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by hinaseno
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去年の「今年の10冊」


年末に「今年の10曲」とともに「今年の10冊」を選んでいたので、遅くなったけど紹介しておきます。1昨年は確か「3冊」だった気がしますが、まあいいですね。選んだのはこの10冊。たぶん全てこのブログで取り上げたような気がします。条件としては1人の筆者の本は1冊だけとしました。

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左から順番(順位ではありません)に、まずはミシマ社の3冊が並びました。

益田ミリ『今日の人生』。

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』。

河野通和『言葉はこうして生き残った』。

結果的にはこの3冊が去年の「今年の3冊」といえるものになりました。それくらいいろんな形で影響されました。


岡崎武志『人生散歩術』。

木山捷平の章がうれしかったです。


川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』。

『老いの荷風』もよかったけど、岡山や龍野の町を歩いたことが書かれていたので。


『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』。

夏葉社です。この本が出ることを島田さんから聞いた時の喜びといったら。山高さんの言葉もいいし、山高さんが撮られた写真も素晴らしすぎました。


高橋和枝『くまくまちゃん、たびにでる』。

発売されたのはちょうど1年前ですね。これも本当にうれしくて、同時に出た『くまくまちゃん』、『くまくまちゃんの家』とセットにしていろんな人にプレゼントしました。


平川克美『路地裏の民主主義』。

東京に行って隣町珈琲に立ち寄ったときにいただきました。もちろん平川さんにサインをしていただいて。考えたらこの10冊のうち半分の5冊はサイン入り。

太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の入ったアルバムを聴きながら東京に行って、で、この本を開いたら「木綿のハンカチーフ」の章があってびっくりでした。隣の章は「楕円」と「贈与」。まもなくミシマ社から出版される新刊はそこを膨らませた話になるはず。本当に楽しみ。


宮治淳一『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』。

これは最高に面白かったです。奇跡のような話の連続。これを書きあげるために宮治さんがされたはずの綿密な調査にも感心しました。


村上春樹・川上未央子『みみずくは黄昏に飛びたつ』。

村上さんといえば久しぶりに長編『騎士団長殺し』が昨年出て読書の楽しみを堪能しましたが、あれは2冊なのでこちらの川上さんとの対談のほうを選びました。村上さんが対談を心から楽しんでいたことがよくわかります。川上さんの質問が素晴らしくて、結構深い話もしてます。


さて、今年はどんな本に出会えるでしょうか。

ちなみに今年最初に読んだのは昨年暮れに買った内田樹先生の『ローカリズム宣言』でした。『TURNS』という雑誌で連載されていたインタビューをまとめたもの。『TURNS』はなかなか興味深い雑誌でときどき買ったりしていたので、ちょこちょことは読んでいました。

内容的には松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』と重なる部分が多くありました。

最後の方にこんな言葉が出てきます。


 問いは答えを得ると、そのまま「ファイル」されてしまい込まれてしまいます。でも、「なかなか答えに出会えない問い」は「デスクトップ」に置かれたまま、いつもそこにあります。僕たちを知的に活性化し続けてくれるのは、そういう「なかなか答えを得られない問い」です。(中略)
 知性的であるためにもっとも効果的なのは「簡単には答えの出ない問い」を抱え込んでいることです。そして、いつも「喉に魚の小骨がささったような片づかない気分」でいること。「すっきりしないなあ」と思うでしょうけれど、人生とはそういうものなんです。

先日の河野通和さんと松村さんのトークイベントでも、ある質問をされた方にこれと同じようなことを河野さんと松村さんが言われていました。僕はどんな質問にもすぐにずばずば答える人よりも、こういうことを言う人の方を信頼しています。


ところで、昨日、ミシマ社の東京のオフィスで新年会があったそうなんですが、なんとそこに内田樹先生、平川克美さん、小田嶋隆さん、そして河野通和さんが同席されていたとのこと。びっくりでした。内田先生によれば「活字化不能の内輪話」をされたようなんですが、どんな話をされたのか聞いてみたいな。

河野さんに、もう少し僕のセレンディピティ、話しておけばよかった。


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# by hinaseno | 2018-01-04 14:55 | 文学 | Comments(0)


紅(あか)と白に別れ歌う合戦終りゃ
除夜の鐘が鳴って 初詣ラッシュ
ゆく年くる年 時計が零時打ちゃ
明けましておめでとう
そこで君にあげよう Rock'n' Roll お年玉

