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by hinaseno
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カテゴリ:ナイアガラ( 296 )



動くロビン・ワード。
「恋するカレン」のことをいろいろ調べていたときに、YouTube上で偶然発見した映像。
ロビン・ワードといえば、1963年に生まれたアメリカン・ポップス史上奇跡の一曲、最高のガール・ポップスと言っても過言ではない、この「Wonderful Summer」を歌った人。



でも、YouTubeで、例えばロビン・ワード(Robin Ward)で検索しても、彼女が実際に歌っている姿を見つけることなんて絶対にできません。なぜなら彼女はその曲をレコードに吹き込んだだけで、人前で歌うことは決してしなかったのだから。それだけでなく、写真すらもほとんど存在しない。よく見かける顔が大きく写ったものは、たった1枚。この日本盤のシングルに写っている写真ですね(ネット上で見つけた画像。ほしくて仕方がないけど...)。
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ロビン・ワードという名前をどういう形で知ったのかはよく覚えていないのですが、大瀧さん経由でも達郎さん経由でもなかったように思います。たぶん1990年に彼女の唯一のアルバムがCD化されたときに、当時買っていた『レコード・コレクターズ』のレビューに「奇跡のCD化」とかといった言葉とともに絶賛されていたので(書かれていたのはペットサウンズの森さんかもしれません)購入したように思います。「Wonderful Summer」も一度も聴いたことがありませんでした。

そのCDの1曲目に収められていた「Wonderful Summer」を聴いたときの驚きといったら。もちろんその驚きは、すぐに大瀧さんの『A LONG VACATION』に収められたドリーミーな曲につながるものであるとわかったのですが。

スペクター・サウンドによる夏の曲。
この曲の作曲者でもあり、アレンジャーでもあったペリー・ボトキンJrが、ジャック・ニッチェのあとにスペクターの曲のアレンジをしている人だということが解説に書かれていて(解説を書かれているのは長門芳郎さん)、納得、...するほどにはまだスペクターを満足に聴いていなかった。スペクターのBoxが出たのはその翌年ですね。
ちなみにペリー・ボトキンjrのアレンジしたスペクターのプロデュースした曲の中で最も好きなのは、ロネッツのこの「I Wish I Never Saw The Sunshine」。バリー・マンが作った大作っぽいですが、実はジェフ&エリーの曲。66年という時代がそうさせたのでしょうか。でも、改めて聴くと「恋するカレン」に通じるものがありますね。



まあとにかく、このロビン・ワードのCDを手にして迎えた最初の夏は、こればかり聴いていました。もちろん、車で海に行くときも。
曲もいいしサウンドも抜群。でも、何より最高だったのがロビン・ワードの声。これほどに透明感あふれた可憐な声というのは、それまで聴いたこともありませんでした。本当に限られたティーンエイジャーしか持ちえない声。

大瀧さんもやはりロビン・ワードは大好きだったみたいで、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」では、めったに同じ曲を2度かけることのない大瀧さんが、「Wonderful Summer」を、そのシングルのB面に収められた「Dream Boy」という曲とともに、2度もかけていました。1枚のシングルのA面とB面の曲を、両方とも2度ずつかけているのは、おそらくこれだけのはず。きっと、これを聴くと大瀧さんにとって最高に素晴らしかった1963年の夏(大瀧さんが中学3年生のときの)に戻ることができたんでしょうね。
一応「Dream Boy」も貼っておきます(大瀧さんはアン・ルイスのために同名のとってもロマンチックな曲を作っています)。



ところで、実はロビン・ワードが「Wonderful Summer」という曲を歌ったのが彼女のティーンエイジャーの時ではなく、20歳を超えていて、しかもその時点ですでに4歳になる子供がいたというのを知ったのは、別に最近になってのことではなく、初めて「Wonderful Summer」を聴いたとき。CDの解説に書かれていたんですね。
でも、ポップスというのは、そんな事実というものを消し去ってしまう魔法があります。僕の中では、そして大瀧さんの心の中でも「Wonderful Summer」を歌っているのは、永遠に可憐な姿をしている16歳のままのロビン・ワード。

といいつつ、いくつかの事実の確認。
彼女の本名はジャッキー・ワード(Jackie Ward)。ロビンは彼女の娘さんの名前だったんですね。ロビンの方がティーンエイジャーっぽいってことでそうしたようです。
ジャッキー・ワードは、ずっと裏方のコーラスの仕事をしていて、ロビン・ワードとして活動していたのは(といってもあくまでレコードを吹き込むだけで、曲が大ヒットしてもテレビに出ることもなければもちろんツアーに出ることもない)、ほんの1年ほど。映画の中で歌われる歌の吹き替えもいくつかやったようで、特にナタリー・ウッド主演の映画でナタリー・ウッドによって歌われる部分は、たいていジャッキー・ワード(ロビン・ワード)だったそうです。
ここにその音源がまとめてあります。「Wonderful Summer」で聴かれるシュガー・ヴォイスとはちがいます。いろんな声を出せるシンガーだったということでしょうね。



彼女はデモテープを吹き込む仕事もしていたようで、そこで奇跡が起こります。
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by hinaseno | 2014-01-22 10:14 | ナイアガラ | Comments(0)

小林信彦さんの言葉...


「恋するカレン」がらみで書きたいことは、まだほかにもあるのですが、今日はちょっと別の短い話で。
『週刊文春』の小林信彦さんのコラム「本音を申せば」に大瀧さんのことが書かれていました。これまでそのコラムで書かれてきたものを読む限り、小林さんにとってどんなに近い方が亡くなられても、その方のこととは別の話題も書かれるようにされているのですが、この日のコラムはすべて大瀧さんの話。それでも書き足りないという感じでした。
小林信彦さんが大瀧さんの訃報を知ったのは、元日の朝だったそうです(コラムのタイトルは「新年早々……」)。

大瀧さんとのいろんなエピソードが書かれています。
このブログでもふた月ほど前に書いた『小林旭読本』のことについても触れられていました。
...のちにキネマ旬報ムックで「小林旭読本」を共に編集したが、これは失敗した。大瀧さんも怒ったらしく、ぼくも怒り、これでは面白いものは作れない。楽しく仕事ができないと、きまってこうなる。

