Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

今日は『Ring-a-Bell』の3曲目、「ダンスが終る前に」。
このアルバムをはじめて聴いたとき、最も好きになったのがこの曲でした。この曲ばっかりリピートして聴いていました。
この曲はYouTubeに音源がありますので貼っておきます。


今、聴いても昔と変わらないくらいに胸がときめきます。なんて素晴らしい曲なんだろうと。
a0285828_10335215.jpg曲を作ったのは佐野元春さん。『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に参加した人ですね。詞も佐野さんが書いています。とよそよそしく書いていますが、実は僕は佐野さんの大ファンでもあるんです。大瀧さんは僕にとってややかけはなれた世代の人でしたが、佐野さんはちょっとだけ上の世代の人。ですから、佐野さんは僕にとってのロールモデルのような存在でした。ファッションもかなりまねていました。
佐野さんのことを書き出すと切りがないのでまたいつの日か。

「ダンスが終る前に」のアレンジは大瀧さんがされています。この大瀧さんのアレンジが素晴らしいったらないんですね。大瀧さんが、過去のポップスのエッセンスを取り入れて生みだしたナイアガラ・サウンドのショウケースのようなアレンジ。ここにはこの曲で使われたこの部分が、ここにはあの曲で使われたあの部分が...。
そして何よりも、イントラの部分から何度も繰り返される”あのコード進行が使われた、あのリフ”。メジャー・コード→シックス→メジャーセブンス→シックスですね。このコード進行はアメリカンポップスのいろんな曲使われているのですが、僕はこれを聴いただけでとろけてしまうんです。
例えば、こんな曲。


あるいはこんな曲。


あげればきりがないんですけど、これが効果的に使われている曲は全部好きです。そして大瀧さん自身もこれを使った曲をいくつも作っています。大瀧さんも大好きなんですね。
例えば大瀧さんが松田聖子に作ったこの「冬の妖精」という曲にも使われています。


もちろん佐野さんの曲も素晴らしい。というよりも、佐野さんは大瀧さんにこんなふうにアレンジされるのをわかったうえでこんな曲にしたような気がしてなりません。この部分なら、きっと大瀧さんはこんなアレンジを施すだろう、そしてまた別のこの部分なら、きっと大瀧さんはあんなアレンジを施すだろうと。まるで大瀧さんのアレンジを想定したような曲作り。結論的に言えば、限りなく大瀧さんが作ったような曲になっているんですね。大瀧さんも佐野さんから渡された曲を聴いてアレンジの作業をするのが楽しくって仕方がなかったんじゃないかと思います。曲全体に幸福感があふれています。
ただ、1つだけ。

恋人たちのマンボ・ジャンボ
瞳のなかのハンプティ・ダンプティ
悩ましげなヘルター・スケルター
いつかお願いが叶うとき

この部分。大瀧さんだったら遊びたくなるような気がしました。「快盗ルビイ」のあの部分のように。佐野さんもそれをやってもらいたくて、こんな詞にしたんじゃないかなと思います。でも、実際にはここに(僕の聴き取れる限り)何の遊びも入っていません。ちょっと、意外な感じがしました。もしかしたら遊びの入ったバージョンが存在するのかもしれませんが、アルバムのなかの1曲として、他の曲とのつながりを考えて過度な装飾は避けられたのかもしれません。

ところで、この曲、後に佐野さんがセルフ・カバーをしています。もちろんアレンジは佐野さん本人。全然感じが違っています。タイトルも「ダンスが終わる前に」と微妙に変わっています(「終る」が「終わる」になっています)。でも、佐野さんから大瀧さんに渡されたはずのデモテープはこんな感じだったんでしょうね。


a0285828_1053093.jpg最後に歌詞のことですが、僕はこの曲を聴いて、佐野さんが以前に松田聖子に作った「今夜はソフィスティケート」という曲を思い浮かべてしまいました。佐野さんはHolland Roseというペンネームで2つ、曲を提供しています。1つはシングルで発売された「ハートのイヤリング」。もう1つが『Windy Shadow』というアルバムに「ハートのイヤリング」とともに収められている「今夜はソフィスティケート」。「ハートのイヤリング」も好きですが、僕は「今夜はソフィスティケート」の方が好きでした。アレンジは大村雅朗さんですが、スペクター・サウンドというかナイアガラ・サウンドを強く意識していることがわかります。


