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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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カテゴリ:文学( 170 )



平川さんと石川さんが岡山にやってこられた日から一週間が経ってしまいました。時の経つのは早いですね。お二人が来られたということだけでも無上の喜びだったのに、この間、お二人に引き寄せられるような形でうれしい出来事がいくつも起こって、正直世の中どうなってるんだろうと思ってしまいました。

中でもとびっきりのうれしいことが先週の土曜日の毎日新聞に掲載されたので紹介しておきます。


今回の平川克美さんの来岡の一番の目的はわが母校でもある岡山大学での講演とスロウな本屋さんで開かれたトークイベントだったんですが、その2つのイベントを企画し平川さんを岡山に招く尽力をされたのが岡山大学の松村圭一郎さんでした。松村さんにはただただ感謝しています。

その松村さんは岡山大学での講演とスロウな本屋さんのトークイベントとで司会を務められたんですが、まさに平川さんが岡山大学でのイベントのある日の朝、松村さんに関するビッグニュースが飛び込んできたんですね。その日(11月3日)の毎日新聞の朝刊に、昨年、ミシマ社から出版され、このブログでもなんども紹介してきた松村さんの『うしろめたさの人類学』が第72回毎日出版文化賞の特別賞を受賞したというニュースが載ったという情報が朝一番に入ってきてびっくり。なんというタイミング。朝、忙しい中、新聞を買いに行きました。


毎日出版文化賞は戦後すぐの1947年に創設された、かなりの歴史を持った賞でウィキペディアを見たら一番上の第一回目の文学・芸術部門には谷崎潤一郎の名がありました。受賞作品はあの『細雪』。荷風が終戦直前に勝山に行って谷崎に会ったときに執筆中だった作品です。で、一番下に松村さんの『うしろめたさの人類学』。たまらないですね。


さて、その日の新聞ですがこれが第1面に載った記事。

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そしてこれが3面の下に掲載された『うしろめたさの人類学』の広告。

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となりには芸術文学部門の賞を受賞した奥泉光さんの本の広告が載っています。

奥泉さんといえば岡大の時の友人に『石の来歴』という本を教えてもらって衝撃を受けて、その後『葦と百合』、『「吾輩は猫である」殺人事件』を続けて読んだ記憶があります。


で、10面に毎日出版文化賞の詳しい記事と受賞図書の紹介が載っています。

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松村さんの『うしろめたさの人類学』のコメントを寄せられているのは選考委員のお一人である鷲田清一さん。愛情と敬意にあふれた素晴らしいコメントです。うれしいですね。最後の言葉だけ引用しておきます。


身のまわりの些細なことから変えてゆく、それがけっしてちゃちなこと、ちっぽけなことでないことを説く。非成長世代の手になる、痛いけれども爽やかな”倫理”の書だ。

今回の平川さんとのトークイベントに向けて、『うしろめたさの人類学』を再読しました。たぶん4度目。読み返すつどに新しい発見があります。実は最初に読んだときには、章末ごとに挿入されるエチオピアでの体験を描いた部分は外して、そちらはそちらで別の一冊の本を作ればいいのではと思ったのですが、やはりあの形の本だったからこそ、言葉の一つ一つが頭ではなく体に入ってきて、一人称複数形で語られる「ぼくら」の一員になんの違和感なく入ることができたのだろうと思いました。

そして今回読み返しながら思ったのは、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』にどこか似ているなと。タイトルには「人類学」とついているけど、そこには小さくて大きい物語が確かにあります。

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改めて松村さん、受賞、本当におめでとうございます。受賞がわかった日にごいっしょできたことを心から光栄に思います。

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by hinaseno | 2018-11-09 15:35 | 文学 | Comments(0)

