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by hinaseno
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平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』は、6章のうちの5章まで読み終えました。その5章の最後に、ついに「楕円幻想」という言葉が登場。


 わたしたちの生きている世界には、「有縁」と「無縁」、お金と信用、欲得と慈愛という相反する焦点があって、それがいつも綱引きをしている、ということを理解していただければいいのかと思います。
 いつも、焦点が二つあり、それらは反発しながら、相互に依存している。
 楕円幻想ですね。花田清輝が出てきちゃった、ここで。

ということで「21世紀の楕円幻想論 ーー 生きるための経済」と題された最終章を今日読むことになります。わくわく、どきどき。


ところで「有縁」と「無縁」に関する話を読んでいたときに、なぜか僕がずっと考え続けていたのはビートルズとビーチ・ボーイズのことだったんですね。最初に出会ったのはもちろんビートルズで、出会ったのはたぶん小学校3年か4年。わすれもしない「抱きしめたい」。♫アオニャホーニョハ~♫って歌ってました。

で、大学時代にビーチ・ボーイズに出会ってそこからは延々とビーチ・ボーイズを聴き続けるようになります。ビートルズ派かビーチ・ボーイズ派かと問われれば(こういう問いをする人が今どれくらいいるのかわからないけど)即座に迷うことなくビーチ・ボーイズ派だと答えます。でも、もしビートルズ派かローリング・ストーンズ派かと問われればやはり迷うことなくビートルズ派だと答えます。じゃあ、ジョン・レノン派かポール・マッカートニー派かと問われれば、う~んと一呼吸おいてジョン・レノン派と答えることになりそうです。ビートルズに出会った頃はずっとポール・マッカートニー派でしたが。

そういえばもしアゲインの石川さんに「あなたはジョン・レノン派ですか、それともポール・マッカートニー派ですか」と尋ねたら、きっと石川さんはやや腹を立てた声でこう答えられるでしょう。

「おれはリンゴ・スター派だ!」と。


ちなみに「イエロー・サブマリン」はポール・マッカートニーが書いた曲。リード・ボーカルはリンゴ・スター。ビートルズを知った頃からリンゴ・スターをかなり低く見ていたので(石川さん、すみません)、正直、「イエロー・サブマリン」は全然好きではありませんでした。リンゴの「イン・ザ・タ~ン」という脱力感に満ちた声が出てきただけでシャッターが降りてしまう感じ。

ってことで当然のことながら『イエロー・サブマリン』のレコードは持っていなくて、2009年に出たビートルズのボックスではじめて『イエロー・サブマリン』を手に入れたものの、ほとんど聴かないままでいました。変な話ですがビートルズの「イエロー・サブマリン」よりも大瀧さんがプロデュースした金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」のほうをはるかに多く聴いていました。そっちがオリジなりじゃないかと思うくらい。なので最後は必ず♫イエロー・サブマリン 潜水艦♫となっちゃいます。


平川さんの本を読みながら改めて自分の人生を振り返ってみたときに、ビーチ・ボーイズを聴くようになった頃から僕は「有縁」というものにわずらわしさを強く感じるようになって「無縁」を志向するようになったように思います。ビートルズは一部の限られた曲(おもにジョン・レノンが作った曲。ポールが作ったのは「フール・オン・ザ・ヒル」と「ペニー・レイン」くらい)を除いて全く聴かなくなりました。

嫌ってた時期もあったかな。「イエスタデイ」なんて死ぬほど嫌いでした。修学旅行のバスの中で歌ったのに。

ただ、そういえば、ある時期からビートルズをカバーした曲をいろいろと聴くようになりました。いろいろと集めてプレイリストも作ったりして。ビートルズのカバーをいくつも収めたGeorge Van Epsの『My Guitar』は超愛聴盤。

2009年に出たビートルズのボックスはモノも含めて2種類買って、しばらくは聴きましたが長続きはしませんでした。『イエロー・サブマリン』に関して言えばディスクを取り出したのはパソコンに取り込む時だけだったはず。


ということでその『イエロー・サブマリン』のCDを初めてターンテーブルにのせるきっかけを与えてくれたのが余白珈琲さんでした。

松村さんの本がきっかけで余白珈琲さんの珈琲豆を買うようになり、やはり松村先生がきっかけで関心を持った塩屋で初めて会ったときに大石くんが着ていたトレーナーの胸にビートルズ(『アビー・ロード』をデザインしたものですね)のイラストが描かれているのに気づいて「あっ、ビートルズ」って言ったら「潜水艦といえば『イエロー・サブマリン』なので」となったんですね。これがきっかけで、家に戻って、早速『イエロー・サブマリン』を聴きました。それ以来、何度も。


きっかけといえば、今回の岡山のうどん屋さんに来てもらったことのきっかけはいずれもたまたま生まれた会話の端っぽの方がつながっているんですね。

縁は尻尾だなと改めて思います。


勝山に行ったときに、帰りの電車に乗るまで時間が少し空いたのでもう一度タルマーリーさんに立ち寄ったらちょうど渡邊さんが戻って来られて少し話をすることができて、そこで、うどん屋さんの話になった。一方、塩屋でも煙の話になって、その話の流れでなぜかそのうどん屋さんの話になっちゃったんですね。でもこれだけでは縁はつながらない。

