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by hinaseno
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上林暁の「夏暦」のこと(その1)


明日17日に、高知の大方あかつき館で、第1回の上林暁文学講座が開かれるとのこと。講師は夏葉社の島田潤一郎さんとピースの又吉直樹さん。上林暁さんの魅力についてお二人で対談されるようです。で、その日に、あの世田谷ピンポンズが歌を歌われるみたいです。きっと「紅い花」を歌われるんでしょうね。

高知は上林暁さんの出身地。これについてすぐに浮かぶのは木山捷平の『大陸の細道』ですね。藤原審爾さんなどは別名になっているのに、作品の冒頭、唐突に上林暁の名前が実名で出てきます。木山さんとおぼしき主人公の木川正介が満州の新京に到着したとき、彼を迎えにきた千馬という社員とのやりとりです。

「あなたのお国はどちらです?」
「土佐です。上林暁氏と同郷です」
「ほう。上林氏をごぞんじですか」
「いや、顔は知りませんが、書かれた作品は愛読しております」
「ああそうですか」正介は千馬の顔をじっと眺めて、なるほど千馬の顔には上林と同じ地方色があるように思いながら、
「実は、僕は先日上林君と将棋をやって別れて来ました。結果は一勝一敗でしたがね。...」

果してこれは実話だったんでしょうか。名前は変えているのかもしれませんが千馬という人も実在していたんでしょうか。同郷とはいえ、当時、上林暁という作家のことを知り、その作品を愛読しているというのはかなりめずらしいに違いありません。木山さん、いや、「木川」さんもびっくりするわけです。

さて、上林暁さんの作品でいちばん好きなのは「夏暦」。これを収めた『夏暦』が出版されたのは終戦後間もない昭和20年11月。このとき木山さんはまだ満州・新京にいました。帰国して上京したときに上林さんから手渡されたでしょうか。あるいはもしかしたら奥さんと長男の萬里さんが暮らしていた木山さんの郷里の岡山の新山に送れれてきていたかもしれません。

「夏暦」という作品は、登場人物の名前は変えられていますが、おそらく実際にあった出来事をもとにして書かれた小説のようです。戦時中のある夏、主人公の妹とともに三人の子供達が故郷に帰省してから、二人の子供が戻ってくるまでの東京での日々を描いたもの。
上林さんの年表(『日本文学全集 上林暁・木山捷平集』集英社 所収)を見ると、これは昭和17年の夏の出来事のようです。年表の昭和17年のところにはこんな記載があります。

七月、妹弥生三児をつれて帰郷、八月、妹睦子、育夫を除く二児をつれて上京。

奥さんが入院生活を送っていて、妹が手伝いにきていたとはいえ、家庭の様々なことをひとりでやらなければならない日々が続いていたので、主人公はしばらくの間一人で過ごすことができることに大きな喜びを感じます。でも、しだいに愛する子供達と離れて暮らすのがだんだんと淋しくなってくる。で、ようやく子供達が戻ってきてくれたところで物語は終わります。
この間、取りたてて大きな出来事があるわけでもありません。これだけを読むならば、この作品を今ほど好きになっていなかったはず。
実はこの「夏暦」には、少し長い前書きと、少し長いあとがきが添えられています。たぶん僕が「夏暦」を好きなのは、そこに書かれている部分を読んだからだろうと思います。もう少し言えば、その前書きとあとがきにこそ僕の好きな上林さんの姿が表れているということなのかもしれません。

僕はまだそんなに上林さんの作品を読んだわけでもありませんが、奥さんやご自身の病気など大きな不幸に見舞われながらも、そういう不幸な出来事に対して、木山さんのひょうひょうとした向かい方とは別の、愚痴をこぼすのでもなければ、我慢に我慢を重ねるのでもない独特の浄化した文章表現に心惹かれているのですが、この「夏暦」をめぐる出来事も愚痴をこぼしたくなる(怒りをぶつかけくなる)ようなことが起こったにもかかわらず、このような素敵な作品を書き上げた上林暁という作家を愛さずにはいられません。

「夏暦」についてはまだまだ書いてみたいことがあるので、それはまた次回に。ところで集英社から出ていた『日本文学全集 上林暁・木山捷平集』というのはとってもいいですね。僕はあまり文学全集というものを好きではないのですが、この組み合わせは最高です。一冊の本の中に木山さんと上林さんの両方の年表が載っているのが何よりもありがたいです。
ちなみに上林さんは木山さんよりも2歳年上。学年では一つ上ということになるんですね。
上林暁の「夏暦」のこと(その1)_a0285828_12452516.jpg

by hinaseno | 2015-10-16 12:45 | 文学 | Comments(0)