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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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カテゴリ:文学( 148 )


雨と小雨と雨崎と


今年最初に読んだのは昨年暮れに出た内田先生の『ローカリズム宣言』でしたが、その本と同じ日に買ったのが小泉今日子さんの『小泉放談』でした。『小泉放談』のことはこの日のブログに書いていますね。本が出るのを楽しみにしていたらようやく。こちらは年末から少しずつ読んでいます。

対談相手はすべて女性。50歳を迎える小泉さんが、一足先に50歳を迎えた女性に50歳を迎えた時の話を聞くという趣向ですね。全部で25人。今は8人目を読み終えたところ。

読んだ中で一番面白かったのは樹木希林さんとの対談でしょうか。樹木希林さん、改めてすごい人だなと思いました。


江國香織さんとの対談では小泉さんと江國さんのちょっとした縁の話が。

小泉さんが飼っていた猫に「小雨」という名前をつけていたのは有名ですが、実は江國さんの飼っていた犬の名前がなんと「雨」。江國さんがその犬を店で見つけた日がちょうど雨の日だったので「雨」にしたと。

小泉さんもやはりペットショップに行った帰りに、パラパラっと優しい小雨が降ってきたので小雨にしたそうです。こういうのっていいですね。


雨といえば。

最近は本が本当に読めなくなってきて、まあ原因はいろいろ考えられるけど、一番の原因がネットであることはまちがいがありません。そろそろどうにかしなければと考えているんですが、何か調べようと思ったらネットって便利なんですね。本を読んでいたときに気になる言葉や、とりわけ知らない地名なんかが出てくると、読むのを中断してネットでググったりしてしまうんですね。便利といえば便利ですが、そのついでにいろいろと読んでしまったりするうちにあっという間に時間が経ってしまう。想像の世界だけでとどめておくほうが正しい読み方なんだろうと思いつつ、ついつい。


そういえば河野さんのトークイベントがきっかけで久しぶりに池澤夏樹の『スティル・ライフ』を読み返したんですが、わからない言葉が出てくるとついつい調べてしまいました。たとえばチェレンコフ光とか。こんな光だったんだと初めて知りました。

それから主人公が毎年春になると行っていた雨崎という場所。小説では主人公がある日、たまたま地図を見ていたときにこの地名を見つけて興味を持ったのがきっかけ。県名は書かれていなくて、海に沿って南の方に走る電車に乗って、で、電車を降りてバスに乗ってしばらく行ったところから海に沿って歩いた場所にあると。

想像上の場所かもしれないと思って調べたら、雨崎は実在したんですね。神奈川県の三浦半島の先の方。電車は京急久里浜線のようです。

残念ながらGoogleマップで海岸をバーチャルウォークすることはできなかったけど、写真を見たら『スティル・ライフ』で描写しているとおりでした。池澤さん、雨崎に行ったことがあるんでしょうね。


というわけで、こういうのを調べるだけで30分はかけてしまうことになりました。う~ん、どっちがいいんだろう。


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by hinaseno | 2018-01-05 14:59 | 文学 | Comments(0)

去年の「今年の10冊」


年末に「今年の10曲」とともに「今年の10冊」を選んでいたので、遅くなったけど紹介しておきます。1昨年は確か「3冊」だった気がしますが、まあいいですね。選んだのはこの10冊。たぶん全てこのブログで取り上げたような気がします。条件としては1人の筆者の本は1冊だけとしました。

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左から順番(順位ではありません)に、まずはミシマ社の3冊が並びました。

益田ミリ『今日の人生』。

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』。

河野通和『言葉はこうして生き残った』。

結果的にはこの3冊が去年の「今年の3冊」といえるものになりました。それくらいいろんな形で影響されました。


岡崎武志『人生散歩術』。

木山捷平の章がうれしかったです。


川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』。

『老いの荷風』もよかったけど、岡山や龍野の町を歩いたことが書かれていたので。


『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』。

夏葉社です。この本が出ることを島田さんから聞いた時の喜びといったら。山高さんの言葉もいいし、山高さんが撮られた写真も素晴らしすぎました。


高橋和枝『くまくまちゃん、たびにでる』。

発売されたのはちょうど1年前ですね。これも本当にうれしくて、同時に出た『くまくまちゃん』、『くまくまちゃんの家』とセットにしていろんな人にプレゼントしました。


平川克美『路地裏の民主主義』。

東京に行って隣町珈琲に立ち寄ったときにいただきました。もちろん平川さんにサインをしていただいて。考えたらこの10冊のうち半分の5冊はサイン入り。

太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の入ったアルバムを聴きながら東京に行って、で、この本を開いたら「木綿のハンカチーフ」の章があってびっくりでした。隣の章は「楕円」と「贈与」。まもなくミシマ社から出版される新刊はそこを膨らませた話になるはず。本当に楽しみ。


宮治淳一『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』。

これは最高に面白かったです。奇跡のような話の連続。これを書きあげるために宮治さんがされたはずの綿密な調査にも感心しました。


村上春樹・川上未央子『みみずくは黄昏に飛びたつ』。

村上さんといえば久しぶりに長編『騎士団長殺し』が昨年出て読書の楽しみを堪能しましたが、あれは2冊なのでこちらの川上さんとの対談のほうを選びました。村上さんが対談を心から楽しんでいたことがよくわかります。川上さんの質問が素晴らしくて、結構深い話もしてます。