まあ、つながったのはやはりたまたまというしかないけれど、でも、その「たまたま」の中にある必然性のようなもののことをついつい考えてみたくなるんですね。天使なのか「ハウ」なのかわからないけど、どんな仕掛けをしたんだろうかと。


で、あるとき、ふと浮かんだのがビートルズ。

実は僕がタルマーリーの渡邊さんに聞いたうどん屋を訪ねたときに、店でかかり続けていたのがビートルズだったんですね。延々ビートルズだなと。で、次に行ったときにも、その次に行ったときにもビートルズの曲が流れ続けていることに気がつきました。きっと店主の方がビートルズを大好きなんだろうと。

余白珈琲さんたちに会った数日後にそのうどん屋さんに行ったときにももちろんビートルズの曲が流れ続けていました。それを聴きながら美味しいうどんを食べた後で店の人とちょっと話をしていたときに、店を知ったきっかけを聞かれたのでタルマーリーの渡邊さんから聞いたんですと言ったらちょっとびっくりされて、実はその渡邊さんの講演会を開くことがちょうど決まったところだったんですと言われたんですね。

いやびっくり。

すぐに”一番目の”予約をして、で、これは余白珈琲さんを絶対に呼ばなくてはと思いました。こんな縁もそうないだろうと。すぐに行きますと返事をくれました。

そして余白珈琲さんには最初は内緒にしていましたが、余白珈琲さんとの縁がつながるきっかけを与えてくれた松村先生にも来てもらうことができたら素敵なんじゃないかと考えたんですね。講演会の前日が余白珈琲の大石くんの誕生日だったので(これも縁、ですね)、これ以上ない誕生日プレゼントになると思ったので。

そしてそれが実現することになりました。

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by hinaseno | 2018-01-31 15:26 | 雑記 | Comments(0)

今朝はパンを買いにランニング&ウォーキング。いつもは世田谷ピンポンズさんを聴くけど今日はビートルズ。世田谷ピンポンズさんを聴く時と同様にシャッフルにして。その方が新鮮味があるんですね。

今日聴いた中で一番グッときたのは「I Feel Fine」。サビの部分のメロディとジョン・レノンの歌いっぷり。たまらないですね。

で、その次が「Eleanor Rigby」。こちらはポールの曲。途中で「ハザマケンジ」が出てきてにっこり。「イエロー・サブマリン音頭」で杉真理さんが叫んでいたのが「ハザマケンジ」。本当は「Father McKenzie」だけど、杉さんははっきりと「ハザマケンジ」と言ってます。


「イエロー・サブマリン音頭」といえば、ここ数日「イエロー・サブマリン音頭」の最後の隠された謎の解明を試みていたんですがダメですね。この曲の中に大瀧さんがどういう形で入り込んでいるかが最大の謎なんですが、多分明らかにされていないはず。大瀧さんが意識したのはヒッチコック。ヒッチコックは自作の中にちょこっと顔を出していて、ヒッチコックマニアはそれを見つけるのも同時に楽しんでいるんですね。

大瀧さんが何かを叫んでいるのは曲の最後(チャン、チャン直後)だというのは間違いないはずですが、ほんの一声なので何度繰り返して聞いても何を言っているかさっぱりわからない。「お~きに」って聞こえなくもないけど、大阪弁でそんな言葉を叫ぶ必然性はなんにもありません。

ってことで何を言っているか、という方向で聞いてもらちがあきそうにないので、大瀧さんなら何を言うだろうかというふうに考え直して、とするならば原曲の「イエロー・サブマリン」、あるいはなにか潜水艦に関すること(たとえば有名な潜水艦映画のワンシーンとか)ではないかと狙いを定めていろいろ調べてみたけどやはりダメ。難しすぎる。誰か解明したのかなあ。あるいはどこかで大瀧さんは答えを発表したのかなあ。


ところでここのところゆっくりとパソコンに向かう時間が取れない日々が続いています。本当は3回くらいで終えられるだろうと思っていたこの話も、延び延びになっている間に平川さんの新刊が出て、その話も書かずにはいられなくなって、さらに話が膨らんでいきそうです。

でも、世の中というのは予定通りに進まないところに面白い出会いがあるんですね。その平川さんの『21世紀の楕円幻想論』、昨日読んでいた第4章の「『有縁』社会と『無縁』社会」で、おおおおおおおおおおっと、「お」を10個くらい並べたくなるような部分に出くわしたんです。

今書いている話に直結すること。話を早く切り上げていなくてよかった。

でも、ちょっと調べなくてはならないこともあったので、別の本をパラパラと。さらにまた別の本を。ってことで『楕円幻想論』のほうも中断中。また改めて書きます。

でも、考えてみたらすごすぎるなあと、我ながら感心しています。平川さんの本には必ずそういうのがあるんですね。


それはそうと、スロウな本屋さんから本が入荷したと連絡があったので取りに行ってきました。僕は午後に行ったんですが、午前中に松村先生が来られていたようです。

さて、店内に入ってまず最初に眺めるこの棚。

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一番上の段の端には入荷したばかりの平川さんの『21世紀の楕円幻想論』が2冊、そしてその横には松村さんの『うしろめたさの人類学』。いやあ、最高ですね。

