としてリリース)。


さて、ニール・セダカが来日したのは1960年4月。4月16日から29日にかけて7回公演しています。

このときに、どういう経緯かはわかりませんが(聞いてみたいですね)デビューをひかえていた佐川満男さんに会って、自身でリリースする見込みのない「Walk With Me」をプレゼント。おそらく2月に録音したものをそのまま渡したんでしょうね。歌詞の一部を日本語にかえて1960年7月5日に発売。これが佐川満男さんのデビュー・シングル。

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ちょっと長くなったので今日はここまで。


※追記

これを書き終えて、もしやと思ってアゲインのライブスケジュールを見たら、なんと!

本当は今日、この「Walk With Me」がらみの絶対に外せない話として小松久さんのことまで書こうと思っていたんですが、驚いたことに昨日、アゲインでその小松久さんのライブが行われたんですね。今日のアゲインのブログに貼られている写真は小松さんのはず。

それにしても、アゲインという所はいつもこういう偶然を用意してくれていますね。びっくりすぎます。


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by hinaseno | 2018-03-31 13:11 | ナイアガラ | Comments(0)

僕は「香り ’77」など未発表音源満載のCD-4から聴き始めたんですが、そこに「1977 Original Album Karaoke」が収録されていたこともうれしかったですね(全曲でないのはなぜ?)。

とりわけよかったのが「Walk With Me」。

この曲、やっぱりいいですね。

『夢で逢えたら』のアルバムで一番好きなのはなんといっても「The Very Thought Of You」なんですが、今回改めて『夢で逢えたらVOX』に収録された「Walk With Me」を何度も聴いているうちに、この曲のことがますます好きになってしまいました。


ところで『夢で逢えたらVOX』には全部で6つのバージョンの「Walk With Me」が収録されています。

オリジナルバージョン、ONKIO HAUS MIXバージョン、’87 吉田保Mixバージョン、オリジナルバージョンのカラオケ、’87 吉田保Mixバージョンのカラオケ、そして驚きのTake 1バージョン。

「Walk With Me」についてはこの日この日のブログですでに書いているので、今回はいろんなバージョンの話でも書いてみようかと思っていたら、あることがきっかけでちょっとびっくりするようなことがわかったんですね。それが上のタイトルになっているわけですが、もちろんなんのこっちゃ、ですね。


その前に例の「We Love Celia」に収められた大瀧さんによる「Walk With Me」の解説を紹介しておきます。


 このアルバムでの“通好み”の一曲。(ロンバケでいうなら「スピーチ・バルーン」)
 C・キング、B・マン、E・グリニッジのアルドン系では先輩格の“ニール・セダカ”。この人を入れないとアルドン系は片・手落ちになります。(NOT片手・落ち)
 サスガに“ジュリアード出身”だけあってカシコイ曲作りをする人です。
 私はこの人のB面が好きで、そこで選んだのが「悲しきクラウン」のB面。(邦題は「二人の並木径」。因みにこれはサム・クックの「You Send Me」を下敷きにした曲です。何も“下敷き”は日本人の専売特許ではない)
 丁度この頃、セダカは来日していて、この曲を(同じビクターということで)佐川ミツオにプレゼントしています。(このエピソードは『ミュージック・ライフ』で知りました。当時はワタシは中学2年)
 アメリカではジミー・クラントンが、アルバムの中でカバーしています。(こちらのバージョンのアレンジもこのアルバムでは加味しました)
 セダカ、佐川、クラントンと全員“男性”で、この曲を“女性”が歌ったのは多分このシリア・バージョンが世界で初めてではないかと思います。
 ボーナス・トラックとして吉田保さんによる86年ミックスを入れたのは、ヴォーカルの“エコーの付加度”による印象の違いを味わって頂きたかったのです。
 笛吹銅次バージョンは、ほぼノー・エコーですから異常に“オン”に聞こえます。生々しさからくる気恥ずかしさを感じるかもしれませんが、それが正直な印象にもなり、写真で言えば“クロース・アップ”の趣があって、思い入れの強い人にとってはこのバージョンがヨイでしょう。
 一方、吉田保さんのバージョンは、エコーが深い分心地好く、コーラスも厚く聞こえ、音楽的な“一体感”があり、一般の人も安心して聴ける作りになっています。(歌が“ウマク”聞こえますし(^_^))その分、やや“遠景”という印象も受けます。
 《“寄り”と“引き”》
 “同じ”オケでも、ミックスで全く別の印象を持たせることが“可能”なのです。(“お好み”でお召し上がり下さい)


最初に「アルバムでの“通好み”の一曲。(ロンバケでいうなら「スピーチ・バルーン」)」と書かれています。確かにこれはアルバムを何度も聴き続けているうちにじわっと良さがわかってくる感じの曲なんですね。


作曲者はニール・セダカ。「悲しきクラウン」のB面の曲。いかにもB面らしい曲です。解説で大瀧さんは「私はこの人のB面が好きで」と書いていますが、これは別の解説でも同じことを書かれたのを読んで、で、僕は『ニール・セダカ B-side collection』というCDを作ったんですね。これ、とってもいいんだな。

そういえば『夢で逢えたら』の「Walk With Me」の次に収録された大瀧さん作曲の「こんな時」の下敷きになっているのはやはりニール・セダカのB面の曲である「I Must Be Dreaming」。ちゃんとつなげていますね。


さて、本当はここで大瀧さん自身がミックスした2つのバージョンと吉田保さんのミックスしたバージョンの印象の違いなど(《“寄り”と“引き”》のこと。あるいは待望のONKIO HAUS MIXのこと)を話すつもりでいたんですが、昨日気がついたびっくりな話に。


話は僕の大好きな海街である塩屋のことに。

塩屋といえば先日、余白珈琲さんがこの3月の初めに塩屋に引っ越されたこと、そこで早くもいろんなつながりを作っていることを少し書きましたね。気候も良くなってきたので、そろそろ訪ねて行きたいと思っているところです。


