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by hinaseno
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2019年 06月 11日 ( 1 )



吉田篤弘さんの『チョコレート・ガール探偵譚』、一日で一気に読了しました。僕にしてはめずらしく、というかめったにないこと。まあ、遅読っていうのが一番の理由ですが読んでいる途中で気になったことがあると、読むのを中断してパソコンや他の本、あるいは地図などを調べたりしているうちに時間が経ってしまうんですね。

今回もやはり何度も中断してパソコンやらスマホでいくつものことを調べていましたが、でも少しでも空いた時間を見つけては読み進め、結局は一日で読み終えることができたんですね。あまりに面白くて途中でやめることができませんでした。

そういえば本を読みながら、最初に気になって調べたのは、筆者が「チョコレート・ガール」という題名の映画に出会ったあとすぐに書かれているこの言葉でした。


 それでは、とばかりにスマートフォンを取り出し、画面に指先をすべらせて、「チョコレート・ガール 成瀬巳喜男」と検索すれば、すぐに詳細な情報が得られるはずだ。
 しかし、そうしなかった。検索をすれば、この映画が現存するのかしないのか、ただちにわかる。(中略)
 が、ひとまず検索はせず、いましばらく踏みとどまった。そう書きながら自分でも笑ってしまう。こんな大げさな云い方がおかしくないほど、検索で答えを得ることはもはや常識なのだ。
 しかし、ここはひとつ踏みとどまりたかった。さっさと答えを知ってしまうのが勿体ないような気がしたからである。

この気持ち、すっごくわかります。僕もときどき、あえてネット検索を避けることがあります。

ただ、『岡山の映画』を読んで、成瀬の『チョコレート・ガール』のことを知ったときには、すぐにパソコンで「チョコレート・ガール 成瀬巳喜男」と検索しました。それで公開日、原作、出演者などを知ったんですね。主演の水久保澄子の名前は初めて知りました(『チョコレート・ガール探偵譚』を読んで、彼女が小津安二郎の『非常線の女』に出ていたことがわかりました)。

で、今回、吉田さんのこの部分を読んで、改めて「チョコレート・ガール 成瀬巳喜男」と検索してみたら、ちょっとびっくり。なんと半年前(2018年12月)に僕が書いた記事がトップから3つめに挙がってました。

おおっ、もしかしたら吉田さんは、あの記事を読んだかも、と思ったんですが、あとがきにこんな言葉が。


ここに収められた文章は平凡社の「こころ」に連載したもので、第一回が掲載されたのは2016年の冬だった。

ということは連載を始めたときに「チョコレート・ガール 成瀬巳喜男」と検索しても、まだ僕の記事は存在しない。

でも、連載を終えたのが今年の4月のようなので、どこかの段階で検索されて僕のブログを読んだかなと思ってみたり。少なくとも読者か、あるいは吉田さんと一緒に”チョコレート・ガール探偵”をしていた人は読んでくれていたようです。

それはさておき、ネットの検索はしないでおこうと決めた吉田さん、ではどうするか。当然こうなります。


 さて、電網から離れて過去を検索するとなれば、図書館か古書店で探るのが古来の方法である。自分の流儀としては、図書館の前にまずは古書店を探しまわるのが常で、流儀というより、放っておいても古書店へは日参しているので、自分のなわばりの中で何が見つかるか、と云った方が正しい。

というわけで、『チョコレート・ガール探偵譚』は古本好き、古本屋好きにとってもたまらない話が出てくるですね。でも、結論的に言えば、やはり東京って、うらやましいなあ、の一言に尽きます。古本屋に限らず、何か調べようと思ったら、東京にいればさっと行けますからね。


それにしても改めて吉田篤弘さんって、嗜好するものとか性格とかよく似ているなあと。

例えばこんな部分。


 そもそも、自分がなぜこの映画に興味をもったかといえば、単純に「チョコレート・ガール」という言葉の響きにひかれたのである。

これがもし『腰弁頑張れ』だったら反応はしなかったはず。そう、僕も吉田さん同様、昔からチョコレートが大好きなんですね。今も毎日、午後のコーヒーを飲んだ後に必ずチョコレートを食べています。チョコレートを食べない一日なんて考えられない。

それから『チョコレート・ガール』が封切られた昭和7年の風景の中に入り込む部分があって、その風景の描写にこんな言葉が出てきます。


 驚嘆すべきは空の青さだった。そこへアドバルーンがいくつも上がっている。

アドバルーン!

『チョコレート・ガール』が昭和7年の映画だと知って、まず僕が頭に浮かんだのがアドバルーンが上がっている都会の風景だったんですね。

東京の空にアドバルーンが上がり始めたのは昭和6年頃。いくつものアドバルーンが上っている、あの鈴木信太郎の「東京の空(数寄屋橋附近)」はまさにその昭和6年に描かれたもの。吉田さんもよく知っているんですね。

で、エピローグにはこういう言葉が出てきます。


私がいつでも書きたいのは何かを探す話で、探しているあいだにあれこれと考えたり、探すためにどこかへ出かけて歩きまわることができれば、それでいいのである。

これも、似たようなことをこのブログで書いたような気がします。

「脱線」が多いのも似てますね。そしていうまでもありませんが探している途中で起こる「たまたま」のエピソードもいくつも出てきます。

たとえば『チョコレート・ガール』のことが掲載された『キネマ旬報』昭和7年9月11日号をコピーを手に取ったときのこと。


 しかし、この「昭和7年9月11日号」という文字の並びを見るにつけ、どことなく感じ入るものがあり、さて、どうしてなのかとしばらく考えるうち、思いがけないものに行き当たった。
 父の誕生日である。
 完全に一致というわけではないが、父は昭和7年9月7日の生まれで、つまり、私の父は「チョコレート・ガール」が封切になった12日後にこの世に生まれ落ちたのだ。
 そうなのか、と複雑な思いになった。
 チョコレート・ガールと父はほとんど隣り合わせた生年月日を持ち、同じ時代の同じ空気を吸いながら育った。

僕であればここで「縁」という言葉を使いたくなります。

日付に関する「父」との「縁」といえば、『チョコレート・ガール探偵譚』の奥付に書かれている発行日。僕の父親の命日と2日違いでした。これも縁ですね。


というわけで個人的にはいろんな縁を感じる「チョコレート・ガール」。たぶんこの本を出した後も、吉田さんやその周辺の人、あるいは読者の何人かがチョコレート・ガール探偵を続けられていると思いますが、僕もチョコレート・ガール探偵団の一人として、できることをやっていこうと思います。

吉田さん、チョコレート・ガール探偵団バッヂでも作ってくれないかな。

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by hinaseno | 2019-06-11 12:53 | 文学 | Comments(0)