やはり、大瀧さん、あの本のこと「怒っ」てたんですね。そうだと思いました。
前にも書いたように、あの本に収められた大瀧さんの書かれた小林旭の音楽に関する文章、そのメインであるはずの狛林正一さんの話(おそらくは「狛林正一2」と題されていたもの、もしかしたら「狛林正一3」も書かれていたかもしれません)が、ミスなのかどうなのかはわかりませんが、ごっそり抜けていましたから。僕が一番読みたかったのはそこだったのに。
それから、前回は書かない方がいいかなと思って書かなかったのですが、最後に収められた「鼎談」、これは正直大瀧さんと小林信彦さんの「対談」のほうがよかったと思いました。大瀧さん、しゃべりたいこと、ちっともしゃべれてない感じだし(本にされるときにかなりカットされたのかもしれませんが)、何より大好きな小林旭の話なのに、楽しそうに語っていない感じがしました。

そういったことも含めて、小林さんの残念な気持ちが文章にあふれていました。
最後はこう締めくくられています。
大瀧さんに手紙をもらって、その返事も書いてないし。

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by hinaseno | 2014-01-21 09:31 | ナイアガラ | Comments(0)

先日のフランキー・ヴァリ&フォー・シーズンズの来日公演に行かれた方々の話をネットのあちらこちらで見て、うらやましいと思う日々。フォー・シーズンズも大瀧さんや達郎さん経由で知って、大好きになったグループ。
達郎さんに「フォー・シーズンズで一番好きな曲は?」と訊かれて、大瀧さんが答えられたのが「Honey Love」。
この曲のことを知った当時、フォー・シーズンズのCDはまだ1枚も出ていなくて(ビーチ・ボーイズも変なのが1枚だけ)、中古レコード屋さんでアナログのベストを見つけたけど、それにも入っていない。数年後に日本でオリジナル・アルバムのCDが出て、ようやく聴けたときには本当にうれしかった覚えがあります。今だったら、YouTubeですぐに聴けるわけですが、そういうのがいいのかどうなのか...。

「Honey Love」を聴いて思ったのは、いかにも大瀧らしいなと。後でわかったのですが、この曲は『ナイアガラ・ムーン』に収められた「いつも夢中」の下敷きになってるんですね(すぐには浮ばない)。初めて聴いたときには「FUN×4」を思い浮かべたのですが、フォー・シーズンズには「Honey Love」以外にも「FUN×4」につながりそうな曲がいくつもあるのがわかって、さらにはフォー・シーズンズ以外にも「FUN×4」につながる曲がいくつも見つかって、「FUN×100」くらいに思えるようになりました。今日書く話もちょこっと「FUN×4」につながります。
ところで「いつも夢中」は大瀧さんの一人多重コーラス(Jack Tones)ではなく、キング・トーンズという実在のグループといっしょに歌っています。
で、今朝からこの曲をリピートしていたのですが、2番の最初の歌詞が聴き取れなくて、初めてこの曲の歌詞カードを見たのですが、こんな歌詞だったんでびっくりしました。
たとえ着てるものがもう 古くなってしまっても

これ、聴き取れる(た)人がいるんでしょうか。

さて、聴き取るといえば、「恋するカレン」の最後に出てくる大瀧さんの一人多重コーラスのメロディ。昨日の段階では「わからない」と書いたのですが、わかりました。個人的には大発見。大瀧さんは、誰か発見してくれないかと待ち続けられていたんではないかと思います。これだけエサを撒いているのにお前たちはだれも気づけないのかと。
ああ、大瀧さんに報告したかった。
でも、報告できたら「間違い」と、一言返事が返ってきたのかもしれませんが。

「恋するカレン」の最後のコーラスに関しては、3年前に行なわれた「ロンバケ30周年記念パーティー」があったときに(大瀧さんはテープに録音された声で参加)、そのパーティーの最後にそのコーラス部分だけを取り出してかけられているんですね。僕なりに思ったのは、そこに「恋するカレン」だけではなく『A LONG VACATION』最大の謎があるんだよという、大瀧さんからのメッセージではなかったかと。埋もれてしまった音の中に隠しておいたけれども、誰も見つけてくれなかった部分。その最後のヒントをその日出されたんだろうと思います。でも、たぶん誰も気づけなかった。

昨日僕は最後にB.J.トーマスの「Rock And Roll Lullaby」にクレジットされた男性コーラスのことに触れて話を終えました。
The Blossomsの次に書かれていた名前はDave Sommerville。

Dave Sommervilleという人はThe Diamondsというホワイト・ドゥーワップのグループのリードボーカル。高い声を担当してるようです。ブライアン・ウィルソンが来なかったので急遽彼を呼んだのか、初めから用意されたのかはわかりません。
The Diamondsというグループは「Little Darlin'」という曲が有名なのですが、実は「Little Darlin'」はThe Gladiolasというグループが歌っていたもののカバー。
「Little Darlin'」がヒットして、The Diamondsはオリジナル曲を歌うことになります。曲のタイトルは「She Say(Oom Dooby Doom)」。実はつい先日も貼っていたのですが、改めて同じものを。



このThe Diamondsの「She Say(Oom Dooby Doom)」は、昨年8月に放送された「アメリカン・ポップス伝パート4」の第4夜にかかっています。
印象に残っているのはこの曲をかけた後の大瀧さんの言葉。曲の中で繰り返される「ウン・ドゥビ・ウン・ドゥビ・ウン・ドゥビ」をメロディに合わせて少し歌ったあと、こう説明されます。
「ウン・ドゥビ・ウン・ドゥビ・ウン・ドゥビ」というお囃子ことばをうまく使った59年、Pop18位の「She Say(Oom Dooby Doom)」でした。B面の曲としてリリースされたのですが、こちらの方がヒットしました。作曲はブルックリン生まれのバリー・マン。作家としては2曲目のヒットですが、初のTop 20入りとなった曲です。
ニール・セダカ、キャロル・キング、バリー・マン、そしてまだ出てきませんがエリー・グリニッチ。全員がブルックリン育ちだったんですね。そして彼らが中心となって作ったのが60年代ポップスだったわけです。

そう、The Diamondsの「She Say(Oom Dooby Doom)」を作ったのはバリー・マン。60年代ポップスにつながる重要な曲だったというわけです。

ところで、「She Say(Oom Dooby Doom)」はもちろん以前から知ってはいたのですが、この「アメリカン・ポップス伝パート4」を聴いてから、ずっと気になり始めていた曲でした。大作からは程遠いバリー・マンの小品。一聴して大瀧さん好みであることがわかります。
すぐに思い浮かぶのが「FUN×4」。「FUN FUN FUN Four Times FUN」と歌われる部分は、明らかにこの曲から引用されているはず。
それから曲のタイトル。文法的には正しくないはずの「She Say(Oom Dooby Doom)」。ここで思い浮かぶのは「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」に出てくる「She Say Wow Wow Wow」。歌詞を書いたのは大瀧さん。ずっと文法間違ってるなと思ってたんですが、この詞を書くときに「She Say(Oom Dooby Doom)」を当然意識していたんでしょうね。
でも、これらはもしかしたら「恋するカレン」の最後のコーラスに隠し込んだものを気づかせるための、エサのようなものだったのかもしれません。

