Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

a0285828_14113275.jpg

本来であれば昨日はこの話をブログにアップするつもりでしたが、関口直人さんのことであまりにもびっくりしたために急遽そちらのほうを載せることにしました。そうしたら昨夜、アゲインの石川さんから電話があったかと思うと、急にどなたかにかわられて…、なんとそれが関口直人さんだったんですね。2日続けて腰が抜けてしまいました。あまりに急なことで舞い上がってしまって、その後も興奮してなかなか眠りにつけませんでした。だって、当たり前ですよね。大瀧さんと一緒に仕事をされていた方でもあるし、シリア・ポールがいた伝説の存在であるモコ・ビーバー・オリーブに曲を書かれていた方でもあるし、そしてそのお父さんである良雄さんはあの木山捷平や上林暁との交流をもたれていた方なのですから。ああもう死んでもいいです、と石川さんに思わず言ってしまいました。

ところで、つながりついでのことになりますが、関口良雄さんの「昔日の客」の最初に出てくる話は「正宗白鳥訪問記」。関口良雄さんが作家の正宗白鳥の家を訪問したときの、とても微笑ましいエピソードが書かれています。この正宗白鳥の出身地が、木山捷平と、つまり僕と同じ岡山なんですね。しかも正宗白鳥は、今、僕がブログで書き続けている三石のある備前市の出身。三石からは車で10分くらいのところです。生家が今も残っているとのことなので、いつか必ず行ってみたいと思っています。ちなみに木山さんとも交流のあった藤原審爾の生家も白鳥の生家のすぐ近くです。そしてその備前市には大瀧山福生寺という、偶然というにはあまりにも奇跡的な名前の、僕が子供の頃から何度も行っていたお寺があるという。なんという不思議なつながりなんでしょう。
とにかく僕もこの素晴らしい出来事があった証拠として、今朝石川さんのブログに掲載されたこの写真を載せておきます。右がアゲインの石川さん、そして左が関口直人さんです。
a0285828_892640.gif

翌日、石川さんよりもう1枚送っていただいたので、そちらも載せておきます。
a0285828_20263185.jpg

これが本物の関口さんですよって、指をさされているみたいですね。

さて、話は小津の「早春」のことに。
一昨日まで書いたことというのはこの数ヶ月の間に確認したことをまとめたものなのですが、まとめつつ、なんとなく腑に落ちないものを感じていました。このままではたぶん、次に三石に行って映画の最後の場面で上りの汽車が走る風景を撮った場所は、つまり小津が三石に来てその風景を撮るために櫓を建てた場所はここでした、という話で終わりそうになってしまう。

そもそも僕がこのような形で「早春」の研究を始めたのは、大瀧さんの成瀬・小津研究でした。僕のような地方に住んでいる人間にとって、大瀧さんが確認された場所を見て回ることはできません。でも、大瀧さんがそこでとられた手法を自分なりに生かすことができないだろうか、というのがそもそもの出発点でした。で、前から気になっていた三石を舞台にした「早春」に当てはめてみたんですね。そこならば何度も足を運ぶことができると。そうしていくつかの場所、いくつかの事柄を発見したり確認したことをまとめたのが前回までのものでした。
でも、正直、そこまでは時間があればだれでも調べられることです。比べることがそもそもの間違いだとはいえ、大瀧さんの研究とは決定的に何かが違っている、決定的な何かが欠けていると思いました。ただ時間をかけただけではない、研究の姿勢が決定的に違っているなと。

大瀧さんの研究(映画に限らない)では、しばしば「あたりをつける」という言葉が出てきます。ただやみくもに歩かれたり調べられたりされているわけではなく、「あたり」をつけたうえでの行動をとられているんですね。そしてそれはだいたいにおいて的中しています。
では、どうやったらあたりをつけられるかというと、小津の研究に関して言えば、大瀧さんがしばしば語られていたように小津になってみる、ということなんだろうと思います。成瀬研究であれば成瀬になってみる、そしておそらく、先日放送されたアメリカン・ポップス伝でも、その内容が石川さんの指摘されていたように深い物語性をもっているのは、おそらくそこに登場してくる何人ものミュージシャンや関係者に「なってみる」ことをしていたからこそ、あれだけの(大きなものから小さなものまでを含めた膨大な)つながりを発見されていったのだろうと思います。もちろん「なってみる」にはそれなりの膨大な知識と経験が必要なことは言うまでもありませんが。

