人気ブログランキング |

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

カテゴリ:音楽と文学( 7 )



昨日、姫路文学館の望景亭で開かれた世田谷ピンポンズさんのライブのこと。いつものことですが僕は体験したことをすぐに文章にできる人間ではないので、また間を置いてから改めて書こうと思います。今日は少しだけ。

ライブの会場となったのは望景亭の長くて曲がりくねった廊下(迷わないように廊下の途中に立って案内をしていたのがNくん。結婚おめでとう、って言うの忘れた。「文学とフォーク」と書かれた白いTシャツが似合っていたよ)を奥に行ったところにある大広間。2つの部屋を襖を取り払って一つにしていて、どうやら全部で40畳あったようです。

で、この部屋に座椅子がぎっしりと並べられて、それが満席になったんですね。素晴らしい。

僕はピンポンズさんがよく見えるようにと、かなり前の方に座ったんですが、写真を撮ろうとカメラのファインダーをのぞいたときに失敗したと思ったんですね。今回は最後尾辺りに座って、一番後ろから満席の客を前にして歌っているピンポンズさんの写真を撮りたかったなと。

何度か立ち上がろうかと思ったんですが、勇気がありませんでした。


ライブの後、今回のライブを企画、実行したおひさまゆうびん舎の窪田さんが撮った写真がSNSにアップされているのを見たんですが、正直泣けそうになりました。これですね。

a0285828_14042485.png

この写真を撮った窪田さん、きっと写真を撮りながら涙が止まらなかっただろうなと。


この日のセットリストをあげておきます。


早春
ピース
机の傷を髪の毛と間違えて
緑色の笛
かぜのたより
大陸
回転展望台
名画座
ワールドワイドラブ
五月
春のくれ
紅い花
船場川
私のワルツ
スロウトレインカミング
グッドバイ
ミスファニープライス
わが町

このうち新曲として披露されたのが「春のくれ」という曲。僕は一応「春の暮れ」とメモしていたんですが、ピンポンズさんがこちらの表記でツイートされていたのでそれに倣っておきます。以前、この日のブログでささやかにリクエストしていた「晩春」ではありませんでしたが、「晩春」をテーマにした歌を作ってくれていました。

木山捷平の詩に曲をつけた「船場川」、もちろん例のお決まりのMCとともに披露してくれました。船場川にかかる橋にある交差点でこの曲が流れる日は近いかも、です。


ピンポンズさんはこのセットリストを紹介した後で、こんなコメントをしていました。


「春から始まり、また来る次の春に想いを馳せるラストにしました」

先日紹介したゆずぽんさんの「古本屋にて、」に重なるものがありますね。

a0285828_14062939.jpeg


by hinaseno | 2019-05-20 14:06 | 音楽と文学 | Comments(0)

今日は、ずっと待ちわびていた世田谷ピンポンズさんのライブ@望景亭の日。

楽しみすぎますね。

姫路の文学館でピンポンズさんのライブが聴ける日が来るなんて本当に夢のよう。いったいどんな曲が聴けるんだろう。どんなパフォーマンスが見れるんだろう。どんな話が聴けるんだろう。

ライブ会場ではwacaさんが作られたいろんなグッズが売られているようで、そちらも楽しみ。そしてもちろんピンポンズさんファンのいろんな人に会えるのも。

わくわくどきどきニコニコ。


ってことで今からトコトコと姫路に向かいます。

この写真、ピンポンズさんのSNSからお借りしました。いい写真です。

a0285828_09314040.png


by hinaseno | 2019-05-19 09:32 | 音楽と文学 | Comments(0)

京都の古書善行堂さんに注文していた夏葉社の新刊『漱石全集を買った日』が一昨日、届きました。で、昨日読了。

いや~、おもしろかった。山本善行さんと清水裕也さんのトークは本(古本)と書店(古書店)に対する愛にあふれていて、いつまでも聞いていたい感じになりました。続編もいけそうですね。


それにしても清水さん=ゆずぽんさんのすごさたるや。好きというものを超えて驚くべき才能を持っていることがよくわかりました。善行さんの言葉で言えば古本の神がついているとしか思えない。

