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by hinaseno
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西大寺から牛窓に行く道には、余慶寺のほかにも個人的に好きな風景がいくつもある。弘法寺の朱色の仁王門、鹿忍の峠、そして峠を越えたときに見える海。

で、牛窓の町に入ったときにいつも感じるのは、ああ、自分のふるさとに戻ってきたなと。


車を停めるのは牛窓行きのバスの終点になっている広場。この広場の周りにコの字型に立ち並んでる建物がどれも最高なんだ。そこにはもちろんあのニコニコ食堂もある。で、目の前には牛窓の海。

到着したとき、まさに日が沈むところだった。ぎりぎりセーフ。ここでこんなにきれいな夕陽を見たのは初めてかもしれない。

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お二人はすぐに海の方へ向かう。こちらは平川さんの横顔のシルエット。

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で、僕から見た風景のいちばんいい場所に石川さんが入ってくる。いいシルエット。

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石川さん、こっちに振り返ってくれたら「Ride On Time」になりそう。



そして牛窓はマジック・アワーに。

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ちなみにマジック・アワーという言葉は川本三郎さんの本で知った。『クレジットタイトルは最後まで』に出てくる。


太陽が地平線に沈み、完全に暗くなるまでの約20分間は、夜とも昼ともいえない不思議な光があらわれる。昼の終わりでも夜の始まりでもない、名づけようのないわずか20分ほどの美しい光。カメラマンはその奇跡的な光の時間を「マジック・アワー」と呼ぶ。

この奇跡的な光の時間であるマジック・アワーの中、向かったのが御茶屋跡さん。


ここでちょっと裏話。

川本三郎さんが初めて牛窓を訪れたときに宿泊されたのが川源という旅館。実は今回はお二人に宿泊してもらということにしたのがその川源。で、そこで今回の打ち上げを兼ねて僕たち(僕たちというのは松村圭一郎さんとスロウな本屋の小倉さん)もいっしょに食事をすることにしていた(してもらった)。

そこに呼んでいたのが余白珈琲さんご夫婦。前から牛窓に行ってみたいと言われてたので、この機会にってことで誘ったら快く。新婚旅行を兼ねて来てくれることに。


実は余白珈琲さんや松村さんたちと落ち合う場所として一つ考えていた店があった。牛窓の海を眺めるのに絶好の場所。で、そこは余白珈琲さんと縁のある店でもあったので、余白さんのコーヒーを飲みながら牛窓に沈む夕陽を見るという計画を勝手に考えていた。ところがその店、残念ながらその日はどうしても開けられないということになって仕方なく予定を変更。でも、結局、代わりのいい場所が見当たらないままその日を迎えた。

牛窓に到着して夕陽が沈むのを眺めた後で余白珈琲さんに電話。どこにいるのと訊いたら「御茶屋跡にいます」と。そうかそこがあったんだ、と。


御茶屋跡に到着したら余白珈琲さんの二人があの縁側に座ってコーヒーを飲んでいた。魔法かけてくれた天使がここにいるんだよ、って感じ。それは誰がみても幸せな光景だった。平川さんと石川さんが彼らの写真を撮り始める。僕ももちろん。残念ながら、その写真、ブレてしまった。

でも、結局、そこが牛窓で過ごしたいちばんいい場所になったのだから世の中ってわからない。


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# by hinaseno | 2018-12-13 16:03 | 雑記 | Comments(0)

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平川さんの岡大での講演を終え、いよいよお二人を乗せて牛窓に向かう。岡大から牛窓へはいろんなルートがある。どのルートを通っても1時間くらいはかかる。バイパスを使うのがいちばんの近道にはなっているけど、バイパスに乗るまでのあちこちでの道の混雑を考えるとうんざりする。ということで、多少大回りにはなるけれど、渋滞せずにすうっと行ける道を選ぶ。もちろんせっかくなので途中のいろんな風景を見てもらおうと思って。

