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by hinaseno
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「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「シリア・ポール・ストーリー」で、関口さんの話が出てきたときにかかったCMソングのこと、作曲家が樋口康雄とわかったことで調べたら、ネット上にこんなデータがありました。


資生堂 「香り’77」(リアレンジ)
1977/4/6
作詞=資生堂 作曲=樋口康雄 歌=シリア・ポール

この曲ですね。シリアの歌詞の中にも「わたしの香り伝えたい」という言葉が出てくるので間違いなさそう。

1977/4/6というのはおそらく録音日。

気になったのは「リアレンジ」という言葉。確認したら、こんなデータを発見。


資生堂「香り’77」
1977/3/30  
作詞=資生堂 作曲=樋口康雄 歌=スザーナ・ウォーカー

どうやらこの「香り’77」は最初1977年3月30日にスザーナ・ウォーカーが歌って録音していたようです。でもその1週間後の4月6日に曲をリアレンジしてシリアが歌って録音しています。このあたりのいきさつ気になりますね。

気になるといえばシリアのバージョンを録音した4月6日いう日付。それはまさにシリアが『夢で逢えたら』を録音していた時か、歌入れがちょうどすんだ頃だった可能性が高い。

『Niagara Record Collecting Guide』によれば、シリア・ポールの『夢で逢えたら』が録音された時期は1977年4月。日付までは書かれていません。

でも、もう少し詳しい日付を推測する手がかりがありました。それは「シリア・ポール・ストーリー」のひと月前に3週にわたって放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ 100回記念DJパーティ」。

そのパーティが行われたのは4月25日。そこにシリア・ポールがゲストに呼ばれているんですが、そのときに「夢で逢えたら」をかけたあと、このレコードのミックス・ダウンが終わったのは2~3週間前だと言っていたんですね。ということは録音は4月5日頃。やはり、あのCMソングの録音、ミックス・ダウンは『夢で逢えたら』の直後と考えていいようです。


改めて考えてみると自分で作った曲でもないCMソングを番組でかけるというのは、いくら大瀧さんと親しい関口さんがその曲のディレクターを務めたとはいえ、やはり異例というか不自然なこと。音源はおそらくマスターテープからとられているはず。とするならば、大瀧さんが何らかの形でこのCMソングに関わっていたと考えたほうがいいように思います。1週間前にスザーナ・ウォーカーが歌ったバージョンがどんなものかはわからないけど、シリアの歌い方、特に語りに関して大瀧さんのアドバイスがあったのではないかと。あるいは大瀧さんがミックス・ダウン(トラック・ダウン)に関わっていたかもしれない。そういう関わりがなければ番組でかけることはないはず。

関口さんのいたONのCMソングのミックス・ダウン(トラック・ダウン)といえば例の三吉橋のそばの音響ハウス。実はその音響ハウスについてちょっと面白いことがわかりました。それは『レコード・コレクターズ増刊 大瀧詠一Talks About Niagara』に収録されているシリア・ポールの『夢で逢えたら』についてのインタビュー。ここで興味深い話が出てきます。聞き手は湯浅学さんと萩原健太さん。インタビューが行われたのは2011年2月。


湯浅:『夢で逢えたら』のときは録音はFUSSA45スタジオで。トラック・ダウンはどこで?
大瀧:最初は音響スタジオなんですよ。で、音響ミックス版というのもあって、今回(ボックスに)入れようかどうか非常に迷って。
萩原:違うんですか?
大瀧:雨の音がでかい(笑)。まるで台風。左右入れかえたり、前編、全く違った印象があると思う。音響の音はちょっと重たいから。重たくなったのでミックスをやり直そうとして遅くなった。録りはけっこう早めにやっていたにもかかわらず、ミックスで悩んで。で、サウンド・シティ(スタジオ)に行って軽い形になった。両方出すっていうのも一瞬考えたんだけども、二つ出すのも良くないからなかったことにして(笑)。出来が良くないからね。「The Very Thought Of You」は最初音響でやって、その後フリーダム(スタジオ)に行ってやって、それもうまくいかないからサウンド・シティに行ってやった。

こういう話にオッと思えるようになったのも、東京に行って音響ハウスのそばを通ったため。いや、正確に言えば、あとで通っていたことがわかったため。

というわけで大瀧さんの自宅のFUSSA45スタジオで録音して、最初は音響ハウスでトラック・ダウンをやったと。おそらくその前の『ナイアガラCMスペシャル』からの流れのはず。