詞を書いているのは、松田聖子の曲ですからもちろん松本隆さん。佐野さんではないのですが、いくつかの言葉につながりを感じます。
「黒いドレス」と「赤いドレス」、「ワイングラス」と「シャンペングラス」、そして「踊り」と「ダンス」。

「ダンスが終る前に」には、佐野さんらしい、小さなメッセージ、そしてキーワードが入っています。

大切だと言えるものは いつだってほんの少し


そして「約束」。
佐野さんの多くの曲には必ずと言っていいほど「約束」という言葉が入っています。代表曲である「Someday」にも。
そしてこの曲はタイトルにもなっています。


「ダンスが終る前に」の最後の部分の歌詞はこうなっています。

口づけはいらない変らない約束だけでいいの


1つ前の「 ばっちりキスしましょ」で、ステキなキスを期待した女の子は、キスよりも「変らない約束」を願うようになっています。そして次の曲につながっていきます。
曲のタイトルは「約束の場所まで」。それについてはまた次回に。


a0285828_10514666.jpgおまけの話ですが、僕の好きな女性作家の小川洋子さん(岡山出身の作家)は佐野さんの大ファンで、佐野さんのCD『Slow Songs』をはじめ、いろんなところで佐野さんについてのエッセイを書いています。佐野さんと対談もされていて(『小川洋子対話集』所収)、1993年にはこんな本も出しています。佐野さんの曲をもとにして彼女が書いた短編集。取りあげている作品は「アンジェリーナ」、「バルセロナの夜」「彼女はデリケート」「誰かが君のドアを叩いてる」「奇妙な日々」「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」「また明日…」「クリスマスタイム・イン・ブルー」「ガラスのジェネレーション」「情けない週末」。
ずいぶん前に読んだけど、一番印象に残っているのは「また明日…」。矢野顕子さんとデュエットした曲。たぶん矢野顕子さんの声が小川さんの耳に強く残ったんでしょうね。いかにも小川洋子さんらしい小説です。
[PR]
# by hinaseno | 2012-11-03 10:54 | 音楽 | Comments(0)

今日は『Ring-a-Bell』の2曲目、タイトルは「ばっちりキスしましょ」。
ちょっと変ったタイトルですね。ずっと昔、「がっちり買いまショウ」という番組がありましたが、そこにかけているんでしょうか。

ところで、僕は渡辺満里奈さんのことを実はほとんど知らないのですが、昨日ちょっと調べたら、彼女が結婚したネプチューンの名倉さんって姫路の人だったんですね。兵庫県の人だってことは知ってましたが、へぇ〜と思いました。ということは渡辺満里奈さんは何回かは姫路に来られているんでしょうね。

さて「ばっちりキスしましょ」の話。
でも、残念ながらこの曲、YouTubeにありません。
CDのブックレットには作詞:Lee David 日本語詞:能地祐子 作曲:Billy Roseと書かれています。もともとは外国の歌なんですね。でも、原題はどこにも書かれていません。渡辺満里奈ファンでこのCDを買った人は、きっとこの曲の原曲が何かはわからないんでしょうね。でも大瀧さんファンで買った人はこの曲の原曲が何であって、ナイアガラとどういう関係があるかはすぐにわかったはずです。あっ、やってる、やってる、って感じです。でも、このアルバムでこの曲をやっていることは、発売の少し前の達郎さんとの新春放談でかけてましたからアルバムを聴く前に知ってはいたのですが。

原題は「Tonight You Belong To Me」。アメリカのスタンダードでいろんな人が歌っています。僕が一番最初に聴いたのはシリア・ポールの歌ったもの。そう、大瀧さんはかつてプロデュースしたシリア・ポールのアルバムでこの曲を取りあげていたんですね。アレンジはかなり違いますが。ちなみに「ばっちりキスしましょ」のアレンジは大瀧さんではなく、『ロンバケ』以降の大瀧さんのほとんどの曲の弦アレンジをしている井上鑑さん。ですから、もちろん大瀧さんがこんなふううにやってという指示を受けてのアレンジだったと思います。

