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by hinaseno
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昭和2年の「南畝町288」を特定する(1)


というタイトルを書きましたが、ピンポイントで特定できるかどうかはわかりません。空襲で焼け野原になり、さらに区画整備もされてすっかり町の風景も変わっていますから。

「南畝町288」の場所探しは、兵庫教育大学の前田貞昭教授の書かれた「木山捷平の姫路時代を探索する」や、自分で見つけた地図を参考に昨年いろいろやって、だいたいこのあたりかなというあたりをつけることができたので、それ以来やめていました。
場所はどこかということを探すよりも、そこにだれが住んでいたかということを優先すべきだと考えたからです。といっても、場所が近いですから、散歩がてら何度もそのあたりを歩いては、何か痕跡はないだろうか探してはいましたが。

そういえば昨日、内田樹先生経由で知った大阪大学医学部病理学の仲野徹教授のブログを読んでいたら、研究における「プロセス重視派」のことが書かれていて、とても興味深かったです。僕は紛れもなくプロセス重視派ですから(まあ、僕のやっているのは研究と呼べるようなものではありませんが)。

ところで、昨日貼った地図の赤丸を付けたところ。大正15年の地図なのですが、よく見ればわかるように、南畝町の境界線からははずれた場所(飾磨郡城南村)に含まれています。
a0285828_934958.png

以前貼った『城南小学校八十年史』に載っていた校区の地図からも外れています。
ところが昭和5年のこの地図では、赤丸をつけた場所も、その北にある女子職業学校(現在の播磨高校)も、飾磨郡ではなく姫路市の南畝町に入っています。
a0285828_10265682.png

僕は明治から現在までのあの近辺のいろんな地図を見て来たのですが、南畝町と、その南の手柄村の延末、それから飾磨郡城南村の豊沢の境界は時代によってかなり変更されています。地図の年代も作成されたときのものなのか印刷されたときのものなのか不明なものも多いので。
というわけで、いろいろとややこしそうなのですが、もうちょっとだけ"秋をひょこひょこ"してみようと思います。
by hinaseno | 2013-10-26 10:27 | 木山捷平 | Comments(0)