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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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カテゴリ:音楽( 466 )



大きなガラス窓に切り取られた夕暮れの街の、窓の下側の縁に沿ってひし形の構造物が数分ごとに現れてくる。右から左に、あるいは左から右に。ときには2つのひし形がすれ違うこともある。

そんな不思議な風景をバックにして彼女はアップライトピアノを弾きながら歌う。室内には巨大なスピーカー。それはかつて市内にあった「東京」という名の純喫茶に置かれていたもの。

何年か前、市内の純喫茶を調べていたときに、たまたま書店で見つけた純喫茶関係の本で「東京」という名の純喫茶が岡山市内にあることを知った。最高の純喫茶だと絶賛していたので、ぜひ行ってみようと思ってネットで場所を確認していたら、その直前くらいに閉店したことがわかった。残念すぎる話。

ただ、そこに置かれていた巨大なスピーカーが別の店に移されたことあとで知る。その店の名前は何度も目にしていたし、その店のあるビルにも何度か足を運んでいたものの、店には一度も入ったことがなかった。

場所はあの禁酒会館の見えるビルの二階。店の名は「サウダーヂな夜」。

「サウダーヂ」というのはポルトガル語で郷愁とか憧憬、あるいは切なさの意味を持つ言葉。ボサノヴァ好きの人でサウダーヂという言葉を知らない人はまずいない。

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寺尾紗穂さんのライブがここで行われることを知って即申し込みました。ライブが行われたのは6月1日。

でも、行けそうにないという状態になっていたんですね。ライブの5日ほど前にキャンセルを伝えるメールを書いて送信しかけたんですが、やはり無理してでも行こうと決めました。たぶん許してくれるだろうと。


僕が寺尾紗穂さんのライブに行くようになったのは紗穂さんのお父さんの寺尾次郎さんが亡くなったことがきっかけでした。次郎さんが亡くなられたのは昨年の6月6日。今回のライブは次郎さんの一周忌の直前でした。

昨年の1月末に平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』が出版されて、それを読み終えて間もない頃、たまたまネットの画像検索で寺尾紗穂さんの「楕円の夢」に出会います。曲を聴いたらとても素晴らしく、歌詞には平川さんの『21世紀の楕円幻想論』に重なる言葉がいくつも出てきていました。

さらに5月に牛窓を舞台にした想田和弘監督の『港町』が公開されて、そのパンフレットには平川さんと並んで寺尾紗穂さんのコメントも寄せられていたんですね(想田監督の前作『牡蠣工場』のパンフレットにも想田さんと寺尾紗穂さんの対談が載っていました)。

ということで寺尾紗穂さんへの興味が一気に高まって、彼女のことをいろいろと調べていた矢先に寺尾次郎さんが亡くなくなられました。ちょうどそのときに8月に彼女のライブが加古川であることを知って、行ったんですね。寺尾次郎さんが亡くなってからは2ヶ月ほど経っていましたが、その日のライブの直前に亡くなられた音楽ライターの吉原聖洋さんの話も出てきてライブの後半は2人にまつわる曲が歌われ、紗穂さんは何度も声を詰まらせていました。

ということで次郎さんが亡くなられてちょうど1年になる6月に岡山の、僕の大好きな場所で紗穂さんのライブが開かれることに不思議な縁を感じていました。まさかその直前に僕の父親が亡くなるとは思ってもいなかったんですが、そんなことにも縁を感じてしまいました。


その日聴けた中で一番うれしかったのは「夕まぐれ」。時間的にもぴったりでした。それから「あじさいの青」も。

で、初めて聴いた、つまりまだ持っていないCDからの曲も何曲か歌われたんですが、特によかったのは「残照」。すぐそばに座っていたカップルも「この曲いいねえ」と言っていました。

ということでライブの後には「残照」が収められたアルバム『残照』と、『わたしの好きなわらべうた』を購入。『残照』にはやはりその日のライブで歌われた「骨壷」も収められていました。骨壷を持ったばかりだったので、「あなたの骨壷持ちたかったな」と歌われ始めたときには、変な話ですが笑ってしまいました。

紗穂さんのCDはペットサウンズで何枚か買ったんですが、残りはライブで少しずつ買っていこうと決めてもうあと数枚でコンプリート。今回は『わたしの好きなわらべうた』は買うのを決めていて、もう一枚『たよりないもののために』か『残照』のどちらかを買おうと思ったんですが、結局『残照』に。

でもライブで『たよりないもののために』の「九年」という曲が、岡山の白石島で出会った少女のことを思い出して作った歌だと聴いて、どうしようかと悩んだんですが、『たよりないもののために』はまだ新しいのでなくならないと思って。

白石島は岡山の西の笠岡諸島の一つ。むか~し、海水浴に行きました。木山捷平の「尋三の春」に出てくる北木島の隣ですね。木山さんのエッセイか小説に白石島って出ているのかな。


ライブの最後、アンコールで紗穂さんが「何かリクエストありますか?」って言ったときに、紗穂さんと目が合ったんですね(合った気がしただけかもしれないけど)。もちろん聴きたい曲はいくつもあったんですが(たとえば冬にかわれての「耳をすまして」とか「yuraruyuruyura」とか「カンナ」とか「午睡」とか「ハイビスカスティー」とか)、でも声を出す勇気はありませんでした。


ライブの終了後、買ったCDにサインをもらうときに紗穂さんとちょっと会話。紗穂さんの方から声をかけてもらいました。

「先日の渋谷のライブに平川克美さんが来てくれたんですよ」

「知ってます。雑誌にそのときのこと、書かれていました」

「なんという雑誌ですか」

「『望星』という雑誌です。僕もちょこっと登場しています」


ピアノの前で歌う紗穂さんの背後を動いていたひし形は路面電車のパンタグラフ。僕が座った席からは車体は見えなくて、見えていたのはパンタグラフとそれが通っている電線でした。