で、そこできっと関口さんと会って、シリア・ポールの話になったときに関口さんから「海の底でうたう唄」のエピソードを聞き、縁を感じた大瀧さんは関口さんとの話でシリアをCMに、ってことになったんでしょうね。


それはさておき音響ミックス版は結局公にはならなかったみたいですが、もしも『夢で逢えたら』の40周年記念盤が出ていれば、きっとボーナス・トラックとして音響ミックス版が収録されたはず。で、同時にきっと音響でミックスされたはずの「香り’77」も入ったかもしれません。

ああ聴いてみたい。

50周年は先すぎるので、シリアの70歳の誕生日に間に合わないかな。『今日の人生』つながりでも最高なんだけど。


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# by hinaseno | 2017-07-04 15:18 | ナイアガラ | Comments(0)

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーはまだYouTubeで聞けることがわかりました。これですね。この3:40あたりで関口さんのことが語られます。そして僕がずっと気になっていた曲がかかるのは5:44あたり。たった30秒のCMソングです。



こんな歌詞ですね。


お願い いつもそばにいて
あなたの低い声が好き
わたしの香り伝えたい
お願い いつもそばにいて

曲をかけた後、大瀧さんはこんなことを言っています。


「これは、その関口さんがディレクターしまして、シリアがつい最近、ちょっと前でしたかね、やりましたCMなんですけどね。作曲は僕でもなければ関口くんでもないんです。あしからず」

この曲については以前2年前に書いたこの日のブログでも紹介しています。こんなことを書いていますね。


これがボサノヴァ・タイプのとってもいい曲なんですね。セリフの部分もとても魅力的。たぶん「夢で逢えたら」のセリフの部分を意識されたはず。
ただ、曲を書いたのは関口さんでも大瀧さんでもないとのこと。あの当時こんなシャレた曲をだれが書いたんでしょうか。ジョアン・ジルベルト調のギターを弾いている人も気になります。

というわけで、この曲のことが気になって、その作曲者がだれか関口さんにお尋ねしていたんですね。当初はちょっとわからないという返事をいただいていたんですが、調べてくださっていたんですね。それが樋口康雄。


樋口康雄は大瀧さん同様、関口さんがいらっしゃったCM制作会社ONアソシエイツでいくつもCMソングを作っていたようで、10年前にはこんなCDも出ていました。

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このCD、まだ入手可能だったので、すぐに手に入れました。でも残念ながらシリア・ポールの歌ったものは収録されていませんでした。

ただ、いろいろ聞きましたがすごいですね、この樋口康雄という人。3曲目の「数寄屋橋阪急’74」なんて、ピチカート・ファイヴの曲かと思ってしまいました。しかも驚くのはピチカートがこういう曲を歌って渋谷系のアイコンになる10数年も前に作られた曲。信じられない。1974年にこんなしゃれた曲を作っていたミュージシャンがいたとは。

そのほかにも、ソフトロックと呼んでもいいようなタイプの曲がいっぱい。時代を十数年先取りしている。すごい才能。この人ならばあのシリア・ポールが歌った曲を作っていても十分に納得できます。それにしても、大瀧さんとともに、こんな才能のあるミュージシャンをみつける大森昭雄さんの才能にも改めて感服です。

ちなみに企画監修しているのはソフトロック系のコンピレーションなどを手がけられている濱田高志さん。そしてピチカート・ファイヴの小西康陽さんも寄稿。なるほど。


さて、CDには収録されていなかったけれども、これがきっかけでようやくシリアの歌ったあの曲がどういうものだったかわかってきました。それはまた次回に。


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# by hinaseno | 2017-07-02 12:35 | ナイアガラ | Comments(0)

ちょうど40年前の1977年6月に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーの一番の聞きどころはなんといっても関口さんの話が出てくる場面。ここを聞いて、『昔日の客』(夏葉社)のあとがきを書かれていた関口直人さんとつながったんですね。何度も書いたけど。

せっかくなのでその部分の書き起こしておきます。

モコ・ビーバー・オリーブのメンバーの一人としてシリア・ポールがレコードデビューした第1弾シングル「わすれたいのに」にまつわるいくつかの偶然の話が終わったところから。


大瀧:それで第2弾のヒットがあったでしょ?
シリア:うん、その第2弾のヒットまでにアルバムの中からシングルはカットされてたわけね。
大瀧:ああ、2、3枚ね。
シリア:第2弾でヒットしたっていうのが「海の底でうたう唄」。
大瀧:〽︎ちゃららららんらんちゃららららん、ってのね。
シリア:そうです。


