人気ブログランキング |

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

カテゴリ:雑記( 421 )


遠くの近所


暦的には夏も終わったという9月になって急に思い出して夏の本を読んだり、夏のアルバムを聴いていたら、不思議なことに秋のような涼しい日が続いていた8月後半とは打って変わって、ここ数日、真夏が戻ってきたような感じ。暑過ぎる。


それはさておき最近見て、おっと思った言葉。

「遠くの近所」。

いい言葉だね~。

英語に直せばNearest Faraway Place。


で、久しぶりに取り出したのがこのアルバム。

a0285828_14593269.jpeg

ビーチ・ボーイズのインストルメンタルの曲(歌の入っていない曲)ばかりを集めた日本編集のCD。このアルバムの目玉はブライアン作曲の「After the Game」。ってことでこの1曲が目当てで買いました。

最初の方はサーフィン・ホットロッドの有名曲のカバーが多く、それからカールやデニスのお遊び半分の曲なんかもあって、実はあんまり聴いていませんでした。


アルバムの後半、真夏の太陽が燦々と降り注ぐ風景から一転して夏の夕暮れの風景を感じさせてくれる名曲「Summer Means New Love」あたりからいい曲が出てくるんですね。「Summer Means New Love」の次はこれまた大好きな「Let's Go Away for Awhile」。

で、次の「Pet Sounds」からは夏、あるいは身近な海を感じさせない曲になって、最後に収録されているのがブルース・ジョンストン作曲の「The Nearest Faraway Place」。

その前の「Diamond Head」はハワイの海が舞台だけど「The Nearest Faraway Place」はどこか遠く離れた場所。でも、海は感じられる。そしてもうひとつ、この曲で強く感じられるのは”なつかしさ”。

そう、「The Nearest Faraway Place」というのは遠く離れていてもなつかしく思える場所、つまり遠くの近所ってこと。


そうそう、先日、牛窓で、なつかしさあふれる通りを歩いていたときに、年配の女性に声をかけられ、誘われておじゃました家のこと。

その家は井伏鱒二が牛窓に滞在した日々のことを調べていたときに見つけた家で、そこのおばあさん(大正生まれなのにすごくお元気なので「おばあさん」という言葉は全然似合わないけど)からは井伏鱒二周辺のいろんな話を聞かせてもらったんですが、久しぶりにお会いしてもまだまだお元気。僕のことも覚えてくれていました。

一階の部屋にはおばあさん宛に書かれた額入りの色紙がずらっと壁にかけられていました。一番目立つ正面に井伏鱒二と、その井伏原作の『黒い雨』や『カンゾー先生』を牛窓で撮った今村昌平監督のサイン。そのほか、牛窓で撮られた映画やドラマに出演した俳優のサインが所狭しと掲げられていました。

その中に岸惠子さんのサインがあったんですね。

岸惠子さんといえば、岡山の三石が舞台になっている小津安二郎の映画『早春』に主演している人。まあ、池部良が三石にとばされるきっかけを作った人なので、もちろん映画の上でも三石に来ていません。

ただ、『早春』のその後の話を考えたら(よく考えています)、一度くらいは三石に来たんじゃないかと。


その岸惠子さんが牛窓に?

調べたら2006年に『母とママと、私。』というドラマが牛窓で撮影されたようです。主演は岸惠子、夏川結衣、吉行和子。

吉行さんの色紙には「2006.冬」、それから夏川さんの色紙には「2006.11.14」と書かれていたので、どうやら撮影されたのは2006の暮れ頃。

放送されたのが翌2007年1月28日。テレビ朝日系全国24局ネット。原作は谷本美彌子著『小春日和』。

放送の詳細データを見ると「JR赤穂線の邑久駅に降り立った一人の女性、小谷貴子(岸惠子)。彼女を出迎えたのは、この地に暮らす実の娘・藤本千恵(夏川結衣)。横浜でひとり暮らしを続ける貴子と、牛窓で結婚生活を送る千恵が会うのは、千恵の結婚式以来、10年ぶりのことだった。貴子から突然連絡を受けた千恵は、なぜ今になって母が訪ねて来るのか見当もつかず、言い知れぬ不安に襲われていた。…」と。そうか、邑久駅も映るんですね。

実は先日、余白珈琲さんたちが牛窓に来たときに、彼らが降りたのも赤穂線の邑久駅。そこに車で迎えに行って、牛窓まで一緒に行ったんですね。岸惠子さんと同じルートを通ったわけだ。

このドラマ、誰か録画していないかな。また、今度、牛窓に行って訊いてみよう。


遠くの近所を約1年ぶりに訪ねてくれた2人のいる風景を。

a0285828_15000486.jpeg


by hinaseno | 2019-09-11 15:01 | 雑記 | Comments(0)

