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by hinaseno
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平川克美著『言葉が鍛えられる場所』――ちょっとおまけの話(その2)


小池さんが2番目に紹介した詩人の名は永瀬清子。

この永瀬清子のことを教えてくれたのも、木山捷平を教えてくれたYさんでした。彼女が生まれたのは熊山という山がある町。このブログでも何度か紹介したあの熊山です。現在は赤磐市になっていますが、かつては熊山町と呼ばれていました。僕にとってはあの地域はいまだに熊山町というふうにとらえています。
ちなみにこの町には山陽線の熊山駅があって、そこから東に和気、吉永、そして三石となります。つまり僕が岡山と姫路を行き来するときには必ず通っている町。
熊山駅の一つ西の駅は万富で、ここは以前紹介したように内田百閒のゆかりの場所。というわけで僕は内田百閒のことを考え、永瀬清子のことを考え、和気清麻呂のことをちょっと考え、小津安二郎の『早春』を考えながらこれらの町を通りすぎていました。
熊山を通過する道には永瀬清子展示室の場所を示す表示があって、一度見に行こうと思いつつ、まだ見に行っていません。

さて、小池さんが朗読したのは「あけがたにくる人よ」という詩。

あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声のする方から

私の所へしずかにしずかにくる人よ

一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく

私はいま老いてしまって

ほかの年よりと同じに

若かった日のことを千万遍恋うている
その時私は家出しようとして

小さなバスケット一つをさげて

足は宙にふるえていた

どこへいくとも自分でわからず

恋している自分の心だけがたよりで

若さ、それは苦しさだった
その時あなたが来てくれればよかったのに

その時あなたは来てくれなかった

どんなに待っているか

道べりの柳の木に云えばよかったのか

吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか
あなたの耳はあまりに遠く

茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように

通りすぎていってしまった
もう過ぎてしまった

いま来てもつぐなえぬ

一生は過ぎてしまったのに

あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声のする方から

私の方へしずかにしずかにくる人よ

足音もなく何しにくる人よ

涙流させにだけくる人よ

永瀬清子については、つい先日読み終えた鶴見俊輔の『象の消えた動物園』にも永瀬清子の名前が出てきて驚いたばかり。
鶴見さんが港野喜代子という詩人の葬式に行ったときのこと、葬儀が行なわれた寺で鶴見さんはある人が詩を読むのを耳にします。港野喜代子が亡くなったのは昭和51(1976)年なので、今からちょうど40年前の話ですね。

 このお寺の庭にたって、たくさんの人たちの中で、私は、新しい詩の読み方にふれた。
 この詩を読んだ人が、永瀬清子という人だということを知ったのは、だいぶあとである。永瀬さんは、岡山から出てくる汽車の中で、走り書きのようにしてこのとむらいの詩を書き、そのまま葬儀で読んだという。鋳造されたばかりのメダルのように、それは、新しく輝いていた。

永瀬清子は戦後は郷里に戻って百姓をしながら詩を書き続けたようなので、小池さんが読まれた「あけがたにくる人よ」も、熊山で作ったものなのかもしれません。「ててっぽっぽう」の声がしていたのは熊山にあるあの山かなと。

実は永瀬清子については書こうと思ってそのままにしている話があります。それはこの日「南の国の美しい詩人」というタイトルで書いた話のこと。
この日のブログではこの詩人の名前を書いていないですね。
詩人の名は藤田文江。
この詩人のことを知っている人はほとんどいないのではないかと思います。

この日の最後で「彼女について興味深いことの一つは、彼女は南の地方に住んでいたのに、岡山との強いつながりを持っていたこと」と書きましたが、そのつながりというのが永瀬清子のことでした。この美しい詩人は永瀬清子と文通をしていたんですね。彼女は2歳年上の永瀬清子に憧れもしつつ強いライバル意識を持っていたようです。
藤田文江という詩人についてはまた改めて。先程リンクしたページに貼った写真をみると、どこか小池昌代さんに似ている感じがします。きっと顔と同様に魅力的な声をされていたんでしょうね。

熊山にある永瀬清子展示室には永瀬清子の朗読が聞けるようなので、これを機会に近いうちにぜひ行ってみようと思います。
by hinaseno | 2016-07-12 12:13 | 文学 | Comments(0)