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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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翌朝、目が覚めてすぐに窓のカーテンを開ける。雲ひとつない快晴。前日は黄砂の影響があって霞んでいた空もすっきりと澄み切っている。心の中で小さくガッツポーズ。頭の中にマイルス・デイヴィスの「スプリングズヴィル」が流れてくる。最高の気分。


ここで小さくガッツポーズをした理由を少し。もちろんこの日も、あっちやこっちへと行きたい場所がたくさんあったので晴れるに越したことはなかったのだけど、実はこの日、武蔵新田で会うことになっていた高橋さんと小さな約束をしていたから。

武蔵新田で会うことを決めたとき、高橋さんがてるてる坊主を作りますというということを書かれていたので(確か、高橋さんが一度武蔵新田を歩こうとした日に雨が降って結局歩けなかったんですね)、じゃあもし晴れたらそのてるてる坊主くださいって言ってたんですね。お互いにどこまで本気なのかっていう約束ではあったけど。そのてるてる坊主についてはまた後日。でも一体いつになるんだろう。


学士会館のレストランで早々に朝食を済ませて、一度は絶対に行かなくてはと思っていた場所へ。それは小津の『麦秋』のこのシーンで、(僕と誕生日が同じ)原節子さんが喫茶店の窓から眺めていた場所。

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その窓から見えた風景というのは。

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そう、あのニコライ堂。小津の映画の中で最も好きな映画『麦秋』の最も好きなシーンで映っていたので、いつか絶対に見たいと思っていました。神田の学士会館に泊まったのはニコライ堂に歩いていける距離だったからでもありました。

改めて『麦秋』のこのシーンのシナリオを。


  窓から見えるニコライ堂――。
  紀子と謙吉がお茶をのんでいる。
謙吉「昔、学生時分、よく省二君と来たんですよ、ここへ」
紀子「そう」
謙吉「で、いつもここにすわったんですよ」
紀子「そう」
謙吉「やっぱりあの額がかかってた......」
紀子「――?」(と見る)
  ミレーの『落穂拾い』の古ぼけた額――
謙吉「早いもんだなぁ......」
紀子「そうねぇ――よく喧嘩もしたけど、あたし省兄さんとても好きだった......」
謙吉「ああ、省二君の手紙があるんですよ。徐州戦の時、向こうから来た軍事郵便で、中に麦の穂が入ってたんですよ」
紀子「――?」
謙吉「その時分、僕はちょうど『麦と兵隊』読んでて.....」
紀子「その手紙頂けない?」
謙吉「ああ、上げますよ。上げようと思ってたんだ......」
紀子「頂だい!」

このシーンは何度見ても涙が出そうになります。そういえば東京に行く前にちょこっと立ち寄った古書展で、謙吉が読んだはずの『麦と兵隊』を見つけました。

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1938(昭和13)年発行。ちなみに徐州戦があったのも同じ年。


さて、ゴールデンウィークも終わって、早足で会社へ出勤するたくさんの人を横目に見ながらニコライ堂のある場所へ。ビルの間からその姿が見えたときにはやはり感動しました。よくぞ空襲の被害も受けずに、と。

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何はともあれ映画と同じアングルを探しましたが、どうやらニコライ堂の右にある事務所のような建物があった場所にかつてあったと思われる別の建物の3階くらいの窓から撮ったようです。もちろんそんなところに喫茶店があったはずもなく。

ちなみにこれはその事務所の下あたりから撮ったもの。映画のカットがいかに上から撮ったものかわかりますね。

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チェックアウトの時間までには戻らないといけないので、いそいで次の場所へ。向かったのは聖橋。

ところが着いてみたら聖橋はかなり大規模な工事中で、聖橋の写真も撮れないばかりか(工事中の姿を撮っても仕方ないので)、邪魔なものがいっぱいで聖橋からの風景も撮れない状態になっていました。しかもかなり狭められた歩道を人がいっぱい歩いて行く。体がぶつかりそうで、とても落ち着いて写真を撮れる状態ではありませんでした。

ちなみに僕が「聖橋」という橋の名前を初めて覚えたのは、さだまさしさんの「檸檬」という曲でした。

こんな歌詞が出てくるんですね。


食べかけの檸檬 聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれちがう

ちょっと笑ってしまったのは聖橋を渡ったところから向こう側を眺めていたら「レモン」と大きく書かれた文字が。カフェかなと思っていましたがどうやら画材屋さんのようですね。

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さて、ニコライ堂と聖橋といえば松本竣介ですね。彼は昭和1941(16)年頃、ニコライ堂の絵をたくさん描いていますが、その中に「ニコライ堂と聖橋」と題された作品があります。