さて、今年はどんな本に出会えるでしょうか。

ちなみに今年最初に読んだのは昨年暮れに買った内田樹先生の『ローカリズム宣言』でした。『TURNS』という雑誌で連載されていたインタビューをまとめたもの。『TURNS』はなかなか興味深い雑誌でときどき買ったりしていたので、ちょこちょことは読んでいました。

内容的には松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』と重なる部分が多くありました。

最後の方にこんな言葉が出てきます。


 問いは答えを得ると、そのまま「ファイル」されてしまい込まれてしまいます。でも、「なかなか答えに出会えない問い」は「デスクトップ」に置かれたまま、いつもそこにあります。僕たちを知的に活性化し続けてくれるのは、そういう「なかなか答えを得られない問い」です。(中略)
 知性的であるためにもっとも効果的なのは「簡単には答えの出ない問い」を抱え込んでいることです。そして、いつも「喉に魚の小骨がささったような片づかない気分」でいること。「すっきりしないなあ」と思うでしょうけれど、人生とはそういうものなんです。

先日の河野通和さんと松村さんのトークイベントでも、ある質問をされた方にこれと同じようなことを河野さんと松村さんが言われていました。僕はどんな質問にもすぐにずばずば答える人よりも、こういうことを言う人の方を信頼しています。


ところで、昨日、ミシマ社の東京のオフィスで新年会があったそうなんですが、なんとそこに内田樹先生、平川克美さん、小田嶋隆さん、そして河野通和さんが同席されていたとのこと。びっくりでした。内田先生によれば「活字化不能の内輪話」をされたようなんですが、どんな話をされたのか聞いてみたいな。

河野さんに、もう少し僕のセレンディピティ、話しておけばよかった。


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by hinaseno | 2018-01-04 14:55 | 文学 | Comments(0)

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」


実はこの質問と同時にもう一つ別の質問を河野さんにしました。超ベテランの編集者にぶつけるのは失礼にあたるのではないかと思いつつ、あえてした質問でした。

それは松家さんから『考える人』の編集長を引き継ぐとき、松家さんが編集長を務められた最後の号が、村上春樹のロングインタビューが掲載されたためにすごく売れたはずなので(実際ものすごく売れたそうです)、相当のプレッシャーがあったのではないでしょうかということ。

河野さんはまずこの質問に答えられました。全くありませんでした、と。

で、そのことにからめてちょっとしたエピソードを聞かせてもらいました。河野さんが『考える人』の編集長になってしばらくしてある方から手紙が届いたそうです。その手紙にはこんな内容のことが書かれていたそうです。「編集長が変わると普通は雑誌の雰囲気もかなり変わるはずなのに、『考える人』は編集長が変わったということを全く感じさせないというのが素晴らしいですね」と。

それが糸井重里さん。糸井さんは『考える人』を通して河野さんへの信頼を高めていったようでした。


で、この後、セレンディピティのことに。こちらの方はちょっと考えられていました。もちろん河野さんは僕なんかとは比べものにならないほど多くのセレンディピティを本の世界で体験されていることは言うまでもありません。それを知りつつ、僕はとびっきりのものを、と尋ねたんですね。


そして河野さんは少しずつ語り始めました。

「そうですね、やっぱり、さっきの話の中に出てきた人につながる話ですが…」と。

「さっきの話」というのはその前の松村さんとのトークの中で語られた河野さんの大学時代の話。河野さんが行かれたのは東京大学(トークでは東大の名は出なかったはず)の文学部のロシア文学科。ロシア文学科を選ばれたのは変わった人が多いはずだと思ったからだそうです。実際、そこには変わった人が多かったようですが、その中にとびっきり変わった人がいたんですね。

授業には全く出てこなかった人のこと。河野さんがときどき研究室に行ってみると(河野さんもあんまり熱心な学戦ではなかったようです)沖縄の焼酎(泡盛だったっけ?)を1本置いてある。どうやらそれを持ってきているのは同級生の一人だったらしいのですが、一度も顔を会わせることがない。で、そのまま卒業式の日がやってきます。そこで初めてその人に会ったんですね。「あれは君だったのか」ということで、いっぺんに意気投合。卒業後も親しい関係を続けるようになったようです。のちのその人は雑誌『旅』などの編集に携わった後、フリーランスのライターになって、全国の島をめぐって島関係の著書をいくつも出されていると。


トークではその人の名前の名字だけをおっしゃられていたので家の戻って調べてみました。

斎藤潤さん。なんと岩手県出身。これも縁ですね。

縁といえば、もしやと思ってスロウな本屋さんのことが載っている『せとうち暮らし』の20号を見たらなんと斎藤潤さん関係の記事がいくつか。つながっています。


さて、その斎藤さんが『旅』の編集をされていたときに、ちょこちょことエッセイを寄稿されるようになったのが池澤夏樹(池澤夏樹はなぜか「さん」付けしないほうがしっくりくるのでこう表記します)。斎藤さんと池澤夏樹がつながっていくんですね。