実は、単なる古本コレクターなのかなと思っていたところもあったんですが(すみません)、卓越した読み手であることを思い知らされました。お世辞でも何でもなく。

たとえば優れた映画評論家が昔一度だけ見た映画の細かい部分を覚えているように(僕はちょっと前に見たのにそれをすっかり忘れて初めて見るぞと思いながら見て、で、終わり頃になって、あっ、この映画前に見たやつだな、と気づくことがしばしばある)、ゆずぽんさんは一度読んだ本からいろんな情報を掴み取り、さらにそれを記憶することができるんだなと。


初めておひさまゆうびん舎でゆずぽんさんに会った頃には木山捷平を集めていますって言ってたんですが、それから1年も経たないうちに主要な単行本を全部集めたって聞いて仰天。その木山さんの本、巻頭に掲載された写真(時期ごとに集めた本を24ページにわたって掲載している写真も見ていて興味が尽きない)にずらっと並んでいて、短期間に集めたことがよくわかります。もちろん本文中にも木山さんの話は出てきます。

感心する話もいっぱい。ゆずぽんさんのあとがきも素晴らしいものでした。彼が古本にはまるきっかけになった漱石全集を買ったとき、満足感よりも逆にぽっかりと穴が空いたような気持ちになったというのも、なんとなく理解できるような気がします。もしかしたら永遠に埋まらない穴を発見したのかもしれないですね。

『漱石全集を買った日』を読んで一番おっ!と思った話は、ある全集つにいての善行さんとゆずぽんさんのやりとりなんですが、まあ気づく人には気づくということで。


ところで僕は昨日のブログを書き終えてから、バディ・ホリーが亡くなってからのクリケッツのCDを作りたくなって、彼らのCoral時代とLibety時代の曲を集めた2枚のCDからお気に入りの曲を集めて1枚のCDを作ったんですね。でも、ジャケットに使ういい写真が見つからなくて、昨日はジャケットのないまま自分で選曲したクリケッツのCDを聴きながら『漱石全集を買った日』を読んでいました。

で、今朝、改めてネットでクリケッツの写真を探していたら、パッと目に留まったのがこの写真でした。

a0285828_12075421.png

これはLiberty時代に撮られた写真で、この時に撮られた写真が彼らのいろんなアルバムやシングルのジャケットに使われていて、これはそのアウトテイク。たとえばクリケッツの写真で一番好きなのはこの『Something Old, Something New, Something Blue, Something Else!』というアルバムなんですが、これもそのときに撮られたものですね。

a0285828_12080726.png

背景の幕の色が違っているんですが、この幕は後でいろんな色に加工できる特殊なものみたいです。

それはさておき今朝ネットで発見したクリケッツのその写真を見ていたら、おやっと思ったんですね。背景の赤、下の床の白、そしてメンバーが着ている黒っぽい服。

これって配色が『漱石全集を買った日』と同じじゃん、って。ちなみにこちらが『漱石全集を買った日』。

a0285828_12083202.png

ってことで、ジャケットに使う写真はこれに決定。

このCDを聴きながら、ゆずぽんさんに会いに行きます。サインもらわなくちゃ。

a0285828_12140483.jpeg

ああ、そういえば善行堂に予約した特典、善行さんの直筆原稿のタイトルは「おひさまゆうびん舎」でした。


せっかくなので最後にクリケッツで好きな曲を1曲、「Teardrops Fall Like Rain」。リードシーンガーのJerry Naylorはやはりシャックリ唱法で歌っています。




by hinaseno | 2019-04-28 12:10 | 音楽と文学 | Comments(0)

今日は朝から雨、久しぶりの雨のウェンズデイです。

水曜日に降る雨の色は、もちろん菫色。


雨の色といえば、少し前に大瀧さんの「NIAGARA CONCERT ’83」の「すこしだけやさしく」を聴いていたときにおやっと思ったことがあったんですね。それは大瀧さんの曲には欠かせないブリッジの部分の歌詞。