というわけで、あけましておめでとうございます。やっぱりこの曲を聴かないと新しい年は始まらないですね。

でも「紅と白に別れ歌う合戦」は全然見ませんでした。大晦日はずっと「工場」とお部屋の掃除。「工場」にあった父の手作りの丈夫な本棚をきれいにして部屋に運んで、あふれかえっていた本を整理しました。でも残念ながらスキマができない…。


掃除をしながらずっと聴いていたのは自作の太田裕美さんのCD。今もこれを書きながら聴いています。

大晦日の日にブログに「今年の10枚」を書いた後、「今年は(昨年だけど)太田裕美さんの年だったなあ」と思って、せっかくなので1枚CDを作ろうと思ったんですね。塩屋に行った時に作ったプレイリストは31曲で、ちょうど2時間だったので、それを20曲80分に削る作業をして(かなり大変で「雨だれ」も「九月の雨」も、そして「さらばシベリア鉄道」も削りました)、それからジャケットも作って。できあがるのに2時間くらいかかったかな。この時間があればいろんなことができたのにね。

ジャケットには『太田裕美白書』の表紙の写真を使いました。篠山紀信が撮影した最高に素敵な写真です。悩んだのはアルバムのタイトル。年号の2017は入れることにして「太田裕美2017」ではちょっとさびしいし、「太田裕美BEST 2017」もなんだかなあ、と。で、ふと浮かんだのが「PLATONIC(プラトニック)」。


このCDのメインはなんといっても「海が泣いている」。実はそれが収録されているアルバム『海が泣いている』はアメリカで録音されたので1曲1曲に英語のタイトルが付けられているんですね。で、「海が泣いている」の英題が「PLATONIC」。歌詞の最後に出てくる「プラトニック」からとられたようです。

ってことで、ジャケットも曲もなかなか素敵なアルバムになりました(自画自賛)。お掃除の時間は少なくなり、本棚のスキマを作ることはできなかったけど、心の「透き間」は作ることができました。


ところで話は少し変わりますが、実はクリスマスの日の夜にある方からとびっきり素敵な絵の贈り物をいただきました。そこに描かれていたのは赤い実がなった木と、小鳥と、そして……!!!。

赤い実がなった木はマンリョウとのこと。

マンリョウ? だったんですが、庭に10本くらい植えられているのがわかりました。赤い実がなっている木があることは気づいていましたが、恥ずかしいことにそれがマンリョウという木だと初めて知りました。


で、昨日、庭の木を眺めていたときに1本だけ白い実がついたマンリョウがあるのに気づいたんですね。最初はただ色づきが悪いだけかと思ったんですが、調べたら白い実のマンリョウもあったんですね。ちょっとめずらしいようです。

今、これを書いている部屋の窓から赤い実のマンリョウも白い実のマンリョウも見ることができるんですが、ちょっとだけとって綺麗になった机の上に飾りました。

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# by hinaseno | 2018-01-02 13:42 | 雑記 | Comments(0)

今年の10曲


年末なので「今年の10曲」を選んでみます。曲を選びながら、今年1年を振り返る形になりそうです。


1. Beats There A Heart So True / 野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”

今年の5月、東京のライブハウスでこの曲を聴いたときの感動は今でも忘れない。MCで曲が紹介され始めたときの心臓の鼓動、ライブ会場で石川さんが紹介されたときの喜び、ビッグバンドによる演奏が静かに始まり、さらにBREEZEによる極上のコーラスが始まったときの興奮……、今思い出しても涙があふれそうになります。石川さんがいなければこんな奇跡のような瞬間に出会うことは絶対にありませんでした。東京での二日間のいろんなことも含めて今年最高の出来事でした。今年もやはり誰よりもアゲインの石川さんに感謝することになりました。


2. 海が泣いている / 太田裕美




今年は僕にとっては太田裕美さんの曲を聴き続けた1年でした。4月末に放送されたNHKの「名盤ドキュメント 太田裕美『心が風邪をひいた日』 木綿のハンカチーフ誕生の秘密」を見て以来、どっぷりと太田裕美さんにはまりました。東京の行き帰りの新幹線の中でずっと聴いていたのも『心が風邪をひいた日』でした。