「夕まぐれ」という曲には「電線」という言葉が出てきます。


 夕まぐれ 私ひとり
 踊る電線 カットして
 自由な空


そう、電線の上でひし形たちが踊っていました。

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by hinaseno | 2019-06-22 13:37 | 音楽 | Comments(0)

ハワイ(イ)な日々


あいかわらずハワイ(イ)な日々を送っています。

村上春樹原作の映画『ハナレイ・ベイ』を観たり(とてもいい映画でした。吉田羊さんが本当にピアノを弾いているとは思わなかった。メイキングには本作ではカットされた吉田羊さんの弾く「What A Wonderful World」が入っていて、これがすばらしかった。カウアイの風景がいっぱい映っていたのもうれしかった)、未読だった池澤夏樹の『カイマナヒラの家』を読んだり(池澤さんはやはり「ハワイ」ではなく「ハワイイ」と表記。芝田満之の写真も素晴らしい)、オータサンのCDを聴いたり(『Where Is My Love Tonight』)、ああ、それから久しぶりにウクレレを取り出してポロンポロンとつま弾いたり(チューニングがめちゃくちゃになっていた)。

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で、昨日ふと、自分のパソコンの中に入っているハワイ関係の曲を集めたプレイリストを作ってみようと思ってやりだしたら、これが結構楽しくって、さらに思わぬ発見もあって、結局、一日つぶれてしまいました。まあ、よくあることだけど。

ハワイ関係の曲でパッと思いついたもの、まずはビーチ・ボーイズの「Hawaii」「Diamond Head」、ジャン&ディーンの「Honolulu Lulu」、ヴェンチャーズの「Hawaii Five-O」、それからエルヴィスの『ブルー・ハワイ』『ハワイアン・パラダイス』のサントラ。

次はHawaii、Honolulu、Waikikiなどのキーワードで検索。ライル・リッツの『50th STATE JAZZ』というアルバムが何曲かヒット。考えてみたらアルバムタイトルの”50th STATE”ってハワイのことでした。

その後も思い当たる地名とか、いくつかのハワイ語で検索。ハワイ語といえばサーフィン関係の言葉にもハワイ語があったなと思って調べたらKahunaという語が太陽と砂と波の神様ということがわかって、で、検索してみたら「Kahuna Sunset」という曲が見つかりました。なんとバッファロー・スプリングフィールドの曲。ライノから出たボックスに収録されていました。




曲を書いたのはスティーヴン・スティルスとニール・ヤング。パーカッションがサイラス・ファーラーでした。なるほど。

ってなことをやっているだけでもかなりの時間をとってしまったんですが、昨日のメインは実はその後。

もしかしたら僕が作ったプレイリストのような曲を集めたCDがあるんじゃないかなと調べたんですね。検索キーワードにはbeach boys、hawaii、ventures、Hawaii Five-Oとかelvisとかhonoluluとかを入れて、例によって画像検索。すると思いもよらぬ画像が下の方に出てきたんですね。

先日亡くなったドリス・デイの画像。

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検索キーワードにはdoris dayなんか入れてなかったのに、なぜ? ですね。こんなCDがあるのかなと思ったんですが、どうもちがう。でも、ブルーを基調にしたジャケットらしき写真のセンスはとても素晴らしい。ちょっと気になったのでそのサイトにアクセス。

それがこの「Buddies Lounge」というサイト。どうやらロサンゼルスのハリウッドにスタジオがあるラジオ局のようなんですが、おっと思ったのはこの言葉。


Originally aired on 1420am The Breeze Radio


1420amって「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のラジオ関東と同じですね。しかも番組の名前がThe Breezeって。なんともはや。


試しにドリス・デイの回をダウンロードして聴いたらこれがなかなかいいんですね。で、もしやと思って過去の放送を調べたら、ありました。Show 336の回。タイトルは 「Aloha….from Hawaii」。昨年の3月24日にハワイから放送されたようです。これが、その日かかった曲のリスト。


Hawaii Five-O - Mort Stevens and His Orchestra
Hawaiian Eye - Warren Barker
Gidget Goes Hawaiian - James Darren
Sweet Leilani - Werner Muller
Hapa Haole Hula Girl - Hawaii Calls
Pearly Shells - Martin Denny
Suck 'Um Up - Don Ho
E Lei Ka Lei Lei (Beach Party Song) - Don Ho
Tiny Bubbles - Don Ho
Hawaiian Drums - Billy Mure
Hawaii - The Beach Boys
Blue Hawaii - Frank Sinatra
On The Beach At Waikiki - Al Caiola
My Hawaiian Song of Love - The Aliis
Hawaii Beach Party - Waikikis
Paradise Hawaiian Style - Elvis Presley
Island Of Love - Elvis Presley
Hawaiian Wedding Song - Elvis Presley
Rock-A-Hula Baby - Elvis Presley
Pineapple Princess - Annette Funicello
King Kamehameha - Diamond Head Beach Boys
My Little Grass Shack - Hi Los
The Hukilau Song - 50 Guitars Of Tommy Garrett
Behave, Hula Gir - Billy Ward
Moon Mist - Out-Islanders
Ukelele Lady - Bing Crosby
Keep Your Eyes On the Hands - Herb Ohta, Jr.
Hula Love - Buddy Knox
Maui Girl - E. Tevares
You Can Count On Me (Hawaii 5-0) - Sammy Davis Jr.
Pagan Love Song - Ray Martin and His Orchestra
Princess Poo-Poo-ly Has Plenty Papaya - The Four Preps
Mai Tai - Les Baxter
Honolulu Baby - Ty Parvis
Mauna Kea Breeze - Hawaiian Spotlighters
Hawaiian War Chant - Ella Fitzgerald
Hawaiian War Chant - Twist - Elgart
Hawaiian War Chant - Ray Charles Singers
Pearly Shells - Tennessee Ernie Ford


僕の検索キーワードがここにヒットしたんですね。知ってる曲もありますが知らない曲もいっぱい。でも、素晴らしい選曲でびっくりでした。オータサンの息子さんも入っています。

