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by hinaseno
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今年の10曲


年末なので「今年の10曲」を選んでみます。曲を選びながら、今年1年を振り返る形になりそうです。


1. Beats There A Heart So True / 野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”

今年の5月、東京のライブハウスでこの曲を聴いたときの感動は今でも忘れない。MCで曲が紹介され始めたときの心臓の鼓動、ライブ会場で石川さんが紹介されたときの喜び、ビッグバンドによる演奏が静かに始まり、さらにBREEZEによる極上のコーラスが始まったときの興奮……、今思い出しても涙があふれそうになります。石川さんがいなければこんな奇跡のような瞬間に出会うことは絶対にありませんでした。東京での二日間のいろんなことも含めて今年最高の出来事でした。今年もやはり誰よりもアゲインの石川さんに感謝することになりました。


2. 海が泣いている / 太田裕美




今年は僕にとっては太田裕美さんの曲を聴き続けた1年でした。4月末に放送されたNHKの「名盤ドキュメント 太田裕美『心が風邪をひいた日』 木綿のハンカチーフ誕生の秘密」を見て以来、どっぷりと太田裕美さんにはまりました。東京の行き帰りの新幹線の中でずっと聴いていたのも『心が風邪をひいた日』でした。

『太田裕美白書』を手に入れてからは、さらに他のアルバムの曲も聴くようになり、そして出会ったのが『海が泣いている』のタイトル曲である「海が泣いている」。

で、iPhoneで作ったばかりの太田裕美さんのプレイリスト(松本隆さんが作詞したものに限定)を聴きながら塩屋に行き、ちょうど塩屋に着いたあたりで流れてきたのが「海が泣いている」でした。あまりに素晴らしすぎて体が震え、その瞬間から、余白珈琲さんが珈琲を淹れていた場所に行くときも塩屋の町を歩いていたときもずっとこの曲を聴いていました。坂道から海を見下ろしながら曲を聴き、海岸に行って腰を下ろして曲を聴き……。

それ以降、いったい何回この曲を聴いたかわかりません。昨日も年越しそばを予約していた大好きなうどん屋さんへの行き帰りに聴いていました。間違いなく今年一番聴いた曲。塩屋という海街でこの曲と出会えたのはなんと幸福なことだろう。


3. 喫茶大陸 / 世田谷ピンポンズ


今年もおひさまゆうびん舎で開かれたいくつものイベントに参加させてもらいましたが、とりわけ強く印象に残っているのが先日の結婚式。そこでサプライズとして世田谷ピンポンズが歌った「喫茶大陸」はとにかく最高でした。録画していたものを何度リピートしたことか。今年の後半は珈琲のことをずっと考える日々が続いていたので、「珈琲の味は恋の味」と歌われる歌詞もタイムリーすぎました。

ちなみに僕がInstagramにアップしたのはこの歌詞の部分。


珈琲の味は恋の味 
二人には少し苦い味
白鷺(しらさぎ)飛んで大手門
喫茶大陸 二人の世界

実はこの「しらさぎ」という言葉が次なる縁を作っていたとはこの時は知る由もありませんでした。どうやらこの日は赤いエンジェルだけでなくしらさぎの姿をしたしらさぎ色のエンジェルも飛んでいたようです。


4. Sleeping Beauty / 松田聖子




今年読んだ音楽の本の中で『太田裕美白書』とともに大きな影響を受けたのが『作編曲家 大村雅朗の軌跡』でした。亡くなってから20年も経ってこんな本が出るとは、うれしいやらびっくりやら。

編曲家としてではなく作曲家としての大村雅朗がもっと評価されるべきだとずっと思っていたので、これを機に『大村雅朗ソングブック』のようなものが出たらいいと思っていましたが、とりあえずということで自分で作ったんですね。「松本隆作詞、松田聖子歌」というくくりで。

で、いろいろと聴いていた時、この「Sleeping Beauty」にはまってしまいました。とりわけYouTubeにあったこのライブ音源にはびっくりでした。


5. She Chose Me / Randy Newman




今年買った新譜で一番よく聴いたのがランディ・ニューマンの『Dark Matter』でした。これがとてもすばらしかったんですね。いい曲がいくつもありますが、1曲となるとこの「She Chose Me」かな。実はこの曲、先日の結婚式のときに作ったCDに入れようかと思っていたんです。

こんな歌詞なんですね。


僕は話し下手だし
自分の見た目がどんなのかもわかってる
人生について知っていることといったら
本から学んだものばかり
でも、世界中のすべての人々の中で
彼女が僕を選んでくれた


ゆずぽんさんは見た目も爽やかだし、それから決して話し下手でもないけど「本」が出てきたのでいいかな、と思ったんですね。まあそれだけですが。

結局は他の曲とテイストが違うのでやめました。


6. 資生堂「香り’77」/ シリア・ポール

東京で関口直人さんにお会いしたときに、別れ間際にこの曲の話のことを思い出して、で、訊いたら、「ああ、あれは樋口康雄さんの曲です」と教えられてようやくあの奇跡のセレンディピティの日からず気になっていたこの曲のことがわかったんですね。しかも、来年発売される『夢で逢えたらVOX』(ブックレットには関口さんのコメントも載っていそうです)に収録されるという信じられないことにもつながって。クレジットがすごく気になります。


7. CAFE AGAIN / 村田和人

昨年亡くなられた村田和人さんはアゲインで何度もライブをされていて、その村田さんの「HELLO AGAIN」という曲を石川さんが少し歌詞を変えられて村田さんに店で歌ってもらったんですね。その音源を今年聴かせてもらったんですが、すごく笑えて、そして泣けました。


8. The Old Crowd / Lesley Gore




この曲のことは一昨年のこの日のブログで書いていますね。レスリー・ゴーアの中では(作曲はキャロル・キングなのに)なんとなく地味な感じがして、どちらかといえばそんなにいい曲だとは思っていなかったのですが、このブログに書いた頃からどんどんよくなってきて、今ではレスリー・ゴーアで一番好きな曲になってしまいました。

その日のブログの最後に書いているように、この曲の日本盤が出ていることを知って、ずっと探していました。なかなか見つからなかったんですが、今年の秋にオークションに出品されたんですね。おおおっ! と思ったけど、どんどん価格が上昇。結局一度も入札することなく終わってしまいました。

悔しくて先日海外オークションでアメリカ盤を手に入れました。落札価格は日本盤の4分の1くらい。ピクチャー・スリーブ付きで、音もこっちの方がいいはずなんだけど、やっぱり「なつかしいお友達」という邦題のついた日本盤もほしいです。


9. Beautiful Dreamer / Roy Orbison




今年の夏に石川さんから送っていただいた朝妻一郎さんの『ポピュラーミュージックヒストリー ~発展の歴史と舞台裏~』というラジオ番組の第一回目にかかったのがこの曲。スティーブン・フォスターの曲ですが、このときから僕のロイ・オービソンの曲を聴く日々が始まりました。