今年、もっとも衝撃を受けた曲はやはり寺尾紗穂さんの「楕円の夢」。もう何度聴いたかわからない。

その3番からの歌詞をときどき口ずさみます。こんなふうに。


楕円の話を聞きたいの
ほんとはどちらか知りたいの
どちらもほんとのことなんだ
そんな曖昧を生きてきた

明るい道と暗い道
おんなじひとつの道だった
あなたが教えてくれたんだ
そんな曖昧がすべてだと

明るい道と暗い道
スキマの小道を進むんだ
あなたが教えてくれたのは
楕円の夜の美しさ

楕円の夜に会いましょう
月の光で踊りましょう
世界の枯れるその日まで
楕円の夢を守りましょう

明るい道と暗い道
スキマの小道を進むんだ
あなたが私においてった
楕円の夢をうたいましょう

実はこの歌詞、いくつかの部分が本来の歌詞と違っています。

最初の「楕円の話を聞きたいの」は本当は「私の話を聞きたいの」。でも、いつのまにか僕の中では「楕円の話を聞きたいの」になってしまっていて、ずっとそう口ずさんでいたんですね。間違えて歌詞を覚えていたんです。

間違えていたといえばそのあと「ほんとはどちらか知りたいの」。ここ、歌詞カードを見たら「ほんとはどちらか聞きたいの」となっていたんですね。でも、紗穂さんはそこでははっきりと「知りたいの」と歌っています。どうやら歌詞カードの方が間違えたようです。


いずれにしても、


楕円の話を聞きたいの
ほんとはどちらか知りたいの
どちらもほんとのことなんだ
そんな曖昧を生きてきた

って歌詞。悪くないですよね。紗穂さん、ごめんなさい。


もうひとつ、僕が口ずさんでいる歌詞と本来の歌詞と違っているのは「明るい道と暗い道/スキマの小道を進むんだ」の部分。「スキマ」は本当は「狭間」。でも、僕のブログの流れ的には「狭間」ではなく「スキマ(隙間、透き間)」という言葉を使いたくなってしまうんですね。


さて、「楕円の話をききたいの」といえば、やっぱり平川克美さんですが、なんとその平川さんが来月、岡山にいらっしゃって講演を、さらに「スキマ」の松村圭一郎さんとスロウな本屋さんで対談することが決まったんですね。超ビッグニュース。

昨年の秋にミシマ社から出版された松村さんの『うしろめたさの人類学』を読んで深い感銘を受け、さらに今年の初めにやはりミシマ社から出版された平川さんの『21世紀の楕円幻想論』で衝撃を受けたわけですが、僕がなによりも驚いたのはほんの数ヶ月の時を隔てて出版された2つの本に、あまりにも重なる部分が多かったことでした。それぞれの著者が本を書くまでは面識がなく、専門分野も全く違い、親子ほどの年の差があるにもかかわらず、これほど似たようなことを考えている人がいることに感動すら覚えました。

しかも興味深いのは松村さんは現在岡山に住んでいて、平川さんは以前から岡山に関心を持たれていること。

さらに言えば、僕は松村さん経由でスロウな本屋のことを知ったんですが、そこで初めてスロウな本屋さんのサイトを覗いた時に最初に目に飛び込んできたのがこの写真だったんですね。

そこには平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』が飾られていました。

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2016年に大和書房から出たこの本の「嘘 ーー 後ろめたさという制御装置」という章で僕は「うしろめたさ」という言葉をキーワードとして捉えるようになったんですね。

なんというつながり。でも、すべて「たまたま」。


たまたまにしてはあまりにも運命的すぎるこの不思議なつながりを考えたとき、これはぜひスロウな本屋で平川克美さんと松村圭一郎さんの対談をやってもらわなくてはならないなと、勝手な願いをこのブログのどこかに書いたはずですが、それが実現することになったわけです。感涙。


ということで、こちらが11月2日の夜にスロウな本屋さんで開かれるトーク・イベント。

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詳しくはスロウな本屋さんのサイトで確認してください。予約受付は今日の20:00からです。平川さん、松村さんそれぞれの人間的な魅力はいうまでもありませんが、それぞれの対話から楕円とスキマが膨らんでいくのを目の当たりにできる機会はめったにないです。