昨日、ブログを書いたあと、改めてYouTubeを見ていたらThe Diamondsが歌っているものが見つかりました(曲が始まるのに時間がかかります)。これを見ててあっと思ったんですね。



Dave Sommervilleはたぶん、一番高い個性的な声を出している人のはず。ソロ・パートを歌った後、必ずどこかへ行っちゃってます(最後はみんなで止めてますね)。ほとんどコミック・ソング。で、そのDave Sommerville(と思われる人)が、他の人たちが「ウン・ドゥビ・ウン・ドゥビ」と歌っているときに出している高い声のメロディ。それが「恋するカレン」の最後の部分で、2回繰り返される「Hushabye」風のメロディの後に出てくるものとどうやら同じ。

おそらく大瀧さんはバリー・マンを意識して作った「恋するカレン」にB.J.トーマスの「Rock And Roll Lullaby」を取り入れようとしたときに、このThe Diamondsのリード・シンガーのDave Sommervilleに目を留めて、それではとバリー・マンがThe Diamondsに作った「She Say(Oom Dooby Doom)」の中の1フレーズを歌うことにしたのではないでしょうか。
でも、きっと誰もわかってくれないと思ったので、『ロン・バケ』のいくつかのコミック・ソング的な曲に、そのヒントをちりばめた、と。

ところで、大瀧さんのコーラスにはB.J.トーマスのものにはないベース・パートが入っています。そちらはたぶん、このThe Belmontsのバージョンを参考にしたのではないでしょうか。
ちなみに僕はB.J.トーマスよりも、こちらのThe Belmontsのバージョンの方が好きです。


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by hinaseno | 2014-01-20 10:26 | ナイアガラ | Comments(0)

今日、1月19日は、31年前の1983年に『EACH TIME』の最初の曲を録音し始めた日。最初に録音した曲は「夏のペーパー・バック」。31年前の今日がどんな日だったか知りませんが、今日みたいに寒い日に、あの夏の曲を録っていたとは。

ところで、最近は『A LONG VACATION 30th Anniversary Edition』に収められた純カラばかりを聴いているのですが、もし、この曲に対する何の先入観も持っていない人が、この純カラの音を聴いたら、果していつの季節のどんな風景が浮かび上がってくるのだろうかと、ちょっと考えていました。きっと、あの永井博さんの描いたジャケットも、松本隆さんの詞のついた歌がなくても、海の見える夏の風景と、雪の降るクリスマスの季節の風景にまっ二つに分かれるのではないでしょうか(YouTubeを見ても、歌が入っているものでさえ、夏の映像と冬の映像に分かれています)。真反対の季節の風景を想起させる曲。「恋するカレン」の最大の魅力はそこにあるように思います。
全体の音像的には、もろにスペクター・サウンド(スペクターを超えていますが)なので、僕なんかはどうしてもスペクターのアルバムの中で最もよく聴いたクリスマス・アルバムにつながってしまうのですが、そんな先入観や体験がなくても、ハリウッド的な、夢のようなクリスマスの風景が浮かび上がってくるような気がします。そうだからこそ、スペクターのクリスマス・アルバムは、数あるクリスマス・アルバムの中で最大の評価を受け続け、その後のいろんなミュージシャンによって、模倣され続けてきたように思います。
そんな、人の心を根源的に温めてくれるような音楽でありながら、一方でじめじめした日本の夏の空気をふっとばしてくれるような清涼感を含み込んでいるんですね。本当に不思議な曲。

正直、僕はずっと、大瀧さんのこの「恋するカレン」に対する”抵抗感”の影響もあったためか、実は『ロンバケ』の中でこの曲を最も遠ざけてしまっていたのですが、一昨年に、大きな声では言えない”ある音源”を聴いて(といっても聴き取る耳があれば、きちんと聴き取れたんですが)、衝撃を受けてしまったんです。そうだったのかと。
で、実はそれに関しては、以前、ちょこっと触れていたのですが(自分で書いていたこと、忘れてました)、その時は第一印象だけでさらっと書いていたので、改めて。

それはコーラスに関する部分。そう、この曲には女性コーラスとともに、大瀧さんの言葉を失うほど素晴らしい一人多重コーラスが入り込んでいるんですね。特に、昨日触れた”小ネタ”に続く最後のサビの部分で聴かれるコーラス。
この音源の2:44あたりからの部分。
Oh! KAREN 誰よりも君を愛していた
       心を知りながら捨てる
Oh! KAREN 振られたぼくより哀しい
       そうさ哀しい女だね君は...

と、歌われる言葉の背後で聴こえるコーラスをどれだけ聴き取ることができるでしょうか。



まず、大きく聴こえるのは女性コーラス(シンガーズ・スリーですね)による「シャ・ラ・ラ(あるいはシャ・ナ・ナ)」というコーラス。その背後で微かに聴こえるのが「ウ〜」という、明らかに大瀧さんの一人多重コーラス(Jack Tonesですね)。よく聴いていると、それには「恋するカレン」とは別のメロディが付いていることがわかります。そのメロディは何だろうかとずっと考えていたのですが、わからない。何かもととなるものがきっとあるような気がするのですが、大瀧さんが作り出した独自のメロディなのかもしれません。ただ一つ言えるのは、それがビーチ・ボーイズ風の、具体的にいえばこの「Hushabye」に聴かれるようなメロディのついたコーラス。ブライアン.ウィルソンのファルセットが最高です。



「Hushabye」は、ホワイト・ドゥーワップの代表的なグループであるThe Mysticsのカバーなのですが、ビーチ・ボーイズ風のコーラスとなると、これってことになりますね。小西康陽さんがプロデュースした須藤薫さんの「春の陽射し」にも、まさにこの「Hushabye」風のコーラスが出てきます。
「恋するカレン」に、夏の清涼感を感じさせていたものがあるとすれば、きっと、サブリミナル的に聴こえ続けていた大瀧さんの一人多重コーラスによるビーチ・ボーイズ風コーラスだったんですね。

女性コーラスによる「シャ・ラ・ラ(あるいはシャ・ナ・ナ)」と、ビーチ・ボーイズの「Hushabye」風のコーラスを融合したものといえば、まさにバリー・マンが作った曲であるんですね。僕が死ぬほど好きな曲でもあるのですが。
B.J.トーマスの歌った「Rock And Roll Lullaby」。この曲の2:25あたりからそのコーラスが聴こえ始めます。



