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by hinaseno
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カテゴリ:文学( 153 )


「詩ぃちゃん Vol.2.5」


ひと月ほど前、おひさまゆうびん舎でいただいた「詩ぃちゃん」というフリーペーパーのことを紹介しましたが、その「詩ぃちゃん」の「Vol.2.5」号ができて、それがコンビニのネットプリントで印刷できることがわかったので、早速コンビニへと向かいました。


でも、ネットプリントって初めてだったので、どこのコンビニに行ったらいいのか、どうやってやればいいのかよくわからず、とりあえず家からいちばん近いファミリーマートへ。でも、できなかったんですね。店の人にも手伝ってもらって、いろんな可能性を試してみましたが何度やってもダメ。

仕方なく、次はローソンに。でも、ここでもやはりダメでした。

困っちゃったなと思って、一旦家に戻ってちょっと調べてみたら、どうやらセブンイレブンでやれそうなことがわかったので、近くのセブンイレブンに行ってやってみたらうまくできました。

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ってことで、ちょっと手間取って手に入れた「詩ぃちゃん Vol.2.5」、初めて読んだVol.2同様に、心に響く言葉、表現があちこちにちろばめられていて、読んでいて幸せな気持ちになります。きっと彼女自身が言葉を綴ることに心から幸せを感じているからなんでしょうね。


ところで今回の「詩ぃちゃん」はVol.3ではなくVol.2.5。前回のVol.2の最後に掲載されていた「詩ぃちゃん通信」は前回がVol.1だったので、今回はVol.1.5。こういうスキマ感がいいですね。


今回も、一人の詩人を取り上げていました。

粕谷栄市。

恥ずかしながら知りませんでした。でも、どこか親しみを覚えてしまうのは、いうまでもなく名前が「えいいち」だから。

彼の詩に関して彼女はこう表現しています。


「この世らしくない、でありながら、とても身近な出来事のような気もするし、ともすれば現実よりも現実めいているような、そんな世界。温度と湿度があり、この世の匂いがします」

いい表現。

彼女が紹介している『世界の構造』、また、どこかで見つけたら手に取ってみようと思います。これも縁なので。

Vol.3では誰を紹介してくれるのか楽しみですね。


「詩ぃちゃん Vol.2.5」。セブンイレブンでネットプリントできます(セブンイレブンだけなのかどうかはわからないけど)。やり方がわからなければ店員さんに聞けば、きっと教えてくれるはず。印刷代は60円。予約番号は7SF3KC4Q。有効期限は4/28とのことです。


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by hinaseno | 2018-04-17 13:02 | 文学 | Comments(0)

『夢で逢えたら』の話がいつまで続くのかわからないので、ときどきは別の話を。後回しにしているうちに忘れてしまう可能性もあるので。


先日「詩ぃちゃん」を紹介した時に触れた木下杢太郎の「珈琲」という詩のこと。これが収録された本を手に入れようと、最初は現在出ている岩波文庫の『木下杢太郎詩集』にしようかと思ったんですが、大正8年にアララギ発行所から出版された『食後の唄』という詩集の装幀が素敵なことがわかり、それを手に入れようとしたのはいいけれど、値段が高すぎで無理だなと。ところがその復刻版が出ていたことがわかったんですね。ってことでそちらを入手しました。

届いたらとってもかわいらしい本(装幀は小糸源太郎)。先日届いたばかりの塩屋で焼かれた余白珈琲さんの豆を挽いた珈琲を飲みながら毎朝少しずつ読んでいます。いい香り。香り、伝えたいです。

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これが「珈琲」の詩。中も最高です。昔はこんなにも心のこもった本作りがされていたんですね。

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「珈琲」の次には「五月」と題された詩があって、この詩もよかったので貼っておきます。郊外を歩いたときの風景を描いた詩。こういう詩、大好きです。木山捷平にもそういう詩が多いですね。

そういえば「五月」といえば世田谷ピンポンズさんにも「五月」という曲があって、先日のライブでもアンコールで歌われました。五月はピンポンズさんの誕生月ですね。

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by hinaseno | 2018-03-24 09:45 | 文学 | Comments(0)

「詩ぃちゃん」というのは三重県に住んでいる女子高生が作ったフリーペーパー。タイトルからわかるように詩に関する話がつづられています。僕がおひさまゆうびん舎でもらったのはその「vol.2」。「vol.2」で出会うのもナイアガラ的な感じでいいですね。

