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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno

Somewhere and someday you’re someone


新しいアルバムを買うと、まず最初に見るのはクレジット。プロデューサーや演奏者などアルバム制作に関わった人達の名前が書かれている部分ですね。

『STRINGS OF GOLD』の「Special Thanks」のところには、昨年から今年にかけて亡くなられた方々の名前が並んでいます。
大瀧詠一さん、須藤薫さん、青山純さん、そしてハイ・ファイ・セットの山本俊彦さん。杉さんと関わりが深い人達がこんなにも短期間のうちにと思うと、胸が詰まってしまいます。でも、みなさんが今度の杉さんのアルバムを天国で喜んで聴いていることは確かなはず。
特に大瀧さんはニコニコ。
なぜならばクレジットにこんな名前が記されていたのだから。
Supervised & Vocal Directed by
Shinji Kawahara

川原伸司(=平井夏美)さん!
川原さんのことはこのブログでもかなり書きました。佐野元春さんと大瀧さんの”縁”には伊藤銀次さんという存在があったように、杉真理さんと大瀧さんの”縁”には川原伸司さんがいました。その川原さんが今回のアルバムに収められたほぼすべての曲でボーカル録りのディレクションをされたとのこと。
もちろん杉さんはご自身一人でボーカル録りをすることができたはず。でも、あえて川原さんを呼ばれてその指導を仰ぐ形にしたんですね。川原さんの名前を見つけたときには、ぐっとくるものがありました。

ところで、ちょっと話はそれてしまいますが、弦楽四重奏をバックにギターの弾き語りをするといえば、なんといってもビートルズの、というかポール・マッカートニーの「イエスタデイ」ですね。
なんてことを書きつつ、「イエスタデイ」のバックのストリングスが弦楽四重奏であるのを知ったのは村上春樹の『女のいない男たち』に収められている「イエスタデイ」を読んで。実際にはアゲインでモメカルのライブを見て、帰りの新幹線に乗る前に立ち寄った売店で雑誌(『文藝春秋』2014年1月号)が発売されているのを知って、新幹線の中で読んだですが。

東京の大田区生まれなのに完璧な関西弁をしゃべる木樽という人物が「イエスタデイ」を関西弁で歌うんですね。その歌詞が単行本になったときにバッサリと落とされたのですが。翻訳でも何でもないのにね。
その木樽と僕(村上さんの小説で「僕」が登場するのは久しぶり)はこんな会話を交わします。一応雑誌掲載時バージョンで。
実はこの部分の会話も単行本とちょっと違っています。
「その歌詞って何の意味もないじゃないか」と僕は言った。
「しかし少なくとも理屈は通ってるやろ」
「それは『イエスタデイ』という歌をおちょくっているみたいにしか、僕には聞こえないけどな」
「あほ言え。おちょくってなんかいるかい。それにナンセンスはそもそもジョンの好むところやないか」
「『イエスタデイ』を作詞作曲したのはポールだ」
「そやったかいな?」
「間違いない」と僕は断言した。「ポールがその歌を作り、自分一人でスタジオに入り、ギターを弾いて歌った。そこにあとから弦楽四重奏団の伴奏を加えた。他のメンバーは一切関与していない。その歌はビートルズというグループにはいささか軟弱すぎると他の三人は思ったんだ。名義はいちおうレノン=マッカートニーになっているけど」
「ふうん。おれはそういう蘊蓄には疎いからな」
「蘊蓄じゃない。世界中によく知られている事実だ」と僕は言った。
「ええやないか、そんな細かいことは」と木樽は湯気の中から言った。「おれは自分の家の風呂場で勝手に歌てるだけや。レコードを出してるわけやない。誰にも迷惑はかけてへん。いちいち文句をつけられる筋合いはない」

単行本になっていくつか書き足された言葉や、あるいは逆に削られた言葉があるのですが、一番興味深いのは木樽の最後の言葉。単行本ではこうなっています。
「おれは自分の家の風呂場で勝手に歌てるだけや。レコードを出してるわけやない。著作権も侵害していないし、誰にも迷惑はかけてへん。いちいち文句をつけられる筋合いはない」

なんと「著作権も侵害していないし」という言葉が付け加えられてるんですね。村上さんの本音、というか腹立ちの気持ちがちらっと。

それはさておき、モメカルの弦楽四重奏を聴いた翌日の、まだその素晴らしさの余韻を残しているときに読んだ村上さんの小説で初めて『イエスタデイ』のバックが弦楽四重奏だと知るというのもどこか運命的なような気がしました。
で、その部分を読んですぐにiPhoneに入れている「イエスタデイ」を、特に弦楽四重奏に注意しながら聴いてみると、もう何千回聴いたかわからない「イエスタデイ」が新鮮に聴こえてくるから音楽というのは不思議でした。
そのときに同時に杉さんがモメカルという弦楽四重奏団をバックに歌うようになったのは、この「イエスタデイ」を意識したものだと気づいたんですね。

で、ポール・マッカートニーといえば、川原さんですね。以前も引用した大瀧さんのこの言葉。
「あいつ(川原さん)は日本の音楽に興味ないでしょ。ポール・マッカートニーにしか興味がない」

この言葉を大瀧さんが発したのは、まさに杉さんと佐野さんが目の前にいるとき。杉さんが今回のアルバムを作るときに川原さんを呼ばれたのは、こういういきさつがあったからのことだと思います。
そういえば「Special Thanks」の大瀧さんの名前の前に書かれているのは「FAB4」。これはもちろん杉さんにとっても川原さんにとっても、そして大瀧さんにとっても大好きなビートルズのことですね。

大瀧さんの曲も数多く演奏してきたモーメント・ストリング・カルテットがいて、大瀧さんと深いつながりをもっていた川原伸司さんがいるという。まさにこのアルバムは大瀧さんに捧げるこれ以上ない形になっています。

さて、このアルバムにはその川原さんと杉さんが共作した「雨の日のバースデー」という曲が収められています。これがほんとに素晴らしい。モメカルの弦も言葉を失うほどの美しさ。目の前で演奏されたら間違いなく泣いてしまいますね。

で、泣いてしまうといえば、もう一曲。大好きな『HAVE A HOT DAY!』に収められた「街で見かけた君」。
『HAVE A HOT DAY!』ではシンセサイザーによって奏でられたストリングスが本物の弦楽四重奏で演奏されています。やはり本物の弦の音はなんともいえない情感があります。「都会の女の子たちは」あたりからでてくる弦の美しさには言葉を失います。
by hinaseno | 2014-05-23 10:19 | 音楽 | Comments(0)