ところで河野さんが入社されたのは中央公論社。プロフィールを見ると1978年入社となっています。その中央公論社が発行している『海』という雑誌の1984年5月号に池澤夏樹の初の小説が掲載されます。それが南の島を舞台にしたあの『夏の朝の成層圏』。今気づいたんですが、この小説が掲載されたのは大瀧さんの『EACH TIME』が発売された翌月だったんですね。ただこの作品については河野さんはノータッチのようです。

『夏の朝の成層圏』はその年の9月に単行本になったものの、『沖にむかって泳ぐ』に載った池澤夏樹のインタビューよれば「数人の作家、編集者が注目したけれども、反応は限りなく静かであった」と。

で、池澤さんはしばらく小説から遠ざかります。でも、その池澤夏樹に再び小説を書くように勧めた人がいたんですね。

『沖にむかって泳ぐ』に、こんなことが書かれていました。


「その頃、中央公論の編集者から、『夏の朝の成層圏』はよかったんだから、またちゃんと小説を書かないかとすすめられて、やってみる気になったんです」

この編集者がまさに河野通和さんなんですね。そして河野さんがかなり手を入れる形で書き上げたのが『スティル・ライフ』。

家に戻って調べてみたら、このあたりの話はいろいろとネットに載っていて、今年の初めには河野さんと池澤夏樹のトークイベントも行われたりしていたこともわかったんですが、とにかくこの『スティル・ライフ』につながる話をスロウな本屋で河野さんの口から聞けたのはこれ以上ない喜び。興奮しすぎて、冷静さを失ってしまいました。


河野さんの話はそれだけにとどまらないんですね。河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティは僕にとってもとびっきりのセレンディピティでもありました。


いつの頃からか河野さんと池澤夏樹と斎藤潤さんの間に強いつながりができあがっていたようで、池澤夏樹は斎藤さんからいろんな話を聞いているうちに、とりわけ沖縄に興味を持つようになったようです。もともと池澤夏樹も島好きではあるけれど、沖縄に特別なものを感じたんですね。で、何度か沖縄に通っているうちに、そこに住みたくなり、ついに移住することを決意します。で、その移住の手助けをされたのもまさに河野さんと斎藤さん。いや、もう涙があふれそうでした。


ということなので斎藤さんにも是非お会いしたくなりましたが、なんとなく来年はそういうことが実現しそうな予感もします。「せとうち」つながりで。

予感といえば、来年の1月にはいよいよ待望の平川克美さんの新刊がミシマ社から出ることになります。前にも書いたようにタイトルは『二十一世紀の楕円幻想論』。贈与と縁をめぐる話が語られているはず。

この平川さんと松村さんの対談が実現すればどれだけうれしいだろう、といううれしい予感を書いてこの長い話を終わりにします。


最後は『夏の朝の成層圏』の最後の部分の引用で。


雲の上端はもう光っていない。そわそわと夜風が吹きはじめた。海は静かに砂浜を洗っている。星が……。



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by hinaseno | 2017-12-29 14:52 | 文学 | Comments(0)

スロウな本屋さんでの河野通和さんと松村圭一郎さんのトークイベントは、前日の岡大のときとは違って穏やかで親密な空気の中で行われました。会場となった部屋には柔らかい日差しが降り注いでいました。やっぱり場所って大事ですね。

河野さんと松村さんが会われるのはこれで3度目とのこと。でも、すっかり打ち解けた関係になっていました。もちろんそれぞれの人柄もあってのことですね。前夜はいっしょにワインを飲まれたとか。

参加者は定員いっぱいの約20名。やはりほとんどが女性でした。県外からきた人もいたようです。

これはイベントが始まる前の様子。右が河野通和さん、そして左が松村圭一郎さん。

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前日の岡大での講演はどちらかといえば厳しめの表情が多かった感じでしたが、この日の河野さんはこんなふうに終始笑顔が絶えませんでした。

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もちろんときには厳しい表情になられることも。言葉というものと真摯に向き合い続けられた人ならではという感じで、語られるすべての言葉に感銘を受けました。

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お二人の後ろにずらっと並べられているのは雑誌『考える人』のバックナンバー。

『考える人』が創刊されたのは2002年7月。創刊時の編集長は松家仁之さん。松家さんは33号まで編集長を務められて、そのあとを河野さんが引き継いで60号まで出されて休刊ということになりました。


僕が『考える人』を知ったのは5号くらいのときでしょうか。ある日、どこかの書店でタイトルと表紙の絵(創刊時にずっと使っていたのはサンペというイラストレーターの絵)に惹かれて目がとまったんだと思います。執筆者に池澤夏樹や河合隼雄など僕の大好きな作家が並んでいるのがわかったので即購入。すごく気に入ったので創刊号からバックナンバーをすべて揃え、それから毎号買うようになりました。


10号くらいから内田樹先生が登場されたのはうれしかったですね。大好きな池澤夏樹と内田先生がいっしょの雑誌に載っている、と、こういうのを密かに喜んでしまうのは昔から。後に池澤夏樹と内田先生が『考える人』のパーティで同席されたり、さらには対談をされたりするのをなんともいえない気持ちで眺めていました。


