人気ブログランキング |

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

彗星の孤独と冬にわかれてのなんにもいらない(その2)


平川さんと石川さんが岡山にいらっしゃる日がいよいよ明日になりました。

天気もよさそう。どきどき、わくわく、そわそわ、にこにこ…


ところで加古川でのライブの後、寺尾紗穂さんと話をしたときに、実は紗穂さんに平川さん宛てのメッセージを頂いてたんですね。ちょっと強引ではあったんですが、平川さんの『21世紀の楕円幻想論』に書いてもらいました。明日、そのメッセージを平川さんにようやくお見せできるんですが、僕としてはそのメッセージに書かれていることが実現する日を楽しみにしています。いや、きっと近いうちに実現するはず。


さて、前回、さらっと書いた寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』の「楕円の夢」のこと。

心に残った言葉をいくつか紹介できればと思っているんですが、とりあえずその一つを。尾崎翠の「こおろぎ嬢」という作品を紹介した後でこんなことを書かれています。


「社会の役に立たないからなくてもいい」「レベルが低くて中途半端だから価値がない」。こういう硬直した考え方を前に、しなやかに返答し続けるものが、芸術であり文学ではないかとも思う。私はだから、産婆になろうとする女を前に、ためらいがちに逡巡するこおろぎ嬢をいとおしく思うし、確(しか)と出ることのない答えを探してうろうろしている姿にエールを送らざるを得ない。私が尾崎翠を好きなのは、ひとつには食や味覚、嗅覚と感情に訴える表現が多いことがあげられるけれど、ちょっと踏み込んで述べるなら、こういう遠慮がちで鈍くさい人物を描きながらもにじみ出てくる、知性のようなものに共鳴するからだ。

これを読んで思い浮かべたのが平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』に書かれたこの部分でした。


「ためらい」とか「言いよどみ」だとか「恥じらい」だとかそういうことがこの社会の中になければ、社会は実は、平穏な人間の住処ではなくなってしまうということです。確かに、きれいごとの社会は、それが永遠に実現できないかもしれないということで、ごまかしなのかもしれない。
 このごまかしをやっているといううしろめたさは、非常にネガティブな、「自分はひょっとしたら間違ってるんじゃないか」とか「これはつくり事じゃないか」という自覚ですね。でも、この自覚が自らの欲望の歯止めになり、生活に規矩を与える。
 よくよく考えてみると「文化」ってそういうことなんだと思うのです。文化の異名は「ためらい」なんです。「うしろめたさ」ということです。

平川さんと紗穂さんが花田清輝の「楕円幻想」に、恐らくは運命的に出会ったのは、それぞれがそれまでに体験したことと、こうあってほしいという理想の社会の姿があってのことだろうと思いますが、僕はそれぞれが書かれていることに深く共感を覚ると同時に、それぞれのどちらがどちらの文章を参照にしたわけでもないのに、言葉と言葉が重なり、響き合っているのを面白く感じています。


by hinaseno | 2018-11-01 15:26 | 音楽 | Comments(0)