で、「早春」と三石のことに関して、それは映画のほんの数分の場面とはいえ、小津になって考えてみたいと思いました。そうすればもしかしたら、映画の最後の場面の、上りの汽車が走る風景を撮った場所の「あたりをつける」ことができるのではないかと。
つまり、池部良の下宿として設定した場所と、その下宿の2階のセットと、その下宿から見た汽車の走る風景を実際にとった場所には小津なりの何らかの必然的なつながりがあるのではないだろうかと思いました。小津ならば、ほんの数分の場面であっても、こだわった何かがあるはずだと。
そこで、ふと気がついたのが、DVDのジャケットにも使われている、池部良と淡島千景が下宿から電車を眺めているこの写真。a0285828_8174890.jpg窓から外を眺める場合、普通であれば窓に正対するはず、しかもセットなのですから、そこから見ている風景は実際のものとは関連性がないのですが、この写真の2人はかなり斜めの方向を向いていることがわかります。背後の壁のかど、そして最大のポイントは襖に吊るしている淡島千景のワンピースですね。セットであればこれほど無理な方向を向かなくてもいいはずなのに、小津はあえて2人をその方向に向かせている。ここに何か手がかりがありそうな気がしました。
a0285828_8212987.jpg
それで、小津はセットの部屋でも、かなり細かく部屋の構造を考えるということを以前読んだことがありましたので、映画を見てのわかる範囲で部屋の見取り図と、池部良と淡島千景の2人の動きを示したものを描いてみました。そして最後の場面の二人の視線の方向も。

















そして次にこの家を実際の地図の家の場所に置いてみたらおもしろいことがわかりました。
a0285828_823269.jpg

2人はすぐ前の線路ではなく、部屋の窓からはかなり斜めの方向の、地図上では南の方向の線路を見ていたことがわかりました。でも、この方向でも、下宿のあった場所から線路までは近すぎて、あの風景にはなりません。あの風景は、反対側の山の麓あたりでとったはずですから。
で、その視線の方向の線を地図で逆に辿ってみたら、ちょうど赤のマルで囲んだ辺り、ホシレンガという工場の背後辺りになります。そこから試しにGoogle Earthであの線路の方向を見たら、それらしい山並みが!
実はこのホシレンガの背後の場所は前回、行っているんです。でも、まさかあの方向だとは思わず、三石駅のある方向、あるいはそれよりも北の方向を見ていました。

この、あたりをつけた場所が、あの風景を撮った、櫓を建てた場所であるかどうかは次回、彼岸の頃に岡山に戻るときに確認してみたいと思っています。当たっていたらうれしいですね。

当たっていることを前提にして考えるならば、小津はまずあの汽車が走る風景を撮れる場所を、あのホシレンガの背後辺りに見つけた。そしてそのライン上にあって、背後に三石の煙突が見える工場付近の家として、あの下宿の場所を見つけた。そしてその下宿の2階のセットでも、あの場所の家であることを考えながら、2人の視線をあの方向に向けさせたのだろうと。

次に三石に行ってみるのが楽しみです。
[PR]
# by hinaseno | 2012-09-15 08:26 | 映画 | Comments(0)