で、下には同じミシマ社から出た『ちゃぶ台3』。この本にはタルマーリーの渡邊格さんが寄稿されてるんですね。横には内田樹先生がらみの本が2冊。いや、たまらないですね。

そういえば写真を撮るときには気がつかなかったのですが、平川さんの本の上には多分ミシマ社の方が作られたはずの楕円形のポップが貼られていました。これ、平川さんのイラストも描かれていてとってもかわいいんですね。気づいていればきちんと写したのに。

また今度きちんと見させてもらおう。


ああ、また本題に戻れませんでした。

まあ、こんなふうに、だれにとっても何の役にも立たないことをだらだらと書き続けて行くのが僕のブログではあるのですが。


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by hinaseno | 2018-01-30 15:29 | 雑記 | Comments(0)

ビートルズの話、ですがその前に。


アゲインの石川さんが昨日今日とブログで平川克美さんとの思い出を大量に書かれています。石川さんからは平川さんに関する話をいっぱいうかがっていましたが知らない話がいくつも。どれも興味深い話ばかりですね。ただ、平川さんの知名度が上がっていくにつれて(内田樹先生同様に)「手の届かないところにいる人なのかもしれないと思うようになりました」という感想を抱かれたところにはちょっと切ないものを感じてしまいました。石川さんほど平川さんの身近にいる人はいないはずなのに、その方がそんな気持ちを抱いてしまわれるのだなと思いながらも、改めて振り返れば僕が内田先生や平川さんを知った頃のことを考えると、今のお二人の状況は想像もつかないほどになっていて(でも、それを考えれば石川さんも同じく、ですが)、「手の届かないところ」に行かれたような感覚は僕も抱いてしまいます。

知名度が上がるにつれて「手の届かないところ」に行ってしまったような気持ちになって心が少し離れてしまうという感覚は誰しもが抱くことですね。だから、応援しつつも、あまり有名になりすぎないでねと考えてしまったりとか。まあ、でも内田先生も平川さんも、そしてもちろん石川さんも僕の楕円的世界から出て行ってしまうことはありません。


それはさておき、その石川さんのアゲインで来月末に平川さんの『21世紀の楕円幻想論』発売記念トークイベントが開かれることが告知されていました。ああ、行きたいなあ~。お近くの人はぜひぜひ、です。


ところで平川さんの『21世紀の楕円幻想論』は3分の1くらい読み終えたところ。まだ楕円の話は出てきません。でも興味深い話がいっぱいです。語り下ろし的なものになっているせいか語り口がたまらないですね。「とほほ」とか。

昨日読んで興味を持ったのが「ハウ」という贈与霊のこと。「ハウ」のことは松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』にも何度か引用されているマルセル・モースの『贈与論』の中に出てくるんですが、平川さんはその部分を引用してこう説明しています。


 あらゆる贈与物(タオンガ)には、贈与霊としてのハウが付いており、贈与されたもの自体に意味があるのではなく、このハウが人々のあいだを行き来することで、社会全体に秩序や調和が生まれるというところに、話のポイントがあるように思えます。(中略)受けた贈与を第三者にパスするということが、この話のポイントなんです。

「霊」というとなんとなくオカルト的な感じがしますが、僕にはなんだか「ハウ」が天使のイメージと重なりました。そう、贈与の関係には天使のようなものが飛び交っているんですね。

話はころっと変わりますが、昨日、どうやら余白珈琲さんがおひさまゆうびん舎に行かれたようです。どうやらいろんな贈与があったようです(僕もささやかなパスをしたけど)。きっと天使が飛び交っていたのを感じられたはず。


さて、ビートルズのことを、と思いましたが、時間がなくなってしまいました。『21世紀の楕円幻想論』のことは読み終えてからじっくり書こうと思っていたんですが、気になるところがあると書かずにはいられないですね。


ところで『21世紀の楕円幻想論』にはさまれていたミシマ社通信のこのページ。平川さんの『21世紀の楕円幻想論』の下には「あわせて読みたい!」ということで松村さんの『うしろめたさの人類学』が紹介されていました。

最高ですね。

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by hinaseno | 2018-01-28 12:09 | Comments(0)

「イエロー・サブマリン」を聴きながらビートルズのことを書いていたら郵便配達の人がやってきたのでポストを見ると、なんと! 超がつくほどうれしい贈り物が。

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ポストに入っていたのはこのブログで何度も書いていた平川克美さんの新刊『21世紀の楕円幻想論』(ミシマ社)。

ついについに、です。この本が出るのをどれほど待ちわびていたことだろう。とはいっても実はまだ発売はされていません。ありがたいことに一足早く平川さんから贈っていただいたんですね。


この本、今月に出ることが決まってすぐに注文していました。しかも2冊。

注文したのはもちろんスロウな本屋さん。

1冊はだれかに贈与を、って考えていたのですが、2冊贈与できることになりました。でも、同じ本を3冊並べておくというのも悪くないですね。僕にとって最も大切な本の一つになることは間違いないので。


