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by hinaseno
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僕の知らない間に再開されていた余白珈琲さんのInstagramには、投稿された写真の後に、ちょっと長いコメントが添えられていました。コメントというよりもエッセイといった内容。どの文章にも、まるでほどよく焼かれてほどよく挽かれた珈琲豆のスキマを湯がゆっくりと通り抜けていくような言葉が心地いいリズムで綴られていました。ところどころには僕にとって大切なキーワードが散りばめられていて(池澤夏樹の『スティル・ライフ』の冒頭の言葉など)。もちろん投稿された写真の1枚1枚が素晴らしいことはいうまでもありません。何よりも最初に投稿されていた写真に写っていたのが大瀧さんの『EACH TIME』のレコード(CDではなく)...、僕は迷うことなく彼に珈琲豆を注文しました。僕のことがわかるかなと思いながら。


注文した豆が届くまでに、少しずつInstagramに投稿された写真のコメントを読み進めました。すると、あっと驚くようなことが。


今、ブログに書き続けている話のきっかけとなったのはミシマ社ですね。ミシマ社が作ってくれた縁によっていろんなものがつながっていきました。実質的には10月14日にスロウな本屋さんで行われた松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』に関するトークイベントから珈琲をめぐる素敵な物語が始まったわけですが、その1週間前の10月8日に余白珈琲さんが投稿した写真のコメントの中にびっくりすることが書かれていて、で、調べたらナント!でした。

せっかくなのでその日彼が書いたことをそのまま貼っておきます。


夏の思い出を、ひとつ。
京都にある「ミシマ社の本屋さん」に行った時のこと。


ミシマ社さんは、簡単に言ってしまえば、「とても面白い」出版社です。
なんだか生き生きとしている。
そんなミシマ社さん、本ももちろん好きなのですが、僕がすごく楽しみにしているのが「ださべん」です。

「食べられたらそれでいい」をモットーに、インスタ映えなんて気にせず、とにかく弁当を「作る」ことを目的としたミシマ社弁当部。
途中参加の「オカダ」さんが、今は主人公みたいなものです。
ただただ、ださいお弁当の写真が投稿されているだけのようですが、そのちょっと気の抜けた感じにほっこりし、美味しそうーとなります。


さて、ある日、ミシマ社の本屋さんに初めて行った時のこと。
靴を脱いで、ちゃぶ台の置かれた畳の部屋にワクワクしながらあがると、店番の人(ミシマ社で働く人が店番をしています)がいました。
ありふれた挨拶と世間話の後、「実はださべんのファンです」と切り出してみました。


すると店番の人は、「そんな人いるの!」と少し驚いた後、当たり前のことのように誰かに電話をかけ始めました。
なんと、その相手は東京オフィスにいるださべんの主人公「オカダ」だったのです。
こちらからすると、そこで普通に電話をかけてくれる店番の人の方が、「そんな人いるの!」です。
ドギマギしながら会話をする様子は、ミシマ社のウェブマガジン「みんなのミシマガジン」の7日の記事に掲載されています。


仕事や生活において、責任感や使命感が果たす役割も大きいのかもしれませんが、何よりも「面白がる」が基本だなあと、改めて感じた日でした。
よく分からないけれど、ほっこりできる「ださべん」、よかったらフォローしてみてくださいね。


ちなみに、焙煎所を塩屋へ移したら、「ださべん持って来てくれた人にはコーヒープレゼント!」という物々交換をやり続けようと思っています。


「みんなのミシマガジン」に関してはこのブログでも何度も紹介していますが、正直「ださべん」はちゃんと読んでいませんでした。すぐに10月7日に更新された「みんなのださべん」を見ました。するとそこにはこんなタイトルが。


「ださべんファン、現る」


なんと余白珈琲さんのことが書かれていたんですね。まさか余白珈琲さんがミシマ社とこんな形でつながっていたとは思いもよりませんでした。ミシマ社のオカダさんも驚いたようですが、僕も驚きました。いやホントに。


ちなみに、後で、というか昨夜のことですが余白珈琲さんからミシマ社の本屋さんに行ってきたときのことを聞いたらもっと面白いことを教えてもらいました。

彼が行ったときにミシマ社の畳の部屋に置かれているちゃぶ台の上で学生が何かの作業をしていたとのこと。作業をしていたのは岡山から来た岡山大学の学生でした。彼らはまもなくミシマ社から発売されることになる1冊の本の手書きPOPを作っていたんですね。いうまでもなくそれは松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』のPOPでした。POPを作っていたのは岡大で松村先生の授業を受けている学生だったんですね。

でも余白珈琲さんは、そのときにはミシマ社って面白いことをやるんだなって思っただけで、このときにはその後に始まる縁には気付くはずもありません。

でも改めて考えてみると、縁というのは、ただ積極的に行動すれば生まれるというものではなくて、実はなんとなく行ったところで、なんとなく目にした光景や、なんとなく交わした会話の中に縁の尻尾のようなものがあったりするんですね。で、問題はそれに気づけるかどうかのようです。

いや、それにしても面白すぎますね。


さて、豆を注文してから数日後、いよいよ余白珈琲から焼きたての珈琲豆が送られてきました。封筒の中には注文した豆と潜水艦のロゴの入った素敵な豆かんといっしょに、温かい”贈与”が添えられていました。

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(ちなみに、この写真にはその”贈与”は写っていません。送られてきてすぐにある方にそれを送ったので)


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by hinaseno | 2017-11-29 13:26 | 雑記 | Comments(0)

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珈琲にまつわる出来事を回想する日々。

なんだか忘れかけていた記憶がいろいろと蘇ってきました。甘い思い出もあれば苦い思い出も。苦い方が多いかな。

ひとつはっきりしているのは珈琲に親しむのに比例するようにジャズという音楽に親しむようになったなと。ジャズを聴くには苦い経験がいくつも必要なのかもしれません。


♫喫茶ボンボン 珈琲苦い苦い 苦い苦いは皆栄養♫


ですね。


さて、コーヒーミルを買って初めて豆を挽いてみました。最初はちょっと粗め、のつもりがかなり粗めに挽いてしまったために、湯を注いだら粉がちっとも膨らむことなく素通り。これは大失敗。

二度目は目一杯ネジを締めて挽いてみる。後で考えたらちょっと挽いて出てきたものを確認すればよかっただけなのに、全部挽いてからペーパーフィルターに移したら今度は超細挽き。湯の通り道がなくなっていました。かなりの時間をかけてようやくドリップし終えたものを飲んでみたら苦い苦い。