ちなみにこの「Rock And Roll Lullaby」の女性コーラスは、あのダーレン・ラブのいたThe Blossoms。ただし、最初にコーラスを依頼したのは、なんとあの(「あの」が多すぎますね)The Shirellesだったとのこと。でもThe Shirellesに断られたのでThe Blossomsになったそうです。ナイアガラつながり的に言えば、The Blossomsの方がずっとよかったですね。大瀧さんの曲のバックをずっと務めていたシンガーズ・スリーは和製ブロッサムズと呼ばれていましたから。

さらに興味深いのはビーチ・ボーイズの「Hushabye」風のコーラス。実はバリー・マンはこの曲を作ったときに、初めからビーチ・ボーイズ風のコーラスを入れることを考えていたんですね。
で、バリー・マンがコーラスを頼んだのが、まさにブライアン・ウィルソン。
ところが録音機材を持ってロサンゼルスに行ったらブライアンはどこかにいなくなっていたとのこと。まあ、「Rock And Roll Lullaby」が録音された1972年頃というのは、ブライアンはビーチ・ボーイズのアルバムにすら満足に曲がかけない状態になっていたときですから。
で、Ron Licklinという人を中心とするスタジオ・コーラス・グループにビーチ・ボーイズ風の、つまり、もろ「Hushabye」風コーラスをさせたんですね。
ただ、ここで、えっと思うような人がコーラスに参加します。
もちろん大瀧さんはB.J.トーマスのアルバムのクレジットに書かれたその人の名前を見逃すはずはありません。
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by hinaseno | 2014-01-19 10:19 | ナイアガラ | Comments(0)

「恋するカレン」の中に意識的に大きく取り入れられたもうひとつのバリー・マンの曲の話をするつもりでしたが、その前にちょっとだけ別の話を。

「恋するカレン」がバリー・マンだけになってしまうことに”抵抗”を覚えたのか、大瀧さんはこの曲に右派のバリー・マンとは反対側に位置するジェフ&エリーの要素を取り入れているんですね。
ジェフ&エリーの曲は大瀧さんも言っているように、少ないコードで作られた、すごく単純な曲が多いのですが、一つ特徴的なのは、大瀧さんの表現でいえば、曲の途中で”小ネタ”が入ること。Aメロ、Bメロ、サビとは別のフレーズがちょこっと入る。で、大瀧さんはその”小ネタ”が好きなようで、自分の楽曲でも数多く実践されています。

「恋するカレン」でも、その”小ネタ”を取り入れます。”小ネタ”というにはあまりに魅力的な部分ですが。
もちろんそれは曲の後半の、こう歌われる部分ですね。
「ふと眼があうたびせつない色の まぶたを伏せて頬は彼の肩の上」

このフレーズから本来のメロディに融合されていくところ、そしてエンディングにかけての流れは、何度聴いても鳥肌が立ってしまいます(モメカルの演奏もこのあたり、すごく工夫を凝らしています)。

ちなみにこの部分のアレンジはもちろんロネッツの「I Wonder」。この曲の1:30あたりに出てきます。フィル・スペクターがプロデュースしたジェフ&エリーの曲。



ちなみに「I Wonder」は『SNOW TIME』に収められた「リアスの少年」でもやっています。大瀧さん、「I Wonder」がとっても好きなんですね。
ただし、曲の中にジェフ&エリーの要素まで取り入れたことで、結果的に曲はさらに”大作”度合を増すことになったのですが、やはりあの部分があってこその「恋するカレン」ですね。

さて、ここから曲はいよいよエンディングへ。サウンドもコーラスもどんどん分厚くなって、大瀧さんも最高の”歌謡”を披露しています。そんな中で聴こえてくるのは...。
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by hinaseno | 2014-01-18 08:34 | ナイアガラ | Comments(2)

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のバリー・マン特集を聴いてみて興味深かったのは、大瀧さんはバリー・マンの”大作”をあまり好まないということでした。1963年までに作られたような”小品”が好みなんですね。大瀧さんは基本的には”小品”好きであるということは、きちんとおさえておかなくてはならないことのように思います。
で、バリー・マンの曲の大瀧さんの好みの限界が1964年に作られたフィル・スペクター関連の大作。大瀧さんがとりわけ好きなのはロネッツの「Waking In The Rain」。



そして、たぶん限界ぎりぎりにあるのがライチャス・ブラザーズの「You've Lost That Lovin' Feelin'」。



「恋するカレン」は、大瀧さんの許容できるバリー・マンのぎりぎりのところにある曲をイメージして作られたもの。いや、昨日引用した大瀧さんの言葉の中に含まれている”いらだち”のようなものを見ると、大瀧さん的にはちょっと許容範囲を超えた部分があったのかもしれません。
表現は悪いのかもしれませんが、”ど”演歌や”ど”フォークが嫌いなのと同様に、”ど”バリー・マンは、好みでないんでしょうね。嫌いといってもいいのかもしれません。それは、大瀧さんの「普動説」の言葉を使えば「極右」に属する音楽。笑いもユーモアも諧謔性もなく、情緒にだけ訴えかけるような音楽を大瀧さんは評価しないんですね(このあたりのことは、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」で、キャロル・キングやエリー・グリニッチが2週にわたって特集されているにも関わらず、バリー・マンは1週だけしか特集されていないことにも表れているように思います)。
逆に言えば、昨日図示したエリー・グリニッチ側の、つまり左派の側は、極左も含めてOKなんですね。実際、「〜音頭」など、極左的音楽はいくつも作られています。でも、そういうのって日本ではちっとも評価されない(ことも十分分かった上で作っている)。

さて、「Waking In The Rain」と「You've Lost That Lovin' Feelin'」をイメージして作られたであろう「恋するカレン」。
でも元ネタとして最もよく語られるのはこのアーサー・アレクサンダーの「Where Have You Been (All My Life)」。作曲はバリー・マン。



この曲が元ネタとなっていることを何かで知って、初めてこれを聴いたときにはやはりびっくりしました。曲の展開も含めて、そのまんまじゃないかと。でも、改めてよく聴くとメロディは似てるようで全然似てない。サビに向かう部分はそっくりですけど。

それから、サウンド的にはこのウォーカー・ブラザーズの「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」。