『考える人』の編集長が変わったことはよく覚えています。松家さんが編集長をつとめた最後の号に載ったのが「村上春樹ロングインタビュー」(なんと100ページ)だったんですね。聞き手は松家さん。めったにインタビューを受けない村上さんがあえて引き受けたのは相手が松家さんだったから。懇意にしていた編集者が新潮社をやめることになったのでインタビューを引き受けたんですね。

その33号の最後のページに載っている「編集部の手帖」の最後に松家さんはこう書いています。


 私事になりますが、この最新号が書店に並ぶ直前に、新潮社を退社することになりました。次号からは、先輩編集者である河野通和さんが入社し、編集長を引き継いでくださいます。

もちろん僕はこのとき河野さんという人のことを全く知らなかったわけですが、松家さんが辞められるという段階で廃刊ということになってもやむを得なかったかもしれない『考える人』を引き継ぎ、そのクオリティを全く下げることなく刊行され続けたというのは本当に偉大なことだったと思います。


ところで僕は60号のうちの3分の2くらいは持っていましたが、引越しの時に大量に手放してしまって(大切な本だったのでおひさまゆうびん舎にかなりの数を買い取ってもらったような気がします)今、手元にあるのは10数冊。

そういえばこの秋、おひさまゆうびん舎で開かれていた夏葉社フェアのテーマは「家族」ということで、「家族」にちなんだ本も並べられていたんですが、その中に「家族ってなんだ?」という特集が載っていた『考える人』を見つけて買いました。この号は松村さんの『うしろめたさの人類学』の帯文を書かれた山極寿一さんのロングインタビューが載っているんですね。このときの編集長は河野さん。河野さんの『言葉はこうして生き残った』には山極さんとお会いされた時の面白いエピソードが載っています。


そういえばこの日のトークの途中で松村さんが後ろに並んでいるバックナンバーから1冊を取り出して本立てに置かれたんですね。たまたま松村さんの目に留まったので置いたって感じだったんですが、僕にとっては思い出に残る1冊だったので、おっ!でした。この写真の真ん中に置かれています。

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それは2012年の秋号。特集は「歩く」。「時速4kmの思考」という副題がついています。編集者はもちろん河野さん。

2012年の秋といえば、まさにこのブログを始めた頃。つまり僕は姫路での木山捷平を追いかけ始めた時でした。

木山さんは本当によく歩く人なので、いったいどれくらいのスピードで歩いていたんだろうかと思っていたときにこれを手に取ったんですね。この日のブログで「今朝、たまたま見た本」と書いているのはまさに『考える人』のこの号。こういうのも縁というかセレンディピティというか。


ということで最後の質問コーナーで、そんな僕のセレンディピティの話を少しして、ぜひ訊いてみたいと思っていた質問を河野さんにぶつけました。

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」

と。

そこで飛び出したのが池澤夏樹の名前でした。


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by hinaseno | 2017-12-28 15:55 | 文学 | Comments(0)



 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。

 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。

これは池澤夏樹の『スティル・ライフ』の冒頭部分。今回、ずっと書き続けている話のタイトルはこの中の言葉。1回目に引用したこの会話もやはり『スティル・ライフ』からの引用でした。


「人の手が届かない部分があるんだよ。天使にまかせておいて、人は結果を見るしかない部分。人は星の配置を変えることはできないだろう。おもしろい形の星座を作るわけにはいかないんだ。だから、ぼくたちは安心して並んだ星を見るのさ」
「大熊座が、新しいクマの玩具の宣伝のために作られたわけじゃないからか」

それから先日ちょこっと書いた「チェレンコフ光」というのもこの会話の中に出てきます。


池澤夏樹の『スティル・ライフ』をどういうきっかけで手にしたかは覚えていません。『スティル・ライフ』が芥川賞をとったのは1988年ですが、芥川賞を取ったから読むなんてことはしていなかったし。何かで読んだ丸谷才一さんの書評がきっかけだったような気もします。丸谷さんはデビュー当時から池澤夏樹をとても評価していたので。

『スティル・ライフ』は単行本も文庫本も両方買ったけど、単行本が例によって見当たらない。文庫本の出版年を見ると1991年12月。初版でした。


『スティル・ライフ』は僕にとっては人生の一冊といってもいいかもしれません。特に冒頭の散文詩のような言葉には強い衝撃を受けました。世界の見方が完全に変わったような気すらしました。考えてみると、今、僕がイメージを作りつつある珈琲豆的楕縁の世界にもつながっている気がして、今なお強く影響を受け続けていることがわかります。

作品としてはその前に書かれた『夏の朝の成層圏』が一番好きですが、手に取った回数は圧倒的に『スティル・ライフ』の方が多い。たいていは冒頭部分を読み返していたのですが。