『太田裕美白書』を手に入れてからは、さらに他のアルバムの曲も聴くようになり、そして出会ったのが『海が泣いている』のタイトル曲である「海が泣いている」。

で、iPhoneで作ったばかりの太田裕美さんのプレイリスト(松本隆さんが作詞したものに限定)を聴きながら塩屋に行き、ちょうど塩屋に着いたあたりで流れてきたのが「海が泣いている」でした。あまりに素晴らしすぎて体が震え、その瞬間から、余白珈琲さんが珈琲を淹れていた場所に行くときも塩屋の町を歩いていたときもずっとこの曲を聴いていました。坂道から海を見下ろしながら曲を聴き、海岸に行って腰を下ろして曲を聴き……。

それ以降、いったい何回この曲を聴いたかわかりません。昨日も年越しそばを予約していた大好きなうどん屋さんへの行き帰りに聴いていました。間違いなく今年一番聴いた曲。塩屋という海街でこの曲と出会えたのはなんと幸福なことだろう。


3. 喫茶大陸 / 世田谷ピンポンズ


今年もおひさまゆうびん舎で開かれたいくつものイベントに参加させてもらいましたが、とりわけ強く印象に残っているのが先日の結婚式。そこでサプライズとして世田谷ピンポンズが歌った「喫茶大陸」はとにかく最高でした。録画していたものを何度リピートしたことか。今年の後半は珈琲のことをずっと考える日々が続いていたので、「珈琲の味は恋の味」と歌われる歌詞もタイムリーすぎました。

ちなみに僕がInstagramにアップしたのはこの歌詞の部分。


珈琲の味は恋の味 
二人には少し苦い味
白鷺(しらさぎ)飛んで大手門
喫茶大陸 二人の世界

実はこの「しらさぎ」という言葉が次なる縁を作っていたとはこの時は知る由もありませんでした。どうやらこの日は赤いエンジェルだけでなくしらさぎの姿をしたしらさぎ色のエンジェルも飛んでいたようです。


4. Sleeping Beauty / 松田聖子




今年読んだ音楽の本の中で『太田裕美白書』とともに大きな影響を受けたのが『作編曲家 大村雅朗の軌跡』でした。亡くなってから20年も経ってこんな本が出るとは、うれしいやらびっくりやら。

編曲家としてではなく作曲家としての大村雅朗がもっと評価されるべきだとずっと思っていたので、これを機に『大村雅朗ソングブック』のようなものが出たらいいと思っていましたが、とりあえずということで自分で作ったんですね。「松本隆作詞、松田聖子歌」というくくりで。

で、いろいろと聴いていた時、この「Sleeping Beauty」にはまってしまいました。とりわけYouTubeにあったこのライブ音源にはびっくりでした。


5. She Chose Me / Randy Newman




今年買った新譜で一番よく聴いたのがランディ・ニューマンの『Dark Matter』でした。これがとてもすばらしかったんですね。いい曲がいくつもありますが、1曲となるとこの「She Chose Me」かな。実はこの曲、先日の結婚式のときに作ったCDに入れようかと思っていたんです。

こんな歌詞なんですね。


僕は話し下手だし
自分の見た目がどんなのかもわかってる
人生について知っていることといったら
本から学んだものばかり
でも、世界中のすべての人々の中で
彼女が僕を選んでくれた


ゆずぽんさんは見た目も爽やかだし、それから決して話し下手でもないけど「本」が出てきたのでいいかな、と思ったんですね。まあそれだけですが。

結局は他の曲とテイストが違うのでやめました。


6. 資生堂「香り’77」/ シリア・ポール

東京で関口直人さんにお会いしたときに、別れ間際にこの曲の話のことを思い出して、で、訊いたら、「ああ、あれは樋口康雄さんの曲です」と教えられてようやくあの奇跡のセレンディピティの日からず気になっていたこの曲のことがわかったんですね。しかも、来年発売される『夢で逢えたらVOX』(ブックレットには関口さんのコメントも載っていそうです)に収録されるという信じられないことにもつながって。クレジットがすごく気になります。


7. CAFE AGAIN / 村田和人

昨年亡くなられた村田和人さんはアゲインで何度もライブをされていて、その村田さんの「HELLO AGAIN」という曲を石川さんが少し歌詞を変えられて村田さんに店で歌ってもらったんですね。その音源を今年聴かせてもらったんですが、すごく笑えて、そして泣けました。