一昨日、余白珈琲さんのInstagramを読んだら、あのグッゲンハイム邸で珈琲を淹れたと。なんだか自分のことのようにうれしくなってしまいました。

グッゲンハイム邸ではいろんなライブ・イベントが行われているんですが(前にも書いたように僕がグッゲンハイム邸に関心を持ったのはここで大好きな青葉市子さんがライブをしたから)、余白珈琲さんが珈琲を入れた日にライブをしていたのがMy Bubbaという女性デュオ。

My Bubbaというグループは知らなかったのでYouTubeでチェックしたら、これがとってもいいんですね。何ともいえない空気感。たとえばこんな曲とか。




こういうのが身近に聴ける場所があるなんて最高ですね。グッゲンハイム邸の建物も、庭も素晴らしいし、なによりも目の前に海が広がっているし。ああ、うらやましい。


で、ふとグッゲンハイム邸でどんなイベントがあるのかと思って調べたら、イベント・カレンダーというのがあったんですね。それを見ていたら…。


まず、目をとめたのが4月5日のイベント。あの柴田元幸さんが来るんですね。行きたいなあ。

で、次の5月のカレンダーを見たらそこにびっくりするような名前を発見。


佐川満男!


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by hinaseno | 2018-03-30 12:36 | ナイアガラ | Comments(0)

昨日アップされた岡崎武志さんのブログ(okatakeの日記)を読んでいたら「木山捷平散歩小説集、というのが作れるぞ」と書いてあってにっこり。ぜひぜひ作って下さい。できれば「秋」(秋をけりけりの方)や「船場川」などの詩も入れて。夏葉社から出れば最高です。


さて、前回引用した「We Love Celia」に掲載された「夢で逢えたら」の「語り」のこと、興味深い話がいっぱいですね。他のライナーに書かれていたこともありますが、これが一番詳しいです。

「夢で逢えたら」にセリフを入れたのは、大瀧さんが吉田美奈子さんのために最初に書いた「わたし」が“セリフ”から始まった曲で、そして、たまたま結果的に「夢で逢えたら」がその続編ということになったので、継続性を考えたためだと。

ここで「何か“継続性“を持たせるのがワタシの流儀」という言葉が出てきます。大瀧さんの音楽を考える上で絶対に押さえておかなければならないことですね。でも、この”継続性”は多くの場合たまたまによるところが多かったりするのも大瀧さんらしいところ。例えばこんな話。


実は、美奈子嬢に「わたし」の前歴があるように、シリア嬢にもこの“語り”に至る(彼女側の)前歴があるのです。それが、彼女の所属した《モコ・ビーバー・オリーブ》のデビュー作「忘れたいのに」です。この「忘れたいのに」(もちろんセリフはシリアさんです)の途中の“語り”と、この「夢で逢えたら」の語りを繋いで聞くと、あーら不思議、トーンが全く“同じ”です。


これがモコ・ビーバー・オリーブのデビュー曲である「忘れたいのに」。1:18あたりからシリア・ポールの語りが出てきます。




「忘れたいのに」は「夢で逢えたら」の8年前に出た曲なんですが、大瀧さんが書いている通り、トーンが全く“同じ”、ですね。プロデューサーである大瀧さんとしてはセリフに関して「もう少し“軽く”言ってくれないかなぁ」とは思っていたようですが、シリアさんの女優としての前歴から、ああいった切々とした語りになったのは仕方がなかったんですね。


で、そのモコ・ビーバー・オリーブの第3弾シングル「海の底でうたう唄」の作曲者が、大瀧さんがずっとCMの仕事をしていた会社の関口直人さん(ウィキペディアはいまだに関口真人になってますね)であることがわかって、その関口さんがディレクターを務めてシリアが歌うCM曲を作ったわけですから、大瀧さんとしては、その偶然も含めて「何か“継続性“を持たせる」ものを取り入れたのではないかと。それが「香り ’77」の「語り」の部分。


“継続性“といえば、曲の中に過去の曲(多くはポップス)のいろんな要素を取り入れるのも“継続性“の一つの形。でも、ポップスだけじゃないんですね。

「夢で逢えたら」の語りの最初に出てくる「今も私 枕かかえて 眠っているの」は都々逸の「ひとり寝るのは 寝るのじゃないヨ 枕抱えて 横に立つ」から取っていたと。「三亀松風に歌って下さい、っても知らないだろうネ」と書いてますが、もちろん知りません。調べたら柳家三亀松という人。三亀松は「みきまつ」と読むようです。

で、この都々逸から取っているという話の後にこんな言葉が。


(ナイアガラーの方は、洋モノの、私が以前にどこかで書いたり放送したりして知っているネタの下敷きだけを探すのではなく、自分の国・日本のことも研究して、ナイアガラ・ソングに散りばめられた“日本文化”を探り当てることも、そろそろお始めになられては如何なモノでしょうか(^_^)。後は、分かりやすく作った『ロンバケ』ではなく、分かり難く作った『イーチ・タイム』もそろそろ...。いつまでも幼稚園児を相手にしていたのでは刀が錆びますゼ)

結構厳しいお言葉。

曲ごとの解説では他にも「返歌」とか「本歌取り」などの古くからある歌詠みの文化の伝統を踏まえて作っているという証言や、あるいは「男性・女性とりかえばや」や「本卦還り」なんてことも出てきます。

深いです。本当に。


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by hinaseno | 2018-03-28 12:43 | ナイアガラ | Comments(0)

シリア・ポールが歌ったCM曲「香り ’77」に、もしも大瀧さんが何らかの形で関わっていたとするならば、それは「語り」の部分にちがいない、というのが今回収録された2つのバージョンを聴いての結論。

その証拠とまでは言えないかもしれませんが、傍証というべきものが、今回のVOXに掲載された大瀧さんによるライナーノーツの「夢で逢えたら」の曲の解説でかなりの分量で書かれている「語り」の話。


その前に!