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「詩ぃちゃん」のことをどういうきっかけで知ったかは忘れてしまいましたが、僕が日々チェックしている文学に関して信頼している方々のブログで紹介されていたりして気になっていました。関西の古本屋さんを中心に置かれているのかな。

第1号が出たのは昨年8月。

10月におひさまゆうびん舎に行ったときに、帰った後で窪田さんから「詩ぃちゃん」を見せたかったということを言われて、次に行ったときにはぜひと思っていたけど、次に行ったときにも忘れていたんですね。

今回ようやく。


家に戻ってすぐに読みましたが、素晴らしいの一語。

今、詩というものをこれほどに愛している高校生がいること、さらにその思いを素直な生き生きとした言葉で表現できていることに心から感動しまいました。

茨木のり子と吉野弘という二人の詩人を取り上げていましたが(僕も二人とも好きです)、吉野さんの作品で紹介された「夕焼け」というのはつい先日読んだばかりでした。いい詩なんですね。

詩を紹介した後、彼女はこんなことを書いています。


励まされたってどうにもならない。そう感じるような荒んだ心の時、励ましてこないからこそこの人の言葉は貴重です。

いい言葉ですね。今の高校生は、安易な励まし合いと共感の言葉で生きているように思ってしまうところがありますが、そういうのとは違う世界の言葉を励みにして日常を過ごしている高校生がいるということに希望のようなものを感じました。


最後に「懐かしく思い出される詩」を二篇紹介しています。そのうちの一つが山村暮鳥の「雲」。これも大好きな詩。たぶん中学校の時に出会ったはずですが、空を見上げては何度も暗唱した思い出があります。雲好きになるきっかけを与えてくれた詩だったかもしれません、まさに僕にとって「懐かしく思い出される詩」でした。


彼女にはぜひ木山捷平の詩を読んで、その感想を聞かせてもらいたいです。きっと気に入ってくれるはず。小池昌代さんの詩とかも読んでいるかな。


そういえば1号では木下杢太郎の「珈琲」という詩を紹介していたんですね。びっくり。彼女のフリーペーパーはすぐになくなってしまうみたいですが、どこかに残っていないかな。


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by hinaseno | 2018-03-19 13:23 | 文学 | Comments(0)

今日は朝からずっとブログにアクセスできない状態が続いていて、さっきようやくアクセスできたので、いつもより遅い時間ですが更新しておきます。


先日、おひさまゆうびん舎に行ったときに”あるもの”をいただきました。もう少しでもらいそびれるとこだったんだけど。

それがおひさまに置かれていることを知って、今度行ったら絶対にもらおうと思っていたのに、「それ」が何だったのかすっかり忘れてしまったんですね。情けないことに。行ったら何かをもらおうとだけは覚えていて。

おひさまに向かう車の中でも考え、ピンポンズさんのライブが行われているときにも考え…。


結局ライブも終わり、諦めて帰ろうかな、と。でも、その前に一度行ってみたかった大陸へ余白珈琲のお二人を誘って行きました。商店街を通って、大陸のある路地に入ろうとしたとき、楕円形の曲げわっぱを売っている店が目に入ってびっくり。「楕縁」だなと笑ってしまう。


余白珈琲さんはライブの二日前に塩屋へ引っ越し、前日に入籍。ひと月半ほど前の1月の下旬に岡山の長船のうどん屋さんで会って話をしたときからは想像もつかない展開。ちょうどタルマーリーの渡邊さんの講演が始まる直前におひさまゆうびん舎で世田谷ピンポンズさんのライブが3月10日にあることを知り、一緒に行こうよってことですぐにおひさまさんに予約を入れたのですが、まさかその3月10日をこんな形で迎えることになろうとは思いもよりませんでした。

余白珈琲さんの塩屋との出会いとかの話を聴いて、その「行き当たりばったり」な感じとかいくつもの「たまたま」を聞いていると楽しくて仕方がなかったです。しかも早くも塩屋の人(『旧グッゲンハイム邸物語』の著者である森本アリさんとも!)との、いい形のつながりを作っていてびっくりやらうらやましいやら。


そんな話を聞きながら、頭の片隅ではおひさまさんでもらおうと思っていたもののことを考え続けていて、余白珈琲さんと別れた後、そのまま帰ろうかとも思ったんですが、もしかしたらもう一度おひさまさんに行ったら思い出せるかもしれないなと思って、店の方に行きました。

