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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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 さて、今年度のハイファイ版「これからの人生。」の話。昨日そのCDが届きました。実は、ある方(と言っても、お一人しかいませんが。もちろんアゲインの石川さんです)のご厚意ですでに聴かせていただいてはいたのですが。

a0285828_10484248.jpg 今回はいつもの小西さんの選曲、ナレーションではなくハイファイ・レコード・ストアの店主である大江田信さんの選曲、ナレーション。大江田さんは僕の持っているいくつものCDのライナーを書かれていたり、あるいは『ジャケガイノススメ』にも写真が載っていますのでもちろんよく知っている人です。でも、声を聴かせていただくのははじめて。

 大江田さんがレコード会社に勤務されていた時から、ハイファイのお店をするようになるまでに何らかの形で関わりをもったミュージシャンとのいろんなエピソードとともに音楽をかけられていました。言うまでもなく、ほとんどが僕の好きなミュージシャンばかり。
 ピエール・バルー、ジェフ・マルダー、エイモス・ギャレット、トゥーツ・シールマンス、エリック・ダーリン(この人とパトリシア・ストリートがいっしょに歌った「ホーム」という曲は最高でした)、カラベリ(カラベリというと、どうしてもこのアルバムのこの曲がすぐに思い浮かびます)、ジョニー・ラッソ、グレン・グールド、そしてアニタ・カー(去年大江田さんの編集で出されたアニタ・カーの「ザ・ベリー・ベスト・オブ・アニタ・カー」は昨年出たアルバムの中では最高の一枚でした)。

 さて、いろいろと印象に残る曲やエピソードが多かったのですが、最も興味深かったのはエイモス・ギャレットに関する話でした。
 当時レコード会社に勤務されていた大江田さんが担当されていたラストショウというグループの曲のいくつかに、ジェフ・マルダーとともに日本にやって来ていたエイモスにギターを弾いてもらうという話。
 ラストショウのメンバーの方がエイモスに弾いてもらうために選んだ曲に対して、大江田さんは「これをエイモスに頼むのは難しいのではないか、エイモスの音楽とは遠いのではないか」と念を押します。
 でも、そのメンバーの方はこう答えます。
「大丈夫だ。これまでのエイモスの音楽性を考えれば絶対に大丈夫だから」
で、その人と二人でエイモスの滞在していたホテルの部屋を訪ねてデモテープを聴いてもらい共演を依頼。エイモスは快諾してくれレコーディングもスムースに進みました。その1曲が「ビーンズ」という曲。

 この出来事について「初対面同士の2人の出会いが一つの音楽にまとまる、その一部始終がとても楽しかった」と語られる一方で、ラストショウのそのメンバーの方が「レコードを通してエイモスの音楽性を聴き取っていた事実にとても驚き、ミュージシャンってすごい」と思われたということでした。
 そのラストショウのメンバーの方の名前が徳武さんという人。
 僕はラストショウというグループのことは知らなかったのですが、大江田さん、徳武さんということで、あっと思うことがありました。
 アル・カイオラのことをいろいろと調べているときに買ったアル・カイオラの日本盤のCDの解説(このCDの解説のことも石川さんから教えていただきました)を書かれていたのが大江田さん、そしてその大江田さんの解説の中にコメントが載っていたのが徳武さんでした。徳武弘文さん。
 この徳武さんのアル・カイオラに対するコメントが素晴らしいんです。ちょっと引用します。

 メロディ・インストゥルメンタル・ギタリストの最高峰の一人だろう。カイオラは、とにかくきちんとメロディを弾いている。聞き手から望まれていなかったということもあるのかもしれないが、演奏家にとってはアドリヴ演奏をすることの方が、むしろ簡単な場合もあるし、それがいわば"逃げ"になってしまうこともある。なにしろメロディをきちんと弾くことほど、難しいことはない。デュアン・エディにも似たトレモロの音色の設定に特徴があり、しっかりとしたタッチ、音色についてはいうまでもない。


 このあと大江田さんは「『メロディをきちんと弾くことほど、難しいことはない』という言葉を、現役の演奏家の方の口から伺うと、なるほど重みを感じざるを得ない」を書かれています。徳武さんに対する大江田さんと尊敬と強い信頼を見ることが出来ます。

