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by hinaseno
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三寒四温という感じで、だんだんと暖かい日が増えてきました。で、暖かい日が増えてくると、しばらく聴いていなかったさわやかな音楽を聴きたくなってきます。何年か前に作ったさわやかサウンドの曲を集めたCDも調べたら2月に作っていました。2015年2月25日のブログにそのCDのことを書いています。前日、つまり2月24日に作ったと。ちょうど3年前の今日。


今年も数日前にそのCDにも収められている曲が唐突に僕の心の中に舞い降りてきたんですね。スパンキー&アワ・ギャングの「Like To Get To Know You」。




この曲と出会ったときの話はすでに書いてますね。1989年の新春放談で初めて聴いて、それから間もなく神戸の三宮近くにあったCDショップでこの曲の収録されたCDを手に入れました。

ただ、それ以降、いわゆるソフト・ロックというのがブームになっていろんなものを聴いているうちにやや忘れかけた存在になっていたんですが、あることがきっかけでこの曲の素晴らしさに改めて知り、今では死ぬほど好きな曲の一つになっています。


きっかけは、やはり「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でした。4年前の3月の初めに1976年2月10日に放送された「御葉書」特集を聴きながら姫路駅の南のあたり(南畝町です)を散歩していたらこの曲がかかったんですね。

この特集を聴いたのはその時が初めて。御葉書の特集となっていますが、かかった曲はどれもさわやかサウンドの曲ばかり。やっぱり大瀧さんも2月になって少し暖かくなってきた頃にこんな曲を聴きたくなるみたいです。


ところで不思議なもので「Like To Get To Know You」が流れ始めたときに歩いていた場所をいまだに覚えているんですね。ときどきありますね。曲を聴いた場所を鮮明に覚えているということが。

今、ちょっと調べたら、あの「南畝町288」からほんの200mほど離れたあたり。本当によく歩いたな、あのあたり。

せっかくなのでGoogleマップのストリートビューを使ってヴァーチャルウォークしました。

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赤い矢印が歩いていたところ。右上の水色の丸したところが「南畝町288」。姫路に縁のない人にとっては(縁のある人でも)なんのこっちゃですね。


で、久しぶりに昨日1976年2月10日放送の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴きました。すると面白いことに太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の話が出てきてたんですね。「木綿のハンカチーフ」のことをいろいろ書いていたときに、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のどこかで「木綿のハンカチーフ」の話が出てたはずだったなあと思っていたんですが、この回だったんですね。

葉書を書いてきたリスナーはおそらくはっぴいえんどのファン。「木綿のハンカチーフ」は前年1975年の暮れに発売されているので、発売されて間もない時期に大瀧さんの番組に葉書を書いたようです。こんな葉書。


松本さん作詞の「木綿のハンカチーフ」を1位にする会を作って、『歌謡なんとか』の番組に必死になってリクエストしているのです。今度の歌は詞の中に松本さんの顔がちらついてちょっといいんじゃないかな。

で、大瀧さんの言葉。


いいですね。今度の太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、僕も非常に好きでね。♫君のはららほにゃらは~♫ってのがいいですね~。あ~、ぎゃんぎゃんリクエストしてください。

面白いのはこのとき大瀧さんが「木綿のハンカチーフ」の一節を♫君のはららほにゃらは~♫って歌ってるんですが、まだそれほど聴いていなかったのかメロディもうろ覚え、歌詞もはっきりしなくてどこを歌っているのかわからないんですね。


このリスナーが葉書を書いた時には「木綿のハンカチーフ」はまだ知る人ぞ知る曲という感じだったようです。こうしたリスナーが歌謡番組に何枚もリクエスト葉書を送り続けた結果、曲が多くの人の耳に届いて大ヒットにつながったんでしょうね。


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by hinaseno | 2018-02-24 15:23 | 音楽 | Comments(0)

尾道のことを書きながら、尾道と同じくらいに大好きな海街のことを考えていました。


牛窓、そして塩屋。


牛窓といえば、僕が2年前の春に何十年ぶりかで尾道を訪れてみようと思ったきっかけはミルクという名の白い猫に会うためでした。正しくいえば牛窓を舞台にした想田和弘監督の映画『牡蠣工場』を尾道の映画館で観るという目的。『牡蠣工場』の主人公(?)が「ミルク」だったんですね。