「スキマ」がなかったらダメ、ありすぎてもダメってことでした。

で、3度目。ようやくほどよい中挽きを見つける。湯を注いだら気持ちよく膨らみました。

昔、よく通っていた喫茶店のマスターが、ほどよいところを知るためには過ぎたことをやってみなければならないとアドバイスをくれたことがありましたが(いったい何のためのアドバイスだったんだろう)、きっとコーヒーを焼いたり挽いたりする中で見つけた哲学だったんでしょうね。


で、飲んでみる。

挽きたての珈琲はそれまでずっと飲んでいたものとは全く違っていました。

それから珈琲豆を挽くのもたいした手間ではないこともわかりました。湯が沸くまでに、あるいは沸騰した湯をちょっと冷ます間に簡単にできる。

何よりも豆を挽いているときの音、挽くときの感触がなんともいえない。そして漂う香り。もう挽いたもの(ある時期からずっとUCCの炭焼珈琲を買っていました)には戻れないなと思いました。


さて、スロウな本屋で贈与していただいた豆は一週間ほどで使い切りました。困っちゃったな、これからどうしようかと思ってぼんやりと佇んでいた縁側にあまりにもいいタイミングで「彼」が現れたわけです。正直言えば、Instagramのアカウントが消えたときに珈琲屋をやめちゃったのかと思っていたんですが、そうではなかったんですね。どうやらしばらくの潜水生活から戻ってきたようでした。

彼のInstagramは今年の7月から再開されていて、その最初に投稿されていた写真がこれでした。

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アイスコーヒーの手前に置かれていたのは『EACH TIME』。コメントの最初には「ペパーミント・ブルー」。

そしていくつか並んでいる写真を見たらこんなものも。

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写真の人が回していたのは僕が買ったのと同じHARIOのセラミックスリムのコーヒーミルでした。


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by hinaseno | 2017-11-28 15:22 | 雑記 | Comments(0)

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ちょっと悩んだ末(ほんのちょっとだけど)、結局、僕は大阪から来られたミシマ社ファンの方が焼いてくれた珈琲豆をもらって帰ることにしました。

これも縁だと。


豆をもらって駐車場に向かいながら、もらった豆がなくなったらその後どうするかってことが頭をよぎりましたが、その足ですぐにコーヒーミルを買いに行きました。

とはいえ、どこに売っているのか見当もつかなかったので、とりあえずLOFTに行ってみることに。するとエレベーターの近くに珈琲関係のコーナーがあって、コーヒーミルがいくつも並んでいました。

さて、どれにしようかと眺めて、すぐにひとつのコーヒーミルに目を留めました。HARIOのセラミックスリム。


ところで、自分で珈琲を淹れるようになった最初の頃は陶器のドリッパーとコーヒーペーパー(いずれも無印良品のもの)を使っていたのですが、電気ポットからカップに湯を直接注いでいました。ひどいやり方。それでもインスタントよりは美味しいと思っていました。

ある日、ふと見つけた雑貨屋さんに立ち寄ったとき、そこに変わった形のコーヒーペーパーが置かれているのに気がつきました。通常の扇型のものではなく円錐型をしたもの。しかも見慣れた茶色のものではなく白。それがHARIOのペーパーフィルターでした。この出会いがなければ、毎日自分で珈琲を淹れるという習慣は早々に終わっていたかもしれません。

この円錐型のフィルターを使うためには2穴のドリッパーではだめで、当然それ用のドリッパーが必要でした。それがHARIOのV60という1穴のドリッパーでした。

店の人に訊いたら2穴のものと味が全然違いますよと。何よりデザインが僕好みだったので試しにと思って買ってみました。たぶん最初に買ったドリッパーは今のスパイラルリブではなかったはず。ついでにその店で初めてコーヒーサーバーも買いました。これもやはりHARIO。


以来、コーヒー器具(といってもその3点だけど)に関してはHARIO製品ばかりを使い続けています。コーヒーサーバーは何度か割ってしまいましたが、いつもHARIOのものを買い続けました。

ただ難点はHARIOの円錐型の、しかもホワイトのペーパーフィルターを売っている店があまりなかったこと。僕が最初に買った雑貨店にはいつも置かれているわけでなく、その雑貨店の人に訊いたら姫路でホワイトのペーパーフィルターを売っている店は1つしかないとのことでした。というわけで、僕は教えられた店に行くたびに大量のペーパーフィルターを買い込むようにしていました。


そういえば神戸の元町の高架下にある珈琲店にも売っているのがわかったので、そこでもときどき買ってました。ああ、またあの高架下も歩いてみたいな。古本屋、そして中古レコード…。クリスマス・シーズンにはクリスマスアルバムを並べた箱が置かれているのを目当てにして必ず12月には行ってたんだけど。結構掘り出し物があったんだな…。

ちなみにコーヒーミルを買ったLOFTには茶色のみさらししかなくてホワイトのペーパーフィルターは置いていませんでした。そんなには違わないとは思うけど、やっぱり白が好きなので。


さて、HARIOのセラミックスリムというコーヒーミルを買ったことによって、僕の珈琲を淹れるルーティンの中に、新しい手間が入り込むことになりました。それは何度かの試行錯誤が必要な作業でしたが、愛すべき手間でした。


ところで話は最初にHARIOの円錐型のペーパーフィルターを見つけた店のこと。実はたまたまその近くを歩いていて(ちょっと歩きたくなるような場所でした)、で、雑貨屋さんがあるのに気がついて、入り口近くに古いタイプライターを見つけたんですね。

その頃古い物に興味を持ち始めて、とりわけ古いタイプライターが欲しいと思っていたので、これはと思って店に入りました。でも、訊くと売り物ではないとのこと。ところがHARIOの円錐型のペーパーフィルターのことからいろんな話をするようになって何度か店に通っていたら、ある日、店の人にタイプライター売りますよと言ってくれて。「○○さんだから売ります」という殺し文句で。


でも、そのタイプライター、引越しの時に手放しました。プレゼントしたのはおひさまゆうびん舎のとなりにあった「ブックカフェされど… in ツリーハウス」さん。タイプライターはされどさんの2階のテーブルの上に置いてくれていました。