さて、まず興味があったのは帯(帯文は内田樹先生!)を取った表紙に描かれているイラスト(装丁は文学銀座)。

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楕円のいろんなイメージが図示されています。真円と真円では対立が起こるというのもイメージとしてよくわかります。

それから目次を見ると、こんな章題が目に止まりました。


文化の異名は、「ためらい」「うしろめたさ」

一体どんなことが書かれているのかわくわくしますね。

いずれにしても今年のキーワードは「楕円」。いや、個人的には「楕縁」。ふぞろいではあるけれど、珈琲豆のような温かな膨らみのある楕円の形をした縁。


そういえば2日前にある方から贈っていただいたものがあって、まさにそれは珈琲豆でした。といっても余白珈琲さんからのものではなく、余白珈琲さんとの縁をつないでくれた『うしろめたさの人類学』の著者である松村さんから贈られたものでした。

贈られたのは松村さんがフィールドワークされているエチオピアの珈琲豆。珈琲豆は2つの袋に分けられていて、そのうちの1つは松村さんがエチオピアに行かれた時に必ず滞在されるアッバ・オリさんの家族(『うしろめたさの人類学』)が摘み取って炒たものとのことでした。

豆の大きさもふぞろい。焼け方もふぞろい。でも、そこになんとも言えない愛着を感じてしまいました。


実は先日、余白珈琲さんたちが岡山に来た時に、松村さんにもお忙しい中、お越しいただいたんですね。場所は僕の家からそう遠くない場所にあるうどん屋さん。そして、そこにはタルマーリーの渡邊格さんもいらしていて。

いくつもの「たまたま」の連鎖のおかげでとても素敵な1日を過ごすことができました。

不思議な縁にただただ感謝。


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by hinaseno | 2018-01-26 14:44 | 雑記 | Comments(0)

あるレコード店で働いたひとりの女の子の話を書くつもりだったんですが、ちょっと後回し。1昨日の日曜日のことを書こうと思います。

まずは、こんな写真から。

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猫と一緒にいるのは余白珈琲さんたち。ちょっと道に迷いかけた時に一匹の猫が近づいてきたんですね。猫好きのユイちゃんに近づいて、体をこすりつけながらユイちゃんの周りをぐるぐると回り始めました。でもユイちゃんは猫には一切触れない。ユイちゃんは猫好きだけど猫アレルギーだったんですね。

で、背中に潜水艦バッジの付いたカバンを背負っている、やはり猫好きな(はずの)大石くんが猫にカメラを向けると、猫は大石くんの方にちゃんと顔を向けてくれています。僕の方が地元だし、僕も猫好きなんだけどなと思いながら、すっかり岡山の風景に溶け込んでいる二人を眺めて、なんとも言えず微笑ましい気持ちになりました。


そう、ここは岡山。と行ってもかなりのはずれの場所。

周りには田んぼが広がり、すぐ近くには牛を飼っている小屋があって、牛小屋独特の匂いが漂っている。

なんでこんな場所に余白珈琲さんたちがいるのかといったら、これはやはり縁というほかありません。もちろん彼らが引き寄せた縁。珈琲豆的に膨らんだ縁が二人をここまで運んできてくれたんですね。


「縁」といえば、今回の話はこの日書いたブログのことから始めようと思っていたんですが、面白いことに、この日のブログにも縁のことを書いていました。

4年前の夏、僕は岡山での永井荷風の足跡を追って勝山に行ったんですね。荷風(と谷崎潤一郎)にゆかりのある場所をおおかた訪ねた後で立ち寄ったのがタルマーリーというパン屋さんでした。

タルマーリーというパン屋さんのことを知ったのは2014年6月にミシマ社から出た平川克美さんの『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』でした。そこには素敵な写真とともにタルマーリーのことが「小商いの理想形」として紹介されていたんですね。これを読んですぐに勝山に行ったわけです。店にはもちろん平川さんの本が置かれていました。


店に行ったとき、めったに店にはいない渡邉格さんとお会いすることができ、畳の部屋に座って30分くらい話をすることができました。その時に渡辺さんが言ったのが「縁のない人とは、何回来て下さってもお会いできないんです」という言葉。これはすごくうれしい言葉でした。やっぱりそうなんでしょうね。

で、「縁といえば」ってことで、格(いたる)さんから聞いた一番のへえ~っという話をその後に書いています。ただし、この時はかなりぼかして書いていますが。


渡邉さんの本(『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』)には書かれていないことなのですが、実は渡邉さんの家族はいすみ市を離れていきなり勝山に行かれたのではなく、その前に岡山の別のある町に住んでいたんですね。その町の名前を聞いたときにはちょっとびっくり。たぶん岡山県人でもピンと来る人はそんなには多くないだろうと思える町。でも、僕にとっては思い入れの深い町。
その町は備前市の伊部に近い、熊山という大きな山の麓にあります。例の大瀧山福生寺は目と鼻の先。僕は中学から高校にかけて何度も自転車でその町を通っていました。