『夢で逢えたらVOX』のブックレット(LPサイズ)に掲載された大瀧さんによるライナーノーツは7ページにわたっています。すごい量。でも、このライナーノーツ、最後の「お願いっ!」のあとに記された「大瀧詠一」という名前には( )を付けておいた方がいいのかなと。

実はこの後にこんな言葉が( )に入れられて書かれているんですね。


(1987年、1997年に執筆された複数のライナーノーツなどを下敷きに再構成したものです。文責:萩原健太)

そう、これは大瀧さんが過去に『夢で逢えたら』についてあちこちに書いたものを萩原健太さんが再構成したものなんですね。そこには補足や修正、あるいは削除という作業がいくつもがなされているんですね。昨今メディアを賑わせている「改竄」ではありませんが、かなりの「書き換え」であることは確か。もちろん健太さんは大瀧さんと、特に1997年ごろは親密な交流をされていて、大瀧さんのことも大瀧さんの音楽のことも僕なんかよりは比べ物にならないほど理解されているので決して事実に反することが書かれているわけではありません。でも、いくつかの箇所には明らかに健太さんの言葉が入り込んでいるので、これを一次資料として使うことはできないものになっているんですね。ここまでのものにまとめ上げた健太さんの苦労は大変だったとは思いますが、でも正直、残念。


というわけで僕は(大瀧さん)のライナーノーツを、これは一体どこから取ったものなんだろうとあれこれ調べながら読み進めることになったんですね。

健太さんが下敷きにしたと考えられるライナーノーツは、市販されたものでいえば、まず『夢で逢えたら』の10周年の1987年に出たCD(32DH盤)、それから20周年の1997年に出たCD(SRCL盤)、さらには1995年に出た『EIICHI OHTAKI SONGBOOK 2』。これらはすべて『All About Niagara』の「1973‐1979+α」あるいは「増補改訂版」で読むことができます。と書きつつ、僕は「増補改訂版」を持っていないのだけど。

ちなみに前回紹介した「お願いっ!」で終わっているのは1997年に出たCDのライナーノーツでした。


ただ、今回のライナーノーツの(貼られた写真も含めて)大部分を占めているのはこの3枚のCDのライナーノーツではなく、実はこれなんですね。


この「We Love Celia」というのは、大瀧さんが萩原健太さんの助けを借りながら作ったホームページAmi-go Gara-geに、1997年にシリア・ポールの『夢で逢えたら』が出たときに開設された特設サイトなんですね。でも、僕がパソコンを買って、「We Love Celia」のことを知ったときにはすでに消えてなくなっていました。

でも、その「We Love Celia」、今、別の方が閲覧できるようにしてくれているんですね。ある方から教えていただきました。


さて、そのサイト、見てびっくりでした。量も中身も。消えてはいけないので印刷したら、なんとA4版で40枚余り。

それと見比べながら今回の『夢で逢えたらVOX』のブックレットの(大瀧さん)のライナーノーツをチェックしたら、曲解説のほとんどはこれからとられていることがわかりました。

ただ、言葉足らずと判断した箇所は加筆、逆に不必要と判断した箇所は削除(書かれた当時の時事的なこととか、健太さんの奥さんである能地さんにまつわる話など)。


でも、結論的に言えばこれをそのまま載せるべきでした。このVOXを買うような人はまず間違いなく『All About Niagara』や、過去のCDを持っているはずだから。「We Love Celia」には健太さんも大きく関わっていたわけなので、権利関係も何の問題がなかったはずなのに。

どんなことであれ大切なのはやはり一次資料の形で後世に残すこと。善意であっても書き換えがあれば資料的価値はなくなっていしまいます。


って書いていたら「語り」の話をする時間ができなくなりましたね。その「語り」について書かれていた部分も「We Love Celia」に掲載されていたものでした。その部分、かなり長いですが貼っておきます。ポイントは「何か“継続性“を持たせるのがワタシの流儀」という言葉。