で、されどさんからはそのかわりにということで、一冊の古い本をいただきました。

実はその本をずっと探していて、見つからなくてあきらめていたんですが、昨日、別のものを探していたときに、ひょこっと見つかったんですね。

もしかしたら塩屋のことが載っているのではないかと思っていたんですが、やはり。しかも、この長い話の最後を締めくくるのにはもってこいのことが書かれていました。われながらびっくり。

きっとこれも縁。


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by hinaseno | 2017-11-27 13:27 | 雑記 | Comments(0)

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トークイベント終了後、サプライズとして呼び込まれたのが一人の男性でした。はるばる大阪からやってこられたとのこと。男性はミシマ社の熱烈なファンということで、松村さんの本のキーワードである贈与という言葉に触発されてイベントに参加していた人のためにプレゼントを用意していたんですね。それが珈琲豆でした。

松村さんが主にエチオピアを研究されていて、『うしろめたさの人類学』にもそこでのフィールドワークの様子を描かれているということで、その男性が用意されたのはエチオピアの珈琲豆。この日、岡山に来る前に焼いてきたとのことでした。


実はその男性が紹介されて前に立たれたときに、もしかしたら「彼」ではないかと一瞬考えました。ただその男性は近い将来には店を持ちたいと思っているけれども、今はただ趣味として焼いているとのことだったので、たぶん違うだろうと。

さて、珈琲豆のこと。僕は豆を挽くコーヒーミルを持っていません。贈与してもらった珈琲豆は縁側のあたりに並べられていましたが、ミルを持っていないということで豆をもらわずに帰っていく人も何人かいました。

僕も悩みました。せっかく「贈与」してくれたのに受け取らずに帰ってしまうと、きっとうしろめたい気持ちになりそうだし。

さて、どうしようか…。


ところで「彼」と出会ったのは、といってもあくまでSNS上でのことですが、おそらく5年くらい前のことでしょうか。僕がSNS(最初はTwitter)の世界に入ってまだ間もない時期に(だったと思う)フォローしてくれたんでね。きっかけはよくわかりませんが、僕の書いていたことの何かにひっかかるものがあった(縁を感じるものがあった)んだろうと思います。

ただ、Twitterを始めた最初の頃、安易にフォロー返しをしたためにかなり面倒くさい思いをすることが立て続けにあって、それ以来基本的にはフォロー返しはしないと決めていました。知り合いはフォローせずに眺めるという形にして。

ただ、彼がフォローしてくれたときに、彼のツイートを見たらいい写真(全てモノクロ)が多かったんですね。プロの人ではないと思いましたが、どれも僕好みのものでした。

で、僕としては例外的に彼をフォローして「写真がどれも素晴らしいです」というようなことを書き送りました。後にも先にもそんなことをしたのはそのときだけ。彼からは僕の書いていることを少し褒めて(?)くれるような返信をもらいました。彼とのやりとりはたったそれだけ。しばらくして気がついたら彼のアカウントは消えていました。


それから2年くらいたったある日のこと、一人の男性から、やはりTwitterでメッセージをもらいました。

「昔、写真をほめていただいたものです。覚えていますか」といった感じの書き出し。もちろんよく覚えていました。その後には彼が珈琲屋を始めたと書かれていました。


店の名前は「余白」。いい名前だと思いました。

そういえば「余白」という名前を見てぱっと思い浮かんだのが「枯白(koku)」という名前の店のことでした。なかなかいい店で昔何度か行って、本立てなどを買ったりしました。彼らは元気でやっているかな。調べたら今もあるみたいですね。いい感じのコーヒードリップスタンドも売っています。


「余白」さんのツイッターアカウントにはリンク先としてInstagramのアカウントが貼られていました。見たら珈琲関係の写真がいくつも。以前はモノクロでしたが、貼られていたのはカラーもあったと思います。いずれも彼らしいいい写真ばかり。ということで、彼の写真を見るために僕はInstagramのアカウントを作りました。


さて、余白珈琲さんからは珈琲豆が買えるようになっていました。僕は20年くらい前から朝と昼食後の2回は珈琲を飲むという習慣をつくっていて、どんなに忙しくてもその時間だけは作るようにしていました。しかもなるべく手間をかけるようにして。必ずそのつど湯を沸かして、ペーパードリップで淹れていました。ただ豆だけは挽いたものを買っていました。

もちろん何度か豆から挽くことを考えてコーヒーミルを探したこともありました。できればいいものがほしいなとザッセンハウス社のヴィンテージものをいろいろと調べたりもしていました。でも、結局買うのをやめました。豆を挽くことまでを朝、昼の習慣の一部にいれるのは大変そうな気がしたので。

ということで、余白珈琲さんから珈琲豆を買おうかどうしようかとずいぶん考えましたが、とりあえずは縁側から眺める形で余白珈琲さんが焼いた珈琲豆などの写真を見ていました。

するとまたある日、彼のInstagramのアカウントがなくなっていたんですね。どうやら彼にはときどき潜水する時間が必要なようでした。ただ僕の書いていたものは読んでいたみたいでした。


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by hinaseno | 2017-11-26 14:52 | 雑記 | Comments(0)

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話はスロウな本屋での松村圭一郎さんのトークイベントの日のことにもどります。

松村さんの『うしろめたさの人類学』は、僕がこれまで読んできたものに通じる話がいくつもあるんですが、松村さん独特の語り口と表現の形がとにかく素晴らしいんですね。何よりもさわやかな風が吹いている。

本を読んでいるうちに松村さんによって”構築”されたイメージが自然に入り込んできて、困難だとか無理だとか絶望的に思っていたことに対していろんな可能性の芽を感じることができるようになるんですね。知らず知らずのうちに勇気のようなものが生まれてくる。


いくつかの言葉を紹介しておきます。もちろんキーワードは「贈与」と「スキマ」。


 商品交換を行う市場に身をおけば、誰もが人間関係にわずらわされない無色透明な匿名の存在になる。でもその市場のとなりに「贈与」の領域をつくりだし、愛情を可視化し、「家族」という親密な関係をつくりこともできる。現にぼくらは、そうやってささやかな顔の見える「社会」を構築している。
「世界」のなかに「社会」をつくりだす力。強固な「制度」のただなかに、自分でモノを与えあい、自由に息を吸うためのスキマをつくる力。それがぼくらにはある。国家や市場による構築性を批判するだけではなく、自分たちの構築力に目を向ける。それが構築人類学の歩む道だ。