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たぶんかなりデフォルメしているだろうとは思いますが、ニコライ堂は、というか教会というのは近くで見上げるよりもちょっと離れたところから眺めたほうがいいんですね。

それから以前紹介したことのあるこの「ニコライ堂」と題されたこの絵は聖橋の上から捕えたものです。

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この2つの絵に描かれた風景に近いものが撮れたらと思いましたが、工事用に作られたものやビルがじゃまをして無理でした。

ちなみにこれは聖橋の方から撮ったニコライ堂。現在ではこんなふうにいろんなものに隠れてしまいます。

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松本竣介は、『麦秋』の原節子の兄、「省二」と同様にニコライ堂のある風景が大好きだったんだろうと思いますが、ニコライ堂付近の道も結構描いていて、いい作品が多いんですね。

とりわけ僕が好きなのが「並木道」という作品。それについてはまた次回に。


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# by hinaseno | 2017-05-28 14:39 | 雑記 | Comments(0)

昨日、最後に鷲田清一先生の「折々のことば」を紹介したら今朝はなんと小関智弘さんの言葉。


「野に雑草という名の草がないように、工場には雑用という名の仕事はない」

小関さんは大田区で長い間旋盤工として働いていた作家。大田区の工場で働く職人を描いた作品が多く、今日の言葉も『どっこい大田の工匠たち』から引用されています。

そういえばと思って調べたら、小関さんは馬込文学圏(馬込文士村)の生まれ。ということは間違いなく山王書房にも通っていたはず。小関さんの何かのエッセイに山王書房や関口良雄さんのことが書かれているかもしれません。ちなみに僕が小関智弘という作家のことを知ったのは、平川克美さんでした。平川さんは小関さんにお会いされているんですね。


さて、『森崎書店の日々』のことをもう少し。この喫茶店のシーンで向こうの方にちらっと写っているのが岡崎武志さん。

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実は関口直人さんにお会いした前日に関口さんは岡崎さんの還暦を祝うイベントに行かれたようです。そのパーティは岡崎さんの新刊の『風来坊ふたたび』の出版を祝う会もかねていたようで、世田谷ピンポンズさんがその詩集をもとにした歌を歌っていたんですね。おひさまゆうびん舎の常連さんもこのイベントに行っていたみたいだけど、関口さんのこと気づいたでしょうか。

それにしても関口さんの話は興味深い話ばかり。

一番興味深かったのはこのレコードにまつわる話でしょうか。まさに秘話。

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関口さんが作曲した「海の底でうたう唄」。歌っているのは当時、テレビですごく人気のあったモコ・ビーバー・オリーブという3人組のグループ。この真ん中にいるオリーブことシリア・ポールをのちに大瀧さんがプロデュースするんですね。いや、ほんとうに縁は異なものです。

このレコードのジャケットの上の方に「ヤングが選んだ、ヤングの歌!!」なんて言葉がありますね。これはどういうことかというとレコードの解説にも書かれていますが、実はこの曲はサンケイ新聞のヤング面で募集していた「サンケイ・ヤング・ヒット・チューン」の第1回の優勝曲なんですね。これにまつわる話がおもしろすぎたんですが、残念ながらいろいろと問題がありそうなのでここには書けません。

この曲もいくつもの偶然から生まれていたんですね。少し切なくなるような話も含まれていて。これが聞けただけでも本当にお会いできてよかったです。でも正直言えばもっと時間がほしかった。今度は関口さんのお好きなお酒をいっしょに飲みながら(僕はビールしか飲めないけど)。

酒といえば関口さんとお会いした2日後に、なんと関口さんがテレビに映ったんですね。『太田和彦ふらり旅いい酒いい肴』という番組。

関口さんがよく行く三軒茶屋の居酒屋が映るんですが太田和彦のとなりで楽しそうに酒を飲まれているのが関口直人さんです。これはたまたまではなく店の人からぜひということだったようです。

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この番組では直人さんが話す場面はあまり映りませんでしたが、実際に目の前で愉快そうに話をされる直人さんの姿を見ていたら、いろんな本で読んでいたお父さんの良雄さんの姿が重なってきて、なんともいえない嬉しい気持ちになりました。

そういえば夏葉社の新刊『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』では関口良雄さんの話が何度か出てくるんですが「宇野千代さん」の章にこんな話が。それは宇野千代さんの『薄墨の桜』という作品を担当していた時のこと。