歌に入る直前の、深いドラムの聴かれるあたりの音像はそっくり。でも、この曲はもともとフランキー・ヴァリの歌った曲のカバーで、アレンジも結構似ています。ただ、ウォーカー・ブラザーズの方は、たぶん「You've Lost That Lovin' Feelin'」のサウンドを強く意識して、しかも大瀧さんの「恋するカレン」同様にエコーが深いので、どうしても似た感じになってしまうように思います。だから、ウォーカー・ブラザーズの「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」を元ネタと言い切ってしまうのは、ちょっと知識のなさをさらけだしてしまう気がします。「You've Lost That Lovin' Feelin'」のサウンドを下敷きにした曲は、山のようにありますから。

実は「恋するカレン」には、大瀧さんがはっきりと意識して入れこまれているバリー・マンの曲があるのですが、それは誰も触れていないように思います。もちろんネット上の書き込みがなくても気づいている人は何人もいるとは思いますが。
おそらくそれは、大瀧さんの許容できるバリー・マンの限界の曲。"大作"志向が進む1964年以降のバリー・マンの作品にはあまりいい印象を持たなくなっていた中で、突然、許容範囲内に入ってきたんでしょうね。その曲は、バリー・マンの数ある曲の中で僕が最も好きな曲でもあるのですが。

ちょっと長くなってしまったので、続きはまた後日。

今日の最後は、モメカルの演奏した「恋するカレン」を貼っておきます。いや、本当に見事というほかありません。大瀧さんの"ゆらぎのあるメロディ"をきちんと再現しています。


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by hinaseno | 2014-01-17 09:19 | ナイアガラ | Comments(0)

最近、一番よく聴いている大瀧さんの曲は「恋するカレン」。そう、C-Emの曲です。先日、もう少し書きたいことがあったのですが、あまりにも長くなりすぎたためにやめました。というわけで、改めて「恋するカレン」のことを。

「恋するカレン」について考えるとき、絶対に押さえておかなければならないのは2002年1月13日に放送された「新春放談」での大瀧さんの話(ここで聴くことができるのでぜひ)。「恋するカレン」のことについては、ネット上でも元ネタが何であるとかたくさん書かれていますが、だれも、この10年前に語られた大瀧さんの言葉を取り上げていません。
2002年1月13日に放送された「新春放談」については、内田樹先生が先日ブログ上に再録された「大瀧詠一の系譜学」にもいくつか引用されていますが、内田先生が引用されていないところで、僕にとっては最高に興味深い話がなされています。かなり長い話。

達郎さんのこんな言葉から話が始まります。
『ロンバケ』聴いて、1曲目(「君は天然色」)2曲目(「Velvet Motel」)3曲目(「カナリア諸島にて」)聴いて、大瀧さんってほんとにキャロル・キングが好きなんだなって、あのとき初めて分かった。

これに対して大瀧さんは、「そうだよ」ではなく「ああ、そうなんだ」と返事をしてから、こう言葉を続けます。途中でときどき達郎さんは相づちを打ったり言葉をはさんだりしていますが、延々と大瀧さんが話し続けられています。ただし、いつも思うのですが、言葉だけ取り出して引用すると、大事な何かが失われてしまうのですが。
僕の中で、キング=ゴフィン(キャロル・キングとゲリー・ゴフィン)とマン=ワイル(バリー・マンとシンシア・ワイル)とジェフ=エリー(ジェフ・バリーとエリー・グリニッチ)は、相対的に全部好きなのよ。
その中で、自分の中では真ん中がゴフィン=キングなのよ。右翼がマン=ワイルなのよ。左翼がジェフ=エリーなのよ。君の場合はマン=ワイルが真ん中で、右翼、左翼がゴフィン=キングでジェフ=エリーだと思うのよ。で、これが「分母分子論」と「普動説」と、日本の場合とクロスしたっていうのを発見したのが”僕の普動説”だったのよ。大笑いだよ。
キング=ゴフィンというのは”唱歌”なのよ。輸入した、賛美歌だとか、ああいう唱歌的なもので、まだ百何年なんだよ。キャロル・キング調のものって唱歌調のものって輸入したものだから。
で、マン=ワイルは”歌謡”なのよ。歌謡好きな人は絶対にマン=ワイルなのよ。で、ジェフ=エリーは”童謡・民謡”なの。
で、これは完全に分かれているんじゃなくて円形になっているのよ。各々が全部円になっているから、全部ごっちゃになっているんだよ。
「The Locomotion」というのはキャロル・キングの中でもジェフ=エリーの方向なのよ、僕の中では。で、「Do-Wah-Diddy」とか「Hanky Panky」がジェフ=エリーじゃない。だからあれは”童謡”なのよ、僕の中では。左派なのよ。で、”童謡”が”民謡”なんかとクロスする。なんでクロスかというと、「単純化」で。C-F-Gじゃない。「Do-Wah-Diddy」はC-F-Gの中にマン=ワイルのようなサビもってくるんだよ。あれの中に”歌謡”が入ってるからデカくなるのよ。で、マン=ワイルの”歌謡”のところを突かないと日本ではドメスティックなヒットはでないんだよ。
ところがキング=ゴフィンっていうのは、”唱歌”から100何年経って中田章とか成田為三とか、ああいうようなシャレたメジャー・セブンだとか半音進行だとか、そういうものが入ってきて、戦後に高木東六だとか、もちろん(中村)八大さんだとか、服部(良一)さんも含めて、やってきたから、フォークとかわれわれのロックとかいうときにキャロル・キングのような唱歌的なものが真ん中に来るんだよ。それをドメスティックにやると日本のフォークになるんだよ。で、それをよりポップに近づけて、ジェフ=エリーの味とマン・ワイルの味を入れていくと...。
マン=ワイルの味を入れると「恋するカレン」になるんだよ。マン=ワイルまるまるだってよく言われるけれども、オレの中でのマン=ワイルは「カレン」なんだよ。だから「カレン」好きな人が多いのは、日本は”歌謡”じゃないと、大きなメインロードをつかめないんだよ。

最後が、ややいらだちの口調になっているのも見逃せない点ですね。
この話の中に出てくる「分母分子論」と「(ポップス)普動説」というのは、洋楽と邦楽というのを対立図式でしかとらえようとしていなかった音楽論に対して、そんなものではないんだとして大瀧さんが唱えられた理論。いずれも大瀧さんによって図式化されています(『KAWADE夢ムック 増補新版 大瀧詠一』にも掲載されています。この本には、お茶の水の山の上ホテルで行なわれた、大瀧さんと内田先生の初めての対談―石川さんも同席―も載っていて、必携本です)。