「水色の街に」のあとに「雨」が出てくるんですが、薬師丸ひろ子さんの歌を聴いていたときには、ずっと「水色の雨」だと思っていました。でも、大瀧さんの歌を聴いていたらなんか違う。

大瀧さんは独特の発音や節回しをされるので、違うふうに聴こえるだけかなと思って歌詞カードを見たら、なんと「蜜色の雨」になってたんですね。

「蜜色(みついろ)」。

「みずいろ」の街に「みついろ」の雨が降る、だったとは。今頃こんなことに気づくっておそすぎですね。でも、みなさん、ちゃんと聴き取れていたんでしょうか。

それにしても松本(隆)さんは、いろんな色の空から、いろんな色の風を吹かせ、そしていろんな色の雨を降らせてくれます。もちろんどの色も透明な、水彩画の色合いなんですが。


色といえば、ひと月ほど前のブログで「藍色」の話を書きました。青の中でもインディゴが好きだという話から、インディゴの日本語訳は藍だと知り、さらに藍は母方の先祖の出身地である徳島が日本一の生産地だということをつい最近知ったという話。「僕のインディゴ好きには先祖のDNAが入っていたのかもしれないな」というオチで。


ところで昨日、ちょっと遠いけど、わりとよく行っていた書店が閉まるという情報が入ったので行ってきました。まあ、数年前に店の品揃えがごそっと変わってからはあまり行かなくなったんですが、その前は本当にいい本を置いていました。しかも店内にはいつも僕好みのジャズが流れていて。

でも、あるとき僕好みの本がなくなって、そこに漫画をどっさりと置いちゃったんですね。それからあまり行かなくなりました。


でも、ときどきそこに行っていたのは昔お世話になった古書五車堂さんの棚があったから。で、昨日、これが最後かなと思いながら行ってきました。

店に入ったら、どうやら店に貼っているチラシで閉店を知ったらしき年配の女性が「これから本を買おうと思ったらどこへ行けばいいの」と、店の人にちょっと怒ったような調子で訊いている姿を見て、なんだかたまらない気持ちに。そういうの、訊かれても困りますよね。店の人も困ったような感じで「TSUTAYAさんとか…」って答えられていましたが、車がないとそこまで行くのは大変。ちなみに僕はTSUTAYAには全く行ってないけど。


さて、古書五車堂の棚を眺めていたら一冊の本が目にとまりました。

『阿波の藍うた』。

a0285828_15263301.jpg


ふた月ほど前に行ったときにはなかったはず、と思いながら、そのときには目に止まらなかったかなと。でも、きっとこれは五車堂さんからの贈り物だろうなと勝手に考えて、中は見ないで買いました。

『阿波の藍うた』は一目見ればわかるように児童書。ほるぷ出版から「ほるぷ創作文庫」の一冊として1981年に出版。あとがきを読むと筆者はこれを書くにあたって徳島の藍の生産地をまわっていろいろと調べたようです。実際、本には吉野川流域の地名、あるいは寺の名前が出てくるんですが、物語の舞台となっている場所は先祖が出た地とわりと近いこともわかりました。

こういう出会いがあるから本屋っていいんですね。そんな出会いの場所がまた一つなくなってしまうのかなと思うと、心は藍色になってしまいそうです。


『阿波の藍うた』は阿波国の春の風景から始まります。読み始めるのにもちょうどいいタイミングでした。

ああ、春色の汽車に乗って四国に行きたい。


by hinaseno | 2019-04-10 15:27 | 音楽と文学 | Comments(0)

これは5月に行われるイベントのチラシ。

a0285828_15374419.jpeg

日当たりの良い縁側に座って外の新緑の景色を眺めているのは世田谷ピンポンズさん。この場所は…。


7年前の2012年9月4日、記念すべき(って大げさに言うほどのことではないけど)最初の日のブログに貼ったのがこの写真でした。

a0285828_15375603.jpeg

流れているのは船場川。姫路城の北西にある清水橋という小さな橋から撮っています。

a0285828_15382411.png

写真を撮ったのは同じ日のお昼の12時過ぎ。ただ、この日に紹介した詩のイメージに合わせて画像編集しています。日が落ちた薄暗い感じにして、さらには90年近く前の感じも出そうとセピア色も入れました。

