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by hinaseno
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寺尾次郎さんの言葉が「折々のことば」に


ときどき、あっと驚く人の言葉を紹介してくださっている鷲田清一先生の「折々のことば」(朝日新聞朝刊連載)、昨日はなんと寺尾次郎さんの言葉。びっくり。鷲田先生はいったいどういうルートで寺尾次郎さんのことを知ったんでしょうか。

鷲田先生が引用していたのはネット上に公開されていたこちらのインタビューの、「ゴダール作品を翻訳する上で大切にしたことは?」という質問者に対してのこの答えの言葉からでした。


翻訳者はイタコのようなもの。監督が言いたいことを最長6秒しか映らない文字でどう表現するかが勝負です。普通の作品ならできるだけ観客のわかりやすい言葉に置き換えればいいのですが、ゴダールでそれをすると、監督を裏切ることになる。だから、この2本の字幕も、初めて観る人にはよくわからないものになっているでしょうが、そのわからなさを持ち帰って自分の中で時間をかけて咀嚼してくれたらなと思います。それこそが映画の楽しさだと思うので。


「最長6秒しか映らない文字でどう表現するかが勝負」という映画の字幕の世界は、同じ翻訳といっても時間や字数制限のない本の翻訳とは全然違うんですね。映画の字幕はとんでもない訳に驚かされることが多々ありますが、「最長6秒しか映らない文字」で表現する大変さは容易に想像がつきます。
昔、知り合いに字幕と言葉を追いかけるのは大変だから、字幕と吹き替えの両方があれば絶対に吹き替えの方を見ると言っていた人がいたんですが、僕は絶対に字幕。その俳優の実際の声を聞けない吹き替えなんて考えられません。

ところで寺尾次郎さんは字幕翻訳家とともに元シュガーベイブのベーシストとして紹介されるんですが、実はシュガーベイブの『SONGS』のレコーディングには参加していないんですね。追悼ということで『SONGS』をかけてもそこには寺尾さんの音は入っていないんです。『SONGS』の40周年盤などにボーナス・トラックとして入っているライブ・バージョンでは寺尾さんがベースを弾いていますが。

ってことでナイアガラ関係の曲で寺尾次郎さんがベースを弾いているのを確認しておきます。きちんとレコーディングされたものはそんなに多くありません。

まずは大瀧さん関係。調べたらたった4曲。

「ナイアガラ・ムーン」

「ナイアガラ・ムーンがまた輝けば」

「Cider ‘77」

「土曜の夜の恋人に」


で、達郎さん関係のものは全部で4曲。すべて『ナイアガラ・トライアングル VOL.1』に収録されています。

「ドリーミング・デイ」

「パレード」

「遅すぎた別れ」

「フライング・キッド」


ということなので、代表曲となると達郎さんの「ドリーミング・デイ」か「パレード」ってことになりますね。達郎さんの番組で寺尾さんの追悼特集がされたらまずなんといってもこの2曲がかかりそうです。


ところで大瀧さんがプロデュースした『SONGS』の30周年盤(2005年発売)のブックレットには寺尾次郎さんのコメントが載っていました。字幕翻訳家らしく短い言葉です。


なんともはや30年とは…。いつの間にかプロとなり、大瀧さんから「学生アルバイト」というミドルネームを頂戴、その予言どおり卒業とともに足を洗ってしまった。今でも活躍するクマやター坊や村松くんやユカリの消息を知るたびに「継続は力なり」の言葉は偉大だと思う今日この頃です。


「クマ」とは山下達郎、「ター坊」とは大貫妙子さんのことです。


ところでここ数日、寺尾さんが字幕をされたジョン・フォードの『太陽は光り輝く』を見ていました。映画の最後にこの映画のタイトルの元となっているフォスター作曲の「My Old Kentucky Home」が歌われるんですが、その歌詞の一部が字幕に出ていたので紹介しておきます。


太陽は光り輝く
わが故郷 ケンタッキーに
夏の日差しの中
子供たちははしゃぎ回る
トウモロコシはよく実り
牧草地は花盛り
鳥たちが飛び交い
日がな一日 歌を歌う…

この歌を捧げよう
わが懐かしきケンタッキーに
今や 懐かしきケンタッキーは
はるか彼方


ちょっと興味深かったのは「My Old Kentucky Home」の歌詞を見たら「子供たち」って言葉は出てこないんですね。本来の歌詞に出てくるのは「darkies」、つまり黒人たち。ところが1986年にこの曲が ケンタッキー州の州歌となった時にこの部分は「people」に変えられているんですね。

ちなみにジョン・フォードの映画が製作されたのは1953年。南北戦争の傷とともに黒人差別も題材になっているこの作品で、フォードもあの部分を黒人の差別用語である「darkies」と歌わせたくなかったようで、歌詞をよく聴いたら確かに「children」と歌っていました。ちなみに映画で「My Old Kentucky Home」を歌うのは黒人の人たち。

次郎さんがここを本来の歌詞ではない「子供たち」となっていることに気がついて訳したときに、紗穂さんたちのことを思い浮かべたでしょうか。心の中では遠く離れてしまった家に暮らしている娘たちのことを。


さて、「My Old Kentucky Home」の歌詞の最後は「far away」。次郎さんはそこを「はるか彼方」と訳していました。

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寺尾紗穂さんが寺尾次郎さんが亡くなったときに書いた「遠くて遠い」という言葉につながりますね。

次郎さんが亡くなる前、紗穂さんに葬式で歌ってほしいと望んだ紗穂さんの「ねえ、彗星」にはこんな歌詞が出てきます。


やたらに涙もろいとか 遠く旅するところとか
君と僕とは似ているよ ずっと前から思ってた


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by hinaseno | 2018-07-14 15:03 | 雑記 | Comments(0)