でも、閉まってたんですね。休憩に出られたかなと思って、ダメ元でノックしたら窪田さんがいて、中に入れてもらいました。今回の「三月の便り」というライブに合わせて行っていた「手紙をそえて もうひとつの物語」というフェアで並べられていた中で前から欲しかった川上弘美さんの『このあたりの人たち』を買って、しばらく話をして、もうそろそろと思ったときに思い出したんですね。


ああ、「詩ぃちゃん」だと。


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by hinaseno | 2018-03-18 17:43 | 文学 | Comments(0)

その日暮らしの哲学


3日ほど前から平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』の再読を始めました。一回目もかなりゆっくり読みましたが、さらにゆっくりと言葉をかみしめるように読んでいます。

それにしても再読っていいですね。最近はめったにしない、というかできなくなりました。再読したい本はいっぱいあるのに。


ところで『21世紀の楕円幻想論』を読み返しながら、読んでいるときの感触が何かに似ているなと思って何だろうと考えて気がつきました。ああ、これは木山捷平の作品に似ているなと。

たとえば「まえがき」の冒頭の言葉。


 一年前に、会社を一つ畳んだ。
 そのために、会社が借り受けていた銀行やら政策金融公庫からの借金を一括返済せねばならず、家を売り、定期預金を解約し、借り受け金額を返済し、結局、全財産を失った。
 同じころ、肺がんの宣告を受け、入院、手術で、右肺の三分の一を失った。

で、「まえがき」の最後はこんな言葉で締めくくられています。


 やむを得ず、その日暮らし。
 それもまた、味わい深い。

あるいは第1章の最初の方には、


 借金ぐらい何とかなるわ、秋の空。

とか。

本当はもっと深刻になっていいはずなのに、この飄々とした感じはなんとも木山捷平的です。


『21世紀の楕円幻想論』の副題は「その日暮らしの哲学」ですが、考えてみたらその日暮らしって、木山さんの人生そのもの。そして木山さんの作品はまさに「その日暮らしの哲学」にあふれているんですね。お金がない話がほとんど。人から金を借りる話もいたるところに出てきます。

その一方で贈与の話も多いんですね。もらうことも多いですが(くれた相手もたいていは貧しい)、あげることもある。

あるいはこんな詩もあります。タイトルは「ふらふらと」。昭和2年、木山さんが姫路にいたときに書いた詩です。何度か紹介していますね。


たつた一つしかない猿股を
洗つてほしておいたら
ぬすまれた。
仕方はない!
なんにもはかないで
ふらふらと
職をさがしてあるいた。
十月ももう末の頃
秋風が股からひやひやと
ひとへものでは寒かつた。

たった一つしかない猿股がぬすまれたのに「仕方がない!」と。ぬすんだ相手にゆずってやったと納得している。相手が自分よりもさらに貧しいのをわかっているんでしょうね。

このとき木山さんは23歳。大人です。


そういえば僕は木山さんの作品に関しては何度か行っているように初期の、東京と岡山(笠岡)を行き来していた頃の作品が好きなんですね。つまり都会と田舎の両方があったからです。まさに楕円ですね。


さて、東京の方では平川さんの『21世紀の楕円幻想論』にからめて『21世紀の楕円幻想論』刊行記念選書フェアというのをされているみたいですが、もし岡山で選書フェアをされるのであればぜひ木山捷平の作品を並べてほしいなと思っています。どこかでやってくれないかな。


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by hinaseno | 2018-03-07 15:08 | 文学 | Comments(0)

雨と小雨と雨崎と


今年最初に読んだのは昨年暮れに出た内田先生の『ローカリズム宣言』でしたが、その本と同じ日に買ったのが小泉今日子さんの『小泉放談』でした。『小泉放談』のことはこの日のブログに書いていますね。本が出るのを楽しみにしていたらようやく。こちらは年末から少しずつ読んでいます。

対談相手はすべて女性。50歳を迎える小泉さんが、一足先に50歳を迎えた女性に50歳を迎えた時の話を聞くという趣向ですね。全部で25人。今は8人目を読み終えたところ。

読んだ中で一番面白かったのは樹木希林さんとの対談でしょうか。樹木希林さん、改めてすごい人だなと思いました。


江國香織さんとの対談では小泉さんと江國さんのちょっとした縁の話が。

小泉さんが飼っていた猫に「小雨」という名前をつけていたのは有名ですが、実は江國さんの飼っていた犬の名前がなんと「雨」。江國さんがその犬を店で見つけた日がちょうど雨の日だったので「雨」にしたと。