ということで、楕円の夜に会いましょう。高橋和枝さんの「トコトコバス」に登場した月が出ていれば最高だけど、残念ながらその日は満月ではありません。


それから、もうひとつ、平川さんは翌11月3日には岡山大学で講演もされるんですね。講演のタイトルは「考えるための文学 ~移行期的混乱を生き抜くために~」。

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こちらは無料で見ることができます。

僕はもちろんどちらも参加します。

いや、参加どころか追っかけ以上ストーカー未満のようなことになりそうだけど。ああ、楽しみすぎる。


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by hinaseno | 2018-10-10 13:40 | 文学 | Comments(0)

トコトコバスに乗って


高橋和枝さんの新作の絵本『トコトコバス』、読みました。

よかったなあ。

ただ、正直いえば、もう一週間前に読むことができていたらもっとよかったのになと。それは仕方ないとして、高橋さんの絵本を読んでいつもそうであるように小さな幸せをいくつももらったような気持ちになりました。


トコトコと進むバスは、買い物か何かの用事で小さな町に出かけた「ぼく」と「おかあさん」を乗せて、「おか」を越えて「ぼく」のすむ小さな町へと向かいます。「おか」の途中でいろんな「おきゃくさん」が乗ってきて、バスは明るい道や暗い道を通っていきます。まるで動く紙芝居を見ているような感じ。そして声に出して読んでみると言葉の調子がなんとも心地いい。


「ぼく」と「おかあさん」が載っているバスに、あとからどんな「おきゃくさん」が乗ってきたかは内緒ですが、前回のブログで「走り出してから乗り遅れている人を見かけたらわざわざ引き返したりしているはずなので」と読む前に書いていたら、まさにそんな場面が描かれていてびっくり。引き返すことまではしてなかったけど。


どの絵も本当に魅力的なんですが、危うくバスに乗り遅れそうになった○○○さんを乗せて「おか」を走っているこの場面の絵が一番好きかな。暗い道が明るい道に変わって、なんともいえない高揚感につつまれます。

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いや、でも、○○○さんが乗る前に、谷間の暗い道をバスが走っている場面もいいです。ああ、もちろん高橋さんの描く小さな町の風景もたまらなく好き。とりわけ最後の絵は最高。って、結局あの絵もこの絵も好きってことになってしまうんですが、この絵もいいんです。

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○○○さんがバスを降りる時、この運転手の、いつもと変わらない感じで、あくまで職業的にちらっと客が降りるのを見遣っている表情がなんともかっこいいですね。


この絵もそうですが、高橋さんの絵本は細部がいいんです。小さな表情や小さな声は、近くでよく見ないと気がつかないような気がします。そう考えると帯に書かれている「読み聞かせにぴったり!」という言葉は微妙かな。

絵本を手にとって見た人はたいてい気がつくはずだけど、実はバスが「おか」に登り始めたときから「おかあさん」は眠ってしまっているんですね。その表情が結構笑えます。

でも、「ぼく」はずっと起きている。つまり、いろんな「おきゃくさん」がバスに乗り込んで来ているのを見ていたのは「ぼく」だけなんですね。もしかしたら本当は眠っていたのは「ぼく」の方で、すべては「ぼく」の夢の世界で起こっていたことなのかもしれないけど。

「ぼく」はそこで見た物語を家に戻って「おかあさん」に話すのかな。「おかあさん」はそれを信じてくれるんでしょうか。


ああ、僕もトコトコバスに乗ってみたい。


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by hinaseno | 2018-10-04 12:50 | 文学 | Comments(0)

かなり警戒していた台風は進路がそれたため、雨は断続的に激しく降っていたものの、最接近した時でも風はそれほどでもありませんでした。みなさんは大丈夫だったでしょうか。


この二日間、外に出られないこともあって、ひたすら本とレコードの整理をして、ようやくひと段落。あふれかえっていた本もどうにかすべて本棚の中に収まりました。今日の10月の空のようにすっきり、爽やかな気分。

これまでは川本三郎さんと村上春樹と夏葉社の本だけはコーナーを作っていて、そのほかはだいたいの感じで作者ごとに並べていました。でも、当然増えてくると棚に収まらなくなったり、取り出したときに元に戻せなくて別のところに置いたりしているうちに何が何だかわからなくなってしまっていました。