震災直後に岡山にやって来た渡邉さんたちが最初に住んだ伊部に近い町というのが香登(かがと)でした。格さんの口から「かがと」という言葉が出て来た時にはびっくり。格さんもきっと僕が知らないと思って言ったようでしたが、僕がよく知っていたので、香登にいた時の話をいろいろと聞きました。で、実はその日のブログでは書かなかったんですが、その香登にいた時に、渡邉さん家族が何度も通っていたうどん屋の話になったんですね。近くを何度も通っていたのに知らない店でした。


ってことで、すぐにそのうどん屋さんに行きました。うどんの種類は2種類あって、僕が注文したのは「しらさぎ」と名付けられたもの。「しらさぎ」の方は少し値段が高く、それから注文を受けてから茹で上げるので時間もかかります。でも迷うことなくこちらを注文しました。これが抜群にうまかったんですね。以来、店に何度も通うようになり、行ったら必ず「しらさぎ」を注文しています。


そういえばおひさまゆうびん舎さんでの結婚式の時に世田谷ピンポンズさんが歌った「喫茶大陸」のサビの歌詞「珈琲の味は恋の味 二人には少し苦い味 白鷺(しらさぎ)飛んで大手門 喫茶大陸 二人の世界」に「しらさぎ」が出ていることに気づいて、次なる縁を暗示していたんだなと、一人でニコニコしていました。


そう、縁を暗示したものといえばビートルズも。その話はまた次回に。

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by hinaseno | 2018-01-23 15:19 | 雑記 | Comments(0)

大瀧さんが『アメリカン・ポップス伝』のために可能な限り当事者、あるいは当事者に近い人物からの証言を得ようとしていたことは知っていましたが、朝妻さんをつてにしていたこと、そして朝妻さんによってその具体的なやりとりの内容が紹介されていたのは驚きでした。


とりわけいちばん驚いたのはスティーヴ・バリに連絡を取ろうとして、朝妻さんが可能性のある人としてメールした人の奥さんが、あのキャロル&シェリルのシェリルのだったという話。

年明け、久しぶりに「Sunny Winter」を聴いた日か、その次くらいにその名前が大瀧さん経由の話で出てくるとは思いもよりませんでした。今年最初のセレンディピティでした。


朝妻さんの記事、消えちゃうといけないのでここに貼っておきます。2017年12月30日にアップされたもの。


「大瀧詠一から亡くなる前に依頼されたこと」

大瀧詠一君が亡くなってもう4年になる。
亡くなる少し前に大瀧君はNHK-FMで放送していた『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝』の次の回の為の資料集めをしていて、リバティー・レコードでA&Rとプロモーションを担当し、一時はジャッキー・デシャノンと結婚していたバド・デイン(ジャッキー・デシャノンの「ウエイト」はバドがプロデュースしていた)や、リッキー・ネルソンやレターメンのアレンジャーとして数多くのヒットを出していたジミー・ハスケルに連絡を取って欲しいと頼まれた。
バド・デインとは彼がリバティーの後A&Mに移っていて、その時知り合いになっていたし、ジミー・ハスケルとは業界のパーティーで人に紹介されて連絡先を聞いていたのでそれぞれすぐに大瀧君から頼まれた質問をぶつけた。どちらも確か、ジャン&ディーン(か、スナッフ・ギャレット)に関する質問だった気がする。ジミー・ハスケルはわざわざミュージシャン・ユニオンに問い合わせてくれて古い記録を取り寄せてくれるほどの協力ぶりを見せてくれた。
その後少し経って、今度は”スティーヴ・バリの連絡先を知りませんか?“とまた大瀧君から連絡があった。彼は昔、P.F.スローンと組んでいくつものヒット曲を書いたほかにプロデューサーとしてもグラスルーツやトミー・ロウのヒットを出していた。僕は1970年に一カ月、毎日スティーヴ・バリのスタジオに通っていたのだが、当時はメールアドレスもなく、彼の所属していたダンヒル・レコードも跡形もなくなっていて、どうやってスティーヴの現在の連絡先を探したら良いか考えた。
そこで思いついたのがエヴァン・メドウという男だ。彼にはウインドスエプトという僕がアメリカでやっていた音楽出版社の社長/会長を務めて貰っていたが、そのずっと前にABCレコードに居たことがあるのを知っていたので、”スティーヴ・バリの連絡先を知りたいんだけど・・”とメールした。すると”うちの奥さんのシェリルとスティーヴは昔何曲かレコードを出したことがあるし、今でも連絡は取れるよ・・”と言う返事と共に今のスティーヴのメールアドレスが送られてきた。シェリルのお姉さんは作詞家のキャロル・コナーズで、フィル・スペクターと一緒に「To Know Him Is To Love Him」を歌っていた、テディー・ベアーズのメンバーであったことは知っていたが、シェリルがスティーヴとレコードを出したことはその時初めて聞いてびっくりした。
大瀧君のスティーヴに対する質問が何だったのかもう覚えていないが、大瀧君の質問に対する答えの中に”高校の頃、学校が終わると「ノーティーズ」というレコード店でアルバイトをしていたんだけど、このお店はジェリー・リーバーも働いていたことのあるお店だったんだ“というところを大瀧君は、とても面白がって、”これは良い話題だ、次の番組の中で使おう!”と喜んでいた。確かにプレスリーの数多くのヒットを書いている、リーバー・ストラー・コンビの一人ジェリー・リーバーとその後のヒット・ライター/プロデューサーのスティーヴ・バリが同じレコード店で働いたことがあると言うのは、何か因縁を感じさせる。
残念ながら、大瀧君がこの事柄をどういう風に番組の中で取り上げようと思っていたのかを知る術はないが、大瀧君の事だからきっと面白い話を聞かせてくれたに違いない。このこと一つだけをとっても大瀧君のあまりにも早い旅立ちが悔やまれてならない。