この中で初めて聴いてすごくびっくりした曲というかアーティストがいるんですが、それはまた改めて書くことにしましょう。キーワードはクリス・モンテス。


この放送局、毎週聴きたくなりました。


by hinaseno | 2019-05-26 12:36 | 音楽 | Comments(0)

最初にうれしい話を二つ。実はびっくりするようなすごい方から過去のブログに関するコメントをいただいたんですね。ブログやっててよかったなあと心から思いました。たいしたブログではないんですが、時々そんな奇跡のようなことが起こります。

それから山本善行さんと清水裕也さんの『漱石全集を買った日』の増刷が決まったそうです。こちらもとてもうれしいニュース。一人でも多くの人にあの本が届いてほしいです。


さて、ころっと変わって、こんな歌から。


朝起きてラジオのスイッチを入れて
波の状態をチェック
サーフィンに行けるかどうかを知るために
するとDJが今日はサーフィンをするにはもってこいの日だと教えてくれる
彼女と僕が今日もいい1日を過ごせるってこと
さあ、サーフィンに出かけよう

これはビーチ・ボーイズの1961年のデビュー・シングル「サーフィン」の歌詞。

ハワイを舞台にした村上春樹原作の映画『ハナレイ・ベイ』を見ていたら、その日の波の状態をDJが語っているシーンが出てきて、この「サーフィン」の歌詞のことを思い出しました。

いいですよね、朝、ラジオをつけてその日1日の過ごし方が決まるという生活。サーファーになろうかな。


ところで今、僕がいちばん好きなDJはというと、実は村上RADIOでアシスタントをされている坂本美雨さん。坂本龍一、矢野顕子さんの娘さんですね。美雨さん、聞けば聞くほど好きになりました。最近は昼前に放送されている「ディア・フレンズ」をときどきエアチェックしてます。


さて、DJといえば、やはりラジオの深夜放送のDJですね。

これは『東京人』という雑誌の2011年3月号の表紙。特集は「青春のラジオ深夜放送」。

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4人の人気DJの写真が並んでいますが、全員わかります?

僕は左上の野沢那智さんの顔を知りませんでした。右上が谷村新司。右下が愛川欽也。

で、左下。

マイクの前でドーナツ盤をくわえているあまりにも有名な写真。これは1967年の写真とのことですが、この人こそ、この写真の10年後の1977年に大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」にゲストで登場した”ハワイ”出身のチブ・メーカーさんなんですね。

『東京人』のこの号にはもうひとつ、同じ時期のチブ・メーカーさんの写真がありました。この写真も最高ですね。

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チブ・メーカー。正式な名前は亀渕昭信さん。チブ・メーカーって、亀渕(かめぶち)を逆から読んだだけのこと。ハワイ出身っていうのも、たぶんカメハメハ大王と「カメ」つながりというイージーな理由のはず。

まあでも、ハワイのK-poiという放送局が出したレコードの話をしていたので、亀渕さんの話に行くにはいい流れだなと。

そういえばいちばん驚いた「たまたま」の話といえば、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」に亀渕さんがゲストに来た時、どれだけオールディーズに詳しいかを試すために大瀧さんが亀渕さんにぶつけたのが1959年6月のヒットチャートだったこと。K-poiができたのが1959年の5月だったので。


ところで『東京人』のこの号に載っている亀渕さんと秋本治さんの対談、亀渕さんラジオ愛にあふれているんですが、この中で亀渕さん、こんなことを言ってるんですね。


たとえば、どこにでもあるチェーン店のカフェもいいけれど、小さくて、あまり客は入らないけれど昔からの客がいて、その親父が息子を連れてきたり、その息子がまた成長して子供を連れてくるような町の喫茶店があるとしたら、ラジオはどちらかというと、後者を求めている。テレビや新聞と差別化するには、間口を狭く、深くしなければいけない。だから、昔も今も人気のある番組は、コアファンがいるし、とてもマニアック。


そうそうと言いたくなるところですが、この対談からすでに8年の歳月が流れて、ラジオ、とりわけ亀渕さんがずっと関わってきたAMのラジオの置かれている状況はさらに大きく変わっています。町の喫茶店が置かれている状況と同じく、かなり厳しい状況になっているんですね。そんな中で開かれたのがアゲインで行われた伊藤銀次さんと亀渕さんとのトークイベントでした。


by hinaseno | 2019-05-22 15:18 | 音楽 | Comments(3)


ビッグフラ~イ、オータニサン。


先日、久しぶりにこのフレーズを聞くことができました。エンジェルスの大谷くんがホームランを打ったとき、現地の実況のアナウンサーが叫ぶお決まりの文句ですね。今年は二刀流ではなく一刀流の大谷くんですが、やっぱりわくわくさせてくれます。


さてオータニサンといえばオータサン。

オータサンというのはハワイのウクレレ奏者。ハーブ・オータ(Herb Ohta)というのがたぶん正式なアーティスト名のはずですが、日系ということもあるのかオータサン(Ohta-San)という名前の方が一般的になっているようです。オータサンという、ゆるい感じの名前の方がウクレレという楽器にあっていますね。

オータサンというウクレレ奏者のことを知ったのはこのブログで何度も取り上げているライル・リッツ経由、かな。オータサンはライル・リッツといっしょに何枚かアルバムを出しているんですね。ほしいなあ、と思いながらまだ手に入れていません。

村上春樹もウクレレという楽器が好きみたいで、で、ウクレレ奏者ではオータサンがお気に入りのようです。エッセイだったかで、何度かオータサンのことに触れていました。

で、そのオータサン、例の村上RADIOの「今夜はアナログ・ナイト!」でかかったんですね。「Sunset」という曲。『The Cool Touch Of Ohta-San』というLPに収録されているんですが、実は『K-Poi Oldies But Goodies』とともに探していたのがこのオータサンの『The Cool Touch Of Ohta-San』。出しているのはSurfside Recordsというレーベル。おそらくハワイのマイナー・レーベルみたいなので、あまり数は出していないようで、いまだにお目にかかれていません。