ってことで今回、新たにきちんとまとめて置けるコーナーをいくつか作りました。出版社でいえば夏葉社のとなりにミシマ社のコーナーを作り、作者では新たに木山捷平のコーナー、内田樹先生のコーナー、平川克美さんのコーナー、そして高橋和枝さんのコーナーを作りました。

でも、どうしようかと思うものがありますね。ミシマ社から出ている内田先生や平川さんの本とか、高橋和枝さんが挿絵を描かれた夏葉社の『さよならのあとで』をどうするかとか。


さて、その高橋さんのコーナーに新たに一冊の本が今日加わることになりました。この『トコトコバス』。

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久しぶりに高橋さんが絵も文もかかれた絵本ですね。待ち望んでいました。9月になれば、ということで紹介したのに10月になってしまいましたね。


トコトコバスは風がびゅうびゅう吹く中や土砂降りの雨の降る中は絶対に走ったりはしないし(たぶん)、時刻表はきっとなくて、走り出してから乗り遅れている人を見かけたらわざわざ引き返したりしているはずなので(たぶん)、僕のところに到着したのは結局ひと月近い遅れになってしまいました。それもトコトコバスらしくていいですね。

ってことで昼食後、一息ついたときにコーヒーを飲みながら読むことにします。

楽しみだなあ。


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by hinaseno | 2018-10-01 12:57 | 文学 | Comments(0)

夏の前くらいから散乱状態にあった本とレコードの片付けを続けています。一冊も、一枚も処分しないってところからはじめているので、それらを収めるためのスペース作り、スキマ探しをやらなくてはなりません。

そのスペースを作るために捨てられるものは捨てようと思いつつ、よっぽどのものでない限りは捨てない。壊れていたり、傷だらけでみすぼらしくなっているものは直して使うようにしています。だから余計に時間がかかる。先日も…、まっ、いいかそれは。

片付けを中断するのは他にもあって、一番多いのはずっと見当たらなかったものが見つかって、あるいは思わぬものを発見してついついそれを眺めてしまうことですね。


うれしかったのは平川克美さんの「路地裏人生論」の朝日新聞beに掲載されていた時の切り抜きが見つかったこと。

現在それは2015年に出た『路地裏人生論』にすべて掲載されているんですが、2013年ごろ、土曜日になると、さあ、今日はどんなことが書かれているんだろうかとわくわくしながら新聞を買いに近所のコンビニに行ってい幸福な日々が蘇ってきました。

新聞を買ってきて、朝、最初のコーヒーを飲みながら一度目を読み、食後にもう一回読み直し、夜、また読み返して。

本当にあのエッセイ、好きでした。

『路地裏人生論』、平川さんという人を知るにはこれ以上なくいい本なので、ぜひ読んでみてください。大瀧さんの話も出てきます。


さっ、これから大谷くんの出場している試合を横目で見ながら作業開始です。

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by hinaseno | 2018-09-29 11:25 | 文学 | Comments(0)

トコトコバス


9月になれば…、

という話をいくつかしてきましたが、こちらもとびっきり楽しみな話です。高橋和枝さんの新作の絵本が講談社から9月13日に発売されるという情報がAmazonをはじめネットのサイトに載りはじめました。

タイトルは『トコトコバス』。

ネットでは少しだけあらすじが紹介されていますが、僕は昔から高橋さんの描かれるバスの絵が大好きなのでこの絵本とにかく楽しみにしています。

ちなみにネットではまだ表紙の画像はアップされていません。どんな表紙になるのか、わくわくしますね。


表紙といえば、9月5日に発売される世田谷ピンポンズさんの『喫茶品品』のジャケットがついに公開。描いたのはこれまで通りwacaさん。

実はレコード会社がP-VINEになったということでもしかしたらデザイナーが変わるんじゃないかと少しだけ心配していたのでwacaさんだとわかって本当にうれしかったです。

