雪ケ谷?
画面に映った手紙の宛先の住所に記された地名を見て、ちょっと首をひねる。「ゆきがたに」?
大森区、現在の大田区の地図は何度も見ていたけれどもピンとこない。どこだろう。実際に存在する地名なんだろうか。堀江敏幸さんの小説に出てくる架空の町「雪沼」を思い浮かべてしまう。いつもだったらここでストップして地図で場所を調べるけれど、もう少しドラマを見続ける。
見ていたのは小泉今日子さんが出演している久世光彦演出の向田邦子新春ドラマシリーズの一つ『終わりのない童話』。小泉さんが出ていることもありましたが、タイトルに惹かれるものがあって、ずっと見たいと思っていましたがようやく。
舞台はやはり東京・池上。例によって池上本門寺の大坊坂の石段を登ったところに家があるという設定。長女はいつものように田中裕子さん。ただこのドラマではこの家に住むのは3姉妹ではなく、姉と妹のほかに男の兄弟がひとり。妹役を演じているのは小泉今日子さんではありません。
主人公の田中裕子さんがある日、お寺の境内のはずれで不思議な老人に出会います。「転向」という過去を持っている人ですが、童話を書いている。その人の住所が雪ケ谷。そしてその家の一人娘が小泉今日子さんでした。
池上に住んでいる田中裕子さんはある日お見合いをすることになります。偶然にもその相手の男性も雪ケ谷の人。こんな会話がなされます。
「お宅が池上だとすると、同じ電車に乗り合わせているかもしれませんね」
「どちらですか」
「雪ケ谷(ゆきがや)です」
この電車はもちろん池上線ですね。とすると雪ケ谷は池上線の駅。地図を調べたら雪が谷大塚駅というのを発見。そうかここだったか。
で、先ほどの手紙の住所を確認。
「大森區雪ケ谷廿八」
例によって戦前の地図を見たらその番地が載っていました。この地図の青丸で示した場所。
すぐそばに池上線が走っています。そこには笹丸橋との文字。ネットで調べたらその笹丸橋の下を池上線の電車が走る写真(1957年ごろ)がありました。このあたりは谷になっているんですね。
ところで地図をよく見たら「雪ケ谷廿八」の最寄りの駅は石川台。石川台といったら、なんといっても小津安二郎の『秋刀魚の味』のこのシーンですね。
岩下志麻さんが立っているのは石川台駅のホーム。ホームの表示を見ると隣が「雪が谷大塚」と「洗足池」。で、「雪が谷大塚」の方から電車が入ってきます。
この電車は洗足池、長原、そして平川克美さんの隣町珈琲のある荏原中延を通って五反田に向かいます。
さて、田中裕子さんはある日思い切って雪ケ谷に住む老人に会いに行きます。こんな番地が書かれたものが取り付けられた電柱が映りますが、もちろん全てセット。
ただし線路に近いことを示すためか電車が走る音が聞こえます。玄関を入るとそこに小泉さんが現れます。『風を聴く日』で演じた次女とは違って不思議な役柄。でもとても魅力的。
ドラマで見たのはここまで。このあと一体どんな物語が展開するんでしょうか。
ところで雪ケ谷に住む老人から田中裕子さんのところに手紙が届きます。その手紙に書かれていた住所は『風を聴く日』の住所「東京市大森區池上本町十九番地」とは番地が違っていました。
「東京市大森區池上本町一三八」。
地図の青丸をつけた場所にありました(赤丸で囲んでいるのは唯一ロケがされている大坊坂の石段)。
近くに流れているのは呑川ですね。そこに長栄橋という橋がかかっています。現在もあるようですね。
それにしても住所がはっきりと示されているのは小泉さんが出演するドラマだけ。実際にはそこでロケをされていないにしても、それぞれの場所がとても身近に感じられます。
(追記)雪ケ谷大塚駅は昭和18年までは雪ケ谷駅という名前だったようです。つまりこのドラマで設定されている時代には雪ケ谷駅でした。