で、市街地を出たところでこの家に立ち寄る。

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これは大工をしていた祖父が戦後すぐに建てた家。窓枠のあたりは多少手直しされているようだけど、ほぼ建てた当時のまま。

空襲後の復興が始まって、資材を調達するだけでも大変だったと思うけど、いろんなところから資材を集め、それらを遠く離れた場所から自転車とリヤカーで運び、ひとりで建てたというのだから恐れ入る。そしてそれが今も、まったく荒廃せずに残って今も人が住んでいる。ただ、祖父はこの家を建てるために相当無理をしたようで、そのあと体を悪くして亡くなっている。でも、いい家建てたなと改めて思う。可能であればいつか中に入ってみたい。


ここから旭川沿いの道を北上し、途中でわが町を少し通って南下し、西大寺の町に入る。牛窓に行くのなら一旦この西大寺に立ち寄ってから向かうのが筋かなと。

さて、西大寺に入ってどう行くか。細い道を通ってまっすぐに行けば五福通り、そして裸祭りで有名な西大寺観音院に行ける。

右に曲がるとすぐに西大寺駅があって、そこから牛窓行きのバスが出ているのでそれと同じルートを通ることもできる(一度ここからバスに乗って牛窓に行きたいと思っているけど、まだ実現していない)。ちなみに現在、西大寺バスセンターになっているのが、かつての西大寺軽便鉄道の終着駅だった場所。道路にかつての軽便鉄道の車両がそのまま保存されている。

話はそれるけど内田百閒の『続 百鬼園随筆』に収録された「西大寺駅」はここの西大寺駅ではなくて、当時赤穂線の始発駅となっていた東岡山駅のこと。「西大寺駅」は本当にいいエッセイ。

そういえば西大寺駅のすぐ近くにあるのが広瀬すずさんが主演した映画『先生』のロケ地となった学芸館高校と西大寺高校。


結局、僕は西大寺駅の方でもなく西大寺観音院の方でもなく、左に曲がって吉井川にかかる雄川橋を渡って牛窓に向かうことにする(地図の赤い矢印で示した方向)。

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これは別の日、雄川橋西詰あたりで撮った写真。目の前に流れているのが吉井川。

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橋を渡り終えたあたりで助手席に座られていた平川さんが、「あれは何?」と言う。


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あっ、気づいてもらえた、とうれしくなる。真正面の小高い山の上に三重塔が見える。「余慶寺です」と答える。「ここから少し離れた場所に竹久夢二の生家があって、その家からは三重塔が見えないけど、「ふるさとの里」という絵で三重塔を描いてるんです。西大寺観音院にも三重塔がありますが、僕は彼が描いたのはこの余慶寺の三重塔だと思っているんです」と説明する。これが夢二の「ふるさとの笛」。この絵についてはこの日のブログで書いてます。

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僕は昔から塔の見える風景が好きで、中でも好きなのがこのあたりから見える余慶寺の三重塔と、山陽本線の電車が旭川の鉄橋近くを渡るときに窓から見える安住院の多宝塔(内田百閒の随筆に出てくる「瓶井の塔」)。ということで、気づいてもらえてよかった。

そう、もう一つ好きな等の見える風景はもちろん牛窓の海の近くで見える本蓮寺の三重塔。

その牛窓はもうすぐ。でも、日が暮れるまでに間に合うかどうか微妙な時間。


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# by hinaseno | 2018-12-11 16:05 | 雑記 | Comments(0)

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平川克美さん、松村圭一郎さん、渡邉格さんの鼎談「うしろめたさと楕円と発酵と」、聴いてもらえでしょうか。僕はもう何回聴き返したかわからない。

…と、昨日と同じ書き出し。

でも、本当に面白いんです。面白くてためになる。これがいちばん。


ところでトークの冒頭の平川さんの「あの人は魔女だね」発言。どうやらご本人も聴かれたみたい。思った通り、とても喜ばれているご様子。

あの場にいた人は、あの「魔女」話が出たときには、たぶんかなりドキッというかヒヤッとしたはず。司会の松村さんも、格(いたる)さんもその瞬間かなり激しく動揺&狼狽。でも、そのあとの平川さんのフォローが最高。