で、この曲がかかります。




作曲者はもちろん関口直人さん。このYouTubeの解説のクレジットは「関口直人」ではなく「関口真人」になっていますね。間違ったまま記載されているウィキペディアからとっているんだろうと思います。ちゃんと訂正してください。


大瀧:あれが何を隠そう関口さんなんだ。この話はもう出てるんだから、この番組で。
シリア:ああ、そうなの?
大瀧:うん。
シリア:そうなの、関口さんなの。
大瀧:前にCMスペシャルの特集の番組をやったとき、僕のいつもCMに関係しているON(オン)っていうところの代表の大森さんとかとね、いろいろ話をしてて、そこで今アシスタント・ディレクターをやっているのが関口さんなんだよね。全然知らなくてね。ま、それも偶然なわけだよね。大森さんっていうのは前にも言ったんだけど冗談工房のね、三木鶏郎さんの門下である。CMのオーソリティーなわけじゃん、ミキトリ(三木鶏郎)さんていうのは。そこの門下の人と出会えたというのも非常に偶然なわけよね。で、サイダーに会ったのも偶然だし、サイダーの詞を書いている伊藤アキラさんっていう人もミキトリさんの門下なわけよ。ふ~む。これはどういうわけかね。おれはもうCMやるように、もう最初っからやられてたんだろうね。
シリア:うん、そうなのかもしれない。うん。
大瀧:で、そこでアシスタントやっている関口くんってのがいつもいてね。あごでこき使ってたんだけど…。そんなことはない(笑)。
シリア:ふふっ(笑)。
大瀧:まさかその人がねぇ。知ってたけどね、あの歌はさ。第2弾ヒットで。それがねえ、関口さんの作曲だったとはねぇ、夢にも思わなかったね。これもなんかものすごい奇遇だね。
シリア:そう、だから私も後でそれをわかったでしょう。だからあの時だけで終わったんじゃなくて、また、そのつながりがあるっていうのが、ものすっごく不思議なのよねぇ。
大瀧:不思議だねぇ。
シリア:う~ん。

この会話の流れを考えると、大瀧さんがシリア・ポールのアルバムを作っていることを知った関口さんが、CMの仕事かなにかで大瀧さんに会ったときに、実は「海の底でうたう唄」の曲を書いたのは僕なんですと伝えたんでしょうね。それを聞いた瞬間の大瀧さんの驚きを想像するだけでなんだか鳥肌が立ってしまいます。偶然とか縁というものを日頃から大事に思っている人だけに。

そしてこの部分をはじめて聞いて、その関口さんが『昔日の客』の関口さんにつながって、しかもその日にアゲインに関口さんがいらしていたということがあったんですね。

なんという偶然の連鎖。鳥肌が立つどころではありませんでした。


さて、この会話の後、シリア・ポールが歌ったある曲が流されます。それはシリアのアルバムには収録されていない曲ですが、ずっと気になっていたんですね。


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# by hinaseno | 2017-07-01 12:31 | ナイアガラ | Comments(0)

東京に行った日の夜、関口直人さんとお別れする間際にこんなやりとりをしたことを思い出しました。


「そういえば、あの曲の作曲者、わかりましたか?」

「ああ、あれはヒグチ・ヤスオです」

「ヒグチ・ヤスオ?」

どこかで聞いたことがあったような気がするけれどもぴんとこない。で、とりあえず携帯のメモに「樋口やすお」と入力。

「ONのCM関係のCD、まだ手に入ると思いますよ」

「帰って調べてみます」


*  *  *


さて、前回の「2017年10月22日の人生」に書いた翌日10月23日に70歳の誕生日を迎えられるというのは、ナイアガラの原節子といってもいいシリア・ポール。大瀧さんがらみでは「夢で逢えたら」のシングルを1枚と、それを収録したアルバム1枚を残しただけなんですが、まちがいなくナイアガラの女神(ミューズ)ともいうべき人。原節子さん同様、大変に美しい人です。

これは大瀧さんとレコードを作っていた当時のシリア・ポール。

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先日、久しぶりに「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーを聞き返しました。シリア・ポールさんをゲストに招いて1977年6月14日と21日の2回に渡って放送されたもの。僕にとっては運命的とも言えるものだったので、何度も聞き返しています。