で、朝妻さん、大瀧さん、そしてロイ・オービソンをめぐる話を書き続けていたわけですが、話の着地点をいろいろと考えているうちに中断した形になってしまいました。


10. Somebody's Smiling (While I'm Crying) / Curtis & Del




最後の1曲は何にしようかと考え、いくつかの候補を抑えてこの曲に。今年のブログには一度も登場していませんが、朝妻さん、大瀧さん、そしてロイ・オービソンをめぐる話の流れで絶対にこの曲を紹介しようと思っていました。この曲って、まさに大瀧さん! って感じの曲なんですね。個人的には大瀧さんの好みの究極の曲だと考えています。

で、この曲の流れで紹介しようと思っていたのがスラップスティックの「星空のプレリュード」という曲。というわけで10曲目は最終的に「星空のプレリュード」か「Somebody's Smiling (While I'm Crying)」のどっちにしようかと思って、結局YouTubeに音源があるほうを選びました。

スラップスティックの「星空のプレリュード」は大瀧さん作曲の曲なのに、なぜかCD化がされていないんですね(10年ほど前に『スラップスティック CD-BOX』が出ていますがすでに廃盤。とんでもない高値がついています)。で、実はこの日のブログに書いている、あの『Complete EACH TIME』のアナログ盤を手に入れたときに見つけて買ったのが「星空のプレリュード」の収録されたアルバムでした。

大瀧さんがスラップスティックに提供した曲は多少手を入れて(作詞を松本隆さんにしたことが一番大きい)『ロング・バケーション』に入れられたのですが、この「星空のプレリュード」は素晴らしい曲だけど入れられなかったんですね。「カナリア諸島にて」にかぶるからでしょうか。面白いことに「カナリア諸島にて」の続編的な形で作られた松田聖子さんの「風立ちぬ」は結果的に「星空のプレリュード」に似たものになっているんですね。つまり「星空のプレリュード」には大瀧さんの好みの究極の形が出ていると言えるわけです。なんてことを今年のうちに書こうと思っていました。


それではよいお年を。


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by hinaseno | 2017-12-31 15:36 | 音楽 | Comments(0)

「たとえば、星を見るとかして」と題した長い話は昨日、最終回としましたが、いくつか書き残したこともあったので、それをちょっと。

河野通和さんのトークイベントの後は参加者が河野さんにサインをしてもらいながら、それぞれの方々がひとりひとり河野さんと話をされていました。こんな雰囲気。

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もちろん僕もサインをしていただきながら少し話を。僕のセレンディピティを話しました。

何度も書いているように僕にとっての本にまつわる最高のセレンディピティはなんといっても夏葉社から出た関口良雄さんの『昔日の客』なのですが、実は河野さんの『言葉はこうして生き残った』にはまさにその『昔日の客』の話が出てくるんですね。「こんな古本屋があった」という章。

そこには夏葉社から復刊された『昔日の客』の最後に収められた「復刊に際して」の言葉が「息子さんの証言」として引用されています。この「息子さん」こそ関口直人さん。ということで、それにからめて僕のセレンディピティを聞いてもらいました。

とはいうものの後ろにずらっと人が並んでいたので、「(あまりにも膨大すぎる)すべて」を聞いてもらうわけにはいかなかったのですが。


でも、とりあえず、ある日、知り合いのライブカフェのオーナーからほぼ日で糸井さんとも対談をされている大瀧詠一さん(ここで河野さんは頷かれました)の昔のラジオ番組を聴いていたら「関口」という名前が出てきて、で、調べたらまさに『昔日の客』の著者の関口良雄さんの息子さんだとわかって、しかもそのわかった日に関口さんがさきほどのライブカフェにいて…、なんてことを語りながら持っていった『昔日の客』を開いたら、石川さんと関口さんのツーショットの写真がはさんであって、それを河野さんにお見せして。

その写真を見ながら河野さんはメルマガに『昔日の客』のことを書いたら、直人さんからお礼の手紙をいただいたとおっしゃっていました。


さすがにこれだけでも5分くらいはかかってしまって、後ろに並んでいる人も何人もいたので、そこで河野さんに挨拶をしてその場を離れました。


でも、本当は、次のようなことも聞いてもらいたかったけど、いくらなんでも長すぎる話。

まずは、ほぼ日で大瀧さんが糸井重里さんと対談された時のこと。この時の対談はまだネットで読むことができますね。これは一番最後のページですが、この下のほうに対談順にリンクできるようになっています。

これがその時の記念写真。

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一番左が大瀧さん、そのとなりが糸井さん、それから三木鶏郎さんの晩年の助手を勤められた竹松伸子さん、そして一番右がCM音楽プロデューサーの大森昭男さん。はっぴいえんど解散後に、大瀧さんに最初にCMソングを作るように声をかけたのが大森さん。で、その大森さんのCM制作会社であるONアソシエイツにいらしたのが関口直人さんなんですね。


それからさらに、石川さんの中学時代の同級生で、同じ会社に勤められていたのが『考える人』にも寄稿されていた内田樹先生で、さらにその内田先生と、小・中学校も同級生で、石川さんと内田先生が勤めていた会社を経営されていたのが平川克美さんで、その方の『言葉が鍛えられる場所』という本が、まさにこのスロウな本屋のサイトのトップページの一番目立つところに置かれているんです…、などなど話し続けたかったんですが、ここまで語っていると1時間は超えてしまいますね。


ところで、河野通和さんの「ほぼ日の学校長だより」にはセレンディピティ以外にも興味深いことがいっぱい書かれているんですが、そのうちの一つがこの「無人島に持っていく1冊」と題された話。僕が関口さんとお会いした神田の神保町の話から始まります。河野さんはそこで開かれたシンポジウムに招かれていたんですが、最後に「もし無人島に行くとすると、持っていきたい1冊は何ですか?」という質問が出たんですね。

無人島に持っていく1冊の本とか1枚のレコードとか、僕もやはり訊いてみたくなりますね。でも、自分のことを考えるとかなり悩んでしまいます。

ということで河野さんも困ったようで、結局こう答えられたんですね。

「出版社の廊下には“束見本(つかみほん)”といって、本の中身はまっ白だけれども、実際の製本時と同じ紙で作られたダミー本が、たくさん積んであります。本の重さ、厚さ、触感を確かめるために作る見本です。その白い本を持っていきたい」と。


ちょっと反則っぽい感じですが、でもこれは素晴らしい答えだと思いました。ふと、無人島レコードという本で、大瀧さんがただひとりレコードではなく本(『レコード・リサーチ』を選んだことを思い出しました。

「音をレコード盤に記録するのではなく、そのまま頭に記録する……という方式。そういう反則ワザで逃げられないかしら? ようするに、自分が”レコード”ってことだな」と。