公開されたジャケットのデザインは、ノスタルジックな絵が使われるのではという僕の予想を大きく裏切って、かなりインパクトの強いものとなっています。これ、ぜひLPサイズで見てみたいですね。というより、たぶんLPサイズで発売されることを考えてのデザインになっているのではないでしょうか。とにかくたくさん売れて、絶対にLPの発売ということになってほしいと思います。


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by hinaseno | 2018-08-04 11:27 | 文学 | Comments(0)

「九月になれば」の話をいくつか書こうと思っていますが、♪三月に入ったら~♪の季節、つまり「早春」も僕にとって9月と並んで大事なとき。

以前「早春コレクター」ということを書いて、いくつか集めていた「早春」というタイトルの作品を紹介しましたが、実はそのとき、最後にちょっとだけ秘密という形にした話を載せたたんですね。別に秘密にする必要はなかったんだけど、なんでだろう。

その日のブログ、タイトルは「「早春」をあつめて」。

暇を見つけてはジャック・ケラーの未聴曲をチェックしては集めているように、「早春」というタイトルの作品も探しています。で、ある日見つけたのがこれでした。

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小沼丹の「早春」。

載っていたのは1958年に出た『女学生の友』という雑誌の3月号。まさに早春ですね。

その日のブログではこの写真を載せただけでコメントは何も書いていません。すごい発見をしたぞ!って気分だったんです。写真の下には秘密めかした形でこう書いています。


この作品が掲載されていたのは少女向けの雑誌。可愛らしいイラストもついていてびっくり。
内容は女子高校生のほのかな恋心を描いたたわいもないもの。ちょっと調べたら全集にも入ってないし年表の作品リストにも入っていない。
この作品のことをあの人に伝えたらきっとびっくりするだろうな。

というわけで早速「あの人」、つまり小沼丹の大ファンである龍野のYさんにお見せしようと思ったんですが、いろいろと用事が立て込んで、その雑誌もどこかにしまいこんで忘れてしまっていたんですね。


で、今年のゴールデンウィーク前にYさんから連絡があって、岡山に仕事で来ているということで、そんなに遠くない場所だったので久しぶりにお会いしましょうとなって、ときにその雑誌のことを思い出しました。もちろんYさんにプレゼント。かなり驚かれていました。


ところがそれから間もなく、びっくりするような情報が飛び込んで来たんですね。2年前に木山捷平の未収録作品を集めた短編集を2冊出した幻戯書房から小沼丹の未収録作品を集めた短編集が2冊出るという情報。

目にとまったのは副題についている「小沼丹未刊行少年少女小説集」という言葉。もしやと思ったらやはり。まさにあの「早春」をはじめ『女学生の友』に掲載された作品や同じく若い女性向けの雑誌である『それいゆ』に掲載された作品を集めた作品集。すごいのがすごいタイミングで出るんだとびっくりでした。

その2冊、先日ようやく入手しました。

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で、さらに驚いたことに、幻戯書房からは今月末にはもう1冊『不思議なシマ氏』というタイトルの小沼丹の短編集が出るんですね。こちらもたぶん全集に入っていない作品を集めたもののはず。

こんな本が出るなんてって感じですが、理由があるんですね。実は今年は小沼丹の生誕100年。今回出た3冊も「生誕百年記念」となっています。


小沼丹生誕百年といえばこのときのために早くから動いていた人がいます。それが龍野のYさん。

Yさんは相当前から小沼丹生誕百年祭をすることを言われていたんですね。でも、それは遥か先のように思っていたんですが、ついにその年が来たんです。

小沼丹が生まれたのは1918年9月9日。

ということで今年の9月9日から龍野にあるYさんの九文庫でその小沼丹生誕百年祭が開かれます。お近くの方、ぜひ足を運んでください。もちろんお近くでない方も。龍野は本当にいい町です。

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by hinaseno | 2018-07-20 12:38 | 文学 | Comments(0)

400ページあまりある大竹英洋さんの『そして、ぼくは旅に出た』も残すところあと100ページほど。2日ほど前に読んだ、大竹さんがはじめてノースウッズに行って、旅の目的であるジム・ブランデンバーグという写真家に出会う瞬間の話はこの本の白眉でした。