関口直人さんのこと


今朝起こった信じられないようなすごい話のことを。

この話のきっかけは、先日アゲインの石川さんに送っていただいた1977年6月14日と21日の2回にわたって放送された大瀧詠一の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「シリア・ポール特集」でした。特集では、大瀧さんとシリアで、大瀧さんのプロデュースで作られたシリア・ポールの出たばかりの新しいアルバムを紹介しつつ、2人に関わった人たちとの不思議なつながりが語られます。亀渕昭信や朝妻一郎や布谷文夫さんの名前も出てきます。どれも運命的としか言いようのない話ばかり。いつも思うことですが、大瀧さんという人の周辺には、「縁」と一言で言えばそれまでなのかもしれないけど、不思議としか言いようのない人とのつながりが多すぎますね。そんな話の中で関口さんの名前が出てきました。
CM関係の仕事に関わっている関口さん、という言葉。はっと思いました。その関口さんは、以前にシリアがいたモコ・ビーバー・オリーブというグループに曲を書いているんですね。その「海の底でうたう唄」という曲が番組でかかります。


実はこれを聴いたのが仕事帰りの車の中だったので、家に戻ってすぐに確かめました。やはり、間違いない。関口直人さん。

関口直人さんの父親は関口良雄さん。東京の大森で山王書房という古本屋をされていた人。関口良雄さんのことを知ったのは夏葉社から一昨年に復刻された「昔日の客」という本です。
a0285828_1156240.jpg

夏葉社という出版社は、2年前に出たマラマッドの「レンブラントの帽子」という本をきっかけにして知りました。夏葉社の出した最初の本ですね。表紙が和田誠さんの絵だったので手にとりました。考えてみたら、和田誠さんというのをきっかけにしていること自体、ナイアガラ、あるいは村上春樹につながる要素を持っていましたね。
で、その夏葉社の2冊目の本が、関口良雄の「昔日の客」でした。僕が読んだのは今年の春だったと思います。そしてその「昔日の客」の最後に文章を書かれていたのが関口直人さん。亡き父のことを語られた文章がとても感動的なものであったこともそうですが、その中でCM制作に関わられていたことが書かれていて、それを心に留めていたんですね。で、「CM」、「関口さん」という大瀧さんの言葉でつながったんです。
関口さんは大瀧さんがCMソング作りに関わっていたときに一緒に仕事をしていた大森昭男さんのところでアシスタント・ディレクターとして働かれていたんですね。大瀧さんは冗談っぽくだけど関口さんを「アゴでこき使った」って言ってます。でも、大瀧さんも関口さんとの不思議な縁に驚かれています。

僕の持っている大瀧さん関係のもので関口さんの名前がどこかにないかと思って探したら1つありました。「EACH TIME SINGLE VOX」の中に収められたクレジットカードの右下の「駅売り愛読 者一覧」の中にいます。Cider Trioの一人として。
a0285828_1281371.jpg

関口直人さんの父親の関口良雄さんは古本屋を営んでいたこともありますし、何よりもお人柄がものすごくよかったことで、数多くの著名な文学者との交流をもっています。そんな人たちとの交流をえがいたのが「昔日の客」ですね。夏葉社から著書が出版されている上林暁さんも登場します。

僕が関口良雄さんの本を読んでいて一番好感を持ってしまうのは、関口さんがまだ親しい関係にはなっていない(かなり偉い)文学者の家に行ってはじめて酒を飲んで、酔ってしまうと必ず歌を歌っていいですかと言って、立ち上がって手をふりふり歌うところですね。そんな場面を描いたものがいくつかあったと思います。
そして実は、関口さん、僕が今一番関心を持っている木山捷平とも交流があったんですね。つい最近知ったばかりです。上に貼った「昔日の客」の左の、関口さんと交流のあった人たちが関口さんとの思い出を語った「関口良雄さんを憶う」(これも夏葉社の出版です)には、木山さんの奥さんのみさをさんが文章を書かれています。
それによると関口良雄さんは、昭和40年1月20日に初めて木山さんの家を訪問しています。他の2人と上林暁さんの病床を見舞われた帰りに木山さんの家に立ち寄られたとのこと。こんなエピソードが書かれています。木山さんと少し酒を飲んだ後のことです。