8. The Old Crowd / Lesley Gore




この曲のことは一昨年のこの日のブログで書いていますね。レスリー・ゴーアの中では(作曲はキャロル・キングなのに)なんとなく地味な感じがして、どちらかといえばそんなにいい曲だとは思っていなかったのですが、このブログに書いた頃からどんどんよくなってきて、今ではレスリー・ゴーアで一番好きな曲になってしまいました。

その日のブログの最後に書いているように、この曲の日本盤が出ていることを知って、ずっと探していました。なかなか見つからなかったんですが、今年の秋にオークションに出品されたんですね。おおおっ! と思ったけど、どんどん価格が上昇。結局一度も入札することなく終わってしまいました。

悔しくて先日海外オークションでアメリカ盤を手に入れました。落札価格は日本盤の4分の1くらい。ピクチャー・スリーブ付きで、音もこっちの方がいいはずなんだけど、やっぱり「なつかしいお友達」という邦題のついた日本盤もほしいです。


9. Beautiful Dreamer / Roy Orbison




今年の夏に石川さんから送っていただいた朝妻一郎さんの『ポピュラーミュージックヒストリー ~発展の歴史と舞台裏~』というラジオ番組の第一回目にかかったのがこの曲。スティーブン・フォスターの曲ですが、このときから僕のロイ・オービソンの曲を聴く日々が始まりました。

で、朝妻さん、大瀧さん、そしてロイ・オービソンをめぐる話を書き続けていたわけですが、話の着地点をいろいろと考えているうちに中断した形になってしまいました。


10. Somebody's Smiling (While I'm Crying) / Curtis & Del




最後の1曲は何にしようかと考え、いくつかの候補を抑えてこの曲に。今年のブログには一度も登場していませんが、朝妻さん、大瀧さん、そしてロイ・オービソンをめぐる話の流れで絶対にこの曲を紹介しようと思っていました。この曲って、まさに大瀧さん! って感じの曲なんですね。個人的には大瀧さんの好みの究極の曲だと考えています。

で、この曲の流れで紹介しようと思っていたのがスラップスティックの「星空のプレリュード」という曲。というわけで10曲目は最終的に「星空のプレリュード」か「Somebody's Smiling (While I'm Crying)」のどっちにしようかと思って、結局YouTubeに音源があるほうを選びました。

スラップスティックの「星空のプレリュード」は大瀧さん作曲の曲なのに、なぜかCD化がされていないんですね(10年ほど前に『スラップスティック CD-BOX』が出ていますがすでに廃盤。とんでもない高値がついています)。で、実はこの日のブログに書いている、あの『Complete EACH TIME』のアナログ盤を手に入れたときに見つけて買ったのが「星空のプレリュード」の収録されたアルバムでした。

大瀧さんがスラップスティックに提供した曲は多少手を入れて(作詞を松本隆さんにしたことが一番大きい)『ロング・バケーション』に入れられたのですが、この「星空のプレリュード」は素晴らしい曲だけど入れられなかったんですね。「カナリア諸島にて」にかぶるからでしょうか。面白いことに「カナリア諸島にて」の続編的な形で作られた松田聖子さんの「風立ちぬ」は結果的に「星空のプレリュード」に似たものになっているんですね。つまり「星空のプレリュード」には大瀧さんの好みの究極の形が出ていると言えるわけです。なんてことを今年のうちに書こうと思っていました。


それではよいお年を。


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# by hinaseno | 2017-12-31 15:36 | 音楽 | Comments(0)

「たとえば、星を見るとかして」と題した長い話は昨日、最終回としましたが、いくつか書き残したこともあったので、それをちょっと。

河野通和さんのトークイベントの後は参加者が河野さんにサインをしてもらいながら、それぞれの方々がひとりひとり河野さんと話をされていました。こんな雰囲気。

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もちろん僕もサインをしていただきながら少し話を。僕のセレンディピティを話しました。

何度も書いているように僕にとっての本にまつわる最高のセレンディピティはなんといっても夏葉社から出た関口良雄さんの『昔日の客』なのですが、実は河野さんの『言葉はこうして生き残った』にはまさにその『昔日の客』の話が出てくるんですね。「こんな古本屋があった」という章。

そこには夏葉社から復刊された『昔日の客』の最後に収められた「復刊に際して」の言葉が「息子さんの証言」として引用されています。この「息子さん」こそ関口直人さん。ということで、それにからめて僕のセレンディピティを聞いてもらいました。