天才だな、といつも思う。

大瀧さんとのトークをラジオで聞いていたときも何度ヒヤッとしただろう。いきなり「大瀧さんって、ギター弾けるんですか」とか。でも、そういう発言が逆に相手に受け入れられ信頼の度を深めるのだからすごい。とても真似できない。


ってことでまた、スロウな本屋さんのトークに戻ります。

最初の話題はコミュニティ。平川さんは家族や会社に変わる中間共同体のことをずっと考えられているので、平川さんはコミュニティ志向で、隣町珈琲でやっていることはまさにそのコミュニティ作りの一環のように見えてしまう。正直僕もそう思っていた。

でも、『ちゃぶ台4』の最後に載っている平川さんのインタビューで、平川さんは『ちゃぶ台4』(だけでなく今までの1~3までの『ちゃぶ台』)に書かれているすべてのことを、まさにちゃぶ台返しにするような話をされていたので、松村さんはその指摘からトークを始められた。

で、その答えの中で、平川さんがコミュニティ志向の人がやってきたときにその人を拒否する話をされる。「僕はわりと冷たいんですよ」と。

でも、たとえば最初に語られる「自分でやっていることに自信満々で何かをする、そういうものはダメだと思っているわけです」とかの言葉を聞くと、冷たさよりも逆の暖かさを感じてしまう。聞いた人みんながそうなのかはわからないけど。

平川さんがコミュニティ的なものを否定しているのではない。でも、コミュニティ志向の人たちが考えようとしているコミュニティには強い違和感を覚えている。

僕なりに平川さんの考えているコミュニティをイメージをすると、それはやはり楕円的な形をしていて、で、そこに壁のようなものがあるとすればそれは卵の殻のように脆いものなのかなと。中の温もりが感じられるような。決して強固な壁を作ることはしない(コミュニティ志向の人たちの多くは真円的なものを考えていて、平川さんの元にやってくる人はその真円の中心に平川さんを置こうとしているのかもしれない)。


ところで松村さんと格さんは『21世紀の楕円幻想論』の新帯に名を連ねているけど、最初の帯の言葉は内田樹先生。その言葉が素晴らしいんだ。


人は必ず病み、衰え、老い、死んで土に還る。でも、その可傷性・可死性ゆえに、生きている間だけ人は暖かい。平川君が構築しようとしているのは、壊れやすく、傷つきやすいけれど、それゆえに暖かい「生身の人間の経済学」である。

この言葉になぞらえて言えば、平川さんが構築しようとしているコミュニティは、「壊れやすく、傷つきやすいけれど、それゆえに暖かい」もの。日々悩んだり葛藤したりしながらも自分の力で立とうとする人間がつながり合っているような共同体。まあ、僕は隣町珈琲からは遠く離れて、しょぼくれた人生を送っているけれど、勝手にその共同体に入っているつもりではいます。


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# by hinaseno | 2018-12-10 15:09 | 雑記 | Comments(0)

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平川克美さん、松村圭一郎さん、渡邉格さんの鼎談「うしろめたさと楕円と発酵と」、聴いてもらえでしょうか。僕はもう何回聴き返したかわからない。聴きかえすたびにいろんな発見がある。一冊の本にしたらいいんじゃないかと思うくらいの内容。

その鼎談について思ったことを書こうかと思ったけど、それはまた改めてということで。ぜひ聴いてください。


ところで、今日もまたサイモン&ガーファンクルの3枚組のCD『Old Friends』を聴きながらこれを書いている。久しぶりに何度も聴き返して、そういえばこの「So Long, Frank Lloyd Wright(フランク・ロイド・ライトに捧げる歌)」がすごく気に入って、こればっかりリピートしてた時もあったなと。フランク・ロイド・ライトの写真集も買った。