 市場と国家のただなかに、自分たちの手で社会をつくるスキマを見つける。関係を解消させる市場での商品交換に関係をつくりだす贈与を割り込ませることで、感情あふれる人のつながりを生み出す。その人間関係が過剰になれば、国や市場のサービスを介して関係をリセットする。自分たちのあたりまえを支えてきた枠組みを、自分たちの手で揺さぶる。それがぼくらにはできる。


たぶん「できること」は、みんな同じではない。それぞれの持ち場で、いろんな境界のずらし方、スキマのつくり方があるはずだ。


ぼくらにできるのは「あたりまえ」の世界を成り立たせている境界線をずらし、いまある手段のあらたな組み合わせを試し、隠れたつながりに光をあてること。
 それで、少なくとも世界の観方を変えることはできる。「わたし」が生きる現実を変える一歩になる。その一歩が、また他の誰かが一歩を踏み出す「うしろめたさ」を呼び寄せるかもしれない。その可能性に賭けて、そろりと境界の外に足を出す。それが「わたし」にできることだ。


 私が少年によって喚起された共感、そして、おそらく私の行為によって彼に生じた共感は、私と少年をつなぎとめる。それが公平さへの第一歩となる。なぜなら、公平さを覆い隠しているのが、「つながり」の欠如だからだ。「つながり」は次の行為を誘発し、「わたし」とは切り離されたようにみえる境界の中に、小さな共感の輪をつくる。その輪が、ぼくらがこの世界につくりだせるスキマとしての「社会」だ。

トークで松村さんは『うしろめたさの人類学』の中にはスロウな本屋のイメージが入っているとおっしゃっていました。松村さんはスロウな本屋に「スキマとしての社会」を見ていたんですね。

古い民家を再生した建物は玄関を入ると土間があってそこで靴を脱がなければならない。飲食店ではときどきあるけど本屋で靴を脱ぐというのはめずらしい、というか、僕は初めて。最初はちょっと戸惑いました。靴のまま店に入るという「あたりまえ」となっている世界の境界線のずれがここにあるんですね。

で、畳の間に上がる。古民家なのであちこちに文字通り隙間がある。南側には光が気持ちよく入り込んでくる縁側も。誰かを呼び寄せる場所、縁が生まれる場所。縁は縁側…。


松村さんがここでトークイベントをやりたいという気持ちになったのもよくわかります。イベントでは「小さな共感の輪」があちこちで生まれていました。

そしてイベントの最後に用意されていたのがサプライズの「贈与」でした。


ところで僕とスロウな本屋との縁を作ってくれたのは、店のサイトのトップページの写真に写っていた平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』。この本で僕は「うしろめたさ」という言葉を意識するようになりました。松村さんの本に反応したのもタイトルに「うしろめたさ」という言葉があったからこそ。

その平川さんがどうやら新しい本を書き上げられたようです。テーマは「贈与」。出版社は『うしろめたさの人類学』と同じミシマ社。来年の1月くらいに出版されるのではないかとのこと。

来月の12月から1月にかけては楽しみなことが続きます。

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by hinaseno | 2017-11-25 15:24 | 雑記 | Comments(0)

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上のようなタイトルですが、話は昨日のブログで最後に触れた高橋和枝さんの『くまくまちゃん、たびにでる』(英語のタイトルは『Kuma-Kuma Chan's Travels』)のレビューの訳のこと。英語では意味が取れてもそれを日本語に置き換えるのって大変ですね。”sweet”って単語だけでも日本語に直しづらい。


実は昨日はそのサイトのレビューの他に海外のサイトで『くまくまちゃん』シリーズがどんなふうに評価されているのかいろいろと見ていました。とりわけアメリカのAmazonの評価の高さはすごいです。

1作目の『くまくまちゃん(Kuma-Kuma Chan, the Little Bear)』は5つ星のうちの4.9(!!!)、2作目の『くまくまちゃんのいえ(Kuma-Kuma Chan's Home)』は4.2、そして3作目の『くまくまちゃん、たびにでる(Kuma-Kuma Chan's Travels)』は4.4。

カスタマーレビューの数も日本よりも多くて、コメントの内容もそれぞれに素晴らしい。一つ一つのコメントを読んでいて自分のことのようにうれしくなりました。国は違っても本当にいいものはきちんと伝わるんだなという、あたりまえのようなことを思いました。


ところで、あの高橋さんの独特の日本語を海外版はどう訳してるんだろうかと思って気になって調べたら、ネットでいくつかのページを見ることができました。結構、おや?ってのが多いです。

例えばコーヒーが出てくるこのページ。

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この英語を日本語に直すとこうなります。


ときどき彼は一杯の新鮮なコーヒーを飲みながら、
山の頂上から日が昇るのを眺める

でも、高橋さんが書いている原文はこんな日本語。


たとえば
朝焼けの山頂で
いれたてのコーヒーをのむ

ちょっと、というかかなりニュアンスが違いますね。あるいはこの素敵なページ。

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日本語に直すと、


暗くなると、くまくまちゃんは
耳をすまして…星々の音を聞く

原文はこう。


やがて日が暮れたら
じっと耳をすまし
夜の音をきく。

くまくまちゃんが聴いていたのは夜のいろんな音。でも英語版では絵に描かれた「星々」の音を聴いていることになっています。それはそれでロマンチックだけど。


こんな感じで、高橋さんの本来の日本語を訳すというよりも、描かれた絵から言葉をとって訳しているのが結構みられるんですね。とりわけびっくりなのはこのページ。

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これを日本語に直すと、


彼は自分がどう猛なトラだったという夢をみる

原文はこう。


いつかの昔に自分が
どんな動物だったのか
知る夢をみる


原文には「トラ」のとの字もないのに。しかも「どう猛なトラ」とまで書いちゃってるんですね。いくらなんでも…。絵のトラはちっともどう猛そうじゃないし。

高橋さんの絵本の、とりわけこの『くまくまちゃん』シリーズのおもしろさというのは、絵と文の距離感。絵と文に結構「スキマ」というか「落差」があるんですね。英語版の方では原文をもとにしながらも極力絵に寄り添わせた訳に変えられているけど、本来の『くまくまちゃん』は絵と文のそれぞれが独自のメロディを奏でていて、それがときにユーモラスとも言える独特のハーモニーをつくってるんですね。


なんて、ちょっとだけ英語版の気になることを書きましたが、日本語の細かいニュアンスを英語で表現すると、言葉数が多くなってしまって本の余白部分が少なくなってしまいますね。