On a lazy Sunday afternoon


まだ夏の暑さの残る、けだるい日曜日の午後の海辺の風景。

a0285828_16272443.jpeg


ここのところ永井宏さんの本を少しずつ集める日々が続いています。

今朝届いたのは『夏の見える家』。タイトルとか、表紙の写真とか、夏葉社から出た『山の上の家』にそっくり。どちらも夏の葉がまぶしい。

a0285828_15211007.jpeg


最初に収められた「夏の見える家」というエッセイをぱらぱらと読んでいたら、こんな話が。


 ランディ・ニューマンが、「DAYTON, OHIO 1903」という曲で、昔のけだるい日曜日の午後はなんでもがゆっくりとしていて、ひとびとは道で立ち止まっては挨拶を交わし、家でお茶でも飲まないかと誘い合う。空気も綺麗で、静かに日々が流れる中で、育っていくものがある、というような内容を歌っている。
 東京を離れようと思ったのは、まさにそんな日々が懐かしかったのかもしれない。


永井さんは東京を離れ、最初は逗子のマンションに移り、そのあと葉山の海に近い家で暮らすようになる。表紙の写真に写っている家はその葉山の家なんでしょうか。

そういえば昨夜から今朝にかけて関東を襲った台風で、逗子や葉山のあたりもかなりの被害が出たとネットのニュースで見ましたが、永井さんの住んでいた家とか、今はどうなっているんだろう。


それはさておき、上に引用した部分でおっと思ったのは、ランディ・ニューマンの「DAYTON, OHIO 1903」のことが書かれていたから。この曲は僕の「死ぬほど好きな曲」の一つで、ずっと前にこの曲についてかなり長々と書いていますね。曲もいいけど、歌詞がまた最高なんですね。

1903年の、アメリカの田舎町の(内陸なので海は見えない)、けだるい日曜日の午後の風景。


けだるい日曜日の午後といえば、昨日の日曜日の午後、ある人たちと僕の大好きな海の見える小さな町に行ってきました。その町もまさに「なんでもがゆっくりとしていて、ひとびとは道で立ち止まっては挨拶を交わし、家でお茶でも飲まないかと誘い合う。空気も綺麗で、静かに日々が流れる中で、育っていくものがある」、そんな町。

場所はもちろん牛窓。一緒に行ったのは余白珈琲さん。


昨日も古い昔ながらの道を歩いていたら、何人かの人に声をかけられ、そして家の中に誘われて…。

本当にいい町だ。


でも、ときどき東京に住んでいたらいいのになと思うことがあります。東京でしかやってくれないイベントとかがあると特に。

東京のイベントで今一番行きたいのは今月末に隣町珈琲で行われる平川克美さんと寺尾紗穂さんとの対談。夢の対談! ああ、死ぬほど行きたい。

それから昨日終わったイベントですが吉祥寺の「一日」という本屋さんで開催されていた「夏葉社の10年展」も行きたかった。

そして昨日終わったイベントというと世田谷ピンポンズさんの様々なグッズのデザインをしているwacaさんの絵画展も東京に住んでいればひょこっと顔を出すのにね。wacaさんにもまた会いたい。


そういえば塩屋のNっこちゃんちに行った日、そのあと姫路に立ち寄りました。おひさまゆうびん舎で夏葉社の島田潤一郎さんのトークイベントがあったんですね。こちらの話も書かなくてはと思いながら日が経ち過ぎてしまいました。

その日、イベントまでの時間を潰すためにどこかでコーヒーでも飲もうかと二階町の通り(喫茶大陸のある通りの一つ南の筋)を歩いたら”waca”の字の入った看板が。

「珈琲屋waca」。

いや、よく見たらcがひとつ多くて「珈琲屋wacca」。大陸の50mほど南の場所。後で聞いたらこの春に開店したとのこと。気がつかなかった。

中に入ったらいい感じの店。はっきりいって僕好み。コーヒーを飲もうかと思ったけど、Nっこちゃんちでコーヒーを2杯飲んでいたのでアイス系のものを食べました。美味しかった。今度、おひさまさんでイベントがあるときには、いやイベントがないときでもここに立ち寄ることにしよう。


そういえばの話がもうひとつ。

余白珈琲さんたちと立ち寄ったのが、牛窓でロケーション的にもとりわけ好きな匙屋さん。そこで昨日からある作家さんの絵の展示会が開かれていたんですが、その作家さん(男性)、なんと出身が姫路の飾磨。よく知った小学校とよく知った中学校を出ていると。現在は東京に移られているそうですが、なかなか面白い生活の形を作られています。童話の好きな女性が見たらきっと惹かれるだろうと。


匙屋さんには古本が少し置かれているんですが、見ると野鳥、鳥関係の本が10冊ほどあってびっくり。おっ、ですね。2冊ほど買いました。

a0285828_15230415.jpeg


by hinaseno | 2019-09-09 15:23 | 雑記 | Comments(0)

三石は、通過する町。

これまでなんども三石の町に立ち寄って散策しましたが、食べるところがないので結局、長くいても2時間くらい。メイン通り(といっても人影はほとんどない)に一軒だけ食料品店があって、そこでちょっとしたお菓子と飲み物を買ったことはあるけれど。

