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by hinaseno
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カテゴリ:文学( 173 )


Two Blue Books(その2)


『ことばの生まれる景色』という本を出版するという情報をTitleさんがSNSで流したときに、僕がまず反応したのは一番最初に紹介していた本の一節を引用した文とその文に添えられたnakabanさんの絵が載ったこのページの写真でした。

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引用されていたのはこの一節。


 ある日、東京、神田の古書店街の洋書専門店で、一冊のアラスカの写真集を見つけた。たくさんの洋書が並ぶ棚で、どうしてその本に目が止められたのだろう。まるでぼくがやってくるのを待っていたように、目の前にあったのである。

写真のページには本のタイトルは書かれていませんでしたが、この文を読んでそれが何の本かすぐにわかりました。

星野道夫の『旅をする木』。

引用された部分はまさに星野道夫のセレンディピティを描いたもの。もうこれだけで本を買うのを決めました。


星野道夫の『旅をする木』の次に紹介されていたのは須賀敦子の『ミラノ 霧の風景』。さらにメイ・サートンの『独り居の日記、石牟礼道子の『苦海浄土』、庄野潤三の『夕べの雲』、谷崎潤一郎の『細雪』、リチャード・ブローティガンの『芝生の復讐』…。村上春樹は『1973年のピンボール』が選ばれていたのもにっこり。

知らない本もいくつかありましたが、辻山さんの文章を読んでいるとどれも全部読みたくなってしまいました。あるいは読み返したくなる本もいくつも(一番読み返したくなったのは夏目漱石の『門』)。辻山さんの文章が本当に素晴らしいんですね。


そしてこの本をより素晴らしいものにしているのがnakabanさんの絵。

nakabanさんのことは去年買った『窓から見える 世界の風』という本で知りました(この本のこと、去年の10冊を選ぶときに忘れてた)。風を絵にするのは相当に困難なことであったにちがいありませんが、一つ一つの風に添えられnakabanさんの絵に強く心を打たれました。


『ことばの生まれる景色』にはそのnakabanさんの描かれた絵の色のことについての話があって、それが強く心に残りました。その話の最後に辻山さんが「世界を新たに発見させる驚きと感動があった」と書かれているんですが、僕も同じ思いを抱きました。それはまさに「青」の話。


 数年前、仙台にある古本とカフェの店「book cafe 火星の庭」で、nakabanさんとトークイベントを行なった。トーク中、以前より気になっていたnakabanさんの「青」へのこだわりについて尋ねたところ、「すべての色には青が溶け込んでいますから」と、はっきりとした答えが返ってきた。
 目の前にある茶色の机、歩道のアスファルト、新緑のけやき並木……。nakabanさんによれば周りに存在するどんなものにも、多かれ少なかれ「青」が溶け込んでいるという。画家のヴィジョンに沿って世界を眺めると、目の前の空間が青の濃淡でできたモノの連なりに見えてくる。レイモンド・カーヴァーの短編小説「大聖堂」には、主人公が盲人の手ほどきを受け、自らも「見えない」感覚を追体験するという印象的なシーンがあるが、nakabanさんの一言にも、世界を新たに発見させる驚きと感動があった。


by hinaseno | 2019-01-18 12:53 | 文学 | Comments(0)

Two Blue Books(その1)


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今年に入って読み始めたこの2冊の本。一昨日に同時に読み終えました。

一冊は夏葉社から自費出版された『見える光、見えない光 朝永作品と編集者』(中桐孝志著)、そしてもう一冊は「Title」という本屋の辻山さんのアイデアから生まれた『ことばの生まれる景色』(辻山良雄 文、nakaban 絵)。

どちらも昨年暮れに出た本ですが、手に入れたのは今年。読み始めたのもあまり変わらないかな。いっぺんに読み終えるのがもったいなくて(どちらも本を目にしたり手に触れる日数を少しでも長くしておきたかったので)、それぞれちょっとずつ読み進めていました。