なにはともあれ日本だけでなく海外でも読んでもらえるというのがが何よりも素晴らしいこと。そして海外でも高く評価され、子供だけではなく大人のくまくまちゃんファンがたくさんいることを知ることができ、幸せな気持ちで珈琲を飲んでいます…


と無理やり話を元に戻そうとしましたが、長くなりすぎて戻しきれませんでした。


それにしても「星々」はどんな音を奏でるんだろう。それを想像しながらひと月先に「星々」という名のついた珈琲豆が届くのを楽しみに待っています。


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by hinaseno | 2017-11-23 14:47 | Comments(0)

うれしいことが続く


結果的には”贈与”してもらう形になった『Complete EACH TIME』のアナログ盤、いやあ、いいですねえ~。

CDで聴いたときの違和感があまりない。なぜだろうと理由を考えたら、やはりA面とB面の間に、レコード盤をひっくり返すという”スキマ”ができるからでしょうね。A面は曲順が少し変えられているけど、B面についていえば「1969年のドラッグレース」から「レイクサイド ストーリー」までは一番最初に聴いた『EACH TIME』と全く同じ。最後に添えられた「フィヨルドの少女」はCDのときには余計なものに思えていたのに、レコードで聴くと素敵な贈り物のように感じられるんですね。B面は5曲の方が収まりもいいし。

そう、このアルバムはやはり大瀧さんからの素敵な贈り物。当時、一部では(一部ではなかったかもしれない)同じ曲を使いまわして金儲けをしているとかいろいろと言われたみたいですが、これは1986年の段階で大瀧さんが”Complete=完全”と考えた形のもの。その大瀧さんの気持ちをきちんと受け止めることができていませんでした。もしレコードで手に入れていれば、全く違った感想を持ったはず。


で、その『Complete EACH TIME』を聴きながら、昨日余白珈琲から届いた焼きたての珈琲豆を挽いた珈琲を飲みながらこれを書いているところ。余白珈琲さんの豆を挽いて飲むのは3日ぶり。やっぱりいいですね。

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そういえば昨日、今週号の『AERA』を買ってきました。『AERA』を買うなんて久しぶり。買ったのはこんな特集が掲載されていたため。

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銭湯で浴衣を着てくつろいでいるのはあの平川克美さん。

なんと『AERA』で創刊以来26年間続いている人気ノンフィクションコーナーである「現代の肖像」に平川克美さんが登場したんですね。6ページにわたって写真もたっぷり。記事もいいし写真もいいです。ぜひぜひこれを手に取って読んでください。絶対に平川さんファンになります。

掲載された写真の中でとりわけよかったのがこれでした。

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箱根の温泉旅館に泊まって定期的に開いている麻雀大会の風景。平川さんを中心に右に内田樹先生、左に小田嶋隆さん、そしてうしろに立っているのがアゲインの石川茂樹さん。いやあ、いいですねえ~。たまらないですね~。

記事ではこの方々をはじめとして平川さんと関わりの深い人の平川さんに対する証言がいくつも。笑えるものが多いというのが平川さんならでは。少し前の石川さんのブログで平川さんについての取材を受けていろいろしゃべったことを書かれていましたが、それはこの記事のためのものだったんですね。でも、使われていたのはほんの一言でした。


内田先生のコメントの中には大瀧さんに関する話が。平川さんが昔からいかに「フィアレス」(怖い物知らず)な人かということの証言。


「僕が神のように思っていた大瀧詠一さんを囲んでトークイベントをやった時、平川は何も勉強しないでやってきて『大瀧さんて、ギターうまいんですか?』って言うんですよ。幸い、苦笑いで許して頂きましたけど」

例のラジオデイズの『大瀧詠一的』でのエピソードですが、でも実は『大瀧詠一的』が何年も続けられたのは平川さんという人の存在が大きかったことは間違いないんですね。あれを聞けばわかるように大瀧さんは平川さんという人を心から面白がっていました。同席していた内田先生や石川さんのように大瀧さんの信奉者ではないばかりか大瀧さんのことを「このおっさん、なんなんだ」みたいな感じで最初はかかわっていたのが徐々に変化していく。その変化の様子を見るのが楽しかったんじゃないかなと思います。と同時に、大瀧さんは平川さんという人の資質を見抜いていました。隣町探偵というようなことをするのも平川さんしかいないと思っていたでしょうね。

それから「平川さんは小田嶋さんと話すときが一番面白い」と言っていたことも、今にして思えば心から納得。これなんか聞くと最高に笑えます。


そういえば、コメンテイターとしてあの報道ステーションにも何度か出ていて個人的には若手の論客としては最も信頼しているひとりである中島岳志さんが、なんと平川さんの隣町珈琲のある荏原中延に家を建設中とか。ちょっとびっくり。知らなかった。中島さんも平川さんに魅きつけられた一人のようです。その中島さんがこんなコメントを寄せていたのが心に残りました。


「例えば『小商いのすすめ』では、平川さんのお母さんが買う物ももないのに毎日商店街に通い、なじみの店で一つ何かを買って帰る話を紹介していますが、その行為にある人間の本質を平川さんは見ています。見返りを期待しない非市場的な『贈与』の領域を、経済成長後の社会は見いだしていくべきであり、そこに人が生きる意味が見えてくるという考え方です」

「見返りを期待しない非市場的な『贈与』の領域を、経済成長後の社会は見いだしていくべきであり、そこに人が生きる意味が見えてくるという考え方」というのは、今、まさに僕が書いている珈琲に関する話のきっかけになった松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』に書かれていることなんですね。


さて、最後に、今朝、おひさまゆうびん舎の窪田さんから最高に嬉しい情報をもらいました。アメリカの書評誌Kirkus Reviewsが選ぶBest Picture Books of 2017が先日発表されて、なんとそのなかに高橋和枝さんの『くまくまちゃん、たびにでる』が入ってるんですね。翻訳されていたことを知っていましたがすごいです。うれしすぎますね。

『くまくまちゃん、たびにでる』のレビューはここ

そういえば高橋さんの『くまくまちゃん』シリーズはおひさまゆうびん舎経由で平川さんの隣町珈琲にも送ってもらいました。おひさまさんを通しての僕からのちょっとした贈り物だったんですが、それがきっかけになったのか隣町珈琲で『くまくまちゃん』シリーズが販売されるようになったんですね。『AERA』にはもちろん隣町珈琲の写真も(僕が行った時にいらっしゃった名越先生も写っています)。