小泉さんもやはりペットショップに行った帰りに、パラパラっと優しい小雨が降ってきたので小雨にしたそうです。こういうのっていいですね。


雨といえば。

最近は本が本当に読めなくなってきて、まあ原因はいろいろ考えられるけど、一番の原因がネットであることはまちがいがありません。そろそろどうにかしなければと考えているんですが、何か調べようと思ったらネットって便利なんですね。本を読んでいたときに気になる言葉や、とりわけ知らない地名なんかが出てくると、読むのを中断してネットでググったりしてしまうんですね。便利といえば便利ですが、そのついでにいろいろと読んでしまったりするうちにあっという間に時間が経ってしまう。想像の世界だけでとどめておくほうが正しい読み方なんだろうと思いつつ、ついつい。


そういえば河野さんのトークイベントがきっかけで久しぶりに池澤夏樹の『スティル・ライフ』を読み返したんですが、わからない言葉が出てくるとついつい調べてしまいました。たとえばチェレンコフ光とか。こんな光だったんだと初めて知りました。

それから主人公が毎年春になると行っていた雨崎という場所。小説では主人公がある日、たまたま地図を見ていたときにこの地名を見つけて興味を持ったのがきっかけ。県名は書かれていなくて、海に沿って南の方に走る電車に乗って、で、電車を降りてバスに乗ってしばらく行ったところから海に沿って歩いた場所にあると。

想像上の場所かもしれないと思って調べたら、雨崎は実在したんですね。神奈川県の三浦半島の先の方。電車は京急久里浜線のようです。

残念ながらGoogleマップで海岸をバーチャルウォークすることはできなかったけど、写真を見たら『スティル・ライフ』で描写しているとおりでした。池澤さん、雨崎に行ったことがあるんでしょうね。


というわけで、こういうのを調べるだけで30分はかけてしまうことになりました。う~ん、どっちがいいんだろう。


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by hinaseno | 2018-01-05 14:59 | 文学 | Comments(0)

去年の「今年の10冊」


年末に「今年の10曲」とともに「今年の10冊」を選んでいたので、遅くなったけど紹介しておきます。1昨年は確か「3冊」だった気がしますが、まあいいですね。選んだのはこの10冊。たぶん全てこのブログで取り上げたような気がします。条件としては1人の筆者の本は1冊だけとしました。

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左から順番(順位ではありません)に、まずはミシマ社の3冊が並びました。

益田ミリ『今日の人生』。

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』。

河野通和『言葉はこうして生き残った』。

結果的にはこの3冊が去年の「今年の3冊」といえるものになりました。それくらいいろんな形で影響されました。


岡崎武志『人生散歩術』。

木山捷平の章がうれしかったです。


川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』。

『老いの荷風』もよかったけど、岡山や龍野の町を歩いたことが書かれていたので。


『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』。

夏葉社です。この本が出ることを島田さんから聞いた時の喜びといったら。山高さんの言葉もいいし、山高さんが撮られた写真も素晴らしすぎました。


高橋和枝『くまくまちゃん、たびにでる』。

発売されたのはちょうど1年前ですね。これも本当にうれしくて、同時に出た『くまくまちゃん』、『くまくまちゃんの家』とセットにしていろんな人にプレゼントしました。


平川克美『路地裏の民主主義』。

東京に行って隣町珈琲に立ち寄ったときにいただきました。もちろん平川さんにサインをしていただいて。考えたらこの10冊のうち半分の5冊はサイン入り。

太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の入ったアルバムを聴きながら東京に行って、で、この本を開いたら「木綿のハンカチーフ」の章があってびっくりでした。隣の章は「楕円」と「贈与」。まもなくミシマ社から出版される新刊はそこを膨らませた話になるはず。本当に楽しみ。


宮治淳一『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』。

これは最高に面白かったです。奇跡のような話の連続。これを書きあげるために宮治さんがされたはずの綿密な調査にも感心しました。


村上春樹・川上未央子『みみずくは黄昏に飛びたつ』。

村上さんといえば久しぶりに長編『騎士団長殺し』が昨年出て読書の楽しみを堪能しましたが、あれは2冊なのでこちらの川上さんとの対談のほうを選びました。村上さんが対談を心から楽しんでいたことがよくわかります。川上さんの質問が素晴らしくて、結構深い話もしてます。