 石川さんから送っていただいた「これからの人生。」を聴いて、改めてこの文章を読み返したとき、ふと昨年の夏に放送された大瀧さんの「アメリカン・ポップス伝」のアル・カイオラに関しての大瀧さんのコメントにも重なる部分を感じて、このCDの解説を大瀧さんが読まれていたかな、と思うと同時に、もしや、と思って調べてみるとやはりそうでした。徳武弘文は僕の確認することの出来る限り『ロング・バケーション』以降、このブログでも触れた渡辺満里奈さんの『Ring-a-Bell』に至まで、大瀧さんが作られた楽曲すべてにギタリストとして参加されていたんですね。大瀧さんのアルバムのミュージシャンのクレジットなんて何度見たかわからないのに、気がつきませんでした。

 『ロンバケ』以降、大瀧さんのレコーディングには大人数のミュージシャンを集めて「せ〜の」で行なわれるようになります。ギターだけでもエレキ・ギターに2人、アコースティック・ギターに多いときには10人近く。レコーディング技術が進歩して、後でいくらでも音を重ねることができるようになってからも、大瀧さんはこの形で行なっていました。もちろん大瀧さんの敬愛するスペクターの録音の仕方を継承されているわけですが。
 もし、僕の夢をひとつ挙げるとするならば、大瀧さんにお会いするということ以上に、このレコーディングの場を見てみたいということです。佐野元春さんは、ある日、伊藤銀次さんに連れられて、この大瀧さんのレコーディング風景を見に行って衝撃を受けています。この衝撃が形になったのが「サムデイ」ですね。

 そんな大瀧さんのレコーディングの場で何人もの人たちといっしょにアコースティック・ギターを弾かれていたのが徳武さん。今調べてみると、僕の持っているミュージシャンが確認できるアルバム(『ロング・バケーション』、『 ナイアガラ・トライアングルVol.2』、『イーチ・タイム』、松田聖子の『Candy』、渡辺満里奈の『Ring-a-Bell』)のすべてでアコースティック・ギターを弾いているのは3人だけ。 安田裕美さん、 吉川忠英さん、そして徳武弘文さん。興味深いのは大瀧さんがつけたはずのミドルネーム。『ロンバケ』のクレジットでは「安田”同年代”裕美」「吉川”二日酔ドンマイ”忠英」、他にもいろんなミドルネームがついている人がいますが、徳武さんはアコースティック・ギターを弾いている人の最後に「徳武弘文」とだけ。ところが『イーチ・タイム』ではアコースティック・ギターを弾いている人の最初に名前が載っていて、しかもミドルネームがついています。「徳武”NASHVILLE”弘文」。
 「NASHVILLE」、テキサス州にあるアメリカの中部の町ナッシュビル、カントリーミュージックの中心地ですが、あのエルヴィスの数々のロックン・ロールを生みだしたブラッドリー・スタジオがある場所ですね。ブラッドリー・スタジオのことはアメリカン・ポップス伝でも何度も出てきました。まさに聖地ともいうべき「NASHVILLE」の称号を徳武さんは与えられていたんですね。大瀧さんの信頼の深さがわかります。もしかしたら大瀧さんはアル・カイオラのことを調べるために徳武さんに直接話を聞かれたかもしれません。

 徳武さんのアル・カイオラに対するコメントに見られるカイオラの賞賛の言葉「カイオラは、とにかくきちんとメロディを弾いている」「メロディをきちんと弾くことほど、難しいことはない」は、 まさに大瀧さんの徳武さんへの信頼につながっている言葉のように思いました。

 徳武さんの話はもう少し続きます。 
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# by hinaseno | 2013-02-01 10:51 | 音楽 | Comments(2)

 昨夜の「小西康陽のこれからの人生。」。番組の冒頭、いつもの市川実和子さんの日本語のナレーションではなく、昨日書いた英語(とスペイン語)で語られたので、びっくりしました。語っていたのはマテオ・ストーンマンというミュージシャン。

 この人はCDは持っていないのですが、神戸に行くとよく立ち寄っているディスク・デシネで紹介されていたミュージシャンなので知っていました。小西さんが番組でアナログが出ていることを知ってレーベルに問い合わせた、というのがたぶんデシネのことだろうと思います。

a0285828_10414735.jpg 実はこのデシネという店のことを知ったのは小西さんの『ぼくは散歩と雑学が好きだった』という本で紹介されていたから。今、その本を見ると例えば06年2月14日の日記にはこんなことが書かれています。