村上RADIOといえば、昨日、更新されているのがわかって、見たらこんなモノクロの写真が貼られていたんですね。おおっ! でした。

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ちらっと見えているジャケットの端の方には「K-Poi」。そうです、村上さんが持っているはずの『K-Poi Oldies But Goodies』のレコード。プレーヤーにレコードも載っていますね。ずっとこのレコードの話をしていたので、なんかうれしいです。

で、せっかくなんで、似たような写真を撮ってみました。ひまだね〜。

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さて、入りかけては止まっているハワイのチブ・メイカーさんのこと。チブ・メーカーさんも日系人のようでかなり怪しい日本語を使っています。妙な発音で「オータキサン」と。

オールディーズに詳しいチブ・メーカーさんはオータキサンに「オールディーズ」の正しい発音(実はウソ)を教えていました。

さて、そろそろそっちの話に入らないといけないですね。


せっかくなのでオータサンの演奏した曲を1曲。大好きな「Fools Rush In」を。





by hinaseno | 2019-05-21 15:00 | 音楽 | Comments(0)

Oldies But Goodies


ここ最近、心はまっすぐにハワイに飛んでいます。

ゴー・ストレイト・トゥ・ハワ~イ(イ)、ですね。


K-poiのことをあれこれと調べながら、久しぶりに池澤夏樹の『ハワイイ紀行』を取り出してパラパラと読み返したり(名作だ)、ハワイ関係のレコードを聴いたり(マーティン・デニーやアーサー・ライマン)する日々。

そういえば先日読み返した村上春樹の『東京奇譚集』の中でもとりわけ好きな「ハナレイ・ベイ」が昨年映画化されたことを知りながら観ていなかったのでこれを機会に観てみようと思います。


ハワイには一度行ったことがあります。1986年か87年かそのあたり。ロサンゼルスからの帰りに立ち寄りました。

ハワイの空港に着いて、ハワイの地に足を下ろした時に、ウォークマンのスイッチを入れました。用意していたカセットテープから流れてきたのはもちろんこの曲。




このときの旅に用意していたカセットは大瀧さんの『A LONG VACATION』『EACH TIME』、達郎さんの『For You』『BIG WAVE』『ON THE STREET CORNER』、それから自分で作ったビーチ・ボーイズとジャン&ディーンのコンピレーション。


さてさて、今日あたりから『K-Poi Oldies But Goodies』のレコードの話を離れて、次の話に行こうと考えていたんですが、もう少しだけ。

まずK-poiというラジオ局がハワイのホノルルにできた1959年という年のこと。この1959年にハワイはアメリカ合衆国の50番目の州になったんですね。州になった正式な日は1959年8月21日ということなので、K-poiの開局の方が少し早い。


それから気になったのは『K-Poi Oldies But Goodies』のタイトルのこと。よく考えたら、かなり、へえ~、なんですね。

まず”Oldies But Goodies”という言葉について。オールディーズ好きの人間にとってはこの”Oldies But Goodies(オールディーズ・バット・グッディーズ)”という言葉はよく知った言葉だと思いますが、この言葉を1960年の段階で使っていたということに驚きました。

オールディーズという言葉には諸説ありますが、基本的には1955年頃から1963年あたりまでの音楽をさしていて、1964年に登場したビートルズはそこには入りません。

ちなみにオールディーズ(oldies)というのはsが着いているように複数形。単数形は”oldie”ですね。

”oldie”といえばパッと思い出すのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこのシーン。




1985年から1955年の世界にやってきたマーティが1958年にヒットしたチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」を歌うんですが、曲を紹介するときにぽろっと”an oldie”って言っちゃうんですね。そのあとに”but a..”て言いかけてやめる。たぶん”an oldie but a goodie”という決まり言葉を言おうとしたんだと思います。でも、これから自分が歌う歌は目の前にいる1955年の若者たちにとってはちっとも”oldie”じゃないことに気づいて言い直す。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にはこんな小さなギャグがあちこちちりばめられているんですね。


”Oldies But Goodies”というのは「古くてもいい曲」っていう意味なんですが、前々回のブログで紹介したように『K-Poi Oldies But Goodies』に収録された曲は古いものでも1954年で、新しいものは1959年。ジャケットに書いているようにほぼ5年前までの曲ばかりなんですね。ちっとも古くない。でも、すでにこの頃、この表現を使っていることに驚きました。


そういえば『K-Poi Oldies But Goodies』を海外のサイトで検索していた頃、タイトルにマッチした作品はないけど、似たタイトルの作品はありますってことで、ずらっと『Oldies But Goodies』というタイトルのレコードやらCDやらが表示されていたんですね。すごい数。Volume 10をこえるシリーズもある。で、ちょっとこのタイトルのアルバムを調べたら興味深いことがわかりました。一番最初に『Oldies But Goodies』というタイトルのレコードが出たのがなんと1959年。それがこれ。

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全12曲で収録されているのは1954年から1958年の曲。『K-Poi Oldies But Goodies』ではB面の1曲目と2曲目に入っているファイヴ・サテンズの「In The Still Of The Night」とペンギンズの「Earth Angel」がA面の1曲目と2曲目に。

どうやらK-poiはこのアルバムのアイデアをいただいたようです。でも、ジャケットも収録曲もK-poiが出した方がはるかにイカしています。


ところでbeach boys、HawaiiでYouTubeを検索していたらこんなライブ映像がアップされているのに気づきました。




ビーチ・ボーイズのデビュー25周年を記念してホノルルのワイキキビーチで開かれたライブ。

なんと1986年。

もしかしたら僕がハワイに行った年かもしれない。ゲストにはエヴァリー・ブラザーズも。

1986年といえばブライアンがファースト・ソロ・アルバムを出す2年前。まだブライアンはリハビリ中で声はあまり出ない。もちろん1960年代初め頃に出ていた天使の声はもうない。というわけで彼がリードボーカルをとる曲がほとんどないままライブは終盤へ。

