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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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アゲインの石川さんから送っていただいた例の朝妻一郎さんがホスト役を務められたラジオ番組の話に移る予定でしたが、せっかくなので朝妻さんのことをしっかりと書いておきたいと思い、その仕込みに時間がかかっているので、内藤篤さんの『円山町瀬戸際日誌』のことをもう一回だけ書いておきます。昨夜読んだところに、ちょっと面白いことが書かれていたので。


前回も書きましたが、石川さんがミュージカル映画に関してとりわけご執心なのがバスビー・バークレーという振付師。彼は自ら振付をした映画の監督もしています。

今回のシネマヴェーラ渋谷での「ミュージカル映画特集Ⅱ」がどういう形で終わったのかはわかりませんが、次はバスビー・バークレー特集なんかをしたら石川さんが狂喜乱舞されるのでは、と思っていたら、そのバスビー・バークレーに関しての話が『円山町瀬戸際日誌』に出てきました。2014年に特集した「映画市場の名作」でバスビー・バークレー監督の『青春一座』を上映したんですね。

実は内藤さんは『青春一座』に関しては集客的にはあまり期待していなかったとのこと。ところが予想に反して客の入りは上々だったんですね。で、こんなことを書かれています(ちなみに筆者の内藤篤さんは「バスビー・バークレー」ではなく「バズビー・バークレイ」と表記)。


『青春一座』は、ミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランドの一連の青春アイドル路線の第一作だが、あのバズビー・バークレイをバズビー・バークレイたらしめている華麗なダンスシーン演出はなくて、むしろ当時のMGMの看板スターのクラーク・ゲーブルをめぐる楽屋オチを楽しむような、ミュージカルファンにはやや物足りない一篇である。ああ、そうか、それでむしろ一般の客は入ったのか⁉︎ いや、しかしそこまで中身を熟知して、見に来てるとは思えないわけで、どうにも合点がゆかぬ。


これだけ読んでも名画座を経営する難しさがわかります。

『青春一座』は先日の「ミュージカル映画特集Ⅱ」でも上映されていて、石川さんはやはり見に行かれていました。石川さんの感想を読むと「いわゆる万華鏡バークレー・ショットは見られ」なかったことがちょっと残念だったようですが、映画としては楽しめたようです。


さて、果たしてシネマヴェーラ渋谷でバスビー・バークレー特集をやる日がやってくるでしょうか。お一人はきっと毎日通われるはずですが…。


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# by hinaseno | 2017-08-25 10:14 | 映画 | Comments(0)

『円山町瀬戸際日誌』を読む前は名画座というものにロマンチックなイメージをもっていたけど、いざ経営ということになるとやはりいろいろと大変そうです。当たると思った特集が全然不調だったり、逆に苦しいかなと思った特集に結構人が集まったりとか。


ちょっと興味深かったのはちょうど10年前(2007年の末から2008年の初め)に行われたミュージカル特集のこと。この特集、どうやらかなり客の入りが悪かったようです。

内藤さん、こんなことを書かれています。


 さて、劇場はといえば、年末年始の年越しのミュージカル特集は不調で、筆者の見るところ、これは上映作品がどうのこうのというより、たぶん日本人はミュージカル映画がキライだ、ということなのだと思う。アステア映画が一本もないなど、作品的にも苦戦したのは事実だが(略)ジャンルとしてのミュージカル特集への敵意というのか無関心というのかが、日本全体を覆っているとしか思えない。漠然とは、そうした匂いを知らなかったわけではないから、今回も「ミュージカル」を前面には出さずに、「踊る人」という看板をかかげて、バレエ物や「踊りといえばベルトリッチ」などを混入させて「特集偽装」(?)をはかったのだが、やはりバレていたようだ。ピーマン嫌いの子供にピーマン食べさせようとして、細かく切って卵焼きか何かに混ぜて、どさくさ紛れに食べさせようとしても、そういうことには妙に敏感で、すぐに感づかれてしまうのと似ている。どうせ不調ならば、全部MGM映画でやれば良かったかもしれない。バレエ物も好きだが、一番好きなダンス映画が何かといわれれば、文句なく、RKOのアステア=ロジャース物とMGMのアーサー・フリード作品群である。ま、前者は公式には上映用プリントは存在せず、後者も三週間のプログラムを埋めるほどにはないのだけれども。