想田さんが牛窓を撮っていたことはリアルタイムで知っていたので、それが作品となって公開されるのを心待ちにしていたんですが、ところがいろんな事情から岡山での上映が先延ばしになっていたんですね。これ以上待てないってことで、土曜日に観に行ったら上映は前日の金曜日が最終日だったと。


その『牡蠣工場』が公開される前、ミシマ社から出版された想田さんの『観察する男』を読んでいたら興味深いことが書かれていたんですね。牛窓で撮影したものがあまりにも多くて、とても一つの作品には収まりそうもないので、『牡蠣工場』とは別にもう一つ作品が作れると。

その「もう一つの作品」(正直に言えばそちらの方を)を『牡蠣工場』を観る前から待ち望んでいたんですが、それがようやく完成したんですね。タイトルは『港町』。


こちらはその『港町』の公式サイト。予告編の映像を観ても僕のよく知っている風景ばかり。このシーンに映っている猫は、昨年の6月にようやく出会うことができた「ミルク」ですね。

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それから一瞬映るこのシーン。

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『東京物語』の福善寺で撮られたこのシーンとそっくり(この墓を見つけるのは大変でした)。

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このサイト、下の方に並んでいるコメントを見たら平川克美さんと内田樹先生の名が。これもうれしいですね。お二人らしい語り口でたまらないです。

一応それぞれのコメントを。まずは平川さん。


ここでは、ひとは海からの贈与で生活し、猫は人からの贈与で生きている。過疎と老いが忍び寄る港町で、ひとびとは黙々と働き、墓参し、ときに笑う。水上で、路上で、山間で、彼らが語り始めたとき、わたしは、人生の深淵を覗きこんでいるような気持ちになった。

それから内田先生のコメント。


出て来る人たちはみんなカメラに向かってよく話す。多くが笑顔で、同意を求めて、感情をこめて話す。無言の時さえ表情は饒舌だ。でも、その笑顔の下にはどこかしら「私の思いが伝わるはずがない」という絶望に似たものが感じられる。私自身でさえ自分が何を考えているのかわからないのに、あなたにわかるはずがない。人間はみなその孤独に耐えて生きているのだとあらためて知らされた。

この映画、岡山でも上映が決まっているみたいですが、前回のリベンジというわけではなけれど尾道の映画館で観てみたいと思っています。


さて、塩屋のこと。僕の住んでいるところからは尾道とほぼ同じくらいで、真反対の方角にある海街です。

余白珈琲さん、塩屋に住む場所が見つかって、来月引越しをすることが決まったんですね。懸案だった煙問題も一石二鳥というような感じで解決できたみたいです。いや、彼らに「一石二鳥」って言葉はふさわしくないか。たまたま縁があった、というか縁の尻尾をつかんだだけという感じです。

場所はかなり急な坂を上ったところにあるようです。彼らが落ち着いた頃に訪ねることができたらと思っています。ちなみに焙煎の部屋からは海が見えるとのこと。いいですねえ。潜水艦の暖簾と合いそうです。


ところで僕は余白珈琲さんから毎月20日に焙煎した珈琲豆を送って(贈って)もらっているんですが、一昨日届いた豆の焙煎日である2月20日は彼らが引っ越すことになった家が建てられた日だそうです。いや、これも縁ですね。

ちなみに建てられたのは1969年。

1969年の2月というと、はっぴいえんどの人たち、とりわけ大瀧さんと細野さんが不思議な縁でつながり始めた頃。面白いものですね。


そういえば次回珈琲豆が送られてくるのは3月21日ということになりそうですが、その日はもちろんナイアガラ・デイ。

僕はたぶん前日に届くかもしれないシリア・ポールの『夢で逢えたらVOX』の、とりわけ「香り’77」をなんどもリピートしているだろうと思います。


「香り」といえば、一昨日、余白珈琲さんの包みを届けてくれた郵便配達の人が「コーヒー豆のいい匂いがしますね」と言ってくれたんですね。マスクをしていたのにもかかわらず、いい香りが届いたんですね。

「とても美味しいんですよ。よかったら注文してみてください」と言ったらにっこり。ちょっとだけ楕円が膨らんだ感じがしました。


楕円といえば、平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』の重版が決まったそうです。おめでとうございます。でも、もっともっといろんな人に届いてほしいです。