それからほぼ日には河野さんが19歳の読んでほしいということで選んだ「19歳の本棚」というのが掲載されていて、実はこの中に池澤夏樹の『スティル・ライフ』も入っているんですね。河野さんのイベントの少し前に気づいていたんですが、幸いなことにというべきかこのコメントを読んでいませんでした。もしこれを読んでいたら、あの日、涙が出るほどの興奮を覚えなかったはず。こいういのも縁ですね。縁にはタイミングというのがあります。


ところでここに並べられた30冊の本のうち僕が読んだのは8冊。どれも20代から30代はじめに読んでいます。そういえば余白珈琲さんは、なんと『スティル・ライフ』をまさに19歳の時に読んだそうです。


最後に、再び大瀧さんの話に。

昨日久しぶりにほぼ日の糸井さんとの対談を読みました。いや、いい言葉がいっぱいなんですね。「天使」って言葉も出てきて、思わずにっこりでした。

対談の冒頭、糸井さんが「どうして、三木鶏郎さんのことに、竹松さんはそんなに詳しいんですか?」と言った後の大瀧さんの発言がいかにも大瀧さんらしいんですね。こう言っています。「そう、そう、そう! 俺も今日はそこから始めてもらいたい。『詳しい』の前に『なぜ、三木鶏郎さんに興味を持ったのか』というのを聞きたいんです」。で、竹松さんが「そこからですか?」と聞くと大瀧さんは「そこからじゃないと」と念を押します。


やっぱり大瀧さんは「縁」とか「きっかけ」がまず何よりも気になるんですね。

それから「不本意」の話とか「質よりも量」の話とか、目から鱗のような話が続きます。でも、ところどころで一同「ハハハハハ‥‥!」という状態も作っていて。やはりすごい人です。


この対談の最後の方に語った大瀧さんの言葉を最後に引用しておきます。


現実を‥‥結果をそのまま受け止るというのが、歴史の改竄はよくないというのと同じで、あったことはそのまま受け止めるべきだと思う。そういうようにしておくと、受け継がれるの。改竄したものというのはね、受け継がれないんだ。だから、我田に水を引いたり‥‥という種類のものはね、必ず、落ちていく。

大瀧さんはいつも「受け継ぐ」ことの大切さを考えていたんですが、大瀧さんが亡くなって以降、「受け継ぐ」ことよりも「壊す」ことしか考えていない歴史改竄主義者が大声でいい加減なことばっかり言うようになってきました。たぶん生きていたら耐えられないのじゃないかと思うほどに。

とにかく彼らにはぜひ来年は「落ちてい」ってほしいです。


さて、今日は大瀧さんの命日。もう4年。時の経つのは本当に早いですね。今年もいっぱい大瀧さんの音楽を聴かせてもらいました。そして今年気がついたこともいくつも。まだまだ奥が深いです。


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by hinaseno | 2017-12-30 11:42 | ナイアガラ | Comments(0)

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」


実はこの質問と同時にもう一つ別の質問を河野さんにしました。超ベテランの編集者にぶつけるのは失礼にあたるのではないかと思いつつ、あえてした質問でした。

それは松家さんから『考える人』の編集長を引き継ぐとき、松家さんが編集長を務められた最後の号が、村上春樹のロングインタビューが掲載されたためにすごく売れたはずなので(実際ものすごく売れたそうです)、相当のプレッシャーがあったのではないでしょうかということ。

河野さんはまずこの質問に答えられました。全くありませんでした、と。

で、そのことにからめてちょっとしたエピソードを聞かせてもらいました。河野さんが『考える人』の編集長になってしばらくしてある方から手紙が届いたそうです。その手紙にはこんな内容のことが書かれていたそうです。「編集長が変わると普通は雑誌の雰囲気もかなり変わるはずなのに、『考える人』は編集長が変わったということを全く感じさせないというのが素晴らしいですね」と。

それが糸井重里さん。糸井さんは『考える人』を通して河野さんへの信頼を高めていったようでした。


で、この後、セレンディピティのことに。こちらの方はちょっと考えられていました。もちろん河野さんは僕なんかとは比べものにならないほど多くのセレンディピティを本の世界で体験されていることは言うまでもありません。それを知りつつ、僕はとびっきりのものを、と尋ねたんですね。


そして河野さんは少しずつ語り始めました。

「そうですね、やっぱり、さっきの話の中に出てきた人につながる話ですが…」と。

「さっきの話」というのはその前の松村さんとのトークの中で語られた河野さんの大学時代の話。河野さんが行かれたのは東京大学(トークでは東大の名は出なかったはず)の文学部のロシア文学科。ロシア文学科を選ばれたのは変わった人が多いはずだと思ったからだそうです。実際、そこには変わった人が多かったようですが、その中にとびっきり変わった人がいたんですね。

授業には全く出てこなかった人のこと。河野さんがときどき研究室に行ってみると(河野さんもあんまり熱心な学戦ではなかったようです)沖縄の焼酎(泡盛だったっけ?)を1本置いてある。どうやらそれを持ってきているのは同級生の一人だったらしいのですが、一度も顔を会わせることがない。で、そのまま卒業式の日がやってきます。そこで初めてその人に会ったんですね。「あれは君だったのか」ということで、いっぺんに意気投合。卒業後も親しい関係を続けるようになったようです。のちのその人は雑誌『旅』などの編集に携わった後、フリーランスのライターになって、全国の島をめぐって島関係の著書をいくつも出されていると。


トークではその人の名前の名字だけをおっしゃられていたので家の戻って調べてみました。

斎藤潤さん。なんと岩手県出身。これも縁ですね。

縁といえば、もしやと思ってスロウな本屋さんのことが載っている『せとうち暮らし』の20号を見たらなんと斎藤潤さん関係の記事がいくつか。つながっています。


さて、その斎藤さんが『旅』の編集をされていたときに、ちょこちょことエッセイを寄稿されるようになったのが池澤夏樹(池澤夏樹はなぜか「さん」付けしないほうがしっくりくるのでこう表記します)。斎藤さんと池澤夏樹がつながっていくんですね。

ところで河野さんが入社されたのは中央公論社。プロフィールを見ると1978年入社となっています。その中央公論社が発行している『海』という雑誌の1984年5月号に池澤夏樹の初の小説が掲載されます。それが南の島を舞台にしたあの『夏の朝の成層圏』。今気づいたんですが、この小説が掲載されたのは大瀧さんの『EACH TIME』が発売された翌月だったんですね。ただこの作品については河野さんはノータッチのようです。

『夏の朝の成層圏』はその年の9月に単行本になったものの、『沖にむかって泳ぐ』に載った池澤夏樹のインタビューよれば「数人の作家、編集者が注目したけれども、反応は限りなく静かであった」と。