そういえばちょうどひと月前に『スティル・ライフ』のことをちょこっとだけ書いています。そう、余白珈琲さんの話。

余白珈琲さんのInstagramのコメント欄を順番に読んでいたときに『スティル・ライフ』の冒頭部分の引用があって、おおっ!って思ったんですね。

もう何年も前に、僕がツイッターに書いていたものをずっと読み続けていてくれていた人が、ある日、僕が池澤夏樹のことを初めて書いたら(『スティル・ライフ』のことだったかもしれない)、「やっぱり、◯◯さんには池澤夏樹が入っていたんですね。最後のピースがはまった感じがしました」というメッセージをもらったことがあったんですが、余白珈琲さんのコメント欄の『スティル・ライフ』の引用を見たときには、まさにそれと同じ感じを抱きました。小さなピースではなく、かなり大きなピース。


『スティル・ライフ』の衝撃以降、僕は池澤夏樹の本を憑かれたように読み続けました。当時、ちょっとした池澤夏樹ブームがあったようで、1990年代の前半はかなりの本が出たんですね。全部買って読んでいました。完全に「春樹」よりも「夏樹」の時期でした。


池澤夏樹から受けた影響は計り知れなくて、とりわけ次の3つが僕にとって大切な存在になったのは、まぎれもなく池澤夏樹がいたからこそ。

まずはなんといっても星野道夫ですね。星野道夫を知ったのは池澤夏樹の『未来圏からの風』に収められた対談に衝撃を受けたからでした。


それから宮沢賢治。


そして沖縄。

池澤夏樹を熱心に追いかけていたとき、彼は突然沖縄に移住したんですね。最初はすごくびっくりしたけれど、彼の言葉を通じて沖縄のことをいろいろと知り、沖縄が大好きになりました。僕もいつかは沖縄に移り住みたいと思ったくらい(今でもその気持ちは少しあります)。そういえば沖縄に移住した直後のインタビューが載った雑誌があったはずだけど、これも探したけど見当たらない。あの雑誌に載った池澤夏樹の服装を真似ていた時期も。全然似合わなかったけど。


この日のブログにも書いたことですが、僕は一度だけ池澤夏樹の講演に行きました。おそらく1997年か1998年の夏。場所は加古川。

その日は7月7日。「七夕」ですが制定されたばかりの「川の日」にちなんで加古川で開かれたんですね。「川の日」というのが制定されたことはその講演で初めて知りました。


冒頭、池澤夏樹がこう言ったんですね。

「実は今日は僕の誕生日なんです」と。

正直、震えるくらいにびっくりしました。なぜならば…、と書こうと思ったけど、やっぱりそれは書かないでおきます。でも、七夕という星に願いをかける日に、なんて奇跡なことが起こるんだろうと体が震えたことを覚えています。


で、先日、そのときと同じくらに体が震えてしまうことが起きたんですね。そう、スロウな本屋でのイベントで河野さんの口から驚くことが語られたんです。

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by hinaseno | 2017-12-26 15:04 | 文学 | Comments(0)

4月20日に発売される益田ミリさんの『今日の人生』についてもう少し。みんなのミシマガジンでは『今日の人生』特設ページというのが作られて、『今日の人生』に関する興味深い話がちょっとずつ明かされています。

かつて大瀧さんの『EACH TIME』が出るときに、その発売の数ヶ月前から「EACH TIMES」という新聞が出て少しずつ内容を明かしていたことを思い出しました。こういうのって、ただ発売される日を待つだけとは違う楽しみを味わうことができますね。


昨日アップされた空白のセリフ(スピーチ・バルーンですね)が描かれた少しだけ未来の「今日の人生」も面白くて、しばらく考えていました。

「今日の人生」は基本的に話の最後は「…だと思った今日の人生」という形で終わるので、その形にしようと思うのだけどなかなか難しい。でも、本が発売されて手に入るまでには一つくらいは考えておきたいですね。


一昨日にアップされているのは予約特典の写真のこと。

ミリさんは写真もいいんですね。たとえばこれは『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』の中に収録された「思い出アルバム」。

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エッセイを読んだあとで、写真を見ると結構面白いです。兵庫県は「たんば黒豆入りくずもち ふと見かけて、買ってすぐ食べた」と。

ミリさんが兵庫県に来たのは2005年7月中旬。場所は姫路! 

ミリさんは新幹線で姫路にやって来て姫路駅から姫路城に向かいます。ということなので、おひさまゆうびん舎の前を通っていますね。ただし12年前なのでおひさまゆうびん舎はまだできていないけど。今のおひさまの場所にあったツリーハウスはできていたんでしょうか(窪田さんは働いていたのかな?)。

お城を見た後に行ったのが県立歴史博物館と姫路市立動物園。なんと、あの動物園に行ってるんですね。ただし残念ながら動物園の感想はありません。

僕はこの動物園のすぐ近くに住んでいたことがあるので、平日に、客の全くいない動物園にもちょこちょこ行っていました。あるいはそばの美術館の庭のベンチに腰掛けて本を読んだりCDウォークマンで音楽を聴いたりしていました。なぜかハリー・ニルソンとクローバーズを聴いていたことだけよく覚えています。ああ、なつかしい。

ミリさんはこの後商店街を歩いて「果物屋の2階のフルーツパーラー」に入ってフルーツサンドを食べ、デパ地下に行って惣菜を買ったりしたようですが「たんば黒豆入りくずもち」の話はどこにもなし。どこで買ったんだろう。