しばらくして関口さんは誰にいうとなく『歌をうたってもいいでしょうか』と言われた。そして『佐渡おけさ』『山中ぶし』をうたわれた。目をつぶって、少し顔をふせるようにして、嫋々とした哀切な正調の節廻しに、一同はうーんと、うなった。「これほどの低音でしかも素人ばなれした歌声に感嘆したことであった。

関口さん、木山さんの家に初めて行った日にもいきなり歌ってるんですね。でも、不思議なことに、この日の木山捷平の日記には関口さんが来たことは一切書かれていません。
木山さんの日記に出てくるのは昭和41年3月7日です。

近藤良夫氏と関口良雄氏、岡本功司氏と3人で上林暁氏を見舞った。(顔色よく安心した。別途にねたまま)3人と帰宅して一杯やった。関口良雄氏談。『野』小生の処女詩集1冊出たので3980円とつけたが、4500円で他の人におちたと残念がっていた。この本は昭和4年の粗末な装幀が逆に人気があった。 

古本のオークションで落札できなかった話ですね。50年近く前での4500円ってすごいですね。今だったら、その10倍以上? あるいはもっと上?
ちなみに「昔日の客」が最初に出たときの出版社は三茶書房で装幀が山高登です。これはここでも前に触れた村上春樹が古本屋で買った箱入りの「木山捷平全詩集」と同じです。
夏葉社の「昔日の客」には山高さんの大森を描いた装画が載っています。

最後に、その夏葉社の「昔日の客」の最後の「復刊に際して」と題された関口直人さんの文章を引用します。

 亡くなる十日ぐらい前でした。真夜中に仕事から帰ると、父は眠れずに目を開けていました。足の裏を揉んであげると、気持ち良さそうな表情を浮かべながら静かに話してくれたのです。「どんなものでもいいから、お前は詩を書け。詩を書くことによって、お前の人生は豊かになる」、窓のカーテンが時折り緩やかに揺れ、月の光が差し込んでいました。「分かった。書くよ」と、私は答えました。
 数年経って父との約束を思い出し、俳句を詠みながら酒を飲む会を始めました。その会も来月、節目となる三百回を迎えます。またひと頃、日記のような短歌を夜毎に一首詠み、千首連ねたこともありました。するとそれを知ったプロデューサーから、突然作詞の依頼が来たのです。長らくCM音楽制作をしてきた私は、作曲の仕事はしていましたが、作詞は殆ど初めてでとても遣り甲斐のあるものでした。
 思えば約三十年の月日が経ち、私が間もなく父の年になろうとしていた頃です。「アニー・ローリー」というスコットランド民謡の美しい旋律に新しい歌詞を書きました。父の遺言として大事な言葉を受け止めた夜のことを思い出した時、「父の言葉」という歌が生まれたのです。「俺はお前の中にいつまでも生きているからな」と言って去って行った父は、歌の中にも生きてくれていると、口ずさむ度に実感しています。 

この「父の言葉」という曲、関口直人さんの歌で、YouTubeで聴けるんですね。

関口直人さんの文章を読んでこの曲を聴くと、なおさらぐっとくるものがありますね。

最後に、もう一つの不思議な偶然のつながりがありました。
関口さんのお父さんが亡くなられたのは、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「シリア・ポール特集」があった1977年6月のほんの2ヶ月後の1977年の8月のことでした。本当に不思議なつながりの連鎖を感じます。そしてその中に僕も少しだけ入り込んだような気もしています。
[PR]
# by hinaseno | 2012-09-14 12:20 | 全体 | Comments(0)

a0285828_1410434.jpg

「早春」の映画に出てくる、池部良の三石での生活をとらえた3つめの場面。映画のクライマックスです。
a0285828_938359.jpg
下宿に戻った池部良は「ただいま」と1階にいるはずの人(大家さん)に声をかけて、家の中にある階段を使って2階に上がっていきます。彼がこの家の2階に下宿していることがわかります。


a0285828_9395956.jpg
で、これが2階の下宿している部屋に上がってきた場面。襖に女性のワンピースがかけられていて、その下には大きめの鞄がいくつか置かれています。池部良には気づかない形で、すでに奥さんである淡島千景が三石にやってきていることを映画を見ている人に知らせています。おもしろいですね。