その平川さんの本の発売記念イベントが2月26日にアゲインで行われるんですね。行きたいなあ、と思っていたらなんと、翌月の20日と21日に平川さんと松村圭一郎さんのトークイベントの告知が。

隣町珈琲で対談が行われるのはナイアガラ・デイの3月21日。これ、たまたまなんでしょうか。ああ、行きたい。


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by hinaseno | 2018-02-23 14:57 | 雑記 | Comments(0)

浄土寺の手前の信号を右折して国道を東に進むトラックを手を振りながら追いかける一美。でも、どうも風景が違う。どうやらこのシーンは違う道路で撮影されていることがわかりました。

どこかということですが、手がかりはたくさんありました。それは道路沿いに立ち並ぶビルや電柱に取り付けられた看板。現在も残っているものが多いんですね。わかりやすいものでいえば仁井時計店。あるいは大村石材店。そう、そこは市役所のある通り。

地図で確認するとこうなります。

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青い線がトラックの走った方向。で、赤い線がトラックを追いかけて一美の走った道。なんと実際には出発した一夫の家に戻っている形になっているんですね。この道には『東京物語』の撮影の時に小津や俳優たちが泊まった竹村家(竹村旅館)もあります。

ちなみにその竹野屋で撮影された『東京物語』のこのカット。


東山千栄子の葬儀の後にみんなが集まって食事をする場所ということになっています。実際の食事のシーンはもちろんセット。『転校生』の冒頭、一夫の家から見える海の風景が見えるシーンが出てきます。

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この窓の外に見える風景は『東京物語』の竹村屋からの風景と似てるんですね。

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ということなので最初は一夫の家は竹村屋なのかと思っていました。


さて、改めて一美が走っているこの場面を。

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彼女が走っていているのは市役所が入っている市民会館の前の道。映画を撮影した時にはこの市民会館のビルを建設中だったようですね。

この場所、例によってストリートビューで確認してみます。

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実は世田谷ピンポンズさんのライブの日の夕方、僕はここの場所の写真を撮っていました。

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なぜかといえば、ここはまさに『東京物語』の冒頭のこのシーンが撮られた場所だとわかったから。大林さんはまさにこのシーンが撮られた場所から一美を走らせたんですね。

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前にも書いたように『転校生』の冒頭で、『東京物語』のラストシーンの汽車が走り去って行くのを撮ったのとほぼ同じアングルで電車がやってくるシーンを撮っているんですが、『転校生』のラストでは逆に『東京物語』の冒頭の子供たちが学校に通うシーンを撮った同じ場所で一美がトラックを追いかけるシーンを撮っていたんですね。まさにシンメトリックな構造になっていたわけです。


ところで、この市役所前の道を走るシーンをDVDでコマ送りしながら、ストリートビューの現在の風景と見比べていたんですが、そこで驚くようなものを発見したんですね。

それは一美が走るのをやめる寸前にとらえられたトラックが走っていくシーン。最後の最後ですね。

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このときトラックの向こうの右手に見えている瓦屋根の大きな家が竹村家。左の電柱には「竹村屋」と書かれた看板も見えます。

驚いたのは右のトラックの停まっている建物に取り付けられた看板の文字。


「栗吉木材店」!


栗吉木材店というのは『東京物語』の冒頭の、小学生たちが登校するシーンで見えていた看板に書かれていた会社と同じ名前(『東京物語』のほうでは「栗吉材木店」となっています。どうやら『東京物語』で唯一といってもいい本物の看板が映っている「栗吉材木店」は竹野屋の近くに移転していたようです(現在は栗吉木材店はありません)。

それにしても、これが『転校生』の最後の最後に映されいるというのは偶然にしてはできすぎていますね。


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by hinaseno | 2018-02-20 15:11 | 映画 | Comments(0)

映画後半、再び御袖天満宮を訪れた一夫と一美はもう一度いっしょに階段を転げ落ちてもとの体に戻ります。ここから感動的な場面が続くんですね。何回見ても泣けます。

これは一夫の家族がトラックで横浜に引っ越す場面。

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それまでのいくつかのシーンで一夫の家が海沿いにあることはわかっていたんですが、このシーンでようやく場所を特定することができました。浄土寺の真下。浄土寺の門のすぐそばから撮影してるんですね。浄土寺に行けば見慣れた風景。