とはいうものの後ろにずらっと人が並んでいたので、「(あまりにも膨大すぎる)すべて」を聞いてもらうわけにはいかなかったのですが。


でも、とりあえず、ある日、知り合いのライブカフェのオーナーからほぼ日で糸井さんとも対談をされている大瀧詠一さん(ここで河野さんは頷かれました)の昔のラジオ番組を聴いていたら「関口」という名前が出てきて、で、調べたらまさに『昔日の客』の著者の関口良雄さんの息子さんだとわかって、しかもそのわかった日に関口さんがさきほどのライブカフェにいて…、なんてことを語りながら持っていった『昔日の客』を開いたら、石川さんと関口さんのツーショットの写真がはさんであって、それを河野さんにお見せして。

その写真を見ながら河野さんはメルマガに『昔日の客』のことを書いたら、直人さんからお礼の手紙をいただいたとおっしゃっていました。


さすがにこれだけでも5分くらいはかかってしまって、後ろに並んでいる人も何人もいたので、そこで河野さんに挨拶をしてその場を離れました。


でも、本当は、次のようなことも聞いてもらいたかったけど、いくらなんでも長すぎる話。

まずは、ほぼ日で大瀧さんが糸井重里さんと対談された時のこと。この時の対談はまだネットで読むことができますね。これは一番最後のページですが、この下のほうに対談順にリンクできるようになっています。

これがその時の記念写真。

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一番左が大瀧さん、そのとなりが糸井さん、それから三木鶏郎さんの晩年の助手を勤められた竹松伸子さん、そして一番右がCM音楽プロデューサーの大森昭男さん。はっぴいえんど解散後に、大瀧さんに最初にCMソングを作るように声をかけたのが大森さん。で、その大森さんのCM制作会社であるONアソシエイツにいらしたのが関口直人さんなんですね。


それからさらに、石川さんの中学時代の同級生で、同じ会社に勤められていたのが『考える人』にも寄稿されていた内田樹先生で、さらにその内田先生と、小・中学校も同級生で、石川さんと内田先生が勤めていた会社を経営されていたのが平川克美さんで、その方の『言葉が鍛えられる場所』という本が、まさにこのスロウな本屋のサイトのトップページの一番目立つところに置かれているんです…、などなど話し続けたかったんですが、ここまで語っていると1時間は超えてしまいますね。


ところで、河野通和さんの「ほぼ日の学校長だより」にはセレンディピティ以外にも興味深いことがいっぱい書かれているんですが、そのうちの一つがこの「無人島に持っていく1冊」と題された話。僕が関口さんとお会いした神田の神保町の話から始まります。河野さんはそこで開かれたシンポジウムに招かれていたんですが、最後に「もし無人島に行くとすると、持っていきたい1冊は何ですか?」という質問が出たんですね。

無人島に持っていく1冊の本とか1枚のレコードとか、僕もやはり訊いてみたくなりますね。でも、自分のことを考えるとかなり悩んでしまいます。

ということで河野さんも困ったようで、結局こう答えられたんですね。

「出版社の廊下には“束見本(つかみほん)”といって、本の中身はまっ白だけれども、実際の製本時と同じ紙で作られたダミー本が、たくさん積んであります。本の重さ、厚さ、触感を確かめるために作る見本です。その白い本を持っていきたい」と。


ちょっと反則っぽい感じですが、でもこれは素晴らしい答えだと思いました。ふと、無人島レコードという本で、大瀧さんがただひとりレコードではなく本(『レコード・リサーチ』を選んだことを思い出しました。

「音をレコード盤に記録するのではなく、そのまま頭に記録する……という方式。そういう反則ワザで逃げられないかしら? ようするに、自分が”レコード”ってことだな」と。


それからほぼ日には河野さんが19歳の読んでほしいということで選んだ「19歳の本棚」というのが掲載されていて、実はこの中に池澤夏樹の『スティル・ライフ』も入っているんですね。河野さんのイベントの少し前に気づいていたんですが、幸いなことにというべきかこのコメントを読んでいませんでした。もしこれを読んでいたら、あの日、涙が出るほどの興奮を覚えなかったはず。こいういのも縁ですね。縁にはタイミングというのがあります。