それにしてもうれしいことがいろいろと続いています。

せっかくなのでレビューを日本語に訳そうと思ったけど、結構長くて今日は無理でした。また改めて。

高橋さん、おめでとうございます。

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by hinaseno | 2017-11-22 15:00 | 雑記 | Comments(0)

カバーを外せば…


珈琲をめぐる話でずっと息抜きをしている気分でいますが、ここでちょっと別の話。一昨日に立ち寄った中古レコード屋さんでの話を。

中古レコード屋に行くのはかなり久しぶり。なんかいいものがあるかなと思って店内を見ていたら『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のレコードが立てかけてあっておっと思う。『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のレコード、持ってたっけ? とか考えながら、その前の箱を見たら大瀧さんと達郎さんのレコードが何枚か並んでいました。

そこで目に飛び込んできたのがこれ。

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『Complete EACH TIME』のアナログ盤。しかも初回プレスのみのヴィニール・パッケージつき。おおっ!!!!! でした。値段も全然高くなかったので即、購入。


僕は『Complete EACH TIME』はCDで買いましたが、2001年版の『All About Niagara』を見てアナログ盤が同時に出ていたことを知りました。

『Complete EACH TIME』は、『EACH TIME』の後に発売されたシングル「バチェラー・ガール」と「フィヨルドの少女」を付け加えたもの。でも、その2曲も曲順もいろいろと違和感がいっぱいあって正直あまり聴きませんでした。CDのパッケージもなんだか安っぽかったし。

ところがアナログ盤が出ていたことを知って、しかも収録された音源がCDとは違っていることもわかり、ぜひ手に入れたいと。でも、値段が結構高かったんですね。ヴィニール・パッケージつきのものはさらに高くって。


というわけで長年の夢が叶って、最近はいいことが続いているなとほくほくして家に帰りました。ただ、その日はそのあといろんな用事が入ったのでレコードはそのままにして夕食の後、パッケージから取り出したら、おやっ!?と。

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大瀧さん直筆の「Complete」の文字がない。これ、普通の『EACH TIME』じゃん。愕然としてすぐに店に電話したけど、すでに閉店。がっくり。いいことってそうは続かない。

ただ、よく思い出したら、このレコードの手前にもう一枚『EACH TIME』があって、そこには「Complete」の文字が記載されていたような気がしてきました。もしかしたら店の人が同じ人から買って盤質をチェックしたときに入れ間違えたんじゃないかと。それが売れていなければと祈るように眠りにつき、翌朝の開店時間を待つことにしました。


で、翌朝、改めて間違って入っていた『EACH TIME』のレコードを見るとこれが素晴らしいコンディション。レコード盤のヴィニールに貼られていたステッカーはそのまま。

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中も全然開いた形跡が感じられず、レコードの入った袋も歌詞カードも全くシワがない。

さらにはこんなものも入っていました。

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「大瀧詠一クイズ」のついた応募はがきと、『EACH TIMES』のVol.4。はがきはもちろん出したので今、手元には当然ありません(全問正解しなかったはず。今ですらわからない問題がいくつかあります。全問正解者は何もらったんだろう)。

『EACH TIMES』のVol.4は持っていますが、僕のは穴を開けて紐で通されていたものをちぎったものなので上の方には穴と破れがあるんですが、こちらは穴もなく変色もしていない。

そしてレコードに傷一つないことは言うまでもありません。新品のピッカピカ。一度でも針を下ろしたんだろうかと思うくらいのもの。僕の持っているものよりはるかにいい。眺めているうちになんだか手放すのが惜しくなってきました。これは絶対に持っておくべきだなと。


で、店に開店直後に電話したら、やはり同じ箱に『Complete EACH TIME』が置かれていることがわかりました。予想した通りお店の人の入れ間違いだったようです。店の人からは申し訳ないので交換するときにいくらか返金しますと言われたのですが、交換でなく『Complete EACH TIME』も購入させてもらいますと言ったら恐縮されて、なんとそちらは無料でいいですと。

ということで結果的には素敵な贈り物をいただく形になりました。そしてこちらも『EACH TIME』同様、ほぼ新品。ヴィニールに貼られたバクダン・ステッカーもそのまま。大瀧さんが書いた「Complete」の文字もはっきりと。いやあ、うれしいなあ。いいこと続くなあ。

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レコードをただでいただくだけではなんだか申し訳ないというか”うしろめたい”ので、レコード2枚買いました。いずれも前日買おうと思ったけどお金がなかったので結局買わなかったものでした。そのレコードについてはまた改めて。


お金がなかったというのはレコード屋に立ち寄る前にその前に本屋でこんな本を買ったためでした。

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『アート・オブ・サウンド 図鑑 音響技術の歴史』。何かで紹介されているのを読んだわけでもなく書店でばったりと出会った本です。

ものすごく分厚い本で値段も相当高いので、本当は中身を確認してから買いたかったのですが、置かれていた本にはすべてヴィニールのカバーが付けられていて中を見れない。でも、これは絶対に素晴らしい本であることは間違いなかったので、えいっ、と思って買いました。


家に帰って見て、買って正解でした。蓄音機の時代から最新のデジタル技術のものに至るまで貴重な写真満載。やっぱり古いほうがいいですね。

音響技術の歴史の中で重要な人物としてマルチ・レコーディングを始めたレス・ポール(大瀧さんの『アメリカン・ポップス伝』でも紹介されていました)、そして大瀧さんのナイアガラ・サウンドに多大な影響を与えた2人のプロデューサー、フィル・スペクターとジョー・ミークも数ページにわたって紹介。読むのが楽しみです。これ、きっとアゲインの石川さんが見たら、たまらないでしょうね。


カバーを外すといえば、ここ最近ずっと読んでいて、昨夜ようやく読み終えたのが山崎ナオコーラさんの『かわいい夫』。夏葉社の本ではありますが、この本だけ遠ざけていたんですね。男が読むような本じゃなさそうだなと。でも、ようやく先月、おひさまゆうびん舎で開かれていた夏葉社フェアの最終日前日に立ち寄って買いました。

実はその時に夏葉社の島田さんがこのおひさまゆうびん舎でのフェアのために描いた絵をブックカバーにしたものをつけてもらったんですが、読み終えるまでずっと付けたままで、昨夜ようやくカバーを外したら。