話は少しそれるけど、そのサイモン&ガーファンクルつながりの話。少し前に広瀬すずさんがらみの話を書いたとき、久しぶりに『海街diary』の漫画を読み返したくなって、当時は3巻までしか読んでいなかったけど(で、全部あげた)、改めて現在出ている8巻まで買って、今読んでいるところ。明日完結巻である第9巻が出るようなので、いいタイミングかなと。

で、昨夜、5巻を読み終えて6巻を取り出したら、タイトルがこれだった。

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「四月になれば彼女は」。

もちろんタイトルはサイモン&ガーファンクルの同名の曲からとっているはず。原題は「April Come She Will」。サイモン&ガーファンクルの邦題はいいものが多いけど、この邦題は見事という他ない。これをそのまま使った本もいくつも。「早く家へ帰りたい」もそうだけど、サイモン&ガーファンクルの邦題って、いろんな作品のタイトルに使われているな。

それにしても『海街diary』はすごい漫画だと改めて思った。面白くてためになる。で、その深い物語に心を何度も揺さぶられ、何度涙したことか。

そして興味深かったのは「うしろめたい」という言葉が何度か使われていたこと。この言葉にはぴっと反応してしまうけど、「うしろめたい」という言葉を何度も使っている漫画ってそんなに多くないはず。


さて、うしろめたいといえば『うしろめたさの人類学』。平川さん、石川さんが岡山にやってきた2日目、松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』が毎日出版文化賞特別賞を受賞したというニュースが飛び込んでくる。その日のことはすでに書いたけど、改めて11月3日の朝のことから。

この日の朝も快晴。この日は午後から平川さんがわが母校の岡山大学で講演。11時に石川さんが泊まられた岡山駅西口の奉還町商店街のはずれにあるホテルに迎えに行く。でも、その前に家からちょっと遠いコンビニに行って毎日新聞を2部購入。ホテルに到着して平川さんにその話をしたら、受賞のことは少し前に知っていたと聞き、ちょっと拍子抜け。でも、鷲田先生の書いたコメントをニコニコして読んでいた。

ところでお二人は僕が来るまでに奉還町商店街を少し歩いて、商店街の入り口近くにある喫茶店に立ち寄ったと。話を聞いていて、たぶんそれは僕も一度だけ立ち寄ったことのある「くる実」だろうなと。いろんな意味でかなりディープな喫茶店です。


西口から平川さんが講演をされる岡山大学まではそんなには遠くないけど、学祭2日目で土曜日ということもあって早めに大学に入ってそこで食事をすることに。大学近くはやはりかなり道が混雑していて、ようやく大学に着いても駐車場がいっぱい。結局講義棟からかなり離れた場所に車を駐めることになる。でも、いつ見てもここの紅葉(黄葉)は素晴らしい。

講義棟に着くと松村さんがお出迎え。受賞のお祝いを伝える。松村先生のそばには受付をしている女の子が2人。松村さんの教え子とのことだったけど、あまりにもかわいくてびっくり。僕が岡大の文学部にいた頃にそんなかわいい子はいなかった。一人は岡山ではなく愛媛の子だったけど。

平川さんが講演をするのは200人入る教室。どれだけの人が来るのかと気になりながら控え室でいっしょに弁当を食べる。話題はもちろん松村さんの受賞のこと。松村さんも受賞のことはすでに知っていたけど、この日発表があるとはご存知なかったよう。

そのときに話したことで記憶に残っているのは、現在、平川さんは非常勤で早稲田で200人の生徒を相手に講義をしているけど、でも、…。ってこの話は書かないほうがいいか。でも驚いた。ちょっと信じられない。

食後、平川さんがちょっと一服、ということで一服できる場所へ。そんな場所があるとは知らなかった。

で、講義棟に戻るときに、石川さんが「雲すごい。こんな雲見たことない」ということで、お二人で雲を撮り始める。

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石川さん、岡山旅行ではこの雲が見れたのがいちばんの収穫だったとおっしゃってました。