 ここで触れるのは、途中の“語り”についてです。
 “語り”といいますと、最近、還暦記念のCDをリリースされた加山雄三さんが一番印象的ですね。「シアワセだなぁー」というヤツ。
この“語り”に関して、流行歌の歴史を遡って見ると、東海林太郎さんの「明治一代女」(浮いたぁー、浮いたーの浜町河岸に)で当時の人気女優・田中絹代さんがセリフを入れたのがハシリなようです。
 他には、これまた女優の高峰三枝子さんの「湖畔の宿」。
 そう! 加山雄三さん“然り”でね、このセリフ入りというのは《役者さん》というのがキー・ワードなんですよ。
 どうも《歌と語り》というのは、常に対比して語られて来たという歴史もあるようですね。
 世に、「歌は語るように歌え、セリフは歌うように語れ」という誰かの名言もあります。
 で、ですね。
 73年に伊藤銀次とごまのはえ、布谷文夫と男所帯(^_^)のプロデュースを行っていた時、銀次の発案で「セリフ入りの歌を作ろう」ということになりました。(因みに銀次作の「幸せにさよなら」は100%加山雄三サウンドを狙ったもの――実質的にはランチャーズを意識したのですが――でしたから、“語り”がテーマになるのも“むべなるかな”ではあったのです)
 《ナイアガラ語りシリーズ》の第一弾は布谷文夫。「夏バテ」の中で“イヤー、熱いねぇ”とやりました。(^_^)(これは加山雄三タイプではなく、植木さんの「めんどうみたよ」タイプのものです)
 続いて銀次・山下コムビで「遅すぎた別れ」。これはセリフ・フィーチャーのスサマジイものでした。(^_^)
 一応ワタシも(付き合いがいいというか、義理堅いというか)「夜明け前の浜辺」で後追い三味線をしたワケです。(???なんで“三味線”が付くかって? ワカンナイ人は飛ばして読んで下さい)
 しかし“語り”はね、目一杯照れるヨ。歌は一応歌えるけど“セリフ”はダメですね。(これは桃井かおりさんの相手役(^_^)をした時にもそう思った←オイオイ、あれが“相手役”なんていうものかよ、というツッコミ歓迎ヨ)
 私のバヤイ、マジな“曲”は書くけどマジな“詞”は書かない(能力的に“書けない”)というのも同じ。テレが入るんですヨ。
 逆に、歌好きの役者さんが、歌う時に異常に“アガル”人もいますネ。「演技はいいけど、どうも歌は緊張するなぁ」なんて言ってね。
 ここに何か《歌と演技(セリフ)》を解くカギがあるのカモしれない。
 布谷さんの語り、銀次の語り、大滝の語り。三者三様のアジが出ているでショ。
 さて、「夢で逢えたら」にセリフを入れたのは、美奈子嬢の前作「わたし」が“セリフ”から始まった曲であり、(結果)それの続編となったので、何か“継続性“を持たせるのがワタシの流儀ですから、そこで発想されたものです。
 「夢で逢えたら」が美奈子嬢に行き着くまでのストーリーは以前に書きました。“偶然”が大きく作用したもので、更に“セリフ”まであるのですから、歌い手側に更なる拒否反応が全くなかったワケではありません。
 しかし、このセリフの基調となっている(つまり“元ネタ”)のは《都々逸》です。(ナイアガラーの方は、洋モノの、私が以前にどこかで書いたり放送したりして知っているネタの下敷きだけを探すのではなく、自分の国・日本のことも研究して、ナイアガラ・ソングに散りばめられた“日本文化”を探り当てることも、そろそろお始めになられては如何なモノでしょうか(^_^)。後は、分かりやすく作った『ロンバケ』ではなく、分かり難く作った『イーチ・タイム』もそろそろ...。いつまでも幼稚園児を相手にしていたのでは刀が錆びますゼ)
 この都々逸は「ひとり寝るのは 寝るのじゃないヨ 枕抱えて 横に立つ」というものです。(三亀松風に歌って下さい、っても知らないだろうネ。“さんかめまつ”じゃないヨ)
 まあ、このように“オキラク・ソング”なので、あまり堅苦しくロックだのソウルだのと考えず“余興”として歌って頂きたい。こんな気持ちでしたね。(当時は“ファンキー”全盛で、ポップスは“ヤワ”なものと、ミュージシャン仲間では否定的に捉えられていましたから)
 さて、ここからが“本題”です。
 このシリアさんによる“語り”は、全く都々逸のニュアンスは、ありません。
 実は、美奈子嬢に「わたし」の前歴があるように、シリア嬢にもこの“語り”に至る(彼女側の)前歴があるのです。
それが、彼女の所属した《モコ・ビーバー・オリーブ》のデビュー作「忘れたいのに」です。
 この「忘れたいのに」(もちろんセリフはシリアさんです)の途中の“語り”と、この「夢で逢えたら」の語りを繋いで聞くと、あーら不思議、トーンが全く“同じ”です。(「忘れたいのに」は東芝のオムニバスもののCDに入っていると思いますから聞いてみて下さい)
 更に「忘れたいのに」を聞くと、「夢で逢えたら」よりも切々と歌い上げています。聴く人によっては“演技過剰”の印象を受けるかもしれない。
 これには、更に《前歴》に関係したワケがあります。
 実はシリア・ポールさん。DJの前はモデル、その前はナント! 《女優》さんだったのです。
 デビューはナント! 昭和30年!!!(1955年)
 松竹映画『亡命記』(監督・野村芳太郎、主演・岸恵子、佐田啓二)の子役オーディションで合格し、これがスクリーン・デビュー。その後7~8本の映画に出演しています。
 その中にはナント! 伴淳さんと共演の(^_^)『歌う彌次喜多 黄金道中』という“時代劇”もあり、“おきんちゃん”という役で、結構出番が多かったですヨ。《天才子役》(^_^)だったのカモよ、当時。(監督:大曾根辰保 出演:高田浩吉/高峰三枝子/花菱アチャコ/中村メイコ/トニー谷/小坂一也/島倉千代子/堺駿二/横綱・東富士)
 これがネ、現在松竹ビデオから発売されているんですヨ。ストーリーはナントいうことはありませんが、他にミス・ワカサ&島ひろし、蝶々&雄二、こまどり姉妹と、顔ぶれが豪華です。(小坂一也が“いい”ですヨ。「ワゴン・マスター」を歌っています)
 邦画に強いレンタル屋になら、ヒョットして“ある”かも。(これじゃ、アキラさんの映画に出ているのも何らフシギはないですよネ)
 その他の主な出演映画としては――
◦『ここに幸あり』(1955) 監督・番匠義彰 主演・水原真知子
◦『素晴らしき招待』 監督・野村芳太郎 主演:古賀さと子、設楽幸嗣
◦『緑なる人・前後編』(1956) 監督・田畠恒男 主演・水原真知子
◦『続二等兵物語・南方孤島の巻』 監督:福田晴一 出演:伴淳三郎/花菱アチャコ
 『二等兵物語』は松竹ビデオからリリースされていますので、これまた大きなレンタル屋さんにある可能性は高いでしょう。それにしても“南方孤島”ですから、“当然”どんな役柄なのかは分かります。(^_^)
 ニッポン放送の「パンチ・パンチ・パンチ」が始まったのは1967年。(この番組は“ミスDJ”、“おにゃん子クラブ”の元祖のようなものでした)
 つまり、ラジオに登場する前に、10年以上のスクリーンでの経歴を持っていた、と。
 ですから、彼女にとってのこの程度の“セリフ”(演出)は、別段“過剰”ではないワケなんですね。(“元・女優”として(^_^))
 実は、これらの“背景”を、アルバム制作中、ワタシは全く知りませんでした。(更には、シリア嬢も、ナイアガラに関しての知識は殆ど持ち合わせていなかった。それが逆に「やりやすかった」のです。――ま、我々の音楽は、当時の主流からはかなり離れたところにいましたから、そういう意味では知らなくて“当然”でしたが――時々「○○さんの“音楽”でプロデュースして欲しい」なんて最初は言って来て、いざ始まると「アレがイヤだの、コレがイヤだの」とゴタクを並べるケースが業界では“よくある”とのことです。私の場合、「ワタシがナニモノであるかを“全く知らない”」ケースが殆どで、それが返ってこちらの意図がそのまま実現出来てアリガタイのです。また、男女に限らず、“スターさん”ほど「コチラを全く知らない」ですからネ。(^_^)
 正直、プロデューサーとしてはこのセリフ、「もう少し“軽く”言ってくれないかなぁ」とは思っておりましたし、そういう意味の進言もしたのですが、今になって「忘れたいのに」と彼女の前歴を考えると、この《落し所》以外に“無かった”のだな、とつくづく感じます。
 現在、ラッツの諸君によって大ヒットとなったこの楽曲、カバー数は“かなり”のものになっています。“その中で”ということを考えると、「あ、これがシリアさんのバージョンなんだ」と思えるようになりました。(“20年”というのは、いろいろな価値判断が変化する年月でもありますネ。つくづく感じます)
 これは、プロデューサーとしての、回想をもとにした“感想”ですが、更にこれらの背景を全く知らずに“初めて”聞いた人には“どのように”聞こえるのか、興味のあるところです。(背景は背景。聴く人は独自の聞き方。それで結構ですし、それがポップスの“あるべき姿”です。そういう“思い”からも、CD版解説は“あそこ”で止めておきました。え? あれでも“長い”って? あらそうカモね)