ジムの家でいろんな話をする中、あるときを境に会話のトーンががらりと変わる。それは、大竹さんが写真に興味をもたきっかけを語り始めたときのこと。ジムになぜ自然の写真に興味を持ったのかと聞かれて、その時に大竹さんが口にしたのが星野道夫の名前。


するとジムは、はっと大きく目をみひらきました。そして、「ああ、ミチオ……」とため息を吐き出すようにつぶやくと、両の手のひらを顔の近くにもっていき、そのまま祈るように目の前で握りました。

そしてジムと星野道夫の話になる。ジムは「彼は、ほんとうにスペシャルだった」と繰り返す。


改めて塩屋で余白珈琲の大石くんから大竹さんの話をされたのは、大竹さんにとって星野道夫が特別な存在であること、そして僕にとっても星野道夫が特別な存在であることを大石くんが知っていたからなのかもしれません。まあ、たまたまだったのかもしれないけど。


ところで大竹さんの本を読んでいたらあることが気になって久しぶりにこれを取り出しました。星野道夫を特集した『コヨーテ』の2004年9月号。

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この本は星野道夫が住んでいたフェアバンクスの家に置かれていた本のリストが載っているので、その中にジム・ブランデンバーグの本があるかと思って調べたんですが見当たりませんでした。

でも、そのリスト、久しぶりに見たんですが以前気づかなかった本がいくつも。

例えば今、読んでいる(というか中断している)石牟礼道子さんの『苦海浄土』が今西錦司の『進化とは何か』のそばに置かれていたりとか。

で、今回、一番驚いたのはこの本。

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中井貴惠さんの『父の贈りもの』。

中井貴惠さんの父というのはもちろん佐田啓二。こんな本が出ているなんて知らなかったので早速取り寄せました。

最初の「序」に書かれていたのは「父の死んだ日の記憶」というエッセイ。佐田啓二が亡くなった日の話ですね。ちなみに佐田啓二が亡くなったのは昭和39年8月17日。当時貴惠さんは小学校に上がったばかり。弟の貴一くんはまだ3歳になるちょうどひと月前。このエッセイはこんな言葉で終わります。


 昭和39年、東京オリンピック開催、東海道新幹線の開通と昭和の新たな歴史に、日本が大きな一歩を踏み出そうという矢先、父はそれを何も見ずにこの世を去った。
 37歳という短い生涯だった。
 残された母36歳、私6歳、弟2歳、神様はいたずらにも私たちにこんな運命を与えられた。
 暑い夏の日のことであった。

こんなふうに何かを読んでいても、それを中断して別の本を読んで、さらにそれがきっけけで別の本を取り寄せては読んでいるのでなかなか先に進みません。まあ、これが僕の読書。

それにしても映画に関係する本などほとんど置かれていない星野道夫の本棚になぜこの本があったんでしょうか。すごく気になります。


それはさておき久しぶりに『コヨーテ』のこの号を眺めていたらいろいろと興味深いことが。

たとえば写真ではなくイラスト付きで星野道夫の本棚にあった本を紹介しているこのあたりのページ。

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イラストを描いているのは赤井稚佳さんというイラストレーター。実は赤井さんは平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』の表紙のイラストも書かれているんですね。すごくいいイラストです。


それからこの特集の最初のページのこの写真とか特集のタイトル。なんだか大竹さんの本の表紙と重なってますね。

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その大竹さん、Instagramをされているのがわかりました。とりわけ気に入ったクマの写真を2つほど貼っておきます。

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by hinaseno | 2018-07-15 14:08 | 文学 | Comments(0)

小田川だけでなく身近なところにも被害があって、気持ち的にもゆっくりと音楽を聴いたり本を読んだりすることがしづらい状態が続いています。

日々、ほんのちょっとずつ読み進めている大竹英洋さんの『そして、ぼくは旅に出た』という本、ようやく半分くらい読みました。全然、進んでないけど。

読むのが遅い理由はもちろん読む時間があまりとれていないこともありますが、例によって地図を見て場所を確認しながら読んでいるため。でも、この本の舞台となっているカナダとの国境に近い北米のノースウッズと呼ばれる地域を航空写真で見たらこんな場所なんですね。