そして、いよいよ岡大での平川さんの講演。自分が学んだ場所で敬愛する平川さんが講演されるというのはやはり感慨深い。

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会場には150人くらいはいたかな。年配の人が多かったけど、学生も結構いた。

そういえば書き忘れていたけど、スロウな本屋さんのイベントでは若い人がいっぱいいて、中には高校生の子もいた。スロウな本屋さんでのイベントは岡大での講演とは違って参加料が必要だったけど、でも若い人が多かったというのはうれしかった。


講演では特に印象に残ったことでは、本には「啓蒙」「娯楽」「教養」しかないという話になるほどなと。本当に指南力のある本というのはその全部が備わっていると。

確かに、本に限らず、よくわからなくても面白くてためになる、ってのがいいんだろうなと、大瀧さんのラジオ番組なんかに重ねて納得する。


1時間半ほどの講演の後、松村さんの司会で、会場に来た人の質問に答える時間。

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平川さんの本をよく読んでいるなという人もいてうれしかった。岡山の人だったかどうかはわからないけど。

いちばんよく覚えている質問は西大寺(市内ではなく観音院のある西大寺)の商店街に住んでいる人の質問とそれに対する平川さんの答え。平川さんの『銭湯経済のすすめ』に書かれているのは西大寺商店街の本当の姿ではないと。

その問いに対して平川さん「そこが物語だからね」と。「あの西大寺はあそこの西大寺ではないんですよ。僕の中の理想化された西大寺について書いているんです」「自分の住んでいる蒲田のあたりについて書いたものでも7割くらいは嘘です」

ここのあたりの話は面白かったな。嘘でも真実以上のリアリティを語ることがあると。深く納得。最後に平川さん、今日の講演はあまりうまくいかなかったとおっしゃっていたけど、面白くてためになる話をいっぱい聞かせてもらいました。この2日間できっと岡山に、平川ファンが増えたはず。


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# by hinaseno | 2018-12-09 14:43 | 雑記 | Comments(0)


「思い出はいつもレコードのリリース年にひもづけられている」


これは先日、おひさまゆうびん舎に行ったときに買った堀部篤史の『90年代のこと 僕の修業時代』(夏葉社)に出てくる言葉。

うん、うんと深く頷く。僕もある年のことを考えるときには、いつもその年に出たレコード(80年代後半からはCDになった)のことをまず思い出す。そうすればその頃にあった出来事を風景と一緒に思い出すことができる。

ちなみに上に引用した文が出てくるのは堀部さんが山下達郎の『COZY』のLPを買った1998年の話。『COZY』のLPはもちろん持っている。


ところで今、聴いているのはサイモン&ガーファンクルの『old friends』という3枚組のボックスCD。

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これを聴くと12月の風景が浮かんでくる。1997年の12月の姫路の風景。そこにはまだおひさまゆうびん舎はないけど。


このCDを買ったのは1997年の11月。別にサイモン&ガーファンクルのファンというわけではなかったけど、レコード屋さんの店頭(駅前の今はなきタワーレコードだったっけ?)に発売されたばかりのCDが置かれているのが目に入って、ジャケットも含めていい感じだったので手に取った。レコードも含めて初めて買ったサイモン&ガーファンクルのアルバム。

でも、買ったのにすぐには聴かなかった。実はこれと同時にもうひとつ別のボックスを買っていたから。レコード屋さんに行った目的はそっちを買うため。買ったのはビーチ・ボーイズの4枚組CD『ペット・サウンズ・セッションズ』。何年も待ち続けたものだったので、しばらくは他のものを一切聴くことなくその『ペット・サウンズ・セッションズ』を聴き続ける日々が続いた。永遠にそれを聴き続けるのではと思ったくらい。


でも、飽きるときは必ずやってくる。12月の後半になって、ふとサイモン&ガーファンクルの『old friends』のことを思い出して、その1枚目をターンテーブルに載せたら、その音の良さにびっくり。レコードやCDは持っていなかったけど、いろんなところでは耳にしていたはずの曲が、まるで初めて聴くような新鮮さで僕の中に入ってきた。