ということなのでこの2冊はずっと机の上に一緒に置かれていたわけですが、ふと気がついたら、2冊ともブルー。いつもどっちかの本がどっちかの本の上に乗っかっていて、まさにBlue On Blue。それぞれ本当に素晴らしい本で、新年早々、素敵な読書時間を過ごさせてもらいました。


『見える光、見えない光 朝永作品と編集者』は朝永振一郎の著作に尽力した編集者、松井巻之助の仕事を紹介したものですが、著者の中桐さん(岡山のお生まれ)の言葉に、おっと思わせるものがいくつかありました。内容とは直接関係がないんですが、最近のキーワードになっている言葉がいくつか出てきたので。まずは「スーパーバイザー」、そして「セレンディピティ」。


 スーパーバイザーは、自由な雰囲気の場をつくり、実際に手を動かす研究者・技術者に任すことである。一方研究者・技術者はそれにこたえ、自由の精神をもちつづけセレンディピティを養い決して諦めないことである。なかなか難しいであろうが、つねに念頭に置いて心掛ける努力が必要である。
 スーパーバイザーはそのほかいろいろと考え、ホイットニーにも聞きながら実行していくとよいであろう。


実は唐突にスーパーバイザーという言葉が出てきてびっくりしたんですが、あとがきを読んで著者の中桐さんは理学博士となって中央研究所でスーパーバーザーをされていたと知りました。セレンディピティについてはひとつの章で語られています(この本の前に読んだ仲野徹さんの『(あまり)病気をしない暮らし』にもセレンディピティが出てきました)。1998年版の広辞苑によると「思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力」と載っているそうです。僕もここで書いていますね。スロウな本屋さんで行われた河野通和さんと松村圭一郎さんのトークイベントで河野さんにセレンディピティの話を伺えたのは一昨年の最高の想い出。


それから『見える光、見えない光 朝永作品と編集者』で、もう一つ、おっと思った部分。


 まさに仁科(仁科芳雄)は、楕円思考の人であったことを語っている。ここで云う楕円思考の人とは、東洋的なものと西洋的なものをそれぞれ楕円の焦点として楕円を形づくり、東洋的なものと西洋的なものを共存させながら考え、行動する人をさしている。
 仁科研究室を運営するさいの一つのポイントは、前述したように理論グループと実験グループを共存させてすすめたことであり、これも先生の楕円思考の然らしめるところであったと思われる。
 このように楕円思考は、両価性のもの・ことをそれぞれ楕円の焦点におき、楕円内に共存させながら、ものごとに対処する考え方である。これは、非常に重要であり、さまざまな局面で役立つであろう。いつの世においても、もっと強調されてよいのではなかろうか。
 楕円思考について、続刊でより詳細に言及していきたい。

楕円思考はもちろん平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』を読んで僕の中に入ってきた考え方。中桐さんが最後に「楕円思考は、両価性のもの・ことをそれぞれ楕円の焦点におき、楕円内に共存させながら、ものごとに対処する考え方である。これは、非常に重要であり、さまざまな局面で役立つであろう。いつの世においても、もっと強調されてよいのではなかろうか」と書かれているのは平川さんが主張されていたのと同じ。その通りですね。

僕の考えでは、真円思考の人にはあまりセレンディピティは起こらないんだろうなと。たぶん、いや、きっと。


『ことばの生まれる景色』についてはまた次回ということで。それにしても中桐さんの言葉で一つ気になったのは「スーパーバイザーはそのほかいろいろと考え、ホイットニーにも聞きながら実行していくとよいであろう」に出てきた「ホイットニー」。いったいだれ? どこかで読み飛ばしたかな。


by hinaseno | 2019-01-17 11:03 | 文学 | Comments(0)

あけましておめでとうございます。

昨年は、いろんなうれしい出来事が次々とありましたが、改めて考えてみれば多くはこのブログがきっかけになっていたように思います。何かを形にして、それを地道に続けていればいいことがあるんですね。