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湖と森が広がっているだけの地域。すぐに場所を見失ってしまいます。でも、大竹さんのカヤックでの旅をちょっとずつ辿っているうちに少しずつ地形が自分の中に入ってきて、フィシギなもので大竹さんと自分が同化していくんですね。旅行記とか探検記を読むのは昔から好きですが、そんなふうに同化できる人もいればぜんぜんできない人もいる。多分大竹さんの行動形式は僕のそれに似ているところがあるんでしょうね。たまたま起きたことや思いつきで行動するところなど。


さて、この本を開いて最初に見た巻末に掲載された「この本に出てくる書籍や雑誌のこと」のリストにあった星野道夫の『旅をする木』がいつ出てくるかと気になっていたんですが、ようやくその話が。大竹さんに写真家になるというきっかけを与えたのはやはり星野道夫でした。


大竹さんが星野道夫という存在を知ったのは、きっと多くの人がそうであったように彼の訃報がきっかけだったようです。

それは大竹さんが大学2年の夏休みのとき。当時大竹さんはワンダーフォーゲル部に入っていて昼下がりの部室で夏合宿の準備をしていたとき、その年に入部したばかりの後輩が新聞を手に持って部室に現れたそうです。でも様子がおかしい。無言で悲しげに新聞を見つめる後輩に声をかけたら、彼が好きだった星野道夫という写真家がヒグマに襲われて亡くなったことを聞かされる。で、大竹さんは早速その帰り道に書店に行き、星野道夫の写真集を見て心打たれる。それから手にしたのが『旅をする木』。


自然のことを伝えるという仕事がいったいどんな形をとり得るのか、それまではよくわかりませんでした。しかし、星野道夫という写真家の存在を知り、写真と文章という表現の可能性を目のあたりにした気がしました。

で、大竹さんは大学3年の冬、周りが就職活動の話で騒がしくなってきた頃に、はじめて一眼レフのカメラを買います。そして今があるんですね。


塩屋で余白珈琲の大石くんから大竹さんの話を聞きながら、さらにその日のもらった『たくさんのふしぎ』に載った大竹さんの文章や写真を見ながら星野道夫との近さを感じていたんですが、やはりこんなきっかけがあったんですね。そしてこういうつながりを本当に嬉しく思います。


ちなみに何度か書いたように僕が星野道夫のことを知ったのは池澤夏樹の1986年5月に出た『未来圏からの風』を読んで。あの本を読んでいた時の気持ちの良さはなかったですね。で、池澤さんと星野道夫との対談を読んで、彼の本を買い集めました。もちろん最初に買ったのは『旅をする木』。

そして、その3ヶ月後に新聞(朝日新聞)に載ったこの記事で彼の死を知ることになります。

大竹さんの後輩がその日見たのもこの記事だったんでしょうか。


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by hinaseno | 2018-07-09 14:55 | 文学 | Comments(0)

ラジオデイズから小池昌代さんと平川克美さんの対談のコンテンツが発売されました。

小池昌代さんと平川さんの対談

いったい何年ぶりだろう。2013年8月29日に書いたブログでその前日にUstreamで生で配信された対談を見たことを書いていたのでどうやらそれ以来5年ぶり。

小池さんの声って相変わらず魅力的です。そして小池さんを相手にされると平川さんの声のトーンもちょっと(かなり)変わります。


冒頭は二人の出会いのことから。平川さんの口から「不思議な縁」という言葉が出てきます。


不思議な縁で。かつてNHKで『ブックレビュー』というテレビ番組があって、NHKから僕に電話があってね、小池昌代さんという人が僕と内田くんが書いた本を取り上げるんだと。小池昌代って誰だよ、と。