すると最後、それまではイントロからすぐに曲がわかる”oldies”ばかりだったのに、ブライアンがマイクを持って”新しい”曲を歌い始める。よく知った”oldies”を期待していたファンはちょっと戸惑った表情を見せる。

ブライアンが歌ったのは「Spirit Of Rock 'n' Roll」。

びっくり。これは結果的にはボツになって日の目を見ないままでいる彼のセカンドアルバム『Sweet Insanity』に収録されていた曲。でも、こんな早い段階で曲が作られていてしかも多くの観客の前で披露されていたとは。個人的にはどんな”oldies”よりもこれが一番良かった。ビーチ・ボーイズ時代のロマンチックな”oldies”を歌えなくなったブライアンの”現在”の声によくあっている。天使の声は失ってしまったけれど、ロックンロールの精神だけは失っていない。

調べたらこの音源、手元にある『Project Wilson』というブートに収録されていました。CDには何の説明もなかったので、いったいいつ、どこで歌われたのか全然わからなかったのですが、1986年のハワイで歌われていたものだったとは。


さて、そのほぼ10年前の1977年にハワイからある人物が大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」にゲストとしてやってきます。名前はチブ・メーカー。この話、以前、一度書いたけど。


by hinaseno | 2019-05-18 14:16 | 音楽 | Comments(0)

K-poiというハワイのラジオ局が、たぶん1960年に出したレコード『K-Poi Oldies But Goodies』のB面3曲目に収録されていたのは、この「Won't You Give Me A Chance」という曲でした。



歌っているのは3人組のグループ、スリー・チャックルズ(The Three Chuckles)。

スリー・チャックルズなんてクループを知っている人なんてそんなにいないはず。僕がスリー・チャックルズというグループを知ったのは、そこに若きテディ・ランダッツォがいたから。


テディ・ランダッツォのことはこのブログでも何度も取り上げています。例によって大瀧さんきっかけの話が多いですが、僕がテディ・ランダッツォの名前を初めて目にして彼を意識するようになったのは達郎さんの『ON THE STREET CORNER 2』でした。達郎さんがカバーした「Make It Easy On Yourself」の作曲者がテディ・ランダッツォだったんですね。曲解説で達郎さんが「僕の大好きなTeddy Randazzo」と。このときからソングライター、テディ・ランダッツォを追い求める日々が続きました。


で、あるとき、彼がソングライターとして活躍する前にシンガーとして活動していたことを知ったんですね。彼のキャリアの最初がスリー・チャックルズ。元々いたメンバーが1953年に一人やめて、代わりに入ったのがテディ・ランダッツォ。ヴォーカルとアコーディオンを担当。当時15歳。音楽の才能は並外れたものがあったんでしょうね。

ちなみにテディ・ランダッツォのCDはいまだにまともなものが出ていないんですが、スリー・チャックルズのCDは1997年にCollectablesから出でいます。一番右の赤い服を着ているのがテディ・ランダッツォ。

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ただ、Collectablesはご存知のように(?)いつもたいてい中途半端。曲数も少なく、「Won’t You Give Me A Chance」は収録されていないんですね。

ってことで、「Won't You Give Me A Chance」は初めて聴いた、って思っていたらそうではありませんでした。

上のジャケットの写真を見ればわかるようにテディ・ランダッツォはかなりの男前だったので俳優としていくつか映画にも出ていたようです。で、あるとき、彼が1956年のこの『Rock! Rock! Rock!』という映画に出ていることを知り(主役の一人)、輸入盤ですがすぐにDVDを手に入れました。

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目的は動くテディ・ランダッツォを見るため。で、YouTubeに上がっている映像を見たら、なんと「Won’t You Give Me A Chance」を歌っているんですね。もちろんスリー・チャックルズで。




ちなみにこの「Won't You Give Me A Chance」はやはりB面の曲で、A面はアップテンポのロックンロール「We're Gonna Rock Tonight」。こちらも映画で歌われています。スリー・チャックルズの代表曲です。




でも、やっぱりB面のバラードの方がずっといいですね。地味な曲ですが、こういう曲がハワイで大ヒットしていたとはすごいな。そして、こういうのを収録するセンスが素晴らしいです、K-poi。


さて、ずっとレコード番号K-poi 1380の『K-Poi Oldies But Goodies』というレコードの話をしてきましたが、ひょっとしてK-poi 1381のレコード番号がついたレコードが出ているのかなと思って調べたらありました。K-poi 1382以降はなくて出ているのはそのK-poi 1381だけ。

それはなんとテディ・ランダッツォのアルバム。タイトルは『Teddy Randazzo Million Dollar Party』。

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ネットに上がっているデータを見るとリリースは1960年(ただしそのサイトは『K-Poi Oldies But Goodies』のリリースを1970年としていたところだけど)。収録曲を見たらスリー・チャックルズ時代の曲が1曲であとはソロになってからのもの。1961年や1962年にシングル発売された曲もありますが、発表はこちらのアルバムが先だったのかもしれません。

収録されている曲の中で一番好きなのはこの「Cherie」。作曲はテディ・ランダッツォ、作詞はシンシア・ワイル。




このアルバムもたぶん何かの記念で出したようなので、手に入れるのは不可能に近そう。村上さんみたいにハワイの中古レコード屋に行けたら、もしかしたら見つかるかもしれないけど。

それにしてもK-poiには驚かされます。数あるアーティストの中からテディ・ランダッツォを選んでるんですからね。1959年~60年頃のハワイに行ってみたくなりました。


by hinaseno | 2019-05-17 15:23 | 音楽 | Comments(0)

K-poi 1380(その4)