ところで一夫の家で興味深いのは玄関のすぐそばの壁に貼られてたポスター。

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なんとジョン・ウェイン主演の西部劇『駅馬車』。監督はもちろんジョン・フォード。西部劇好きにとってはにっこり。

ただ、これはもちろん映画のために取り付けたもの。ポスターの上には「上映中」との文字がありますが『駅馬車』の日本公開は1940年(昭和15年)。リバイバル上映ってことになるんでしょうね。


さて、浄土寺といえば『東京物語』のいくつものシーンが撮られた場所ですが、『転校生』では主人公の家を浄土寺の真下に設定したにもかかわらず、お寺が映ることは一度もありません。多宝塔くらいちらっと映ってもいいのに。でも、おそらく”あえて”入れないようにしたんでしょうね。

でも、映画を見終えてから、ふとあることに気がつきました。気づいたことに我ながら感心。


これは何度も紹介している『東京物語』の浄土寺のシーン。

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上に貼った引越しのシーンとは浄土寺の境内の内側と外側ということもあってか風景的には一見なんのつながりもなさそうに見えます。

でも、この2つの風景、かなり近い場所からほぼ同じ方向をとらえていたんですね。

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この写真の水色の丸で示したのが『東京物語』のカメラが置かれていたあたり。矢印が上のシーンを撮影した方向。

それから赤色の丸で示したのが『転校生』の引越しのシーンを写した場所。矢印は撮影した方向。


カメラが置かれていた位置は距離にして20mちょっと。写した方向もほぼ同じだったんですね。

これはきっと大林さんなりの『東京物語』、あるいは小津への敬意の形なんでしょうね。あるいは畏敬の念と言ってもいいかもしれません。


さて、このあと引越しのトラックは線路沿いの国道を曲がって東に進みます。

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そして一美は「さよなら、わたし」と叫びながらトラックを追いかけます。



でも彼女が走った道は、浄土寺前の国道ではなかったんですね。なんと走っていたのは『東京物語』でロケされた道でした。

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by hinaseno | 2018-02-19 12:41 | 映画 | Comments(0)

映画の後半、男の子になった一美は家出を決意。女の子になった一夫は彼女(彼?)を追いかけます。二人が向かうのは船着場。

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ここからは、おっ!おっ!おっ!の連続でした。

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二人が船で行ったのは瀬戸田(生口島)。

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そういえば『東京物語』でも東山千栄子の葬儀の後、海の見える料亭で久しぶりに集まった家族で食事をしていたときに、確か生口島に行った思い出話をしていたなと。


生口島から戻ってきた二人は再び船着場を歩きます。そして、このシーン。

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これぞまさに『東京物語』のこのカットと同じ場所。

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と思ったら違ってたんですね、船着場の場所が。

背景が少し違っていたのもありますが、おやっと思ったのは一番上に貼った写真。もし中央桟橋であれば桟橋の手前の右側に『東京物語』で一番最初に映るこの住吉神社の大灯籠(右手に見えるのが中央桟橋)が見えないとおかしいんですね。

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いろんな角度から見える背景の山や島も中央桟橋から見たものとはちがう。

で、調べてみたら『転校生』で二人が船に乗った船着場は中央桟橋ではなく尾道駅の真正面にある駅前桟橋でした。


実は今の駅前桟橋はかなりしゃれた感じになっているんですが、ちょっと古い写真を探してみたら駅前桟橋は中央桟橋とほぼ同じ造りをしていたことがわかりました。桟橋部分だけを見たら区別がつかないですね。

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まあ、結局勘違いではありましたが、でも二人が桟橋を歩くシーンを撮るときに大林さんが『東京物語』のあのカットを意識しなかったはずがありません(大林さんは中央桟橋と駅前桟橋の区別がついていたのかな)。


勘違いといえば、『東京物語』で家族が船で行ったというのは生口島ではなくそのとなりの大三島。瀬戸田へ行ったのは『東京物語』には出ていなかったけど、小津の映画にいくつも出ている佐田啓二と岡田茉莉子が主演した『集金旅行』(原作は井伏鱒二)のほうでした。