いきなりおっと思ったのは番組の冒頭で告知されたシリア・ポールのアルバム『夢で逢えたら』の発売日。1977年6月25日。ちょうど聞いたのが今週の日曜日だったのでまさにぴったり40周年の日でした。もし大瀧さんがご存命ならば、40周年記念盤を出していたかもしれないなと思って、2011年に行われたインタビューを読んでいたらちょっとおもしろいことが。出ていればきっと…、もしかしたら冒頭で触れた曲が収録されていたかもしれないと思ったり。これについてはまた後で。


「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーではシリアの芸能生活のスタートから語られます。彼女の芸能界デビューは映画。子役を募集していたのを知って応募したら合格したんですね。『亡命記』という映画。

1955年の松竹の映画で主演は佐田啓二と岸恵子。監督は野村芳太郎。このときシリアは小学校1年生。佐田啓二と岸恵子(『早春』の前年!)が共演していて、しかもシリア(このときの芸名はシリヤ・ポールとなっていたみたいです)が出ていたとなるとぜひ見てみたいけど、残念ながらDVDにはなっていないようです。

ただ、この映画、今年の3月に大阪で上映されたようで(第12回大阪アジアン映画祭特集企画<アジアの失職、求職、労働現場>上映作品のひとつ)、こちらに映画を見た人のレポートが載っていました。

シリア・ポールについてはこんなことが。


「募集子役の日印ハーフのシリア・パールさん。どうみても主演二人の子どもに見えず、彼女には悪いのですが違和感を覚えてしまい、何故彼女なのかと思いました。今なら大人顔負けの演技をする子どもタレントがワンサカいますが、当時は少なかったのでしょうか」

「シリア・パール」となっているのはなぜでしょう。これを書いた人はこの少女が”あの”シリア・ポールだとは全くご存知ないんですね。

そのページに貼られていたのがこの写真。


佐田啓二の膝の上に乗って汽車の窓から外を眺めているのが当時、6~7歳のシリアのはず。

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# by hinaseno | 2017-06-30 14:30 | ナイアガラ | Comments(0)

ずっと東京の話を書いていたために紹介できなかったことがいくつかありました。そのうちのひとつ。益田ミリさんの『今日の人生』の話です。


朝日新聞に連載されている鷲田清一先生の「折々のことば」のことはこのブログでも何度も書いていますが、今月のはじめの6月7日の「折々のことば」はなんと益田ミリさんの『今日の人生』からのことばだったんですね。

うれしいやら、びっくりやら。

鷲田先生が選び取った言葉は、マンガではないページに書かれたこの言葉でした。

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生きている時間のほうが長い
どんなに短い人生だったとしても
生きていた時間のほうが長い

この本に載っているマンガには吹き出すくらいに笑わされたり、くすっと笑わされたり、そうそうと頷かされたり、ちょっと考えさせられたり、あるいはほろっとさせられたりと、いろんな感情を呼び起こさせられたのですが、でも、ところどころに挿入されたエッセイには別の空気が流れていました。そこに通底音としてあったのは「死」というもの。

本のタイトルの「人生」はミリさんも含めて様々な人(ときには動物)の生を描いているわけですが、村上春樹の言葉ではないけど「死」は一部として存在していることをそのエッセイによってサブリミナル的に意識させられるんですね。ミシマガジンのサイト上に載っていたマンガだけを読んでいたときとは全く違った印象を受けたのはそのせいでした。


さて、鷲田先生のコメント。


電車の中でじっと伏せている盲導犬を見て、自分はこれほど誰かの役に立ったことがあるかとふり返る。行列の中にいても、人はなぜかいつも自分の前を横切ると首を捻る。隣席から漏れ聞こえる会話に心を寒くする。そんな人生のかけらを一つずつ、体温を測るかのように描くイラストレーターのコミックエッセー「今日の人生」から。

「人生のかけらを一つずつ、体温を測るかのように描く」という表現が素晴らしいですね。そろそろまた読み直してみようと思います。きっと新たな発見があるはず。


ところで、益田ミリさんの『今日の人生』といえば最後のページに掲載されたこの吹き出し部分が空白のマンガ。

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最後の「2017年10月22日の人生」だけ書いていなかったのですが、昨日、ある人の生年月日を調べていたら、オッと思ったんで、僕ではなくその人の2017年10月22日の人生を書くことにしました。

その人のことについてはまた次回。

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# by hinaseno | 2017-06-28 15:04 | 雑記 | Comments(0)