シリア・ポールのアルバムの大瀧さん自身が書かれたこの「Tonight You Belong To Me」という曲の解説には、こう書かれています。

私はペイシャンス・アンド・プルーデンスのもので知ったが、ナンシー・シナトラのヴァージョンがとても好きだ。


ここで、一応、ペイシャンス・アンド・プルーデンスとナンシー・シナトラの歌った「Tonight You Belong To Me」を貼っておきます。
まずはペイシャンス・アンド・プルーデンス。10歳と13歳の姉妹が歌っています。これも結構素敵です。


次に、ナンシー・シナトラです。彼女が歌ったものには邦題がついています。前に少し触れましたが彼女の曲の邦題は必ずフルーツに関するものになっています。この曲の邦題は「イチゴの片想い」。歌詞の中にイチゴなんて全然出てこないのですが。
ちなみに大瀧さんは「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「マイ・ジューク・ボックス特集」の3曲目でこのナンシー・シナトラの「イチゴの片想い」をかけています。本当にこの曲(特にナンシー・シナトラの歌ったのが)大好きなんですね。


なんと、あの「ドンドコランカンランタンタンタン」が聴こえてきます。アル・カイオラのやってるのとはちょっと違いますが、たまらないフレーズ。

ただ、大瀧さんがアレンジしたシリア・ポールの歌ったものは、ナンシー・シナトラのヴァージョンにもペイシャンス・アンド・プルーデンスのヴァージョンにも似ていません。実際にはロネッツというグループの歌った「Why Don't They Let Us Fall In Love」という曲のアレンジをほぼそのまま使っています。歌に関してはペイシャンス・アンド・プルーデンスの方を参考にしているようで、シリア・ポールのお姉さんがデュエットしています。
残念ながらシリア・ポールの「Tonight You Belong To Me」もYouTubeにはありませんでしたので、ロネッツの「Why Don't They Let Us Fall In Love」を貼っておきます。


ロネッツというのは大瀧さんが最も敬愛するフィル・スペクターがプロデュースしたグループ。シリア・ポールのアルバムの歌詞カードの表の一番はじめに大瀧さんはこう書いています。

私が少年時代に、一番影響を受けた。アルドン出版社のスタッフ・ライターの人達、そして今も尚”打ちのめされっ放し”のフィル・スペクターのサウンドに捧げます。


そう、シリア・ポールのアルバムの基本はスペクター・サウンドだったんですね。「夢で逢えたら」はその典型的な曲です。シリア・ポールの「夢で逢えたら」の話はまた後でも出てきますので、ここに貼っておきます。


渡辺満里奈さんが歌った「ばっちりキスしましょ」ですが、アレンジはナンシー・シナトラのヴァージョンをほぼ忠実に再現しています。ですから「ドンドコランカンランタンタンタン」が聴けるんですね。ちょっとうれしいです。

さて、「ばっちりキスしましょ」の日本語の歌詞とタイトルについて。
一応、能地さんの日本語詞を載せておきます。

愛のコトバひとつも ささやけない マジメな人
だけど 嫌いじゃない

「散歩しようよ」なんて 自分から誘っておいて
つれない顔しないで

気がかりなのは 彼女のことね
困った顔 カワイイ

キスしたくなる

すぐに気づいて
立ち止る瞬間に
わたし あなたのもの

静けさがひろがり とまどいのときめき
抱きしめかた 知らないのなら

おしえてあげる

ねぇ 今夜だけ 恋人のふり
楽しみましょう
はやく キスしたいのに
ばっちり
ステキなキス 期待しちゃうわ

タイトルも含めて「キス」がキーワードになっていることがわかります。でも、実は原曲の歌詞にはkissなんて語は一度も出てきません。僕の勝手な推測ですが、おそらく次の曲のために「キス」をキーワードにしたんですね。その話はまた次回に。

ちなみに原曲(ナンシー・シナトラの歌ったもの)の歌詞を載せておきます。

I know             

You belong to somebody else

But tonight you belong to me

And though we're apart

You’re part of my heart

And tonight you belong to me

Way down along the stream

How sweet it will seem

Once more just to dream

In the moonlight

My honey I know

With the dawn that you will be gone

But tonight you belong to me

Way down, way down along the stream

How very, very sweet it will seem

Once more just to dream

In the silvery moonlight

My honey, I know

With the dawn that you will be gone

But tonight you belong to me

Just to little old me

能地さんの書いた歌詞は内容的には原曲の詞とはほとんど関係ないことがわかります。訳詞ではないんですね。いくつかは原曲の音をとっています。たとえば最初の”I know”を「愛の」としたりとか。”And though”のところを「散歩」にしてるのも音の響きを大事にしていることがわかります。
「『散歩しようよ』なんて自分から誘っておいて」の部分は大瀧さんの『ロンバケ』の中の「FUN×4」という曲の「『散歩しない?』って呼び出されて」の歌詞に少しつながります。
で、”But Tonight”の部分が「ばっちり」になったんですね。そして「キス」というキーワードをくっつけて「ばっちりキスしましょ」というタイトルになった。