で、池澤さんはしばらく小説から遠ざかります。でも、その池澤夏樹に再び小説を書くように勧めた人がいたんですね。

『沖にむかって泳ぐ』に、こんなことが書かれていました。


「その頃、中央公論の編集者から、『夏の朝の成層圏』はよかったんだから、またちゃんと小説を書かないかとすすめられて、やってみる気になったんです」

この編集者がまさに河野通和さんなんですね。そして河野さんがかなり手を入れる形で書き上げたのが『スティル・ライフ』。

家に戻って調べてみたら、このあたりの話はいろいろとネットに載っていて、今年の初めには河野さんと池澤夏樹のトークイベントも行われたりしていたこともわかったんですが、とにかくこの『スティル・ライフ』につながる話をスロウな本屋で河野さんの口から聞けたのはこれ以上ない喜び。興奮しすぎて、冷静さを失ってしまいました。


河野さんの話はそれだけにとどまらないんですね。河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティは僕にとってもとびっきりのセレンディピティでもありました。


いつの頃からか河野さんと池澤夏樹と斎藤潤さんの間に強いつながりができあがっていたようで、池澤夏樹は斎藤さんからいろんな話を聞いているうちに、とりわけ沖縄に興味を持つようになったようです。もともと池澤夏樹も島好きではあるけれど、沖縄に特別なものを感じたんですね。で、何度か沖縄に通っているうちに、そこに住みたくなり、ついに移住することを決意します。で、その移住の手助けをされたのもまさに河野さんと斎藤さん。いや、もう涙があふれそうでした。


ということなので斎藤さんにも是非お会いしたくなりましたが、なんとなく来年はそういうことが実現しそうな予感もします。「せとうち」つながりで。

予感といえば、来年の1月にはいよいよ待望の平川克美さんの新刊がミシマ社から出ることになります。前にも書いたようにタイトルは『二十一世紀の楕円幻想論』。贈与と縁をめぐる話が語られているはず。

この平川さんと松村さんの対談が実現すればどれだけうれしいだろう、といううれしい予感を書いてこの長い話を終わりにします。


最後は『夏の朝の成層圏』の最後の部分の引用で。


雲の上端はもう光っていない。そわそわと夜風が吹きはじめた。海は静かに砂浜を洗っている。星が……。



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by hinaseno | 2017-12-29 14:52 | 文学 | Comments(0)

スロウな本屋さんでの河野通和さんと松村圭一郎さんのトークイベントは、前日の岡大のときとは違って穏やかで親密な空気の中で行われました。会場となった部屋には柔らかい日差しが降り注いでいました。やっぱり場所って大事ですね。

河野さんと松村さんが会われるのはこれで3度目とのこと。でも、すっかり打ち解けた関係になっていました。もちろんそれぞれの人柄もあってのことですね。前夜はいっしょにワインを飲まれたとか。

参加者は定員いっぱいの約20名。やはりほとんどが女性でした。県外からきた人もいたようです。

これはイベントが始まる前の様子。右が河野通和さん、そして左が松村圭一郎さん。

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前日の岡大での講演はどちらかといえば厳しめの表情が多かった感じでしたが、この日の河野さんはこんなふうに終始笑顔が絶えませんでした。

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もちろんときには厳しい表情になられることも。言葉というものと真摯に向き合い続けられた人ならではという感じで、語られるすべての言葉に感銘を受けました。

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お二人の後ろにずらっと並べられているのは雑誌『考える人』のバックナンバー。

『考える人』が創刊されたのは2002年7月。創刊時の編集長は松家仁之さん。松家さんは33号まで編集長を務められて、そのあとを河野さんが引き継いで60号まで出されて休刊ということになりました。


僕が『考える人』を知ったのは5号くらいのときでしょうか。ある日、どこかの書店でタイトルと表紙の絵(創刊時にずっと使っていたのはサンペというイラストレーターの絵)に惹かれて目がとまったんだと思います。執筆者に池澤夏樹や河合隼雄など僕の大好きな作家が並んでいるのがわかったので即購入。すごく気に入ったので創刊号からバックナンバーをすべて揃え、それから毎号買うようになりました。


10号くらいから内田樹先生が登場されたのはうれしかったですね。大好きな池澤夏樹と内田先生がいっしょの雑誌に載っている、と、こういうのを密かに喜んでしまうのは昔から。後に池澤夏樹と内田先生が『考える人』のパーティで同席されたり、さらには対談をされたりするのをなんともいえない気持ちで眺めていました。


『考える人』の編集長が変わったことはよく覚えています。松家さんが編集長をつとめた最後の号に載ったのが「村上春樹ロングインタビュー」(なんと100ページ)だったんですね。聞き手は松家さん。めったにインタビューを受けない村上さんがあえて引き受けたのは相手が松家さんだったから。懇意にしていた編集者が新潮社をやめることになったのでインタビューを引き受けたんですね。

その33号の最後のページに載っている「編集部の手帖」の最後に松家さんはこう書いています。


 私事になりますが、この最新号が書店に並ぶ直前に、新潮社を退社することになりました。次号からは、先輩編集者である河野通和さんが入社し、編集長を引き継いでくださいます。

もちろん僕はこのとき河野さんという人のことを全く知らなかったわけですが、松家さんが辞められるという段階で廃刊ということになってもやむを得なかったかもしれない『考える人』を引き継ぎ、そのクオリティを全く下げることなく刊行され続けたというのは本当に偉大なことだったと思います。


ところで僕は60号のうちの3分の2くらいは持っていましたが、引越しの時に大量に手放してしまって(大切な本だったのでおひさまゆうびん舎にかなりの数を買い取ってもらったような気がします)今、手元にあるのは10数冊。

そういえばこの秋、おひさまゆうびん舎で開かれていた夏葉社フェアのテーマは「家族」ということで、「家族」にちなんだ本も並べられていたんですが、その中に「家族ってなんだ?」という特集が載っていた『考える人』を見つけて買いました。この号は松村さんの『うしろめたさの人類学』の帯文を書かれた山極寿一さんのロングインタビューが載っているんですね。このときの編集長は河野さん。河野さんの『言葉はこうして生き残った』には山極さんとお会いされた時の面白いエピソードが載っています。


そういえばこの日のトークの途中で松村さんが後ろに並んでいるバックナンバーから1冊を取り出して本立てに置かれたんですね。たまたま松村さんの目に留まったので置いたって感じだったんですが、僕にとっては思い出に残る1冊だったので、おっ!でした。この写真の真ん中に置かれています。

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それは2012年の秋号。特集は「歩く」。「時速4kmの思考」という副題がついています。編集者はもちろん河野さん。

2012年の秋といえば、まさにこのブログを始めた頃。つまり僕は姫路での木山捷平を追いかけ始めた時でした。

木山さんは本当によく歩く人なので、いったいどれくらいのスピードで歩いていたんだろうかと思っていたときにこれを手に取ったんですね。この日のブログで「今朝、たまたま見た本」と書いているのはまさに『考える人』のこの号。こういうのも縁というかセレンディピティというか。


ということで最後の質問コーナーで、そんな僕のセレンディピティの話を少しして、ぜひ訊いてみたいと思っていた質問を河野さんにぶつけました。

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」

と。

そこで飛び出したのが池澤夏樹の名前でした。


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by hinaseno | 2017-12-28 15:55 | 文学 | Comments(0)