さて、今年はどんなことがあるんだろう。

ああそういえば、年明け早々に、あるアーティストのライブに行きます。一度はライブに行ってみたいと思っていた人。まさか岡山でライブをしてくれるとは思いませんでした。


さて、年が明けてしまいましたが恒例の「今年の10冊」です。おまけとして昨年出た本ではないものが2冊入っています。

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①平川克美『21世紀の楕円幻想論』(ミシマ社)

昨年はこの本に尽きます。で、この本とともに何度も読み返したのが同じミシマ社から一昨年に出た松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』。この2冊はレコードで言えばA面とB面。いっしょに読むことで理解が深まるような仕掛けになっています。でも、どちらも相手の本を読んでいなかったというのがポイント。


②寺尾紗穂『彗星の孤独』(STAND BOOKS)

「楕円」つながりですが、今年は紗穂さんに驚かされ続けた一年でした。紗穂さんが編集した『音楽のまわり』という本も素晴らしかった。ぜひ、続編を出してほしいです。


③吉田篤弘『神様のいる街』(夏葉社)

昨年夏葉社から出た本といえば『山の上の家』も本当に素敵な本でしたが、僕の大好きな神戸の話が書かれているこちらの本を。共感しまくりでした。


④川本三郎『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)

こんな本がほしかった、という本。巻末の索引も充実していて、映画に映ったあの鉄道はどこなんだろうと思ったら、すぐに調べることができます。今年は因美線に乗って美作滝尾駅とタルマーリーに行けたらと思っています。


⑤村松拓『海の見える駅』(雷鳥社)

鉄道つながりで、この本を。これ、最高だったな。美作滝尾駅のような山の中の秘境の駅もいいけれど、海の見える駅というのもたまらないですね。カラー写真もいっぱいで、このサイズなのになんと1500円。信じられない。と、紹介した後で気がついたんですが、この本、昨年ではなく2017年に出た本でした。まあいいか。川本さんの『あの映画に、この鉄道』といっしょに読むと楽しさが増します。


⑥高橋和枝『トコトコバス』(講談社)

鉄道とくればバスですね。高橋和枝さんの待望の新刊。高橋さんの描くバスはたまらないです。それから夕暮れ時から夜にかけての街の風景も最高だし。

その『トコトコバス』の展示会が年明け早々に姫路のおひさまゆうびん舎で開かれるので楽しみです。原画も飾られていて、さらに絵の販売もあるそうです。僕が行ったときに残ってるかな。


⑦堀江敏幸『曇天記』(都市出版)

雑誌『東京人』にずっと連載されていて、単行本になる日を楽しみにしていましたが、ようやく。いいエッセイばかりです。でも、『東京人』のエッセイに添えられていた鈴木理策さんの写真が表紙だけしか使われていなかったのが残念。堀江さんはもう一冊『オールドレンズの神のもとで』を買ったけど、読む時間がなかった。


⑧内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(方丈社)

スロウな本屋さんの棚で目があった本。すごく面白くて僕にしてはめずらしく一気読みしました。


⑨『本を贈る』(三輪舎)

こちらもスロウな本屋さんで目があって買った本です。タイトル通り本への愛に溢れていました。とりわけ巻頭の夏葉社の島田潤一郎さんと校正者の牟田都子さんの文章が特に素晴らしかった。


⑩宇田智子『市場のことば、本の声』(晶文社)

沖縄の市場で小さな本屋を営む人が書いたものですが、おもしろかったな、これ。お店周辺での、どうってことないささやかなエピソードが綴られているんですが、ときどきおっと思うような名前が登場します。


(おまけ)石牟礼道子『椿の海の記』(朝日新聞社)

昨年は小説をまったくといっていいほど読めませんでした。読みかけて挫折したものばかり。そんな中、唯一読んだ小説が石牟礼道子さんのこの『椿の海の記』でした。

地図を見ながら、ゆっくりゆっくり本を読み進めて行ったんですが、まさに至福の時間でした。これ以上、幸福な海が損なわれてしまうようなことがあってはならないですね。

ちなみに石牟礼さんを読むきっかけを与えてくださったのは同じ熊本出身の松村圭一郎さんでした。寺子屋、参加したかった。今、みんなのミシマガジンで松村さんが連載中の『小さき者たちの生活誌』がいつか本の形になることを楽しみに待っています。


by hinaseno | 2019-01-01 13:51 | 文学 | Comments(0)