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by hinaseno | 2018-03-26 14:09 | ナイアガラ | Comments(4)

 『夢で逢えたらVOX』の大瀧さんによる「Liner Notes」、昨夜ようやく読み終えました。時間をかけたのにはわけがあります。それについてはまた後日。


さて、改めて「香り ’77」について。今回このVOXには「香り ’77」の4つのバージョンが収録されています。「香り '77 (Line Version)」と「香り '77 (Melo Version)」の2つのバージョンそれぞれのステレオとモノ。

1977年6月14日と21日に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集でかかったのは「香り '77 (Line Version)」のモノのバージョンでした。


曲名に( )付きで記された「Line Version」と「Melo Version」。マスターテープにこの言葉が記されているのか、あるいは今回のVOXに収録するために便宜上付けられたものなのかわかりませんが、一応違いを説明しておきます。

「香り ’77」という曲は資生堂の、たぶん香水のCMとして作られているのですが、作・編曲者は樋口康雄とクレジットされていますが、作詞者の名前は書かれていません。以前紹介したネットで確認できた資料によると作詞は「資生堂」となっていました。会社の人(関係者)が何人かで一緒に考えたんでしょうね。

歌詞はこうなっています。


お願い いつもそばにいて
あなたの低い声が好き
わたしの香り伝えたい
お願い いつもそばにいて

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかった「Line Version」は2行目の「あなたの低い声が好き」と4行目の「お願い いつもそばにいて」は語りになっています。「Line」とはセリフ、語りのこと。

これにたいして「Melo Version」はすべての詞にメロディが付いています。「 Melo」とはメロディのことでしょうね。


どちらがいいかといえば断然「語りバージョン」の方。たぶん実際のCMでもそちらが使われたはず。

そういえば僕は『夢で逢えたらVOX』が到着して、「香り ’77」の2つのバージョンを聴いて、とりあえずの推測としてこう書きました。


ひょっとしたら別バージョン(「Melo Version」ですね)が先に録音していたスザーナ・ウォーカーの歌った本来のメロディで、その一部を語りに変えるアドバイスをしたのが大瀧さんだったかもしれません。


この推測。意外に当たっているかもしれません。もちろんこのCMの曲は大瀧さんが書いたものではないし、曲のプロデュースをしていたわけでもないので、あくまでアドバイスという形で。


今回のVOXのブックレットによれば「香り ’77」のプロデューサーはONアソシエイツの大森昭男さんになっていて、関口直人さんはADとして記載されているんですが、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集で関口さんとの驚くような縁を紹介した後、「香り ’77」をかけて、でこう言ってたんですね。

「これはその関口さんがディレクターしまして」と。


『夢で逢えたら』を制作しているときに、関口さんとのいくつもの偶然のつながりを知った大瀧さんは、CMをシリアが歌うことに決まったとき(これはきっと関口さんのアイデアだったはず)、大瀧さんと相談(あるいは雑談)をする中で、あの部分を語りにしてはというアドバイスのようなことをされたのではないかと。


ところで、「語り」といえば「夢で逢えたら」のこの語りの部分がすぐに思い浮かびます。


今も私 枕かかえて 眠っているの
もしも もしも 逢えたなら
その時は力いっぱい
私を抱きしめてね お願い

何事もつながりで考える大瀧さんであれば、この「語り」つながりをCMでやったら面白いと考えたのではないかと。

ちょっと興味深いのは「夢で逢えたら」の語りの最後は「お願い」で終わっていて、「香り '77」は「お願い」という言葉から始まっていて、で、「 (Line Version)」では最後に「お願い いつもそばにいて」という語りで終わっていること。「お願い」がつながっているんですね。


「お願い」がつながっているといえば、今回のVOXのブックレットに掲載された大瀧さんの「Liner Notes」の最後の言葉はこれでした。


「お願いっ!」。

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by hinaseno | 2018-03-25 14:43 | ナイアガラ | Comments(0)