ということなので三石に移住ということになると、やっぱり無理かなと思ってしまう。『早春』の池部良、淡島千景夫婦のように数年滞在するだけならいいかもしれないけど。


ときどき『早春』の、その後の話を考えることがあります。池部良は数年後に東京の本社のレンガ会社に戻ったとしても、会社での居づらい状況はそんなには変わっていないはず。同期の親友は亡くなり、信頼する上司の一人(山村聰)は会社を辞め、もう一人の上司(笠智衆)は京都の支社にとばされたまま。戦友との付き合いを続けるのもしんどそう。三石で夫婦仲が恢復したとしても、淡島千景さんは夜中に家に来て酒を飲んで酔い潰れるあの二人(三井弘次と加東大介だ)の相手をするのは絶対に嫌なはず。

と、いろいろ考えたら、池部良、淡島千景夫婦は三石に住み続けたんじゃないかという気がしてくるんですね。そういう後日談をいつか文章にしたら面白そうだなと。

池部良は一応三石の煉瓦工場での任期を終えた後、東京の本社に戻ることなく会社を辞める。もともと文学青年だった池部良は作家への道を歩み始める。気のいい淡島千景は三石のどこかで小料理屋のようなもの(あるいは母親と同じおでん屋)を始めて、手の空いたときには畑仕事などの農作業に精を出す。この生活が何年続けられたかわからないけれど、東京に戻るよりは幸せな暮らしだったのではないかと…。


ところで、夏になると毎朝、荷風の『断腸亭日乗』(『罹災日録』)の昭和20年の日々を記したものを読み続けるということをやっているんですが、今日、8月30日に荷風は岡山を立ち去った日。

荷風は午後4時くらいの汽車に乗っているので5時くらいに三石を通過しているはず。満員の汽車の中で荷風はほんの一瞬見える三石の風景を少しでも見ることができたんでしょうか。山に囲まれた三石は午後5時になると日が陰ってくるけど、この時期ならまだ大丈夫かな。


ところでつい先日発売された『オセラ』という岡山の情報誌を近くの本屋で立ち読みしていたら「三石」という地名が目に入って、おっと。三石にカフェができてたんです。

a0285828_16041238.jpeg

それにしてもこのページの三石という小さな文字をよく捉えたなと我ながら感心します。立ち読みだったので全部のページをめくったわけでもなく、もちろん店のある地名までいちいち見ていたわけでもないのに。

ってことで本を買ってきて、この店の記事を読みました。

店の名前は「ito 絲(イト)」。改めて考えれば僕の目が最初に反応したのはこの「絲」という文字だったのかもしれません。そしてこれもやはりNっこちゃんの家で織りを体験してきたおかげかなと。


「ito 絲」というカフェが三石にできたのは今年の1月。場所はあの煙突のある工場の目の前。気づかなかった。

お店を開いた夫婦は3年前に関西から引っ越してきたとのこと。移住してからはずっと三石で農業をやってきたようで、店の料理もご夫婦が作った旬の野菜。記事の最後には「三石唯一のカフェ」と。これは絶対に行ってみなくっちゃ。

ただ店を開いているのは金曜日と土曜日だけ。明日、行けるかな。でも本が出たばかりなので、たぶんお客さん、いっぱいかな。


関西からの移住といえば、昨年、塩屋に移住した余白珈琲の大石くんから面白い話を聞いたことがあるのでそれを紹介。

去年だったか、あのグッゲンハイム邸でまちづくりの話し合いのようなものがあって余白珈琲さんたちも参加したそうです。会議の中心にいたのはもちろん森本アリさん。

その会議でアリさんは塩屋に移住してきた人に、塩屋以外で移住の候補地があったかどうかと訪ねたそうです。で、大石くんが名前を挙げたのが「三石」。大石くん、名前を挙げたものの、誰も反応しないだろうなと思ったそうです。でも、アリさんは「なるほど!」と。で、こう言ったそうです。

「三石の風景の中に塩屋的なものを感じる時があるんだよね」と。なんともうれしい会話。

確かに三石も塩屋も谷間にできた町。ただし、塩屋には海があって三石には海がない。この違いは大きい。

でも、今も三石に注目している人がいて、移住を考えてる人もいる。


三石に注目している作家といえば先日姫路の望景亭で開かれた世田谷ピンポンズさんのライブに来られていた荻原魚雷さん。その荻原さんのブログについ先日「岡山の山村」と題された文章がアップされたんですが、これがツボ。

一昨年に幻戯書房から出た色川武大著『戦争育ちの放埒病』を読んでいたら移住の話が出てきたと。こんな内容。


現に、私の気持ちの中にあるいくつかの地方で住むことを空想してみることがある。たとえば、鹿児島。あるいは、岡山あたりの山村。徳島県の東南の海岸端。東北の横手盆地あたり――。いずれも私の好きなところだ。


ここで、荻原さん、そういえば、ってことで色川さんの別の本に書かれた一節を思い出すんですね。


「私の日本三景」(『いずれ我が身も』中公文庫)でも似たような記述がある。この「日本三景」は「鹿児島県薩摩半島の外海側」「高知県東部海岸、甲浦付近白浜」「新幹線岡山駅手前の山村」とある。