そして手前の部屋に入ってきてしばらくして池部良はそれらがあることに気づきます。この瞬間の彼の表情も含めて、僕はこの場面がたまらなく好きです。
a0285828_9413771.jpg

で、淡島千景が階段から上がってきて、2人は三石で再会します。
そしてこんな会話が交わされます。
「狭い町だぜ」
「さっき買い物に出て見てきたわ」
「ここで2、3年も暮すとなると、大変だよ」
「そうね、でもいいわよ、お互いに気が変わって」

a0285828_9442768.jpgこの後、汽笛が聞こえて2人は並んで下宿の2階の窓から汽車が走る線路を眺めます。この映画の最大のクライマックスです。






a0285828_9453272.jpg
ここで池部良が淡島千景をそっと抱き寄せて汽車を眺める場面は、「早春」の映画を代表する場面として、僕の持っているDVDの表紙を含めて最もよく使われています。






a0285828_951393.jpg
この2階の部屋から2人が見つめている上りの汽車が走る風景が先日示したこの場面です。ある意味では「早春」という映画の最も大事な場面といえるかもしれません。小津が三石にやってきて、まず探したのは山間の町を汽車が走る風景を最もいい場所を探すことだったのでしょう。

僕は池部良の下宿のあった場所を見つけたとき、そこが山陽本線に近すぎることがすぐにわかりました。あの場面はここにあったはずの家の2階からとらえられた風景ではないと。セットだったんですね。あの2階は。
三石での歓迎レセプションのときの写真を見てもわかるように、淡島千景は三石には来ていなかったんですね。まだ、あの場所を確認する前、淡島千景のインタビューなどいろいろ探していたのですが、三石に関する話が一切見つからないはずでした(池部良は著作も多く、「早春」や三石に関する話をいくつも書いていますが)。

いずれにしても、池部良の下宿のあった場所と、その家の2階から見えることになっている上りの汽車が走る風景が見える場所は、同じである必要はなかったんですね。あの風景が見れて、あのような間取りの2階の部屋がある家を三石で探すのは不可能でしょう。
ですから、小津はあの風景が見れる場所をまず見つけて、そこに櫓を建てたんですね。2階の高さになるように。これはこれですごいことのように思います。映画の中でのほんの数秒の場面であるならば、ロケハンで決めた場所にカメラを固定して撮ってもいいように思いますが、あえて2階であることを示すために櫓を建てて撮影した。その2メートルくらいの高さの違いからとらえられた風景の違いがわかる人なんてだれもいないように思うのですが。でも、あえてわざわざあの櫓を建てた。
この櫓を建てた場所は必ず探してみたいと思っています(一度かなり時間をかけて探してみたのですが見つかりませんでした)。

さて、では下宿のあった家はどのようにして選ばれたのでしょうか。
煙突のある工場から近い場所で選ばれたのだとは思いますが、「瀬戸内シネマ散歩」に載っていた写真で示したように、下宿とされた津村さんの家は平屋でした。もちろん映画では建物の入り口付近しか映っていませんので、2階建か平屋かはわからないのですが、2階建の家を探して、その2階建の家を映像で見せた上で、セットの場面を使ってもよかったように思うのですが。
でも、いうまでもなく背後に煙突が何本か見える場所としてあの場所がベストだったんでしょう。そしてあの辺りには都合のいい2階建の家はなかったのでしょう。
[PR]
# by hinaseno | 2012-09-13 10:09 | 映画 | Comments(0)

a0285828_1495837.jpg

「早春」の映画に出てくる、三石での池部良の生活をとらえた場面の2つ目。前日の事務所で働く場面の後、そこから自宅の下宿に戻る場面です。映画ではほんの数秒のシーン。
a0285828_9402174.jpg
手前の道のつきあたりには家が建っていますが、道はそこで左右に枝分かれしています。その画面右側の道から仕事を終えた池部良が現れます。
a0285828_940363.jpg