『夢で逢えたら』の話がいつまで続くのかわからないので、ときどきは別の話を。後回しにしているうちに忘れてしまう可能性もあるので。


先日「詩ぃちゃん」を紹介した時に触れた木下杢太郎の「珈琲」という詩のこと。これが収録された本を手に入れようと、最初は現在出ている岩波文庫の『木下杢太郎詩集』にしようかと思ったんですが、大正8年にアララギ発行所から出版された『食後の唄』という詩集の装幀が素敵なことがわかり、それを手に入れようとしたのはいいけれど、値段が高すぎで無理だなと。ところがその復刻版が出ていたことがわかったんですね。ってことでそちらを入手しました。

届いたらとってもかわいらしい本(装幀は小糸源太郎)。先日届いたばかりの塩屋で焼かれた余白珈琲さんの豆を挽いた珈琲を飲みながら毎朝少しずつ読んでいます。いい香り。香り、伝えたいです。

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これが「珈琲」の詩。中も最高です。昔はこんなにも心のこもった本作りがされていたんですね。

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「珈琲」の次には「五月」と題された詩があって、この詩もよかったので貼っておきます。郊外を歩いたときの風景を描いた詩。こういう詩、大好きです。木山捷平にもそういう詩が多いですね。

そういえば「五月」といえば世田谷ピンポンズさんにも「五月」という曲があって、先日のライブでもアンコールで歌われました。五月はピンポンズさんの誕生月ですね。

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by hinaseno | 2018-03-24 09:45 | 文学 | Comments(0)

今聴いているのはこれ。

ずっとリピートして聴いています。

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復刻された「夢で逢えたら」の非売品のシングルのB面に入っている大滝詠一楽団名義による「夢だ逢えたら」。歌の入っていないカラオケですね。1977年5月31日に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の最後にかかったのはやはりこれでした。♬ランラビシュバルビ・ランラビシュバルビ♬のコーラスもちゃんと入っています。


ところで昨日更新されたアゲインの石川茂樹さんのブログによると、3月21日のナイアガラ・デイの日は、アゲインで関口直人さんと石川さんのトークが行われたようです。これ、たぶん告知はされていなかったはずですが、その場にいらしていた方は相当ラッキーだったはず。考えてみたら同じ時刻くらいにそのアゲインの武蔵小山からほど近い荏原中延にある隣町珈琲では平川克美さんと松原圭一郎さんのトークが行われていたわけですから個人的にはすごすぎる状況。それぞれ、どんな話がなされたのか気になりますね。


さて、昨日到着した『夢で逢えたらVOX』ですが、もちろんまだ全部聴くことはできておらず、ブックレットもようやくライナーを読み始めたところ。昨日読んだのは萩原健太さんのライナーノーツ&インタビューと、その次の大瀧さんによるライナーノーツを少し。少しといってもかなりの分量、情報量です。


まずは健太さんのライナーのことから。健太さん、シリアとは昔からの知り合いのようで、今回、このボックスを出すにあたって現在シリアが住んでいるアメリカに行ってインタビューしてきたそうです。インタビュー記事の前にシリアの直筆のサインがあって、そこには11/18/17と書かれているので、おそらくこの11月18日というのがインタビューの日なんでしょうね。シリアの70歳の誕生日である10月23日のほぼひと月後ということになりますが、変わることなく素敵だったようです。


改めて思い起こすと昨年の4月にミシマ社から出版された益田ミリさんの『今日の人生』の最後の最後に収録された「2017年10月23日」の今日の人生のことを考えていたときに、たまたまシリアのことを調べようとウィキペディアを覗いたら彼女の誕生日が1947年10月23日だと知って、これだと思って書いたのがこの6月28日のブログ。で、その日からシリアのことを書き始めたら、数日前の6月25日が『夢で逢えたら』の発売日からちょうど40周年だとわかって、一人で盛り上がってしまっていたんですが、まさかこんな夢のような日がやって来ようとは。

話はそれるけど先月の「今日の人生」の父子の話、よかったな。


それはさておき健太さんのライナーもとてもよかったです。

まず、日本のポップ・ソング、アイドル・ソングの歴史において、1981年に大瀧さんが松田聖子に書いた「風立ちぬ」がどれほどに重要であったかを位置づけした上でこう書いています。


そんな重要な楽曲「風立ちぬ」への大きな布石として絶対に見逃すことができないアルバムが、今、ここにCD4枚組ボックス・セットへとアップグレードされる形でよみがえった名盤、シリア・ポールの『夢で逢えたら』だ。このアルバムの存在がなければ、松田聖子の「風立ちぬ」も、彼女の同名アルバムのアナログA面も、いや、もしかしたらあの『ロンバケ』すら、今あるような形では存在していなかったかもしれない。

健太さんのこの認識については僕も100%同意。だからこそ今回のシリア・ポールのアルバムがこういう形で発売されたことを心から喜んでいるわけです。


さて、その健太さんのライナーの最後に「香り’77」についてのことが触れられていますが、残念ながら詳しい情報は書かれていなかったので、いくつかの推測を次回に書こうと思います。ほんとは関口さんにお訊きしたいこともあるけど。


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by hinaseno | 2018-03-23 13:35 | ナイアガラ | Comments(0)

ようやく『夢で逢えたらVOX』が到着。

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昨年の初夏、全くの夢物語のつもりで、この日のブログから4回に分けて書いたことが実現したわけなので、これ以上の感激はありません。まだ全貌を把握できているわけではありませんが、よくぞここまでのものを出してくれたと関係者の方には心から感謝。


さて、何から聴こうかと考えて、やはり「香り’77」の収録されたCD-4 Raritiesをセット。それを聴きながらブックレットをパラパラとめくりました。見たこともないシリアの素敵な写真がいっぱい。もちろん大瀧さんの写っている貴重な写真も。たまらないですね。