それからは延々とそれを聴き続けた。翌年になるとサイモン&ガーファンクルのオリジナルのアルバムを何枚か買い、ポール・サイモンやアート・ガーファンクルのソロのアルバムも買い、さらにサイモン&ガーファンクルの楽譜も買って、「スカボロー・フェア」や「クラウディ」や「59番街橋の歌」や「パンキーのジレンマ」などをギターで毎日弾き語りをして。


ところで今、僕が考えているのは1994年の夏のこと。その夏は何をしてたんだろうか。そして何を聴いていたんだろうか、と。

翌年の1995年のことならいろいろと覚えている。年の初めに起きた阪神淡路大震災がきっかけとなって自分の中で音楽も含めて大きな変化が起こっている。でも、その前年はあまり記憶がない。

当時書いていた日記も買い物をした記録も全部捨ててしまったので手がかりはない。Amazonの注文履歴も確認できるのは2002年の夏から(最初に買ったのはジェームス・テイラーの『アワーグラス』)。

そんなときにいつも確認するのが大瀧さんがこの年何を出していたかということ。すると4月10日にシュガー・ベイブの『SONGS』を再発していたことがわかる。たぶんかなりの期間聴いていたとは思うけど、それを夏まで聴いていたかどうかはわからない。大瀧さんの『A LONG VACATION』あるいは『EACH TIME』を一度くらいは聴いたかもしれないけど、さすがに1994年の夏に聴き続けたということはなさそう。ほかにこの夏にリリースされて聴き続けていたというアルバムも思い当たらない。


ところで先日、高階杞一の『早く家へ帰りたい』をようやく入手。

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きっかけは平川克美さんが書かれていたこのエッセイ。大和書房のこの連載のタイトルは『言葉が鍛えられる場所』。前回の一連のエッセイは同名の単行本になっている。その本がなければスロウな本屋さんや松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』に出会うことはなかった。たぶん。

高階杞一の『早く家へ帰りたい』という本のことが紹介されている「われわれが生きている場所」というエッセイがサイトに掲載されたのは今年の7月31日。掲載されてすぐに確認はしたと思うけど、ゆっくり読む時間がなかったので、ちらっと眺めただけでいつものようにプリントアウトだけしてそのままにしていた。でも、そのときにちらっと目に入ったのが高階杞一の『早く家へ帰りたい』の詩だった。

高階杞一の『早く家へ帰りたい』は夏葉社から復刻されていたなと思って探したけど見当たらない。あのサーモンピンクの可愛らしいイラストの入った表紙はすぐに浮かぶのにどこにもない。なくしたのか、それとも買っていなかったのか。

8月に加古川に寺尾紗穂さんのライブを見に行く前におひさまゆうびん舎に立ち寄って『早く家へ帰りたい』を買おうとしたら夏葉社コーナーにないことがわかる。絶版になっていた。窪田さんからは○○には残っているかもしれないと言われたけど、寺尾紗穂さんのライブの興奮で、聞いていた○○という店の名前のことはすっかりとんでいってしまった。


高階杞一の『早く家へ帰りたい』のことを思い出したのはつい最近のこと。つい先日同じサイトに掲載された平川さんの最新話で、やはり夏葉社から復刻された黒田三郎の『ちいさなユリと』に掲載された詩が紹介されているのを読んで。ああ、そういえば以前、同じ夏葉社から復刻された高階杞一の『早く家へ帰りたい』も紹介していたなと。

夏前に探したときには本棚は大混乱の状態だけど、今はきれいに片付いて、前よりもずっとわかりやすい形で夏葉社のコーナーを作っている。でも、そこにはやはり高階杞一の『早く家へ帰りたい』はなかった。黒田三郎の『ちいさなユリと』はあったけど。


ということで古書サイトで入手。表題作である「早く家へ帰りたい」を読んだら驚きの名前がそこに書かれていたのを発見。

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そのあとすぐに平川さんの「われわれが生きている場所」を読んだら(結局読んでいないままだった)、まさにその部分を平川さんが引用していた。


