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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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2018年 01月 09日 ( 1 )



昨日、このブログに書いたことに関して、ある方から貴重な情報をいただきました。実はこの話は昨日と今日の2回で終える予定でいたのですが、確認のためちょっと時間がかかりそうです。そして予定していたストーリーもどうやら変わりそう。でも、こういうのがあるから面白いんですね。肩の上で、小さくふるえていた「やさしさ」は、もしかしたら天使だったかもしれない。


というわけで結論(というほどのものでもなかったけど)部分はちょっと先送りして、ここでちょっと興味深い音源を紹介します。実は1975年7月29日(前日7月28日は大瀧さんの27歳の誕生日)に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」で「外はいい天気(だよ)」のライブ・バージョンがかかっているんですね。こんな歌詞になっているんです。


 水いろの光 あふれる
 部屋にきみは ひとりぽつん
 風にきみの 顔がにじんで
 水いろの陽に ぬれてるテーブルに
 きみにほゝづえつき 今朝の
 夢のつづき おもい出す
 さあ 頭に帽子のせて
 出かけなさいな
 ほら 外はあんなにいい天気だよ

 水いろの光 さし込む
 部屋に朝は 悲しすぎる
 風にきみの 夢がにじんで
 きみの肩のうえで やさしさが
 小さく 小さく ふるえてる
 小さく 小さく ふるえてる

なんと最後に「きみの肩のうえでやさしさが、小さく小さくふるえてる」が入っているんですね。ライブということで(バックはシュガーベイブ!)アップテンポのアレンジがなされていますがメロディは「外はいい天気だよ ’78」と全く

同じ。一番の「水いろの光 さし込む」と2番の「水いろの光 あふれる」が逆になっている以外は歌詞もほぼ同じ。

このライブ、どうやら1974年7月11日に公開録音された文化放送の「三ツ矢フォークメイツ」で演奏されたもののようです。74年といえば『HAPPY END』の翌年。たった1年で大瀧さんは歌詞を変えたバージョンを作っていたんですね。78年になって『DEBUT』に収録するために作り変えたわけではありませんでした。


さて、ここでちょっと「外はいい天気」が作られた時の状況を。

「外はいい天気」が収録された『HAPPY END』はアメリカで制作されたんですが、大瀧さんは実はアメリカに出発する日(1972年10月4日)の前日までファーストアルバムを制作していました。作業はアメリカに出発する当日の朝まで続いていました。ということで、新しい曲は何一つ用意していないままアメリカに行ったわけです。たぶん能力もエネルギーも使い果たしていて、とても新しい曲を作れる状態ではなかったはず。で、おそらくアメリカに着いてから松本さんに何か曲になっていない詞はないかと訊いたんでしょうね。

で、松本さんは国際電話でマネージャーに連絡を取って、すでに作詞を終えていた未発表の作品を聞き取って大瀧さんに渡したんですね。それが「田舎道」と「外はいい天気(だよ)」。いずれも翌月に発売される『風のくわるてつと』に収録されているので、渡された歌詞は『風のくわるてつと』に載っているものと同じはず。ただ、聞き取りの過程でいくつかの違いが生じていたかもしれませんが。

というわけなので「外はいい天気」はもちろん詞先。相当あわただしい中で曲が作られたのはいうまでもありません。


ここで大瀧さんのちょっとおもしろい証言を。例の『KAWADE夢ムック 増補新版 大瀧詠一』に収録されているインタビュー。聞き手は湯浅学さん。


湯浅:はっぴいえんどの3枚目をレコーディングする時は、すっからかんな状態でしたか。
大瀧:そう、また曲を作れったってねえ。作業が終わってその日に飛行場だよ、売れっ子でもあるまいし。しかも、初めての外国だから。
湯浅:じゃあ「田舎道」も向こうで作った?
大瀧:うん。「外はいい天気」も詞がなくて、松本が国際電話で送ってもらったんだけど、そしたら詞が2行長かった。どちらも詞が先なんだけどね。


この話で気になっていたのは「松本が国際電話で送ってもらったんだけど、そしたら詞が2行長かった」の言葉。この「2行」の秘密を解明する手がかりが、どうやら昨日いただいた情報の中にありそうなんですね。


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by hinaseno | 2018-01-09 13:04 | ナイアガラ | Comments(4)