ここで大爆笑。あとは聴いてみてください。

テーマは戦後詩。

詩には詳しくないけれども、今回とりわけ興味深かったのは、松村圭一郎さんとの対談で登場した熊本の詩人のこと。

平川さんと松村さんとの対談、松村さんが熊本のご出身とのことで熊本にゆかりのある詩人の話になったんですね。石牟礼道子さんや伊藤比呂美さんなどはご存知だったようですが、平川さんがとりわけ驚かれたのが谷川雁。平川さんが学生時代に詩作をされていたときにとりわけ大きな影響を受けたのが谷川雁だったようで、その谷川雁が熊本出身だと知って、そこで飛び出した平川さんの言葉が「熊本って、やっぱ変だわ」。その谷川雁についての小池さんとのやりとりもとても興味深いものがありました。


ところで僕が小池昌代さんのことを知ったのはやはりNHKで放送されていた『週刊ブックレビュー』でした。見ていたのは児玉清さんが司会をされていた頃。ときどきは木野花さんも司会をされていました。

『週刊ブックレビュー』のゲストで特に惹かれたのが川上弘美さんと小池昌代さん。どちらも綺麗な方だったこともありますが、紹介される本が僕の趣味にあっていたんですね。

で、その頃に買ったのがこの本。

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川上弘美さんの『なんとなくな日々』、そして小池昌代さんの『屋上への階段』。いずれも2001年3月に出版。それぞれの本はその後、買ったり手放したりを何度かしていますが、この本だけはずっと持っています。いいエッセイが多いんですね。そういえば川本三郎さんが何かで川上さんの『なんとなくな日々』に収められた「玉音」というエッセイを取り上げていました。


さて、内田樹先生と平川克美さんの共著である『東京ファイティング・キッズ』が発売されたのは2004年10月。お二人の往復書簡が内田先生のサイトで続けられている時からそのやりとりに関心を持っていたので、本が出たときにはすぐに購入しました。でも、この本を出されたとき、内田先生はまだ知る人ぞ知るという存在。平川さんはこれが初めての本。


というわけなのでこの本がテレビで(しかもNHK)取り上げられたときの驚きといったら。それ以来小池さんへの関心はさらに高まることになり、駒沢敏器との出会いにもつながっていきます。

平川さんもこのときに小池さんに褒められたのがきっかけで次の、ご自身にとっては実質的に最初の本となる『反戦略的ビジネスのすすめ』を執筆されることになるんですね。小池さんもたまたま出会ったはずの『東京ファイティング・キッズ』をあのときテレビで取り上げることがなければ、今の平川さんはなかったのかもしれません。


ところで平川さんといえば『言葉が鍛えられる場所』が本になるもととなったサイトで新たな連載が始まっています。タイトルは「見えないものとの対話」。いいタイトルですね。「見えないもの」、英語で言えば「invisible」。

「invisible」といえば是枝裕和さんの『万引き家族』がパルムドールを受賞した時に、審査員長の方が授章式での言葉の中にこの「invisible」という言葉を使ったことに是枝さんが強く反応されていました。「見えないもの」に目を向けることができる人、対話できる人であるかそうでないかは僕にとっても大きな分かれ目のような気がします。


さてその平川さんの「見えないものとの対話」の第2回目が「『まる』のいた風景」

「まる」というのは平川さんが飼っていた犬。いや「飼っていた」というのは正確な言葉ではないのかもしれない。

「まる」のことは昔からいろんなエッセイに書かれていて、今回のエッセイに書かれているエピソードのほとんどは知っているなと思いながら読み進めていたら、最後に思わぬ話が。


 休日の早朝から犬連れの男を迎い入れてくれる店はなかった。
広尾にある大きな公園で、近所にあった犬を入れても大丈夫な喫茶店が開く時間まで時間をつぶした。
 わたしは、毎週末、この店に通うことになった。
 昼の間、何時間も足元に「まる」を座らせて、わたしにはどうやって時間を潰せばいいのか思案に暮れた。
 わたしにとって、最初の著作はこのときに書かれたものであった。

あの『反戦略的ビジネスのすすめ』に、ビジネスの本からはかけはなれた他者に対する慈しみのようなものが感じられたのはそのせいだったんですね。


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by hinaseno | 2018-06-19 15:33 | 文学 | Comments(0)