さて、今年はどんな本に出会えるでしょうか。

ちなみに今年最初に読んだのは昨年暮れに買った内田樹先生の『ローカリズム宣言』でした。『TURNS』という雑誌で連載されていたインタビューをまとめたもの。『TURNS』はなかなか興味深い雑誌でときどき買ったりしていたので、ちょこちょことは読んでいました。

内容的には松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』と重なる部分が多くありました。

最後の方にこんな言葉が出てきます。


 問いは答えを得ると、そのまま「ファイル」されてしまい込まれてしまいます。でも、「なかなか答えに出会えない問い」は「デスクトップ」に置かれたまま、いつもそこにあります。僕たちを知的に活性化し続けてくれるのは、そういう「なかなか答えを得られない問い」です。(中略)
 知性的であるためにもっとも効果的なのは「簡単には答えの出ない問い」を抱え込んでいることです。そして、いつも「喉に魚の小骨がささったような片づかない気分」でいること。「すっきりしないなあ」と思うでしょうけれど、人生とはそういうものなんです。

先日の河野通和さんと松村さんのトークイベントでも、ある質問をされた方にこれと同じようなことを河野さんと松村さんが言われていました。僕はどんな質問にもすぐにずばずば答える人よりも、こういうことを言う人の方を信頼しています。


ところで、昨日、ミシマ社の東京のオフィスで新年会があったそうなんですが、なんとそこに内田樹先生、平川克美さん、小田嶋隆さん、そして河野通和さんが同席されていたとのこと。びっくりでした。内田先生によれば「活字化不能の内輪話」をされたようなんですが、どんな話をされたのか聞いてみたいな。

河野さんに、もう少し僕のセレンディピティ、話しておけばよかった。


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by hinaseno | 2018-01-04 14:55 | 文学 | Comments(0)

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」


実はこの質問と同時にもう一つ別の質問を河野さんにしました。超ベテランの編集者にぶつけるのは失礼にあたるのではないかと思いつつ、あえてした質問でした。

それは松家さんから『考える人』の編集長を引き継ぐとき、松家さんが編集長を務められた最後の号が、村上春樹のロングインタビューが掲載されたためにすごく売れたはずなので(実際ものすごく売れたそうです)、相当のプレッシャーがあったのではないでしょうかということ。

河野さんはまずこの質問に答えられました。全くありませんでした、と。

で、そのことにからめてちょっとしたエピソードを聞かせてもらいました。河野さんが『考える人』の編集長になってしばらくしてある方から手紙が届いたそうです。その手紙にはこんな内容のことが書かれていたそうです。「編集長が変わると普通は雑誌の雰囲気もかなり変わるはずなのに、『考える人』は編集長が変わったということを全く感じさせないというのが素晴らしいですね」と。

それが糸井重里さん。糸井さんは『考える人』を通して河野さんへの信頼を高めていったようでした。


で、この後、セレンディピティのことに。こちらの方はちょっと考えられていました。もちろん河野さんは僕なんかとは比べものにならないほど多くのセレンディピティを本の世界で体験されていることは言うまでもありません。それを知りつつ、僕はとびっきりのものを、と尋ねたんですね。


そして河野さんは少しずつ語り始めました。

「そうですね、やっぱり、さっきの話の中に出てきた人につながる話ですが…」と。

「さっきの話」というのはその前の松村さんとのトークの中で語られた河野さんの大学時代の話。河野さんが行かれたのは東京大学(トークでは東大の名は出なかったはず)の文学部のロシア文学科。ロシア文学科を選ばれたのは変わった人が多いはずだと思ったからだそうです。実際、そこには変わった人が多かったようですが、その中にとびっきり変わった人がいたんですね。

授業には全く出てこなかった人のこと。河野さんがときどき研究室に行ってみると(河野さんもあんまり熱心な学戦ではなかったようです)沖縄の焼酎(泡盛だったっけ?)を1本置いてある。どうやらそれを持ってきているのは同級生の一人だったらしいのですが、一度も顔を会わせることがない。で、そのまま卒業式の日がやってきます。そこで初めてその人に会ったんですね。「あれは君だったのか」ということで、いっぺんに意気投合。卒業後も親しい関係を続けるようになったようです。のちのその人は雑誌『旅』などの編集に携わった後、フリーランスのライターになって、全国の島をめぐって島関係の著書をいくつも出されていると。