1978年のコロンビア・カレンダーの11月に写っている大瀧さんとシリア・ポールのツーショットの写真にはびっくり。そしてにっこり。大瀧さん、めちゃくちゃ真面目な顔で写っています。

笑ってしまったのはその右下に添えられた試し撮りのポラロイド写真。大瀧さんのそばに立って大瀧さんの方に手を置いている女性はいったいだれ? ナイアガラのスタッフの人でしょうか。試し撮りのポラロイド写真といえば、もう一枚これはだれなんだというのがありますね。


と、にこにこしながらブックレットをめくりながら、何度も耳を留めてしまう驚きの音源がスピーカーから次々と流れてきます。


そして最後、ついに「香り’77」。

僕が聴き慣れたものと違ってとびっきりクリアな音。なんと別バージョンも。


ブックレットを見ると、曲のクレジットが。ADで関口直人さんの名前があるのがうれしいですね。

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ミュージシャンの名前を見るといずれもナイアガラ関係の人ではないので、レコーディングに大瀧さんが関わったわけではなさそうです。ただレコーディングされたSound Cityスタジオでは大瀧さんも『夢で逢えたら』の曲をレコーディングしていたので、「香り’77」を録音していた時に大瀧さんもきっとその場にいたはず。

ひょっとしたら別バージョンが先に録音していたスザーナ・ウォーカーの歌った本来のメロディで、その一部を語りに変えるアドバイスをしたのが大瀧さんだったかもしれません。


ところでこの曲でボサノバタイプの素晴らしいギターを弾いていたのは杉本喜代志さん。ジャズギタリストとして何枚もアルバムを出している人ですね。竹内まりやさんの「五線紙」でもギターを弾いていました。


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by hinaseno | 2018-03-22 14:23 | ナイアガラ | Comments(3)

今日は雨のウェンズデイ


今日は、雨のウェンズデイ。

なんて書き出しで、書いている人が今日は多いんでしょうね。いや、場所によっては雪のウェンズデイのところもあるみたいだけど。


1981年の3月21日に『A LONG VACATION』が発売されたのをかわきりに、翌82年の3月21日に『ナイアガラ・トライアングルVol.2』、そして1984年の3月21日に『EACH TIME』が発売されたことから、いつしか3月21日はナイアガラの記念日になって、ある時期から3月21日には大滝詠一、ナイアガラ関係の作品が発売されるようになりました。

それは大瀧さんが亡くなってからも続いていて、今年は『夢で逢えたらVOX』と『EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3「夢で逢えたら」』。残念ながら今日は届きそうにないので、『A LONG VACATION』のB面を聴き続けています。その1曲目が「雨のウェンズデイ」。松本隆さんが書いた詞ではこのアルバムの中で一番好きです。いや、松本、大瀧コンビの曲のすべての作品の中で一番と言っていいと思います。これほどに風景と心情を重ね合わせた詞はほかにない。


 壊れかけたワーゲンの
 ボンネットに腰かけて
 何か少し喋りなよ
 静かすぎるから

  海が見たいわって言い出したのは君の方さ
  降る雨は菫色 Tシャツも濡れたまま
  wow wow Wednesday

 哀しみにも慣れたね
 いつも隣りにいるから
 君はクスッと笑い顔
 とても綺麗だよ

  さよならの風が君の心に吹き荒れても
  ただぼくは知らん顔続けるさ だって今日は
  wow wow Wednesday

 昔話するなんて
 気の弱い証拠なのさ
 傷つけあう言葉なら
 波より多い

  海が見たいわって言い出したのは君の方さ
  降る雨は菫色 時を止めて抱きあったまま
  wow wow Wednesday

調べてみたら1981年3月21日は土曜日。例によって暇なので1981年以降3月21日が水曜日だった日を調べてみたら今年を含めて6回でした。一応並べてみると1984年、1990年、2001年、2007年、2012年、2018年。そのときどきでいろんな場所に住んでいたけど、この3月21日が雨のウェンズデイだった日は今年が初めてだったような気がします。貴重な1日。


ところで『ロンバケ』以降、大瀧さんのファンになった人であれば、必ずこの「雨のウェンズデイ」的風景を車で探しに行ったはず。僕も海沿いの道を車で走っては、おっ、ここは、て感じの場所を見つけては車を停めていたものでした。もちろんカーステから常備していた「雨のウェンズデイ」を流して。


ふと、松本隆さんはどこの場所をイメージしてこの詞を書いたのかと考えました。想像の風景だったかもしれませんが、もとになった風景はきっとあったはず。

そういえば松本さんの自伝的小説である『微熱少年』(1985年)に、雨のウェンズデイの詞のもとになったような場面が出てきたなと思って、久しぶりに読み返してみたらなんと実在する地名が。

それが出てくる場面を引用しておきます。


 菫色の雨が降っていた。
 霧のように細かい雨粒が、空中を漂いながら肩に舞い降りてきた。雲の切れ間から六月の太陽が顔を出すと、雨粒は水晶の粉をまぶしたようにキラキラと風に踊った。
 浅井にせがんで借りた、スバル360のまるいカーブのついたボンネットは、鏡のように流れる雲を映してた。ドアに寄りかかって、ぼくは海を見ていた。水滴がはりつき、何も見えなくなったサングラスを外して、Tシャツのネックに吊した。
 長者ヶ崎の駐車場には、数台の車がパーキングしていたが、人の影はなかった。

車はワーゲンではなくスバル360ですね。スバル360はフォルクスワーゲンのビートルをもとにして作られているので形はよく似ているけど、「壊れかけたスバルの」ではちょっとイメージが壊れちゃいます。