原稿がなかなかあがってこなくて、催促のために那須にある宇野さんの別荘に伺ったんです。「お友だちがいたら連れていらっしゃい」とおっしゃるから尾崎士郎先生と親しかった関口良雄さんを連れて、そうしたら宇野さん、とても喜んでくださって。
 あの日は本当に楽しかったですね。宇野さんが「健康のためにみんなで民謡を踊るのだから、あなた方も参加しなくては駄目よ」とおっしゃるから、食事のあとにみんなで民謡のレコードに合わせて踊ったんです。そうしたら、関口さんが宇野さんのお弟子さんのワンピースを着て踊りはじめたものですから、みんなでお腹をかかえて笑いました。

関口良雄さんのエピソードってこんなのばっかり。本当にいろんな人から愛されていたんだなと思います。その『東京の編集者』の「宇野千代さん」に収録されているこの写真。

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向こう側で何かを覗き込んでいるのが関口良雄さんですね。直人さんに教えられて初めて気づきました。なんだか宇野さんをはじめその場にいる人がみんな良雄さんに注目しているようで、なんとも微笑ましい写真です。

で、直人さんもそんな良雄さんの人柄をそのまま引き継がれているんですね。「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集のときに大瀧さんが直人さんのことを話される語り口からも、大瀧さんが直人さんをいかに愛していたかがよくわかります。


そういえば関口さんから聞いて知ったんですが「海の底でうたう唄」はLe Couple(ル・クプル)というグループがカバーしていたんですね。調べたらデビューシングル。これですね。




Le Coupleといえばテレビ番組の主題歌だったこの曲が大好きで、CDも買いました。




タイトルは「縁は異なもの」。

関口直人さんとのことを考えると、まさに「縁は異なもの味なもの」。もう一度是非お会いしたいです。


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# by hinaseno | 2017-05-27 12:28 | 雑記 | Comments(0)

実は東京から戻ってすぐに『森崎書店の日々』を見直しまた。あの道、関口さんと石川さんといっしょに歩いたなとか、うれしくなる風景がいっぱい。そして前に見たときには気づかなかったことがいくつも。

たとえば、主演の菊池亜希子さんが森崎書店の店主である叔父の内藤剛志さんから受け取った手紙に添えられていたこの手書きの地図。

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これ、正確な地図だったんですね。「ここ」と書かれた場所はまさに森崎書店があった場所でした。

いちばん驚いたのは『昔日の客』の本のこと。あの本が映画に映るのは昨日紹介したあのワンカットだけかと思っていたら、そうではなかったんですね。映画の後半、店の中で菊池さんが内藤さんに失恋のことを打ち明けるかなり長いカットがあるんですが、そのときに『昔日の客』がすごく目立つ形で置かれていました。

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菊地さんと内藤さんのちょうど真ん中に置かれていますね。照明がそこにあたって本が輝いているみたいです。

この後、なんと内藤さんが『昔日の客』にドンと手を置きます。おいおい、ですね。でも、後で考えたらこれは演出家の一つのメッセージ。

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で、ついに菊地さんは泣き出して、少しずつ心を開いて失恋の話を語り始めます。

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その話は延々と。

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というわけで時間にして6分40秒くらい『昔日の客』は映画に映り続けていたんですね。映画の大事なシーンで『昔日の客』は2人の言葉を聞き続けていたんです。

このシーンのこと、関口さんはもちろんご存知でした。ドキドキしながらそのシーンを見られたそうです。


そういえばウィキペディアで『森崎書店の日々』を調べたら、「劇中で使用された書籍」という項目に『昔日の客』が載っていなくてちょっとびっくりでした。この映画で最も重要な役割を果たしていた本はまちがいなくこの『昔日の客』なのに。

それは『昔日の客』と縁の深い野呂邦暢の本がいくつか登場するところにも示されています。特にこのシーン。

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映し出されているのは『小さな町にて』に収録された「山王書房店主」というエッセイ。「山王書房店主」というのはもちろん『昔日の客』の著者関口良雄さんのこと。こういうのは知らない人には絶対に気づけないことだけど、この映画の制作に関わった人はいろんな形でメッセージを出しているんですね。

僕はたぶん川本三郎さんや大瀧詠一さんの影響で最近は映画を風景で見るようになったというか、風景こそが主人公と考えて見るようになっているのですが、その意味で言えばこの映画の主人公はまちがいなく関口良雄さんの『昔日の客』なんですね。ということもあって、僕はどうしても関口さんとお会いするならばこの映画の舞台になった場所でと考えたんです。

で、僕が三茶書房版の『昔日の客』を持参したのは、もちろんそこに関口さんのサインをもらいたかったから。でも、なかなか言い出しにくくて、勇気を振りしぼってサインお願いしたら、実は最初は断られてしまったんです。