1959。

このブログ、実は1959年をキーワードにした話を結構多く書いているんですね。「Golden Pops in 1959」というコンピレーションを作ったとか。

数年前、岡山に戻ったときに車のナンバーが変わることになって、希望する番号ありますかって訊かれたんですが、いや、別になんでも構わないです、ってことで、で、決まったナンバーが1959だったんですね。

僕は基本的にはシックスティーズの、多くは1961年から63年にかけての曲(ゴールデンイヤーズと呼ばれています)が一番好きだったんですが、これも縁、ってことで1959年の曲を調べたらいい曲がいっぱいあったんですね。面白いことに何か気になることを調べていたら1959年にぶつかることが多くて。

今回もそう。たまたま村上さんのラジオで紹介されて気に入ったレコードのことを調べていたら、それが1959年に開局したラジオ局が出したものだとわかったと。またまた1959年との縁の深さを感じていました。それがまた面白い形でいろいろとつながっているんだ。

ちなみに今の車のナンバーは1959ではありません。1959のままでもいいかと思ったんですが、今回は自分で選んだ番号にしました。


さて、1959年のハワイの若者たち。それまでラジオから流れてきていたのは伝統的なハワイアンミュージックばかりだったのに、突然、ロックンロールを流すラジオ局を発見する。新しく開局したK-poi。1380AM。

自分たちの聴きたかった音楽はこれだってことで熱狂的に支持したでしょうね。だれもがトランジスターラジオを片手に海辺に行く。流れているのは自分たちの感覚にあった新しい音楽、ロックンロール。激しい曲もあれば、胸を締め付けるようなバラードもある。1959年ごろのハワイの若者はバラードの方を好んだのかもしれない。

そして、次第に音楽を流すDJとの交流も生まれてくる。想像するだけでワクワクしますね。


さて、すぐれたDJは、ただヒットしている曲をかけるだけでなく、ヒットしていなくてもいい曲、たとえばB面の曲、あるいはアルバムの中の曲をかけて、それをローカルヒットさせる力があります。K-poiのポイ・ボーイズたちもそうだったようです。いい曲を見つける能力と、それを伝える言葉の力がある。『K-Poi Oldies But Goodies』に収録された曲を見てもそれがわかります。


改めて『K-Poi Oldies But Goodies』の収録曲を見てみます。収録されている12曲はすべて3連のバラード。

ジョニー・ティロットソンの「Dreamy Eyes」、コニー・スティーヴィンスの「Sixteen Reasons」、リッチー・ヴァレンスの「Donna」、ファイヴ・サテンズの「In The Still Of The Night」「To The Aisle」、デル・ヴァイキンスの「Come Go With Me」、ペンギンズの「Earth Angel」、ハートビーツの「A Thousand Miles Away」の8曲は、オールディーズ・ファンであれば誰もが知っている曲。ほとんどがドゥーワップの名曲。


注目すべきは残りの4曲。

まずA面4曲目のこの「Gee Whiz」。歌っているのはボブ&アール(Bob and Earl)。




この曲、実はこの日のブログで紹介しています。ボブ&アールのボブはボビー・デイ。大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」がきっかけでボビー・デイのことを知って、ACEから出ていた彼のCDを聴いて、とりわけこの「Gee Whiz」にはまったんですね。

でも、これはヒットしていないはず。そして、おそらくB面の曲。この曲がハワイで”BIGGEST HIT”したというのがすばらしい。


興味深いのはB面の後半に収録されたこの3曲。

B3 Won't You Give Me A Chance - The Three Chuckles

B5 Heavenly Father - Sandy Stewart

B6 Chapel Of Love - The Hitmakers


曲順とは逆の順で紹介します。

まず、B面ラストのヒットメイカーズの「Chapel Of Love」。




村上ラジオでかかった曲ですね。村上さんも言っていたように「Chapel Of Love」といえばディキシー・カップスの歌った曲が有名ですがこれは同名異曲。でも、いいドゥーワップ。

ヒットメイカーズというブループも聴いたこともない。僕のパソコンにも彼らの曲は1曲もありません。ヒットメイカーズって名前のわりにはヒット曲がない。というか出したレコードはこの1枚だけのよう。

ただ、気になるのは作曲者の一人にクレジットされているMorganという人物。B面の「Cool School」を書いたBruce Morganと同じ人物だとすると、デビューする前後のビーチボイーズのいくつかの曲「Barbie」「What Is A Young Girl Made Of」「Luau」を書いた人。「Barbie」はとてもいい曲です。


次はサンディ・スチュアートという女性シンガーが歌った「Heavenly Father」。サンディ・スチュアートというシンガーは知りませんでしたが、「Heavenly Father」は達郎さんの『ON THE STREET CORNER 3』でカバーされていた曲なのでもちろんよく知っています。達郎さんのカバーを聴いてこの曲をいっぺんに好きになって、で、達郎さんが基にしたというキャステルズ(The Castells)のこのシングルをあちこち探して手に入れました。




オリジナルはエドナ・マクグリフが歌ったもののようですが、サンディ・スチュアートが歌ったものはたぶんヒットしていないはず。で、これもやはりB面。

彼女はアラン・フリードが製作した1958年の映画『Go Johnny Go』に出演していて、A面の「Playmate」とともにこの「Heavenly Father」を歌っていることがわかりました。これがその場面。




この映画にはジミー・クラントンも出ているみたいですね。「Venus In Blue Jeans」は歌っていないけど、海外ではDVDが出てるみたいなので一度観てみたい。


さて、大瀧さんのアルバムでは最も聴かせる曲が入るB面3曲目に収録されているのがスリー・チャックルズの「Won't You Give Me A Chance」。でも、この曲についてはまた次回に。


by hinaseno | 2019-05-15 14:58 | 音楽 | Comments(0)

K-poi 1380(その3)


2月10日に放送された村上RADIOでかかった『K-Poi Oldies But Goodies』というアナログ・レコード、実はYouTubeで全曲聴くことができます。