ちょっと気になったので色川さんの『いずれ我が身も』を買ってきて、そこを見ると、こう書かれていました。


③新幹線岡山駅手前の山村。
 桃太郎の出生地らしい日本の山村の好ましき姿。老いたらこのあたりに住みたい。


荻原さんがすごいのはこのあと。


 岡山は何度となく行っているが、岡山駅手前の山村がどこか。
 まだ行ったことがないのだが、岡山と兵庫の県境付近にある山陽道の三石宿も気になっている。


これすごく鋭いんですね。新幹線(ってあんまり乗ってないけど)で兵庫県側から岡山に入ったらほとんどがトンネルになっているんですが、その山の中でほんの一瞬トンネルから出るところがあるんですね。それが三石に近い場所。これは国土地理院のその辺りの地図。

a0285828_17261410.png

見えるのはJRの山陽本線に乗ったときよりもさらにほんの一瞬のはずなんですが、でも、そのほんの一瞬でも見える人には見えるんですね。

確か以前、内田樹先生がやはり岡山に来るときに山の中の村の風景を目に捉えて、『早春』のことを思い出したと書いていて、へえ~ッと思ったものでした。

で、その一瞬の風景を見て、そこに住んでみたいと思うとは色川さんもすごい。色川さんってこれまで全然読んだことがなかったんですが、これからいろいろと読んでみよう。


前にも書きましたが、小津が『早春』で三石の町を映画の舞台に使ったのは、その前の『東京物語』のロケで尾道に汽車で行ったときに車窓からちらっと見えた風景を見て、これは!っと思ったからでした。その鋭い感覚がなく、三石を通り過ぎていたら…、僕の人生もかなり変わっていたかな。


さて荷風さんが、岡山を去るときにちらっと見たはずの三石は荷風の心をどれだけ動かしたんでしょうか。まあ、東京に帰りたい一心だったはずなので、とてもそこに住みたいとは思わなかったはずだけど。


三石を通過するといえば、Nっこちゃんの家に行った日、夜、車で帰っていたときのこと。いつものように三石の町に入ったそのとき、道の目の前を大きな動物が2頭続けて横切ったんですね。夜だったのでかなりのスピードを出していたんですがどうにかブレーキが間に合いました。

ヘッドライトに映し出されたのは鹿。いや、危なかった。

まあ、県境の山あいの場所には鹿とかイノシシがよく出ているとは以前から聞いていたけど、目の前を横切ったのははじめて。これから三石を通過するときにはこれまで以上に気をつけなければ。


by hinaseno | 2019-08-30 16:06 | 雑記 | Comments(0)

a0285828_15070350.png


これは小津安二郎の『麦秋』のラストシーン。映画の設定ではここは大和(奈良)。麦畑の向こうに見える家のどこかに間宮家の実家があるようです。

間宮家の中でこの風景を最も愛していたのが戦争で帰ってこないままでいる次男・省二。作品の中に省二の麦がらみのエピソードがそっと織り込まれているんですが(手紙に添えた麦の穂、ミレーの「落穂拾い」、火野葦平の「麦と兵隊」など)、個人的にはどれもなんだか心打たれるんですね。

少し前に聴いたラジオデイズの内田先生と平川さんの対談のテーマは「映画」。お二人のオールタイムベストを語り合っているのを興味深く聴きながら、自分のオールタイムベストを考えていたんですね。

で、やはり『麦秋』だなと。

対談の中で内田先生がベストに選ぶものは自己投影できる映画だと言われていて、すごく納得できるものがありました。


話は変わりますが、これは少なくとも週に1回は車で通って眺めている風景。撮ったのは今日。

a0285828_15073393.jpeg

田んぼが広がっていて、特に見るべきものはありません。でも、今年の5月末、ちょうど父が亡くなった翌日にここを通っていたときに、黄金色に輝く麦秋をこのあたりで見て感動したんですね。そのときにはじめてここに麦も植えられていたことを知ったわけです。


さて、この田んぼの向こうの山のふもとに家が立ち並んでいます。まるで『麦秋』のラストシーンのようですが、そこにあるのは間宮家ではなく、今、日本で一番人気者となった女性の実家があるようです。

その女性とは女子プロゴルファーの渋野日向子さん。


で、ここは何度もテレビで取り上げられた店。

a0285828_15081621.jpeg

彼女が通っていた小学校の真ん前にある駄菓子屋さんですが、数年前、たまたまこのあたりを歩いていて”発見”したんですね。こんな店が近くにあったことに驚きました。で、また、店のおばあさんが最高に素敵なんですね。


去年の水害でこの辺りの家や彼女の通っていた小学校が床上まで浸水したことはよく知っていたので、水害のふた月くらい後に通った時には店は閉めたままでした。さらに半年くらい経っていったときにも。