 世の中に嫌いなものはたくさんあるけれども、その中のひとつにレコード屋が使う「糊付きビニール袋」がある。


 本当にその通り。僕も大嫌い。もちろんゴミやホコリが入るのを防いでいるのだとは思いますが、その糊の部分がレコードジャケットにくっついて悲しいことになってしまったことが何度か。で、小西さんはこのあとにこう続けています。

 外側ビニール袋ならディスクデシネなどで取り扱っているぴったりサイズのものが最上。(中略)オレはディスクデシネで100枚セットのぴったりサイズ袋を買っている。家で聴いて感動したレコードのジャケットをこのぴったりサイズ袋に入れる得の充実感。オレってモテなくて当然だと思う。


 ということなので、僕は初めてディスクデシネに行ったときに、この100枚セットのぴったりサイズ袋を買いました。この袋は本当に素晴らしくて、以前買っていたレコードの外袋もほとんどそれにとりかえました。今は二つめの100枚セットを使っているところ。

 さて、同じ年の2月28日の日記にはこんなことが書かれています。

日曜は神戸でレコード・ハンティング。
一軒めはハックルベリー。(ここで13枚レコードを買っています)
近いので「ちんき堂」へ。
「AZUMA」という店お茶。
高架下の「ワイルドハニーパイ」で2枚。
同じく高架下「FREA OUT」で1枚。
そしてディスクデシネでいろいろと教わる。(ここでレコードを5枚買っています)


 ハックルベリーは昔からよく行っている店、というよりもハックルベリーに行くために神戸(元町)に行っていました。小西さんは確か他の本でもハックルベリーを大好きな店として紹介していたと思います。
 「ちんき堂」は一度だけ行きました。「AZUMA」は知らないですね。
 それから元町の高架下には何軒か中古レコードの店が並んでいて名前をよく覚えていないのですが、昨年暮れに大瀧さんの『CM Special Vol.2』を買ったのは高架下の「ダイナマイト・レコード」というお店でした。

 というわけで、デシネへは小西さんは何度か来られてるんですね。

 そういえば、小西さんの『ぼくは散歩と雑学が好きだった』には姫路のことがちょっと出てきます。「鯛焼きのしっぽの話。」というエッセイの中に少し。
 この話の中で、恵比寿1丁目の通称たこ公園のすぐそばに出来たばかりの「ひいらぎ」という鯛焼き屋の話が出てきます。小西さんの仕事場に近いことから、時々買って食べているそうです。こんなふうに書かれています。

 この鯛焼きはいままで食べ慣れていたものと違って、皮の部分がカリッとしている。粉が違うのか、焼き方が違うのか、それとも両方とも違うのだろうか。中身のあんこはそれほど甘くないので、食べ始めたときはいつも「これなら二つはいけそうだ」と思うのだが、けっきょくひとつ食べ終わるとすっかり満腹してしまう。おいしいものとはそんなものだろう。この「ひいらぎ」、いま調べてみたところでは、姫路で人気のあった店が東京に初出店したのだという。
 これは意外だった。自分の頭の中ではすっかり鯛焼きとは東京の味である、というイメージが出来上がっていたのだ。だが東京の老舗の鯛焼きにはこのような新しい食感を思いつくことは出来なかったはずだ。

 この「ひいらぎ」、姫路では「遊示堂」という店で、その2号店は姫路駅近くのおみぞ筋商店街の一角にあって、よく通る場所なので、ときどき買ってた店だったんですね。先日も買おうと思って行ったら、人があまりに多く並んでいたのであきらめました。ここの鯛焼きを食べるようになってから他のが食べられなくなってしまいました。

 ああ、また話がすっかりそれてしまいました。
 マテオさんの音楽、とってもよかったですね。また、今度デシネに行って買いたいと思いました。やはりアナログの方を。

 それにしてもマテオさん、あのジャケットのイメージとはちがって、結構波瀾万丈の人生を送られていたんですね。何歳なんだろう。若く見えるのに60歳くらいの老人のようなしゃべり方をされていました。

 そういえばマテオさんは強く影響を受けた映画としてヴィム・ヴェンダーズの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のことを上げていました。この映画、見なくてはと思いながら、そのままになっていました。
 この映画のことは村上春樹の『村上ラヂオ』でも取りあげられています。「滋養のある音楽」というタイトルのエッセイ。引用しようかと思いましたが、ちょっと長いのでやめておきます。