正直言えば、僕もずっとミュージカル映画は苦手でした。唯一好きだったのが、オードリー・ヘプバーンとフレッド・アステア主演の『パリの恋人』。これでフレッド・アステアを知って彼のCDをいろいろ買ったりしましたが、あくまで関心をもたのはアステアの歌であって、彼が主演した映画はいまだに

ほとんど見ていません。「日本人はミュージカル映画がキライだ」という内藤さんの意見にも頷けるものがあります。


ただ、僕の場合、最近はミュージカル映画で使われて、のちにスタンダードになった音楽への関心が急速に高まっているので、その流れでミュージカル映画もちょこちょこ見るようになりました。最近観たのでは大好きなハリー・ウォーレンの曲が使われている『四十二番街』とか。この振り付けをしているのがバスビー・バークレー。アゲインの石川さんが今最も強い関心を持たれている人ですね。

そう、最近の僕のミュージカル映画への関心の高まりは石川さんの影響大×4です。その石川さんが足繁く通われたのがシネマヴェーラ渋谷で6月から7月にかけて行われていたミュージカル特集Ⅱ。タイトルに「Ⅱ」がついているのは10年ぶりに行われる特集だからですね。

おそらく前回の第一回目の特集の反省を踏まえて「RKOのアステア=ロジャース物とMGMのアーサー・フリード作品群」を前面に押し出してのもの。内藤さんにとっては満を持してという感じだったでしょうか。果たして客の入りはどうだったんでしょう。


さて、ミュージカル映画への関心に多大なる影響を与えてくださったアゲインの石川さんから、またまた素晴らしいものを送っていただきました。先日、NHK-FMで4回に渡って放送されたこの番組を録音したもの。これが大瀧さんのアメリカンポップス伝を思い起こさせてもらえるような、超わくわくの番組だったんですね。これについてはまた次回に。


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# by hinaseno | 2017-08-23 13:20 | 映画 | Comments(0)

先日書いた牛窓の話に関して、おひさまゆうびん舎の窪田さんから牛窓にあった絵本屋さんは宇吉堂という店ではとの連絡がありました。ネットで調べてみたら、宇吉堂は現在金沢に移転しているようですが、牛窓にあったときの情報も残っていたのでそれを見ると宇吉堂のあった場所は僕の記憶しているところと同じ。どうやら僕が言った絵本屋さんは宇吉堂でまちがいないようです。窪田さんは宇吉堂に何度か行かれていたばかりか、おひさまゆうびん舎やお隣にあったツリーハウスも宇吉堂とつながりがあったそうです。ツリーハウスでは出張宇吉堂というのを何度かやったそうです。へえ~、ですね。

その窪田さんから、世田谷ピンポンズさんの好きな曲についてのアンケートを半月ほど前に頼まれていて、先日ようやく書いて送りました。

好きな曲を5曲ということだったんですが、文句なしに入るという曲ですぐに4曲埋まってしまって、残りの1曲をどうするかでずいぶん悩んでしまいました。候補が5曲以上あったので。

引き受けたときには楽しい作業に思えたんですが、選ばなかった曲に対してちょっと申し訳ない気持ちになっちゃうんですね。でも、選曲しながらピンポンズさんのいろんな曲を聴いて改めて本当にすばらしいシンガーソングライターであることを再認識しました。


さて、文句なしに選んだ1曲が「名画座」。これはもう詞も曲も最高です。

そして名画座といえば、今もがんばっているシネマヴェーラ渋谷。

シネマヴェーラ渋谷といえば、先日時間つぶしに立ち寄った(というのは嘘で、立ち寄るのも目的に1つにしていた)本屋で、いろいろとながめていたときにパッと目に飛び込んで来たのがこの本でした。

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あのシネマヴェーラ渋谷の館主の内藤篤さんが書かれた『円山町瀬戸際日誌 - 名画座シネマヴェーラ渋谷の10年』という本。以前、このブログにシネマヴェーラ渋谷のことを書いたときにおひさまゆうびん舎の常連さんの方から教えていただいて(いろんなつながりにびっくりでした)同じ本屋で探したときには見当たらなかったはずだったんですが、ひょこっと本棚に収まっていました。これも何かの縁ですね。