あわてて書かなくてよかった。


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by hinaseno | 2018-02-18 15:43 | 映画 | Comments(0)

大林さんが『転校生』を撮るときに、小津の『東京物語』をどれだけ意識していたかという問いはたぶん無意味。尾道で映画を撮る人間が『東京物語』を意識しないはずがないですね。

『転校生』でも明らかに『東京物語』を意識したシーンもあれば、たまたまかなというものもあったり。大瀧さんが音楽制作でやっているように誰か気づける人がいるかなと思ってそっと取り入れているのもあるのかもしれません。とりあえず発見できた限りのものを紹介しておきます。

まずは冒頭の8ミリでとらえられたこのカット。線路脇から電車がやってくるのをとらえています。

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『東京物語』を見慣れた人間にとっては、いきなり、おっとなります。『東京物語』のラストシーンで尾道から東京に戻る原節子を乗せた汽車が尾道を離れていくこのシーンと対照になってるんですね。大瀧さんに言わせればシンメトリック。背後に映ってる山は同じです。

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ウィキペディアによると『転校生』のあのシーンを撮ったのは大林さんではなく当時17歳だった娘さんの千茱萸さんとのこと。彼女にフィルムを渡して「尾道の風景を撮って来て」と撮影に行かせたものだそうです。彼女が撮ったたくさんの尾道の風景の中から大林さんがこれはと思うものを選んだはずで、電車がやってくるシーンを選んだときには『東京物語』のラストシーンのことを考えないはずはなかっただろうと思います。


映画を観ていて一番驚いたのは、一美の祖母の法事が行われたこのお寺が映ったとき。

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なんと場所があの福善寺。

そう、『東京物語』で東山千栄子の葬儀が行われたのと同じ寺。一美の祖母の墓もこのお寺の背後の墓地にあるんですね。「とみ」と、そして「しょうじ」の墓の近くに眠らせていたとは。

ちなみに『転校生』の一美の祖母の墓は本堂のすぐ側の場所。

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『東京物語』に映るこのカットの赤丸をしたあたりに一美の祖母の墓があることになっています。

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これは『東京物語』の別のカット。このカットの手前に映っている墓の近くということになります。

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これは世田谷ピンポンズさんのライブの日に撮った写真。左端に『東京物語』に映っている墓が並んでいます。で、一美の祖母の墓は赤の矢印をしたあたり。

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通りが一つ違っていますが、撮影したカメラマンが立った位置はたぶん墓一つ挟んでいるくらいの場所。もしかしたら同じ場所なのかもしれない。

大林さんはきっと小津がこのあたりでロケをしていたのを見てたんでしょうね。


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by hinaseno | 2018-02-17 12:53 | 映画 | Comments(0)

小津安二郎の『東京物語』が公開されたのは1953年(昭和28年)11月。そして大林宣彦の『転校生』が公開されたのは1982年(昭和57年)4月。

『転校生』が公開された1982年の4月といえば、まさにこの頃にレンタル・レコード屋ができ始めて、その店の1つで「大滝詠一」と書かれた仕切りの札を見つけて、出たばかりの『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』を借りた頃。で、おそらく5月のゴールデンウィークくらいに大学のゼミの旅行で尾道に行ったんですね。きっかけはたぶん『転校生』だったはず。僕は映画を観てなかったけど尾道に行ったかなりの人が映画を観ていたようで、街を歩きながら「この坂は『転校生』に映っていた場所だ」とか話しているのを聞いていました(今から考えるとちょっとあやしいけど)。

ちなみに僕が尾道に行ったのはそのときがたぶん2度目。その2年前くらいに友人2人と尾道の”塔”めぐりをしていました。浄土寺、西国寺、天寧寺。

『転校生』はテレビで放送されたのを観たけど、ふ~んっという感じ。天寧寺の三重塔は映ったけど一番好きな浄土寺の多宝塔が映らなかったことに不満を持ったような気がします。『東京物語』を初めて観たときには、なにはともあれ浄土寺の多宝塔が映ったことに興奮しました。


ところで前回紹介した『大林宣彦のa movie book尾道』(2001年発行)、図書館で借りてきましたが、期待していたほどのことは書かれていませんでした。とりわけ気になっているのはあの男の子と女の子が入れ替わるシーンが撮られた御袖天満宮のこと。