 最新のハイファイ版「これからの人生。」の話をするつもりでしたが、そこまでいきませんでした。ちなみにハイファイ・レコードは糊付きビニール袋ではなくて、いつもぴったりサイズと大きいサイズの2重のビニール袋に入れられて送られてきます。
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# by hinaseno | 2013-01-31 10:48 | 音楽 | Comments(0)

  これからの人生。


 今日は1月の最後の水曜日。月の最後の水曜日になると、必ず聴いているラジオ番組があります。NHK-FMの夜11時から放送されている「小西康陽のこれからの人生。」
 句点「。」がついているのがポイントでしょうか。番組が始まったのは2010年4月。まもなく4年目に入りますね。
 もともとは2007年暮れに、小西さんがあるレコードショップで年末のプレゼント用として作った「これからの人生。」というCDがもとになっています。おそらくは一部で好評になっているそのCDのことをNHKのラジオの関係者が聴かれて、ぜひということになったんでしょうね。

 前にも書きましたが小西さんは僕が最も影響を受けたミュージシャンのひとりです。といってもずっとその活動を追ってきたわけではありません。ですから「これからの人生。」というCDの存在を知ったのは2008年くらいだったように思います。
 このCDは、一般には売られていないもので、年末から年始のある時期にそれを制作したレコードショップのレコードを買った人だけに与えられるものなので、確か最初の2枚はネットのオークションで購入しました。
 レコードショップできちんとレコードを買ってCDをプレゼントとして送ってもらうようになったのは2009年の暮れくらいでしょうか。それからまもなくラジオの番組が始まりました。

 「これからの人生。」のCDを作っていたレコードショップは、初年度はJET SET、2年目以降はハイファイ・レコード。

 その一番最初のJET SET盤のおそらくはクリスマス・プレゼント用に作られたはずの「これからの人生。」の表のジャケットにはこんな英語の言葉が書かれています。

What are you doing the rest of your life?
North and south and east and west of your life
I have only one request of your life
That you spend it all with me


そしてこの下にはその日本語の訳が書かれています。

これからの人生、あなたはどうするのですか。
人生の北・南・西・東。
これからの人生で、わたしは一つだけお願いがあります。
これからの人生をわたしと過ごして欲しいのです。


 小西さんのラジオ番組を聴かれた方ならおわかりのように、この日本語の言葉は、ラジオの「これからの人生。」の最初に毎回市川実和子さんが語られている言葉ですね(ちなみに市川実和子さんは大瀧さんの作ったこんな曲を歌っています)。

 実はずっとこの言葉は小西さんが考えられたものだと思っていたのですが、そうではないことをさっき知りました。「What are you doing the rest of your life」というタイトルの曲があるんですね。さっきの英語はその歌詞の一部でした。いろんな人が歌っています。調べてみたら僕のパソコンのiTunesの中にも2曲。一応フランク・シナトラの歌ったものを貼っておきます。ちょっと長いヴァースの後に、上の歌詞の部分が出てきます。


 CD版「これからの人生。」の2007年盤の第1曲目はグレン・グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」。僕の愛してやまない音楽です。

 先程、久しぶりにラジオ版「これからの人生。」の初回の放送を聴いていたら、2曲目にAl Viola(アル・ヴィオラ、アル・ヴァイオラと表記されることもあります)のギターの曲(「Peaceful」)がかかっていてびっくり。アル・ヴィオラはアル・カイオラのことを調べているときに、何度も危うく見間違えてしまいそうになったギタリストです。このジュリー・ロンドンの大好きなアルバムのギターもアル・ヴィオラです。



 ところで昨日書いた「あるギタリスト」とは、もちろんアル・ヴィオラさんではありません。残念ながら(いつものように)前置きが長くなってしまって、そこまで話がいきませんでした。
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# by hinaseno | 2013-01-30 11:05 | 音楽 | Comments(0)

今日はあるギタリストのことを書いてみようと思っていたのですが、いろいろ調べているうちに新たな「発見」もあったりして、結局きちんとまとめることができませんでした。僕が音楽をよく聴くようになってから(ということはきっかけは『ロンバケ』ですね)最近に至るまで、その人のギターをずっと聴き続け、その人の名前を何度も(本当に何度も何度も)目にしてきていたのに、気に留めることなく今日まできていたギタリストです。
(考えてみたらこんなことばかり)
あるものの準備ができれば、明日ぐらいに書きたいと思います。

ちょっと思わせぶりな文章になってしまいました。

その人はきっとこの曲でもギターを弾いているはず。
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# by hinaseno | 2013-01-29 15:09 | 音楽 | Comments(0)