「僕なんかがサインしたら売るときの値段が下がってしまいますよ」と。

売るわけないですよね。こんな大切な本。僕がもし死んだら、いっしょに棺に入れてもらうように今からでも遺言に書いておきます。

あとがきも含めて直人さんはこの本の著者のひとりですからと説得してようやく書いてもらうことに。


そのサインに関してちょっと素敵なエピソードを。サインをお願いしたら関口さんはいっしょにお茶していたテーブルから別のテーブルに移られたんですね。サインをするのを見られたくないのかと思ったら、なんとサインの練習をされ始めたんです。小さな紙に何度も。

これがそのときの関口さん。

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そして書き上がってにっこりの関口さん(僕の名前もきちんと書いてくれていますが、ちょっとぼかしています)。

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さて、これが今手元にある『昔日の客』に書いてもらった関口さんのサイン。

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達筆な墨書きでこう書かれていました。

「感謝をもって 関口直人」


なんといううれしい言葉。この言葉もわかる人にはわかりますね。

『昔日の客』の表題作である野呂邦暢とのエピソードを描いた「昔日の客」で、野呂邦暢が関口良雄さんに贈った本の見返しに書いていたのが、

「昔日の客より感謝をもって」 野呂邦暢

という言葉。その言葉を使われていたんですね。感謝するのは僕の方なのに。


そういえば昨年の暮れ、朝日新聞で連載中の鷲田清一先生の「折々のことば」で、まさにこの「昔日の客より感謝をもって」という言葉が紹介されていました。うれしいやらびっくりやら。何度も書いていますが鷲田先生、ほんとにすごいです。

このときの鷲田先生のコメント。


諫早から上京し、給油店で働く若き日の作家は、故あって郷里に戻ることになる。通いつめた古本屋にどうしてもほしい一冊があったが金が足りない。おずおずと事情を話すと、値切りを嫌う店主が黙って値を下げてくれた。芥川賞を受賞したお礼にと届けた本の見返しにこう書かれていた。含羞の2人の交わりが実にゆかしい。往年の古書店主・関口良雄の「昔日の客」から。

関口直人さんとのこと、もう少し続きます。


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# by hinaseno | 2017-05-26 10:00 | 雑記 | Comments(0)

神保町駅で降りて古書店が立ち並ぶすずらん通りを通って向かったのは三省堂書店。そこである方との待ち合わせをしていました。このあたり、地図では何度か確認していたのに、地下鉄のせいで方向感覚を失ってしまっていたのでどの方向に向かっているのかまったくわからなくなっていました。マッピング力には自信があるけど地下鉄はダメですね。というわけでただただ石川さんの後をついて行くだけ。まだ開いていた古書店に立ち寄りたい気持ちをぐっと抑えて。

三省堂書店の閉店時間の8時を少し過ぎていたので、その方は入り口の前で待ってくれていました。お会いするのは初めて。でも、なんだかすごく懐かしい気持ちになってすぐに打ち解けることができました。

そして、その方にある場所に連れて行ってもらいました。

それがここ。

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そう、あの森崎書店のあった場所。

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映画のまま建物が残っていて感動しました。隣に並んだ家もそのまま。
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この場所で僕は1冊の本を取り出しました。『森崎書店の日々』で大きく映し出されるこの本を。

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その方はそれを見て大変喜んでくれました。

そうなんです。「その方」とは『森崎書店の日々』に映った『昔日の客』の著者関口良雄さんの息子さんの関口直人さん。この写真で石川さんと一緒に写っているのが関口直人さんです。

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今回、東京行きを決めて、どうしてもお会いしたかったのが関口直人さんでした。そして、その関口さんとメールなどのやりとりができるきっかけを作っていただいたのも石川さんでした。

以前、書いたことですが、石川さんとやりとりをするようになって、ある日送られてきた「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール特集を聞いていたら関口直人という名前が出てきたんですね。大瀧さんといっしょにCMの仕事をしていたという人。関口直人? CM? どこかで聞いたことのある。

そういえばと浮かんだのが夏葉社から出版された『昔日の客』。その「あとがき」と「復刊に際して」を書かれていたのが関口直人という名前の人。「復刊に際して」を確認するとCM音楽制作をしてきたと書いてある。間違いない。同一人物に違いないと。

偶然とはおそろしいもので、このつながりがわかった日にまさにその関口さんがアゲインに来られたんですね。もちろんたまたま。僕のつぶやきを知った石川さんは手をこまねいて関口さんの来るのを待っていたようです。そしてその夜電話がかかってきたんです。