さて、 2002年1月13日に放送の「新春放談」。この中で、大瀧さんは自分自身の創作に関わる「僕の普動説」を語られてるんですね。これを大瀧さんの言葉にならって僕なりに図式化してみました。
大瀧さんの作られる音楽を考える上で、この図式は大きな手がかりになるはず。
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1曲目の「君は天然色」、2曲目の「Velvet Motel」、3曲目の「カナリア諸島にて」はキャロル・キングということですが、もう少しこの図式に従って考えると、 1曲目の「君は天然色」と「Velvet Motel」はキャロル・キングとジェフ=エリーが重なる部分のイメージで作られていて(「君は天然色」の方がジェフ=エリー寄り)、3曲目の「カナリア諸島にて」はキャロル・キングとマン=ワイルが重なる部分のイメージで作られているように思います。
で、「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」は大瀧さんも語られているようにジェフ=エリー、そして「恋するカレン」はマン=ワイル。

というわけで、次回は”元ネタ探し”というよりも、"分母分子論"、"普動説"的にみた「恋するカレン」の話をしてみたいと思います。
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by hinaseno | 2014-01-16 10:55 | ナイアガラ | Comments(0)

My Darling Clementine(2)


『荒野の決闘』でもフォスターの曲が使われていることを発見しましたが、この映画には言うまでもなくあまりに有名なテーマソングがあります。
「Oh My Darling Clementine」(邦題は「いとしのクレメンタイン」)。
この映画の原題も実は「My Darling Clementine」。ジョン・フォードはおそらくこの曲が大好きだったんで、曲のタイトルをそのまま映画の題名にして、さらには主人公の女性の名前をクレメンタインと名づけて映画を作ったんですね。
映画の最後で、ワイアット・アープがクレメンタインに「僕はクレメンタインという名前が大好きです」と告げる場面があるのですが、それはまさにジョン・フォードの気持ちそのものだったように思います。
というわけで、「Oh My Darling Clementine」は映画のオープニングとエンディングと、それからクレメンタインが駅馬車に乗ってトゥームストンの町にやってきた場面で流れます。
これがオープニングの場面。ここだけでも心震えます。



さて、僕は「Oh My Darling Clementine」という曲をずっとアメリカ民謡と理解していたのですが(そう表記されているものも多い)、今回、映画を観直して、特にクレメンタインの登場するときに流れる、歌の入っていないものを聴いたときに、どこかフォスターの曲に通じるものを感じて調べてみました。どうやら西部開拓時代にPercy Montroseという人によって作曲されたとのこと。別の人によって書かれた原詩があって、それに曲をつけたようです。でも、Percy Montroseって人のことについては全く不明。
よく耳にする「Oh My Darling, Oh My Darling, Oh My Darling Clementine」の部分は2番なんですね。

なんてことを調べていた一方で、大瀧さんの『EACH TIME』に収録された「恋のナックルボール」のことを考えていたのですが、アルバムの発売当初に出た、ある雑誌(『MUSIC STEADY』1984年6月号)に載ったインタビューで、大瀧さんはこんなことを語られていました。
「最近得意のSEシリーズ。『ナックルボール』を聴いてどれ位わかるかってのがナイアガラ度のバロメーターなんだよ、実は。全問正解者はほんとうにナイアガラ旅行をプレゼントしてもいいよ」

その雑誌の最後にはこんなナイアガラ・クイズというものがつけられていて、切り取って送るようになっていました。
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でも、当時、僕はまだ大瀧さんの過去の音源すら満足に聴いていない状態。『BLACK VOX』は買ったものの、まだ、なんのこっちゃ状態でしたから。だからとてもではないけど一つとしてわかりませんでした。これ、全問正解してナイアガラ旅行をプレゼントされた人、いるんでしょうか。

「恋のナックルボール」のことを考えていて、ふと、このナイアガラ・クイズのことを思い出したのですが、今でもよくわかりません。ただ、大瀧さんが「ナイアガラ度」と言うときには、おそらくそれは『レッツ・オンド・アゲン』を指していることが多いことは理解しているので、久しぶりに(あまり聴いていない)『レッツ・オンド・アゲン』を聴きました。そうしたら...。
まさに、あの「Oh My Darling Clementine」の、「Oh My Darling, Oh My Darling, Oh My Darling Clementine」のフレーズが出て来たんですね。実際にはこう歌われています。
ピンク・レディー、ピンク・レディー。オー・マイ・ダーリン・ピンク・レディー

この曲、歌詞カードにはこう表記されています。
「ピンク・レディー/モンスター」

これを見たら、まあナイアガラ―でない限りは全員、ピンク・レディーが歌った「モンスター」という曲のことだと思いますね。でも、実際はモンスターというグループ(もちろん架空のグループ名)が歌った「ピンク・レディー」というタイトルの曲。曲を作ったのはもちろん大瀧さん。ピンク・レディーの曲のエッセンスがこれでもかというほど詰め込まれています。特にピンク・レディーの曲のエンディングが次から次へと出てくるエンディングは最高です。
というわけでこれを貼っておきます。



ちなみにこの曲の弦アレンジをしているのは井上鑑さん。これが大瀧さんの曲ではじめての弦アレンジ。この次がなんと「風立ちぬ」です(その次が「白い港」)。大瀧さんのとてつもなく大きな振れ幅の両極端の音楽に対して、"真面目に"仕事されています。

実はもうひとつ気づいたことがあります。そちらの発見の方がうれしかったのですが。
歌詞カードの解説をよく見ると「ピンク・レディー」の下に括弧つきで(讃歌)と書かれています。そのためにこの曲はときどき「ピンク・レディー讃歌」と表記されることもあります。でも、讃歌はあくまで括弧付き。
なぜ、ここに(讃歌)が付いているかというと、もちろん大瀧さんはあることを知っているからですね。僕は昨年それを初めて知ったのですが。
『荒野の決闘』のテーマソングである「Oh My Darling Clementine」は、日本では原詩とは全く違う歌詞を付けられて「雪山讃歌」というタイトルに変えられて歌われていたんですね。聴いたことがないわけではなかったのですが、タイトルまで確認したことはありませんでした。
これですね。



大瀧さんは「ピンク・レディー」のエッセンスをちりばめた曲の導入部分に、ヴァースのような形で「Oh My Darling Clementine」を入れ、で、それが「雪山讃歌」という曲として歌われているのを知っているので、あえて括弧付きで(讃歌)という言葉を添えてたんですね。本当に、大瀧さんったら、やることが二重にも三重にもこりすぎています。

ちなみにモンスターというのは実はデビューする前のシャネルズ。つまりラッツ&スターですね。ちなみに彼らはその次の「禁煙音頭」も歌っています。こんな曲でデビューしてたら彼らの未来はなかったでしょうね。
ところで『レッツ・オンド・アゲン』といえば、なんといっても布谷文夫さんの歌うこの2曲。
まずは「呆阿津怒哀声音頭」。これはぜひ歌詞カードを見ながら聴いて下さい。"silly girl"が…。



