人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

Tokyo Fighting Kids in Okayama #2 ー 縁と縁側(その1)


Tokyo Fighting Kids in Okayama #2 ー 縁と縁側(その1)_a0285828_14563812.jpeg


平川さん、石川さんの岡山での日々、お二人の岡山到着から順序立てて書こうかと思いましたが、最終日の朝に撮ったこの写真のことから書くことにします。

Tokyo Fighting Kids in Okayama #2 ー 縁と縁側(その1)_a0285828_13164665.jpeg


11月の朝の少し暑いくらいの陽射しを浴びて、縁側でぼんやりと海を眺めているお二人。軒には吊るし柿。

長年、牛窓に何度も通い続けてきたのに、こんないい場所で、こんなに居心地のいい時間を過ごしたのは初めてでした。そして3日間ごいっしょさせてもらったなかで、一番良かったのがこの時間だったなと。


場所は牛窓の古い町並みが残っているしおまち唐琴通り(なんと美しい名前だろう)にある御茶屋跡。

この御茶屋跡の屋敷の前は昔から何度も歩いていたんですが、門はずっと閉ざされたままでした。ところが今年の春に来て、ここを通りがかった時、門が開いていて中に入れるようになり、そこに「御茶屋跡」というセレクトショップができているのに気づいたんですね。昔の屋敷を利用した建物の素晴らしさはいうまでもありませんが、とくに2階から見た風景の素晴らしさには驚かされました。

でも、そこに、こんないい縁側があって、そこでコーヒーが飲めるとは知りませんでした。


実はこの場所での時間はまったくの想定外。ほんとは別のくつろげる場所を予定していたんですが、そこが運悪くダメになってしまって、困っちゃったなと思っていたところに、こんな最高の場所がひょこっと用意されていたわけですから、運がいいとしかいいようがありませんでした。これも、いくつもの「たまたま」のおかげ。


それにしても縁側っていいですね。コーヒーを飲みながら、とりとめのない話をして、同じ風景をただぼうっと眺めて。石川さんはこのあと気持ちよくなってこんなふうに縁にごろんと横になられてすやすやと(ご本人は寝ていなかったと言ってたけど)。

Tokyo Fighting Kids in Okayama #2 ー 縁と縁側(その1)_a0285828_13173268.jpg


お二人がこのとき何を考えられていたのかわかりませんが、僕はただ縁のことを考えていました。ずっと尊敬してきたお二人と、牛窓のこの縁側で過ごすことができているという縁の不思議さのことを。そして、このお二人がかつて何度も会われていた大瀧さんの「縁側は縁だ」という言葉を。


その「縁側は縁だ」という大瀧さんの話、この日のブログで紹介してますが改めて。


「縁ていうのが好きでね、昔から。縁があるかないかで全部決めてるんですよ、世の中。縁てのはなかなかに面白い言葉で。”アミーゴ・ガレージ”やってて最近気に入ってるのは、“縁側”という言葉。縁の側。そのぉ、中に入らないんですよ、お客さんは。庭を通るときに、縁側に寄ってお茶を出される。旅人ならばまあその縁側へいったん座って、お茶を出されて何時間かの話をして通り過ぎていくと。縁側ってのは縁なんですね」



「縁を作る、契りを結ぶ場なんだろうね。縁があるかないかを、縁側で判断する。そこで家の中に入る人もいれば、縁側に座るだけの人もいる、縁側を見ながらそのまま素通りする人もいれば、庭先のはるか遠くを通って行く人もいる……。これがなかなかに人生かな、と思う。で、まさに、この”アミーゴ・ガレージ”は縁側だな、と思うんだよ」


「来る旅人の心構えで出口も違うと、ね。その”縁側”で縁が結べるかどうかというようなまさに”縁側文化”みたいなところまでインターネットも進んで、使えたらね、これはもう人間の勝利だと思うけど」


これは『インターネット・マニア』という雑誌の1996年11月号のインタビュー。タイトルは「アミーゴ・ガレージは”縁側文化”を目指す」。でも僕はこれを2015年に出た『大瀧詠一 Writing & Talking』で初めて読みました。

この雑誌のインタビューに答えられた時、大瀧さんは”アミーゴ・ガレージ”というサイトを立ち上げたばかりでした。最後に「”縁側文化”みたいなところまでインターネットも進んで、使えたらね、これはもう人間の勝利だと思うけど」と言われていますが、先日のスロウな本屋さんでのトークで奇しくも平川さんが語られていたように、インターネットはそうならなかったばかりか、人間の勝利ではなく敗北と言っていいような大きな分断を作ってしまった。本来は縁側のような場所であったコメント欄の荒れ方の酷さといったら見るに耐えないものがあります。大瀧さんもインターネットというものが当初考えていた”縁側文化”的なものにならないと判断したからすぱっとやめられたんだと思うけど。


でも、考えてみたらインターネットがあったからこそ、僕は平川さん、石川さんに出会うことができたし、こうして縁側にいっしょに座って同じ空気を吸っていることができている。さらに考えると最近の縁もほとんどはインターネットを通じて生まれているんですね。

仮にインターネットであっても、どんな人、あるいはどんな場に対しても縁側という場の意識を持っていれば(持ち合っていれば)、まだ十分に可能性は残されているような気がする。


なんてことをあの日以来ぼんやりと考えていたわけですが、昨日、『東京ファイティングキッズ』の単行本を久しぶりに取り出したら1枚だけ付箋がはってあるのに気づきました。

最近は気になることがあればすぐに付箋を貼っていくようにしてますが、昔は赤線を引くだけで、付箋はめったに貼りませんでした。で、そこを開いたら、なんと「縁側」の話が。書いていたのは平川さん。これにはびっくりでした。(続く)

Tokyo Fighting Kids in Okayama #2 ー 縁と縁側(その1)_a0285828_13284930.jpg


by hinaseno | 2018-11-13 13:29 | 雑記 | Comments(0)