平川さんと石川さんが岡山にやってこられた日から一週間が経ってしまいました。時の経つのは早いですね。お二人が来られたということだけでも無上の喜びだったのに、この間、お二人に引き寄せられるような形でうれしい出来事がいくつも起こって、正直世の中どうなってるんだろうと思ってしまいました。

中でもとびっきりのうれしいことが先週の土曜日の毎日新聞に掲載されたので紹介しておきます。


今回の平川克美さんの来岡の一番の目的はわが母校でもある岡山大学での講演とスロウな本屋さんで開かれたトークイベントだったんですが、その2つのイベントを企画し平川さんを岡山に招く尽力をされたのが岡山大学の松村圭一郎さんでした。松村さんにはただただ感謝しています。

その松村さんは岡山大学での講演とスロウな本屋さんのトークイベントとで司会を務められたんですが、まさに平川さんが岡山大学でのイベントのある日の朝、松村さんに関するビッグニュースが飛び込んできたんですね。その日(11月3日)の毎日新聞の朝刊に、昨年、ミシマ社から出版され、このブログでもなんども紹介してきた松村さんの『うしろめたさの人類学』が第72回毎日出版文化賞の特別賞を受賞したというニュースが載ったという情報が朝一番に入ってきてびっくり。なんというタイミング。朝、忙しい中、新聞を買いに行きました。


毎日出版文化賞は戦後すぐの1947年に創設された、かなりの歴史を持った賞でウィキペディアを見たら一番上の第一回目の文学・芸術部門には谷崎潤一郎の名がありました。受賞作品はあの『細雪』。荷風が終戦直前に勝山に行って谷崎に会ったときに執筆中だった作品です。で、一番下に松村さんの『うしろめたさの人類学』。たまらないですね。


さて、その日の新聞ですがこれが第1面に載った記事。

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そしてこれが3面の下に掲載された『うしろめたさの人類学』の広告。

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となりには芸術文学部門の賞を受賞した奥泉光さんの本の広告が載っています。

奥泉さんといえば岡大の時の友人に『石の来歴』という本を教えてもらって衝撃を受けて、その後『葦と百合』、『「吾輩は猫である」殺人事件』を続けて読んだ記憶があります。


で、10面に毎日出版文化賞の詳しい記事と受賞図書の紹介が載っています。

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松村さんの『うしろめたさの人類学』のコメントを寄せられているのは選考委員のお一人である鷲田清一さん。愛情と敬意にあふれた素晴らしいコメントです。うれしいですね。最後の言葉だけ引用しておきます。


身のまわりの些細なことから変えてゆく、それがけっしてちゃちなこと、ちっぽけなことでないことを説く。非成長世代の手になる、痛いけれども爽やかな”倫理”の書だ。

今回の平川さんとのトークイベントに向けて、『うしろめたさの人類学』を再読しました。たぶん4度目。読み返すつどに新しい発見があります。実は最初に読んだときには、章末ごとに挿入されるエチオピアでの体験を描いた部分は外して、そちらはそちらで別の一冊の本を作ればいいのではと思ったのですが、やはりあの形の本だったからこそ、言葉の一つ一つが頭ではなく体に入ってきて、一人称複数形で語られる「ぼくら」の一員になんの違和感なく入ることができたのだろうと思いました。

そして今回読み返しながら思ったのは、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』にどこか似ているなと。タイトルには「人類学」とついているけど、そこには小さくて大きい物語が確かにあります。

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改めて松村さん、受賞、本当におめでとうございます。受賞がわかった日にごいっしょできたことを心から光栄に思います。

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by hinaseno | 2018-11-09 15:35 | 文学 | Comments(0)