紹介した詩はもちろん木山捷平が昭和2年に姫路で書いた詩「船場川」。改めてその詩を。


 あへないで帰る 
 月夜 
 船場川はいつものやうに流れてゐたり
 僕は
 流れにそうてかへりたり。

船場川の写真を撮ろうと思ったときに、まず浮かんだのがあの清水橋の場所でした。好きだったんですね、あのあたりの場所。まあ、近くに図書館や美術館、公園、動物園などがあって、よく車では通っていたんですが、ある秋の日、あのあたりを車で通っていたら(そのときに流れていたのはブロッサム・ディアリーの「Sweet Surprise」。ってことで1997年の晩秋だとわかりました)、一本の赤く色づいた木が目に入ったんですね。たいした木ではないけど、一本だけとても綺麗に色づいていたので、ちょっとそこに車を止めて写真をパチリと。そのときに撮った写真、アルバムに残っていました。

a0285828_15390126.jpeg

せっかくなのでそのあたりを船場川に沿って歩きました。いわゆる「千姫の小径」と名付けられている道。それからはよくあのあたりを歩くようになりました。不思議なもので必ず頭の中にはブロッサム・ディアリーの「Sweet Surprise」が流れてくるんです。今でも、あのあたりに行くと。




清水橋のあたりを歩くとき、たいてい車を止めていたのは城内図書館の駐車場。で、ときどきは姫路図書館の駐車場にも(以前は横に気軽に止められた)。

その姫路図書館に初めて行ったのがその1997年の夏でした。だれかの展示を見た後で目に入ったのが一軒の古い日本家屋。入れることがわかったんで、中に入り、もちろん縁側に腰を下ろしました。いい建物だなあと。その建物が望景亭。

その日、望景亭で何枚か写真を撮ったはずだけど見当たらない。なぜだか、その望景亭の前を流れている川を撮ったこの1枚だけが残っている。

a0285828_15393358.jpeg

望景亭にはもう一回行ったかな。

で、まさにその望景亭で世田谷ピンポンズさんのライブが開かれるんですね。こんなに楽しみなことはない。いろんな思い出が蘇ってきそうです。

姫路の木山捷平のことを知ってから、文学館には何度も行って、いろんなものを見せてもらったり調べてもらったりしました。

改装後にはピンポンズさんの「船場川」のCDも持って行って、文学館でピンポンズさんのライブをやっていただけないでしょうかと言ったこともあるんですが、今回はおひさまゆうびん舎さんの強力な働きかけでライブが実現したんですね。夢のよう。


ライブが行われるのは5月19日日曜日。まさに晩春。

これまでピンポンズさんは「春」「早春」「5月」というタイトルの曲を作っています。縁側に茶碗が二つ置かれているイメージをもとにして新たに「晩春」というタイトルの曲が生まれたら嬉しいなとふと思ってしまいました。上林さんの作品と同じく「晩春日記」でもいいけれど。


望景亭はかなり広い会場なのでたくさん入れるようです。ぜひ、足を運んでみてください。縁側でお茶を飲みながら見るのもいいかもしれません。きっととびきり素敵なスウィートサプライズがあるはず。

申し込み、お問い合わせはおひさまゆうびん舎さんへ。


by hinaseno | 2019-03-29 15:41 | 音楽と文学 | Comments(0)


  晩春

 尋ねて来たのに
 主人は不在である。 
 主婦も不在である。 
 新緑の縁側に 
 茶碗が二つ置いてある 
 ――では失敬、
 ぼくは待つてゐるわけにはいかないのだ。

