『ことばの生まれる景色』という本を出版するという情報をTitleさんがSNSで流したときに、僕がまず反応したのは一番最初に紹介していた本の一節を引用した文とその文に添えられたnakabanさんの絵が載ったこのページの写真でした。
引用されていたのはこの一節。
ある日、東京、神田の古書店街の洋書専門店で、一冊のアラスカの写真集を見つけた。たくさんの洋書が並ぶ棚で、どうしてその本に目が止められたのだろう。まるでぼくがやってくるのを待っていたように、目の前にあったのである。
写真のページには本のタイトルは書かれていませんでしたが、この文を読んでそれが何の本かすぐにわかりました。
星野道夫の『旅をする木』。
引用された部分はまさに星野道夫のセレンディピティを描いたもの。もうこれだけで本を買うのを決めました。
星野道夫の『旅をする木』の次に紹介されていたのは須賀敦子の『ミラノ 霧の風景』。さらにメイ・サートンの『独り居の日記、石牟礼道子の『苦海浄土』、庄野潤三の『夕べの雲』、谷崎潤一郎の『細雪』、リチャード・ブローティガンの『芝生の復讐』…。村上春樹は『1973年のピンボール』が選ばれていたのもにっこり。
知らない本もいくつかありましたが、辻山さんの文章を読んでいるとどれも全部読みたくなってしまいました。あるいは読み返したくなる本もいくつも(一番読み返したくなったのは夏目漱石の『門』)。辻山さんの文章が本当に素晴らしいんですね。
そしてこの本をより素晴らしいものにしているのがnakabanさんの絵。
nakabanさんのことは去年買った『窓から見える 世界の風』という本で知りました(この本のこと、去年の10冊を選ぶときに忘れてた)。風を絵にするのは相当に困難なことであったにちがいありませんが、一つ一つの風に添えられnakabanさんの絵に強く心を打たれました。
『ことばの生まれる景色』にはそのnakabanさんの描かれた絵の色のことについての話があって、それが強く心に残りました。その話の最後に辻山さんが「世界を新たに発見させる驚きと感動があった」と書かれているんですが、僕も同じ思いを抱きました。それはまさに「青」の話。
数年前、仙台にある古本とカフェの店「book cafe 火星の庭」で、nakabanさんとトークイベントを行なった。トーク中、以前より気になっていたnakabanさんの「青」へのこだわりについて尋ねたところ、「すべての色には青が溶け込んでいますから」と、はっきりとした答えが返ってきた。
目の前にある茶色の机、歩道のアスファルト、新緑のけやき並木……。nakabanさんによれば周りに存在するどんなものにも、多かれ少なかれ「青」が溶け込んでいるという。画家のヴィジョンに沿って世界を眺めると、目の前の空間が青の濃淡でできたモノの連なりに見えてくる。レイモンド・カーヴァーの短編小説「大聖堂」には、主人公が盲人の手ほどきを受け、自らも「見えない」感覚を追体験するという印象的なシーンがあるが、nakabanさんの一言にも、世界を新たに発見させる驚きと感動があった。