ってことで本を買って今読んでいるところ。日記形式で書かれているのですが、あちこちで笑えて楽しく読んでいます。まだ途中ですが、へえ~っという話がいくつも。

一番びっくりしたのは館主の内藤さんはあの岩井俊二監督といくつか一緒に仕事をされていたということ。シナトラの「マイ・ウェイ」を『スワロウテイル』で使う交渉をしたのは内藤さんとのこと。あるいは『リリイ・シュシュのすべて』でもリーガルアドバイザーとして内藤さんの名前を見ることができます。すごいですね。

岩井監督といえば、毎年この時期になると必ず観ている『打ち上げ花火下から見るか横から見るか』を一昨日観たばかりですが、今、そのアニメ版が上映されているんですね。奥菜恵さんが演じたなずなの声を広瀬すずさんがやっています。広瀬さんは挿入歌も歌っているんですね。それが松田聖子の「瑠璃色の地球」のカバー。詞はもちろん松本隆さんです。アニメ版、観ようかどうしようか悩んでいます。

その岩井さん、ちょっとびっくりしたのは最近こんな仕事をされていたんですね。




新山詩織さんという女性シンガーの新曲『さよなら私の恋心』のMusic Videoを岩井さんが作られたんですね。いかにも岩井さんらしい映像です。曲は岩井さんとも関係の深いCharaが書いています。


ところで新山詩織さんとシンガーのことを知ったのはこの曲でした。




大瀧さんの「君は天然色」のカバー。こんな可愛い女の子がカバーしてくれるなんて、大瀧さんも喜んでいるでしょうね。


話が「円山町瀬戸際日誌」のことからそれてしまいました。次回はその本のことをもう少し


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# by hinaseno | 2017-08-22 12:15 | 映画 | Comments(0)

先日、病院の待合室で岡山のタウン情報誌をパラパラとめくっていたら牛窓に汐まちカフェという名前のお店がオープンしていたことを知りました。場所は牛窓の古い町並みが残っているしおまち唐琴通り。ここは牛窓に行けば必ずと言っていいくらい歩く通りなので、オープンしてからも店の前を歩いたはずだけど気づきませんでした。元々あった歯科病院を改装したとのこと。今度牛窓に行ったら、ぜひ立ち寄ってみようと思います。夏が終わるまでには行けるかな。


ところで、しおまち唐琴通りにあるということから来ているのかもしれませんが、汐まちカフェという名前はとてもいいですね。雑誌をパラパラとめくっていて目に飛び込んできたのはやはり「汐まち」という名前が見えたから。

牛窓は古くから風待ち、潮待ちの港として栄えた町ということなので「汐まち」の「まち」には「待ち」というとこばと「町」という言葉がかかっているはず。

そういえば僕が車で牛窓に行くようになった頃には「風街」という名の喫茶店があって必ず立ち寄っていました。店主がはっぴいえんどのファンであったことは間違いのないはず。店内にははっぴいえんどや大瀧さんのレコードが並んでいました。

当時牛窓はリゾートブームの中、日本のエーゲ海として一躍脚光を浴びていた頃。海沿いにはエーゲ海にうかぶ島をまねて真っ白い、おしゃれな建物が次々に作られていました。「風街」のあった建物は今もそのまま残っているけど、やはり真っ白い建物(今の目から見ればちっともおしゃれでないけど)。

牛窓はまさに白い港になっていたんですね。僕は大瀧さんの曲や松田聖子の曲の歌詞(ほとんど松本隆さんが書いたもの)の風景が、ちょっとしょぼかったけど、確かにそこにありました。

でも、ある時期からしばらく牛窓にも行かなくなって、ある日、牛窓にちょっといい感じの絵本屋さんができたということを知って牛窓に行ったんですね。このときにはすっかりリゾート感も失われて、寂れた感じが漂い始めていました。でも、牛窓本来の風景に戻りつつあったというか、古民家を利用した店が出来始めていたのもその頃。その絵本屋さんも古民家を利用していました。

それから、さらに10年くらい経って、川本三郎さんが牛窓に行かれていたこと、そこを住んでみたい町だとエッセイに書いていたことを知って久しぶりに訪ねて、それ以来、何度も行くようになって現在に至っています。


さて、「シロ」に会った日とは別の日のことですが、先月、牛窓に行った時には久しぶりにここのヨットハーバーに行きました。

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ここにやってくると大瀧さんの「白い港」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎セイルを下ろした無数の帆柱が怖いほど綺麗だよ

松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面3曲目の「Sailing」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎ヨットパーカー そして白いデッキシューズ
〽︎ヨットハーバー 赤く染めるサンセット