 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。

 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。

これは池澤夏樹の『スティル・ライフ』の冒頭部分。今回、ずっと書き続けている話のタイトルはこの中の言葉。1回目に引用したこの会話もやはり『スティル・ライフ』からの引用でした。


「人の手が届かない部分があるんだよ。天使にまかせておいて、人は結果を見るしかない部分。人は星の配置を変えることはできないだろう。おもしろい形の星座を作るわけにはいかないんだ。だから、ぼくたちは安心して並んだ星を見るのさ」
「大熊座が、新しいクマの玩具の宣伝のために作られたわけじゃないからか」

それから先日ちょこっと書いた「チェレンコフ光」というのもこの会話の中に出てきます。


池澤夏樹の『スティル・ライフ』をどういうきっかけで手にしたかは覚えていません。『スティル・ライフ』が芥川賞をとったのは1988年ですが、芥川賞を取ったから読むなんてことはしていなかったし。何かで読んだ丸谷才一さんの書評がきっかけだったような気もします。丸谷さんはデビュー当時から池澤夏樹をとても評価していたので。

『スティル・ライフ』は単行本も文庫本も両方買ったけど、単行本が例によって見当たらない。文庫本の出版年を見ると1991年12月。初版でした。


『スティル・ライフ』は僕にとっては人生の一冊といってもいいかもしれません。特に冒頭の散文詩のような言葉には強い衝撃を受けました。世界の見方が完全に変わったような気すらしました。考えてみると、今、僕がイメージを作りつつある珈琲豆的楕縁の世界にもつながっている気がして、今なお強く影響を受け続けていることがわかります。

作品としてはその前に書かれた『夏の朝の成層圏』が一番好きですが、手に取った回数は圧倒的に『スティル・ライフ』の方が多い。たいていは冒頭部分を読み返していたのですが。


そういえばちょうどひと月前に『スティル・ライフ』のことをちょこっとだけ書いています。そう、余白珈琲さんの話。

余白珈琲さんのInstagramのコメント欄を順番に読んでいたときに『スティル・ライフ』の冒頭部分の引用があって、おおっ!って思ったんですね。

もう何年も前に、僕がツイッターに書いていたものをずっと読み続けていてくれていた人が、ある日、僕が池澤夏樹のことを初めて書いたら(『スティル・ライフ』のことだったかもしれない)、「やっぱり、◯◯さんには池澤夏樹が入っていたんですね。最後のピースがはまった感じがしました」というメッセージをもらったことがあったんですが、余白珈琲さんのコメント欄の『スティル・ライフ』の引用を見たときには、まさにそれと同じ感じを抱きました。小さなピースではなく、かなり大きなピース。


『スティル・ライフ』の衝撃以降、僕は池澤夏樹の本を憑かれたように読み続けました。当時、ちょっとした池澤夏樹ブームがあったようで、1990年代の前半はかなりの本が出たんですね。全部買って読んでいました。完全に「春樹」よりも「夏樹」の時期でした。


池澤夏樹から受けた影響は計り知れなくて、とりわけ次の3つが僕にとって大切な存在になったのは、まぎれもなく池澤夏樹がいたからこそ。

まずはなんといっても星野道夫ですね。星野道夫を知ったのは池澤夏樹の『未来圏からの風』に収められた対談に衝撃を受けたからでした。


それから宮沢賢治。


そして沖縄。

池澤夏樹を熱心に追いかけていたとき、彼は突然沖縄に移住したんですね。最初はすごくびっくりしたけれど、彼の言葉を通じて沖縄のことをいろいろと知り、沖縄が大好きになりました。僕もいつかは沖縄に移り住みたいと思ったくらい(今でもその気持ちは少しあります)。そういえば沖縄に移住した直後のインタビューが載った雑誌があったはずだけど、これも探したけど見当たらない。あの雑誌に載った池澤夏樹の服装を真似ていた時期も。全然似合わなかったけど。


この日のブログにも書いたことですが、僕は一度だけ池澤夏樹の講演に行きました。おそらく1997年か1998年の夏。場所は加古川。

その日は7月7日。「七夕」ですが制定されたばかりの「川の日」にちなんで加古川で開かれたんですね。「川の日」というのが制定されたことはその講演で初めて知りました。


冒頭、池澤夏樹がこう言ったんですね。

「実は今日は僕の誕生日なんです」と。

正直、震えるくらいにびっくりしました。なぜならば…、と書こうと思ったけど、やっぱりそれは書かないでおきます。でも、七夕という星に願いをかける日に、なんて奇跡なことが起こるんだろうと体が震えたことを覚えています。


で、先日、そのときと同じくらに体が震えてしまうことが起きたんですね。そう、スロウな本屋でのイベントで河野さんの口から驚くことが語られたんです。

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by hinaseno | 2017-12-26 15:04 | 文学 | Comments(0)

小さな星となっている天使たちの会話の後、場面は冬の郊外の小さな森で子供たちが遊ぶ場面に。少年たちがやっているのは氷の上をスコップに乗って滑る遊び。一人の幼い少年がコントロールを失って池に落ちてしまう。それを少年の兄が助ける。


昨夜、1年ぶりに見た『素晴らしき哉、人生!』(やっぱり最後は泣いてしまいました)の冒頭はこの場面から始まって、思わず、おっ!となってしまいました。あのとき、さっと頭に浮かんだのはこの場面だったんだと。

あのときとは…。


さて、河野通和さんのこと。

岡山にやってこられたのは先週の土曜日(16日)。ちなみにスロウな本屋さんでのトークイベントは翌日の日曜日(17日)。スロウな本屋さんでのイベントのほうは告知をした即日に予約が埋まったようです。予約できて本当にラッキーでした。

予約が取れたときに店主の小倉から前日の土曜日にも岡山大学で河野さんの講演があることを教えていただきました。スロウな本屋さんでのイベントと同じくお相手をされるのは松村圭一郎さん。松村先生による岡山の人への素敵な贈り物でした。

ただ、僕個人としては河野さんには、やはりスロウな本屋という場でお会いしたいという気持ちが強かったので、岡大での講演に行こうかどうか悩みました。おそらくは違う話をされるはずだし、河野さんの話を聞く機会はそうめったのはないはずなのでどちらも行くにこしたことはないけど、やはり僕という人間は「場」というものを考える人間のようです。

でも、結局行きました。


母校である岡大に来るのは本当に久しぶり。いつ以来かなと考えて、卒業して何年も後に、昔付き合っていた女の子とここでデートしたことを思い出しました。それももうずいぶん前の話。


講演のある講義棟に到着したものの、どこの教室で講演があるかきちんと調べていなかったので講義棟の入り口あたりできょろきょろとしていたら「あっ、どうも」と声をかけられました。見たらなんと松村さん。顔を覚えてもらえていて、ちょっとうれしくなりました。