能地さんは、このアルバムでは1曲目の「金曜日のウソつき」と2曲目の「ばっちりキスしましょ」と4曲目の「約束の場所まで」の歌詞を書いています。
次回はその間に挟まれた曲の話になります。曲を作ったのは、能地さんの大好きな佐野元春。詞も佐野さんが書いています。ちなみに岡山出身の作家、小川洋子さんも佐野元春の大ファンで、佐野さんに関する本も出しています。

最後に「Tonight You Belong To Me」のこと。これを日本語にきちんと訳したら「今夜あなたはわたしのもの」となりますね。男言葉にすれば「今夜君は僕のもの」。
「今夜君は僕のもの」といえば、この曲ですね。『Ring-a-Bell』の翌年の1997年に発売されました。ある日の晩、たまたまつけていたテレビからこの曲が突然流れてきたときは腰が抜けました。


a0285828_9114455.jpg昔、大貫妙子さんの番組に大瀧さんが出たとき、この曲がかかって曲の最後に出てくる「今夜君は僕のもの」という歌詞について、大貫さんから、私はそういうストレートな表現はできないって言われて大瀧さんもちょっと困っていましたが、英語の詞を日本語にそのまま直すと、ダサくなってしまうんですね。僕もこの夏、石川さんとの「遊び」で経験しました。









ついでなので、最近僕が好きなズーイー・デシャネルが「Tonight You Belong To Me」を歌っているのがあったので貼っておきます。デュエットの相手は男優? ズーイーは若いのに、彼女の音楽的な趣味はいつも僕のつぼにきます。

[PR]
# by hinaseno | 2012-11-02 09:08 | 音楽 | Comments(0)

大瀧さんのプロデュースで1996年にリリースされた渡辺満里奈の「Ring-a-Bell」の話。
まず、1曲目。タイトルは「金曜日のウソつき」。
作詞は能地祐子、作曲は萩原健太。


サビの部分以外は全て語りという曲。 『ナイアガラ・トライアングルVol.1』にもそういう曲があります。「遅すぎた別れ」という曲。曲を書いたのは山下達郎、作詞は伊藤銀次。