今年、もっとも衝撃を受けた曲はやはり寺尾紗穂さんの「楕円の夢」。もう何度聴いたかわからない。

その3番からの歌詞をときどき口ずさみます。こんなふうに。


楕円の話を聞きたいの
ほんとはどちらか知りたいの
どちらもほんとのことなんだ
そんな曖昧を生きてきた

明るい道と暗い道
おんなじひとつの道だった
あなたが教えてくれたんだ
そんな曖昧がすべてだと

明るい道と暗い道
スキマの小道を進むんだ
あなたが教えてくれたのは
楕円の夜の美しさ

楕円の夜に会いましょう
月の光で踊りましょう
世界の枯れるその日まで
楕円の夢を守りましょう

明るい道と暗い道
スキマの小道を進むんだ
あなたが私においてった
楕円の夢をうたいましょう

実はこの歌詞、いくつかの部分が本来の歌詞と違っています。

最初の「楕円の話を聞きたいの」は本当は「私の話を聞きたいの」。でも、いつのまにか僕の中では「楕円の話を聞きたいの」になってしまっていて、ずっとそう口ずさんでいたんですね。間違えて歌詞を覚えていたんです。

間違えていたといえばそのあと「ほんとはどちらか知りたいの」。ここ、歌詞カードを見たら「ほんとはどちらか聞きたいの」となっていたんですね。でも、紗穂さんはそこでははっきりと「知りたいの」と歌っています。どうやら歌詞カードの方が間違えたようです。


いずれにしても、


楕円の話を聞きたいの
ほんとはどちらか知りたいの
どちらもほんとのことなんだ
そんな曖昧を生きてきた

って歌詞。悪くないですよね。紗穂さん、ごめんなさい。


もうひとつ、僕が口ずさんでいる歌詞と本来の歌詞と違っているのは「明るい道と暗い道/スキマの小道を進むんだ」の部分。「スキマ」は本当は「狭間」。でも、僕のブログの流れ的には「狭間」ではなく「スキマ(隙間、透き間)」という言葉を使いたくなってしまうんですね。


さて、「楕円の話をききたいの」といえば、やっぱり平川克美さんですが、なんとその平川さんが来月、岡山にいらっしゃって講演を、さらに「スキマ」の松村圭一郎さんとスロウな本屋さんで対談することが決まったんですね。超ビッグニュース。

昨年の秋にミシマ社から出版された松村さんの『うしろめたさの人類学』を読んで深い感銘を受け、さらに今年の初めにやはりミシマ社から出版された平川さんの『21世紀の楕円幻想論』で衝撃を受けたわけですが、僕がなによりも驚いたのはほんの数ヶ月の時を隔てて出版された2つの本に、あまりにも重なる部分が多かったことでした。それぞれの著者が本を書くまでは面識がなく、専門分野も全く違い、親子ほどの年の差があるにもかかわらず、これほど似たようなことを考えている人がいることに感動すら覚えました。

しかも興味深いのは松村さんは現在岡山に住んでいて、平川さんは以前から岡山に関心を持たれていること。

さらに言えば、僕は松村さん経由でスロウな本屋のことを知ったんですが、そこで初めてスロウな本屋さんのサイトを覗いた時に最初に目に飛び込んできたのがこの写真だったんですね。

そこには平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』が飾られていました。

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2016年に大和書房から出たこの本の「嘘 ーー 後ろめたさという制御装置」という章で僕は「うしろめたさ」という言葉をキーワードとして捉えるようになったんですね。

なんというつながり。でも、すべて「たまたま」。


たまたまにしてはあまりにも運命的すぎるこの不思議なつながりを考えたとき、これはぜひスロウな本屋で平川克美さんと松村圭一郎さんの対談をやってもらわなくてはならないなと、勝手な願いをこのブログのどこかに書いたはずですが、それが実現することになったわけです。感涙。


ということで、こちらが11月2日の夜にスロウな本屋さんで開かれるトーク・イベント。

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詳しくはスロウな本屋さんのサイトで確認してください。予約受付は今日の20:00からです。平川さん、松村さんそれぞれの人間的な魅力はいうまでもありませんが、それぞれの対話から楕円とスキマが膨らんでいくのを目の当たりにできる機会はめったにないです。