松村さんに場所を教えていただいて、2階に上がって受付。受付のそばではスロウな本屋さんの小倉さんが河野さんの本と松村さんの本を売っていました。ちょっとご挨拶、「明日もよろしく」と。

控え室に入ったら人がいっぱいでびっくり。講演が始まるまで時間があったので、すぐ隣の校舎の、昔、研究室があったところまで行ってみることにしました。校舎のつくりはそのままでしたが、内装も外装も当時とはすっかり変わって、当時の古びた感じはなくなっていました。

昔、僕が学んだ研究室は教員の控え室に変わっているのを見て引き返しました。廊下を歩きながらここで学んだことを思い出そうとしましたが、ちっとも思い出せない。暇があったらすぐそばの運動場でソフトボールばかりしていたことは覚えているけど(僕はたいていピッチャー。コントロールが抜群でした)。


さて、いよいよ河野さんの講義。教室に入る列に並ぶと、すぐ目の前に河野さんがいらっしゃっることに気づいてどきどき。河野さんもちょっと緊張気味なのかなという気がしました。とても声なんてかけられない。

この日の講義のタイトルは「ことばを考える、ことばで考える ~いま僕らに人文学が必要な理由~」。司会は松村さん。

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この日と、翌日のことは河野さんのこちらのほぼ日の学校長だよりに書かれています。参加者は大学生(大学院生含む)が40人、高校生7人、一般100人の計147人だったとのこと。高校生はたぶん全員女子学生だったはず。彼女たち、どういうきっかけでこれを知ったのかわかりませんが、素晴らしいですね。やっぱり今は女子の方が意識が高いのかな。


さて、河野さんの話は子供の時のことから。河野さんの生まれは岡山市のどこだろうと思っていましたが、なんと荷風とも縁のある伊福町。河野さんは荷風と縁の深い中央公論社に入社されていたので、翌日のスロウな本屋さんのイベントでは機会があればぜひそのあたりのことを伺ってみようと思いました。

伊福町は岡大にも近いということで、河野さんは子供の頃から何度も岡大に来ていたそうです。キャンパスが遊び場になっていたんですね。

で、ある冬の日、幼い河野少年がキャンパス内の貯水池のそばでひとりで遊んでいたら、そこに落ちてしまったそうです。でも、たまたまそばを通りがかった学生にすぐに助けられて一命はとりとめたと。もしもだれも落ちたことに気づくことがなければ、今頃は…。

という話をされたときに僕の頭にさっと頭に浮かんだのが『素晴らしき哉、人生!』の冒頭のシーンでした。でも、その後の話を聞いているうちに、そのときのことはすっかり忘れていたんですが、昨夜、映画を見て突然思い出しました。こういうのって、つながるときにはつながるものです。


それにしても河野さんの言葉はどれも心に沁みました。講演の後、本にサインをいただこうかと思ったけど、それはやはり明日の方がいいなと思い、松村さんに挨拶をして岡大を後にしました。


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by hinaseno | 2017-12-25 15:09 | 雑記 | Comments(0)

今年の漢字というのがありますね。くだらないと思いながらも、少しは考えてしまいます。

世相ということでいえばロクな字は浮かばないけど、今朝、ふと、今年このブログで最も多く使った漢字は「夢」ではなかったかと思いました。昨日のブログも「夢」で終わっています。

考えてみれば今年は夢のような出来事がいくつもありました。中断しているけど『ロング・バケーション』につながるロイ・オービソンの話も「夢(Dream)」がキーワード。それからなによりも大瀧さんがプロデュースしたシリア・ポールの『夢で逢えたら』にまつわる話もいっぱい書きました。


そのシリア・ポールの『夢で逢えたら』の、まさに夢のようなBOXの詳細が先日明らかに。こちらですね。

注目は何と言っても「ONKIO HAUS MIX」と資生堂の「香り’77」。「ONKIO HAUS MIX」は僕がたまたまそばを通った音響ハウス(あの森岡書店のすぐ近く)でミックスされたものですね。CD-4の最後に収録された「香り’77」はなんと4つのバージョンが収録されています。すごい。


僕にとっての究極のセレンディピティのきっかけとなった大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集でこの曲がちらっとかかって、そのとき大瀧さんは「言っておきますけど、これは僕の曲ではありません」と念を押していたけれど、何か関係しているにちがいないとにらんで、いろいろと調べていたんですね。関口直人さんにも訊いたり。

で、東京で関口さんとお会いしたときに、その曲のことを覚えてくれていて「あれは樋口康雄の曲です」と教えていただいて、それがきっかけで曲のタイトルもわかったんですね。

録音された日や、録音された場所を見ると、やはり大瀧さんがなんらかの形で関わっていたことは間違いないようです。でなければ収録されるはずもないですしね。

それにしても「香り’77」はCMソングで曲も短いけどボサノバ・タイプの本当にオシャレな曲。これをきちんとした音で聴けることになろうとは。


ところで、「香り’77」が録音された日は1977月4月6日となっていて、ふと気になってあることを調べました。それは同じボサノバ・タイプの太田裕美さんの「恋愛遊戯」。リリースは1977年5月31日。ってことは録音されたのは4月くらいということになりますね。ほぼ同じ頃にボサノバ・タイプの素敵な曲が生まれていたということには、何かきっかけのようなものがあるのかちょっと気になります。たまたまかもしれないけど。


たまたまといえば、昨夜、寝る前にInstagramをチェックしたら余白珈琲さんの写真がトップに上がっていて、で、スクロールしたらひとつおいて余白珈琲subさんの写真があって、それぞれのコメントを読んで寝ました。

で、眠りにつこうとしたときに、その間にあった写真のことがなんとなく気になったんですね。夜見たのは携帯だったので、朝、パソコンで見たら「わおっ!」でした。この写真です。

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つい先日、エンジェルの話をしたときに紹介した『素晴らしき哉、人生!』の、まさに天使(エンジェル)が登場する直前のワンシーンだったんですね。それが余白珈琲さんのお二人の写真に挟まれていたというのが偶然にしては出来過ぎ。一応証拠としてそこをキャプチャーしました。

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で、何が「わおっ!」だったかというと、実は余白珈琲subさんのコメントにAngelのことが書かれていたんですね。

余白珈琲さんは明日25日のクリスマスの日にに、あの元町のM&Mでイベントをされることになっていて、そのイベントのサブタイトルが「Angel eyes」。いやはやなんとも。


そういえば思い出したけど僕がそもそも「エンジェル」の曲をCDに入れるきっかけになった『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の『2』の世界は『素晴らしき哉、人生!』のこの天使が登場するシーンのリメイクでもあるんですね。エンジェルはいろんなものをつなげてくれています。

というわけで改めて『素晴らしき哉、人生!』の最後に「Hark! The Herald Angels Sing」が歌われるシーンを貼っておきます。




それにしても25日のM&Mでのイベント、すごく行きたいけど、行けないんですね。残念。行ける人はぜひ行ってみてください。とりわけエンジェルさんにはぜひ行ってもらいたいです。「私、エンジェルなんです」って言ったら珈琲一杯プレゼントしてもらえるかもしれません。