達郎さんはサビの部分で歌っていますが、語りは別の人。伊藤銀次さんです。銀次さんの方が雰囲気がよかったということで、このような形になったとのことです。
さて、「金曜日のウソつき」は別にこの曲のパロディではありません(たぶん)。作曲した萩原健太さんは音楽評論家でプロデューサー。僕は『ロンバケ』で大瀧さんに興味を持って、しだいに大瀧さんの過去にも興味を持つようになって、そのときにたまたま書店で手にとったのが萩原健太さんの『はっぴいえんど伝説』という本でした。1983年発行の本ですが、たぶん発売されて間もない時期に買っていると思います。
a0285828_8541067.jpg
「はっぴいえんど」というのは大瀧さんがソロになる前に在籍していたグループ。大瀧さん以外には細野晴臣さん、松本隆さん、鈴木茂さん。すごいメンバーです(「はっぴいえんど」の名前は川本三郎さんの『マイ・バック・ページ』にも出てきます。川本さんはライブ会場で「はっぴいえんど」の演奏を見てるんですね)。でも、この本を手にとるまでは全くそのグループのことを知りませんでした。そして著者である萩原健太さんのことも、やはり全く知りませんでした。たぶん、この本は萩原健太さんの出した最初の本だと思います。で、結果的には、この本を最初に手にとったと言うのはラッキーだったと思います。萩原健太さんは、特に大瀧さんの音楽の最高の理解者の一人でしたから。この本があったから、大瀧さんの過去の音楽を正しく理解できたように思います。今では、この本はもうぼろぼろです。たぶん僕の持っているあらゆる本の中で、最も手にとった回数が多いのではないかと思います。
この本がきっかけで、音楽評論家の中で萩原健太さんは信用できる人になりました。当時買うようになった『レコード・コレクターズ』や『ミュージック・マガジン』でも、まず健太さんが書いたものから読むようになりました。それからもう一人、それらの雑誌に文章を書いていた音楽評論家で、感覚的に僕に合う人がいました。それが能地祐子さん。実はこの2人、後に結婚されていることを知り、本当にびっくりしたことを覚えています。
能地さんも、やはり大瀧さんの音楽を本当によく理解している人。それから特に佐野元春さんを敬愛されている人でもあります。その一方でアイドル、特に女性アイドルの音楽にも詳しくて、その関係の本もいくつも出されています。何人かの女性アイドルとは個人的な親交も持っていたように思います。渡辺満里奈さんもその一人だったかどうかはわかりませんが、「金曜日のウソつき」は、そんな女性アイドルとの交流があったからこそ出てきたような歌詞だろうと思います。
萩原健太さんも能地さんも年齢的には大瀧さんよりもずっと下ですが、音楽的な趣味も近かったことから、大瀧さんといろんな形で交流を深められていったようです。健太さんはある時期からDJをされるようになり、ずっとDJをされていた大瀧さんにとっては、いい後継者と見られていたんだろうと思います。毎年新春に大瀧さんと山下達郎さんがやっている新春放談が、山下さんのもっている番組がなくなった数年間、萩原健太さんの番組の場を借りて、3人でやっていたことがあります。そのときに大瀧さんは健太さんがギターも弾けて曲も作れることを知り、で、渡辺満里奈さんのアルバムをプロデュースすることが決まったとき、じゃあ1曲作ってよ、ってことになったのではないでしょうか。
「金曜日のウソつき」は、健太さんらしいギターサウンドが前面に出た曲作りになっています。ただし、この曲で実際にギンギンにギターを弾いているのは健太さんではなく、おそらくは「はっぴいえんど」のメンバーの一人、鈴木茂さんだろうと思います。

さて、この曲の「ヒミツ」はバックコーラスにウルフルズがいることです。ウルフルズは1995年という、たぶん阪神大震災やオウムによる地下鉄サリン事件でかなり暗い年の最後に「ガッツだぜ!!」という曲をヒットさせてブレイクします。実はその前、まだ売れていないときにウルフルズは大瀧さんの曲を2曲カバーしているんです。一つは「びんぼう」という曲のカバーした「びんぼう’94」。もう一つが「福生ストラット(パート2)」をカバーした「大阪ストラット(パート2)」。
一応、「福生ストラット(パート2)」と「大阪ストラット(パート2)」を貼っておきます。




大瀧さんの「福生ストラット(パート2)」のころころ転がるようなかっこいいピアノを弾いているのはつい先日亡くなられた佐藤博さんです。

さて、大瀧さんの曲をカバーしたからといっても、それだけでは大瀧さんとの「縁」は不十分。もう一つ、強い縁があったんですね。それが伊藤銀次さん。銀次さんが当時のウルフルズのプロデューサーをしていたんですね。さっきのウルフルズの3曲もすべて銀次さんがアレンジに参加しています。
銀次さんは山下達郎さんと大瀧さんとのつながり、それから佐野元春さんと大瀧さんとのつながりにも重要な役目(と言っても多くは偶然)を果されています。まさに「つながり」の人です。考えてみると、銀次さんは「笑っていいとも」のテーマソングも作られています。あれもまさに「つながり」の番組ですからね。もちろん銀次さんが確かな眼と耳を持っていた人であり、大瀧さんがそのことに対しての確かな信頼を持っていたことは言うまでもありません。


ということもあり、ウルフルズはこの曲にコーラスで参加します。と、知ったようなことを書いていますが、『Ring-a-Bell』が出た当初、ウルフルズも「ガッツだぜ!!」も「大阪ストラット(パート2)」も知りませんでした。知ったのはかなり後。

ところで、「金曜日のウソつき」のところどころで聴かれるトータス松本さんの声。なんとなく布谷文夫さんの声とかぶります。

毎回2曲ずつ紹介しようと思ったんですが、長くなったので今日はここまでにしておきます。
[PR]
# by hinaseno | 2012-11-01 08:59 | 音楽 | Comments(0)