リバティがらみの話で大瀧さんが質問していたのはおそらくスナッフ・ギャレットのことではないかと思います。ああ、聴いてみたかった。

それからスティーヴ・バリに質問した答えの中で、スティーヴ・バリが高校時代にジェリー・リーバーと同じレコード店でアルバイトしていたという話も面白いし、大瀧さんがその話に「これは良い話題だ、次の番組の中で使おう!」と喜んでいたっていうのもいいですね。いったいどんなストーリーを組み立てていたんでしょうか。


さて、次回はそのレコード店つながりの話をしようかと思っています。ある女の子が、あるレコード店でちょっと働いたという話。この話が飛び込んできたときにはびっくりやらうれしいやらで、で、何かできないかと僕が考えたことは…。


それから今日はとっても楽しみにしていた日。外はいい天気でよかった。


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by hinaseno | 2018-01-21 10:43 | ナイアガラ | Comments(0)

今日はちょっと「Sunny Winter」な日、かな。

「Sunny Winter」という曲を初めて聴いたのは1984年9月13日に放送された『山下達郎 サウンド・ストリート』のサーフィン&ホット・ロッド特集。この日かかった曲は全部で11曲。サーフィン&ホット・ロッドなんてジャンルの音楽があることを知ったのはたぶんこの時が初めて。ビーチ・ボーイズの5曲以外で知っていたのはジャン&ディーンの「Surf City」だけ(作曲はブライアン・ウィルソン)。

ほかにかかった曲を見たら結構興味深いものがあります。まずは6曲目にかかったリップ・コーズ(The Rip Chords)の「Hey Little Cobra」。




大瀧さんの「コブラ・ツイスト」とそっくりというかそのままだったんでびっくりした記憶があります。ちなみにこの曲を書いたのは「Sunny Winter」を歌ったキャロル&シェリルのキャロルことキャロル・コナーズ。曲をプロデュースして、歌っていたのはビーチ・ボーイズと関係の深いテリー・メルチャーとのちにビーチ・ボーイズのメンバーに加わるブルース・ジョンストン。

次の7曲目にかかったのが、そのテリー・メルチャーとブルース・ジョンストンが作ったブルース&テリーというグループの歌った「Summer Means Fun」。




これはサーフィン&ホット・ロッドの中でも最高の1曲ですね。曲を書いたのはP.S.スローンとスティーヴ・バリ。

で、そのP.S.スローンとスティーヴ・バリが作ったグループであるファンタスティック・バギーズ(The Fantastic Baggys)の「A Surfer Boy's Dream Come True」が次にかかります。




この曲も最高。曲を書いたのはやはりP.S.スローンとスティーヴ・バリ。ブライアン・ウィルソンが書いたバラードに勝るとも劣らない。ということでこのときからP.S.スローンとスティーヴ・バリのファンタスティック・バギーズを追い求める日々が始まったんですが、彼らのCDがようやく出たのは1992年のこと。


さて、僕が年明けに「Sunny Winter」を聴いた日かその次の日くらいに見つけたのがこの記事でした。上に書いた人たちの名前が何人も出てきます。

記事のタイトルは「大瀧詠一から亡くなる前に依頼されたこと」。昨年の12月30日、つまり大瀧さんの命日にアップされていました。記事を書いたのは、昨年、このブログでいろいろと書いていた朝妻一郎さん。

この記事の内容についてはまた次回にということで。


ところで、今日1月20日は太田裕美さんの誕生日。ということは、…ですね。誕生日、おめでとう、です。

何かお祝いする曲をと考えていたら、太田裕美さんがこんな曲を歌っていました。あの「さらばシベリア鉄道」のB面の曲です。




タイトルは「HAPPY BIRTHDAY TO ME」。作詞は松本隆さんではなく昨年亡くなられた山川啓介さん。作曲は浜田金吾さん。浜田金吾さんは名曲「青春の翳り」を書いた人です。


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by hinaseno | 2018-01-20 14:06 | ナイアガラ | Comments(0)

今日はいい天気、というよりは晴れたり曇ったり。曇ってるほうが多いかな。ただ気温は高くて(室温は14℃)暖かい。今日のような日ではなく、もっと気温が低くて、でも雲ひとつなくスッキリ晴れたような日に口ずさむのがこの「Sunny Winter」という曲。今年はすでに何度か口ずさみました。




歌っているのはキャロル&シェリル(Carol & Cheryl)という2人組の女性グループ。レーベルはコルピックスですね。プロデュースはもちろんステュ・フィリップス。