ところでここに並べられた30冊の本のうち僕が読んだのは8冊。どれも20代から30代はじめに読んでいます。そういえば余白珈琲さんは、なんと『スティル・ライフ』をまさに19歳の時に読んだそうです。


最後に、再び大瀧さんの話に。

昨日久しぶりにほぼ日の糸井さんとの対談を読みました。いや、いい言葉がいっぱいなんですね。「天使」って言葉も出てきて、思わずにっこりでした。

対談の冒頭、糸井さんが「どうして、三木鶏郎さんのことに、竹松さんはそんなに詳しいんですか?」と言った後の大瀧さんの発言がいかにも大瀧さんらしいんですね。こう言っています。「そう、そう、そう! 俺も今日はそこから始めてもらいたい。『詳しい』の前に『なぜ、三木鶏郎さんに興味を持ったのか』というのを聞きたいんです」。で、竹松さんが「そこからですか?」と聞くと大瀧さんは「そこからじゃないと」と念を押します。


やっぱり大瀧さんは「縁」とか「きっかけ」がまず何よりも気になるんですね。

それから「不本意」の話とか「質よりも量」の話とか、目から鱗のような話が続きます。でも、ところどころで一同「ハハハハハ‥‥!」という状態も作っていて。やはりすごい人です。


この対談の最後の方に語った大瀧さんの言葉を最後に引用しておきます。


現実を‥‥結果をそのまま受け止るというのが、歴史の改竄はよくないというのと同じで、あったことはそのまま受け止めるべきだと思う。そういうようにしておくと、受け継がれるの。改竄したものというのはね、受け継がれないんだ。だから、我田に水を引いたり‥‥という種類のものはね、必ず、落ちていく。

大瀧さんはいつも「受け継ぐ」ことの大切さを考えていたんですが、大瀧さんが亡くなって以降、「受け継ぐ」ことよりも「壊す」ことしか考えていない歴史改竄主義者が大声でいい加減なことばっかり言うようになってきました。たぶん生きていたら耐えられないのじゃないかと思うほどに。

とにかく彼らにはぜひ来年は「落ちてい」ってほしいです。


さて、今日は大瀧さんの命日。もう4年。時の経つのは本当に早いですね。今年もいっぱい大瀧さんの音楽を聴かせてもらいました。そして今年気がついたこともいくつも。まだまだ奥が深いです。


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# by hinaseno | 2017-12-30 11:42 | ナイアガラ | Comments(0)

「河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティの話を教えてくださいませんか」


実はこの質問と同時にもう一つ別の質問を河野さんにしました。超ベテランの編集者にぶつけるのは失礼にあたるのではないかと思いつつ、あえてした質問でした。

それは松家さんから『考える人』の編集長を引き継ぐとき、松家さんが編集長を務められた最後の号が、村上春樹のロングインタビューが掲載されたためにすごく売れたはずなので(実際ものすごく売れたそうです)、相当のプレッシャーがあったのではないでしょうかということ。

河野さんはまずこの質問に答えられました。全くありませんでした、と。

で、そのことにからめてちょっとしたエピソードを聞かせてもらいました。河野さんが『考える人』の編集長になってしばらくしてある方から手紙が届いたそうです。その手紙にはこんな内容のことが書かれていたそうです。「編集長が変わると普通は雑誌の雰囲気もかなり変わるはずなのに、『考える人』は編集長が変わったということを全く感じさせないというのが素晴らしいですね」と。

それが糸井重里さん。糸井さんは『考える人』を通して河野さんへの信頼を高めていったようでした。


で、この後、セレンディピティのことに。こちらの方はちょっと考えられていました。もちろん河野さんは僕なんかとは比べものにならないほど多くのセレンディピティを本の世界で体験されていることは言うまでもありません。それを知りつつ、僕はとびっきりのものを、と尋ねたんですね。


そして河野さんは少しずつ語り始めました。

「そうですね、やっぱり、さっきの話の中に出てきた人につながる話ですが…」と。

「さっきの話」というのはその前の松村さんとのトークの中で語られた河野さんの大学時代の話。河野さんが行かれたのは東京大学(トークでは東大の名は出なかったはず)の文学部のロシア文学科。ロシア文学科を選ばれたのは変わった人が多いはずだと思ったからだそうです。実際、そこには変わった人が多かったようですが、その中にとびっきり変わった人がいたんですね。