ということで、『今日の人生』の特典の写真もとても楽しみ。収録されているマンガと関係のある写真なのかどうかも気になります。

で、ミシマガジンにはこんなことが書かれていました。


この限定365部を運良くゲットされた方はぜひ、「今日の写真」をTwitter、Facebook、instagramなどSNSにアップして、共有してもらえるとうれしいです。
 いったいどんな365枚なんでしょう? 1年分をまとめて見てみたいですね!
 どの写真がどの方の手にわたったのか...こっそり、益田ミリさんが覗いているかもしれません。
 さてSNSでの共有のときですが
 #今日の人生
 とハッシュタグをつけてもらえると、よりわかりやすくてうれしいです。ミシマ社メンバー、かならずコメントいたしますよ!(えっ、いらないですか?)

ということですが、やっぱり実物を見せ合いたいですね。

おひさまゆうびん舎で買った人だったらそれが可能だと思うので、ぜひぜひおひさまで300冊くらい注文して、みんなで写真を見せ合いましょう。「『今日の人生』を語り合う会」というのをやってもいいかもしれないですね。あの空白のセルフをそれぞれが自分なりに考えてきて披露し合うとか。


といういろんな楽しみを考えていた今日の人生。


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by hinaseno | 2017-04-05 12:19 | 文学 | Comments(0)

前にも書きましたが、設立当初から応援している出版社の一つであるミシマ社がウェブ上で毎日更新しているミシマガジンは、始まった当初からほぼ毎朝のぞいています。当初はなんといっても内田樹先生の「凱風館日乗」と平川克美さんの「隣町探偵団」が更新されるのを楽しみにしていましたが、このサイトを通じて何人もの人を知っていきました。

なかでもとりわけ好きになったのが、毎月、月末に更新される益田ミリさんの「今日の人生」。益田ミリさんというマンガ家のこともこれで知りました。今では大ファン。


つい先日、3月30日に更新されたのがこれ

ここで、「今日の人生」が単行本になって4月20日に発売されることが書かれていたんですね。わおっ、でした。

それだけでなく、ミリさんが撮った写真を365部限定で発売記念の特典として付けるというようなことが書かれていて。これは絶対にほしいと。

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↑ということなので、待っていたら昨日ミシマ社から告知。ここでまたさらに驚き。

予約できる店が全国で16書店限定ということで店のリストをみていたら、大書店や超有名書店がずらりと並ぶ中に、なんと! 姫路のおひさまゆうびん舎の名前が。兵庫県でただ一つ。岡山には一つもなし。

こんなことを言ってはあれですが、おひさまはミシマ社の本を常時扱っているわけではないし、ミシマ社の本を常設している店でもリストには載っていないのに…。

ミシマ社の人はよくわかっているんですね。なんだか自分のことのように嬉しくなりました。

ということで、みなさん、ぜひ、おひさまゆうびん舎に予約しましょう。素晴らしい本であることは僕が保証します。

店ごとの予約数の振り分けは特にないみたいなので、全国でいちばん予約の数が集まる店になったらいいですね。


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by hinaseno | 2017-04-02 15:44 | 文学 | Comments(0)

「粗茶ですが……」


昨日、3月6日は小山清の命日ですね。おひさまゆうびん舎のブログには連翹の花の話が書かれていました。小山清が亡くなったとき庭には連翹の花が咲いていたということ、その連翹は木山捷平が小山清に贈ったという。ちょっと忘れていました。

前者は小沼丹の「連翹」(『埴輪の馬』に収録)というエッセイに、後者は井伏鱒二の「小山清の孤独」(『荻窪風土記』に収録)というエッセイに書かれています。で、久しぶりに、小沼丹の「連翹」を読みました。何度読んでもいい話です。

小山清が井の頭公園の近くに住んでいたときに、家を訪ねて行ったときの話が素敵なのでちょっと紹介します。そのとき小山清は古い家の二階の一部屋を借りていたようで、まだ独身。


その小さな部屋は綺麗に片附いてゐたような気がする。それから、小山さんが茶を出して呉れて、
ーー粗茶ですが……。
 と云つて、自分から可笑しさうに笑つたのを憶えてゐる。普段口数の尠い小山さんが、粗茶ですが、なんて云ふと一種の感じがあつた。
 もう一つ憶えてゐるのは、小さな本棚に本が並んでゐるが、その一冊一冊に小山さんの愛情が籠つてゐるやうに見えたことである。一冊一冊が、大事にされてゐる本と云う顔で並んでゐて、この感じは悪くなかつた。

なんでもないエピソードですが、どちらも小山清の人柄がくっきりと出ていて、なんとも微笑ましいですね。


それはそうと、木山さんが小山清に連翹の木を贈ったことは、木山捷平の何かのエッセイに書かれているんだったっけ? 木山さんのエッセイや小説には、人からいろんな木をもらったり、あげたりする話はよく出てきているけど。また調べてみよう。


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by hinaseno | 2017-03-07 14:32 | 文学 | Comments(0)