ちなみに『素晴らしき哉、人生!』に登場するクラレンスという名の天使はかほりさんのようにかわいい女の子ではなくて、坂上二郎さんそっくりのおじさん。でも、珈琲豆みたいにかわいい目をしています。

そういえば『素晴らしき哉、人生!』は星々の対話から始まります。今晩、絶対に見なくては。


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by hinaseno | 2017-12-24 14:46 | 雑記 | Comments(0)

余白珈琲さんから「星々」が届く。

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袋の中には楕円の形をしたコーヒー豆たちが優しい光をはなっている。もしかしたらチェレンコフ光が見えるかもしれないと思ったり。

珈琲を飲みながら、僕の珈琲豆的楕縁の内側の世界のことを考え、それから外の世界のことを考える。山脈のこと、人のこと、染色工場のこと、大熊座のこと、あるいは川のせせらぎやセミ時雨のことなどを...。


余白珈琲さんの珈琲豆を買うきっかけを与えてくれたのはスロウな本屋で開かれた松村圭一郎さんのトークイベントでした。そのスロウな本屋で先日、夢のようなイベントが開かれました。『考える人』という雑誌の元編集長で、現在はほぼ日の学校長をされている河野通和さんのトークイベント。河野さんをお呼びしたのは岡山大学の松村先生。ということで松村さんが河野さんのトークのお相手をされました。


実は10月に開かれた松村さんのトークイベントの後で店主の小倉さんから、今度またすごい人が来てくれるかもしれないと聞いていて誰だろうと思っていて、で、次にスロウな本屋さんに行った時に、それが正式に決まったと聞いて「だれですか?」と尋ねても告知まで公にできないと言われて。ただ、松村さんと誰かが対談するということだったので、僕は咄嗟に「河野さんですか?」って言ったんですね。小倉さんは少し微笑まれたけど、「言えないんです」と。でもやっぱり河野さんでした。


僕が河野通和さんのことを知ったのは今年の初めにミシマ社から出版された『言葉はこうして生き残った』という本がきっかけでした。ミシマ社はもちろんずっと注目している出版社ですが、でもミシマ社の本だからといって必ず買っているわけではありません。僕がよく知っている人が書いたものでなければ、よほど何かピンとくるものがなければ手に取ることはありません。

河野さんの『言葉はこうして生き残った』に関しては、まずそのタイトルに惹かれました。昨年出た平川さんの『言葉が鍛えられた場所』につながったんですね。そして一時期最もよく買って読んでいた『考える人』の編集長を務められていることもわかったので、これは読まなくてはと思って書いました。読んでみたら本当に素晴らしい本でした。

本を読み終えてプロフィールをみたら岡山市出身と。これにもびっくり。縁ですね。


以前にも書いたようにスロウな本屋さんのことを知ってそこに行ってみようと強く思ったのは、そこのトップサイトに平川さんの『言葉が鍛えられた場所』が本棚に飾られた写真が貼られていたから。これも縁。

初めて行ったときに店主の小倉さんからミシマ社との縁のことを聞いていて、まさにその数日後に河野さんの『言葉はこうして生き残った』がミシマ社から出ることがわかったのでスロウな本屋さんにすぐに注文しました。


それから数ヶ月後に岡大の松村さんの『うしろめたさの人類学』が出ることになるんですが、これも平川さんの『言葉が鍛えられた場所』につながっています。「うしろめたさ」というのは平川さんの本の中でのキーワードでもあったんですね。ということで『うしろめたさの人類学』もスロウな本屋さんに注文して書いました。


改めて考えれば平川さんの『言葉が鍛えられた場所』と、それをサイトのトップに貼っていたスロウな本屋という場所がなければ河野さんの本も松村さんの本も手に取らなかったような気もします。まさにスロウな本屋でできあがったトライアングルなんですね。

ということなので僕は心の中でこの3人の方が対談をしてくれないかと密かに期待していました。それぞれに重なる部分はあると思っていたので。岡山、ミシマ社、あるいは贈与…。


そしてその夢の一つがまさにスロウな本屋で実現したんですね。それはもう夢のような時間でした。

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by hinaseno | 2017-12-23 13:52 | 雑記 | Comments(0)

リッキー・ネルソンがジョン・ウェインから星のバッジを受け取る。ディーン・マーティンが一度投げ捨てた星のバッジをもう一度手にして敵と戦う決心をする。そしてふたりで歌を歌う。「My Rifle, My Pony And Me」、そして「Cindy」。ウォルター・ブレナンがハーモニカで伴奏。ジョン・ウェインは珈琲を飲みながらその様子を見て微笑む。さあ、いよいよ映画のクライマックス…。


そのときある方から電話がかかってきました。

観ていたのは西部劇の中でも一番好きな『リオ・ブラボー』。もう何度観たかわかりません。最も多く観た映画は間違いなくこれ。でも、何度観てもワクワクするんですね。


ところで西部劇にはタイトルに「星」がついたものがいくつかあります。『胸に輝く星(The Tin Star)』とか『星を持つ男(Stars In My Crown)』とか『星のない男(Man Without A Star)』とか。この「星」というのは保安官バッジのこと。星型をしているんですね。それらの映画にはそのバッジを受け取ったり、あるいは外したりする印象的なシーンが必ずあります。

『リオ・ブラボー』ではジョン・ウェインが保安官。ディーン・マーティンとウォルター・ブレナンが保安官助手。リッキー・ネルソンは元々は牧童だったけど新たに保安官助手となって一緒に敵と戦います。


これを見終えた後で、その日送られてきたDVDを見ようと思っていたら、それを送ってくれた方から電話がかかってきたんですね。もしかしたら間違ったものを送ったのではないかと思ったので確認してほしいと。

電話をかけてきた人、つまり贈り主はアゲインの石川さん。贈ってくれたDVD-ROMには先日アゲインで行われたモーメント・ストリング・カルテットの『大瀧詠一 弦楽トリビュートライブ2017冬』のチラシが入っていました。

確認のためにDVD-ROMをセット。すぐにモメカルのメンバー4人が映ったので「大丈夫です」と報告。そのあと1時間くらいいろんな話をして、眠る時間が近づいてきて、どうしようかと思って、ふとさっきちらっと見たモメカルが最初に演奏していた曲はなんだろうと思って、改めてそれを見ました。

大瀧さんの曲ではないなと思いながら聴いていて、まず浮かんだのはこれはリッキー・ネルソンの曲だと。リッキー・ネルソンがつながったなと。

でも、メロディを聴いても詞が浮かばず、すぐに曲名が浮か出てこなくて、ようやく曲の最後の頃にわかりました。


「アゲイン」


アゲインでモメカルのライブをするときには必ずこれが1曲目と決まっていたんですね。モメカルがアゲインでライブをするのは本当に久しぶりのことなので僕もすっかり忘れていました。