トークではその人の名前の名字だけをおっしゃられていたので家の戻って調べてみました。

斎藤潤さん。なんと岩手県出身。これも縁ですね。

縁といえば、もしやと思ってスロウな本屋さんのことが載っている『せとうち暮らし』の20号を見たらなんと斎藤潤さん関係の記事がいくつか。つながっています。


さて、その斎藤さんが『旅』の編集をされていたときに、ちょこちょことエッセイを寄稿されるようになったのが池澤夏樹(池澤夏樹はなぜか「さん」付けしないほうがしっくりくるのでこう表記します)。斎藤さんと池澤夏樹がつながっていくんですね。

ところで河野さんが入社されたのは中央公論社。プロフィールを見ると1978年入社となっています。その中央公論社が発行している『海』という雑誌の1984年5月号に池澤夏樹の初の小説が掲載されます。それが南の島を舞台にしたあの『夏の朝の成層圏』。今気づいたんですが、この小説が掲載されたのは大瀧さんの『EACH TIME』が発売された翌月だったんですね。ただこの作品については河野さんはノータッチのようです。

『夏の朝の成層圏』はその年の9月に単行本になったものの、『沖にむかって泳ぐ』に載った池澤夏樹のインタビューよれば「数人の作家、編集者が注目したけれども、反応は限りなく静かであった」と。

で、池澤さんはしばらく小説から遠ざかります。でも、その池澤夏樹に再び小説を書くように勧めた人がいたんですね。

『沖にむかって泳ぐ』に、こんなことが書かれていました。


「その頃、中央公論の編集者から、『夏の朝の成層圏』はよかったんだから、またちゃんと小説を書かないかとすすめられて、やってみる気になったんです」

この編集者がまさに河野通和さんなんですね。そして河野さんがかなり手を入れる形で書き上げたのが『スティル・ライフ』。

家に戻って調べてみたら、このあたりの話はいろいろとネットに載っていて、今年の初めには河野さんと池澤夏樹のトークイベントも行われたりしていたこともわかったんですが、とにかくこの『スティル・ライフ』につながる話をスロウな本屋で河野さんの口から聞けたのはこれ以上ない喜び。興奮しすぎて、冷静さを失ってしまいました。


河野さんの話はそれだけにとどまらないんですね。河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティは僕にとってもとびっきりのセレンディピティでもありました。


いつの頃からか河野さんと池澤夏樹と斎藤潤さんの間に強いつながりができあがっていたようで、池澤夏樹は斎藤さんからいろんな話を聞いているうちに、とりわけ沖縄に興味を持つようになったようです。もともと池澤夏樹も島好きではあるけれど、沖縄に特別なものを感じたんですね。で、何度か沖縄に通っているうちに、そこに住みたくなり、ついに移住することを決意します。で、その移住の手助けをされたのもまさに河野さんと斎藤さん。いや、もう涙があふれそうでした。


ということなので斎藤さんにも是非お会いしたくなりましたが、なんとなく来年はそういうことが実現しそうな予感もします。「せとうち」つながりで。

予感といえば、来年の1月にはいよいよ待望の平川克美さんの新刊がミシマ社から出ることになります。前にも書いたようにタイトルは『二十一世紀の楕円幻想論』。贈与と縁をめぐる話が語られているはず。

この平川さんと松村さんの対談が実現すればどれだけうれしいだろう、といううれしい予感を書いてこの長い話を終わりにします。


最後は『夏の朝の成層圏』の最後の部分の引用で。


雲の上端はもう光っていない。そわそわと夜風が吹きはじめた。海は静かに砂浜を洗っている。星が……。



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by hinaseno | 2017-12-29 14:52 | 文学 | Comments(0)

スロウな本屋さんでの河野通和さんと松村圭一郎さんのトークイベントは、前日の岡大のときとは違って穏やかで親密な空気の中で行われました。会場となった部屋には柔らかい日差しが降り注いでいました。やっぱり場所って大事ですね。

河野さんと松村さんが会われるのはこれで3度目とのこと。でも、すっかり打ち解けた関係になっていました。もちろんそれぞれの人柄もあってのことですね。前夜はいっしょにワインを飲まれたとか。

参加者は定員いっぱいの約20名。やはりほとんどが女性でした。県外からきた人もいたようです。

これはイベントが始まる前の様子。右が河野通和さん、そして左が松村圭一郎さん。

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前日の岡大での講演はどちらかといえば厳しめの表情が多かった感じでしたが、この日の河野さんはこんなふうに終始笑顔が絶えませんでした。

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もちろんときには厳しい表情になられることも。言葉というものと真摯に向き合い続けられた人ならではという感じで、語られるすべての言葉に感銘を受けました。

