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by hinaseno
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Garden Party


「Magic Garden」から「Magic」つながりの話を前回書いたので今日は「Garden」つながりの曲の話。

昨日、村上春樹さんが読者(ときどきちっとも読者じゃない人もいますが)の質問に答える期間限定のサイト『村上さんのところ』で、リック・ネルソンの話が唐突に書かれていました。

万人にフェアなのは死の到来くらいかもしれません。しかしその訪れ方にはけっこう差があるかもしれません。昔リック・ネルソンという歌手がいまして、彼は日頃から「僕が死にたくない死に方がふたつある。飛行機事故と焼死だ」と言っていたのですが、結局、飛行中の火災事故で亡くなりました。そういうのって不運というか、アンフェアというか、「なんだろう?」と考えてしまいますよね。

これは村上さんの『辺境・近境』にも書かれている話。この日のブログで少し紹介しました。村上さんがメキシコ旅行をしたときに、いろいろと持って来たカセットテープのなかで一番よく聴いたのがリッキー・ネルソンだったという話。旅行中にずっと読んでいたのがリック・ネルソンの伝記だったんですね。

(リッキー・ネルソンではなく) リック・ネルソンのことを考えると、いつも僕は「ガーデン・パーティー」という曲のことを考えてしまいます。



前回引用した話の続きにも「ガーデン・パーティー」のことが出てきます。

 メキシコ旅行とはほとんど何の関係もないけれど、これはとても面白い本で、けっこう夢中になって読んでしまった。ご存じのように――といってもご存じないかもしれないけれど――リック・ネルソンは人気テレビ番組『陽気なネルソン』(日本でも日曜日のお昼にNHKでやっていた)の子役として物心ついたときから全国的な人気ものであり、歌を歌うようになってからはエルヴィス・プレスリーに迫るスーパー人気歌手になった。でも彼は自分がただのハンサムなアイドル歌手として捉えられることに常に不満を抱き、真剣に音楽的キャリアを追求し続けた。ビートルズの出現と前後して、一九六〇年代の中頃に起こった音楽的トレンドの急激な変化によって人気が凋落したあとも、リックは自分なりの新しいレパートリーを黙々と追求し、懐メロ歌手として人前に立つことを激しく拒否した。そしてそのためにマディソン・スクエア・ガーデンでのコンサートでは数万人の観客の罵倒を浴びることになった。昔のヒット曲を歌うことをかたくなに拒否したためだ。しかしそのような目にあっても、彼は妥協というものをしなかった。彼はそんな熱い思いを託して『ガーデン・パーティー』という曲を書いた。リックはその中でこう歌った。「もし思い出の他に歌うものがないのなら、僕はトラックの運転手にでもなるさ(If memories were all I sang, I’d rather drive a truck)」と。『ガーデン・パーティー』はミリオン・セラーとなり、リック・ネルソンは見事に復活を遂げた。
 でも復活はしたものの、それで何もかもが劇的にハッピーエンドというわけにはいかなかった。実際の人生はハリウッド映画とは違う。実際の人生というのはうんざりするようなアンチ・クライマックスの連続なので。リックはその後離婚問題や、それにともなう金銭のごたごたで神経をすり減らし、最後には飛行機事故で死ぬことになる。生前彼は友人にこう言った。「こういう死に方だけはしたくないという死に方がふたつある。それは飛行機事故と火事だ」。でも彼は自家用飛行機で移動しているあいだに、機内で起きた火災で焼け死んだ。死んだとき、彼には借金しか残っていなかった。
 というような本を、僕はメキシコを旅行しながら読んでいた。そして気の毒なリック・ネルソンがまだぜんぜん気の毒ではなかった頃に歌っていた数々のイノセントなヒット曲に耳を澄ませていた。

さて、ひと月ほど前に、まだ聴いていなかった「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の御葉書の特集を日の放送を録音したものを車の中で聴いていたら、突然(まさに突然)、この「ガーデン・パーティー」がかかりました。一瞬、えってなってしまいました。
「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかったリック・ネルソンの曲というのはほとんどがリッキーと呼ばれていた「まだぜんぜん気の毒ではなかった頃に歌っていた数々のイノセントなヒット曲」ばかりだったので、こんな時代のこんな曲を書けるなんて正直意外でした。

で、曲をかけた後、大瀧さんの少し長い独白が始まります。
(つづく)
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by hinaseno | 2015-03-08 15:12 | 音楽 | Comments(0)