『微熱少年』ではこのあと「ぼくのTシャツの肩は雨で濡れて黒ずんでいた」という言葉も。まさに「雨のウェンズデイ」の世界がここにあるんですね。


さて舞台となっている長者ヶ崎。知らない地名でしたが、パソコンってパッと調べられて、パッとその場所の風景を見れるから本当に便利。

場所は神奈川県の三浦半島の西側の海岸。三浦半島といえば池澤夏樹の『スティル・ライフ』に出てきた雨崎もありましたね。名前的にはそっちの方が「雨のウェンズデイ」っぽいけど。

とりあえずネット上から長者ヶ崎の駐車場の写真を一枚。ワーゲンが停まっている写真は残念ながら見つかりませんでした。

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この場所、夕日を見るのには絶好の場所みたいですね。天気がいいと富士も見えるようです。


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by hinaseno | 2018-03-21 14:30 | ナイアガラ | Comments(0)

夢でもし逢いたい人に逢うことができたらどんなに素敵だろう。

ただ、残念ながら僕にはそういうのがほとんどない。大瀧さんと逢ったのも一度くらいかな。同じはっぴいえんどの細野さんや松本さんとは何度も夢で逢っているのに。

ふと一番夢で逢いたい人は誰だろうかと考えて、それは現実には逢うことはできない人になりそうなので、そうなるとやっぱり昭和2年に姫路で小学校の教員をしながら『野人』という詩輯を出していた、当時23歳の木山捷平ということになりそうです。


木山捷平といえば、詩ぃちゃんはどういうきっかけで木下杢太郎という詩人に出会ったのかちょっと気になります。ちなみに僕が木下杢太郎という詩人のことを知ったのは『木山さん、捷平さん』や講談社文芸文庫から出ている木山捷平の文庫本の解説を書いている岩阪恵子さんが3年前に出した『わたしの木下杢太郎』を読んでのこと(毎日新聞の書評で川本三郎さんが取り上げていなければ手に取らなかったかも)。その冒頭には「木下杢太郎の名を今日どれだけの人が知っているであろうか」と書かれています。もちろん僕も知りませんでした。

この本をきっかけに木下杢太郎の詩集を、と思いながら、結局いまだに読んでいませんでした。いい機会なので「珈琲」の収録された『食後の唄』を手に入れてみようと思います。


さて、話はころっと変わりますが、いよいよ、いよいよ、いよいよですね。今日くらいには届くのかと思っていたけれど、もしかしたら明日も届かないかもしれない。

何がって、もちろんあれです。あれが出ることを夢見続けてきて、ようやくそれが実現して、手元に届くことになるわけですから興奮しないわけにはいきません。


そういえば今頃になって気づいても仕方ないけど「夢で逢えたら」は春の曲だったんだなと。歌詞に「春風そよそよ右のほほをなで」って出てくることに今さらのように気づきました。

ちょっと確認してみたらシリア・ポールの「夢で逢えたら」のシングルが発売されたのは1977年の6月1日ですが、オリジナルの吉田美奈子の「夢で逢えたら」が発売されたのは1976年の3月25日。ちょうど今ごろの季節を想定して詞が書かれていたんですね。詩を書いていたのはもちろん大瀧さん。

ところで『夢で逢えたらVOX』と同時に発売されるのが『EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3「夢で逢えたら」』。

こちらの話は今まで書かなかったですね。買おうかどうしようか悩んでいたけど、まあやっぱり注文しました。

『EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3「夢で逢えたら」』は「夢で逢えたら」のオリジナル及びカヴァー作品を全部収めたもの。どれだけの曲数になるのかわからない状態がずっと続いていましたが、最終的に4枚組86曲となったようです。コアなナイアガラーによると(アゲインの石川さん情報)、収録されないカバーはまだまだあるそうです。すごすぎますね。

カバーを聴くのはきらいではないけれど、延々86曲の「夢で逢えたら」を聴き続けるというのも想像しただけですごい。『夢で逢えたらVOX』がひと段落してから聴くことになるでしょうか。


ところで最後の最後に収録されることになったいきものがかりの吉岡聖恵さんのカバーはこのアルバムのためにシリア・ポール・バージョンのカラオケを使って録音されたようですね。

それを視聴したら、ちょっと気になることが。


シリア・ポール・バージョンの「夢で逢えたら」のカラオケといえば4年前に出た『Best Always』に収録されているんですが、このバージョン、シンガーズ・スリー(伊集加代子・和田夏代子・鈴木宏子)の♬ランラビシュバルビ・ランラビシュバルビ♬というコーラスが省かれているんですね。

実はシリア・ポールさんの「夢で逢えたら」が発売される前日に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」で♬ランラビシュバルビ・ランラビシュバルビ♬のコーラスの入ったカラオケがかかっているんですが、もしかしたらそれはDJ Copyとして作られた非売品のシングルのB面に収録されたものなのかもしれません。

今回、『夢で逢えたらVOX』にはそのDJ Copyの音源も収録されることになっているんですが、ただしそれはMONO。「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかったのもMONO。

ところが吉岡聖恵さんが歌ったものは間違いなくステレオで♬ランラビシュバルビ・ランラビシュバルビ♬のコーラスの入っているんですね。コーラスが入ったステレオのカラオケ、存在するんでしょうか。そしてそれはVOXに収録されるのか、気になるところです。


夢で逢えたらといえば、今日は平川克美さんと松村圭一郎さんのトークイベントが東京で行われます。このお二人が対談されることもずっと願い続けていたことでした。本当は飛んで行きたかったんだけど。

それから今日20日は、やはり明日届くはずの余白珈琲さんの豆が焼かれるはずの日ですね。大好きな海街である塩屋の風をあつめて焼かれた豆がどんな味をしているのか。これも楽しみすぎますね。


さて、今夜は夢で誰かに逢えるでしょうか。

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by hinaseno | 2018-03-20 13:41 | 雑記 | Comments(0)