この「晩春」と題された詩が書かれたのは木山捷平が亡くなった昭和43年。死が近づきつつあることが読み取れるような詩で、ちょっと息苦しい気持ちになってしまいます。

ただ、その2年前の昭和41年、当時62歳だった木山さんはこんな詩を書いているんですね。詩のタイトルは「六十年」。


  六十年

 尋ねて来たのに主人は不在である。 
 主婦も不在である。 
 開けひろげた深緑の縁側に 
 茶碗が二つ置いてある 
 座蒲団も二つ置いてある。

最初の2行は「晩春」と全く同じ。その次の2行もほぼ同じ。縁側に茶碗が置かれている風景ですね。「六十年」では茶碗以外に「座蒲団」も置かれていますが、詩としては「座蒲団」がない方がいいような気もします。木山さんもそう感じたのか2年後にその「座蒲団」の1行を省いて「――では失敬、ぼくは待つてゐるわけにはいかないのだ。」を付け足しています。


ところで、昨日、スマホに入れている『木山捷平全詩集』で「縁」という言葉を検索していたら、こんな俳句があるのを見つけました。


  茶碗二つ新樹の庭の縁の上

これはまさに「晩春」あるいは「六十年」に描かれた風景。同じ日に書かれたいくつかの俳句の後には「昭・35・6・2 向島 百花園にて」とあったので、昭和35年6月2日の木山さんの日記を見ると


 文壇俳句会、向島百花園にて、四時より。池袋よりトローリーバスで行った。
 席題、祭、新樹、梅雨、鮎、嘱目

このあとにこの日木山さんが詠んだ俳句が全部で11句並んでいます。で、その中に「茶碗二つ新樹の庭の縁の上」も。ちなみに『全詩集』に掲載されているのは『日記』からとられたのかと思ったらそうでもない。『日記』に載っているのに省かれているものもあれば、言葉や表記が変えられているのもあります。

で、11句の俳句の後にはこう書かれていました。


 小生等外、小皿入小梅干一個をもらった。参加賞、テーブルクリーナー。

ということで、どの俳句も選からは漏れたようで木山さんは参加賞と梅を一個だけもらって帰ったんですね。

ただ、この日書いた俳句の一つである「茶碗二つ新樹の庭の縁の上」のイメージはどうやら木山さんにずっと残り続けることになったんですね。もともとは俳句会が開かれていた新緑の百花園にある建物の縁側でお茶を飲んでいた人が立ち去って茶碗が2つ残っているという風景がたまたま木山さんの目に入って俳句にしただけだったのかもしれないのに、そのイメージが6年後に「六十年」という詩になり、さらに2年後のまさに死がさし迫っていたときに「晩春」という詩に形を変えていった。

興味深いのは「六十年」も「晩春」も、会いにいったけれども会えなかったという、そう、木山さんのが昭和2年に姫路で書いた「船場川」の詩のあのイメージに重ねられていること。

昭和2年の23歳の木山さんは「友」の家の前で暗くなるまで半日くらいは待つことができた。「六十年」を書いたときでも数時間は待っていたかもしれない。でも、「晩春」を書いたときの木山さんは1分すらも待つことができなくなっていた。


と、ここまでが今回書こうとしていることの前置き。前置きの前に前置き(のようなもの)を書いてしまったのですっかり長くなってしまいました。次回は本題に入ります。大事な告知。


by hinaseno | 2019-03-28 12:03 | 音楽と文学 | Comments(0)


「晩春」と「初夏」は5月下旬のちょうど今頃の時期を表す言葉なのにずいぶん肌触りが違う。明るさも、湿り気も、風の吹き具合も違う感じがします。いうまでもないけど「晩春」の方が少し暗くて湿度もある。

こんな書き出しで昨年の5月のブログに、読んだばかりの上林暁の『晩春日記』の話を書いていました。今朝、ふと「晩春」と「初夏」という言葉についていろいろと考えていたら、ああ、そういえば以前書いていたなと。


3日前、3月の気持ちよく青空が広がった中、神戸の西のはずれの海の見える鉄道沿線を歩いたので、今朝、急に村上春樹の『カンガルー日和』に収録された「5月の海岸線」を読みたくなったんですね。

『カンガルー日和』は最初に「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」、さらに「5月の海岸線」も入っていることからなんとなく春の雰囲気があります。おもしろいことに「バート・バカラックはお好き?」という作品もあるのでバカラックも春に聴きたくなっちゃうんですね(実際、最近よくバカラックを聴いている)。バカラックには「エイプリル・フール」という素敵な曲もあるし。ああ、それから海のことも感じさせてくれる作品も多い。例えば「1963/1982年のイパネマ娘」とか。


