『アロング・ア・ロング・バケイション 大滝詠一、1981年の名盤を探る』で湯浅さんがインタビューしたのは全部で17人。実はそのうちで知らない、というか名前を見てもピンと来ない人が3人だけいました。6人目に登場した濱野啓介さんがその一人。濱野さんの肩書きはプロモーター、つまり『ロンバケ』の販売促進担当をされた方。
『A LONG VACATION 40TH VOX』収録のブックレットにはプロモーション企画書が載っているページがあって、上の段に載っていた企画書を書いたのが『アロング・ア・ロング・バケイション』でインタビューをされた一番目の中山久民さん。中山さんが書いた企画書には例の”あの”の話が書かれていたということで以前紹介しましたね。で、その下に掲載された企画書を書いたのが濱野啓介さんだったんですね。

ただ、見ての通り「CBSソニー販売部:浜野」と記されているだけで、『ロンバケ』のクレジット一覧に濱野さんの名はありません。濱野啓介という名を見てもピンと来なかったわけです。
それにしても濱野さんの言葉の熱量がすごいものの、字は整って読みやすく、ページにピッタリ収まるように書かれていて感心します。
印象に残る言葉はなんと言っても表に書かれたこの言葉。
構想2年、制作1年…天才が夢中で創り上げた不朽の名盤が完成!!
そして驚くのはその後の「構想に2年、制作に約1年を費やした天才が夢中で創ったニューアルバムは、たぶん日本のポップス史上の永遠の金字塔になることは間違いない」という一文。湯浅さんも指摘しているように「日本のポップス史上の永遠の金字塔になることは間違いない」という言葉は全くまちがってなかったんですね。販売促進のためにかなり大袈裟目に考えた文句だったはずですが、それがちっとも大袈裟でなかったことが今となっては誰も否定できない形で証明されたわけですから。
そんな濱野さんへのインタビューの中で、湯浅さんの「プロモーション全体として、なにか一貫したコンセプトはありましたか」という質問に対して、こんな答えがあったんですね。
「デモ・テープを聴かせてもらった頃、大滝さんがいつものオトボケ口調で”このアルバムはジャケットも含めて〈夏〉をイメージするだろうけど、裏のコンセプトは〈夏への憧れ〉だからね!”と示唆してくれたことがありました」
オトボケ口調で、っていうのが笑っちゃいますが、でも最後に感嘆符がついているので、語調は強かったんでしょうね。濱野さんの話はさらにこう続きます。
「短期集中型のプロモーションが得意な会社でしたから、夏のアルバムなら夏を実感するタイミングで発売すればいいのに…と考えがちですが、3月21日という春の発売日設定は、”夏への憧れ”を想像してもらうための時間なんだ、と改めてその意味合いを確認できました。この裏コンセプトを理解できたおかげで、プロモーションの方針はより明確になって、全国規模のオンエア施策も一過性のものではなく、春夏秋冬、それぞれの季節感の中で継続的に展開していくことになります。この発売日の設定は、それまでの短期集中型という戦略を変えることになるキー・ポイントだったのかもしれません」
この部分を読んで、思わずひざを10回くらい叩きました。これが読めただけでもこの本を買った甲斐があったような気がしました。濱野さんに伝えた大滝さんの言葉もいいし、その言葉の濱野さんなりの解釈も素晴らしすぎますね。こうした人があってこその『ロンバケ』だったというのを忘れてはいけません。
そう、まさにこのアルバムには永遠の〈夏への憧れ〉がつまっているんですね。あの時代、この『ロンバケ』以降に雨後の筍のごとく、〈夏〉がいっぱいつまった作品が次々に出ましたが、それらと一線を画す理由がそこにあった、というか大滝さんがそのコンセプトを最初から明確に意識して創っていたわけです。”日本のポップス史上の永遠の金字塔”となった理由がまた一つわかりました。









