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by hinaseno
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岡山県人を主人公にした荷風の小説(2)


『問はずがたり』は「上の巻」が9つの章、「下の巻」が11の章で構成されているのですが、岡山の風景が出てくるのは「下の巻」の8章から。昭和20年(1945年)11月11日から13日にかけて書かれたのはこの部分ですね。「下の巻」の8章はこんな一節で始まります。
僕は今岡山県吉備郡□□町の残つてゐる祖先の家に余生を送つてゐる。五十年前に僕の生まれたところである。
昭和二十年八月十五日の正午、僕はこの家の畠から秋茄子を摘みながら日軍降伏の事をラヂオによつて聞知つたのだ。
僕の生涯は既に東京の画室を去る間際に於て、早く終焉を告げてゐた。新しい生涯に入ることを、僕はもう望んでゐない。僕は昨日となつた昔の夢を思返して、曾て「問はずがたり」と題したメモワールをつくつて見たことがあつた。こゝにそが最終の一章を書き足して置かう。

主人公の画家の家の住所は「岡山県吉備郡□□町」となっています。町名は書かれていません。
ここの実家への道順が9章に書かれています。何十年ぶりかで郷里に戻る時のようすを描いた部分です。
岡山に戻ってきたのは初夏。まさに荷風が岡山にやってきた時ですね。岡山駅に到着した主人公は、支線に乗り換えるまでの時間、その初夏の岡山駅周辺を歩き、町やそのまわりの山々を眺めます。こんな言葉も出てきます。
この日ほど岡山の空と山とを美しく懐しく眺めわたしたことは恐らく一度もなかつたであらう。

で、主人公は支線に乗って郷里に向かいます。
西の方総社と呼ばれる町をさして、極めて速力の鈍い旧式の支線列車は、岡山の町を出るが否や備前備中の二国にひろがる明い沃野の唯中に僕の身を運んで行く。今更言ふまでもなく、旅行好きの人は一ノ宮、高松、吉備津などゝいふ町や村の散在してゐる松の多い丘陵の風景の、いかに明媚であるかを知つてゐるだろう。

さらにはこう続きます。
僕の生れた家はかういつた平野の真中に立つてゐる小さな停車場からまたもやバスに乗換えて十五分ばかり樟と松との森林に蔽はれた山際に並んで、いづこも白壁の塀を繞らしてゐる人家の中の一軒である。

この主人公が乗った支線というのはもちろん吉備線。以前にも書きましたが荷風は三門にいるときに何度もこの吉備線を走る汽車を眺めています。そして岡山を去る直前に、この吉備線に乗って総社まで行っています。その経験を小説に描いているんですね。

でも、問題は主人公の家。主人公が下車したのは終点の総社ではなく、その手前の駅。一ノ宮、高松、吉備津を通り過ぎたところにある駅とすれば足守(あしもり)駅かその次の服部駅ということになりそうです。

荷風が吉備線に乗って総社に行った時のようすは『断腸亭日乗』の昭和20年8月27日に記されています。
総社町は岡山より汽車四十分ばかりの西方、田園のしづかなる処にあり、人口二三千人と云ふ。鉄路岡山より三門、大安寺、一宮、吉備津、高松、足守、服部の諸駅を過ぐ、一宮および吉備津には老松深き処に名高き神社あり、又高松の丘陵にはむかし豊臣秀吉の為に水攻めにせられし古城の廃址わづかに存すと云、沿道の眺望、右手は山、左手は曠然たる水田にて三門町郊外にて見る処に似たれど山の姿行くに従ひ次第にやさしくなりて、ときには京都東山の姿よりも更に佳しと思はるゝ処もあり、足守と服部といふ駅の間に小川二流あり、日でりにて水涸れ白き砂に野草の花の点〻とさけるを見る。

総社までの駅名、それから吉備津神社や高松城址のこともきちんと書かれていますね。足守駅や服部駅も、その近くを流れている足守川の風景とともに描かれています。汽車の速度はかなり遅かったとはいえ、汽車で通っただけなのによく見ていますね。

主人公の家は、この吉備線の足守駅、または服部駅で下車してからバスで15分の場所。荷風はいったいどのあたりに主人公の家を設定したんでしょうか。

下に、『鉄道遺産を歩く』(吉備人出版 2008年)に収められた、岡山方面から総社に向かう吉備線の電車が足守川を渡っている写真を貼っておきます。
岡山県人を主人公にした荷風の小説(2)_a0285828_942265.jpg

by hinaseno | 2013-06-04 09:18 | 文学 | Comments(0)