もう、このまま店を閉めてしまうかと思っていたら、渋野さんのニュースの中でこの店と元気そうなおばあさんの姿が映ってびっくり。ということで、先日久しぶりに店に行ってました。連日の取材で大変だと言っていましたが、渋野さんのニュース以来、店にはひっきりなしにお客さんが来ているよう。僕が店にいたときにも客が次から次へと。おばあさんと話をしていたときに二人連れの男性がやってきたんですが、なんと東京から。ニュースを見ていてぜひ一度来たくなったと。

ちなみに彼女が小学校の頃から練習していたというゴルフ場があるのは以前書いた一文字うどんさんの近く。


ってことで、わが町近辺では渋野さんの話題で持ちきりです。


by hinaseno | 2019-08-10 15:08 | 雑記 | Comments(0)

大沢親分のこと


二十年ほど前、父と僕の二つの彗星が久しぶりに接近したとき、父から何度も聞かされた一番の自慢話というのがあります。

それは大沢親分のこと。

でも今「大沢親分」っていったって、どれくらいの人がわかるのかな。


その自慢話が出るのは日曜日の朝に実家で父と一緒にテレビを見ていたときのこと。番組は「サンデーモーニング」。父が楽しみにしていたのはスポーツコーナー(ニュース全体としては父と相性の悪い内容の放送が多かったので、そこはスルーしている感じでした)。そのメインの解説が大沢さんだったんですね。愛称は大沢親分。そのコーナーで大沢さんが言っていた「喝」と「あっぱれ」は名文句になりました。


父の自慢というのは、まだ大沢さんが「サンデーモーニング」に出る前の、以前日ハムの監督をやっていたとはいえ野球ファン以外ではそんなに知られていない頃に講演と少年野球指導のため、わが町にやってきたんですね。父は大沢さんの招聘に動いた商工会の何かの役員をしていたので、大沢さんを車で案内する役を買って出たそうです。駅まで大沢さんを車で迎えに行き、講演会場に連れて行き、最後駅まで送っていく。

当時の大沢さんにはマネージャーとかは付いておらず、一人でわが町にやってきたので、父は車の送迎のみならず、大沢さんのそばについてあらゆる世話をしたそうです。食事もいっしょ。


大沢さんは「親分」という愛称が付いているように、親分肌のべらんめえ口調が印象に残っているんですが、実際には非常に腰の低い人で、父にも他の人にも常に感謝の言葉を言い続け、頭を下げ続けていたと。

ということでその日以来、父はすっかり大沢さんに心酔していたので、「サンデーモーニング」に出るようになって有名になったのがすごくうれしかったようです。だから、大沢さんが亡くなったときはやはりショックを受けているようでした。


大沢さんが亡くなって、「喝」と「あっぱれ」は同じコーナーを引き継いだ張本さんが喋り続けているようですが、はっきりいって張本さんの解説は聞くに耐えない酷いもので、日曜日にはひとりでも見ていた「サンデーモーニング」も見なくなりました。尊敬していた岸井さんの言葉だけは聞いていたけど。

a0285828_12020422.png


by hinaseno | 2019-06-30 12:02 | 雑記 | Comments(0)

初恋の人の話


久しぶりにスロウな本屋さんへ。ようやく松村圭一郎さんが編者の一人に名を連ねている『文化人類学の思考法』(世界思想社)を手に入れました。松村さんと平川さんの本はスロウな本屋で買わないとね。また、ゆっくりと読ませていただきます。「はじめに」は松村さんが書いているのかな。何枚か掲載されている写真の「子どもの髪を結うおばあさん(エチオピア)」を撮られているのはもちろん松村さんのはず。子供たちの表情が最高。おばあさんもうれしそう。こちらのサイトの一番下にその写真が貼られていました。本のほうは白黒ですがこちらはカラー。松村さんが撮影した写真はどれも本当に素晴らしくて、いつか写真集を出してほしいと思っています。


ところでスロウな本屋さんの小倉さんから伺った興味深い話をきっかけに、僕の保育園のときのことをいろいろと思い出しました。やはりすぐに思い出すのはT先生のこと。T先生は短大を出てすぐに僕の行った保育園に来て僕たちの世話をしてくれました。若くて可愛くて優しくて僕は先生のことを大好きになったんですね。家に帰ったら毎日毎日父や母にT先生の話をして「T先生大好き。結婚する」とか言っていたようです。

何年かしてT先生は結婚して退職されるんですが、住むようになったのがすぐ近所。父や母は地区のいろんな行事でT先生夫婦と会っていて、その都度、僕がいかにT先生のことを好きだったかを話していたようです。父なんかは僕の目の前で「ほら、お前の初恋の人じゃ」なんてT先生に言ったりしてたんで、顔を合わすたびに照れ臭い思いをしていました。

T先生はずっと僕のことを下の名前に「ちゃん」付けで呼んでいて、で、僕は名字が変わっているのに旧姓のまま「T先生」と呼んでいました。T先生は年を重ねても昔のままでした。