「Sunny Winter」という曲を初めて聴いたのは山下達郎さんの『サウンド・ストリート』のサーフィン&ホット・ロッド特集でした。放送されたのは1984年9月13日。

冬の、しかもサーフィンでもホット・ロッドでもない曲が「サーフィン&ホット・ロッド特集」でかかったかというと、この曲のA面が「Go Go G. T. O. 」というそこそこ有名なホット・ロッドの曲で、でも達郎さんはB面の綺麗な「Sunny Winter」が好きなのでこっちをかけたということ。そのとき以来、僕も大好きになったんですが、でもこの曲、いまだにまともな形でCD化されていないんですね。A面の「Go Go G. T. O. 」は宮治さんが監修して3年前の夏に発売された『ワーナー・サーフィン&ホット・ロッド・ナゲッツ』に収録されました。早くきちんとした形でCD化して欲しいですね。というよりもシングル盤がほしい。けど、めっちゃ高い。


ちなみに「Sunny Winter」が収録されたCDで僕が持っているのはこのCD。もちろん正規盤ではありません。でも、今となったらかなり貴重なものかもしれません。


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このアルバムの写真に写っているのがキャロル・コナーズ(Carol Connors)という人。キャロル&シェリルのキャロルがこの人です。

キャロル・コナーズについてはこの日のブログとか何度か書いていますね。その日のブログで紹介しているThe Storytellersというのは彼女とスティーブ・バリが作っていたのいたグループ。『ワーナー・サーフィン&ホット・ロッド・ナゲッツ』と同時に発売された『ワーナー・ガール・ブループ・ナゲッツVol,4』に収録されてびっくりした「Time Will Tell」はキャロル・コナーズとスティーブ・バリの共作。女性の声は一人ではない気がするのでたぶんシェリルも参加しているのではないかと思っています。


そのシェリルというのは彼女の妹。達郎さんの番組でも「妹だと思います」と説明しています。まだ情報が少ない当時、限られた資料で的確な推測をしていますね。そういえばその時の放送ではキャロル・コナーズがテディ・ベアーズのアネット・クラインバートと同一人物かどうかまではわかっていなかったようで、達郎さんも「一説には言われていますが、定かではありません」という表現に留めています。

このあたりのことは大瀧さんといろんな情報を交換しあっていたことは間違いありません。


さて、今年、最初に「Sunny Winter」を聴いた日だったか、その次の日くらいに、そのシェリルの方に関する驚くような情報を目にして、椅子から転げ落ちそうになりました。そっ、そんなところにまで、という話。

その話はまた次回に。


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by hinaseno | 2018-01-18 14:22 | 音楽 | Comments(0)

今日は、数日続いていた寒さがふきとんで、春のような陽気。目の前の庭の木にも小鳥がやってきています。

これくらい暖かいと、くまくまちゃん色したマフラーも必要ないですね。僕の肩の上にある(はずだとおもっている)やさしさも、震えるどころか、小鳥のように飛び立とうとワクワクしている感じです。行きたい場所は姫路のおひさまゆうびん舎。


その話の前に昨日アップしたブログ、引用した歌詞の空けていたはずの行がくっついた状態になっているのに今朝気づきました。

下書きではきちんと空けていたのに、アップするとなぜか空きがなくなってしまうんですね。隙間がなければなんのこっちゃです。とりあえず直しておきました。


さて、ちょうど1年前の1月16日に、新刊の『くまくまちゃん、たびにでる』とともにくまくまちゃんシリーズ3冊が同時に発売されたんですね。

というわけで、それをお祝いして今日、姫路のおひさまゆうびん舎でくまくまちゃんパーティが開かれるようです。残念ながら行くことはできないけど、僕の心は小鳥か、あるいは天使になってそこに飛んで行ってます。

いったいどんな会になるのか想像するだけでワクワクしますね。それぞれの人がどのくまくまちゃんが好きかなんて話すだけでも楽しそう。ちなみに今僕が好きなくまくまちゃんはこれかな。

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♫水いろのひかりさしこむ窓にくまくまちゃんがひとりぽつん♫ です。ちょっと歌うのには無理があるか。それはさておき窓際にひとり佇むくまくまちゃんはどれも最高。とりわけこの後ろ姿のはいいですね。よく見たらくまくまちゃんの体は楕円形。温かな膨らみのある楕円です。


くまくまちゃんで好きな絵といえば、先日高橋さんのブログでアップされていた絵も、涙が出るくらいに素敵な絵でした。

実はこの絵、昨年のクリスマスにこっそりいただいてたんですね。

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赤い実がなったマンリョウの木のそばで、一羽の小鳥がくまくまちゃんに赤い実の贈り物をしています。あ〜、たまらない。


今では3・21(3月21日)がナイアガラ・デイとして定着し、いろんな場所でいろいろな形のお祝いがされる日となっていますが、1・16はくまくまちゃんデイとして、これから毎年何かのお祝いをしていけたらいいですね。


と、そんなことを書いていたら、赤い単車に乗ったお兄さんがやってきました。出てみると小さな小包。おひさまゆうびん舎からの郵便でした。中身はもちろん…。

これを見て、あの少女たちがどんな顔をするか、今から楽しみです。

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というわけでこれからひとりで『くまくまちゃん』を読みます。

