この夏、ラジオのDJをするという情報に続いて村上春樹関連のものが立て続けに出ました。まずは先日紹介した新作の短編を収録した『文學界』。それからつい先日発売された雑誌『MONKEY』の最新号。ここで、村上さんはなんと僕の大好きなジョン・チーヴァーの短編をいくつか訳しているんですね。
個人的にはすごく喜んでいるものの、はたしてジョン・チーヴァーという作家のことをどれだけの人が知っているのかと思ってしまうのですが、僕にとってジョン・チーヴァーといえばなんといってもこの『橋の上の天使』。
訳者は川本三郎さん。僕は川本三郎さんをアメリカ文学の翻訳者として知ったのですが、ジョン・チーヴァー経由で川本さんを知ったのか、川本さん経由でジョン・チーヴァーを知ったのかは忘れてしまいました。
『橋の上の天使』は当時未訳だったものを収録してるんですがどれもいいんですね。特に表題作である「橋の上の天使」は素晴らしい。「天使」好きとしては最高の天使文学の一つです。
でも、この本はすでに絶版。文庫にもなっていません。
今回発売された『MONKEY』に収録された村上訳のジョン・チーヴァー作品は有名な「泳ぐ人」をはじめ全部で5つ。いずれも『橋の上の天使』に収録されていない作品ばかり。ちなみにバート・ランカスターが主演して映画化された「泳ぐ人」は、『ミステリ・マガジン』か何かに掲載された菊池光訳のものをもっています。
今回の村上訳のジョン・チーヴァーを読んで思ったのは、川本三郎さん訳の『橋の上の天使』を絶版にしておくのはあまりにももったいないなということ。そこに収録された作品にいいのが多いので。村上訳の作品集が近いうちに出るに違いないけど、できれば『橋の上の天使』もどこかで出してくれないかな。
ところで今回村上さんが訳した「引っ越しの日」を読んでいたら、ある曲が出てきて、ちょっと反応してしまいました。曲のタイトルは「歩いている夢を見たことがあるかい?」。
ちょっとその部分を引用。
彼は葉巻に火をつけ、デスクの前に座った。誰かが歌っている声が聞こえた。「歩いている夢を見たことがあるかい?」。その歌には笑い声と手を叩く音が伴っていた。
「歩いている夢を見たことがあるかい?」のあとには村上さんがこんな註をつけています。
(1933年のヒット曲。ビング・クロスビーなどの歌で有名)
ちょっと気になってこの曲のことを調べたんですが「歩いている夢を見たことがあるかい?」という邦題の曲は見当たりませんでした。とするとこれは直訳に違いないと思って、それらしき単語を入れて僕のiTunesに入っている曲を検索したら見事にヒット。以前、ブログで紹介していた曲でした。
原題は「Did You Ever See a Dream Walking?」。フランキー・アヴァロンが歌ったこのヴァージョンを紹介していました。
夏向きのスタンダードのカヴァーを集めた『Summer Scene』に収録されています。作曲者はハリー・レベル。リンダ・スコットの「Never In A Million Years」を聴いて以来、ハリー・レベルという作曲家にはまって見つけた曲でした。
ハリー・レベル、いい曲書きます、でも、全然有名じゃないんですね。ハリー・ウォーレンも全然知られていないけど、それ以上に知られていない。
『MONKEY』では、村上さんと柴田元幸さんの対談も収録されていて、そこでジョン・チーヴァーに関して興味深いやり取りがありました。こんな会話。
柴田:チーヴァーと一番似たような印象を持たれるジャズミュージシャンはいますか。
村上:白人でピアニストのアル・ヘイグかな。スタン・ゲッツと一緒にやった人ですけど、非常に知的で自分の世界を持って完結していて、趣味のいいスタイルを持つピアニストです。
アル・ヘイグ、何枚かCDを持っているので、へえ~でした。確かに知的な感じ。でも、すごく地味だけど。
これがスタン・ゲッツと一緒にやっているアルバム。
久しぶりに聴いたら、この中にハリー・レベル作曲の「Goodnight My Love」という曲が収録されていました。歌っているのはJunior Parkerというシンガー。このJunior Parker、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でもかかった「Mystery Train」を歌っている人と同一人物なのかどうかは定かではありません。
チーヴァーと一番似たような印象のあるポピュラー音楽の作曲家を選ぶとハリー・レベルになるかもしれません。