ということで、楕円の夜に会いましょう。高橋和枝さんの「トコトコバス」に登場した月が出ていれば最高だけど、残念ながらその日は満月ではありません。


それから、もうひとつ、平川さんは翌11月3日には岡山大学で講演もされるんですね。講演のタイトルは「考えるための文学 ~移行期的混乱を生き抜くために~」。

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こちらは無料で見ることができます。

僕はもちろんどちらも参加します。

いや、参加どころか追っかけ以上ストーカー未満のようなことになりそうだけど。ああ、楽しみすぎる。


by hinaseno | 2018-10-10 13:40 | 文学 | Comments(0)

トコトコバスに乗って


高橋和枝さんの新作の絵本『トコトコバス』、読みました。

よかったなあ。

ただ、正直いえば、もう一週間前に読むことができていたらもっとよかったのになと。それは仕方ないとして、高橋さんの絵本を読んでいつもそうであるように小さな幸せをいくつももらったような気持ちになりました。


トコトコと進むバスは、買い物か何かの用事で小さな町に出かけた「ぼく」と「おかあさん」を乗せて、「おか」を越えて「ぼく」のすむ小さな町へと向かいます。「おか」の途中でいろんな「おきゃくさん」が乗ってきて、バスは明るい道や暗い道を通っていきます。まるで動く紙芝居を見ているような感じ。そして声に出して読んでみると言葉の調子がなんとも心地いい。


「ぼく」と「おかあさん」が載っているバスに、あとからどんな「おきゃくさん」が乗ってきたかは内緒ですが、前回のブログで「走り出してから乗り遅れている人を見かけたらわざわざ引き返したりしているはずなので」と読む前に書いていたら、まさにそんな場面が描かれていてびっくり。引き返すことまではしてなかったけど。


どの絵も本当に魅力的なんですが、危うくバスに乗り遅れそうになった○○○さんを乗せて「おか」を走っているこの場面の絵が一番好きかな。暗い道が明るい道に変わって、なんともいえない高揚感につつまれます。

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いや、でも、○○○さんが乗る前に、谷間の暗い道をバスが走っている場面もいいです。ああ、もちろん高橋さんの描く小さな町の風景もたまらなく好き。とりわけ最後の絵は最高。って、結局あの絵もこの絵も好きってことになってしまうんですが、この絵もいいんです。

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○○○さんがバスを降りる時、この運転手の、いつもと変わらない感じで、あくまで職業的にちらっと客が降りるのを見遣っている表情がなんともかっこいいですね。


この絵もそうですが、高橋さんの絵本は細部がいいんです。小さな表情や小さな声は、近くでよく見ないと気がつかないような気がします。そう考えると帯に書かれている「読み聞かせにぴったり!」という言葉は微妙かな。

絵本を手にとって見た人はたいてい気がつくはずだけど、実はバスが「おか」に登り始めたときから「おかあさん」は眠ってしまっているんですね。その表情が結構笑えます。

でも、「ぼく」はずっと起きている。つまり、いろんな「おきゃくさん」がバスに乗り込んで来ているのを見ていたのは「ぼく」だけなんですね。もしかしたら本当は眠っていたのは「ぼく」の方で、すべては「ぼく」の夢の世界で起こっていたことなのかもしれないけど。

「ぼく」はそこで見た物語を家に戻って「おかあさん」に話すのかな。「おかあさん」はそれを信じてくれるんでしょうか。


ああ、僕もトコトコバスに乗ってみたい。


by hinaseno | 2018-10-04 12:50 | 文学 | Comments(0)

かなり警戒していた台風は進路がそれたため、雨は断続的に激しく降っていたものの、最接近した時でも風はそれほどでもありませんでした。みなさんは大丈夫だったでしょうか。


この二日間、外に出られないこともあって、ひたすら本とレコードの整理をして、ようやくひと段落。あふれかえっていた本もどうにかすべて本棚の中に収まりました。今日の10月の空のようにすっきり、爽やかな気分。