 川本三郎さんの『荷風と東京』を読み進めています。ただ、本文とは別に、後ろにもかなり詳細な補註が書かれていて、なかなかページは進みません。いろんな発見がありすぎます。
 そういえば昨日、その補註を見ていたら、ずっと先の章の補註に書かれている「エノケン、ロッパ」という言葉が目に飛び込んできました。何かに関心を持っていると、こういうことは往々にして起こるんですね。
 本文はまだ読んでいないので、どのような内容に対しての註なのかはわかりませんが、そこでは昨日触れた古川緑波の日記『古川ロッパ 昭和日記 戦前編』(晶文社 1987年)からの引用がなされていました。川本さん、ロッパの日記も読まれていたんですね。
 その引用の後、こんなふうに書かれています。

 
古川緑波は荷風の愛読者だった。戦後、昭和21年に扶桑書房から「断腸亭日乗」の短縮版というべき『荷風日乗』が出版されたときに直ちにこれを書評した。


 で、古川緑波の『劇書ノート』からの引用が続きます。ロッパは『断腸亭日乗』の中に「エノケン、ロッパ」という言葉が三度も出てきたことに驚いているんですね。もちろんすごくうれしかったんだろうと思います。

 それにしても川本さんはこの『荷風と東京』を書くために、何度『断腸亭日乗』を読み返したんだろうと思います。章ごとのテーマに関する記述を『断腸亭日乗』の中から(場合によっては荷風の小説や随筆からも)抜き出しています。僕が実際に『断腸亭日乗』を読んだときに新たな発見があるんだろうかと思うくらいに。

 そういえば、引用された荷風の日記の文章の書き出しには「晡下(ほか)」という言葉がいくつも出てきます。これも昔、川本さんの別の本で知った言葉です。今調べたら『あのエッセイ、この随筆』(2001年)の「きれいな見知らぬ言葉たち」という文章に出てきます。「晡下」とは「午後4時すぎ」という意味。広く「夕方」ととらえてもいいのかもしれません。荷風は本当にこの「晡下」という言葉をよく使っています。「晡下散歩」とか。
 川本さんは「『晡下』の意味を知っている人は、たいてい『断腸亭日乗』の読者と考えていい」と書かれています。川本さんが意味を調べた『大辞林』の「晡下」の用例も『断腸亭日乗』からのものなんですね。川本さんは「一度、自分の文章のなかで使ってみたいと思っているが、現代文のなかではどうしても違和感が生じて使えない」とも書かれています。
「きれいな見知らぬ言葉たち」ではこのあと「緩頬」という言葉についての興味深いエピソードが書かれています。「スマイル」のことですね。まあ、それは別の話。話がすぐにそれます。

 そういえば(と繰り返してしまいますが)昨日読んだ「鷗外への景仰」という章を読んでいたら「謦咳に接する」という言葉を見つけてあっと思いました。『断腸亭日乗』ではなく『書かでもの記』に書かれている文章。

 
われ森先生の謦咳に接せしはこの時を以て始めとす。


 川本さんにならって『大辞林』を引いてみると。「謦咳に接する」とは「尊敬する人の話を直接聞く」という意味。荷風がもっとも尊敬していたのが森鷗外だったんですね。
 実はこの「謦咳に接する」という言葉、少し前に辞書で引いていたんです。
 この日の文章で引用した、平川克美さんが大瀧さんにお会いされた後の感想を書かれたツイートの言葉にありました。

 
年一回師匠の謦咳に接することで、身を清められる。


 平川さんのこの言葉を読んだとき、恥ずかしながらこの「謦咳に接する」という言葉を知らなかったので辞書を引きました。たったこれだけで心からの尊敬を表すことができるんだと感心しました。知らない言葉が多いです。

 話はそれますが、最近はわからない言葉があると辞書よりもパソコンで調べることが多くなってしまいました。でも、それだときっと思わぬ発見がなくなるんでしょうね。さっきも「晡下」のことを書いた川本さんの文章を探すために、何冊か思いあたる本をめくっていたのですが、もし、本がデジタル化されたらすぐにそこに辿り着けるんだろうと思いつつ、でも手間をとっていたおかげで、「晡下」とは別に、先日から気になっていたことについて書かれた文章を見つけることができました。効率のよさだけを考えた世界では起こりえない幸福な瞬間です。
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# by hinaseno | 2013-01-28 09:20 | 雑記 | Comments(0)