みんな帰った
やっとひとりになれて
自分の部屋に入っていくと
床にCDのケースが落ちていた
中身がない
デッキをあけると
出かける前とは違うCDが入っていた
出かける前にぼくの入れていたのは大滝詠一の「ビーチ・タイム・ロング」
出てきたのは通信販売で買った「オールディーズ・ベスト・セレクション」の⑩
デッキのボタンを押すたびに受け皿の飛び出してくるのがおかしくて
こどもはよくいじって遊んでいたが
CDの盤を入れ替えていたのはこれが初めてだった
まだ字も読めなかったし
偶然手に取ったのを入れただけだったのだろうが
ぼくにはそれが
ぼくへの最後のメッセージのように思われて
(あの子は何を聴こうとしていたんだろう)
一曲目に目をやると
サイモン&ガーファンクル「早く家へ帰りたい」
となっていた


ちなみにこの詩はこんな言葉で始まる。


旅から帰ってきたら
こどもが死んでいた

「こども」というのは3歳で亡くなった高階杞一の息子雄介くん。雄介くんが亡くなったのは1994年9月4日。旅に何日出かけていたかはわからないけど、旅に行く前、おそらくは8月の後半くらいからCDデッキには同じCDが入ったままになっていた。

それが大滝詠一の「ビーチ・タイム・ロング」。


大瀧さんのCDというのも驚いたけど『ビーチ・タイム・ロング』ということにもさらに驚いてしまった。大瀧さんのアルバムが登場する文学作品は数多くあると思うけど『ビーチ・タイム・ロング』が出てくるのは、ほかにないはず。

『ビーチ・タイム・ロング(B-EACH TIME L-ONG)』が発売されたのは1985年6月。録音時間の関係もあってCDとカセットのみで発売。僕はまだCDデッキを持っていなかったのでカセットを買った。

CDは4年後の1989年に2曲カットされたもの、さらに1991年にオリジナルの内容で再発。高階さんが1994年の夏に聴いていたのは、この1991年盤だろうか。ちなみに僕は結局CDは買わなかった。A面とB面の区別のないCDに違和感を感じていたので。

でも、2015年に発売された『NIAGARA CD BOOK II』に収められていたので、2015年の夏に初めてCDで聴いた。


いずれにしてもちょっと変わった編集盤である『ビーチ・タイム・ロング』のCDを持っているというのは、たぶんかなり熱心な大瀧さんファンのはず。高階さんは部屋で雄介くんといっしょに何度も『ビーチ・タイム・ロング』を聴いていたのだろう。

その高階さんが旅行に行って家にいないときに息子の雄介くんがCDデッキをいじっていたときにもやはり『ビーチ・タイム・ロング』が入っていて、雄介くんはデッキを開け閉めして遊びながらもひとりで何度も何度も大瀧さんの曲を聴いていた、その光景を想像するだけでたまらなく切なくなる。

で、亡くなる前のある日、雄介くんは延々と流れ続けていた『ビーチ・タイム・ロング』を取り出して、サイモン&ガーファンクルの「早く家へ帰りたい」が1曲目に収録されたCDをセットする…。

高階杞一さんはそこにメッセージを読み取ろうとするけど、僕もその意味を考えてしまう。


雄介くんが亡くなった3年後の秋の終わりに僕は初めてサイモン&ガーファンクルの「早く家へ帰りたい」が収められたCDを買って、12月にはそれを聴き続けていた。


高階さんは、きっと雄介くんの指紋がいっぱいついているはずの『ビーチ・タイム・ロング』を雄介くんが亡くなった後で一度でも聴いたんだろうか。

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ところでこの季節にぴったりのこの曲は僕の持っているサイモン&ガーファンクルの3枚組ボックスにしか収録されていないみたい。




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# by hinaseno | 2018-12-08 14:38 | 雑記 | Comments(0)