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by hinaseno
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夏の海 ― ニューゼルシー州アシベリイパーク(5)


夏の海 ― ニューゼルシー州アシベリイパーク(5)_a0285828_943952.jpg

昨日も書きましたが、村上春樹がアズベリーパークに行ったのは、1990年代の初め、おそらく1991年から1993年にかけての3回。
目的はその近くのモンマス(村上さんはマンモスと表記しています)・カウンティという場所で毎年春に開催されていたハーフ・マラソンに参加するためで、その帰りに必ずアズベリーパークに立ち寄ったということです。その時のことが書かれた『意味がなければスイングはない』を引用します。
スプリングスティーンが青春時代を過ごしていた日々からは20数年後の、荷風が訪れたときからは90年後のアズベリーパークの風景。
プリンストンからそのマンモス・カウンティに向かう途中、海岸沿いにアズベリーパークの町がある、レースが終わったあとでいつもそこに立ち寄った。立ち寄ると言っても、降りて何かをするわけではない。車に乗ったままゆっくりと町の中をまわって、「ああ、この町で無名時代のブルース・スプリングスティーンが演奏をしていたんだな」と思い、そして帰ってくるだけだ。ごく普通の感覚を持った人にとって、アズベリーパークの町は、「車を降りて、しゃれた昼食でもとろうか」と思えるようなところでは断じてない。
アズベリーパークは、どのように好意的に見ても、おそろしくしけた海岸町である。不気味といってもいいくらいだ。すべての建物は古び、色あせて、荒廃している。人影はほとんどない。

「おそろしくしけた海岸町」、「不気味」、「すべての建物は古び、色あせて、荒廃している」....、荷風が『夏の海』で書いたものとはあまりにも異なる光景が描き出されています。
「ごく普通の感覚を持った人にとって、アズベリーパークの町は、『車を降りて、しゃれた昼食でもとろうか』と思えるようなところでは断じてない」とも書いています。というわけで、どうやら村上春樹は車から降りることもなくこの町から立ち去っています。
海辺に行って、スプリングスティーンの歌にも出てたボードウォークを歩くこともしない。あるいは浜辺に行って海を眺めることもしない。

で、こう続けています。
ブルーカラーのための夏のリゾート・タウンとして、戦中から戦後にかけて発展したその町は、ブルース・スプリングスティーンが十代を送った1970年前後には既にあとかたもなく零落していた。観光客は途絶え、数百軒を数えたホテルはあらかた廃業し、犯罪とドラッグがそのあとに居座っていた。その町は1990年代に僕が訪れたときにもやはり零落していたし、たぶん今でも――もし取り壊されていなければ――同じように零落しているはずだ。それはずっと昔に死んでしまった人々の記憶をかき集めて作り上げられた、架空の町みたいに見える。はかない真昼のゴーストタウン。

村上春樹がこの文章を書いたのは、おそらく2003年頃。こう書いていますね。「たぶん今でも――もし取り壊されていなければ――同じように零落しているはずだ」と。

ふと、数年前に出たブルース・スプリングスティーンの『The Promise: The Darkness On The Edge of Town Story』というボックスセットに入っていたDVDのことを思い出しました。それは、スプリングスティーンがアズベリーパークにあるパラマウント・シアターで演奏したものを収めたものですが、その最初に、2009年の、つまり今から4年前のアズベリーパークの光景をモノクロでとらえたものが数分収められていました。それは、やはり不気味と言ってもいい光景。「ずっと昔に死んでしまった人々の記憶をかき集めて作り上げられた、架空の町」、「はかない真昼のゴーストタウン」。

その映像に映っていた2009年のアズベリーパークの光景を何枚か貼っておきます。
夏の海 ― ニューゼルシー州アシベリイパーク(5)_a0285828_9432849.jpg

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古びて色あせた死んだような巨大な建物。雨漏りが止めどなく続き、それが不気味な模様となっている天井。動いているのに(撮影のために動かしたんだろうか)誰も乗っていない観覧車と回転木馬。建物の外壁に描かれたあまりにも時代遅れな絵(それは遊園地の乗物に乗っている家族4人の幸せそうな光景ではあるけれど)...。

一番下の写真がこの日、スプリングスティーンが演奏したパラマウント・シアター。観客は誰ひとりいません。きっと多くの観客を呼ぶには建物はあまりにも危険すぎるのかもしれません。
その日、スプリングスティーンは「7月4日のアズベリーパーク」を歌っていません。1曲目に歌ったのは「Badlands」。いかにも1曲目というノリのいい曲。でも、歌詞はこんな言葉が並んでいます。
Workin' in the fields till you get your back burned
農場で働くんだよ。君の背中が真っ赤に焼けるまで。
Workin' 'neath the wheels till you get your facts learned
車輪の下で働くんだよ。君が君なりの真実をつかみとるまで。

We'll keep pushin' till it's understood
僕たちは頑張り続ける。いつかそれが理解されて
and these badlands start treating us good
このバッドランドが僕たちをまともに扱ってくれるようになるまで

そのDVDのはじめの部分の映像がありましたので貼っておきます。観覧車には1組だけ乗っていましたね。もしかしたらスプリングスティーンかもしれません。

by hinaseno | 2013-05-21 09:41 | 文学 | Comments(0)