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by hinaseno
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海を渡って寺子屋を(2/2)


先日、NHKドキュメンタリー、ファミリーヒストリー「細野晴臣~タイタニックの宿命 音楽家の原点~」が再放送されたので久しぶりに見たんですが(坂本龍一さんの回は残念ながら見逃してしまいました)、ああいう番組は第三者的には面白くても、当事者にとってはきっと知るのが怖い部分も多々あるはず。知りたくないような事実にぶつかる可能性もあるはずなので。

物事や人のルーツを調べるのが好きな僕にしても、母のルーツに関してはなんとなく遠ざけていました。船で渡ってきたという”言い伝え”の話も、”呼ばれて岡山に迎えられた”ということになっているけど、実は何かよからぬことがあったために出た/逃げてきた可能性も否定できなかったので。母の祖母から母が聞いていた”言い伝え”というのは母の祖母が捏造した話ではないかと思う部分もあったんですね。


でも、母はその”言い伝え”を信じ続け、先祖が徳島にいた自分のルーツの場所を探し続けました。手掛かりになるのは母の旧姓と最初に岡山に渡ってきたとされる先祖の名前、先祖がいた本家が徳島で営んでいたという問屋の名前、そして本家がいた村にあるという名字の名のついた神社。


今のインターネットの時代なら、これだけの材料があれば先祖が住んでいた町を特定できそうな気がします。でも、実際にはかなり困難であることがわかりました。

母の旧姓は全国どこにでもある名前。その姓がついた神社も全国にあって、同じ徳島にもいくつかある。先祖の家が営んでいた問屋も戦前までは存在していたようですが、母が探し始めた頃にはすでに問屋はなく、その屋号もよくある名前。

ということで今、僕が母から調べてと頼まれても相当に手間取って、もしかしたら特定できずに母が母の祖母から聞いたという”言い伝え”は作り話だったと判断したかもしれません。


ということで家事と父の家業の手伝いの合間(1日のうちでその時間はあまりにも少なかったはず)に母は先祖の地を探し求める努力をし続けます。基本的には徳島のいろんな町の役場に電話をかけて訊いてみるという、ちょっと気の遠くなるような作業。


で、ある日、徳島のある小さな町の役場に電話をしたとき、応対した人が母親の質問に困り、そういえば役場に同じ名字の人がいますのでその人に訊いてみますということで、母の旧姓の同じ名字の人に電話を代わってもらいます。母親が本家の屋号を告げると、その人は「ああ、その家は私の家のすぐそばにありました」と答えたんですね。

その町にはその名字が家がかなりあるので、違う村に住んでいる人であればたぶんわからなかったはず。それからその人は昭和12年生まれだったので、戦前のことも覚えていた。さらに幸運なことに、本家の問屋が大阪に移った後、その人がまさに母の一族の会長をしていることもわかったんですね。たまたまとはいえ奇跡のような話。

母は事情を父に話し、すぐに父と一緒に徳島に行きます。


それから約20年後、先日のゴールデンウィークに”一代に一度は”という言い伝えに従って、かなり足の悪くなった母と一緒に徳島に行ってきました。四国に行くのも本当に久しぶりで、瀬戸大橋線に乗ったのも初めて。ずっと以前、何度か四国に行っていたときはいつも宇高連絡船に乗っていました。結論から言えば、宇高連絡船のほうが10000万倍いいですね。甲板をあっちに行ったりこっちに行ったりしながら眺めていた島々の風景の素晴らしさは橋の上から見たそれとは比べ物になりません。僕の船好きはそれがきっかけでした。いや、江戸時代にはるばる四国から船で渡って来た先祖の血が流れているからなのかもしれません。


上林暁の『晩春日記』の最後に収録された「四国路」でも、主人公の「私」の娘さんは宇高連絡船に乗って四国に渡り、高松から土讃線で高知に向かいます。僕たちは池田駅で徳島線に乗り換えて、先祖のいた土地に向かいました。

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最寄りの駅に着くと一族の代表者の3人が出迎えてくれました。初めて会うのに懐かしいような気持ちになるから不思議。子供の頃から僕は父よりも母の資質を多く受け継いでいると思っていたので、まさに思い描いていたような自分に近しい人たちがそこにいました。中には学者肌の人がいて、きちんと資料を作って延々と一族の歴史を語ってくれたり。そういう人、父方の親族にはひとりもいない。


この四国行きをきっかけに改めて岡山に渡ってきた先祖のことを調べているのですが、いろいろと出てくるものです。

たとえば先祖の一人は華岡青洲という江戸時代の著名な外科医(世界で初めて全身麻酔手術に成功した人だそうです)の門人であったとか、母の祖父(僕の曽祖父)は戦前に本を出していたとか。

それから先祖が”呼ばれて岡山に迎えられた”可能性がかなり高いことを推察させる史料も見つかりました。呼んだのはかなりの豪商。どうやらその豪商の屋敷を譲り受けたようで、その屋敷が描かれた江戸時代の古地図も見つかりました。


われながらワクワクすることの連続なんですが、このファミリーヒストリー、いつか誰かに語る日がくるんでしょうか。

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by hinaseno | 2018-05-26 16:48 | 雑記 | Comments(0)