これまでは川本三郎さんと村上春樹と夏葉社の本だけはコーナーを作っていて、そのほかはだいたいの感じで作者ごとに並べていました。でも、当然増えてくると棚に収まらなくなったり、取り出したときに元に戻せなくて別のところに置いたりしているうちに何が何だかわからなくなってしまっていました。

ってことで今回、新たにきちんとまとめて置けるコーナーをいくつか作りました。出版社でいえば夏葉社のとなりにミシマ社のコーナーを作り、作者では新たに木山捷平のコーナー、内田樹先生のコーナー、平川克美さんのコーナー、そして高橋和枝さんのコーナーを作りました。

でも、どうしようかと思うものがありますね。ミシマ社から出ている内田先生や平川さんの本とか、高橋和枝さんが挿絵を描かれた夏葉社の『さよならのあとで』をどうするかとか。


さて、その高橋さんのコーナーに新たに一冊の本が今日加わることになりました。この『トコトコバス』。

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久しぶりに高橋さんが絵も文もかかれた絵本ですね。待ち望んでいました。9月になれば、ということで紹介したのに10月になってしまいましたね。


トコトコバスは風がびゅうびゅう吹く中や土砂降りの雨の降る中は絶対に走ったりはしないし(たぶん)、時刻表はきっとなくて、走り出してから乗り遅れている人を見かけたらわざわざ引き返したりしているはずなので(たぶん)、僕のところに到着したのは結局ひと月近い遅れになってしまいました。それもトコトコバスらしくていいですね。

ってことで昼食後、一息ついたときにコーヒーを飲みながら読むことにします。

楽しみだなあ。


by hinaseno | 2018-10-01 12:57 | 文学 | Comments(0)

夏の前くらいから散乱状態にあった本とレコードの片付けを続けています。一冊も、一枚も処分しないってところからはじめているので、それらを収めるためのスペース作り、スキマ探しをやらなくてはなりません。

そのスペースを作るために捨てられるものは捨てようと思いつつ、よっぽどのものでない限りは捨てない。壊れていたり、傷だらけでみすぼらしくなっているものは直して使うようにしています。だから余計に時間がかかる。先日も…、まっ、いいかそれは。

片付けを中断するのは他にもあって、一番多いのはずっと見当たらなかったものが見つかって、あるいは思わぬものを発見してついついそれを眺めてしまうことですね。


うれしかったのは平川克美さんの「路地裏人生論」の朝日新聞beに掲載されていた時の切り抜きが見つかったこと。

現在それは2015年に出た『路地裏人生論』にすべて掲載されているんですが、2013年ごろ、土曜日になると、さあ、今日はどんなことが書かれているんだろうかとわくわくしながら新聞を買いに近所のコンビニに行ってい幸福な日々が蘇ってきました。

新聞を買ってきて、朝、最初のコーヒーを飲みながら一度目を読み、食後にもう一回読み直し、夜、また読み返して。

本当にあのエッセイ、好きでした。

『路地裏人生論』、平川さんという人を知るにはこれ以上なくいい本なので、ぜひ読んでみてください。大瀧さんの話も出てきます。


さっ、これから大谷くんの出場している試合を横目で見ながら作業開始です。

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by hinaseno | 2018-09-29 11:25 | 文学 | Comments(0)

トコトコバス


9月になれば…、

という話をいくつかしてきましたが、こちらもとびっきり楽しみな話です。高橋和枝さんの新作の絵本が講談社から9月13日に発売されるという情報がAmazonをはじめネットのサイトに載りはじめました。

タイトルは『トコトコバス』。

ネットでは少しだけあらすじが紹介されていますが、僕は昔から高橋さんの描かれるバスの絵が大好きなのでこの絵本とにかく楽しみにしています。

ちなみにネットではまだ表紙の画像はアップされていません。どんな表紙になるのか、わくわくしますね。


表紙といえば、9月5日に発売される世田谷ピンポンズさんの『喫茶品品』のジャケットがついに公開。描いたのはこれまで通りwacaさん。

実はレコード会社がP-VINEになったということでもしかしたらデザイナーが変わるんじゃないかと少しだけ心配していたのでwacaさんだとわかって本当にうれしかったです。