で、やはり松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面2曲目の「白い貝のブローチ」をちょっと口ずさみます。


いろんな時代の、いろいろな人たちとの、いろいろな出来事を思い出しながら。


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# by hinaseno | 2017-08-19 11:48 | 雑記 | Comments(0)

久しぶりに想田和弘の『観察する男』(ミシマ社)を読み返しています。それにしてもミシマ社は僕にとってうれしくなるような本をいっぱい出してくれていますね。


想田さんが初めて牛窓にやって来たのは2012年の夏。奥さんの母親が牛窓出身という縁で、たまたま空き家となった牛窓の海岸近くの家を借りてその夏を過ごされたんですね。で、牛窓に興味を持った想田さんは翌年2013年の夏休みも牛窓で過ごすことにします。

想田さんに興味を持ち始めてツイッターなどで想田さんをチェックするようになったのがその少し前のことだったので、想田さんが牛窓にいるというツイートを読んだときにはびっくりでした。でも、まさかそこで映画を撮影するなんて思いもよりませんでした。


牛窓で過ごしていたある日、想田さんは「やっぱり、ここで映画を撮っておいたほうがいいんじゃないかな」と漠然と思うんですね。で、その年の秋に再び牛窓にやって来て撮影を開始します。

撮影を開始したのが2013年11月4日。その日のツイッターに「今日から早速撮影を始めました~。」と書き込んでいます。

翌11月5日にはこうツイートしています。


僕の映画は常に「とりあえず撮っておこう」で始まります。

そう、想田さんの観察映画はこういうものを撮ろうという計画がないところから始めるんですね。

その後、こんなツイートが続きます。


2013年11月7日
今日は朝から晩までカメラをまわしっぱなし。さすがに死んだ。
2013年11月11日
牛窓での新作撮影、続行中です。映画の輪郭もおぼろげながらみえてきました。でもそれが何なのか今は言えない。

で、撮影が終了したのが11月20日。合計17日間の撮影。


ところで『観察する男』によると、想田さんは「観察映画の十戒」というものを持っているんですね。非常に興味深いのでここに列挙しておきます。


①被写体や題材に関するリサーチは行わない。
②被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、(待ち合わせの時間と場所など以外は)原則行わない。
③台本は書かない。作品のテーマや落としどころも、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない。
④機動性を高め臨機応変に状況に即応するため、カメラは原則僕が一人で回し、録音も自分で行う。
⑤必要ないかも? と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す。
⑥撮影は、「広く浅く」ではなく、「狭く深く」を心がける。「多角的な取材をしている」という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む。
⑦編集作業でも、あらかじめテーマを設定しない。
⑧ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。
⑨観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。
⑩制作費は基本的に自社で出す。作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはアリ。

③の「行き当たりばったり」というのがいいですね。「行き当たりばったり」というのは大瀧さんの好きな言葉でもあります。

『観察する男』にはこんな言葉もありました。


観察映画の場合、「行ったらたまたまそうだった」というだけのこと。状況をファインドアウトしただけですからね。僕がアレンジしたわけでも、探していたわけでもない。そこにあったものをそのまま撮っただけ。

そういう形で2週間あまり牛窓を取り続けたわけですが、それを編集しているときに想田さんはあることを考え始めるんですね。撮影から1年近く経った2014年10月5日にしたツイートにこんなことを書いています。


牛窓で撮影したドキュメンタリー映画を編集している。まだ分かんないけど、もしかしたら撮った素材から1本ではなく2本の映画ができるかも? なんとなくそんな予感。


ということでたくさん撮影した中から「牡蠣工場」の素材だけ集めて作ったのが『牡蠣工場』。つまり『牡蠣工場』には、牛窓に暮らす人々の生活の風景や、牛窓の街並みがほぼすべてカットされたんですね。

『観察する男』でこの話を読んだときにはまだ『牡蠣工場』を観ていなかったけど、『牡蠣工場』以上にもう一つの牛窓の物語を観たくなってしまったんですね。

で、なんと今、どうやら想田さんはそのもうひとつの牛窓の物語の編集を進めているみたいです。いや~、楽しみですね。「シロ」はきっと、そのもう一つの牛窓の物語にも登場しているはず。

ああ、また「シロ」に会いに行きたくなりました。

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# by hinaseno | 2017-08-16 14:13 | 雑記 | Comments(0)