大学を卒業してからは実家を離れて暮らしていたのでT先生に会うことはほとんどなくなってしまいましたが、T先生夫婦と父は協力して地区の面倒なことをいろいろとやっていたようです。T先生夫婦にとっても父にとっても一番の相談相手になっていたんですね。

でも、10年くらい前にT先生のご主人が病に倒れ、T先生も看病疲れで体を壊していることを聞きました。5年ほど前にご主人が亡くなられたあとで一度T先生にお会いしましたが、変わり果てた姿にびっくりしたものでした。


で、あれは確か2年前のこと。

父の痴呆が進み、だんだんと目が離せなくなった頃、庭にいたはずの父の姿が見えなくなっていました。そういうのは何度かあって、だいたいは隣の家のあたりにいたんですが、その日はいくら探しても見当たらない。で、もう少し遠くまで行ったら、T先生の家の玄関の前に人影が見えたんですね。

父が呆然とした様子でそこに立っていました。呼び鈴を押したのかどうかはわかりませんが、父はただ一人でそこでじっとT先生の家の方を見つめていました。

「家に帰ろう」といったら素直に帰ってくれましたが様子は変なままでした。


翌日、地区の区長さんがやってきてT先生が前日に亡くなったことを教えてくれました。昨日の父の行動を知っていたので僕も母もびっくり。実はT先生はかなり体を悪くしていてひと月ほど前に入院していたようで、亡くなったのは病院でした。でも驚いたのは亡くなられた時間。それはまさに父がT先生の家の前に立っていたときだったんですね。

父に虫の知らせがあったとしか言えない出来事でした。


by hinaseno | 2019-06-27 12:20 | 雑記 | Comments(0)

今日の神戸新聞の朝刊の第一面の「正平調」というコラムに、先日の姫路文学館の望景亭で開かれた世田谷ピンポンズさんの話が載っているという情報を発見したので早速神戸新聞のサイトでチェックしたら、なんとなんとあの木山捷平の「船場川」に関する話が。これはすごい。全文引用します。

あえないで帰る月夜 船場川はいつものように流れていたり…。フォーク歌手世田谷ピンポンズさんの歌「船場川」は、作家木山捷平(しょうへい)の詩に曲を付けたもの。船場川は姫路城の西を流れる川だ◆世田谷と名乗るが、京都在住。複数形だがグループではなく、単独で活動している。まだ35歳の若さだが、ギター一本引っさげて、古い文学作品や懐かしの風景を歌う◆歌声に乗ると、昭和の私小説作家の孤独が今の私たちに重なり、心を揺らす。当のピンポンズさんも、学生時代は全く友達がいなかったらしい。とかく人の世は生きづらいが、どこかに理解者がいれば救われる◆現在、15~39歳で約54万人、40~64歳では60万人以上が引きこもり状態にあるという。一人で抱え込まず、悩みを吐き出すすべはないものか◆先月、姫路文学館での演奏会で、ピンポンズさんは提案した。「姫路の信号機で『船場川』を流してみては?」。やり場のない感情を歌が代弁し、道行く人々と共有できれば、少しは心の和らぐ人がいるだろうか◆しかしメロディー式信号機というのも、近頃はとんと見かけなくなった。つくづく古いものがお好きなようで。そんな忘れられた、目立たない場所に目を凝らしてこそ、大切なものが見えるのかもしれない。(2019・6・24)


ピンポンズさんのこと、そして木山捷平のことが新聞の第一面に載るなんて。正平調のコラムニストの方、5月のライブに来られていたんですね。しかもいい話。とりわけ最後の「姫路の信号機で『船場川』を流してみては?」あたりからの話はたまらないですね。

ああ、新聞ほしい。だれか、余分に買っておいてください。


ところで正平調(「しょうへいちょう」と読むのかなと思ったら、どうやら「せいへいちょう」のようですね)、ちょっと過去のコラムを辿ってみたら、最近のだけでもおっという話がいくつもありました。6月14日にはアッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」のことが書かれていました。わが国の首相がイランを訪問した話のまくらです。


映画の話を少し。男の子が級友のノートを誤って家に持ち帰ってきた。イランの小さな村を舞台にした、アッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」(1987年)である◆級友はきょうも宿題をノートに書いてこず、先生にひどく叱られていた。男の子はノートを返そうと家を飛び出したものの、その子の家がどこにあるのかを知らない…


僕個人としてはアッバス・キアロスタミに登場している人たちに激しく共感し、宗教に関係なく同じアジア人として共通するものをいくつも見出していたんですが、でも、わが国の首相は…

いや、やめておこう。ということで後半は省略。

さらに過去のコラムを辿ると、今月の初めにも木山捷平が登場していました。前日くらいに起きた事件の話のまくらとして使われているんですが、ここで引用されている話は木山さんが姫路にやってくる直前の出来事のこと。正平調のコラムニストの方はンポンズさんのライブをきっかけに木山捷平が姫路に来たいきさつなどをいろいろと調べられたのかもしれないですね。こちらは全文引用します。


