昨日紹介した内田百閒の「サラサーテの盤」の話をもう少し。
「サラサーテの盤」を久しぶりに読み返していたら、おやっと思う部分がありました。昨日引用した、百閒自身と思しき主人公が、中砂という友人から借りたままにしていたサラサーテのSP盤を返してもらいにやってきた、中砂の後妻であるおふさという女性との出会いの部分の話。
ある年の夏休み、当時、東北地方で働いていた中砂に遊びにくるように招かれ、ついでに東北地方の太平洋岸にある町まで行ってみようということになって、二人は汽車に乗ってその町に向かう。小説には町の名前は書かれていません。幹線に何時間か乗って行き、その後、岐線の小さな汽車に乗り換えて、終点の町まで長い汽車の旅が続く。途中から汽車は大きな川の川沿いを走り、左側の車窓から見える風景は延々と続く土手。
ようやく目的の町に到着した二人は、川沿いの大きな料理店に入る。そこで中砂は一人の芸妓を呼ぶ。部屋に入って来たのは「こんな所でと意外に思う程美し」い女性で、しかも言葉の調子も綺麗で、東北の辺りの訛は感じられない。中砂もその言葉の音や調子が気になったようで、彼女に生まれた場所を訪ねる。芸妓が答えたのは「東京から反対に何百里も先の中砂の郷里の町の名」。その芸妓が中砂の後妻になった、つまりサラサーテの盤を取りに来た(そして最後に、サラサーテの盤のあの声が聞えた瞬間に、怖い言葉を口にする)おふさ。
このおふさとの出会いの話、ちょうど最近読んだばかりの百閒の随筆に出てきていたんです。旺文社文庫の『麗らかや』に収められた「土手」という随筆。
そこでははっきりと友人と向かった町の話が書かれています。
線路(軽便鉄道!)沿いに延々と続いていたのは北上川の土手。そして二人が行った町は石巻。つまり岩手県ですね。
石巻に到着した百閒とその友人(友人の名は書かれていません)は北上川沿いの大きな料理屋に入り、友人は芸妓を呼びます。そこに現れた芸妓は「東北の奥のこんな所に、と意外に思ふ程」着付けもよく、若くて綺麗。ここまでは小説と同じ。でも、彼女と一言二言言葉を交わしたときに、その言葉の音や調子に気がつくのは友人ではなく百閒自身で、彼女にその郷里を尋ねたのも百閒。
これを読んで、僕もびっくり、というかうれしいというか。なぜならば、わが大瀧さんの郷里である岩手と、僕の郷里である岡山を結ぶ物語だったので。
ちなみにこの友人は後に、大森に住むようになったとも書かれています。またまた大森で、ちょっと笑ってしまいます。
百閒は旅の後も、その芸妓に手紙を書いたり、わざわざ岡山から吉備団子を取り寄せて石巻に送ったりしたとのこと。相当夢中になったようですね。でも、どうやらその芸妓は百閒や友人の奥さんになったわけではなさそうです。
「土手」の最後には、こんなことが書かれています。
ああ、久しぶりに大手饅頭が食べたくなってしまいました。
「サラサーテの盤」を久しぶりに読み返していたら、おやっと思う部分がありました。昨日引用した、百閒自身と思しき主人公が、中砂という友人から借りたままにしていたサラサーテのSP盤を返してもらいにやってきた、中砂の後妻であるおふさという女性との出会いの部分の話。
ある年の夏休み、当時、東北地方で働いていた中砂に遊びにくるように招かれ、ついでに東北地方の太平洋岸にある町まで行ってみようということになって、二人は汽車に乗ってその町に向かう。小説には町の名前は書かれていません。幹線に何時間か乗って行き、その後、岐線の小さな汽車に乗り換えて、終点の町まで長い汽車の旅が続く。途中から汽車は大きな川の川沿いを走り、左側の車窓から見える風景は延々と続く土手。
ようやく目的の町に到着した二人は、川沿いの大きな料理店に入る。そこで中砂は一人の芸妓を呼ぶ。部屋に入って来たのは「こんな所でと意外に思う程美し」い女性で、しかも言葉の調子も綺麗で、東北の辺りの訛は感じられない。中砂もその言葉の音や調子が気になったようで、彼女に生まれた場所を訪ねる。芸妓が答えたのは「東京から反対に何百里も先の中砂の郷里の町の名」。その芸妓が中砂の後妻になった、つまりサラサーテの盤を取りに来た(そして最後に、サラサーテの盤のあの声が聞えた瞬間に、怖い言葉を口にする)おふさ。
このおふさとの出会いの話、ちょうど最近読んだばかりの百閒の随筆に出てきていたんです。旺文社文庫の『麗らかや』に収められた「土手」という随筆。
そこでははっきりと友人と向かった町の話が書かれています。
線路(軽便鉄道!)沿いに延々と続いていたのは北上川の土手。そして二人が行った町は石巻。つまり岩手県ですね。
石巻に到着した百閒とその友人(友人の名は書かれていません)は北上川沿いの大きな料理屋に入り、友人は芸妓を呼びます。そこに現れた芸妓は「東北の奥のこんな所に、と意外に思ふ程」着付けもよく、若くて綺麗。ここまでは小説と同じ。でも、彼女と一言二言言葉を交わしたときに、その言葉の音や調子に気がつくのは友人ではなく百閒自身で、彼女にその郷里を尋ねたのも百閒。
「をかしいな、君の口の利き方は、この辺ではないだらう」
「はい、備前岡山で御座います」
声を上げる程、びつくりした。北上川の長い土手を伝つた挙げ句のこんな所で、古里の郷音を聞かうとは。
これを読んで、僕もびっくり、というかうれしいというか。なぜならば、わが大瀧さんの郷里である岩手と、僕の郷里である岡山を結ぶ物語だったので。
ちなみにこの友人は後に、大森に住むようになったとも書かれています。またまた大森で、ちょっと笑ってしまいます。
百閒は旅の後も、その芸妓に手紙を書いたり、わざわざ岡山から吉備団子を取り寄せて石巻に送ったりしたとのこと。相当夢中になったようですね。でも、どうやらその芸妓は百閒や友人の奥さんになったわけではなさそうです。
「土手」の最後には、こんなことが書かれています。
昨夜の料亭の席上で岡山の話をし、京橋を知つてゐるかと尋ねたら、あの辺にゐたのですと云ふ。後に母に連れられて岡山を離れました。あの川岸の片側町の様子はよく覚えて居ります。
覚えてゐれば夢に見る事もあるだらう。夢の中でいいから、その道をもう少し川下の方へ行つて、町が切れたら土手になるから、その上をもつと先の方へ行きなさい。
ああ、久しぶりに大手饅頭が食べたくなってしまいました。