人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

成島柳北の『航薇日記』通信(その2)


成島柳北の『航薇日記』の中でのクライマックスは前にも書きましたが、荷風の心にも深く留まっていた小豆島の寒霞渓に行ったときのものかもしれません。でも、僕が個人的に最も好きな一日を挙げるとすれば、迷うことなく明治2年10月22日の日記になります。

横浜からアメリカの汽船オレゴニアン号に乗って神戸にやって来たのが10月19日。それから柳北は大阪に行き、いろんなところに行って様々な遊びをして楽しんでいます。といってもそこはさすがに柳北。見るべきものは見て、聞くべきものは聞いているのですが。
で、大阪でめいっぱい楽しんだ後、10月22日の朝、大阪を離れて岡山に向かいます。ただ、この日行けたのは明石まで。
柳北は前の晩も芸妓たちと楽しみすぎて、酒をかなり飲んでしまって、頭が痛くなるまで酔っ払って爆睡して、この日岡山に向かうことになっていたのをすっかり忘れて寝坊してるんですね。結構笑えます。

柳北が乗った船は「備中の国庭瀬の開運丸」という飛船。庭瀬はまさに荷風が訪ねた平松さんの晴耕園があったところ。柳北が向かう妹尾の少し北。以前貼った荷風の描いた地図にも庭瀬という地名は書かれています。
「飛船」というのは小型の早い船ですね。荷物などは運ばず、人だけ載せたんでしょうね。 船客は柳北と戸川成斎だけのはず。 船長は中田徳三郎という人。もう一人くらい舟人がいるんでしょうか。

柳北はこの舟で初めて「岡山」の人に接するんですね。柳北は船から見える風景とともに、この舟人を相当気に入ったみたいで、この日一日だけで、舟人のことを歌った和歌や漢詩をいくつも作っています。僕も柳北と同様にこの舟人のことを好きになってしまいました。

とりあえず、細かい説明は後日書くとして、この日の日記を全文引用します。ただ引用に関して、読みやすくするためにいくつか原文通りではない形にしました。
まず、原文にはない句読点を打ちました。先日贈っていただいた岡氏の本は句点も含めた意味合いで読点だけを打たれていましたが、やはり読みやすくするために句点があったほうがいいと思い、いくつか微妙な部分もありましたが、僕なりの判断で句点を打ちました。それから、より読みやすくするために読点の数も増やしました。すべて僕の判断です。
次に踊り字と呼ばれる、繰り返し記号(「ゝ」「ゞ」「〻」「〱」)は全てひらがなに直しました。
さらに、多く用いられている「比」(ころ)、「此」(この)、「其」(それ、その)もすべひらがなに直しました(「比」を「ころ」と読むのは岡氏の本で知りました)。何度か使用されているかたかなの「ハ」「バ」も岡氏と同様にひらがなにしました。
一番悩んだのは漢詩。日記では句点をつけて続けて書かれているのですが、五言絶句、七言絶句、七言律詩がわかるように一句ごとに改行して書きました。さらに、横書きだとかなり違和感があるので、漢詩の部分だけでは縦書きにしました(パソコンによっては縦にきれいに連ならない可能性もあります)。ただし、返り点等を入れるのはかなりの困難を要するので白文の形にしています。ということで全文引用します。

廿二日朝晴。黎明に茂介来たりて夢を呼びさます。この日は斯地を出で立たんと契りしをも忘れて、いぎたなく臥したるがいと羞かし。懐ろ紙に歌かきてと小里の言ひければ、

 別れては又逢ふこともしら菊の露のなさけにぬるる袖かな

八時すぐるころ、主人に暇を告げて飛船に乗る。この船は備中の国庭瀬の開運丸とて船長は中田徳三郎と云う。二妓とも岸辺まで送る。帰さに又来べしと言ひなぐさむるうちに、船は安治川を出でたり。
天保山を過ぎ、神戸、兵庫、和田のみさきを経て進む舟中、短古一篇を得たり。


 海 山 直 晨   
 容 色 入 発   
 曲 翠 播 天   
 又 且 淡 保
 彎 紫 間 山


 片 縦 唯 江  青 栄 頭 噫
 帆 令 応 山  蓑 枯 有 我
 未 故 漫 明  白 一 冠 結
 要 園 遊 媚  笠 夢 冕 髪
 容 日 捜 天  身 乾 腰 三
 易 相 仙 付  始 坤 佩 十
 還 望 寰 我  閑 変 環 年
  

須磨の浦に着くころ、月明画の如く、風景絶奇なり。余、頃年淪落して、風塵に落つるは不幸に似たりと雖も、瓢遊自在。この好風景に逢着するに於て、それ不幸に非ず、至幸といふべきを悟る。

 中々に朽し袖こそ嬉しけれ今宵かたしく須磨の浦波

夜ふけて、舟人みな声たてて船歌をうたふ。その韻、極めて古雅。その詞をきくに、いとやさし。ここに一、二を録す。「月は十五で円くはなれどぬしの心はまだ四角」。その返し歌、「四角のわたしに傍うたも縁やまろく世帯をして見たい」。その調、毫も殺伐の気象なし。

 松 最 調 夜
 風 是 緩 来
 潮 騒 韻 舟
 月 人 沈 子
 過 腸 幽 扣
 須 断 趣 舷
 磨 処 多 歌

浦辺の松樹翠色、波に映じてかぎりなき風情あり。一の谷を過ぎ、舞子の浜にいたる。砂潔く、松緑りなり。また一勝地といふべし。狂体を学びて、

 芸子にはゆふへ別れて又けふは舞子の浜にかかる舟人

明石の浦に到るころ、風潮進むにあしし。舟をとどめて浦辺に泊す。月光ますます明らかに、波瀾描がくが如し。

 舟人も心ありてや舟とめて一夜あかしの月をこそ見れ 

 落 風 呻 客
 月 光 吟 子
 飛 宛 明 神
 霜 似 石 清
 夜 楓 浦 暁
 泊 橋 頭 不
 船 句 天 眠

夜すがら寝もやらず、酒をあたためて五嶋の乾烏鰂を食ふ。味甘くして美なり。こは肥前屋主人がはなむけに贈りしものなり。

by hinaseno | 2013-05-03 14:01 | 文学 | Comments(0)