村上さんの放送を聴いた後でこれに気がついて、聴いたらますますレコードが欲しくなったんですね。


さて、レコードを手に入れてまず特定したかったのはこのレコードが制作された年。村上RADIOのサイトに載っている1970年(Discogsに記載されているのをそのまま転載したんだろうと思います)は絶対におかしいだろうと。ただ、やはりレコードのどこを見ても制作年代は書かれていませんでした。

でもいくつか手がかりはあるものです。

これはジャケットの表。字体もイカしてますよね~。

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大きな手がかりとなったのは、ジャケットの左下に書かれているこの言葉でした。


TWELVE OF HAWAII’S BIGGEST HITS OF THE PAST FIVE YEARS
(過去5年間のハワイの最大のヒットのうちの12曲)

ということでまず収録曲のリリース年を調べました。へ~、こんな曲がハワイで大ヒットしたのか、っていうのがいくつかありますね。


Dreamy Eyes - Johnny Tillotson (1959)
Sixteen Reasons - Connie Stevens (1959)
Donna - Ritchie Vallens (1958)
Gee Whiz - Bob and Earl (1958)
To The Aisle - The Five Satins (1957)
Come Go With Me - The Dell Vikings (1957)
In The Still Of The Night - The Five Satins (1956)
Earth Angel - The Penguins (1954)
Won't You Give Me A Chance - The Three Chuckles (1956)
A Thousand Miles Away - The Heartbeats (1954)
Heavenly Father - Sandy Stewart (1959)
Chapel Of Love - The Hitmakers (1958)

一番古いのが1954年で一番新しいのが1959年。ちなみに一番新しいのはコニー・スティーヴンスの「Sixteen Reasons」で、1959年の12月にリリース。ヒットしたのは翌1960年、2月に全米チャートでは3位まで上がっています。

ということでジャケットに書かれていた「THE PAST FIVE YEARS」というのは1954年から1959年ということになるので、「Sixteen Reasons」のことを考えるとレコードが作られたのは1960年ということになりそうです。


K-poiというハワイ(このハワイというのが今回の流れ的には最高なんですね)のホノルルのラジオ局について調べたらいろいろと興味深いことがわかりました。

開局したのはどうやら1959年の5月18日。ぴったり60年前ですね。開局1周年を記念してレコードが作られたんじゃないかと。


K-poiの周波数は1380kHz。もちろんAM。

ちなみに大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」が放送されていたラジオ関東の周波数は1420kHz。お隣ですね。

K-poiはトップ40をかけていたので、ハワイの若者たちの間でかなりの人気を得ていたようです。で、当然、人気者になったのがDJ。何人かDJがいたようですが、ひっくるめてポイ・ボーイズ(Poi Boys)と名付けられて愛されていたみたいです。いいですね、ポイ・ボーイズ。

そのポイ・ボーイズがジャケットの裏側に載っているんです。全部で6人。

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ボーイズっていうわりには結構おっさんっぽい人もいますね。

おっと思ったのは下の段の真ん中の人。

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一瞬、ジャック・ケラー(Jack Keller)かと思って、よく見たらジャック・ケルナー(Jack Kellner)。nが入ってました。顔もなんとなく似てるんですね。

こちらは1960年ごろのジャック・ケラーの写真。

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ジャック・ケラーの方がもう少し、いやかなり男前。ちょっとグレゴリー・ペックに似ているんですね。


これがレコードレーベル。

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oの真ん中の丸のところにセンターホールが開いているのもいいですね。遊び心いっぱい。何をやってんだかよくわからない少年のロゴもかわいい。

そしてレーベルにもジャケットにも表記されているのが「K-POI 1380」。もちろん1380というのはK-poiの周波数なんですが、レコード番号(たいていは4桁)にもなっているんですね。シャレが効いています。こういうところも大好き。


まあおそらくK-poiレーベルから出したアルバムはこれっきりだろうと思っていたんですが、調べたらなんとこのレーベルから他のアルバムが出ていたことがわかりました。しかもあっと驚くアーティストのアルバム。


by hinaseno | 2019-05-14 15:20 | 音楽 | Comments(0)

K-poi 1380(その2)


昨日の続きを書く前に、昨日のブログでちょっと触れたアゲインの石川さんに贈っていただいたDVD-ROMのこと。それについてはまた改めて書くつもりでいるんですが少しだけ。収録されていたのは今月5月1日(令和の最初の日)にアゲインで開かれたトークイベント「銀次の部屋」。ゲストは亀渕昭信さん。音楽とラジオに長年かかわってこられた人(元ニッポン放送代表取締役社長です)。大瀧さんとも深い親交を持っていました。ってことで、このブログにも何度も登場しています。

その日のトークの話題は多岐にわたっていたんですが、最も印象に残ったのは「AMラジオがなくなるかもしれない」という話。実はAMとFMの違いはよく知らないんですが、FMが登場してその音の良さに驚いて音楽を聴くんだったらFMだなと思っていた時期もありました。一時期『FM fan』って雑誌も買っていたな。でも、今関心があるのはAM。

で、ケーポイです。


最初は1回きりの特別番組かと思っていた村上RADIOは、いつのまにか2ヶ月ごとのレギュラー番組になりつつありますね。もちろん全部拝聴。radikoのおかげで録音もバッチリ。当初は村上さん目的だったんですが、最近は坂本美雨さんの声を聴くのも楽しみの一つになっています。美雨さんの声と語りって、すごく癒されるんですね。

村上RADIOはすでに5回放送されていますが、2月10日に放送された第3回目が最高だったんです。特集は「今夜はアナログナイト!」。つまりこの日はすべてアナログ・レコードで曲をかけているんですね。いつもはCDでかかっているオープニングテーマもこの日はアナログレコードから。


最後の3曲がツボだったんですが、とりわけおっとなったのが最後から3曲目にかかった曲が収録されているレコード。放送を聴いてそのレコードすぐに調べました(番組のサイトにその日かかった曲と収録されているアルバムの名前、村上さんのコメントが載るのはたいてい放送の翌日くらいなので、その前に)。

