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by hinaseno
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  昭和20年7月の荷風(その6) 


昭和20年7月18日に、荷風が散策の途中で目にした店で扱っていた石材、万成石。これを使って作られた有名な建物が、銀座4丁目にある「服部時計店」でした。現在は「和光」になっている、屋上に時計塔のある建物です。建てられたのは昭和7年。

荷風はある時期、銀座に通い詰めたことがありましたので、『断腸亭日乗』には服部時計店のことが何度も出てきます。

「十六夜の月服部時計店の屋根に照輝きたり」(昭和8年12月3日)

「服部の時計を見るに十二時二十分過なり」(昭和9年8月4日)

「銀座行の市内電車に乗りかへ尾張町(銀座4丁目の旧町名)に至りて服部の時計を仰見れば正に六時なり」(昭和11年3月17日)

さらには、昭和12年に発表された『濹東綺譚』の「作後贅言」にも次のような記述があります。

服部の鐘の音を合図に、それ等のカフェーが一斉に表の灯を消すので、街路は俄に薄暗く、集つて来る圓タクは客を載せて徒に喇叭を鳴らすばかりで、動けない程込み合う中、運転手の喧嘩がはじまる。


荷風が何度も時計塔を見上げ、その音を耳にしていたかがわかります。まさかその建物が、偏奇館焼失以降、西へ西へと逃げ延びて辿り着いた、まさに西の端の地の石材で作られていたなんて思いも寄らなかったことだったでしょう。もちろん荷風は気づくことはなかったと思いますが、僕自身はこれに気づいて本当にびっくりしてしまいました。

服部時計店は銀座のシンボルでしたから、もちろん銀座を舞台にした映画にも登場します。映画の最初で、いきなりそれが写るものもあります。僕が何度か見たものではなんといっても成瀬巳喜男の『銀座化粧』ですね。服部時計店の時計塔をアップにとらえた場面から始まります。

『銀座化粧』を見るきっかけは、以前にも書きましたが大瀧詠一さんの成瀬巳喜男研究。その題材となった映画が『銀座化粧』と『秋立ちぬ』でした。
大瀧さんの成瀬、あるいは小津の研究を見ると、よくもそこまで、と思ってしまうのですが、でもそこにはただ単に好きな映画のロケ地を巡ろうというものとは違う”自分として”の発見がそこにはあったんですね。だからこそ、徹底的な研究を始められた。僕はそこに深く感動し、同時に強く影響を受けてしまって、このブログに書いているようなことを始めました。

さて、僕の今回の服部時計店の「発見」も、きっかけは大瀧さん(と平川克美さん)でした。話がそれてしまいますが、発見のきっかけを与えてくださったということで、書きとめておこうと思います。

ちなみに、まだ見ることにできていない『秋立ちぬ』にも、服部時計店は写ってるんですね。いつ見えるんだろう。
by hinaseno | 2013-03-29 10:24 | 文学 | Comments(0)