公開されたジャケットのデザインは、ノスタルジックな絵が使われるのではという僕の予想を大きく裏切って、かなりインパクトの強いものとなっています。これ、ぜひLPサイズで見てみたいですね。というより、たぶんLPサイズで発売されることを考えてのデザインになっているのではないでしょうか。とにかくたくさん売れて、絶対にLPの発売ということになってほしいと思います。


by hinaseno | 2018-08-04 11:27 | 文学 | Comments(0)

「九月になれば」の話をいくつか書こうと思っていますが、♪三月に入ったら~♪の季節、つまり「早春」も僕にとって9月と並んで大事なとき。

以前「早春コレクター」ということを書いて、いくつか集めていた「早春」というタイトルの作品を紹介しましたが、実はそのとき、最後にちょっとだけ秘密という形にした話を載せたたんですね。別に秘密にする必要はなかったんだけど、なんでだろう。

その日のブログ、タイトルは「「早春」をあつめて」。

暇を見つけてはジャック・ケラーの未聴曲をチェックしては集めているように、「早春」というタイトルの作品も探しています。で、ある日見つけたのがこれでした。

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小沼丹の「早春」。

載っていたのは1958年に出た『女学生の友』という雑誌の3月号。まさに早春ですね。

その日のブログではこの写真を載せただけでコメントは何も書いていません。すごい発見をしたぞ!って気分だったんです。写真の下には秘密めかした形でこう書いています。


この作品が掲載されていたのは少女向けの雑誌。可愛らしいイラストもついていてびっくり。
内容は女子高校生のほのかな恋心を描いたたわいもないもの。ちょっと調べたら全集にも入ってないし年表の作品リストにも入っていない。
この作品のことをあの人に伝えたらきっとびっくりするだろうな。

というわけで早速「あの人」、つまり小沼丹の大ファンである龍野のYさんにお見せしようと思ったんですが、いろいろと用事が立て込んで、その雑誌もどこかにしまいこんで忘れてしまっていたんですね。


で、今年のゴールデンウィーク前にYさんから連絡があって、岡山に仕事で来ているということで、そんなに遠くない場所だったので久しぶりにお会いしましょうとなって、ときにその雑誌のことを思い出しました。もちろんYさんにプレゼント。かなり驚かれていました。


ところがそれから間もなく、びっくりするような情報が飛び込んで来たんですね。2年前に木山捷平の未収録作品を集めた短編集を2冊出した幻戯書房から小沼丹の未収録作品を集めた短編集が2冊出るという情報。

目にとまったのは副題についている「小沼丹未刊行少年少女小説集」という言葉。もしやと思ったらやはり。まさにあの「早春」をはじめ『女学生の友』に掲載された作品や同じく若い女性向けの雑誌である『それいゆ』に掲載された作品を集めた作品集。すごいのがすごいタイミングで出るんだとびっくりでした。

その2冊、先日ようやく入手しました。

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で、さらに驚いたことに、幻戯書房からは今月末にはもう1冊『不思議なシマ氏』というタイトルの小沼丹の短編集が出るんですね。こちらもたぶん全集に入っていない作品を集めたもののはず。

こんな本が出るなんてって感じですが、理由があるんですね。実は今年は小沼丹の生誕100年。今回出た3冊も「生誕百年記念」となっています。


小沼丹生誕百年といえばこのときのために早くから動いていた人がいます。それが龍野のYさん。

Yさんは相当前から小沼丹生誕百年祭をすることを言われていたんですね。でも、それは遥か先のように思っていたんですが、ついにその年が来たんです。

小沼丹が生まれたのは1918年9月9日。

ということで今年の9月9日から龍野にあるYさんの九文庫でその小沼丹生誕百年祭が開かれます。お近くの方、ぜひ足を運んでください。もちろんお近くでない方も。龍野は本当にいい町です。

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by hinaseno | 2018-07-20 12:38 | 文学 | Comments(0)