手がかりはレーベル名と思われる「ケーポイ」。聴いたこともないレーベル。どんな綴りなのかもわからない。なかなか見つけるのが大変だったんですが、でも見つけました。

K-poi。

アルファベットの並びもいいし音の響きも最高。このレコードを紹介したときの村上さんのコメント。


次はホノルルの中古屋で見つけて、2ドルぐらいで買ってきたレコードです。K-Poiという地元放送局が記念品として出していたレコードみたいで、いちおう非売品です。レコードのところどころにこの放送局のジングルが入っていて、これがいかにも1960年代風でかっこいいんです。曲の前後にも入りますので、聴いてみてください。


ここで1分くらいのジングルが入ってから曲がかかります。かかったのはこの曲。




この曲は「チャペル・オブ・ラブ」。「チャペル・オブ・ラブ」っていうと、どうしてもディキシー・カップスのヒット曲が頭に浮かぶんですが、これはザ・ヒット・メイカーズというドゥーワップのグループが1958年にヒットさせた同名異曲です。こっちの曲もなかなか素敵だと僕は思うんですけど。


このヒット・メイカーズの「チャペル・オブ・ラブ」は僕の持っている数多くのドゥーワップのどのアルバムにも入っていないんですね。で、曲の後もう一度10秒ぐらいのジングルが入ります。


♫ケーポイ、ワン・スリー・エイト・オ~♫


このレコード、最高だなと思ったら、次にまたいい曲がかかるんですね。大好きなブロッサム・ディアリーの「The Good Life」。この流れは素晴らしすぎました。ちなみにブロッサム・ディアリーの「The Good Life」が収録されたCDで持っているんですが、レコードで欲しくなったんですね。一応日本盤でレコードも出てるんですが、でも、できればオリジナルを…、と、そっちの話をすると長くなるので、ケーポイのこと。


村上さんが曲をかけたアルバムのタイトルは『K-Poi Oldies But Goodies』。こちらのページに情報が載っています。全12曲で、曲はほとんど知っていますが、知らない曲もいくつか(曲は知っていても歌っているアーティストは知らない、あるいはその逆も)。


このアルバムの何がいいかって村上さんも話した通り曲の合間に入るジングルですね。ジングルといえば大瀧さんのアルバムの『ゴー!ゴー!ナイアガラ』にも入ってます。

収録曲もジングルも、それからネットで確認できたアルバムジャケットも最高なんで、絶対にほしいと思って探しました。

でも、どこにもなかったんですね。

ってことでeBayなどをチェックする日々が続きました。待つこと2ヶ月。ようやく出品されたんですね。村上さんはハワイのホノルルの中古屋で2ドルぐらいで買ったといってましたが、うれしいことに10ドルもしない値段で出ていました。盤質もかなりいい。きっと探している人もいたはずなので即断。

届くの待ち遠しかった。


ようやく届いたのがゆずぽんさんのトークイベントの前日だったかな。

手に入れてレコードを聴きながらまず調べたのはこのレコードの制作年。村上さんのサイトに載っていたのは1970年。上にリンクした、海外のかなり信頼できるサイトDiscogsに載っているのをとったんだと思いますが、どう考えても1970年に作られたものとは思えない。で、もう少し調べたら別のサイトには1963頃と。あるいは”The early 1960's album”と載っているサイトもありました。

さて、いったいこのレコード、いつ制作されたのか。

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by hinaseno | 2019-05-13 15:15 | 音楽 | Comments(0)

K-poi 1380(その1)


おおっ、つながった。

それにしても話がちょっと出来過ぎだな。


と、なんのこっちゃな書き出しですが、前から書こうと思っていた全然関係なさそうな2つの話が面白い形でつながっていることに今朝気がついてニコニコ。


さて、どこから書こう。一応前々回の話の続きから。

ゆずぽんさんに教えてもらったはまもとコーヒーで一つ目のエッセイを読んだ夏葉社の島田潤一郎さんの『90年代の若者たち』、とても面白く読みました。僕は90年代の若者たちには入っていないけれど、共感する部分はたくさん。

ちなみに「○年代の若者たち」というくくりは物事を捉えるのにいいですね。最近「平成」特集とか結構やっていましすが、30年も続いた「平成」でくくって何かを考えるというのはあまりにも無理があると思います。

僕はというと間違いなく「80年代の若者たち」ということになります。大瀧さんの『ロンバケ』や『EACH TIME』を青春の真っ只中(死語?)で聴いた世代です。


さて、先日、アゲインの石川さんからまた素敵なDVD-ROMを送っていただきました。その話はもう少し後にということになりますが、今日書く(今日1日では書けないけど)話につながったと(昨日書いた話とは「亀」つながり。もちろんたまたま)。

キーワードはラジオ。

あえてAMラジオといったほうがいいかもしれません。

石川さんは「70年代の若者たち」ということになりますが、70年代の若者たちを夢中にさせたものにラジオの深夜放送があります。石川さんと内田先生が夢中になって聴いていたのはもちろん大瀧さんがDJをしていた「ゴー!ゴー!ナイアガラ」ですね。

もちろん僕もやはり70年代の終わり頃にちょこっとラジオの深夜放送を聴いていた時期がありました。夢中になるというわけではなかったけど、MBSヤングタウン(ヤンタン)だけは好きでよく聴いていました。


さて、話はころっと変わることになるんですが、本当はここから今日の話を書き始めていました。


ケーポイ、ケーポイ…。


Sheilaに夢中になる前、毎日毎日ケーポイとつぶやく日々が続いていたんですね。ケーポイ・ブームは今も続いています。

きっかけは今年の2月に放送された村上RADIO(ちなみに放送局は東京FM。実際にはパソコンのradiko)のこの場面でした。






by hinaseno | 2019-05-12 14:48 | 音楽 | Comments(0)