池部良はまっすぐこちら側に向かってきます。このとき、池部良の背後には労働者風の男が画面左側の道に入って行くのが見えます。
a0285828_9405921.jpg







で、池部良は左に曲がって、画面右にある家の中に入ります。つまり、ここが池部良の下宿なんですね。
この後、画面は家の中へと切り替わっていきます。

この間カメラは固定されたまま。背後には2本の煙突が見えます。右側のおそらく手前にあるはずの煙突はかなり太いですね、ところどころに入っている筋の様子から見ると、おそらく方形。それから左側の、おそらく後方にあると考えられる煙突は遠近感の関係があるとはいえ少し細い。画面上では太さが右の煙突の半分以下です。煙突の形状も右側のものとは違っておそらくは円形のはず。昨日載せた煙突が何本もあるカットでも、やはり横に筋の入った方形の煙突と、円形の煙突の2種類が見えます。この場面の背後にある煙突はまぎれもなく三石にあった煙突のはず。つまり、この場面は三石で撮影されたことは確かでした。

僕が「早春」と三石の研究を始めたとき、何よりもまず最初に、この場面の池部良の下宿を探さなければと考えました。手がかりは背後の2本の煙突と突き当たりで枝分かれしている道。
a0285828_9553452.jpg
でも、三石の町を通っていてわかっていたことなのですが、現在、三石には煙突がほとんど残っていません。最初に町中に入って確認することができた大きな煙突はたった1本。現在も操業を続けているこの煉瓦会社の背後に見える煙突だけでした。
実際はもう1本、かなり小さな煙突が山の中腹にあったのですが、まったくかけ離れた場所にあって、あの映画の場面に出てくる煙突ではないことは確かでした。この状況を目の当たりにして、映画のあの場面に見える煙突は2本とももうすでになくなってしまっているだろうという気持ちになりました。
ただ、道に手がかりはないかと思い、町中をあちこち歩き回り、途中で出会った郵便配達の人に訊いたりしましたが、見当がつかないということでした。道も整備されてなくなってしまっているのだろうかと諦めかけていたところ、そきほどの工場の関係者に、事務所の背後に見える煙突の隣に、もう1本、昨年、上部をかなり切りおとした煙突があることを聞きました。震災の影響で、倒壊の危険性を考慮して切ったのではないかと推測されるのですが、いずれにしても、その切られた煙突が見えそうな高台(山陽本線の土手のある側)をあちこち歩いていたら、なんと映画のまさにその場所に突然出ました。
a0285828_1003451.jpg

煙突は2本ともかなり短くなっていますが、その2本の太さも形も間違いなく、池部良の下宿の背後に映っていたあの2本の煙突です。ここを見つけたときは本当にうれしかったですね。心のなかで思わず「川本さん(川本三郎さん)、見つけました!」って叫びましたから。
a0285828_1023961.jpg
ただ残念ながら、問題の下宿のあった場所はこのように空き地になっていました。ブルーシートの下に木材が残っていますので、わりと最近まで建物が残されていたのかなと思い、後日伺ったら、ほんの数年前に取り壊されたとのことでした。一歩遅かった。
この場所にあった家は、津村さんという方の家だったとのこと。津村さんのご子息は確か三石の別の場所に住まわれているとのことでしたので、いつか機会があればお会いできたらと思っています。映画に関する、何かびっくりするようなものを持っていらっしゃるかもしれません。
a0285828_1042818.jpg
さて、あの場所にあった津村さんの家。なんとその写真が先日紹介した「瀬戸内シネマ散歩」に載っていました。右の写真です。手前の方形の煙突も切られる前で、まだ高くそびえています。
著者がここを取材されたのは4年前の2008年の夏。著者は人に聞いてこの場所に来たとのこと。ちょっとずるいですね。でも、やはりこういうのは人に聞くのではなく自分の足で探し歩いた方が楽しいことを知りました。
ちなみに、本の著者がこの家を訪ねて来たとき、家はすでに空き家になっていたとのことでした。
この家のことについては明日にでも。
[PR]
# by hinaseno | 2012-09-12 10:13 | 映画 | Comments(0)