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帯にこんな言葉が。


「寝る前に、一、二編」

まさにそうでした。ときどきは朝起きて珈琲を飲みながら一、二編。

山崎ナオコーラさんに関してはこの本や他の本のタイトルも含めてなんとなく抵抗感があったためか、おひさまさんで買ってもしばらくは読まないままでいました。でも、不思議なもので、縁というのはあるんですね。

きっかけは例の「数学的媚薬」。

少し前に日本版のナショナル・ストーリー・プロジェクトというものを内田樹先生と高橋源一郎さんがやったことを書きましたが、そのときに平川克美さんが応募されていたことがわかったので文庫本を2冊買ってきてチェックしたんですが見当たらなかったんですね。平川さん、ペンネームで書いたんでしょうか。

で、ぱらぱらと目次を眺めていたら2冊目の最後に「巻末特別寄稿」というのがあって、何人かの著名人の話を載せていたのですが、その最後に山崎ナオコーラさんの話が載っていたんですね。それがなかなか面白かったので、それをきっかけにして『かわいい夫』を読みました。

正直、大変面白く読みました。共感するところもいっぱい。例えばこんな言葉。


私は、「自己責任」という言葉も嫌いだ。(中略)責任の所在がどうであろうと、私は迷惑をかけたりかけられたりしながら作る社会を肯定をしたい。

全くその通り。「自己責任」とか声だかに言っているやつに限って、無責任なやつが多いんだ…っていうのはおいといて、この本、ぜひ続編を出してもらいたいと思いました。それからいつか山崎さんのご主人にも会ってみたい…、いや、やっぱり想像の中に留めていたほうがいいか(そういえばおひさまゆうびん舎関係の人たちは世田谷ピンポンズさんのライブのために東京に行ったときに会われたんじゃなかったかな)。


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by hinaseno | 2017-11-20 14:47 | 雑記 | Comments(0)

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唐突ですが、太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ / 海が泣いている」のシングルが手に入りました。

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さすがにこのあたりのものを探し求めている人はそんなにはいないようで、楽に、珈琲一杯分くらいの値段で手に入れることができました。

そしてジャケットの裏側。

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一枚の歌詞カードに「透き間」という言葉が並んでいます。これが見たかった。塩屋という縁がなければきっとこのレコードを手に入れようなんて思わなかった。きっとこれから先、ずっとこのシングルを手にするたびに塩屋を思い出すことになるんでしょうね。

ってことでB面の「海が泣いている」をリピートしながらこれを書いています。


塩屋に行こうと思うきっかけとなった森本アリさんの『旧グッゲンハイム邸物語』のこと。話がそこで止まっていましたね。本が出版されたのは今年の3月16日。松村圭一郎さんがツイッターで紹介してこの本のことを知ったのが3月21日。僕はたぶん3月23日に書店で買ったはず。で、4月16日から読み始めて2日間で読み終えていました。こんな一気読みは本当にめずらしいこと。

そもそもは青葉市子さん経由で知った旧グッゲンハイム邸という建物への関心がきっかけだったわけですが、俄然面白くなってきたのは第三章の「塩屋というまち」を読んでからでした。旧グッゲンハイム邸以上に塩屋という町に強く惹かれることになったんですね。

特に目を留めたのが第四章「これからの暮らし」に書かれていたこの言葉でした。


 塩屋の町のことを説明するときに、「人間サイズの町」というキーワードを長年使っています。そもそも「ヒューマン・スケール」(=人間が活動するのにふさわしい空間スケール)という言葉自体はありますが、僕の中での元ネタは、塚本晋也監督の映画『普通サイズの怪人』から来ています(笑)。「ヒューマン・スケール」という言い方よりもしっくりくると思い「人間サイズ」というキーワードを使い続けていますが、特に大きな意味はありません。ただ、やはり塩屋というコンパクトな街を説明するときに、それは非常にイメージしやすい言葉なのではないかと感じます。

これを読んですぐに思い出したのが平川克美さんの『小商いのすすめ』(2012年 ミシマ社、装幀はクラフト・エヴィング商會)の第一章の最初の言葉でした。章のタイトルは「ヒューマン・スケールの復興」。


 本書には、「小商い」という言葉が何度か登場することになります。すでに、「まえがき」で述べたように、それは限定的なマイクロビジネスという意味ではありません。もちろん、そういった意味もまったく含まれていないわけではありませんが、わたしはこの言葉にもっと含みのある、大きな意味を与えたいと思っています。
 それをひとことで言ってしまえば「ヒューマン・スケールの復興」ということです。別に横文字を使う必要もないのですが、ヒューマン・スケールに該当するうまい日本語が思いつかないだけです。「身の丈」とか「身の程」と言ってしまうと、なんだか卑下したようなイメージがあってちょっと違うかなということで、ヒューマン・スケールという言葉を使います。文字通り、人間寸法ということです。まあ、人間寸法っていうのもおかしな言葉ですが。

森本さんの本に描かれていたのはまさにここに平川さんが書いている「ヒューマン・スケールの復興」の物語でした。そしてそんな町が僕にとっては身近な所にあったことに驚きました。すぐにでも行きたいと思いました。


でも、行かなかったんですね。

なぜならこの時期、それ以上に関心を持つ場所のことを考えていたから。日記を見たら『旧グッゲンハイム邸物語』を読み始める4日前の4月12日にこんなことを書いていました。


「東京行きをきめる」

そう、この日にBREEZEのライブを見に東京にいくことを決めたんですね。この日から僕はずっと東京のことを考え続け、戻ってからも2ヶ月くらいは東京のことをこのブログに書き続けました。

ということで「塩屋」のことは僕の中ですっかり遠くになっていました。余白珈琲の彼らがそこで珈琲のイベントを開くということを知るまで。


ところで、これは後で聞いたことですが、余白珈琲の彼/彼女は大阪に住んでいるのですが、彼らが塩屋との縁ができたのも今年のことだったようです。でも、『旧グッゲンハイム邸物語』を読んで興味を持ったわけではなかったんですね。今年の1月の彼の誕生日に2人でどこかへ行こうと考えて、で、いろいろと調べて行ったのが先日イベントをしたカフェ。塩屋はこのときが初めてだったようです。

店の人に今日が誕生日であることを告げたら店の人は彼らにこう言ったそうです。「何も誕生日にこんな町に来なくても」と。

でも彼らはすでに塩屋という小さな海街の魅力にすっかりはまっていたんですね。本を読まなくてもそこが「人間サイズの町」であることを体で感じ取ったんですね。で、その店で珈琲のイベントを開くようになったと。今回がその2回目。