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お二人の後ろにずらっと並べられているのは雑誌『考える人』のバックナンバー。

『考える人』が創刊されたのは2002年7月。創刊時の編集長は松家仁之さん。松家さんは33号まで編集長を務められて、そのあとを河野さんが引き継いで60号まで出されて休刊ということになりました。


僕が『考える人』を知ったのは5号くらいのときでしょうか。ある日、どこかの書店でタイトルと表紙の絵(創刊時にずっと使っていたのはサンペというイラストレーターの絵)に惹かれて目がとまったんだと思います。執筆者に池澤夏樹や河合隼雄など僕の大好きな作家が並んでいるのがわかったので即購入。すごく気に入ったので創刊号からバックナンバーをすべて揃え、それから毎号買うようになりました。


10号くらいから内田樹先生が登場されたのはうれしかったですね。大好きな池澤夏樹と内田先生がいっしょの雑誌に載っている、と、こういうのを密かに喜んでしまうのは昔から。後に池澤夏樹と内田先生が『考える人』のパーティで同席されたり、さらには対談をされたりするのをなんともいえない気持ちで眺めていました。


『考える人』の編集長が変わったことはよく覚えています。松家さんが編集長をつとめた最後の号に載ったのが「村上春樹ロングインタビュー」(なんと100ページ)だったんですね。聞き手は松家さん。めったにインタビューを受けない村上さんがあえて引き受けたのは相手が松家さんだったから。懇意にしていた編集者が新潮社をやめることになったのでインタビューを引き受けたんですね。

その33号の最後のページに載っている「編集部の手帖」の最後に松家さんはこう書いています。


 私事になりますが、この最新号が書店に並ぶ直前に、新潮社を退社することになりました。次号からは、先輩編集者である河野通和さんが入社し、編集長を引き継いでくださいます。

もちろん僕はこのとき河野さんという人のことを全く知らなかったわけですが、松家さんが辞められるという段階で廃刊ということになってもやむを得なかったかもしれない『考える人』を引き継ぎ、そのクオリティを全く下げることなく刊行され続けたというのは本当に偉大なことだったと思います。


ところで僕は60号のうちの3分の2くらいは持っていましたが、引越しの時に大量に手放してしまって(大切な本だったのでおひさまゆうびん舎にかなりの数を買い取ってもらったような気がします)今、手元にあるのは10数冊。

そういえばこの秋、おひさまゆうびん舎で開かれていた夏葉社フェアのテーマは「家族」ということで、「家族」にちなんだ本も並べられていたんですが、その中に「家族ってなんだ?」という特集が載っていた『考える人』を見つけて買いました。この号は松村さんの『うしろめたさの人類学』の帯文を書かれた山極寿一さんのロングインタビューが載っているんですね。このときの編集長は河野さん。河野さんの『言葉はこうして生き残った』には山極さんとお会いされた時の面白いエピソードが載っています。


そういえばこの日のトークの途中で松村さんが後ろに並んでいるバックナンバーから1冊を取り出して本立てに置かれたんですね。たまたま松村さんの目に留まったので置いたって感じだったんですが、僕にとっては思い出に残る1冊だったので、おっ!でした。この写真の真ん中に置かれています。

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それは2012年の秋号。特集は「歩く」。「時速4kmの思考」という副題がついています。編集者はもちろん河野さん。

2012年の秋といえば、まさにこのブログを始めた頃。つまり僕は姫路での木山捷平を追いかけ始めた時でした。

木山さんは本当によく歩く人なので、いったいどれくらいのスピードで歩いていたんだろうかと思っていたときにこれを手に取ったんですね。この日のブログで「今朝、たまたま見た本」と書いているのはまさに『考える人』のこの号。こういうのも縁というかセレンディピティというか。


ということで最後の質問コーナーで、そんな僕のセレンディピティの話を少しして、ぜひ訊いてみたいと思っていた質問を河野さんにぶつけました。

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」

と。

そこで飛び出したのが池澤夏樹の名前でした。


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by hinaseno | 2017-12-28 15:55 | 文学 | Comments(0)



 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。

 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。

これは池澤夏樹の『スティル・ライフ』の冒頭部分。今回、ずっと書き続けている話のタイトルはこの中の言葉。1回目に引用したこの会話もやはり『スティル・ライフ』からの引用でした。