a0285828_1491691.jpg

57年前の今日、つまり1955年(昭和30年)の9月11日(日)の小津の日記にはこう書かれています。

三石 快晴 撮影おハる
池部 岡山にゆく

「早春」はモノクロの映画で、映画の中では、東京駅前にある丸ビルの中にある東亜耐火煉瓦という会社の東京本社から地方の山間の小さな町である三石にやってくることになった池部良の憂鬱な心境を含めて考えれば、前日の曇り空の方が、沈んだ雰囲気を出せるように勝手に考えてしまうのですが、小津はやはり快晴の日を撮影に選んでいるんですね。

「早春」が三石を舞台にしていることを知るきっかけになった本は川本三郎さんの「銀幕の東京」(1999年)です。この本をきっかけに大瀧さんは成瀬研究をされたんですね。僕も結果的にはこの本をきっかけに「早春」、三石研究(研究と言うには遠く及びませんが)を始めることになりました。
それから2005年に出た川本さんの「旅先でビール」という本には、2004年の7月に川本さんが三石を訪ねたときのエッセイがあり、とても参考になりました。

つい先日、三石を訪れたとき、公民館の館長の方から鷹取洋二という岡山在住の人が書いた「瀬戸内シネマ散歩」(吉備人出版)という本があることを教えていただきました。これは岡山周辺で撮られた映画のロケ地を訪ね歩いた本なのですが、この中に「早春」を扱った章がありました。3年前(2009年)に出た本ですが、そこには後で触れることになる貴重な写真と、撮影当時三石の工場で働いていてロケの世話をしたという人のインタビューが載っていました。

そのインタビューに答えられた馬場さんという方の話によれば、撮影の日、小津からは三石にある煙突(20本くらいはあったはず)から一斉に煙を出してほしいとの注文があったとのこと、しかも”モクモクと立ち上る黒煙”を出すようにということだったようです。
今では三石には耐火煉瓦の会社は2社しか残っていないそうですが、当時は数十社も会社があって、その工場すべてに調整して、石炭の代わりに屋根葺きの下地に使われる黒色のルーフィングを一斉に燃やしたとのことです。つまり、日常の操業では出ないような黒い煙を出していたんですね。さぞかし町の人、あるいは周辺の町の人はびっくりされたんではないかと思います。
a0285828_8215841.jpg


さて、「早春」の映画では、そのモクモクと黒煙が上がる風景とともに、三石での池部良の生活を描いた3つの場面が出てきます。

まずは、池部良が三石の工場の事務所で働いているシーン。
a0285828_823380.jpg

古くからそこに勤めている、おそらくは地元の人間と想定される少し年配の社員との会話も少しあります。同じ事務所内には作業をしている人が何人か映っています。

当初、僕はこの場面は三石で撮られた可能性もあるのかなと思い、三石の工場内に残っていて今も事務所として使われている古い木造の建物がありましたので、その中を拝見させてもらえればと思ったのですが、それはかないませんでした。
後日、私の書いた文章を見ていただいた大瀧さんから(アゲインの石川さんを経由して)、三石の事務所シーンは東京の撮影所でのセットであるとのご指摘をいただきました。あのような場面で、実際に三石の事務所で働いている人を使うようなことは決してしないとのこと。
「シロートは緊張して、その緊張は画面に出るものなのです。ですからあの社員は全員が仕出しです。1つ2つのシーンのために、仕出しを岡山まで連れては行けませんからね」
という大瀧さんの説明。
映画の中の、ほんのささやかなワン・シーンではありますが、プロの人たちの制作というものに対する意識の一端に触れることができ、心から感激しました。(続く)
[PR]
# by hinaseno | 2012-09-11 08:37 | 映画 | Comments(0)