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by hinaseno
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荷風の「声」


荷風の声を初めて聴きました。

荷風の声が録音されているものがあることは以前から知っていました。川本三郎さんの『荷風好日』に収められている「荷風のラジオ出演」という文章で、川本さんが荷風の声を初めて聴いた時のことが書かれています。川本さんが聴いたのはNHKのラジオ番組「文壇よもやま話」。昭和28年1月に放送されたもの(録音されたのは前年の12月)ですが、川本さんがこれを聴いたのは1997年5月。どうやらこのときにNHKで再放送されたようです。

調べてみたらこの番組、一昨年の4月にも再放送されていました。NHKのカルチャー・ラジオという番組。ちなみに今日は佐多稲子さんが放送されていました。
そのときは4回に分けて放送。
1回目がなんと『断腸亭日乗』の自作朗読。2回目と3回目が「文壇よもやま話」、
4回目が「時代・世相を語る」。
一昨年放送では、次に放送されるのはいつになるやらとあきらめていたのですが、先日から何度も紹介した『荷風全集』(岩波書店の一番新しいシリーズ)の別巻に、このときの音源が附録として収められていることをつい先日知りました。幸いまだ絶版にはなっていませんでしたので、あわてて注文。

さて、その最初に収録されている『断腸亭日乗』。CDにも本にもいつの日のものが読まれているのか何も書いていません。

いきなり荷風の「断腸亭日乗」という言葉が出てきます。かなり抑えめの声であることと、録音状態がよくないためか、こもったような声で日付が告げられます。でも、最初はその日付が聴き取れませんでした。で、そのあと次のような言葉が語られます。

「晩間裏山に登り見るに妙林寺林間の墓地に...」

そうです。何度も何度も読んでいた岡山で過ごしていた一日。荷風の口から「妙林寺」という言葉が出てきたときには、涙が出そうでした。

昭和20年8月12日の日記。『断腸亭日乗』に記されたこの日の日記はこうなっています。お盆の日の墓地のようすを描いた短い文章。
「八月十二日 日曜日、晴、S氏夫婦食料を得むとて吉備郡総社町の旅館に往く、晩間裏山に登り見るに妙林寺林間の墓地に線香の烟たなびき草花携へ往来する村人多し、夕月佳し」

でも、実際に荷風が読んだものはかなり違っていました。S氏夫婦(菅原明朗と永井智子ですね)の件は省略。後半も変わっています。
「八月十二日 晴。晩間裏山に登り見るに妙林寺林間の墓地に線香の烟たなびき村人草花を携へて来往す。夕月よし」

どういうことだろうと思って調べたら、これは戦時中の昭和20年の部分だけの日記である『罹災日録』のもの。実は『罹災日録』は『断腸亭日乗』とかなり異なっている部分が多く、いつか書かなければいけないとは思っているのですが、ちょっとびっくりしました。

で、荷風の朗読は翌13日へ。
これもやはり『断腸亭日乗』ではなく『罹災日録』のほうを読んでいます。この日の『断腸亭日乗』は前にも引用しました。この日、荷風は勝山にいる谷崎潤一郎を訪ねています。ただ、CDに録音されているのはこの日の最初の部分だけ。
「八月十三日 谷崎氏を勝山に訪はむとて未明に起き、明星の光を仰ぎ見つゝ暗き道を岡山駅の停車場に至る。構内には既に切符を購はむとする旅人雑沓し、午前四時札売場の窓に灯の点ずるを待ちゐたり」

ここまでCDでたったの55秒。
放送された番組ではおそらくこの日の日記全部ともしかしたら8月15日の終戦の日から読まれたのかもしれません。カットされた部分が残念とは思いながら、でも、勝山での谷崎と会った部分がメインであるこの数日間で、それとは関係のない8月12日の妙林寺の墓地に行ったことが入れられているのが、なんともうれしいことでした。

荷風自らが朗読した『断腸亭日乗』の、たった55秒しか収められていないCDで、 荷風自身の口から「妙林寺」「岡山」という言葉が語られるのを聴けただけでも、奇跡としか言いようがないですね。
by hinaseno | 2013-06-11 13:20 | 文学 | Comments(0)