作家の木山捷平(しょうへい)が若い頃である。不摂生で体をこわし、実家に帰省を願い出たのだが、黙って仕事をやめて大学に通っていた息子を父は許さない◆考えの甘さを戒める父の手紙はしかし、こう結ばれていた。「わかつたとは言ふてくれるな」(梯久美子著「百年の手紙」より)。物わかりよく反省するお前ではなかろう、と。父は結局、帰省費も出してやる◆心配をかけるわが子を最後には救ってやりたい。どの親もそうだと思うだけにやりきれない。76歳の元農林水産事務次官が44歳の長男を殺害したとされる事件である。長男が実家に身を寄せてすぐの惨劇だった◆川崎市で児童ら20人が殺傷された事件からまだ日がたたない。長男は私たちに暴力をふるい、小学校の音にも腹を立てる。これでは他人に危害を加えるかもしれない…。そんな趣旨の供述を父はしているという◆体にあざがあったという老父の心情に思うところなしとはしないが、見識も人脈も広いはずの元官僚トップが自ら出口をふさいでしまっては救いがなくなる。助けを求めたり相談したり、道を探ってほしかった◆とは言いつつ、わがことに置き換えれば、誰でも考え込む。「家族の問題だ」という世間の風潮がカーテンを閉めさせ、外の光を見えなくさせる。(2019・6・5)


最後にもう一つ紹介。今年の3月29日の朝刊に載ったコラム。松田聖子さんが歌った「制服」という曲の話。作詞はもちろん松本隆さん。実はこのコラム、松本隆さんがリツイートしてたんで、ネットで読んでいました。


卒業シーズンを彩る一曲に松田聖子さんの「制服」がある。四月からは都会に/行ってしまうあなたに/打ち明けたい気持ちが…。歌の続きによれば、「あなた」は東京に出るらしい◆進学や就職などに伴い、若い人がふるさとを離れていく。ひと昔前ならまぶしく映った青春の光景も、今では少し違って見える。人とモノは都市圏に集中するばかり。先細っていく地方の危機が叫ばれて久しい◆「制服」を手がけた作詞家、松本隆さんが神戸に拠点を移して7年になるという。先週の本紙夕刊で語っていた。アメリカにはニューヨークだけでなくラスベガス、サンフランシスコと歌手の活躍できる町が多くある。「日本も東京だけじゃダメだ」と◆地方の踏ん張りどき、いやむしろここが元気でないといけない、とは音楽だけに限った話ではないだろう。といって、言うはやさしい「地方創生」にどんな妙手を打てるのか。一緒に考える今がいい機会である◆統一地方選の論戦が兵庫でも始まる。地元で新生活を迎え、初めて1票を投じるという若者もいるに違いない。「あなた」が住む都会より、わが町のほうが暮らしよい-そんな知恵を少しでも多く聞けたらいい◆候補の皆さんには若者にも響く言葉で具体策を語ってもらおう。(2019・3・29)


正平調、いいですね。明日から朝日新聞に連載されている鷲田清一先生の「折々のことば」とともに、毎朝チェックすることにします。


by hinaseno | 2019-06-24 11:51 | 雑記 | Comments(0)

しばらくの間


書きたいこと、いっぱいたまっていますが、
しばらくの間、このブログをお休みさせていただきます。

by hinaseno | 2019-05-27 07:25 | 雑記 | Comments(2)

子安さんの話はまだまだ続くことになるんですが、ちょっとリアルタイムの話。忘れないうちに昨日のことを書いておきます。


昨日、久しぶりに塩屋に行ってきました。目的は旧グッゲンハイム邸で寺尾紗穂さん率いる冬にわかれてのライブを見に行くため。紗穂さんのライブが旧グッゲンハイム邸で開かれると知ったときには狂喜乱舞。

どうせ行くならといろんなやりたいことを考えていて(思いつきばかり)、例によって計画的なことは一切なく行き当たりばったり(ばったりと倒れそうになったときもあった)。でも、結果的に願い事はすべてかなった感じ。思わぬ嬉しい偶然もあったし。塩屋って町は本当に不思議。


塩屋に行く前に立ち寄ったのは姫路のおひさまゆうびん舎さん。取り置きをお願いしていたものをいただきに。それは高橋和枝さんが作られたとびっきり素敵な壁飾り。「9」という数字を使ったユーモアあふれる作品。タイトルは「ここの か」。

実は姫路に車で向かう中、ふと、それを塩屋の余白珈琲さんにプレゼントしようと思ったんですね。お二人が塩屋にやってきてこの3月でちょうど1周年ってことだったので、そのお祝いも兼ねて。とはいえ、会えたら会いましょうって感じで、きちんとしたことは何も決めていなかったので、もし会えなかったら自分の部屋に飾ることにしちゃおうという、かなりいい加減な感じの贈り物。

ただ、ふと、うまく余白珈琲さん達に会えて、で、「9(ここのか)」が二人にとって縁のある数字であればいいなと思ったんですね。すると、なんとすごい縁が。それについてはもう少し後で。