ちなみに「アゲイン」という曲はスタンダード・ソング。作曲者はランディ・ニューマンの叔父にあたるライオネル・ニューマン。曲の後のMCで石川さんは美空ひばりさんのバージョンが一番お好きだとおっしゃられていました。

ただ僕はリッキー・ネルソンのバージョンでこの曲を知って、それがスタンダード・ソングとは知らないまま、ずっとリッキー・ネルソンの曲だと思っていたんですね。

スタンダード・ソングと知ってからいろんな人の歌ったものを聴きましたが、やはり一番好きなのはリッキー・ネルソンが歌ったもの。とりわけこのテレビ・バージョンが好きです。




さて、神戸でのライブ以来、久しぶりに聴くモメカルによる大瀧詠一トリビュート。メンバーは当時とは2人変わっていたけど(岡山の、隣町出身の子がいなかったのはちょっと残念)、やっぱり素晴らしいですね。細かいところまで原曲に忠実なことは以前通りで、そのために4人の方々がやっている様々な工夫は何度見ても感心します。ただ、以前よりはクラシカルな雰囲気がやや強くなっている気がしました。


一番心に響いたのは「夢で逢えたら」。年とともにこの曲をますます好きになっています。そしてこの曲は弦に本当によく合っています。

一番びっくりしたのはその「夢で逢えたら」の次に演奏された達郎さんの「クリスマス・イブ」。この曲のバロック的な雰囲気が弦楽四重奏にぴったりでした。とりわけ間奏に使われているバロックの「パッヘルベルのカノン」には感動。


それにしてもこのライブで一番笑えたのは石川さんのMCでした(とりわけはっぴいえんどの曲の前後は何度聴いても吹き出してしまいます)。やっぱり場所がアゲインというのがいいんですね。考えたらこのアゲインもまさにスキマのような場所。ライブハウスではなくカフェという場所でこんなライブをしている。だからこそ生まれる親密な空気があるんですね。

そして何度も魔法のようなことが起こる。


そういえば僕が石川さんに送っていただいた「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集を聴いていて、そこでちらっと登場した関口という名前の人が「昔日の客」のあとがきを書いている人と同一人物とわかったまさにその日に関口直人さんがアゲインにいらしたというのは、僕の「セレンディピティ」の極致。


ってことで僕は、つい先日、まさにその僕の究極の「セレンディピティ」の話をある方にしちゃったんですね。その方とはまさに僕に「セレンディピティ」という言葉を教えてくれたご本人である河野通和さんでした。


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by hinaseno | 2017-12-22 13:09 | 音楽 | Comments(0)

今日は12月20日。先月から20日という日が来るのが楽しみになりました。それは余白珈琲さんに、毎月20日に焼いた豆を送ってもらうようにお願いしたから。

今回送られてくることになっているのはクリスマス・シーズン限定で焼かれる豆。余白珈琲さんはそれを「星々」と名付けたそうです。

綺麗な星空を眺めるのは大好きだし、「天使(Angel)」と同じくらい「星(Star)」がタイトルについた曲も大好きなので、「星々」という名前に惹かれないわけがありません。


そういえば先日のおひさまゆうびん舎での結婚式のために作ったCDには「エンジェル」の曲の前に「星(Star)」が付く曲を入れました。天使と星はきっと相性がいいと思ったので。

入れたのはキャシー・ヤング&イノセンツの「A Thousand Stars」とディオン&ベルモンツの「When You Wish Upon A Star(星に願いを)」の2曲。本当はリンダ・スコットの「I've Told Every Little Star」とかレイヴンズの「Count Every Star」とか入れたい曲がいっぱいあったけど収録時間の関係で外しました。

一番好きな星の曲はやっぱり「When You Wish Upon A Star(星に願いを)」。このディズニーの名曲はいろんな人が歌っているけれど、一番好きなのはディオン&ベルモンツの歌ったもの。もちろんレコードも持っています。レーベルは名前もロゴも大好きなLaurie。

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一応曲を貼っておきます。この季節にぴったりです。




ところで、僕が余白珈琲さんに毎月20日に焼いた豆を送ってもらうように頼んだのは来月1月20日が余白珈琲の大石くんの誕生日だから。

誕生日というのは星の巡り合わせもあって、そこには目に見えない縁が散りばめられているので、あえてこの日を選びました。もちろんそれは大石くんの縁だけれど、たぶん僕の縁にもなるんだろうなと。


そういえば昨日おひさまゆうびん舎の窪田さんからおおっ!ということを教えてもらいました。それは先日ゆずぽんさんと結婚したかほりさん、つまりエンジェルさんが大瀧さんと誕生日が同じだったんですね。いや、これはうれしいというかすごいというか。

大瀧さんは誕生日(レコードの発売日もレコードの誕生日と言えますね)の縁のことをすごく考える人で、この日のブログに書いたようにあの『ロング・バケーション』は、プロジェクトに関わった人(のお子さん)が全員誕生日が同じだったってことで始まったんですね。


ちなみに先日作ったCDでは3曲のAngelソングのあとにナンシー・シナトラの「肩にもたれて(Put Your Head On My Shoulder)」を入れて、そのあとに大瀧さんの「夢で逢えたら」のインストルメンタル・バージョンを入れました。

「Put Your Head On My Shoulder」は大瀧さんが大好きな「フルーツ・カラーのお月さま(I See The Moon)」のB面で、さらに大瀧さんと一番縁の深い山下達郎さんと竹内まりやさんが結婚式で使った曲でもあったので入れたのですが、イメージとしては天使は肩のあたりでお休みしていそうだなと考えて。

ってことでかなり軽い感じでイメージだけで曲をつなげただけなのに、結果的にいろんなことが実際につながっていたことをあとで知って、われながら驚いています。


というようなことを今日書こうと思ったら、今朝、高橋和枝さんからメールをいただんですが、そこにはさらにびっくりなことが。高橋さん、この秋に「赤い実が出てくる絵本をつくってみませんか」と声をかけられていたそうなんですね。「高橋さんの絵を見ていたら、赤い実を描いたら可愛いだろうなあと思って」と(これ、内緒だったらごめんなさい)。


実は先日こんな写真をInstagramに投稿していました。タイトルは「Pretty Little Red Angels」。

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数日前の朝、ゴミを出すために裏庭を通っていたらナンテンの木にかわいらしい赤い実がなっているのに気が付いたんですね。ちょうどその日に書き始めようと思っていた赤いエンジェルの話のことをいろいろと考えていたので、なんだか赤い実がエンジェルに思えたんです。


ということで高橋さんの「赤い実が出てくる絵本」、すごく楽しみになりました。それにしてもウソみたいな、夢みたいな話ばっかり。


さて、今、聴いているのは弦楽四重奏で奏でられた大瀧さんの曲。これは(も)ある方からの贈り物。まるで天使たちが飛び回っているような美しい曲が続いています。


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by hinaseno | 2017-12-20 15:17 | 雑記 | Comments(0)