「人の手が届かない部分があるんだよ。天使にまかせておいて、人は結果を見るしかない部分。人は星の配置を変えることはできないだろう。おもしろい形の星座を作るわけにはいかないんだ。だから、ぼくたちは安心して並んだ星を見るのさ」
「大熊座が、新しいクマの玩具の宣伝のために作られたわけじゃないからか」

それから先日ちょこっと書いた「チェレンコフ光」というのもこの会話の中に出てきます。


池澤夏樹の『スティル・ライフ』をどういうきっかけで手にしたかは覚えていません。『スティル・ライフ』が芥川賞をとったのは1988年ですが、芥川賞を取ったから読むなんてことはしていなかったし。何かで読んだ丸谷才一さんの書評がきっかけだったような気もします。丸谷さんはデビュー当時から池澤夏樹をとても評価していたので。

『スティル・ライフ』は単行本も文庫本も両方買ったけど、単行本が例によって見当たらない。文庫本の出版年を見ると1991年12月。初版でした。


『スティル・ライフ』は僕にとっては人生の一冊といってもいいかもしれません。特に冒頭の散文詩のような言葉には強い衝撃を受けました。世界の見方が完全に変わったような気すらしました。考えてみると、今、僕がイメージを作りつつある珈琲豆的楕縁の世界にもつながっている気がして、今なお強く影響を受け続けていることがわかります。

作品としてはその前に書かれた『夏の朝の成層圏』が一番好きですが、手に取った回数は圧倒的に『スティル・ライフ』の方が多い。たいていは冒頭部分を読み返していたのですが。


そういえばちょうどひと月前に『スティル・ライフ』のことをちょこっとだけ書いています。そう、余白珈琲さんの話。

余白珈琲さんのInstagramのコメント欄を順番に読んでいたときに『スティル・ライフ』の冒頭部分の引用があって、おおっ!って思ったんですね。

もう何年も前に、僕がツイッターに書いていたものをずっと読み続けていてくれていた人が、ある日、僕が池澤夏樹のことを初めて書いたら(『スティル・ライフ』のことだったかもしれない)、「やっぱり、◯◯さんには池澤夏樹が入っていたんですね。最後のピースがはまった感じがしました」というメッセージをもらったことがあったんですが、余白珈琲さんのコメント欄の『スティル・ライフ』の引用を見たときには、まさにそれと同じ感じを抱きました。小さなピースではなく、かなり大きなピース。


『スティル・ライフ』の衝撃以降、僕は池澤夏樹の本を憑かれたように読み続けました。当時、ちょっとした池澤夏樹ブームがあったようで、1990年代の前半はかなりの本が出たんですね。全部買って読んでいました。完全に「春樹」よりも「夏樹」の時期でした。


池澤夏樹から受けた影響は計り知れなくて、とりわけ次の3つが僕にとって大切な存在になったのは、まぎれもなく池澤夏樹がいたからこそ。

まずはなんといっても星野道夫ですね。星野道夫を知ったのは池澤夏樹の『未来圏からの風』に収められた対談に衝撃を受けたからでした。


それから宮沢賢治。


そして沖縄。

池澤夏樹を熱心に追いかけていたとき、彼は突然沖縄に移住したんですね。最初はすごくびっくりしたけれど、彼の言葉を通じて沖縄のことをいろいろと知り、沖縄が大好きになりました。僕もいつかは沖縄に移り住みたいと思ったくらい(今でもその気持ちは少しあります)。そういえば沖縄に移住した直後のインタビューが載った雑誌があったはずだけど、これも探したけど見当たらない。あの雑誌に載った池澤夏樹の服装を真似ていた時期も。全然似合わなかったけど。


この日のブログにも書いたことですが、僕は一度だけ池澤夏樹の講演に行きました。おそらく1997年か1998年の夏。場所は加古川。

その日は7月7日。「七夕」ですが制定されたばかりの「川の日」にちなんで加古川で開かれたんですね。「川の日」というのが制定されたことはその講演で初めて知りました。


冒頭、池澤夏樹がこう言ったんですね。

「実は今日は僕の誕生日なんです」と。

正直、震えるくらいにびっくりしました。なぜならば…、と書こうと思ったけど、やっぱりそれは書かないでおきます。でも、七夕という星に願いをかける日に、なんて奇跡なことが起こるんだろうと体が震えたことを覚えています。


で、先日、そのときと同じくらに体が震えてしまうことが起きたんですね。そう、スロウな本屋でのイベントで河野さんの口から驚くことが語られたんです。

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by hinaseno | 2017-12-26 15:04 | 文学 | Comments(0)