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by hinaseno
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2015年 10月 26日 ( 1 )


ロッパ、内田百閒に会う


先日立ち寄った古書展で購入したもう1冊は内田百閒の『頬白先生』。
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この日のブログでも紹介した古川ロッパの主演で映画化された作品(映画のタイトルは『ロッパの頬白先生』)の原作。映画の公開は昭和14年3月21日。当時15歳だった高峰秀子さんも出ているので、ぜひ見たいと思っているのですが、まだ見る機会にめぐまれていません。フィルムは現存してるんでしょうか。
ところで僕が購入した本は昭和21年にコバルト社から映画化文芸名作選として発売されたもの。最初は映画が公開された年に新潮社から『頬白先生と百鬼園先生』という題名で出ていたようです。コバルト社から出たものは題名は変わっていますが「百鬼園先生」も収録。

『古川ロッパ昭和日記』には『頬白先生』がらみのことがいくつか書かれています。

昭和14年2月1日 
昨夜百間随筆二冊読んじまったから眼がだるい。

昭和14年2月6日
頬白先生撮影第一日。
今日から撮影。十時開始の由、十時と言っても何うせ中々だらう、十時頃出かける。果して、砧村へ着いてみると、一時開始とある。仮題「頬白先生」の高利貸の家のセット、阿部豊の監督は何度もリハサルをやらせるが、流石にうまく、嫌な気を起させない。ワンシーンワンカット、三分何秒流しっ放しで、丸山定夫とのやりとりを一カット。それから金を返すところ、これも二分ばかり。今日はこれだけで、はや七時過ぎとなる。新しい俳優部屋の風呂は中々いゝ。阿部と二人、渋谷のふた葉亭へ寄る。今日はチキンで美味かった。帰宅九時頃。

共演した高峰秀子さんの話も出てきます。

昭和14年2月13日
十二時頃から、高峰秀子扮する先生の娘が、二階へ訪れて来るしんみりしたところ。高峰秀子は、別の映画で先刻迄働いて、これで徹夜すると又朝八時開始で働くんださうだ。夜も三四時頃、僕の芝居が何うしても阿部の腑に落ちない個所が出来、いろいろ注文されるが、何度やってもいけない。さんざ手古擦って、明け方に終る。

ロッパはこの時期百閒に強く惹かれていたのか、この後舞台で『百鬼園先生』もやったようです。
そしてその舞台稽古をしているところに、ある日突然百閒が見に来てるんですね。

昭和14年3月31日
座へ二時近く出た。セリフやってると、ヌウッと部屋へ入って来たオットセイの標本みたいなのが「私が内田百間です」成程変ってゐる。「百鬼園先生」の稽古が三時すぎから。妙な味の芝居で、一寸いゝかも知れない。内田先生づっと見てるので、弱った。

「オットセイの標本」みたいなのが入ってきたというのが笑えます。
『頬白先生』の序文には映画『頬白先生』と芝居『百鬼園先生』のことが書かれて結構興味深いものがあります。序文が書かれたのは昭和14年4月。たぶん映画と芝居を観た直後に書いたんでしょうね。せっかくなので引用しておきます(カタカナと漢字で書かれていますが、カタカナはひらがなに直しました)。

本書の刊行に就いて特に一言する。
頃者私の作物から取材した芝居や映画が世に行はれているのは作者として有り難い事である。これを機縁に私の読者のふえる事を念ずる。
しかし私は従来の作品に於いて文章を書いたのでkって物語の筋を伝えようとしたのではない積りである。そう云う積りで書いた私の作物の中から芝居なり映画なりの組立てが成ったと云うのは、その事に携わった脚色家の労苦と好意による事であって、私としては深甚の感謝を致さなければならぬと考えるが、同時に作者として自省す可き点があると思はれる。つまり私の文章が未熟である為に後でおりが溜まり或はしこりが出来て、そう云うところが人人の話の種になるのではないか。もっと上達すれば私の文章も透明となり何の滓も残らなぬであろう。そうなれば芝居や映画になる筈がない。今日の事は私の文章道の修行の半ばに起こった一つの戒めであると考えられる。読者が私の文章を読む以外には捕える事が出来ないと云う純粋文章の境地に到達する様一層勉強するつもりである。
芝居の「百鬼園先生」映画の「頬白先生」を観られた諸賢に願はくは本書を一読せられたいと念ずるのは、右の様な私の文章上の未練によるのである。芝居は芝居、映画は映画であるが、文章はまた文章の理想がある。そう云う意味で本書を上梓するのであるから読者が芝居や映画で見覚えた話の筋を本書に収めた文章の中から探ろうとする様な事はやめて戴きたいと思う。但し本書の文章を読んだ後で、彼所がああなっているのかと思い当られるのは止むを得ない。

多少回りくどく書いてはいるものの、どうやら百閒は映画の『頬白先生』も芝居の『百鬼園先生』も気に入らなかったようです。

でも、百閒さん、その『頬白先生』に出ていた少女が女優としても一人の人間としても素敵な女性に成長して、その人から「この夜でいちばん会いたい人」ということでラブレターをもらうことになろうとは思いも寄らなかったでしょうね。
by hinaseno | 2015-10-26 12:21 | 文学 | Comments(0)