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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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2013年 04月 01日 ( 1 )



昭和20年7月13日の荷風の話をしたいのですが、今日、それから明日もこれをゆっくり書く時間がありませんので、別の話題を少し。

実は今、昭和20年7月の荷風のことをここに書きつつ、実際にはそのあとの日に書かれた『断腸亭日乗』を読み進めています。昨夜読んだのは、ちょうど1年後の夏のあたり。荷風が千葉県の市川で暮らすようになって書いたものです。
正直言えば、だんだんと読むべき内容がなくなってきています。筆力がぐっと落ちてしまっています。年齢的なこともあるでしょうし、何より同居の状態が続いていて、隣に暮らす人のいろんな音に悩まされています。特にラジオの音は極端に嫌っているようで、日記ではラジオというものに対する苛立ちをぶつけた言葉がいくつも出てきます。

この時期の『日乗』は読むべきものがなくなってきているといいましたが、人(どうやらかなり多くの人のような気がします)によっては昭和20年3月9日に書かれた偏奇館焼失以降は読むべきものがない、ということにもなっているようで、まあ、僕がここに書いているのはそれに対する小さな抗議でもあるのですが。
といいつつ、やはり岡山を去って以降は内容的にかなり淋しくなるのは事実。でも、そんな中でときどきうれしくなるような小さな発見もあったりします。岡山の日々をいろいろ思い巡らしていたからこそ気づける細部。
真実は細部に宿る、なんてかっこいいことをいうわけではありませんが。

そういえば昭和21年の日記にはいくつか去年に起こった出来事が似たような表現で出てきます。
3月9日「去年此日の夜半偏奇館焼亡蔵書悉灰となる」
5月25日「去年此夜中野のアパートにて日に襲はれしなり」
6月28日「去年此日岡山にて火に遭ふ」

荷風の感性の鋭さがわかるような興味深い話もありました。

4月17日の日記。この日荷風は市川の地で初めて蛙の鳴き声を耳にします。実は岡山の日々を記した『日乗』には蛙の鳴き声のことが結構書かれていました。それと比べているんですね。

去年岡山の西郊にて聞き馴れしものとは少しく異るところあり、人各郷音あるは言ふを俟たず、蛙声亦土地によりて其調を異にするは今夜始めて知る所、興味なしとせず


考えてみれば、荷風が岡山にいて蛙の声を聞いていたのは夏真っ盛り、で、市川で聞いたのはまだ春先。時期がかなり違っていて蛙の成長段階も相当開きがあるような気がしますが。ただ、僕も田圃に囲まれて育ちましたから、夏の蛙の鳴き声のうるささはよく知っています。その鳴き声が他の土地とどれだけちがうのかはわかりませんが。

それから昨夜の最もうれしかった発見。4月8日の日記に書かれています。
この日、荷風のもとに東京から、ある人物が訪ねてきます。偏奇館焼失以降、各地を転々と移り住んでいた荷風をずっと探していたそうです。
その人は数年前、荷風に懐中時計の修理を頼まれていたんですね。それを届けに来たとのこと。

余が修繕を以来せし服部の懐中時計を届けくれたり。(中略)四五年ぶりにて懐中時計を見て時間を知るも何やら物珍しき心地す。


荷風は服部時計店の時計台を時計替わりに眺めていただけでなく、そこで懐中時計を買っていたんですね。『銀座二十四帖』つながりがなければ、気づくこともなく読み流したところでした。
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by hinaseno | 2013-04-01 08:43 | 文学 | Comments(0)