ナイアガラ関係のヒミツ・シリーズ、第2弾です。
なんてことを言っても、たいしたことはありません。前回の「快盗ルビイ」も、大瀧さんがラジオで語られていたことをまとめてみただけ。
今回もなんだ、そんなことかと、知ってる人からすれば、きっと何の発見もないようなことだろうと思います。でも、まあ自分なりのまとめとして。

昨日、「鐘」の音が聴こえる曲として、最後に大瀧さんが作った渡辺満里奈の「うれしい予感」という曲をちょっとだけ紹介しました。
「うれしい予感」が発売されたのが1995年の2月。
1995年の2月といえば、まさに...ですね。
そう、今、まさに松たか子さんが朗読している村上春樹の「蜂蜜パイ」を収めた『神の子どもたちはみな踊る』の作品がすべて1995年の2月を扱った物語。でも、それらは4年後に書かれた村上春樹の想像の物語。「うれしい予感」は、実際の1995年の2月の物語。その結果、プロモーションも十分に出来なかったりと、いろんな意味でちょっと不幸な作品になっています。牽強付会的に言えば、この曲の鐘の音は、ひとつには震災で亡くなった人への鎮魂の鐘、そしてもう一つは次なる大きな事件の「警鐘」の鐘となっています。もちろん曲を作ったのは何ヶ月も前のことだとは思いますが。

a0285828_9211100.jpgさて、翌年、その曲を収めた渡辺満里奈のアルバムが発売されました。全曲大瀧さんがプロデュースしています。と言っても、全部で6曲ですから、ミニ・アルバムですね。大瀧さんの作った曲は「うれしい予感」だけ。あとの5曲のうち編曲に関わっているのが2曲。でも、やはり本当にうれしかったです。本当に久しぶりに聴くことの出来たナイアガラ・サウンドでしたから。

アルバムのタイトルは『Ring-a-Bell』。昨日書いたブログのタイトルです。
“ring a bell”というのは「鐘を鳴らす」という意味。アルバムには「ring a bell」というタイトルの曲もありませんし、どれかの曲の歌詞の中に“ring a bell”という言葉も出てきません。となると、この”Bell”は「うれしい予感」の最初の鐘しかないですね。「鐘」を意識して作られていることは確かですね。本当はあの「鐘」の音に、どういう意味を含ませていたのでしょうか。
ところで、“ring a bell”にはもう一つ「以前に聞いたことがある」という意味があることがわかりました。「以前にどこかで聴いたことがあるでしょう」と、記憶の深い部分に沈み込んでいるものを呼び起こすための鐘の音。
考えてみれば、何年かぶりに聴くことのできたナイアガラ・サウンドで、さまざまな記憶にうずもれた音や声を聞いたような気がしました。

というわけで、何回かに分けて『Ring-a-Bell』の楽曲について僕が気がついたことを書いてみたいと思います。
ポイントはシリア・ポールとナイアガラ・トライアングル。

シリア・ポールのことは以前に何度か触れました。『Ring-a-Bell』はシリア・ポールさん以来の、大瀧さんが全曲プロデュースした女性アーティストのアルバム(ちなみに松田聖子の『風立ちぬ』は片面だけのプロデュース)。ですから、『Ring-a-Bell』を作るときに、大瀧さんがシリア・ポールのアルバムのことを強く意識されていたことは確かだろうと思います。でも、この『Ring-a-Bell』には大瀧さんが作った2枚の『ナイアガラ・トライアングル』に関わった人たちが、いずれも表には出てこない形で、ひっそりと影のように入り込んでいます。
『ナイアガラ・トライアングル』を簡単に紹介しておくと、その「VOL.1」が出たのが1976年の3月。『Ring-a-Bell』はそれからちょうど20年後の3月に発売されていますね。
メンバーは大瀧さんと山下達郎さんと伊藤銀次さん。トライアングルというのは三角形ですから3人のアーティストで1枚のアルバムを作っているんですね。
ただし、「VOL.1」にはもう一人、忘れてはならないアーティストが参加していました。今年の1月に亡くなられた布谷文夫さん。アルバムの最後に収められた大瀧さんの作った「ナイアガラ音頭」という曲を歌っています。布谷さんはこの曲以外にも大瀧さんの作った音頭や、きわめて土着性の強い歌を何曲か歌っています。あるいは独特の声(特に「アミ〜ゴ」)は、大瀧さんの作った楽曲のいろんなところに、あたかも一つの楽器の音のように入れられています。
『ロンバケ』から大瀧さんファンになった人間にとって、それらの曲、あるいは布谷さんの声というのは、ある意味、極北でした。そこに辿り着けずに中途半端なナイアガラ・ファンにとどまるか、どんな形であれそこまで辿り着くか。僕自身、もちろん何度も引き返しました。具体的に言えば、その曲はとばすという聴き方をしたわけですけど。何で、大瀧さんはこんな曲を作らなければならないんだろう、何でこんな人に歌わせているんだろう。そればかり考えていました。
でも、今にしてみれば大瀧さんにとって布谷さんというのはなりたくてもなれなかった、もう一人の大瀧さんだったんだと思います。日本という国で、あれだけ強烈な土着的な声を持っていたのは、あとにも先にも布谷さんだけでしょうから。目の前で布谷さんの歌うのを聴いたら本当にすごかっただろうと思います。