それからアルバム最後の曲である「Let's Ondo Again」。僕のパソコンのiTunesではこの次に「君は天然色」が出てきます。大瀧さんのヒストリーではそういう流れ。



今日1月15日は布谷さんの命日ですね。
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by hinaseno | 2014-01-15 09:31 | ナイアガラ | Comments(0)

My Darling Clementine(1)


大瀧さんの音楽をもう何十年も聴いているのに、最近になってようやくわかったりすることがあります。後で考えてみれば別にひねっているわけでも何でもなく、こっちの知識がなかったり、あるいは聴き取るだけの耳がなかったりしただけ、ということなのですが。
さて、昨日気づいたこと。でも、たぶん前置きの話が長くてそこまでいかないだろうと思います。

この連休、ジョン・フォードの映画を立て続けに見ていました。といっても見ていたのは『荒野の決闘』。それの劇場公開版と、非公開試写版。
劇場公開版の方は、数えきれないくらい観ていましたが、 非公開試写版の方は10年前にDVDを買ったときに1回観たきり。今回、こちらを観直して驚くことがいくつもありました。
『荒野の決闘』は、西部劇好きの僕にとっては最高の映画の一つ。というよりも、今回観直してみて、やはりこれが最高だなと思いました。どのカットも(正確にいえば、劇場公開には、試写会を観たプロデューサーが、後で付け足した映像があるのですが)これぞ西部劇という、見事なもの。全部の場面を写真に撮って持っておきたいと思うほど、完璧に美しいシーンの連続。いやはや。

ところで、今回観直した目的の一つは、『荒野の決闘』にスティーヴン・フォスターの曲が使われているかどうかということでした。ネットでは確認できなかったので観るしかないなと。
サルーンの楽団がいろんな曲を演奏していて、もしかしたら僕の知らないフォスターの曲を演奏しているかもしれないなと思いつつ観ていたら、よく知っているフォスターの曲が楽団によって演奏されました。
「草競馬」。
たぶん、これは誰でも知っているフォスターの曲。フォスターの中では最も勇ましい曲ですね。これを聴くと運動会を思い出してしまいます。
でも、結局確認できたのはこの1曲。

映画を観終えて、別のジョン・フォードの作品を観ようかと思ったときに、ボックスに入っているもう一つのDVDに目がとまりました。実は、そちらはずっと観ていなかったので、非公開試写版が収録されていることすら忘れていて、よくありがちな関係者の話を収めたメイキング・オブのようなものだと思ってしまっていました。
『荒野の決闘』は、ジョン・フォードが作った映像の試写を観た映画会社のプロデューサーによって、納得のいかない部分を公開前に編集し直されているんですね。いくつかのシーンをカットしたり、別の監督にシーンを新たに撮らせたものを入れたりと。
最も有名なのが、映画の最後のシーン。
ワイアット・アープ役のヘンリー・フォンダがクレメンタインに別れを告げるシーン。場面が切り替わってワイアット・アープがクレメンタインの頬にキスをするところ。ここはその映像も含めて何度見ても違和感を覚えるものなのですが、それがまさにプロデューサーの指示によって別の監督に撮らせて入れたシーン。
そのプロデューサーは試写を観て、いくつかの不満を持ったようですが、どうやら最大の不満がそこにあったようです。あの場面であればキスをさせるだろうと。

非公開試写版は、そのプロデューサーによって手を入れられる前のもの。映画も10分ほど長い。キスシーンを入れた代わりに、いくつものシーンを削除してるんですね。で、その削除されたシーンの中に、なんとフォスターの曲が使われていたんですね。びっくりしました。曲はやはり有名な「おお!スザンナ」。
これがまたいい場面なんですね。日曜日の朝、まだ完成していない教会へ近くに住んでいる村人たちが集まってくるシーン。『荒野の決闘』がいいのは、”闘い”とは別の、人々の普通の暮しの風景がいくつも取り入れられているところ(このプロデューサーは、ジョン・フォードが描いた普通の人々の暮らしに関わるシーンをいくつかカットしています。そういうのはそんなに必要ないと考えたんでしょうね)。で、町にやって来た村人の一団が演奏していたのが「おお!スザンナ」。
そのときにヘンリー・フォンダは理髪店で髪を切っていて、そこでその音楽を耳にすることになっているのですが、「おお!スザンナ」を演奏しながら遠くから町にやってくる村人のシーンをカットしたので、本当はずっと流れ続けていたはずの「おお!スザンナ」の曲はすべてカット。
YouTubeにそのカットされた場面の一部と、「おお!スザンナ」の曲が入った映像がありましたので貼っておきます。ここは「おお!スザンナ」が流れていてこそのシーンです。



音楽に関しては他にも興味深いことが。
ジョン・フォードは、住民たちの普通の生活の中で流れている音楽以外は不必要に音楽を使わないようにしているのですが、このプロデューサーは、切ない場面では切ない気持ちを、不安な場面では不安な気持ちを強調するような形で音楽を付け加えているんですね。
小津の考えとは全く逆。でも、それがハリウッド式というものなんでしょうか。
一応そのプロデューサーは、変更する前にジョン・フォードにメモを送ったとのことですが、果してジョン・フォードはどう思ったんでしょうか。いくらなんでもキスシーンだけは入れるのをやめてくれと思ったはずですが。

というわけで、今後、僕が『荒野の決闘』を観直すときには非公開試写版を観ることになるだろうと思います。こういうの、知らなければよかったという話になるのかもしれませんね。大瀧さんも確かラジオデイズの対談で未発表音源などの話に触れて「知ることの不幸」を語られていたような気がします。
ただ、その一方で大瀧さんは音楽であれ何であれ、感情を殊更に強調するというやり方(今は日本でもそれが主流なんでしょうね)には一貫して批判的でした。

というわけで、話は大瀧さんの曲のところまでいきませんでした。
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by hinaseno | 2014-01-14 09:28 | ナイアガラ | Comments(0)

3月21日に30周年記念盤が出る『EACH TIME』と、その作業を終えられて亡くなられた大瀧さんの後を追うように亡くなったフィル・エヴァリー(=エヴァリー・ブラザーズ)のことについてあれこれと思いを巡らせる日々。この偶然にしか過ぎないはずのことが、まるで運命的なもののように思えてしまうことに気づかされることが昨日ありました。単なる偶然であるはずのことが深い物語のひとつであるように思わされてしまう。
大瀧さんに関することは、いつもそんなふうになってしまう不思議。