ところで神戸に向かうとき、車の中でずっと聴いていたのは出たばかりの大瀧さんの『NIAGARA CONCERT ’83』のDisc 2の「EACH Sings Oldies from NIAGARA CONCERT」の曲順を入れ替えて、大瀧さんのカバーとオリジナルの曲を交互に入れて作ったCD。本当は塩屋に向かう電車や塩屋のあたりを歩くときもそれを聴こうと思ったのにヘッドフォンを忘れてしまって結局聴けなかった。これは残念だったな。大瀧さんがカバーしていたのは1955年から1963年にかけてのアメリカン・ポップス。エルヴィス・プレスリー、カール・パーキンス、クローヴァーズ、バディ・ホリー、リッキー・ネルソン、ジョニー・ティロットソン、ポール・アンカ、ボビー・ダーリン、バリー・マン、フリートウッズ、パリス・シスターズ、トミー・ロウ。海の見える滝の茶屋駅あたりの線路沿いの道をこれを聴きながら歩けなかったというのが唯一の心残り。


さて、村上春樹の「5月の海岸線」を読むと、1963年、つまり村上さんも大瀧さんも中学3年生だったときの話が出てきます。ちなみに「5月の海岸線」の舞台になっているのは塩屋とは反対側の芦屋。つまり神戸の東のはずれの海沿いの場所。1963年のアメリカン・ポップスが最も輝いていたときの神戸の海沿いの風景がここにあります。


もっと大きくなってからは(もうその頃には海もすっかり汚れていて、僕たちは山の上のプールで泳ぐようになっていたけれど)、夕方になると犬をつれて(犬を飼っていたんだよ、白くて大きな犬だ)海岸道路を散歩したものさ。砂浜で犬を放してぼんやりしていると何人かのクラスの女の子たちに会えた。運がよければ、あたりがすっかり暗くなるまでの一時間くらいは彼女たちと話しこむことだってできた。長い丈のスカートをはき、髪にシャンプーの匂いをさせ、目立ち始めた胸を小さな固いブラジャーの中に包み込んだ1963年の女の子たち。彼女たちは僕の隣りに腰を下ろし、小さな謎に充ちた言葉を語り続けた。彼女たちの好きなもの、嫌いなもの、クラスのこと、街のこと、世界のこと……、アンソニー・パーキンス、グレゴリー・ペック、エルヴィス・プレスリーの新しい映画、そしてニール・セダカの「別れはつらいね(ブレーキンアップ・イズ・ハード・トゥ・ドゥ)」。

創作が含まれているとはいえ、日本とは思えないくらいにカラッとしている。1963年の女の子たちの話の中に日本のスターの話が一切出てこないのもすごいですね。日本的なものが排されているといえばニール・セダカの曲のタイトル。原題は「Breaking Up Is Hard To Do」。村上さんが書いている通り「別れはつらいね」という意味。でも、この曲、日本でもシングル盤が出ていて別の邦題がついているんですね。

「悲しき慕情」。

なんとも暗くて湿度がいっぱいのタイトル。曲との落差がありすぎ。もし村上さんがあそこで邦題の「悲しき慕情」なんて書いていたら、風景までイメージが違ってきますね。とはいっても実は「5月の海岸線」は決してカラッと明るいだけ作品ではなく、すぐに”暗い”話が出てくるんですが。


と、前置きのつもりが、全然そうならなかったのですが、とりあえず「5月」の話。

改めて「初夏」と「晩春」のことを言えば、やっぱり「晩春」という言葉のほうがなんとなく「文学」に相性がいいような気がするなと。この場合の「文学」はどちらかといえば私小説的なものになってくるけど。そうえいば小津安二郎も『晩春』も、もともとは広津和郎の「父と娘」という小説が原作。


ところでずっと以前にも一度紹介したことがありますが、木山捷平に「晩春」と題された詩があります。次回はその話から。


by hinaseno | 2019-03-27 13:42 | 音楽と文学 | Comments(0)