ところで、『ナイアガラ・トライアングル』は1枚目が出たとき「Vol.1」とタイトルが付けられましたか、果たして「Vol.2」が出るなんて、大瀧さんは考えられていたでしょうか。ただ単に3人集まってアルバムを作るというのではない、偶然であるにもかかわらず必然としか思えないような「縁」によって結びついた関係ができなければ作りえないものでしたから。
でも、出来たんですね、「Vol.2」が。

「Vol.2」が発売されたのが1982年の3月。今年がちょうど30周年です。
メンバーは大瀧さんと佐野元春さんと杉真理さん。この3人がいかにして結びつくことになったかは、今年発売された『レコード・コレクターズ』という雑誌の4月号で詳しく語られています。どうしようもないくらいに興味深い話が次から次へと出てきます。大瀧さんの言葉でいえば、尻尾をつかんだことによってつくられた縁がなければ、こういうアルバムを作るのは無理なんだと言うことがよくわかります。

では、次回からはそれぞれの楽曲の説明へ。
今日の最後は、先程触れた 『ナイアガラ・トライアングルVol.1』の最後に収められた「ナイアガラ音頭」を。リード・シンガーは布谷文夫さんです。

[PR]
# by hinaseno | 2012-10-31 09:24 | 音楽 | Comments(0)

  Ring-a-Bell


松本竣介という画家の話をする前に、昨日書き落としていた川本三郎さんの『それぞれの東京』という本の内容のことを。この本は、どの人の章も川本さんならではの視点で語られたとても興味深いものなのですが、もう一つ大好きなページがあります。
それは「小さな『わが町』の集まり」と題された「あとがき」です。
たった2ページの文章なのですが、東京への愛があふれているんですね。おそらくは川本さんが愛してきたいくつもの場所が損なわれているのを目の当たりにし続けてきたにもかかわらず。
この「あとがき」の最後の方にこんな言葉があります。僕の東京に対する見方を変えた言葉でした。

この本を書いていて気がついたことがある。大都市である東京も、よく見れば小さな町、歩いて暮らすことの出来る「わが町」の集積である。大きな東京の中の小さな東京にこそ惹かれる。


さて、この本で川本さんが取りあげられた松本竣介の作品は次のようなもの。
「郊外」「街」「橋(東京駅裏)」「ニコライ堂」「ニコライ堂の横の道」「ニコライ堂と聖橋」「市内風景」「議事堂のある風景」「駅」「Y市の橋」「運河風景」「鉄橋風景」「新宿の公衆便所」。本に写真が載っているのは「ニコライ堂の横の道」。
a0285828_9549100.jpg僕は『それぞれの東京』を読んだとき、これらの絵のいくつかをネット上で見て、ずいぶん引き込まれました。松本竣介の名前は頭に残りませんでしたが、彼の絵、とくに「ニコライ堂」関係の絵はとても印象深いものがありました。確かニコライ堂はブラタモリでも出てきておっと思った記憶があります。川本さんは松本竣介に最も良く似ている画家としてアンリ・ルソーをあげています。