スロウな本屋へ(2/2)


スロウな本屋さんは、ナビを使わなければわからない、まさに隠れ家のような場所にありました。

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近くの大きな道は車で何度も通っていたけど、一歩入ったところにこんな場所があったとは。なんともいい場所、いい家を見つけたものです。店主の小倉さんからこの家を見つけた話もうかがいましたが、とても興味深い話でした。いいものを見つける眼と、確かな感覚を持った人とつながる力(運)をお持ちのようです。

ちなみに小倉さんの出身地は和気。山陽線の駅でいえば三石のとなりのとなり。和気清麻呂さんの和気です。

さて、古い民家を改装した店内もなんとも素敵でした。その名の通り外の世界とは隔絶されたスロウな時間が流れていて、いつまでもいたくなるような場所。

玄関から建物に入って(靴を脱いで上がります)最初に目に飛び込むのがこのスペース。

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もともと押入れがあった場所を改装してるんですね。絵本中心の児童書がずらっと並んでいて(星野道夫の本はこちらにいくつかありました)、子供達は下のスペースで、ゴロゴロしながら絵本を読めるようになっています。子供が喜ぶような工夫も。行ってのお楽しみです。

アラジンのストーブが置かれている奥の部屋には基本的には大人が読む本が並んでいます。

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とはいっても、僕が行っていたときには母親に連れられた4~5歳くらいの女の子がこっちの部屋にも入ってきていろんな本に手を伸ばしていました。場所も、そして本も区別があってないようなもの。

ジャンルは多岐にわたっていますが、店主の確かな考えが伝わってくるような本が並んでいます。持っている本もあれば、ネット等で目にして気になっていたものの実際に手に取る機会がなかったような本もいっぱい。小さな声で語られる、ささやかだけれど大切なこと特別なことが書かれているはずの本ばかり。全て新刊ですがこれだけの本をよく集められたなと感心しました。大きな書店に行けば置かれているのかもしれませんが、いろんなコーナーに足を運ばなければならないし、たくさんの本の中から気づくのは大変そう。

平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』は平積みにされていました。Facebookやサイトの紹介ページで取り上げたら反響があったようで、かなりの数が売れたそうです。ちなみに平川さんのことは『小商いのすすめ』を読んで好きになられたとのこと。店にはほかにも『「消費」をやめる』や『何かのためではない、特別なこと』がありました。そういえば僕がサウダージ・ブックスから出版された原民喜の『幼年画』を読んだきっかけは平川さんの『何かのためではない、特別なこと』に収録された書評でした。

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ところで、店主の小倉さんも昨年の秋に旧内山下小学校で開かれた建築家の光嶋裕介さんと岡山大学文学部准教授の松村圭一郎さんとミシマ社代表の三島邦弘さんによるトークイベントに行かれていたそうで、どうやらその日にミシマ社さんとの縁ができたようで、昨日は岡大で三島さんと松村さんとトークイベントを行われたようです。行きたかったけど時間の都合が合わず行けませんでした。どんな話がされたんでしょうか。またお店の方に伺って聴いてみようと思います。


ところでスロウな本屋さんで買った本を一つだけ紹介。児童書の部屋で買ったこの『赤い蝋燭と人魚』(小川未明 文 酒井駒子 絵)。

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実はこの『赤い蝋燭と人魚』には苦い思い出があって、それを書くと話が長くなるけど一応書いておきます。

話は中学3年生の夏休み明けのこと。その日は死ぬほど嫌いだった読書感想文の発表会。読書感想文って本当に読書嫌いにしますね。しかもその発表会のようなものがあったから最悪でした。読書感想文の発表会のたぶん最後くらいに、一人の女の子が読んだ本が紹介されました。彼女はとてもおとなしい子。今思えば、ちょっと知恵遅れの子だったかもしれない。勉強もまったくできなくて、授業中にその子があたると授業が進まなくなってしまう。

その子が紹介したのが『赤い蝋燭と人魚』の絵本でした。

先生がその本を出したときに「絵本じゃん。ずるい」とクラスのだれかが言いました。するとあちこちから「ずるい、ずるい」の声。僕が「ずるい」という声を発した中のひとりにいたかどうかは覚えていないけど(最初に「絵本じゃん。ずるい」と言ったのが僕かもしれない)、心の中で中学3年生にもなって絵本の感想文を書くなんてとちょっとばかにした気持ちになっていました。

彼女は真っ赤になってずっとうつむいていたけど、そのうちに泣き出してしまいました。たぶん先生は絵本でも素晴らしい本があるんですとか言っていたはずだけど、その声はクラスの多くの人間には届くことはありませんでした。

覚えているのはこれだけ。でも、この日のことがなんとも苦い思い出としてずっと残っているんですね。何かあるたびに思い出してしまう。きっとクラスの人はみんな忘れてるだろうけど。当事者だった彼女はどうなんだろう。


それから何年かたったある日、たぶんどこかの図書館で『赤い蝋燭と人魚』を目にして、あの日の苦い思い出がよみがえって、ちょっと手にとって読んだらなんだか気持ちの悪い話ですぐに本を戻してしまいました。