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大林さんが『転校生』の最も重要なシーンの撮影場所として御袖天満宮を選んだ理由が一番知りたいことなんですが、残念ながらこの本で確認することはできませんでした。何かで語られているんでしょうか。

結局この本で大林さんが『東京物語』について語っていたのは1つだけでした。大林宣彦公認ファンクラブであるOBsクラブの質問に答えたもの。こんな質問です。


昭和二十八年八月にあの小津安二郎が『東京物語』を尾道で撮影していたとき、監督は何をしていましたか? もしかして撮影現場を見ていたのでしょうか? また監督は小津映画に関してどういう意見を持っておられますか?

これに対する大林さんの答え。


『東京物語』の撮影現場にいました。小津安二郎監督とその映画とは、ぼくにとって最も尊敬する映画作家であり、映画のひとつです。『東京物語』が尾道で撮影されたことは、ぼくの古里自慢、映画人としての大いなる誇りです。

小津安二郎が『東京物語』を撮影したとき大林さんは15歳。たぶん高1のはず。映画好きだった大林少年であれば小津が尾道でロケした8月14日から19日の6日間、夏休みということもあって、きっとロケの様子をずっと見て回っていたんじゃないかと思います。


気になるのはそのふた月前の6月に小津たちがロケハンに来たときに大林さんはどうしていたかということ。もっといえば結局は映画では使わなかったけれど、6月30日に小津たちが御袖天満宮でロケハンをしていたことを大林さんは知っていたのかなと。

改めて考えてみれば、『東京人』の1997年9月号に掲載された1953年6月から7月にかけての厚田さんの「撮影日程表」の6月30日のところに記載された「天満宮」がいったいどこにあるんだろうと調べていて、その前後にかなり乱雑な字で書かれている「練瓦坂」「福善寺」という言葉を手がかりに御袖天満宮をつきとめたら、そこがまさに『転校生』のあのシーンが撮られた場所だと知ってびっくりしたわけですね。

この日のブログで書いているように、小津はこのシーンを撮影する場所の候補の一つとしてこの御袖天満宮をおそらく地元の人の案内で訪れたはず。

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でも、結局、御袖天満宮ではなく浄土寺の境内を使ったわけですが、小津が『東京物語』のあの神々しいラストシーンを撮影する候補として考えたはずの御袖天満宮の境内で、大林さんは『転校生』のラストシーンで女の子の体になってしまった男の子に立小便をさせているのがなんとも笑ってしまいました。


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by hinaseno | 2018-02-16 15:06 | 映画 | Comments(0)

2016年9月10日に尾道に行って、『東京物語』の「とみ」(東山千栄子)の葬儀の行われた寺、つまり物語的には「とみ」と、原節子の夫である「しょうじ」が眠ることになったはずの墓がある福善寺を見つけた後で、僕は世田谷ピンポンズさんのライブを弐拾dBで見たわけですが、そこでピンポンズさんが披露してくれたのが「さびしんぼう」という曲でした。何か尾道に関係のあるという曲で、昔、尾道を舞台にした大林宣彦監督の映画『さびしんぼう』にインスパイアされて作ったということでした。


『さびしんぼう』は『転校生』、『時をかける少女』とともに尾道三部作と呼ばれているものの一つですが、実はこんな作品があったこと知らなかったんですね。この中で見たことがあるのは『転校生』だけ。それも遠い昔のこと。『時をかける少女』はユーミンが作った主題歌だけはよく聴きました。


ピンポンズさんの曲を聴いて以来、一度きちんとこの尾道三部作を観ておきたいと思いながら、なかなか機会がないまま時が過ぎ、すっかり忘れかけていた頃、日本映画専門チャンネルで放送されたんですね。

『さびしんぼう』もとてもいい映画でしたが、何よりも驚かされたのは尾道三部作の第1作である『転校生』でした。

何が驚いたかといえば、映画の中にいっぱい『東京物語』の風景が登場したこと。「おおっ」から「おおおおおおおおおおっ」まで、驚きの連続。

このブログでも紹介したように『東京物語』の尾道のロケ地(結果的には映画に使われなかった場所も含めて)をかなり細かく調べ上げていたので、普通であれば気づかないことまで気づくことができました。