話は少しそれますが、僕は先日来ずっと古関裕而の曲を聴き続けていて、万歩書店さんに行ったときも、つまり松本竣介のことを書いた店主さんのツイートを見たときも古関裕而の曲を聴いていました。
古関裕而は先日も書いたように、マーチ、応援歌、あるいは軍歌のような勇ましい曲が多いのですが、車の中で聴いていたのは歌謡曲の方。で、古関裕而の歌謡曲にはタイトルに「鐘」という言葉がついた曲、あるいは歌詞に鐘が出てくる曲がいくつもあることに気づきました。有名なのは「長崎の鐘」とか「フランチェスカの鐘」でしょうか。古関さんは詞を書きませんし、古関さんの曲の作詞者はいろんな人がいるのですが、なぜか「鐘」に関する曲が多い。歌手が同じならば、そういうのはよくあるパターンなのですが、歌手もさまざま。
僕の持っているCDにも入っていない曲もふくめてみると相当数あります。古関さんが楽曲を担当していた連続ラジオ・ドラマ「鐘の鳴る丘」(主題歌は「とんがり帽子」)の影響でしょうか。古関さん自身も本の中で「偶然、私の作曲のタイトルに鐘がつくものが多い」と書いていて、それを不思議がっています。ちなみにその本のタイトルの副題は『鐘よ鳴り響け』、やはり「鐘」があります。


そして、そんな「鐘」に関する曲の中に「ニコライの鐘」という曲がありました。僕の持っていたCDに入っていたので、この曲を聴いたとき、あっ、ニコライ堂とすぐに思いました。歌っているのは藤山一郎。作詞家の門田ゆたかは先日触れた、やはり藤山一郎が歌った「東京ラプソディ」の詞を書いた人です。古関裕而と松本竣介が「ニコライ堂」でつながりました。


ところで松本竣介は今年、生誕100年とのこと。僕の持っている古関裕而のCDも生誕100年を記念して3年前に出たもの。2人は生まれも近いんですね。
それだけではなく、松本竣介は東京で生まれましたが2歳のときに岩手県に移り住んでそこで育っています。つまり彼も「東北人」なんですね。

松本竣介は19歳のときに画家を志して上京します。昭和4年のこと。昭和4年に上京した人と言えば木山捷平ですね。木山さんは1904年、日露戦争の年の生まれですから上京したのは25歳。ちなみに古関裕而は昭和5年、彼が21歳のときに福島から上京しています。最近関心を持った人たちが、それぞれ志しているものは違うけれども、ほぼ同じ年に上京しています。古関裕而は上京したとき阿佐ヶ谷に住んでいます。木山さんは昭和5年に中央線沿線の大久保、そのあと昭和6年に阿佐ヶ谷近くの馬橋に移り住んでいます。松本竣介は昭和4年に上京してきて最初に住んだのが池袋、それから豊島区長崎に住んでいます。半径1里(4km)くらいのところに3人が同じ時期に住んでいるんですね。1里なんて木山さんにとっては散歩の距離。
そういえば昭和7年の木山さんの日記を読んでいたら、こんなことが書かれていました。11月20日(日)の日記です。

一時半より早慶戦のラジオをきく。二対一早稲田の勝。


木山さんは姫路の師範学校なんて行きたくはなくて本当は早稲田に行きたかったんですね。結局、早稲田には父親の強い反対で行けなかったけれども、どうやらずっと早稲田のことを気にかけていたようです。この時期には早慶戦はものすごく盛り上がっていたみたいですね。プロ野球はまだ発足していません。古関裕而が早稲田の応援歌である「紺碧の空」を作ったのは昭和6年。ということは、この早慶戦では「紺碧の空」は歌われているはずで、木山さんもきっとそれを聴いていたはず。もしかしたら木山さんもラジオから流れてくる「紺碧の空」に合わせて一緒に歌ってたかもしれません。

ところで、古関裕而の「鐘」に関する曲は、さっきの「とんがり帽子」にしても「ニコライの鐘」にしても、鐘の音で曲が始まるものが多いです。
大瀧さんの作った曲にも最初に鐘の鳴り響く曲があります。渡辺満里奈が歌ったこの「うれしい予感」という曲。「ちびまる子ちゃん」の主題歌ですね。詩を書いたのは原作者であるさくらももこさん。途中で大瀧さんの声「あの子に」が入ります。

鐘の音には、何かを知らせる意味と、何かを鎮魂する意味があります。この曲の最初の鐘の音は果たして...。

[PR]
# by hinaseno | 2012-10-30 09:16 | 全体 | Comments(0)