授業には全く出てこなかった人のこと。河野さんがときどき研究室に行ってみると(河野さんもあんまり熱心な学戦ではなかったようです)沖縄の焼酎(泡盛だったっけ?)を1本置いてある。どうやらそれを持ってきているのは同級生の一人だったらしいのですが、一度も顔を会わせることがない。で、そのまま卒業式の日がやってきます。そこで初めてその人に会ったんですね。「あれは君だったのか」ということで、いっぺんに意気投合。卒業後も親しい関係を続けるようになったようです。のちのその人は雑誌『旅』などの編集に携わった後、フリーランスのライターになって、全国の島をめぐって島関係の著書をいくつも出されていると。


トークではその人の名前の名字だけをおっしゃられていたので家の戻って調べてみました。

斎藤潤さん。なんと岩手県出身。これも縁ですね。

縁といえば、もしやと思ってスロウな本屋さんのことが載っている『せとうち暮らし』の20号を見たらなんと斎藤潤さん関係の記事がいくつか。つながっています。


さて、その斎藤さんが『旅』の編集をされていたときに、ちょこちょことエッセイを寄稿されるようになったのが池澤夏樹(池澤夏樹はなぜか「さん」付けしないほうがしっくりくるのでこう表記します)。斎藤さんと池澤夏樹がつながっていくんですね。

ところで河野さんが入社されたのは中央公論社。プロフィールを見ると1978年入社となっています。その中央公論社が発行している『海』という雑誌の1984年5月号に池澤夏樹の初の小説が掲載されます。それが南の島を舞台にしたあの『夏の朝の成層圏』。今気づいたんですが、この小説が掲載されたのは大瀧さんの『EACH TIME』が発売された翌月だったんですね。ただこの作品については河野さんはノータッチのようです。

『夏の朝の成層圏』はその年の9月に単行本になったものの、『沖にむかって泳ぐ』に載った池澤夏樹のインタビューよれば「数人の作家、編集者が注目したけれども、反応は限りなく静かであった」と。

で、池澤さんはしばらく小説から遠ざかります。でも、その池澤夏樹に再び小説を書くように勧めた人がいたんですね。

『沖にむかって泳ぐ』に、こんなことが書かれていました。


「その頃、中央公論の編集者から、『夏の朝の成層圏』はよかったんだから、またちゃんと小説を書かないかとすすめられて、やってみる気になったんです」

この編集者がまさに河野通和さんなんですね。そして河野さんがかなり手を入れる形で書き上げたのが『スティル・ライフ』。

家に戻って調べてみたら、このあたりの話はいろいろとネットに載っていて、今年の初めには河野さんと池澤夏樹のトークイベントも行われたりしていたこともわかったんですが、とにかくこの『スティル・ライフ』につながる話をスロウな本屋で河野さんの口から聞けたのはこれ以上ない喜び。興奮しすぎて、冷静さを失ってしまいました。


河野さんの話はそれだけにとどまらないんですね。河野さんにとってのとびっきりのセレンディピティは僕にとってもとびっきりのセレンディピティでもありました。


いつの頃からか河野さんと池澤夏樹と斎藤潤さんの間に強いつながりができあがっていたようで、池澤夏樹は斎藤さんからいろんな話を聞いているうちに、とりわけ沖縄に興味を持つようになったようです。もともと池澤夏樹も島好きではあるけれど、沖縄に特別なものを感じたんですね。で、何度か沖縄に通っているうちに、そこに住みたくなり、ついに移住することを決意します。で、その移住の手助けをされたのもまさに河野さんと斎藤さん。いや、もう涙があふれそうでした。


ということなので斎藤さんにも是非お会いしたくなりましたが、なんとなく来年はそういうことが実現しそうな予感もします。「せとうち」つながりで。

予感といえば、来年の1月にはいよいよ待望の平川克美さんの新刊がミシマ社から出ることになります。前にも書いたようにタイトルは『二十一世紀の楕円幻想論』。贈与と縁をめぐる話が語られているはず。

この平川さんと松村さんの対談が実現すればどれだけうれしいだろう、といううれしい予感を書いてこの長い話を終わりにします。


最後は『夏の朝の成層圏』の最後の部分の引用で。


雲の上端はもう光っていない。そわそわと夜風が吹きはじめた。海は静かに砂浜を洗っている。星が……。



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# by hinaseno | 2017-12-29 14:52 | 文学 | Comments(0)