『東京物語』や『転校生』については素人も含めてくまなくロケ地を調べ上げられているとは思いつつ、例の大滝詠一的手法を使ったら、びっくりするようなものを発見することができました。きっと誰も気づいてないはずのこと。


それにしても大林さん、小津の『東京物語』をどこまで意識して映画を作られたんだろう。「たまたま」というのもあるのかもしれないけど(『大林宣彦のa movie book尾道』という本に『東京物語』に触れた部分があるようですが、まだ入手できていません)、偶然にしてはできすぎているところも。

ってことで、今日はあくまで予告編ということで話は次回から。

それはさておき『転校生』っていい映画ですね。ラストシーンは何度見ても泣けます。

そう、そのラストシーンを静止画像にして辿っていた時に「おおおおおおおおおおっ」ていうのを発見したんです。


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by hinaseno | 2018-02-13 16:18 | 映画 | Comments(0)

もうひと月近く前になりますが、東京のペットサウンズから注文していた1枚のCDが届きました。レターパックや中に書かれた手書きの字を見てにっこり。これは♪ミソラ♪ちゃんの字に違いないと。

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尾道つながりということで、ひと月ほど前に書こうとして予告までしていたのに先延ばしになっていた話を書くことにします。なんで尾道つながりなのに東京のペットサウンズから届いたものと関係があるのかってことですが。


2年前、尾道に行って弐拾dBさんで世田谷ピンポンズさんのライブを見た日と同じ2016年9月10日に、東京のアゲインであるイベントが行われていたんですね。それは大好きなマイクロスターのトークイベント。新作『She Got The Blues』についての話でした。司会はペットサウンズの森陽馬さん。

このときほど体が2つあればと思ったことはなく、ピンポンズさんの素敵なライブを堪能しながらも、心のどこかで東京の空の下のことを考えていました。そう、その日、僕の魂は尾道とアゲインを焦点とした楕円の中をぐるぐると飛び回っていたわけです。


数日後、ありがたいことにアゲインの石川さんからそのイベントを録画したものを送っていただいたんですね。

曲ごとに、曲にまつわるエピソードや下敷きにした曲が紹介される中、一番驚いたのが『She Got The Blues』の中でもとりわけ好きな「My Baby」に関する話でした。


僕はこの曲のサビの部分の下敷きにしたのはロジャー・ニコルスが作曲した「The Drifter」(パイザノ&ラフのバージョン)に違いないと思っていたのですが、マイクロスターの佐藤さんから驚きのエピソードが紹介されたんですね。この時の話はこの日のブログで書いているので詳しくは繰り返しませんが、ポイントは、そう♪ミソラ♪の話。


マイクロスターご夫妻の最初のお子さん(女の子)が生まれたのが2003年。いくつかの名前を考えていたときに有力な候補となったのが「みそら」。で、佐藤さんはあることを思いついたんですね。「みそら」なら「ミ・ソ・ラ」で曲ができるなと。そうやって作られたのが「My Baby」のあのサビの部分でした。でも、結局娘さんの名前は別の名前にされたそうですが。


さて、話は先月の中頃のこと。マイクロスターの飯泉裕子さんが、武蔵小山のペットサウンズで娘さんが店員をするというツイートをされているのを発見。そう、中学生対象の職場体験。年齢的なことを考えるとこれは絶対に♪ミソラ♪ちゃんにちがいないと。


ということで速攻でペットサウンズにCDを注文。届けられたのが上の写真のものでした。

本当だったらレターパックの入れ物とかはすぐに捨てちゃうんですが、これは大切にとっておきます。いい記念になりました。

この場を借りて、♪ミソラ♪ちゃん、どうもありがとう。そしていろんなこと、がんばってね。


そういえば『She Got The Blues』のLPは昨年出たけど、シングル・ボックス(個人的にはこっちを強く希望しているので)はまだでしょうか。気長に待っています。


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by hinaseno | 2018-02-11 14:15 | 音楽 | Comments(0)

一杯の珈琲の物語@尾道


前々回、時宗の話になったので、時宗つながりで。

時宗といえば、この常称寺という寺。

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場所は尾道。この寺の写真、以前貼っていたような気がしたんですが、調べたら貼っていなかったですね。


