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by hinaseno

新山の秋(12) ― 「岩やん言うても返事がない ええ嫁さんでもとったんか」 ―


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白壁があるお寺の名前は長福寺。木山さんの生家のすぐ裏山にあるお寺。ちなみに裏山の名前は長尾山。この山の名前も木山さんの作品に何度も出てきます。
たとえば満州にいたときに書いた短歌。
長尾山畑の黍草穂に垂りて
妻のつむ見ゆ吾子もつむ見ゆ

いつもどこかへ行くときにはなるべく古い地図を調べておくのですが、笠岡の古い地図が手に入らなかったので、今回は完全に案内の方におまかせ。でも、ありがたいことに、案内していただいた方は、基本的に僕が気がつくのを待ってくれていました。古墳群が長福寺のある裏山にあったこと、その山が長尾山だったこともあとでわかりました。ちなみにその古墳群の名称は長福寺裏山古墳群。
うれしいことに、その方にいただいた『伝えたいわがふるさと』に木山さんが生まれた明治30年頃の新山付近の地図が載っていたので、それをもとにして木山さんに関係のある場所を記載した地図を作ってみました。そういうのはきっと作られているはずだとは思いましたが、やはり自分で調べながら作った方が楽しいので。
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さて、木山さんが落書きをしたという長福寺の白壁。子供たちに落書きをしてといわんばかりに、真っ白にまっすぐにのびていました。
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木山さんは「白壁」という詩を書いた5年後に、子供たちがこの白壁に落書きをするエピソードの出てくる、とびっきり素敵な小説を書きました。タイトルは「うけとり」(後に「初恋」と改題)。書かれたのは昭和8年。『出石』に続いて小説としては2作目ですが、間違いなく木山さんの初期の小説の最高傑作の一つですね。どこか童話的な雰囲気もあり、何度読んでも切なくなってしまいます。ただし、登場する担任の教師は『尋三の春』の大倉先生とは違っています。そういう先生も、というかそういう先生の方が多くいたんでしょうね。
主人公の高木岩助は尋常小学校の6年生。名前は出てきませんがもちろん木山さんが通っていた新山小学校。岩助を木山さんと同一人物とするならば、話は大正4年の秋。まさに秋の新山の村を舞台にした小説でした。
山峡の村に秋が来ていた、楢や櫟がところどころに紅葉を飾って、山の谷間に朝の陽が明るくかがやいていた。

でも、この物語、長尾山をはじめとして新山を取り囲んでいる山々を子供たちが遊び回るという話ではありません。村の子供たちは学校から帰った後に、うけとりという仕事をすることを親から命じられていました。「うけとり」とは、ある仕事の量を決めてそれをひき受けさせること。仕事の性質や量は、季節や年齢によって違っていました。子守、草刈り、縄綯い、桑摘み、紙袋はり、などなど。子供は日が暮れようと、このうけとりが済むまでは家に帰ることができません。
岩助たちが秋に任されていたうけとりは、おそらく冬に備えて、大籠いっぱいに松葉を集めること。岩助の父親は「団栗(どんぐり)の葉なんぞまざらんとこをじゃぞ」と岩助に注意を与えます。団栗の木なんてたくさんありましたから大変です。

岩助はもちろんいやいやこの仕事をやっていましたが、ある日、隣村のセイという一級下の女の子に出会ってから状況が変わります。二人が出会った場所は山椒谷。お互いに恋心を抱くようになった岩助とセイは、他の子たちに隠れてその山椒谷でこっそりと会うようになります。
ちなみに山椒谷は上に貼った地図にあるように、長尾山とは反対側の山の中の谷。

で、それまでは同じ村の子供たちといっしょに仕事をしていた岩助は、彼らと別行動をとるようになるんですね。
面白いエピソードがあります。子供たちはいつも山の中で大声でお互いを呼び合うのですが、別行動をとるようになった岩助の名前を何度呼んでも岩助が返事をしてくれないので、さらに大きな声でこう言います。
「岩やん言うても返事がない
 ええ嫁さんでもとったんか
 山椒谷のまん中で
 何やらこそこそやりようた」

いるのがわかっているのに返事をしようとしない相手をからかう歌ですね。もとになっているのは岡山に伝わる童歌。『岡山の童うたと遊び』(岡山文庫)を調べたら載っていました。童歌にしては、ちょっと...ですね。
 ○○ちゃんいうても返事がない
 ええ嫁さん(婿さん)でもとったんか
 じょうにつんつんしんさんな
 ごんぼう畑のまん中で
 からかさまくらで
 エッサモッサとやったげな
 こんど見たら言うちゃるぞ

 ○○ちゃんいうても返事がない
 たんとつんつんしんさんな
 ええ嫁さん(婿さん)でもとったんか
 あしたの晩にゃ子ができる
 だんまり団子 団子屋の息子
 団子を食うて 屁をひった

この童歌、からかいの歌にがまんできなくなって返事をしたらしたで、また歌に続きがあったようです。しかも、「はい」「おい」「あん」「うん」「なに」「どこ」「知らん」という返事の言葉でいろんなバリエーションがあります。
おそらくは時代や地方によって微妙な違いはあったんだろうと思いますが、こういう童歌が織り込まれているのが、『うけとり』という作品の魅力の一つであることはいうまでもありません。
でも、結局、出てこようとしない岩助に腹を立てた仲間たちは、白壁に岩助とセイに関する落書きをしたんですね。字だけでなく絵も添えて。それに早くから気づいていたセイはその都度落書きを消していました。消しても消しても彼らは落書きを続ける、それをまたセイが消す。
その話をセイから聞いた岩助は「なんぼ書いたちゅうて、今度からはわしがみんな消してしもうてやら」と力強く言います。セイも「たのまあな」と。しかし物語は意外な方向に展開します。
by hinaseno | 2014-11-26 08:55 | 木山捷平 | Comments(0)