「もしもし、関口です」と。腰が抜けました。

これはその時の証拠として石川さんから送られてきた写真。もちろん場所はアゲイン。

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調べたら5年前の2012年9月14日のことですね。そういえば野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”が「Beats There A Heart So True」を初めて披露したのは2012年9月2日。なんだか面白いですね。

石川さんは数日前に生で見た「Beats There A Heart So True」の超興奮をひきづっていた時期。ご自身のブログや僕とのメールにもそれに触れた話をたくさん書かれていました。変な表現ですが、関口さんはまるで石川さんの興奮した気持ちの状態を抑えるために姿を現してくれているようです。

実際、関口さんとお会いした翌日、石川さんとお話ししたのは、あのライブの後に関口さんとお会いして話ができたことが、気持ちの状態を整える上ですごく助かったということ。確かにその通りでした。関口さんって、いっしょにいるとすごく癒される感じがするんですね。それはまさにお父さん譲りのものなんだということをひしひしと感じました。


次回は『森崎書店の日々』の話をからめながら関口さんのことをもう少し書こうと思います。


これは大瀧さんの『EACH TIME』の歌詞カードの裏側に記されている関口直人さんの名前と『昔日の客』(夏葉社)の最後のページに記された関口直人さんの名前。

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# by hinaseno | 2017-05-25 14:07 | 雑記 | Comments(0)

野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”によって演奏された「Beats There A Heart So True」を聴いた後は、まるで魂の抜け殻のような状態になってしまいました。2週間を経た今もその状態は続いています。


ライブでは「Beats There A Heart So True」の後、BREEZEによるビートルズ・メドレー(何曲歌ったんだろう)があって、それからビッグバンドによって2曲、そしてアンコールで数曲演奏されてライブは終了しました。

「Beats There A Heart So True」の余韻をひきづってかなりの抜け殻状態でしたが、一つ心に残ったのは今の世界情勢を憂う言葉を少しだけ野口さんが言われた後に演奏された「What A Wonderful World」。サッチモ(ルイ・アームストロング)であまりにも有名な曲ですね。それをトランペットのソロで演奏したのですが、これは沁みました。

野口さんはそれほど多くは語られなかったけど、考えたら世界のことよりも自分の国が一番みたいな国ばっかりが増えてきていますね。そうなると対立するばかり。で、自分の国が一番だなんて大声で自慢するのはみっともないと言えば、じゃあ出て行けとか言う人が相当数いる。かけがえのない貴重な自然を必要でもないもののために破壊し、それに反対する人を拘束できるような法律を作ったりする。

ふ~…。

気分を変えて、そういえばジャック・ケラーはサッチモにごきげんな曲を書いているんですね。「I Like This Kind of Party」という曲。これの10:12あたりから聴くことができます。




さて、前にも書いたように、ライブ終了後は、ライブ中に紹介された石川さんの元に次々に人がやってきて、次の行動(大事な約束が入っていたんです)がとれなくなってしまいました。この日のライブで「Beats There A Heart So True」が演奏されることが決まったときに、石川さんがブログでこの日が終わったら死んでもいいみたいなことを書いていたので、心配してきていた人も。でも、実際、僕も曲を聴いていたときにはこのまま死んでしまってもいいと思っていました。

ようやく石川さんのもとを訪れるひとがいなくなったときに、石川さんを通じて野口さんに会わせていただき、さらにBREEZEのメンバーにも。みなさんいい方ばかり。磯貝さんは僕のブログを読まれていたそうです。うれしいかぎり。

野口さんとBREEZEのメンバーと石川さんに囲まれて記念写真を撮らせてもらいました。これは僕抜きの写真です。皆さん、いい表情です。

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そういえば以前行われた野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”のライブでバカラック・メドレーをされたというのを見つけてわおっ!でした。「A House Is Not A Home」がBREEZEのコーラスで歌われるのを聴いてみたかった。ビートルズ・メドレーでも確か何曲かアカペラで歌われていましたが、こんな感じで歌うのを聴けたら最高です。




ってことで、またいつかこの場所に戻って来れる日があることを願いながらTUCをあとにしました。


時刻は8時近くになっていたでしょうか。

このあと、ある方とお会いすることになっていたので、急いで岩本町の駅に向かいました。地下鉄の階段を軽快に駆け下りていく石川さんを必死で追いかけて。

向かったのは神保町。そこにも夢のような瞬間が待っていました。


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# by hinaseno | 2017-05-24 12:11 | 雑記 | Comments(0)