昨日は久しぶりに一日家でゆっくりできたので、未聴だった「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をいくつか聴きました。1976年10月19日に放送された第4回目の男性シンガーの特集と1977年4月12日に放送された第5回目の男性シンガーの特集。曲目リストは見ずに聴いています。
まず最初に聴いた1976年10月19日に放送されたもの。
エルヴィスの「One Broken Heart for Sale」(邦題は「破れたハートを売り物に」。原題もすごいけど、邦題もすごい)から始まります。
途中で、「僕の好きなバラードをかけてみたいと思います」ということで、Jimmie Rodgersの「Secretly」という曲がかかります。昨年、石川さんがブログで紹介されていて知った曲。C-Am-F-Gの循環コードだけで作られているのに、何ともいい曲です。それからこのブログでも紹介した曲もいくつか。後にシリア・ポールとデュエットすることになるリッキー・ネルソンの「The Very Thought Of You」。

で、時間をおいて1977年4月12日に放送されたものを聴いていたら、ちょっと驚きの連続。1曲目にかかったのがDanny Williamsの「White On White」。なんとこの曲、石川さんのブログで、まさに昨日紹介されていた曲。朝起きて最初に聴いたのですが(それが日課)、初めて聴く曲でした。それがいきなりかかってびっくり。

それから2カ月後の6月25日発売されることになるシリア・ポールの『夢で逢えたら』の話が出てきます。レコーディングを終えて、ミックスをし直しているとか。
そんな中でかかったのがエヴァリー・ブラザーズのこの「That's What You Do To Me」。



邦題は「すてきなデート」というタイトルで、日本でだけヒットしたとの紹介。知りませんでした。
「ゴー!ゴー!ナイアガラ」ではふた月程前にケイデンス時代のエヴァリー・ブラザーズ特集をしたばかりなのですが、そのときにかからなかったワーナー時代の曲。

このとき、こんな興味深い話が出てきます。実はこの曲をシリア・ポールとデュエットしてシリア・ポールのアルバムに入れてみたかったと。ただ、アレンジがよくわからなくてできなかったとのことですが、いつかカバーしてみたいと。
でも、結局カバーされることもなく、先日聴いた達郎さんとのデュエットでも歌ってはいませんでした。

...いや、ちょっと待てよ、この曲って。
曲の最初のこの言葉。似たような言葉をどこかで聴いたことがあるじゃないですか!
Bom do-dee bom do-dee bom bom bom ba do-dee
(バン・ドゥ・ディー、バン・ドゥ・ディー、バン・バン・バン・バ・ ドゥ・ディー)

「恋のナックルボール」!
Bom do-bee bom bom bom bom do-bee bom bom bom
(バン・ドゥ・ビー、バン・バン・バン、バン・ドゥ・ビー、バン・バン・バン)



よく聴くと、曲に入った部分のメロディも似ているところがあったりします。こっ、これはでした。でも、ネットでチェックしたら、すでに指摘している人が何人かいました。まあ、改めて考えれば、とてもわかりやすい"引用"をされていますから。

「That's What You Do To Me」という曲はエヴァリー・ブラザーズの『IT’S EVERLY TIME』というアルバムに収められていて、僕は、それと『A DATE WITH THE EVERLY BROTHERS』というアルバムが2in1で収められたCDを最も愛聴していて、最近もずっと聴いていたというのに。わかりやすすぎて気づけませんでした。

ただ、この曲を下敷きにして「恋のナックルボール」を作ったという指摘は間違っていますね。なぜなら「恋のナックルボール」の1st Versionはこうでしたから。



「恋のナックルボール」にスロー・バージョンが存在することは、『EACH TIME』ができた当初から大瀧さんがしばしば発言されていましたが、それを初めて聴けたのはちょうど10年前の20周年記念盤でした。ロジャー・ニコルズ・トリオの「Our Day Will Come」に似た感じで始まるとはいえ、印象はかなり暗いですね。このままの形で『EACH TIME』が発売されていたら、全体的にさらに暗い印象を与えるものになっていたに違いありません。
たぶん大瀧さんも、ほぼ曲がぜんぶ出そろった段階でそれに気づかれたんだと思います。で、なんと発売まであとふた月という1984年の1月11日(気づいたのが1日だけずれました)に「恋のナックルボール」を新たに録り直しをします。それがエヴァリー・ブラザーズの「That's What You Do To Me」タイプのもの。
『EACH TIME』の制作を中断して「Tシャツに口紅」を作って、それから、たぶんリハビリ的な意味で(大瀧さんはよくそれをやっています)、のちに『SNOW TIME』に収録されることになるいくつかの曲を録音。で、かなり気分をリフレッシュできたころに、ふとひらめいたんでしょうね。「恋のナックルボール」を、大好きなエヴァリー・ブラザーズの「That's What You Do To Me」でやろうと。さらにはSEを使って遊びに遊んでいます。
結果的に「恋のナックルボール」は『EACH TIME』の中で、最も明るく、最も楽しい曲に改変されたんですね。これがなかったら『EACH TIME』は、と考えると、『EACH TIME』を最後の最後で救ったのが、エヴァリー・ブラザーズだったということになります。

ところで、「That's What You Do To Me」が収められているアルバムのタイトルは『IT’S EVERLY TIME』。” EVERLY TIME”は、もちろん” EVERY TIME”にかけているはず。考えたら”EACH TIME”と” EVERY TIME”は同義語。”EACH TIME”の”EACH”はもちろん”EIICHI”のこと。ただ、これもすでにネット上で半年ほど前に指摘している人がいました。

話はちょっとそれますが、ちょっとした思い出話。
エヴァリー・ブラザーズの『IT’S EVERLY TIME/A DATE WITH THE EVERLY BROTHERS』のCDを買ったとき、ケースを開けたらCDがぽとっと下に。また、CDを留める部分が壊れているのかなと思ったらそうではなくて、なんと同じCDが2枚重なっていたんですね。ミスにしてはあまりに素敵なプレゼント。
でも、2枚あっても仕方がないので、エヴァリー・ブラザーズなんて聴いたこともないはずの知り合いにあげたのですが。10年以上前の話。
去年、『IT’S EVERLY TIME』と『A DATE WITH THE EVERLY BROTHERS』のCDが、それぞれ単独で日本盤で出ているので、ぜひ聴いてみて下さい。『A DATE WITH THE EVERLY BROTHERS』は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の2度目のエヴァリー・ブラザーズの特集のときに、ほぼ全曲かかっています。1曲目は数少ないフィル・エヴァリーの作った曲。
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by hinaseno | 2014-01-13 10:21 | ナイアガラ | Comments(0)