一昨年に高橋和枝さんが絵を描かれた『月夜とめがね』の話が素晴らしくて作者の小川未明のことが気になって、本の最後のページの作者の紹介のところを見たら最初に書かれていたのがまさに『赤い蝋燭と人魚』。これは機会があればきちんと読まなければと思いました。

で、また『赤い蝋燭と人魚』のことをちょっと忘れていたのですが、先日読んだ『小泉今日子 書評集』に取り上げられていたのが酒井駒子さんが絵を描かれた『赤い蝋燭と人魚』でした。これは絶対に読まなくてはと思っていたときにスロウな本屋さんで出会ったんですね。

あの日以来初めて手にとってきちんと読みましたが、すごい話でした。こんな深い悲しみをたたえた物語だったとは。あの当時、中学3年だった彼女はこの悲しみを受け止めることはできたんだろうかと思いました。いや、できたからこそ感想文に書くことができたんでしょうね。それは当時の僕はとても受け止めることのできない質の悲しみでした。

ところで、こんなことを書きながら僕はその彼女の顔を今思い出すことができない。アルバムを見てもわからない。彼女は一体誰だったんだろう。これは実際に起こった話だったんだろうか。何か記憶を封印しているような気がする。やはりあのとき最初に「絵本じゃん。ずるい」と言ったのは僕だったのかもしれない。


というわけで、次回は予告していた話に戻ります。


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by hinaseno | 2017-02-09 13:27 | 文学 | Comments(0)

スロウな本屋へ(1/2)


初めての本屋に足を運ぶのはいつになっても心がワクワクします。もちろん何度も足を運んでいる本屋に行くのもやはりワクワクするけど、その1.5倍くらいのワクワク感がありますね。


先日、スロウな本屋という本屋さんに行ってきました。場所は岡山市内の中心部の、ちょっとややこしいところ。2年前にオープンしていたそうですが知りませんでした。きっかけはこの『せとうち暮らし』という雑誌。

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そういえば結局書くことができなかったけど、昨年の暮れに久しぶりに神戸の元町に行った時に立ち寄ったのが1003という書店。近くに住んでいればきっと何度も通いたくなるようなとっても素敵な本屋でした。そこで買った本の一つが『瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集』。出版社はサウダージ・ブックス。この出版社、以前、原民喜の『幼年画』を倉敷の蟲文庫さんで買ったときから目をつけていました。サウダージ・ブックスは夏葉社と同じひとり出版社。でも、サウダージ・ブックスの本、なかなか普通の書店ではみかけないんですね。ちなみに『瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集』の選者は夏葉社から出版された上林暁の2冊の本と同じ山本善行さん。ということで悪かろうはずがありません。

1003には普通の書店には置かれていない、あるいは置かれていてもなかなか気づかないような本が並べられていましたが、真ん中のカウンターに近い長机に並べられていたのが『せとうち暮らし』という雑誌でした。たぶん創刊号から全部あったはず。ちょっと手にとってパラパラと見たらとてもいい本であることがわかりました。本当はゆっくり見たかったのですが時間がなかったのと、その前に立ち寄ったいくつかの本屋&レコード店でかなりの買い物をしていたので、また改めてということにしました。

で、戻って近くの書店に行ったら雑誌のコーナーに『せとうち暮らし』があったので購入。出版社は瀬戸内人。どうやらサウダージブックスという一人出版社をされていた方はこの瀬戸内人という出版社に入られたようで、絶版になっていた原民喜の『幼年画』も瀬戸内人から再版されています。

さて、この『せとうち暮らし』の最新号で紹介されていたのがスロウな本屋さんでした。場所は吉備路文学館の近く。ちょっと気になってサイトを覗いたらこれがびっくりだったんですね。こちらです。

まず目に飛び込んだ写真がこれ。

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下の段のいちばん向こう側に置かれているのは昨年度に僕が読んだ本の中でいちばんよかったと思っている平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』。その上には昨年復刊されたメイ・サートンの『独り居の日記』。そして手前には『須賀敦子の手紙』。

実は昨年暮れに姫路のおひさまゆうびん舎さんで開かれていた「私の本棚」展に僕の本棚の写真も貼っていただいていたのですが、どちらかといえば古い本を並べている中に、須賀敦子、高峰秀子とならべてメイ・サートンの『独り居の日記』を入れたんですね。その部分。

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この本に気がついて、へ~って思ってくれる人が一人でもいてくれたらうれしいなと思って、あえてメイ・サートンの『独り居の日記』を入れました。ちなみに川本三郎さんのエッセイ集『ひとり居の記』はそこからとられているんですね。そのメイ・サートンの『独り居の日記』と平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』が上下に並んで置かれているわけですから、とにかく驚いてしまいました。これは行かないわけにはいきません。というわけで、先日、久しぶりに気持ちよく晴れた日に、店からは結構遠い場所に車を駐めて歩いて行ってきました。


ところでそのスロウな本屋さんのサイトのイベントのところを見たらメイ・サートンの『独り居の日記』を定期的にされるとのこと。素晴らしいですね。参加したいな。


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by hinaseno | 2017-02-08 14:40 | 文学 | Comments(0)