ここを訪れたのは2年前の2016年9月10日。

その日、僕は日が暮れるまで『東京物語』のロケ地(探していたのは「とみ」と「しょうじ」の墓でした)を歩いて、で、夕方から始める世田谷ピンポンズさんのライブが始まるまでどこかで時間潰しをしようとライブ会場である弐拾dBという古本屋さんの近くをぶらぶらしていたらいい感じの寺が見つかったので、そこで腹ごしらえをすることにしたんですね。小さな境内の観音堂の廊下に座っておにぎりを食べながら本堂を眺めていたら「時宗」というのが目に入ったわけです。

あっ、時宗だと。


一遍、時宗、踊念仏好きで、お寺巡りをするのも好きだったんですが、時宗の寺を訪れたのはたぶん初めて。しかも例によって”たまたま”。

家に戻って調べたら尾道には時宗の寺がたくさんあることがわかって、なかでも『東京物語』の中で香川京子さんが歩くシーンとして使われた場所のすぐそばに西郷寺というあまりにも素晴らしい時宗の寺があることがわかって、どうしても見たくなってひと月後に訪ねたんですね。その時のことはこの日のブログに書いています。あいかわらず「縁」って言葉を使っています。

僕にとってはいろいろと縁がありすぎる大好きな海街、尾道で、「無縁」の原理を身につけている時宗の寺に出会ったというのもなんとも楕円的というか楕縁的な話。


楕縁的な話といえば、余白珈琲さんたちは備前の福岡にある長船駅で別れた2日後、旅の最後に尾道に立ち寄ったようです。そのときのことが少しInstagramに書かれていましたが、これがとびっきり素敵な話だったんですね。


もともと余白珈琲さんたち2人は岡山で一泊、今治で一泊して大阪に戻る予定だったらしいんですが、ふと思いついて予定を変更して尾道に一泊することにしたようです。もしかしたら立ち寄るかもしれませんとは言っていたけど。

そう、彼らは尾道の弐拾dBに行ったんですね。ただその日は平日。弐拾dBさんの平日の営業時間は深夜の23:00から27:00。ということで余白珈琲さんたちが弐拾dBに行ったのは深夜。

確かその日はすごい寒波が日本を襲ってきていて、元病院をそのまま使っている弐拾dBさんは普通でも冬は寒そうだけど、その日はとんでもなく寒かったはず。でも、だからこその暖かい物語というのが生まれたようです。


店内にいたのは弐拾dBの店長さんと余白珈琲さん2人とたぶん数人の客。みんなでストーブを囲んで小さな声で話をする。それぞれの現在のこと、将来のこと。もしかしたら世田谷ピンポンズさんの話も出たのかもしれません。

ふと、大石くんはカバンの中にほんの少しだけ珈琲豆が残っていることを思い出します。たぶん旅に出る前にはきっとカバン一杯に珈琲豆を入れていたはずですが、あちこちでいろんな形で”贈与”したり(僕もいただきました)、ときには自分たちで飲んでいるうちにほとんどなくなってしまったんですね。でも、ちょうど一杯分だけ残っていた。残していたのか、たまたま残っていたのかはわからないけど。

その一杯分の珈琲豆を挽いて、ストーブの上のやかんの湯を注いで一杯の珈琲を入れて、ストーブを囲んだ人たちみんなで回し飲み。そしてまたそれぞれの”答えのない”話を続ける。


いや、うらやましくなるような物語です。

いくつもの「たまたま」や、ふとした思いつきのようなことで生まれた物語だとは思いますが、こういう素敵な時を作れるというのもやっぱり「縁」なんでしょうね。

そういえば弐拾dBさんがこのときの写真をツイートしていたのでちょっとお借りします。

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よく見ると大石くんの着ているのはビートルズのトレーナー。

ドリッパーもテーブルも真円ですが、なんとも楕縁的な風景。一遍さんもきっとニコニコしていることでしょう。


楕円的というか楕縁的といえば、昨日、松村圭一郎さんがミシマ社の三島さんと対談されたそうなんですが、場所がなんと福岡だったんですね。岡山(備前)の福岡ではなく九州の福岡。

タモリさんもブラタモリで言っていたように九州の福岡の地名の由来は備前福岡。松村さん、岡山の福岡のこと、話されたでしょうか。


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by hinaseno | 2018-02-10 13:18 | 雑記 | Comments(0)