ところでこの日の天気。岡山の方は晴れときどき曇りだったんですが、姫路に近づくについて雨がぱらついてきて、姫路から電車に乗って塩屋に行くときには傘を持って行っといたほうがいいかなと考えてたんですが、おひさまさんを出たときには雨も上がって晴れ間が広がっていました。さすが、おひさま。

で、その晴れ間を見て、ふと、”あそこ”に立ち寄ってみようと思いついたんですね。あそことは山陽電鉄の塩屋の隣の駅の滝の茶屋駅。山電を使って神戸に行ったことも何度もありますが、滝の茶屋駅も塩屋と同じく通り過ぎるだけでした。ところが昨年『海に見える駅』を読んだらこの滝の茶屋駅が載っていてびっくりしたんですね。これは一度立ち寄らなくちゃと考えていて、で、どうせ立ち寄るならやっぱり綺麗な青空が広がっている日がいいなと。

不思議なもので姫路を出るときにはまだ雲はいっぱい空に浮かんでいたのに、塩屋に近づくにつれてどんどん雲はなくなって、滝の茶屋駅で下車したときには雲はほとんどない絶好の天気に。

ふきげんな空はごきげんな空に変わっていました。

a0285828_12510164.jpg


いや~、最高の風景ですね。ここにずっと座っていたいな、と思いつつ、余白珈琲さんの家に行くと伝えた時間は近づいていたので、10分くらいで駅を出ました。

駅を出てすぐに目に入ったのがこの滝の茶屋駅前商店街と書かれたアーケード。

a0285828_12511568.jpg


へ~、商店街があるんだ、と思ったものの、よく見たら店らしきものが見当たらない。上まで歩いてみようかと思いましたが結構な坂だったのでやめました。

で、線路沿いを。

a0285828_12513504.jpeg

この線路沿いの風景がまた最高。海が見えて線路があって、で、坂がある。好きなものが全部揃ってるって感じ。

a0285828_15323892.jpeg



a0285828_15325338.jpeg



a0285828_12520534.jpg

と、沿線沿いの風景を楽しんでいるうちにかなりの時間が過ぎ去っていて、すでに余白珈琲さんの家に行くと連絡していた時間はオーバー。本当は塩屋に一旦降りてから前回歩いた道を通って余白珈琲さんの家に行こうと考えていましたが、携帯のナビで近道のルートが出たのでそちらを行くことに。

でも、それが大失敗。すごい坂でしかも風景が単調。さらに道に迷ってしまって、へとへと状態。ナビに表示された時間を大幅にオーバーして余白珈琲さんの家に到着。でも、待ってくれていました。

二階の炬燵で大石くんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら3人でしばし歓談。そう、「9(ここのか)」の話。

プレゼントを渡すとき、優衣ちゃんに「9」という数字になんか縁があったらいいんだけど、と訊いたら、すぐに目が輝いて「入籍した日です」と。これにはびっくり。彼らが塩屋にやってきたのが昨年の3月8日で、翌日9日(ここのか)に入籍してたんですね。こういうのがたまたま起こるってところがいいんだな。いや~、うれしかった。

これは「ここの か」を持った余白コーヒーさん。

a0285828_12522418.jpeg


さて、ライブ前に一応腹ごしらえをしておこうと、立ち寄ったのは前回来たときに教えてもらったワンダカレーさん(「ワンダカレー」って英語では「wandacurry」と表記するんですね)。店に入ったときにかかっていたのはなんと金延幸子さんの「あなたから遠くへ」。こんな場所でこの曲をこんなタイミングで聴けるとは。

注文したのは前回と同じ田仲とうふカレー。

これを食べながら金延さんの『み空』のアルバムをずっと聴いていました。もちろん大瀧さん作曲の曲も。「時にまかせて」、そして「空はふきげん」。


♫ふきげんな空は雨模様なのです~♫


実際にはふきげんだった空は、とってもいい天気に。店を出るときには日は暮れていたけど。

で、旧グッゲンハイム邸に向かいました。チェックしたらチケットは完売。開演の10分ほど前に行ったら、門の外まで人は並んでいました。

a0285828_12524384.jpeg


by hinaseno | 2019-03-25 12:53 | 雑記 | Comments(0)

Birds Playing in The Snow


朝、起きて窓のカーテンを開けたらびっくり。

Winter Wonderland!

見事な雪景色が広がっていていました。どこかいい場所に行って雪の風景を撮りたいところでしたが、雪が3センチくらい積もっていて車で出るのも大変そう。

しかたなくぼんやりと外の庭を眺めていたら小鳥の姿が。おっと思って慌ててカメラを取り出して望遠レンズを取り付けてパシャパシャ。

最初は一羽だったのが、二羽、そして三羽と。かなり長い間遊びまわっていました。りすとかきつねがいたらもっと楽しかったけど、まっ、さすがにいないか。きつねっぽいのは一度だけ見たけど、きつねだったかどうかはわからない。

a0285828_13145345.jpeg

a0285828_13150595.jpeg

a0285828_13151012.jpg


by hinaseno | 2019-02-11 13:15 | 雑記 | Comments(0)