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by hinaseno
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山陽線から見える風景、そして木山捷平の「赤い酸漿」のこと(その5)


姫路にやって来た翌日の10月20日に父静太が木山捷平に書いた手紙。ここにはまぎれもなくあの昭和2年の木山さんが生活していた姫路の風景があります。
冒頭に出てくるのは山陽線の汽車の中から見た荒川の風景。
荒川小学校、英賀保、町坪、飾磨…。
そして慰問を終えた後に向かったのは木山さんが下宿していた千代田町の家。

 昨日行きしなの車窓、運動会はよく見えた。が、何をして居るのかそれは観えるものではない。学校が見える間はよく見えたので町の坪(あたり?)は見えなんだ。英賀保の小学校にも高く網を張つたり旗が立つたりして居た。英賀保は十八日が祭礼だつたと車中で聴いた。軍隊には野砲兵第二中隊山部兼吉、第七中隊有本一二の二人が居るのでそれを慰問と称して出かけたのだ。折善く直に逢へた。兼吉君は前夜行軍に英賀保辺に出て徹夜した、一二君も同様徹夜で飾磨線の踏切辺で涼んだと話して居た。随分とキタヘルものらしい。
 余は胃腸が変なのと、風邪按排がよくないのと、も一つ朝笠岡駅で失敗、僅かの時間を利用して梨を買はんと柵を乗り越へて飛んだら足を痛めた。尾坂の和平君(接骨院)に行く必要を生じた。笠岡で八時二十分経由、村へおしまひの前の列車で着いた。
 駅前交番では警察の三十歳あまりのが、職務以外の事をさせたとブリブリ毒づいた。『おツさんももうこんなことをしてアいけんぞ』おツさん おツさんと浴びせかけ『おツさんの名は何といふんだ』などと来た。言ひなり放題に言はしておいた。何のこいつの如き青巡査めがと思ひ思ひ聞くんだから腹は立たなんだ。
そなたに頼んでおく、一度山部兼吉君に面会に出ねばならぬ。同じ部落の同年輩のもので同じ姫路に住んで居て、軍人となつとるものを一度訪問せぬといふわけはない。一度是非行つてくれ。駅から兵営手前三丁のところまで自動車賃二十五銭、野砲兵大隊の正門前に一人の歩哨が立つてる、面会に来たのだと言つて門内に入るのだ。門を入ると、すぐ兵が十人計り集つとるところで面会に来た何中隊の何某に逢はしてくれと申込むのだ。例の室で待たせる。手土産に煙草か菓子を買つて行くがよい。
 自分共昨日行つたのは面会ではなくて村を代表して慰問に行つたのだから、慰問される方は朝から待つとるので、尚更早くなるのだ。
 一、午後がよろしい、午前中は兵士ケイコをしとるから。
 一、面会はあつさりと切り上げるがよい。
 一、兼吉君は、来月末に除隊になるんだからもう早く行つてやるがよい、是非行かねばならぬ。已に遅れた方だ。
 昨日は忙しくて四時十五分の列車に乗り、弁当を買ひ、荒川あたりで食つたのだ。それまで何一つ口に入れなんだ。茶一杯飲まなんだ。姫路の弁当だけで足らなんだ。上郡で鮎ずしを買つて食つた。鮎でなくてニセモノだ、うまくなかつた。上郡の鮎鮓、三石の弁当、これが兵庫県西端、岡山県の東端の背中合せの二大名物として珍とするに足るのであらう。
 久保田邸は冬暖かそうで安心した。都会から田舎の学校へ通ふことは便宜なるを以つての故であつて、これも矛盾の事なることを知つて置くべきである。マツチ工場の音響、サホドでもないが耳には障る。これも都会のお蔭だ。姫路で他の都市にない特長のものがないかと聞かれたら、大いにある。自動車のよくゆすること、交番の巡査がよくドナルこと。此の二つで十分だ。姫路の誇りとすべしだ。二十日朝認む

慰問が予定よりも早く終わったので、やはり静太は木山さんが下宿していた家(久保田邸)に向かいます。「久保田邸は冬暖かそうで安心した」というところを見ると、やはり部屋まで入って行って日当りを確認したのかもしれません。
興味深いのはその後で木山さんの詩にも出てくるマッチ工場のことが書かれていること。たぶん木山さんが手紙でマッチ工場の音がうるさいとか書いていたんでしょうね。
手紙の最後には兵庫の端の上郡と岡山の端の三石も出てきます。

厳しい父親とはいいつつ、いたるところにやっぱり木山さんのお父さんだなと思わせる部分がありますね。駅で梨を買うために柵を乗り越えたら足をけがしたというくだりは木山さんの小説にも出てくるような話。
このときに静太が買った梨については後日興味深い話が出てきます。
by hinaseno | 2016-03-23 14:53 | 木山捷平 | Comments(0)