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by hinaseno
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海辺の荷風(5)


海辺の荷風(5)_a0285828_9332468.jpg

『断腸亭日乗』の昭和20年6月10日に書かれている「ウエルレーヌ」。
以前に何度か明石の日々を描いた部分を読んでいた時は、「ウエルレーヌ」がだれなのかを考えることもなく、読み流していました。でも、今回、荷風の明石の日々を一日一日パソコンに打ち込む作業(写経に似ています)をしていて、あっと気がつきました。
これは荷風の最も好きなフランスの詩人のひとりであるヴェルレーヌ。

実は先日、岡山の小さな古書店で荷風の『珊瑚集』の復刻版を見つけて、ヴェルレーヌの”ある詩”を探していたばかりでした。『珊瑚集』は荷風が自分の好きなフランスの詩人の詩を翻訳したものを集めた詩集。それを見ると荷風がどの詩人を好きなのかがよくわかります。一番多いのはレニエ(『珊瑚集』ではレニエエと表記)の10篇、次に続くのがボードレール(ボオドレエルと表記)とヴェルレーヌ(ヴエルレエンと表記)の7篇。本に載っている順序としては最初がボードレール、次がランボー(ただしランボーは「そぞろあるき」と題された1篇だけ。「そぞろあるき」とは散歩のことですね)、そして三番目がヴェルレーヌ。

僕が探していたヴェルレーヌの詩というのは「秋の歌」と題された詩。先日、小津の話のときにふれた林芙美子も実は荷風の大ファンで、彼女の本の中に荷風の翻訳したヴェルレーヌの「秋の歌」という詩が引用されていることを川本さんの本で知って、それが『珊瑚集』に収められていると書かれていたので探したんですね。でも、載っていなかった! 川本さんのミス? でも、よく読み返してみたら、林芙美子の小説(『雨』)の女主人公の夫が荷風の『珊瑚集』を読んで、荷風の訳の素晴らしさを話して聞かせる中で「秋の歌」が出てくるんですね。別に『珊瑚集』に「秋の歌」が載っていると書かれているわけではないんですね。
実際に荷風の翻訳した「秋の歌」が載っているのは荷風の『あめりか物語』。『ふらんす物語』ではなくて『あめりか物語』にスランスの詩人であるヴェルレーヌの詩が出てくるというのも面白いですね。

ところで、荷風はヴェルレーヌをいろんな形で表記しています。おそらく最初期は『珊瑚集』に見られるヴエルレエン、それ以降はヴエルレーン、ヴエルレーヌ。最近出た文庫本ではさらに出版社の判断でいろいろな形に表記し直されています。例えばヴェルレーン、ベルレーン...。わかる人にはわかるんでしょうけど、わからない人にはだれがだれだか、ですね。
ただ、ウエルレーヌと書かれているのは調べた限り、この6月10日の『日乗』だけ。荷風が濁点を落としていたとは考えにくいので、最初にそれを活字に直した人が見落としてそのままになってしまっているのかもしれませんね。ただ、面白いことに僕の持っている『断腸亭日乗』の全集の索引には「ヴェルレーヌ」の項目に、この日の記述も含まれていました。でも、かなり正しい表記が横に付されている2002年に出た新版の『断腸亭日乗』でも「ウエルレーヌ」のまま。

さて、ウエルレーヌがヴェルレーヌだとわかって、改めて荷風の『珊瑚集』を手にしました。最初に訳されたヴェルレーヌの詩の題名が「ぴあの」、次が「ましろの月」。
この題名を見て、ある作曲家のことがぱっと頭に浮かびました。

クロード・ドビュッシー。
僕の最も好きなフランスの作曲家(この人の場合は優れた作詞家でもありますね)。

ドビュッシーのことはつい先日、この日のブログでも触れました。
「牧神の午後」の話でした。
その日(ほんの4日前ですが)、僕はまだ何も気がついていなくて、こんなふうに書いています。
荷風はこの風景を見てマラルメの「牧神の午後」を想起します。
マラルメの「牧神の午後」といえば、僕はドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」という曲を大好きになって、その流れでその曲のイメージの元となったマラルメの詩の存在を知りました。詩集も買いました。でも、きっと荷風はフランス語の原詩を思い浮かべたんでしょうね。

で、この言葉の後にドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を貼りました。

実は荷風の明石の日々を書きはじめたときからパソコンでずっと流し続けているのはドビュッシーの音楽でした。まだ何も気づく前から。

パソコンには僕の好きなドビュッシーの曲がいくつも入っています。
「牧神の午後への前奏曲」、「亜麻色の髪の乙女」、「アラベスク第1番ホ長調」、「夢」、「水に映る影」、「版画」(「塔」「グラナダの夕暮れ」「雨の庭」の3曲)、...、そして何よりも好きな「月の光」。
もちろん明石の日々を書き進めながら、荷風が訳したヴェルレーンの詩から頭の中で結びついたのはドビュッシーの「月の光」でした。そしてその結びつきは間違いではなかったんですね。

明石の海辺で過ごしていたとき、ひとりになった荷風の頭の中に流れ続けていたのは、まぎれもなくドビュッシーの音楽だったんです。おそらく陽のあるときに海を見ているときには「牧神の午後への前奏曲」、そして陽が沈んだあとには「月の光」。

海辺の荷風(5)_a0285828_9334216.jpg

by hinaseno | 2013-05-10 09:34 | 文学 | Comments(0)