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by hinaseno | 2018-01-16 13:07 | 雑記 | Comments(0)

松本さんによって1番の「水いろの陽に濡れるテーブルに/きみはほおづえき/今朝の夢のつづき思い出す」に相当する3行分の歌詞が加えられたことで言葉数も整い、ようやく曲は完成に…と、行くはずだったのにそうはならなかったんですね。

原因はやはり松本さんが書いた本来の詞の行や段落分けを無視した大瀧さんの曲作りにありました。


改めて1番のサビまでの歌詞の確認を。松本さんが書いた詞はこうなっていました。


 水いろのひかりさしこむ窓に
 きみはひとりぽつん
 風にきみの顔がにじんで

 水いろの陽に濡れてるテーブルに
 きみはほおづえつき
 今朝の夢のつづき思い出す

  さあ
  あたまに帽子のせて
  でかけなさいな
  ほら外はいい天気だよ

ここを大瀧さんはこう歌うようなメロディにしたんですね。

 水いろのひかりさしこむ
 窓にきみはひとりぽつん
 風にきみの顔がにじんで
 水いろの陽に濡れてるテーブルに

 きみはほおづえつき今朝の
 夢のつづき思い出す

  さあ
  あたまに帽子のせて
  でかけなさいな
  ほら外はいい天気だよ

さて、この形で新たに書かれた3行の入った2番の歌詞を1番で作られたメロディに入れてみると、こう歌うことになります。

 水いろのひかりあふれる
 部屋に朝は悲しすぎる
 風にきみの夢がにじんで
 水いろの陽に溶けだした朝

 きみの肩のうえでやさ
 しさが小さくふるえている

 さあ
 あたまに帽子のせて
 でかけなさいな
 ほら外はあんなにいい天気だよ

1番で、本来は次の行の最初に置かれている「今朝の」という言葉を前のフレーズの最後に入れたために、2番では「きみの肩のうえでやさ/しさが小さくふるえている」と歌わなければならなくなっているんですね。

「やさしさ」が切り離されている!

いくら大瀧さんでもこれには抵抗があったようです。多少つながりがおかしくなっても(でも、不思議な面白さが生まれる)言葉を切り離してしまうことをしばしばされますが、それはあくまで文節単位。一つの単語まで切り離してしまうことは(たとえば「颱風」のように自分で書いた詞でない限り)まずやらない。


それからもう一つ、この「外はいい天気(だよ)」にはリンダ・スコットの「I've Told Every Little Star」のイントロの部分を取り入れていて、で、「I've Told Every Little Star」は最後に再びイントロのフレーズに戻るという構成になっているので、それと同じようにするにはサビを最後に持ってこない方が自然な感じがすると判断したかもしれません。

ということで、最後のサビと「きみの肩のうえで/やさしさが小さくふるえている」の2行をカットして、「水いろの陽に溶けだした朝」まで歌って最初のフレーズに戻るというパターンも考えてみたはず。でも、「溶けだした朝」で終わるのも歌ってみたらかなり不自然。


で、結局、松本さんにわざわざ考えてもらった3行をバッサリとカットして「風にきみの夢がにじんで」で終わる形にしたんですね。限られた時間の中で曲を仕上げなければならなかったので仕方がなかったんだと思います。歌詞メモに大きく×を入れたのはもちろん大瀧さんのはず。


曲を完成させたものの大瀧さんにはいくつかの不満足感が残ったので(もっといい曲になるという感触があったんでしょうね)、たぶん早い段階で、おそらく帰国してすぐくらいに曲の作り直しを始めたにちがいありません。

とりわけ気になったのがカットした3行のうちの最後の2行。「きみの肩のうえで/やさしさが小さくふるえている」の部分ですね。いい言葉だけにカットしたことにうしろめたさを感じたのかもしれません。


というわけでそれをなんとか入れようといろいろ考えて仕上げたのが「風にきみの夢がにじんで」のすぐあとに、「きみの肩のうえで/やさしさが小さくふるえている」を「小さく」を重ねてつなげるという形。言葉数を整えるために「ふるえている」を「ふるえてる」にして。で、出来上がったのがこのフレーズですね。


 きみの肩のうえで やさしさが
 小さく 小さく ふるえてる

そしてもう一度繰り返す。


 小さく 小さく ふるえてる


で、イントロのフレーズに戻る。

見事という他ないです。

それからもともとは「あんなに」が入る予定でメロディを作ったはず「ほら外はい~い~い~い~天気だよ」を「ほら外はあんなにいい天気だよ」に戻して。

もう一つ言えば、一番のサビの後に転調して半音上がる形になっているのも素敵です。


というわけで今年最初にギターで弾いているのはもちろん「外はいい天気だよ」。単純な巡回コードを使った曲なんですが、「やさしさが」の後に一瞬ポロンと出てくるディミニッシュ・コードがたまりません。でも、そこにそのコードが入るのはねらったわけでなく、たまたまなんですね。


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by hinaseno | 2018-01-15 13:08 | ナイアガラ | Comments(0)