さて、話はスロウな本屋での松村圭一郎さんのイベントの最後に起こったサプライズのことに。いったいそれがどう塩屋につながっていったのか。


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by hinaseno | 2017-11-18 14:01 | 雑記 | Comments(0)

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今、聴いているのは太田裕美さんの歌った「かくれんぼ」。塩屋に行く前日に作ったプレイリストの最後に入れていていたものの、結局塩屋では聴かなかった曲です。

「かくれんぼ」は大瀧さんがはっぴいえんど時代に作った曲で、ファーストアルバム(通称「ゆでめん」)のA面2曲目に収録されています。どちらかといえば地味な曲ですが、最近すごく気に入っています。太田裕美さんのカバーもすばらしい。


太田裕美さんが「かくれんぼ」をカバーしていたことは『太田裕美白書』を読んで初めて知りました。1999年に発売されたミニアルバム『Candy』に収録。このアルバムは松本隆さんが作詞家活動30周年を迎えたのでそのお祝いということで急遽作られることになったようで、松本さんが作詞した曲を3曲収録。「かくれんぼ」はそのうちのひとつ。

ちなみにこのアルバムの1曲目に収録されているのは細野晴臣さん作曲の「風をあつめて」。やはりはっぴいえんど時代に作られた曲ですね。こちらは2枚目のアルバム『風街ろまん』のA面3曲目に収録。文句なしにはっぴいえんどの一番の代表曲で、はっぴいえんどは知らなくてもきっと多くの人が聴いたことがあるはず。

「かくれんぼ」と「風をあつめて」にはいずれも「珈琲」という言葉が出てきます。調べたらはっぴいえんどの曲で「珈琲」が出てくるのはこの2曲だけ。ただし「かくれんぼ」で「私」が飲んでいるのは珈琲ではなくお茶ですが。


ところで昨日『風街茶房 松本隆対談集』の2巻目の「2005 - 2015」を一気に読み終えました。興味深い話がいっぱいで、それについて書き出したらきりがないけど、前回少し紹介した松本さんと細野さんと鈴木茂さんの鼎談でもう一つ紹介しておきたい話があったのでそちらを紹介しておきます。僕はこういう話が大好きなので。


細野:しかし、はっぴいえんども、何がどう転んでああなったのか。本当は小坂忠が入ってるはずだったし。
松本:歴史の「IF」ってどうなんだろう。もしも小坂忠がはっぴいえんどにいたならば。
細野:全然違うバンドになってたよ。
松本:すると、大滝さんとは一緒にやってなかったわけだから。それだとはっぴいえんどじゃないもんね。
細野:結局、自分の思うこととは違うことをやらされているんだ、ずっと。
松本:いつもそうだよ。見えない力が加わって、計算通りにはならないものなんだ、人生は。
細野:大滝くんが言ってた。「はっぴいえんどは自分の中では特殊な時期だった」って。彼はもともとポップス好きだから。彼がはっぴいえんどに参加していたのは特殊なことだったんだ。
松本:でも、自分のやりたいことをやるとうまくいかず、自分の意志とは違うことを、誰かにやらされるほうが意外とうまくいく。大滝さんに限らず。
細野:そういうものなんだよね。

この話、ちょっとだけ説明がいりますね。もともと細野さんと松本さんははっぴいえんどの前にエイプリル・フールというバンドに入っていました。ただしそのバンドはブルースやかなりハードなロックをやっていたので、細野さんの好みではありませんでした。細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやりたかったんですね。というわけでエイプリル・フールはアルバムを1枚出しただけで解散。

で、細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやる新しいバンドを作ろうとして、まず最初に決めたのがバンドのリードボーカル。それは同じエイプリル・フールにいた小坂忠さんでした。ところがバンド結成という直前に小坂忠さんがロックミュージカル『HAIR』への出演が決まって細野さんが作ろうとしたバンドへの参加を断念するんですね。

そんなときにエイプリル・フール以前に細野さんと勉強会のようなことをやっていた大瀧さんがたまたま細野さんの視界に入ってくることになるんですね。その勉強会で主に聴いたり演奏していたのは現在ソフトロックと呼ばれるジャンルの曲。細野さんは大瀧さんがポップス好きであることは知っていて、バッファロー・スプリングフィールドのような音楽をやる人間でないことはわかっていました。ただ、細野さんはちょこちょことはバッファロー・スプリングフィールドの曲を聴かせていたようです。でも、やはりその音楽は大瀧さんの好みのものではなかったようで、どちらかといえばずっと遠ざけていた。

ところがある日、小坂忠さんがバンドへの参加を断ったまもない時に大瀧さんが細野さんの前に現れてこう言ったんですね。

「バッファローがわかった」

と。

その言葉を聞いた細野さんはすぐに大瀧さんにバンドへの参加を要請、大瀧さんはその場で了承します。はっぴいえんどはここからスタートしました。1969年9月6日のこと。

松本さんが語った歴史の「IF」とはまさに縁のこと。不思議というかなんというか。


話はころっと変わって、『風街茶房 松本隆対談集』の最後には対談とは別に松本さんのエッセイのような話がいくつか掲載されていました。そのうちのひとつ「タイムマシンはいらない」というエッセイにこんな言葉が出てきて、おっと。エッセイが書かれたのは2007年5月7日。


木立の透き間に白い屋根が飛び去るのが見えた。

前回紹介した太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ」と「海が泣いている」に出てきたフレーズにそっくりな言葉。2つの曲の詞が書かれたときからは30年くらいの月日が流れているのに同じ表現を使っているんですね。「透き間」という漢字を当てているのも同じ。きっと「透き間」というのは松本さんのキーワードにもなっているんでしょうね。「透き間」がなければ風が通らない。


ふと思いついたことですが、大瀧さんの「縁は尻尾だ」「縁は縁側だ」という言葉になぞらえて言えば「縁は透き間だ」と言えるのかもしれません。いや、まさしくそうですね。縁は透き間。

改めて考えてみると「透き間」というのはただ単純に物理的な空間を表している「隙間」とは違って、心を通して見た風景のような気がします。透明な心でしか見えないような空間。

水のように透明な心ならいいのに。


これは塩屋で見つけた透き間。これについてはまた後日。

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by hinaseno | 2017-11-17 11:57 | 雑記 | Comments(0)