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by hinaseno
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  「東北人」丸谷才一さんのこと


村上春樹に『若い読者のための短編小説案内』という本があります。1997年発行ですから、もう15年も前になるんですね。村上さんがめずらしく日本文学について語ったもの。この本のはじめに、村上さんはこう書いています。

僕は実を言うとこれまでの人生の大半にわたって、日本の小説のあまりよい読者ではありませんでした。十代のはじめから二十代、三十代にかけて、だいたいにおいて外国の小説を読む、それも多くの場合英語でそのままがりがり読むという体験を通して、日本語の文章の書き方を自分なりに確立してきた人間です。


村上さんが日本文学をあまり読まれてこなかったということはしばしば語られていて僕もよく知っていましたので、この本が出たときはすごく意外でした(ですから、最近のエッセイで木山捷平のことを書いているのをみたときも本当に驚いたわけです。木山捷平の何が村上春樹をとらえたのか、気になって仕方がないですね)。
僕も今でこそ木山さんとか小沼丹とかを読んでいますが、村上さんの『若い読者のための短編小説案内』が出たときには過去の日本文学なんて漱石以外、すすんで手に取ることはほとんどありませんでした。
『若い読者のための短編小説案内』で村上さんがとりあげている作家は、吉行淳之介、小島信夫、安岡章太郎、庄野潤三、丸谷才一、長谷川四郎。すべて読みました。
その中の丸谷才一の「樹影譚」を分析した文章の最後に、村上さんはこんなことを書いています。

この人は本質的には、うまいという以上に実は不器用な作家なんじゃないか。そう思わざるをえないのです。僕は出身地がどこだから性格がどうこうというようなステレオタイプな考え方をあまり好まない人間ですが、でもそういう意味ではこの作家はいかにも「東北人」らしいな、と感じるところがないではない。


そうか、丸谷さんも「東北人」だったんだ。

先日、丸谷才一さんが亡くなりました。
土曜日の晩、仕事から戻って、朝書いていたのに最後の最後で失われてしまったブログ(「ナイアガラでデュエット」)を記憶を辿りつつどうにか書き直してアップして、ほっと一息ついてツイッターをチェックしたら、丸谷さんの訃報を伝えるツイートが流れていました。
しばらくは呆然としました。
お体があまり良くない状況にいらっしゃったことはうすうすとは知っていましたが、やはりショックでした。と、書きつつ、感傷的な文章になってはいけませんね。そういうのを全然好まない人でしたから。

僕はファンと言えるほど丸谷さんの本をたくさん読んできたわけではありません。でも、文学を読むということにおいて(結果的には文学だけにとどまらない形で)、ものすごく大きな影響を受けたことだけは確かです。
学生時代からずっと購読していた朝日新聞をやめて、ある時毎日新聞に変えたのも、毎週日曜日の書評欄(丸谷さんが力を注いだものですね)を読むためでした。
丸谷さんの書評、あるいは丸谷さんがお声をかけられたはずの川本三郎さんや池澤夏樹さん、あるいは堀江敏幸さんらの書評を読むのが日曜日の楽しみになっていました。

今、手元に、丸谷さんのロングインタビューが載った『考える人』という雑誌があります。2007年から2008年にかけて行なわれたものですね。そこで丸谷さんはさまざまな文学について語っています。80歳を超えているのに、古今東西の文学に対する知識は驚嘆に値します。それも上っ面なものではない。登場人物のかなり細かいところまで語られている。すごいとしかいいようがない。
丸谷さんの頭の中には、あらゆる文学(だけにとどまらないのですが)が地理的、歴史的にきちんとつながりを持って整理されているんですね。

僕は丸谷さんの訃報を知る直前まで大瀧詠一さんの文章を書いていて、ずっと大瀧さんのことを考えていたのですが、丸谷さんの訃報を知って丸谷さんのことを改めて考えたとき、文学と音楽と分野は違うけれど、お二人にはかなり似通ったものの見方、考え方(思考の働かせ方)をされているようにと思いました。
時間(歴史)というものに対する意識が縦軸にきっちりとあって、そこに地理という横軸との関わり合いをおさえている。時間も過去から現在へ降りたり、現在から過去にさかのぼったりすることは自由自在、地理に関してもこちら(日本)とあちら(世界)を自由に行き来できる。
暗くて湿ったもの、感傷的なものを好まないで、基本的には楽天的で明るいユーモアを愛する。
器用というのが、そのときそのときの状況に応じて短時間にそれなりの形を整える能力のことを言うのであれば、やはり丸谷さんも大瀧さんも不器用な人だと思う。

丸谷さんも大瀧さんも東北人(丸谷さんは山形、大瀧さんは岩手)。
縄文人の流れをくむ人たち。

丸谷さんの本を手にとったきっかけは、やはり和田誠さんでした。村上さんの『若い読者のための短編小説案内』を読む少し前のこと。和田さんはもちろん星新一の頃から知っていましたが「快盗ルビイ」で関心を持つようになって、和田さんの絵を強く意識するようになりました。
そんなある日書店で和田さんの絵が表紙になった本を見つけました。それが丸谷さんのエッセイでした。丸谷さんの本の装丁のほとんどが和田誠さんなんですね。丸谷さんのユーモアに溢れたエッセイに和田さんの絵がぴったり合っていて、出るたびに買っていました。

それから丸谷さんと言えば、あの表記法ですね。慣れるまでは時間がかかりましたが、慣れてしまうと、むしろそちらのほうが自然に思われてくるから不思議です。僕が古本屋で昔の表記法で書かれた本を読んでも違和感なく読めるのは、間違いなく丸谷さんのおかげですね。
"さふいへば"毎日新聞の丸谷さんの書評の文章が、あるときから現在の表記法で書かれるようになったように記憶しています。丸谷さんは決して望まれなかったはずだと思いますが、新聞社側の意向でそのようになったんでしょうね。すごく残念でした。毎日新聞に裏切られた気がしました。

丸谷さんのいくつかの本の最後には、丸谷さんの表記法についての説明書きが載っています。丸谷さんの日本の文学の歴史(=日本語)に対するこだわりがよく表れています。書き写そうかと思いましたがちょっと長いのでやめておきます。でも、僕はそのページが好きなんですね。できれば、そのページを残したまま、これから先も丸谷さんの本は、丸谷さんが書かれていた表記法のままで出し続けてほしいです。

下の画像は村上春樹が『若い読者のための短編小説案内』で取りあげた丸谷さんの『樹影譚』です。装幀はやはり和田誠さん。
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by hinaseno | 2012-10-16 11:37 | 文学 | Comments(0)