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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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成島柳北の『航薇日記』通信(その3)


ちょっと音楽の話、というよりも今日はすべて音楽の話になります。
柳北の『航薇日記』は音楽にあふれています。実際に歌われたり、奏でられたりした音楽もあれば、和歌や漢詩のような音楽もあります。

さて、大瀧さんの『ロング・バケーション』、あるいは達郎さんの『フォー・ユー』を聴くようになって、その音楽が似合う場所を近くに探して、何度も車で行っていたのが、神戸から明石にかけての海岸線でした。もちろんそのときに車の中に流れていたのは大瀧さんや達郎さんの音楽、あるいはビーチボーイズ。

一番よく行ったのはやはりこのあたりで最も大きな海岸が拡がっている須磨海岸。関東の方で言えば湘南海岸にあたるような場所でしょうか。湘南には行ったことがありませんが、比べものにならない気もしますが。僕が知るようになった須磨は、そんなにきれいな海岸ではありません。でも、砂浜が長く延びていて、ヤシの木が植えられている風景はいいものです。昔はもちろんヤシの木ではなく松だったんでしょうけど。

須磨といえば、ビーチボーイズに「SUMAHAMA」という曲があります。邦題は「思い出のスマハマ」。『L.A.(Light Album)』というアルバムに収録されています。1979年に出たアルバム。 作詞作曲はマイク・ラブ。ちなみにこの時期ブライアンは精神的にも肉体的にも最悪の状態が続いていたので、まともな曲は作れない。
そんな中で普通は詞しか書かないマイクが作曲もしています。マイクなりの思い入れのある曲ですね。リード・ボーカルもマイク。曲のアレンジはアメリカ人が日本をテーマにした曲にありがちな、東洋のエキゾチックな雰囲気。
こんな歌詞で始まります。

Sumahama

There's a lover's sleep in old Japan

Where the lovers walk along the sand

Hand in hand at Sumahama


歌詞は途中から日本語になります。

さて、この日本にある” SUMAHAMA(スマハマ)”という場所。
諸説ありました。砂浜(スナハマ)の間違い、あるいは須磨海岸を指す須磨浜(スマハマ)...。
ネットで調べたら、昨年、関西ローカルの『探偵ナイトスクープ』という番組(確か以前、ラジオデイズの『大滝詠一的』で、大瀧さんは、この番組はいいと言ってましたね。関西ローカルなのに見ているのがすごい)で、来日したマイクにインタビューでそのことを質問して、マイクが「 SUMAHAMAは、須磨浜のことだ」と答えたらしいですね。僕は見ていませんでしたが。すごいですね。長年の謎が解けました。
というわけで、ビーチボーイズの「思い出のスマハマ」を貼っておきます。次に日本盤を出すときには邦題を「思い出の須磨浜」に直してほしいですね。


話が柳北の『航薇日記』からそれてしまいました。僕が柳北の『航薇日記』で最も好きな明治2年10月22日の日記の中で何よりも好きなのが、まさにこの須磨海岸に着いたときの話。
こんな文章で始まります。

須磨の浦に着くころ、月明画の如く、風景絶奇なり。余、頃年淪落して、風塵に落つるは不幸に似たりと雖も、瓢遊自在。この好風景に逢着するに於て、それ不幸に非ず、至幸といふべきを悟る


明治維新で敗者の側になった柳北が、ここではじめて内省的な言葉をはいているんですね。大阪ではしゃぎ回っていたときにはなかったこと。特に「余、頃年淪落して、風塵に落つるは不幸に似たりと雖も、瓢遊自在。この好風景に逢着するに於て、それ不幸に非ず、至幸といふべきを悟る」は、『航薇日記』に記された柳北の言葉の中で、最も心を揺さぶるものです。

で、その後がいいんです。音楽があるんです。
もちろん大阪でも芸妓たちの奏でる音楽はありましたが、もっと素朴な音楽。奏でているのは岡山の庭瀬からやってきた舟人。楽器は船の舷。それを叩きながら彼らは歌うんですね。それが江戸を離れてはじめて内省的な気持ちになった柳北の心に沁み込むように入っていきます。

夜ふけて、舟人みな声たてて船歌をうたふ。その韻、極めて古雅。その詞をきくに、いとやさし


歌詞はまず女性から男性に向けた言葉で始まります。
「月は十五で円くはなれどぬしの心はまだ四角」。
そして男性側からの返歌の言葉。
「四角のわたしに傍(そ)うたも縁やまろく世帯をして見たい」。

柳北が書き記しているのはこの部分だけ。いずれも「7・7・7・5」の詞。で、おそらくこのスタイルで夜がふけるまで彼らはえんえんと歌い続けていたんでしょうね。果たしてこれにどんなメロディが添えられていたんでしょうか。柳北はメロディに関して「極めて古雅」との感想を書いています。どこか懐かしく、優雅。今の言葉を使えば「とてもノスタルジックでロマンティックでエレガント」って感じでしょうか。

このときの出来事はさらに漢詩にも歌われています。柳北にとって和歌はおそらく、ぱっぱと作ってしまえるものみたいですが、漢詩を作るのは押韻を考えることも含めて、かなりの思い入れがなければできるものではないはず。
その漢詩、句読点を入れて、書き下し文で引用しておきます。

夜来(やらい)、舟子、舷を扣(たた)いて歌ふ。調(しらべ)、緩(ゆるやか)に、韻、沈(しずん)で幽趣多し。最も是れ騒人(そうじん)腸断の処。松風潮月須磨を過ぐ


転句にある「騒人」というのは詩人、つまり柳北自身をさしているんでしょうね。そして「腸断の処」とは断腸の思い、つまりはらわたがちぎれそうなくらいに悲しい気持ちになってしまったということ。「腸断処」は漢詩によく使われる言葉のようです。荷風の『断腸亭日乗』の「断腸」につながっていますね。

柳北をこんな気持ちにさせてしまう岡山(備中)の舟人たち。たいしたものです。

話は変わりますが、僕の最高の須磨の思い出といえば、もうずいぶん前の夏の日のことになるのですが、ある日ふと気が向いて須磨海岸に立ち寄ったら、突然ある人のライブが始まりました。

なんと『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の杉真理さん。もう本当にびっくりしてしまいました。
1曲目が「夏休みの宿題」。大瀧さんの「君は天然色」みたいなスペクター・サウンドの素敵な曲。
そしてもう1曲が、杉さんの曲の中で死ぬほど好きな「恋のかけひき」。
まるで夢を見ているような瞬間でした。
これで『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に収められた「夢見る渚」を歌ってくれたらもっと最高だったのですが。
なんたって「渚のカセットは繰り返す、いつもロング・バケーション」でしたから。

by hinaseno | 2013-05-04 09:30 | 文学 | Comments(0)